十番隊の四季 〜秋〜
先日、二十席に着任したばかりの堤という隊士が四席に伴われて執務室を訪れたのは、昇進から半月ほど経った日のことだった。彼は東流魂街九番区八束の出身である。よちよち歩きの幼児の頃に現世で死亡し、流魂街に流された彼は、八束で甘薯農園を営む夫婦に引き取られて彼らの息子として育った。霊力のある彼は成長の後死神を志し、見事に護廷入隊、そしてこの度席官に着任したわけだ。養親は息子の昇進をたいそう喜び、
「皆さんで食べて下さいと、大量の芋を持たされまして」
と堤は照れ臭そうに報告した。大きな木箱に一杯の芋を、彼は大八車で運んで来たのだそうだ。取りあえず、と執務室前の廊下に運び置かれた木箱はとんでもなく大きく、冬獅郎も乱菊も目を瞠った。箱の中にみっしりと詰められた芋は、丸々と肥えていかにも美味しそうだ。乱菊はずんぐりした芋を一つ手に取って、冬獅郎に示し、
「焼き芋にしたら美味しそうなお芋ですよ。隊長、せっかくの堤のご両親のご好意ですもの。この際、焼き芋大会を開催しましょう!」
と提案した。
冬獅郎は余りお祭り騒ぎを好まない。だが、隊の結束を高める為の親睦行事の大切さは認識している。確かに、この大量のさつま芋をただ単に隊員たちに配るよりは、皆でわいわいがやがやと焼き芋を作って食べた方が盛り上がるだろう。
「いいだろう」
隊首の許可に、
「じゃあ、早速」
と身を乗り出した乱菊は、冬獅郎に制された。
「焼き芋大会は三日後、しあさってだ」
「えー、どうしてです?」
「あのな、こんだけの芋を焼くんだぞ? 焚き付けにするのに大量の枯葉がいるだろうが」
彼は乱菊も思わず納得の、尤もな理由を述べた。それから、堤に向き直ると、
「というわけだから、堤。焼き芋なら、芋農園育ちのお前以上の適任はいないだろう。準備は任せる。手すきの平を自由に使って構わないぞ」
としあさっての準備を命じた。
天候に恵まれ、急な討伐も入らず、三日後、無事に十番隊焼き芋大会は決行された。
十番隊の庭からかき集めた枯葉に、廃棄処分が決定している古い書類の束、堤が平隊士数人に手伝わせて、瀞霊廷の外れの雑木林から運んで来た枯葉。会場となった西修練場の中庭にはそれらが山と積まれている。
運び込まれた甘薯は十に分けて、庭に並べられた。その上に、やはり堤が用意した砂利石が薄く被せられたのは、蒸し焼きにした方が甘味が増しておいしいという甘薯農園の息子の蘊蓄による。更にその上に枯葉や反古の書類を積み上げて、火が点けられた。
晩秋の肌寒い夕刻。パチパチと小気味よい音を立てて燃える焚き火は、火の暖かさに加えて、気持ちもほっこりと温かくなる。皆、にこにこと焼き上がりを楽しみに、焚き火に当たって談笑していた。
「みんな、楽しそうですね」
「だな。焼き芋大会にして正解だったな」
冬獅郎も隊員たちを見渡して、満足そうに頷いた。
「隊長、堤から聞いたんですけど、お芋、四種類混じっているそうですよ」
「へぇ?」
「お芋も種類によって、味が違うんですって。交換したりして味を比べて下さいって、言ってました」
「なるほど、面白そうだな」
冬獅郎は興味深そうに相槌を打つと、
「みんなのところを回って来る」
と乱菊から離れ、他の焚き火を囲んでいる隊員たちの方に歩んで行った。
冬獅郎に親しく声を掛けられた隊員たちが、少し狼狽えながらも嬉しそうに受け答えしている。それを、微笑ましく見守っていると、
「枯葉、補充しますね」
と乱菊に断ってから、隊員が箕笊に盛った枯れ葉を一気に焚き火に投入した。
「ちょっと、かき混ぜた方が良さそうね」
乱菊は火ばさみを手にしていたので、すぐに枯れ葉が補充された焚き火を軽くかき混ぜた。その時だ。
ぱんっ
鋭い破裂音と共に、何かが弾け飛んだ。咄嗟に左腕で顔を庇った乱菊を火から爆ぜた何かが強く打った。
「つっ!」
思わず、顔を歪めた乱菊に、
「松本副隊長!?」
驚きの声を上げた隊員たちが駆け寄るよりも早く、
「松本っ!」
