産まれ出でた生命に


 たった一日余りで、げっそりとやつれてしまったようだ。もともと肌は透けるような色白ではあるけれど、常ならば血色がよく健康的なのに、今は血の気が失せて青白く、蝋人形のようにさえ見える。微かな胸の上下動と、規則正しい呼吸だけが彼女が人形などではなく、ただ眠っているだけなのだと教えていた。
 彼女が眠る寝台の傍らには、もう一つ、小さな寝台が据えられている。四周を木製の低い柵で囲った乳幼児用のものだ。その寝台には産まれたばかりの赤子が真新しい襁褓むつきにくるまって、すやすやと眠っていた。
 赤子と妻と。大切な家族が眠る寝台に付き添って、ギンは凝然と眠る絢女の顔を見つめていた。

 難産だった。
 陣痛が始まったらしいとの絢女の訴えに、ギンが彼女を四番隊に担ぎ込んだのは一昨日の亥の下刻
*1 だった。子宮口が全開するまでは分娩に入れないからと、とりあえず病室に運ばれ、絢女は陣痛の波に耐え続けていた。その間、ギンはと言えば、彼女の腰をさすったりして励ますことしか出来ず、情けなくも右往左往するしかなかった。
 絢女は初産だったので、経産婦に比べて子宮口が開くのに長い時間が必要だとは聞いていた。だが、絢女は特別に開き具合が遅く、夜が明けてもまだ全開の1/3程度でしかなかった。陣痛が弱いと見た勇音は陣痛促進の回道の必要があろうと判断し、育児休暇中の烈に意見を求めた。勉強家の勇音は難産の処置について一通り学び、もちろん技術だって完璧に身に着けてはいた。だが、実際に出産に立ち会った経験自体はそれほど多くなく、また、ほとんどが安産だったので難産の具体的な処置についての実地経験は乏しかったのだ。絢女に先立つこと半年前の烈の出産も、赤子を取り上げたのは勇音だったが、何しろ、初産とは思えないほどの超安産だったので特別な処置は全く必要がなかったのだ。
 烈は育児休暇を返上して、応援に駆け付けてくれた。そこで、烈の指導の下、陣痛促進の回道を施した。子宮が開くに従って、痛みは腹部から、臀部に降りてくる。骨盤が開くのに伴っての股関節の関節痛、腸壁が圧迫される痛み。それらを和らげる為に、マッサージやツボ押しなどの処置が繰り返された。そうして、漸く子宮口の開きが三寸に達したのは、絢女が陣痛を訴えてからほぼ丸一日が経過した亥の上刻だった。
 だが、そこから先にもまだ問題があった。通常、子宮口が全開すると破水し、分娩に入る。ところが、絢女は破水しなかったのだ。これには、人為的に破水させる人工破膜の処置が取られた。字義通り、人工的に卵膜を破り破水させ、分娩が始まったのが亥の中刻。
 悪いことに、体質の問題なのか、絢女は分娩にも相当な時間がかかった。いきんでも、いきんでも、赤子がなかなか産道を降りて来なかったのだ。ある程度まで下りてきたところで、これ以上時間をかけるのは母子ともに危険との判断で、吸引という方法でもって赤子は取り出された。
 生れ出た赤ん坊の産声が響いたのは、既に日付が変わった子の下刻
*2 であった。 
 丸一日に及ぶ陣痛、そしてたっぷり一刻いっとき以上かかった分娩で、ほとんど意識朦朧となっていた絢女は、産声を聞き届けた直後に気絶してしまった。赤子は赤子で、苦しい出産で体力を消耗したらしく、産湯を使っている間に寝入ってしまった。分娩室の前で待っていたギンが勇音に呼ばれて妻子に対面した時には、絢女も赤ん坊もすっかり眠り込んでいたのだった。
 出産を終えた絢女と子供は直ちに隊長格専用の個室に移された。
 絢女の血の気の失せた顔、目の下のくっきりとした隈、たった一日でこけたように感じる頬を目の当たりにすると、子を産むということがどれだけ女にとって身を削る大仕事なのかがよく分かる。体を張って、命懸けでギンの子供を産んでくれた絢女に、ギンは感謝を込めて、
「おおきに」
と囁いた。
 赤ん坊は父親から受け継いだのか銀色の髪が、ぽやぽやと疎らに生えていた。最後に施した吸引という処置のせいか、頭部がすこし歪な形をしている。気になったギンが勇音に問うたところ、新生児は頭蓋骨がまだ柔らかい為に外的刺激で容易に形が変わってしまうがすぐに落ち着くので、現時点での頭部の歪みは問題視する必要はないと断言されて安心した。対面した時からずっと眠っているので、眸の色はまだ分からないが、
