七夕二題


《壱》

 死神という稼業は本来殺伐としている。虚を討伐してなんぼという、血なまぐさい商売である。だからこそ、普段の生活に潤いが欲しいのか、護廷では季節の行事はとても熱心に盛大に行われていた。
 新年の賀会、節分、上巳の節句、端午の節句…。
 そして、七夕の今日は、瀞霊廷の至るところに笹飾りが飾られていた。各隊の隊舎の門前にも笹飾りは据えられている。各隊はそれぞれ趣向を凝らした笹飾りで毎年競い合っているのだ。雅な行事と無縁そうな十一番隊でさえ、やちるを喜ばせる為に、五席の綾瀬川弓親の指示の下、飾り物は作られていた。もっとも、出来上がったものはかなり個性的だったし、ぶら下がっている短冊に書かれた願い事は、頼まれた織女が投げ出すこと必至な物騒なものが多かったが。

「た〜い、ちょ」
 語尾にハートマークがつきそうな満面の笑みで呼びかけられて、冬獅郎は顔を上げた。
「行かねぇぞ」
「まだ、何も言ってませ〜ん」
「おまえが言い出すことの見当はついてる」
「わぁ、以心伝心ですねぇ!」
「…」
 溜息をついて、書類に目を戻す。
「隊長、隊長、隊長ってば!」
「三回も繰り返さなくても聞こえてる」
「行きましょうよぉ」
「仕事中だろうが」
「もう、終業時間は過ぎてます」
 乱菊はソファーから立ち上がると、つかつかと執務机に近づいた。
「これの提出期限は明日いっぱい。こっちは三日後、」
と、書類の期限を的確に指摘してゆく。
「残業してまで上げなくちゃいけない急ぎの書類はありませんよ」
 勝ち誇ったように宣言されて、冬獅郎は白旗を上げた。
    分かった。だが、手を付けちまったから、これだけは終わらせる」
「りょーかいです、隊長。お待ちしてます」
 毎年毎年、冬獅郎が隊首になってから同じ会話をしている気がする。最終的には必ず折れて、出てゆく羽目になるというのに、この少年は一度だって素直に「行く」と言ったことがないのだ。
(ま〜たく、素直じゃないんだから)
 口にすれば氷漬け確定のセリフを心で呟きながら、乱菊はソファーに戻って、ぽてんと腰を下ろした。
 仕事の速い冬獅郎のこと、待つほどのこともなく書類は上がった。

 隊舎を出れば、まず最初に目に付くのは自隊の笹飾りである。とりどりの色合いの手すき和紙の短冊と飾りものが、夕風にさわさわと揺れている。
「ご感想は?」
 得意満面の笑顔で胸を張る乱菊に、
「見事なもんだな」
と、冬獅郎は簡単に感想を述べる。
「え〜、もうちょっと気の利いた感想を言ってくださいよぉ。うちの子たちの力作なんですから」
「気の利いた感想は京楽にでも頼め」
「だめですよ。そんな情緒のない」
「悪かったな。気が利かねぇし、情緒もなくて。でも、見事だと思ったのは本当だぞ」
 多分、冬獅郎にはこれで精一杯なのだろうと、乱菊は追及はここまでにすることにした。
 隊舎沿いの道には、瀞霊廷内の飲食店や商店が各隊の許可を得て出店を出しており、護廷を巡る道はちょっとしたお祭りの雰囲気だった。仕事を終えた死神たちが楽しそうに出店をひやかして歩く中を、冬獅郎と乱菊は一番隊に向かって歩いていた。すでに、何軒かの出店に引っかかった乱菊は、冬獅郎に風船ヨーヨーを買ってもらって、嬉しそうにぽんぽんと弾ませている。
(どっちが大人か、分かりゃしねえ)
 毎年競い合っているだけに、どの隊の笹飾りも実に凝っていた。それに、各隊の個性が出ていて、見ていて面白いのも確かだ。一番隊は総隊長の好みを反映してか、侘び寂びの入った渋い飾りものだったし、対照的に二番隊は短冊にも飾り物にも金や銀の金属箔の色紙を多用しており、篝火に映えて実にきらびやかだ。薄紅や藤色、若草色といった淡い色合いでまとめた四番隊。江戸千代紙の短冊の八番隊、違う意味で見事としか言いようのない十一番隊…。
 ゆっくりと護廷をひと巡りして十番隊舎に戻ってきた時には、すっかり日は落ちていた。
「で、どうですか? 一通り見て廻ってのご感想は?」
「うちのが一番いい出来だ」
 おそらく、どこの隊首も同じことを思っているだろう。けれど、身びいきであろうと、欲目であろうと、やっぱり冬獅郎には自隊の飾りが一番美しく見えた。乱菊は「うちの子たちの力作」と言ったが、一番力を注いでいたのは乱菊だと冬獅郎は知っている。美しいものが大好きな副隊長が指揮を執り、工夫を凝らして作り上げた飾り物が綺麗なのは当たり前のことだ。

