好きで五題
お題配布サイト・「Cubus」さまよりお借りしたお題で5話。
《後ろから抱きしめられるのが好き》
「た〜いちょ」
独特の緩い口調で、彼女はぽすんと俺に抱きついて来た。身長差のせいで、俺の後頭部は彼女の特別製の胸の谷間に納まり、肩に柔らかな重みがかかった。
格好つかねぇと思う。女に後ろから抱きつかれるシチュエーションなら、女の頭部が背中、もしくは首筋くらいに来ねぇと絵にならないだろう。だのに、子供の俺の身体じゃ、彼女の頭は遥か頭上。逆に俺の頭が彼女の胸に埋もれているありさまだ。
羨ましいと騒ぐ連中も多いことは知っている。主に七、九の副隊長だが。冗談じゃねぇと思う。こっちは彼女に釣り合う見かけに成長出来るまでの年月を思って気が遠くなりそうだっていうのに。
しかし、まぁ、正面から抱き締められるよりはましか。彼女の胸は真剣に凶器だ。毎回毎回、窒息するってぇの。もし、護廷で息止め大会が催されたら、俺はぶっちぎりで優勝出来る自信がある。
「重い。肩が凝る」
と文句は色々とあるが、彼女に密着されるのは実を言うと嫌ではない。彼女は日向みたいに暖かくて、いい匂いがする。何より、無防備に抱きついてくるのは、俺にそれだけ心を許している証だと信じられるから。俺が子供のなりしているもんで、そういう対象と考えられずにガードが甘くなっている面もあるだろう。だが、それを差し引いたって、やっぱり、信頼されているんだと思う。
だから、俺は今日も、
「鬱陶しい。邪魔だ」
と文句を垂れながら、決して彼女を振り解かない。おんぶおばけと化した彼女をずるずると引き摺って歩くのだ。
《無邪気に笑う姿が好き》
ほこほこと胸元が温い。
先ほど買ったばかりの十文字屋のたい焼きが五個、抱えるルキアの胸元を温めている。せっかくの熱々が冷めてしまわないように、ルキアは自然と早足になる。
この時間なら、恋次は休憩中のはずだ。大好物のたい焼きを差し入れてやれば、大喜びするだろう。
気が利かなくて、無骨で、女心なんかてんで分かっていない朴念仁。
けれど、その唐変木を憎からず思っているのだから仕方がない。会えば、意地を張って可愛くない憎まれ口を叩いてしまうけれど、見廻りの途中、彼の好きなたい焼きの店を見付けて、ついふらふらと買ってしまうのが自分でも解せない。
好物のたい焼きを見ると、彼は子供みたいに邪気なく笑うから。とてつもなく幸せそうに頬張るから。
その顔が早く見たくて、ルキアは急ぐ。
《あなたの膝の上が好き》
暖かな小春日和の昼下がり、気ままな散歩から戻った黒猫は縁側でうとうとしている店主を見つけた。
(どうやら、一段落したらしいの)
と彼女は目を細めた。
このところ、ずっと、店主は自室に籠もりきりだった。研究に没頭し始めると、寝食も忘れる彼をよくよく承知している黒猫は彼の傍に寄らないように気をつけていたが、縁側で居眠りしているようならもう大丈夫だろう。
彼女は身を撓めると、店主の膝に飛び乗った。ぽすん、とそれなりの衝撃があったはずだが、店主は僅かに身動いただけで目を覚ましはしなかった。
黒猫は彼の膝上でぐっと伸びをすると、すぐに丸くなった。柔らかに射し込む冬日が彼女の艶やかな背を
彼が目覚めたら、久しぶりにしっぽりと構って貰おう。
そう考えながら、適度な硬さをたたえた彼の膝で、黒猫も微睡みに落ちていった。
《キスをする伏せた瞼が好き》
いつからだろう。私があの人の頬に手を触れたら、
あの人はよく、不意打ちで私に口接ける。その度に吃驚して、
「驚かせないで」
って文句を言ってしまうけど、本当は嬉しい。
悪戯が成功した子供みたいな無邪気に得意そうな笑顔も、優しい彼の唇の感触も、私はとても好きだから。