(目ェは絢女に似とるとええなぁ)
とギンは考えていた。
 我が子に触れてみたいという思いはあったが、ギンはずっとその衝動を抑えていた。無論、咎め立てされる謂れはひとつもないのだが、絢女も産声を聞いたきりで、対面もしておらず、抱いてさえいないのに、母親を差し置いては申し訳ないという気持ちだったのだ。
「絢女…」
 衝動が湧き起こる度に、ギンは子供の代わりに絢女の頬に触れた。冷たい頬に指を滑らし、時に唇に触れて呼気を感じて気を紛らわせていると、前触れなく、ぽっかりと絢女が眸を開いた。
「ギン…」
 愛しい男の顔を認め、絢女の頬に安堵が浮かんだ。
「お疲れや、絢女。よう頑張ったな」
 掛けられた労いに笑みを浮かべ、
「…赤ちゃん…は?」
と絢女は問うた。
 意識を失う寸前、赤ん坊の泣き声を確かに耳にした記憶があった。その直前にずっと下腹部に蟠っていた重たい塊りがずるりと抜け落ち、一気に身体が軽くなったのも覚えている。無事に出産したのは確からしく思えたが、赤ん坊の顔を見ないことには一抹の不安が拭えない。そんな絢女の掠れた声の問い掛けに、ギンは傍らの寝台を指差した。
 乳幼児用寝台の転落防止柵ごしに、絢女は我が子を認めた。ほっと息を吐いた後、彼女は身体を起こそうとした。柵に邪魔されて、赤子の顔がちゃんと見えなかったのだ。ギンに背中を支えて貰って半身を起こした絢女は、子供との対面を得た。
「…髪…、銀色ね…」
「うん」
「目は? やっぱり、ギンと一緒の緑色?」
「ずっと寝てるから、ボクもまだ見てへんの」
「そう…」
 絢女はぎゅっとギンの手を握った。
「男の子? 女の子?」
「男の子」
とギンは答えた。
「ギン…」
 絢女は息子から視線を外し、ギンの顔を仰ぎ見た。
「私とあなたの赤ちゃん…」
 絢女の言葉に、ギンはうんと頷く。
「そうや。ボクと絢女の子ォや。絢女…。おおきに」
「ギン…」
「ボクみたいな男の子供を産んでくれて、ほんまおおきに」
「あなたの子供だから産みたかったのよ」
と絢女は微笑んだ。
 ギンは絢女の背中を支えていた腕を自分の方に引き寄せた。ぽすんと胸の中に納まった彼女を、そのまま抱きしめる。絢女はおとなしく、彼の胸に顔を凭せ掛けていた。やがて、ギンの手が絢女の頬に触れ、そっと彼女の顔を上向かせた。
「絢女…」
「ギン」
 互いの名を呼び、微笑み合った二人はそのまま口接けを交わそうとした。
 その時。
 生まれたての仔猫の鳴き声にも似た、ほええ、ほええという弱い声が病室の静寂を破った。
    
 事態に対応できず、ギンは固まる。一方、絢女はギンの腕からするりと抜けだすと、
「おお、よしよし」
とあやしながら、赤ん坊を抱き上げた。
「お腹が空いちゃった?」
 問い掛けながら、彼女は夜着の前を緩めた。零れ落ちた乳房を赤子に含ませると、反射的に赤ん坊は乳首に吸い付いた。
 んく、んく、と音がしそうな勢いで、一心不乱に乳を吸う赤ん坊を、絢女は蕩けるような眼差しで見下ろしている。
「何や…、必死やねぇ」
 毒気を抜かれた様子で、茫然と呟くギンに絢女は笑みを浮かべた。
「赤ちゃんにはこれしか食べるものがないもの」
「そっか…」
 半刻はんこくほども乳首に吸い付いていたろうか。ようやく満腹したのか、赤ん坊はふいと唇を乳房から離した。
「もうお腹いっぱい?」
 絢女は話しかけながら、器用な手つきで赤ん坊の背中をぽんぽんと軽く叩いた。ややあって、けふっ、という可愛らしいげっぷの音が洩れ、絢女は赤ん坊を膝上に抱き直した。
「慣れたもんやねぇ」
「おかげさまで。冬獅郎で鍛えさせてもらったから」
と絢女は笑う。顔色はまだ悪く、出産疲れで窶れきっているけれども、その表情は誇らしげだった。
 絢女は改めて目を覚ました我が子の顔をとくと眺めた。
    すごい…。冬獅郎の赤ちゃんの頃にそっくり」