「よかったですねぇ。今年は晴れて」
 西修練場の屋根に上り、夜空に広がる天の川をうっとりと見上げて乱菊は言った。
「今年はちゃんと会えますよ」
「多分、もう会ってんだろ」
「どうしてです?」
「雲が出ている」
 不思議そうな顔をした乱菊に、
「織女し船乗りすらし真澄鏡まそかがみ 清き月夜に雲立ち渡る」
と、冬獅郎は和歌を口にした。
「え…と、確か、大伴家持ですよね」
「ああ」
と、冬獅郎は肯定を返す。
「天の川にかかる雲は、織女の船出で起こった水しぶきなんだと。雲が出てるってことは、船出しちまったってことだからもう会ってるだろう」
 乱菊はまじまじと冬獅郎を見つめた。
「意外…」
「何が?」
「隊長って、案外、ロマンチストなんですねぇ」
「…」
 指摘されて恥ずかしくなったのか、ふい、と冬獅郎は視線をそむける。途端に、
「隊長、か〜わいい!」
 容赦ない乳攻撃が繰り出された。
 じたばたともがいた揚句、ようやく、乱菊の胸から逃れると、上司を窒息死させかけた副隊長は悪びれもせずに、にこにこと満面の笑みを浮かべていた。
「隊長」
「何だ」
「来年も、一緒に見ましょうね」
 そう告げた乱菊の笑顔がとても綺麗だったから。
 屈託のない笑顔がいじらしかったから。
 たまには素直に答えてやってもいいかと、思った。

「そうだな。晴れるといいな」



《弐》

「毎年、毎年、綺麗なもんやねぇ」
 三番隊舎の門前に飾られた笹飾りを眺め、ギンは笑みを浮かべた。
「イヅル、ご苦労さん」
と、忙しい業務の合間をぬって笹飾り作成の指揮をとった副官を労う。
「いえ、楽しみでしていることですから」
「ほな、これ、ボクの短冊な」
と、ギンは懐から一枚の短冊を取り出して、イヅルに渡した。
「今年もお願いごとは、書かれないのですね」
 短冊を検めて、イヅルは呟く。
「ん〜。神さんにお願いなんて柄やないもん」
 ギンは七夕の短冊に願いを書いたことがない。
 せっかくの皆が盛り上がっている祭りに水をさすつもりはないので、渡された短冊はきちんと書いて戻すが、そこにあるのは七夕にまつわる和歌や俳句で、願いごとではなかった。
 今年の短冊に書かれていたのは、
    ひさかたの天のかはらの渡守 君渡りなばかじかくしてよ
という「古今和歌集」に載っている詠み人知らずの古歌である。天の川の渡し守に、彦星が渡って来たならば帰れないように舟の梶を隠して欲しいと願う織女の心境を詠ったものだ。
「織女の気持ちはわかりますよ。一年に一度の逢瀬、帰したくないでしょうね」
と、頷いたイヅルに、
「帰したない、いうて嘆いとっても帰ってしまうやろ」
と、ギンは言った。
「織女はんも嘆いとる暇があるんやったら、とっとと帰れへんように自分で梶を隠せばええのに」
「そんなことをしたら、天帝の怒りを買って、年に一度の逢瀬さえ出来なくなるかもしれないじゃないですか」
「ほんなら、天帝に直訴すればええ。一年に一遍なんてむごすぎる、て。そもそも、年に一遍しか会えへんようになったんは、織女はんが色恋にうつつを抜かして機織りをさぼりはったからやろ? もう二度とさぼらへん。まじめに機織りしますて誓えば、天帝はんかて許してくれたかもしれへん」
 辛辣な隊首の言葉に、イヅルはどう答えていいか分からずに絶句する。
 ギンは柔らかな笑みを浮かべた。
「かんにん。困らせるつもりやあらへんかって…」
「いえ」
「ちょっと他の隊の飾りもん、覗いてから帰るわ。お先や、イヅル」

 初めて、七夕飾りを見たのは、治安がましなところに移ってきてからのことだ。もといた場所は流魂街でも極貧の地域で、誰も皆、一日一日を生き延びることに精一杯で七夕などという優雅な行事を楽しむ余裕など持っていなかった。
 家々の軒端に飾られた笹飾りに、綺麗なものが大好きな乱菊が、目を輝かせて、
「ねぇ、ギン、これ何? 知ってる?」
と尋ねてきたことを覚えている。
 回答をギンは持っていなかった。わからない、と正直に答えたギンに、
「ギンでも知らないことがあるんだ」
と、大発見をしたように乱菊は感心した。
 丁度、笹飾りを飾ろうと表に出てきたおかみさんを見つけ、乱菊は駆け寄って飾りもののことを質問した。
 おかみさんはきさくな人で、乱菊とギンに七夕の由来や、伝説を一通り教えてくれ、
「お嬢ちゃんたちも書いてごらん」
と、短冊を渡してくれた。
「何をお願いしよう」
 嬉々として、短冊を受け取った乱菊は真剣に考え始めた。
 そんな彼女をぼんやりと見つめるギンに、
「ギンはお願いしないの?」
 空色の眸を不思議そうに瞬かせて、乱菊は訊ねた。
「ボクのお願いは、多分、織女はんが困ってしまうようなことやから。ボクの短冊あげるから、乱菊がお願いしィ」
 優しくて綺麗な乱菊なら、きっと織女もえこ贔屓して願いを聞き届けてくれるだろう、とギンは思った。
 乱菊は、ちょっと迷うような素振りをみせたが、すぐにギンから短冊を受け取った。
 自分の短冊に「ずっと一緒にいられますように」と書きつけた後、乱菊はギンから受け取った短冊に「ギンのお願いがかないますように」としたためた。
 にこにこ笑って、
「いい考えでしょ?」
と得意そうな乱菊に、ギンはどうしていいのか分からなくなった。

 七夕飾りを見物する人波の中に、幼馴染とその上司の姿を見つけた。
 上機嫌で、子供のように風船ヨーヨーをぽよんぽよんさせている乱菊の姿に、行き会わないように、ギンは小路に逸れた。
 自分と会えば、彼女の上司は不機嫌になるはずだ。今日くらいは、楽しそうな彼女の邪魔をしたくなかった。
「せっかく、乱菊がお願いしてくれてんけどなぁ…」

 やっぱり、ボクのお願いは織女はんはきけへんねやて。

 またたく天の川を見上げ、ギンはぽつりと呟いた。

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2008.08.08