だけど、してやられてばっかりは悔しいの。仕返しに私から接吻したいって思っても不意打ちは無理。だって、彼は私よりもずっと背が高いもの。彼はほんのちょっと屈めば簡単に接吻出来るけど、私は爪先立って、うんと背伸びしないとあの人の唇に届かない。だから、不意打ちは難しいって分かっているんだけど、それでも我慢できないで手を伸ばした時に、私の手が彼の頬に当たったことがあった。
「どしたん?」
って珍しく驚いた顔で尋ねられたから、ちょっと嬉しくなって、私も珍しく素直に、
「
って言えた。
はっきりはしないけど、うん、多分、それがきっかけだったかも。
私が頬に触れると、あの人は私が口接けしやすいようにちょっとだけ屈んでくれる。その後、私を促すように瞼を閉じる彼の顔が好き。
常に目を細める癖がある彼は、寝てるのか起きてるのか分からない、なんて陰口を叩かれている。でも、やっぱり細めているのと、目を閉じているのは全然違う。瞼を伏せて目を閉じた表情は、いつもの張り付いた笑みが消えるせいもあって、たじろくぐらい整っている。
やっぱり綺麗な顔立ちしてるなぁって改めて感心したり、伏せると意外に睫が長いことを発見したり、何よりも、この表情を見ることが出来るのは私だけだと思うとすごく優越感がある。
だから、私はあの人に手を伸ばす。頬に触れ、
《いたずらっぽいのが好き》
首筋に突然、冷たいものが当たって、
「きゃあぁぁ!」
とあたしは護廷副隊長にあるまじき悲鳴を上げてしまった。
くっくっくっと、含み笑いが聞こえる。振り返ると、案の定、荻堂八席がいた。
「荻堂くん!?」
うろたえるあたしに彼はアイスキャンディの袋を差し出した。
「暑いですからね。差し入れです、副隊長」
「…あ…りがとう…」
さっき首に当たった冷たいものの正体はこれか…。アイスキャンディごときであんな大声を上げてしまうなんて、駄目だなぁ。あたしがしょぼんとしてしまったせいか、荻堂くんは急に真面目な顔になって、
「驚かせてすみませんでした」
「ううん、あたしこそ大げさに驚いちゃってごめんなさい」
と答えると、彼の表情が再びいたずらっぽくなった。
「いえ、副隊長は驚かれると思っておりましたが、予測を裏切らない驚き方で楽しかったですよ」
…なに、それ? 確信犯? 呆然と見返すあたしに、
「食べないんですか? 溶けてしまいますよ」
と荻堂くんは先ほどのアイスキャンディを指差した。
「あ、そうね、ありがと」
慌てて袋を破って、アイスキャンディを舐める。あたしの好きな練乳味だ。かりっと先端を少し齧ると、甘さと一緒に口の中が冷たくなっていった。
「おいしいですか?」
「ええ、冷たくっておいしい」
本当に今日はうだるような暑さだから、差し入れはありがたい。荻堂くんも自分のを食べ始めて、あたしたちはしばらく無言で和んでいた。
おごちそうさま、と手を合わせれば、彼はいえいえと笑い、それからとんでもない爆弾発言を落としていった。
「女性がアイスキャンディを舐めてるのって、妙な連想が働いてエロいですよね」
「ええっ!!」
「特に副隊長が食べていらした練乳味なんて、色合いから思い起こされるものがあっていやらしさ倍増?」
ものも言えずに絶句するあたしに、
「副隊長はほんっと、純情ですねぇ」
と一言。風のように彼はあたしの前から掻き消えた。
荻堂くんの馬鹿ッ! あんなこと言われたら、もう恥ずかしくってアイスキャンディなんて食べられないじゃない!
だけど、どうしても、本気で腹を立てられないのは、彼があたしをちゃんと女の子扱いしてくれているから。男の人よりもずっと背が高いあたしは滅多に女の子として見て貰えない。だけど、彼はあたしを女の子として扱ってくれる。さっきのからかいもそう。女の子だと思ってなければ、あんなからかい方はしないと思うから、だから、ほんのちょっと嬉しいっていうのは誰にも言えないあたしだけの秘密。