 ぽつりと呟かれた言葉。
「え?」
 悪意も他意もなく、素で聞き返したギンに、絢女ははっとした。
「ごめんなさい!」
 慌てて、絢女は謝った。
「ギンの赤ちゃんなのに、私ったら…」
「気にしやんでもええよ」
とギンは苦笑した。絢女の狼狽ぶりが何だか可愛くてならない。
「赤の他人に似とるなんて言われたら問題やけども、冬獅郎はんは絢女の弟やで? 絢女と冬獅郎はんの顔立ちが似とるのは、みんな知っとうことやし、叔父さんの子供の頃に似てても問題あらへん」
 赤子は眸の色もギンによく似た木賊色だった。だが、ギンと異なり、ぱっちりと円らな目をしている。
「目元は絢女似やと思うで。ボクみたいな糸目でなくて良かった」
 ギンの言葉に、
「ギンは目を細めるのが癖になっているだけでしょ?」
と絢女は反論した。
「普通に目を開けていれば『切れ長の涼しい目』って誉められるのに」
 ギンはそれには笑って返答せず、代わりに、さりげなく角度を変えながら息子の目を覗き込んで、偏光する眸がどうやら受け継がれていないらしいのを確認した。
「いずれにしても、ぱっちりしとうし日番谷の目ェやと思うで。この碧の目かて、ボクやのうて、叔父さんに似たのかもしれへん」
 冬獅郎の方が心持ち淡くて青味が強いが、ギンと冬獅郎の瞳の色合いはかなり似ている。偏光しないことからしても、翠眼は父親からではなく、母方の遺伝の可能性もあるとギンは考えたのだ。
「でも、色は冬獅郎よりもギンの方に近いわよ」
と絢女は再び反論した。どうやら彼女は、目はギンに似たのだということにしたいらしい。
「ん? ほんなら、目ェの色はボクに似て、形は絢女に似たいうことでええ?」
「ええ。いいわ」
 ギンの提案した折衷案に、絢女は満足そうに頷いた。
 産まれたばかりの新生児の視力は、極端な弱視状態だ。輪郭はぼやけているし、色もほとんど判別出来ず、辛うじて明暗の判別がつくくらいだと言われている。だから、見えているはずはないのだが、それでも、赤ん坊は母親をじっと見つめているように、ギンには思えてならなかった。
「ねぇ、ギン」
 赤ん坊をあやしながら、絢女はギンに話しかけた。
「うん?」
「考えておいてくれた?」
「ん?」
「この子の名前…」
 絢女の眸が期待を込めて輝いている。
「うん、考えておいたよ」
とギンは頷いた。子供が世界と向き合う為の名前は、ギンに付けて欲しいと頼まれたことは忘れてはいなかった。
「かずま、いうんやけど」
 彼の告げた名前を、
「かずま…」
と絢女は反芻した。
「字は? どう書くの?」
「かずは『主な』いう字。主役とか、主人公とかの『主』の字や」
「ええ」
「それで、まは『まこと』や。真実の『真』の字。それで主真。どうやろ?」
「いい名前ね」
 絢女は破顔した。
「主真。あなたは主真よ」
と嬉しそうに、彼女は子供の名前を繰り返す。ギンは自分が付けた名前が、絢女によって命を吹き込まれるのを感じた。

 夜が明けてから、冬獅郎、乱菊、桃の三人が揃って見舞いに来た。彼らは絢女の親族なので、昨日の出産の際にも分娩室の前に付き添い、無事な出産を固唾を飲んで見守っていた。従って、産まれたばかりの赤子とも一応対面はしていた。とはいえ、何しろ、難産の果てに母子ともに疲労困憊して気絶するように眠りに落ちてしまっていただけに、絢女に祝いも述べていなかったし、眠っている赤子の顔をちらと見たきりでそそくさと引き上げざるを得なかったのだ。
「すごーい。シロちゃんのちっちゃい時にそっくり!!」
 ちゃんと目を覚ましている主真の顔を見た途端、桃が叫んだ。彼女は冬獅郎が四歳児相当の外見だった頃からの付き合いなだけに、赤ん坊に幼かった頃の冬獅郎の面影を見出したのだ。
「やっぱり、叔父さん似なんやなぁ」
とギンは笑った。
「絢女からして、赤ん坊を見て最初の言葉は『冬獅郎の赤ちゃんの頃にそっくり』やったもんなぁ」
「だって、本当にそっくりなんですもの」
 絢女が応じ、冬獅郎は複雑そうな表情で赤ん坊を眺めている。乱菊は、
「へぇ…。冬獅郎さんの赤ちゃんの時って、こんなだったんだ」
