花束を君に


 気が付いたのは偶然だった。

 その日、冬獅郎は京楽と浮竹に誘われて、呑みに出た。外見は幼い少年の冬獅郎だが、どういうわけか酒精に滅法、強かった。宴会好きの京楽は護廷酒豪番付で西の横綱を張っているが、その彼とさしで呑んでも冬獅郎は潰れたことがない。強い相手と呑めるので張り合いがあるのか、京楽は外見年齢からすると親子ほども離れた冬獅郎をよく酒席に誘った。一見、へらへら、ふらふらして見えるが芯に鋭い洞察力を秘めた京楽は若くして隊長になった冬獅郎を就任当初からさりげなく補佐してくれたこともあり、冬獅郎も心を開いている。だから、京楽の誘いには比較的、乗ることが多かった。
 夏の暑さが和らいで俄然、調子を回復してきたという浮竹も参加して親しい隊長同士で酒食を楽しみ、冬獅郎は遅い時刻に隊長舎に戻った。子の刻限は過ぎていた。
 隊寮に近付いた時、冬獅郎は覚えのある霊圧に気付いて、緊張した。
(何で、あいつが?)
 それは十番隊に近付くはずのない男のものだった。相手も冬獅郎に気付いたらしい。さっと、霊圧を閉じてしまった。
 慌てて、冬獅郎は隊寮に走った。天敵といっていいほど冬獅郎とは敵対している男である。それが十番隊の隊寮にいたのだ。ろくでもない目的に決まっている。そう信じた冬獅郎だった。

 だが、彼の予測は裏切られた。

 副隊長舎の玄関にひっそりと置かれた小さな花束を認めたのだ。

 子の刻を過ぎているということは、もう日付は変わっている。
 長月二十九日。
 冬獅郎の副官であり、十番隊の副隊長舎の主である松本乱菊の誕生日になったのだ。
 冬獅郎とは反りが合わず、互いに嫌っている相手だが、市丸ギンが乱菊の幼馴染であることは承知している。とは言うものの、現在の二人は幼馴染だという事実さえ信じがたいほどに交流が絶えてしまっている。だが、それでも。
 それでも、時折。
 冬獅郎は乱菊とギンの間に未だに確固として存在している絆に気付いてしまうことがあった。それは、例えば、隊長格会議ですれ違った際にほんの一瞬交わる視線であるとか、外せない公的な用事でやむなくギンが十番隊を訪れた際の乱菊の応対の言葉の端であるとか、であった。他人に語れば、気のせいだと一笑に付されそうなほんの些細なあれこれに、必要以上の意味を見出してしまっている自分に、冬獅郎は嫌気がさしていた。それでも、気にせずにはいられないのは、彼が乱菊を単なる部下だとは思えなくなっているからだ。
 成熟した大人の女性に対して、子供の外見の冬獅郎。見た目の不似合いさは自覚している。それでも、冬獅郎は乱菊をすでに女性として特別視し始めていたのだ。

 花束はギンから乱菊への誕生日祝いだろう。
 今まで冬獅郎が気が付かなかっただけで、ギンはもしかしたら毎年、こんなふうに乱菊に祝いを届けていたのかもしれない。
 副隊長舎の霊圧を探れば、乱菊はぐっすりと寝入っているのが確認できた。
「…」
 花束に手を伸ばしかけ、冬獅郎は寸前で思いとどまった。
(何をしようとした…)
 今、無意識に自分が為そうとしていたことを悟って、冬獅郎は強い自己嫌悪に苛まれた。彼は花束を凍らせて、粉々に砕きたい衝動に駆られていたのだ。
(最低だ)
 太い溜息を吐いて、冬獅郎は踵を返した。

 翌朝、乱菊が朝食の支度をしているのを見計らって、冬獅郎は副隊長舎の玄関を確認してみた。
 半ば予測していたことだったが、花束は玄関から消えていた。乱菊が回収したのだ。それは彼女が目覚めてすぐに玄関を確認したことを意味している。つまり、彼女はギンからの誕生祝いが置かれていることを知っていたのだ。冬獅郎が想像した通りに、これは毎年のことだったのだろう。
 隊長舎の居間に戻った冬獅郎を、朝食の準備を整えた乱菊が呼びに来た。
 いつもの朝のように副隊長舎の居間に上がり込めば、居間の棚に見覚えのある花が飾ってあった。
 軋む心を押さえて、冬獅郎は乱菊に告げた。
「誕生日おめでとう」
 乱菊は驚いたように目を瞠った。
「ありがとうございます。…でも、珍しいですね?」
「何が?」
「だって、いつもお昼休みにしか言ってくれないじゃないですか」
 乱菊の誕生日に、冬獅郎が豪華な昼食を奢るのは毎年の慣例である。そして、冬獅郎は祝いの言葉を、いつもその席で告げていた。
「ん、まぁ。何となくな…」
 曖昧なごまかしを呟きながら、冬獅郎は視界の端に花束を捉え続けていた。黄花秋桜とチョコレート秋桜を中心にした黄金色の花束は、乱菊のお気にいりの硝子の花器に活けられて、可憐に存在感を誇っていた。男性死神からの人気が高い乱菊は、誕生日に花束を受け取ることも少なくなかった。だが、冬獅郎が知る限り、乱菊に贈られる花束は圧倒的に薔薇が多く、そうでなくても、カサブランカ・リリーや蘭などの豪奢で華やかなものばかりだった。だが、ギンの花束は豪華というより、可憐で素朴な風情があった。その選択にさえ嫉妬を覚えていることに気が付いて、冬獅郎は心の中で密かに溜息を零すのだった。

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2013.12.27