鋭く呼び掛けながら駆け付けた冬獅郎が、さっと乱菊の左手を取った。彼が検めたところ、乱菊は手の甲に火傷を負っていた。幅四分、長さ一寸ほどの長形に皮膚が赤く火ぶくれしている。右手は乱菊の手をとったままに、冬獅郎は即座に左手を患部に翳した。彼の手からひやりとした冷気が放射され、火照った乱菊の膚を鎮める。
機敏な判断で、修練場から備え付けの救急箱を持ち出した第五席が駆け寄ってきた。
「おう、ありがとう」
冬獅郎は救急箱から、軟膏の壜を取り出した。薬指に少量の軟膏を取り、火ぶくれた乱菊の皮膚を傷つけないようにそっと塗り込んだ。それから、あらかじめ折り紙くらいの四角に切られたガーゼを選び取り、1/4に畳んで火傷に宛がった。それまで、黙って控えていた五席の女性死神が素早く粘着テープを切ると、ガーゼの上に×印に貼り付けて固定した。
「これでいいだろう。皆も気をつけろよ!!」
と後半は周りで見守っている隊員たちに向かって告げる。
「申し訳ありません」
堤がおろおろと謝って来た。
「集めた枯葉に竹でも紛れ込んでいたのかもしれません」
中空の節のある竹や笹の幹が燃やされると、熱で中の空気が膨張して弾けることがある。雑木林から集めて来た枯葉にそういったものが混ざっていたかと、責任を感じているらしい彼を、
「堤のせいじゃないわ。だいたい、これだけの枯葉、いちいち調べられないでしょ?」
と乱菊は宥めた。
「そうそう、避けられなかった松本がなまっているんだ。気にするな」
冬獅郎も添え、
「ひっどーい。怪我をした女の子にそれはありませんよぉ」
と乱菊が混ぜっ返す。
「女の子って誰だよ?」
お約束の突っ込みを入れた後、冬獅郎は堤に向き直ると、
「それより、芋のあんばいはどうなんだ?」
と話の方向を変えた。
「そうよぉ。今日のあんたは焼き芋奉行なんだからね。おいしい焼き芋が食べられるかどうかはお奉行さまの御裁きに掛かっているんだから、そっちをしっかりしてよ」
「だな」
上官二人の言葉に堤は恐縮しながら、焼き芋番に戻った。
やがて、焼き芋奉行の、
「もういい感じです!」
のお許しがでた。途端に、待ってました、とばかりに隊員たちはいっせいに灰の下に埋まった熱々の芋を掘り出しにかかった。
火傷をものともせずに芋を掘り出した乱菊は、姿を表した芋の中から、一際ずんぐりと太ったものを選って、
「はい、隊長」
と焚き付けにしなかった古い書類で包んで冬獅郎に手渡した。彼女自身はその隣にあったやや細身でその代わりに長めの芋を取り上げた。
冬獅郎は受け取った芋を半分に割ってみた。濃い黄金色がほかほかと湯気を上げた。
「うわぁ、おいしそう」
覗き込んだ乱菊に、
「何か、松本の髪みたいな色の芋だな」
と冬獅郎は感想を述べる。
「隊長」
乱菊は軽く冬獅郎を睨んだ。
「あ?」
「確かにあたしの髪の色に似ていますし、綺麗な色のお芋だと思いますけど、女性の髪の形容詞として『焼き芋みたいな髪』ってどうなんですか?」
「いいじゃねえか。食い意地の張ったおまえにぴったりだぞ」
減らず口を叩きながら、半分に割った一方の皮を器用にむき、一口齧る。
「うん、美味い。ほくほくして、甘味があって、これぞ焼き芋って味だ」
と冬獅郎。乱菊も自分の芋を半分に割った。
「あたしのはずいぶん変わった色です」
彼女は隊首に芋の断面を見せた。僅かに黄色味を帯びた白い肉色で、中心部が絞り染めたように紫色をしていた。一口味見をしてみる。
「ほくほくというより、ねっとりというか、しっとりとした食感ですね。上品な和菓子みたいな、控えめでくどくない甘さです」
冬獅郎は半分に割ったうちのまだ齧っていない方を副官に差し出した。
「半分こですね」
意を悟った乱菊もにこにこと笑って、味見していない方の半分を隊首に渡した。
「本当だ、甘ーい。すっごくほくほくしてます」
「確かに甘さが上品だ。水気が多いのかな? しっとりしてて、あんまり焼き芋っぽくないな。面白い芋だな」
論評しながら、二人は両手の芋を交互に齧っていく。主従を見守る隊員たちも、皆、幸せそうに笑っていた。
2013.04.01 UP
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