と決して見ることが出来ない夫の乳児の頃に想いを馳せて、感心頻りである。
「そういえば、名前はもう決めたのか?」
 冬獅郎の問いに、
「ええ」
と弾んだ口調で絢女は応じた。
「主真よ。ギンが付けてくれたの」
「へえ? いい名前じゃない」
 乱菊が頷いた。
「良かったわね、主真。お母さんから変な名前を付けられなくって」
と続けた彼女に、さすがに冬獅郎がむっとした様子で、
「何で姉さまが付けたら変な名前なんだよ? 失礼だぞ」
と文句を言った。
「えー、だって。絢女は髪の毛が銀色だから『ギン』なんて付けた張本人ですよぉ」
 間接的に変な名前だと名指しされたギンは、そういえば、初めて出会った時にも乱菊はギンの名乗りに、
「『ギン』なんて変な名前」
と悪態をついていたっけと懐かしい記憶を甦らせた。
「ボクの名前を付けた時、絢女は子供やったんやで。子供の名付けなんてそんなもんと違う?」
 ギンのフォローに、冬獅郎もうんうんと頷いたが、乱菊は納得しなかった。絢女に向き直ると、
「じゃあ、あんたが名前を付けるとしたら、何て名前にした?」
と詰め寄った。
「え…? 主真…」
「だから、それはギンが考えた名前でしょ? そうじゃなくて、あんたがこの子に名前を付けるのなら、なんて付けるって聞いているの」
 絢女は絶句した後、しばらく考え込んでいた。やがて、
    ギン太郎」
 ぽつり、と転げ出た名前に、
「は?」
 期せずして、ギン、冬獅郎、桃の声がきれいに重なった。
「…なんでまた、ギン太郎?」
 乱菊の追及に、
「え? だって、ギンの長男だし、髪だってギンと同じ銀色だし…」
と絢女は理由を連ねる。
「つか…。熊に跨りそうな名前だな」
「うん。相撲も取りそうや」
「丸に銀の字の腹掛けをして?」
 冬獅郎らに口々に言われて、日本昔話の主人公との響きの類似に気が付いたらしい。絢女は赤面すると、再び考え込んだ。
    えっと、『みどり』なんてどうかしら?」
「目が緑色だから?」
 すぱんと乱菊に突っ込まれ、絢女はうっと詰まる。どうやら、図星だったらしい。
「名づけのセンス…。あんまり、子供の頃から進歩していないみたいですけど?」
と乱菊はギンと冬獅郎を振り仰いだ。
「みたいやね」
 ギンが認め、不承不承、冬獅郎も肯いた。
「子供の名付けに関しては、市丸、おまえを支持する。将来、主真の弟か妹が出来ても、名前は是非とも市丸が付けてやってくれ」
「うん。是が非でもそうさせてもらうわ」
と珍しく義兄弟の意見は一致を見たのだった。

 連れ立って、祝いと見舞いにやって来た三・六・九の副隊長たちは、病室で朽木兄妹と鉢合わせた。
「…何で、わかめ大使のぬいぐるみがいるんですか?」
 主真の寝台の端に座っている緑色のぬいぐるみに絶句する副隊長たちに、
「朽木隊長から頂いたの」
とにこにこと屈託なく、絢女は答えた。
「もっと大きなぬいぐるみも頂いたのよ」
と指差す先を辿ると、ベビーカーの上に三歳児相当くらいのかなり巨大なわかめ大使のぬいぐるみが乗っていた。
「朽木隊長、乳母車とぬいぐるみ、ありがとうございました」
と礼を述べる絢女に、
(なぁ、ベビーカーはともかく、あのぬいぐるみって…)
(いや。迷惑だとか、要らないとか言えないっしょ? 社交辞令ッスよ、社交辞令)
(ですよね、ですよね)
 こそこそと頷き合う三人組。
「何だ、恋次」
と白哉が自らの副官をじろりと睨めた。
「何か不満か?」
「いえ、とんでもない! ベビーカーが出産祝いって、さすがは朽木隊長。豪気だって感心していたんスよ」
 恋次は誤魔化した。病室には白哉以外の者たちからの出産祝いが山と積まれていたが、さすがにベビーカーは一際目を惹く。決して、上に巨大なわかめ大使が乗っているからばかりではない。
「あの、朽木隊長に比べるとささやかで申し訳ないんスけど」
「僕たちからの出産祝いです」
と、恋次、修兵、イヅルは大きな紙包みを差し出した。
「ありがとう。ずいぶん大きな包みね? 何かしら?」
「現世の紙おむつッス」
と恋次が代表して答えた。
