装う女、愛でる男
女が装っているのを見るのが好きだ。
商売女の媚びたような装い方は気に入らないし、どう見ても勘違いしているとしか思えない満艦飾に飾り立てているのはいただけない。だが、例えば、仲の良い友達とちょっと高級な料亭に行くとか、恋人と買い物に出かけるとか、そういう、女がお洒落をしたいと思う局面で、一生懸命に装った女を見ると可愛らしいと思ってしまう。
だから、久しぶりに仕事が暇で定時に上がれたその日、
「隊長、付き合って下さい!!」
と、副官から強引に引きずられて行った先が呉服屋だった時、文句を言うのを諦めた。
「浴衣を仕立てるんです」
嬉しそうに乱菊が笑うから。
「隊長が見立てて下さい」
強請られてしまったから。
たまに早く帰れる日だからこそ、自室でのんびりしたかったとか、読みかけの本を読んでしまいたかったとか、その他もろもろの主張を呑み込んだ。
行きつけの呉服店で、店主が次々に広げる反物を、乱菊はうっとりとした目で眺めていた。
「隊長、どれがいいと思います?」
「俺が気に入っても、松本が気に入らなけりゃ意味ねぇだろ?」
「隊長が選んで下さるものが気に入らないわけないじゃないですか。隊長が似合いそうなのを選んでください」
二、三年前だったか、正月の晴れ着を見立ててやって以来、乱菊は時々、冬獅郎に自分の着物を選ばせるようになった。自分で選ぶとどうしても傾向が偏ってしまうから、彼の見立てが役に立つのだ、と言われたら、甘いと思いつつもつい従ってしまう。
冬獅郎はこれまでに乱菊が着ていた浴衣を思い出してみた。
錆朱のぼかし市松に様々な菊花を浮かびあがらせた
深い藍地に桜から藤色、裏葉柳のぼかしで蜻蛉と観世水を描いた浴衣。
淡い象牙色の地に、ラムネの瓶の色を思い起こさせる涼しげな薄青緑で桔梗を散らした浴衣。
どれもたいそう似合っていた。自分が彼女と並んで歩くには不似合いな、知らない人が見れば姉弟にしか見えないような子供であることに目をつぶれば、浴衣をきりりと着こなした乱菊と歩くのは正直なところ、楽しかった。
女が装っているのを見るのは好きだ。
まして、それが自分の身近にいて、信頼と好意を寄せている女なら尚更だ。
冬獅郎は未だその好意の正体を自覚していなかった。だが、乱菊がお洒落をしているのを見るのを特別楽しいと感じる己は知っていた。
「隊長〜、どうですか? ぐっとくるのあります?」
乱菊は期待に目をきらきらさせている。こういう時の彼女は、妙に子供っぽい顔に見えるのは冬獅郎の気のせいだろうか。
「それ」
と彼が指さしたのは、うすく灰色がかった砂色の地の奥州紬に松煙の引き染めで稲穂を描いた浴衣だった。
「相変わらず、日番谷隊長は渋好みでいらっしゃいますね」
店主が笑みを浮かべた。
松煙染めの浴衣は、一見するとかなり地味に見える。色味も地の薄い茶と柄の灰の濃淡だけである。しかし、染色に何ともいえない深みと艶があり、身に纏う女を美しく引き立てるのだ。
乱菊は本人が非常に華やかな美貌の主であるだけに、渋い着物を纏っても決して地味には陥らない。
「では、帯はいかがなさいます?」
明らかに面白がっているらしい店主に、冬獅郎は何となく負けん気を刺激された。乱菊もわくわくした様子で見守っている。
店主が浴衣用の単の細帯を、冬獅郎の前に並べた。
「それ」
ざっと帯を見渡した後、迷いもせずに冬獅郎が指さしたのは、
「なるほど」
と、店主は頷いた。
「松本様、当ててみられますか?」
「はい」
店主は慣れた手つきで死覇装の上に、冬獅郎が選んだ奥州紬を着物の形に折って当てていった。帯を巻き付け、後ろで留め具で止める。
「如何でございますか?」
乱菊の顔を見れば気に入っていることは一目瞭然だったので、店主は乱菊ではなく、冬獅郎に尋ねた。
「いいんじゃねぇか」
素っ気ない一言だったが、彼が自分の見立てに満足していることを悟り、乱菊も店主も微笑を零した。
「隊長って、趣味がいいですよね」
「目が肥えていらっしゃる」
「これに決めます」
にこりと笑って、乱菊は即決した。
「松本」
呼びかけに振り向いた乱菊に、
「帯は予算外だろう?」
「ええ、まぁ…」
「買ってやる」
と、冬獅郎は告げた。
「ありがとうございます」
半分以上、彼がそう言い出すことを予測していたのだろう。悪びれもせずに乱菊は礼を述べた。
「隊長も浴衣を仕立てませんか?」
「去年のがあるからいい」
と彼は答えたが、乱菊は首を傾げた。
「去年の…。気になるほどではなかったから言いませんでしたけど、丈が少し短くなってきてましたよ。隊長、少し背が伸びてらっしゃるでしょう? 多分、今年ははっきり短いと思います」
育ち盛りなんですから、と付け加えたのは余計だが、早く大きくなりたいと願う冬獅郎にとっては、着物の丈が短くなることは喜ばしいことである。
予定外であったが、有松鳴海絞の黒緑の浴衣を冬獅郎もあつらえることにした。
「来月一日が仕上がり予定となっております。最初の夏祭りに間に合いますよ」
と、店主が帳簿を確認して言った。
来月五日の祭りでは花火が上がる。
冬獅郎が見立てた松煙染めの浴衣を纏った乱菊は、花火の下でさぞかし綺麗に微笑うだろう。
女が装っているのを見るのは好きだ。
それが、己の副官であるのなら、殊更である。
*1 緑みを帯びた淡い水色。