十番隊の四季 〜冬〜

 流魂街の外れで行われた八番隊との合同演習を終えて、冬獅郎は隊舎に戻った。とうに定時の勤務時間は過ぎており、夜勤の隊員が詰めている時間である。直接隊長舎に引き上げても一向に構わなかったのだが、生真面目な彼はやはり今日の業務の確認をしておきたくて、一旦、隊舎に顔を出すことにしたのだ。
 副官の乱菊もすでに帰宅していた。無人の執務室に照明を点し、席に着こうとした冬獅郎はふと窓の外に視線を移して、
「何だ、ありゃあ?」
と唖然とした。
 隊舎の中庭に雪だるまが林立していたのだ。
 その夥しい数の雪だるまに見入っていると、隊首の出勤に気付いた夜勤の隊員が、気を利かせて、茶を運んで来てくれた。
「あれ、どうしたんだ?」
と冬獅郎の下問に、定時の勤務終了後にまず乱菊が雪だるま作りを始め、面白がった者たちが次々に参加して、あの数となったのだと、隊員は説明した。
「今日は久しぶりに晴れましたし、しっかり積もっていましたからね」
とベテランの隊員は笑みを浮かべた。この二、三日というものずっと雪が降りしきる寒い日が続いていた。合同演習の今日は数日ぶりの冬晴れで、悪天候でなくてよかったと京楽とも話していたのだ。
「よくまぁ、あれだけ作ったもんだな」
 勤務中に仕事をほっぽりだして雪だるま作りに興じたというなら大目玉ものだが、業務終了後に童心に返って楽しんだとあれば、咎め立てする筋合いは全くない。感心半分、呆れ半分で冬獅郎も苦笑するだけだ。
 よくよく眺めると、ごく普通の雪だるまに混じって、妙ちきりんな形状の雪像があることが分かった。窓辺に近いところには、素朴な埴輪のように円筒形に不格好な手がくっついているものや雪だるまに耳と手と投げ出した足を加えてヌイグルミの熊のように整えてあるもの、雪玉にのたうつ足を添えて蛸としたものなどが見て取れた。
「最初は普通に雪だるまを作っていたのですが、」
 誰かが変わった形の像を作り始めたのをきっかけに、今度は雪像作りに移行したのだそうな。
「なるほど」
 隊員を下がらせると、冬獅郎は執務机に就いた。本日の業務は綺麗に終えられ、冬獅郎の決済が必要なものだけが整理されて机に載っている。急ぎのものはない。
「普段からこうだと助かるんだがなぁ」
 乱菊は「さぼり魔」の異名があるが、彼女がさぼるのはあくまでも冬獅郎がいる時、だけだ。冬獅郎が不在の際には彼女は決してさぼらない。彼が十番隊の隊首に就くまで、隊長権限代行の副隊長として隊を切り盛りしていた乱菊は、本気を出せば極めて有能な副隊長なのである。
 業務日誌を検め、特段、注意すべきことも発生していないことを確認し、冬獅郎は引き上げることにした。
 執務室を出た後、彼は玄関には行かず、中庭に廻った。雪像作りに熱中したという隊員たちの力作に興味が湧いたのだ。
 雪像に残った霊力で製作者が分かる。執務室からも良く見えていた蛸は十七席の下位席官が作ったもので、近くでみると何故かねじり鉢巻きをしていることが分かった。熊は八年目の仲良し三人組の女性平隊員が力を合わせて作ったものだ。





 雪だるまに残る霊圧はとても優しかった。不格好なのは技量が及ばなかっただけだ。彼女が親愛の気持ちをもって隊首の像に挑戦したことが、その霊圧だけで伝わってくる。しばらくの間、彼は奇妙な雪だるまを眺めていた。
 ややあって、彼はふっと笑みを零すと、背の氷輪丸に手を掛けた。始解はせずに、鯉口三寸ほどだけ刀身を抜く。瞬間、一際強い冷気が満ち、辺りに漂う水気が冬獅郎の下に集まった。
 ぱり、ぱり、と水が氷結するかそけき音が響いた後、不細工な冬獅郎雪だるまの傍らに、見事な氷像が佇んだ。
 長い髪をなびかせた美しい女性の立像。風を孕んで翻る裾や袂は死覇装だ。腰帯に副官証をつけ、胸元を肌蹴た着付けから覗く見事な胸の谷間。そして、中空を見つめる凛とした眼差し。右手に灰猫を構えたそれは、紛うことなく、敵に立ち向かう乱菊の姿だった。
「いい出来だ」
 心の中で出来栄えを自画自賛し、冬獅郎は満足の笑みを浮かべた。明日、あの像を見たら、乱菊はどういう反応を示すだろうと密かに楽しみを覚えながら、冬獅郎は家路に就いた。

 もちろん、冬獅郎が作った氷像は翌朝、日が明るくなった直後に夜勤明けの隊員によって発見された。その見事な像はあっという間に評判になり、十番隊の隊士ばかりか、他隊からも見学者がひっきりなしに訪れる事態となった。皆、口を極めて褒め称え、そのリアルな出来栄えに驚嘆していた。
 しかし、その素晴らしい立像は、冬獅郎自身の手によって、夕刻にはきれいさっぱり溶かされてしまった。見学者が余りにも多くて、仕事に支障をきたすからだ、と彼は溶かしてしまった理由を述べていた。だが、真の理由が別にあることを十番隊の席官たちは全員が察していた。
 七番隊副隊長の射場鉄左衛門と九番隊副隊長の檜佐木修兵が、それぞれ、乱菊の氷像を譲ってくれと申し入れて来たのだ。この申し出は冬獅郎に上がる前に、上位席官たちが独断で丁重に断りを入れていた。しかし、鉄左衛門も修兵もかなりしつこく粘り、席官たちは二人を追い払うのに随分と骨を折った。どうにか二人を諦めさせた後、三席が事後で報告したのだが、その際、
「あいつら。夜中に盗みに来ねえだろうな」
と冬獅郎が何っとも嫌そうにぼそりと呟いたのを、三席はしっかりと耳にしていたのだった。
 冬獅郎が氷像を溶かしてしまったのは、それから間もなくのことだ。鉄左衛門や修兵の手に像が渡ってしまうのを嫌がったことは、明白である。
 なお、乱菊の氷像がなくなってしまったことを残念に思った十番隊の隊員たちは、その後数日の間、七、九番隊の副隊長にたいそう冷たかったという。


2013.02.18 UP

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