「この間の特集で、一番人気だったもんですから」
と修兵が後を引き取った。先の烈の出産時、瀞霊廷通信編集部は「四番隊隊長出産祝い企画・貰ってうれしい出産祝い特集」という企画記事を組んだ。その際にここ二十年ほどで出産経験のある死神(妻が出産した男性死神や引退した女性死神も含む)に一番好評だったのが、現世の紙おむつだったのだ。利に聡い技術開発局だが、紙おむつの開発要望には子供の絶対数の少ない瀞霊廷では商売にならないと見向きもしていない。この為、瀞霊廷で紙おむつを手に入れられるのは、私用で現世に遊びに下りることが認められている上位席官に限られていた。
「卯ノ花隊長からも伺っているわ。赤ちゃんを連れて外出しないとならない時なんかに、ものすごく便利なのですってね」
と絢女は微笑んだ。烈も家にいる時は布おむつで育児をしているが、外出時には部下たちに買って来て貰った紙おむつを愛用しているという。布おむつの場合、濡れたら直ちに変えなければならないが、紙おむつは吸水樹脂が吸い込んで外に漏らさないから、一回や二回のおしっこではおむつを替える必要がない。おむつ替えの場所に困る屋外では非常に便利なものだと聞いている。
「何か…、色々な会社のがあってどれがいいのかわからなくて」
「一種類ずつ買ってきました。現世の店の姉さんも、好みとか赤ちゃんの体型とかの相性があるから使ってみないと分からないって言うし…」
「もし、気に入ったのがあれば、遠慮なくおっしゃって下さい。現世でまた仕入れて来ますから」
と口々に言った通り、紙包みの中身はパン○ース、メリー○、○ーニーマン、マミー○コと四種類の新生児用おむつが取り揃えてあった。
 主真を覗き込んだ恋次たちは、
「髪と目の色は市丸隊長ッスね」
と呟いた。
「色はな。だが、目はぱっちりしているから、絢女隊長に似ていらっしゃると思うぞ」
「うむ。顔立ちは絢女隊長だろう。愛らしい顔をしている」
 亡き緋真の友人という意味で絢女贔屓である白哉とルキアは絢女似を主張する。
 絢女は笑いながら、
「というより、この子、冬獅郎の赤ちゃんの時にそっくりなんです」
と言った。
「日番谷隊長ですか?」
とルキアは目を丸くし、イヅルが、
「なるほど」
と大きく頷いた。
「髪と目の色を市丸隊長から貰って、顔立ちが絢女隊長似だと…」
「ああ、全体としては日番谷隊長にそっくりになるわけか」
 修兵と恋次も納得顔で頷く。
「では、将来、美形間違いなしですね」
とルキアも笑顔になった。この時、白哉が思案気に首を傾げた。
「性格はどうだろう?」
「え?」
 瞬間、絢女を除く全員の脳裏に、冬獅郎そっくりの容姿にギンのにやにや笑いを貼り付けた青年の図(何故か京都弁)がよぎった。
(怖ぇっ!)
(最悪ではないか)
(向かうところ敵なし…)
(いやいやいや、怖すぎる)
(最凶って奴か!?)
 そして、その次の刹那には、全員がずいと絢女に迫っていた。
「絢女隊長!」
「え、はい?」
「困ったことがあったら、なんでもおっしゃって下さい!」
「紙おむつくらいくらでも調達してきます!」
「俺たちに出来ることは何でもしますから!」
「是非ともこの子は」
「絢女隊長似のまっすぐで、やさ…し…」
 優しい、と言いかけたイヅルは背中に冷たい霊圧を感じて恐る恐る振り返った。病室の入口にギンが立っていた。
    !!」
 白哉だけはさすがに動じなかったが、恋次も、修兵も、イヅルも、ルキアも硬直する中、皮肉っぽい笑みで、
「ふうん」
とギンは嘯いた。
「キミらの考え、よう分かったわ」
「…いや、あの…」
「これは…」
 しどろもどろになる恋次たちをちらりと見遣って、
「ギン」
と絢女は何事もなかったかの如く微笑んだ。
「皆さんからお祝いを頂いたの。ほら、朽木隊長は乳母車とぬいぐるみ。それから、イヅルくんたちからは紙おむつを頂いたわ。わざわざ現世に下りて買ってきてくれたのよ。ギンからもお礼を言って」
「ああ、うん…」
と素直に邪悪な霊圧を引っ込めたギンはベビーカーの上に載っている巨大わかめ大使に一瞬、目を見開いた。
「えと…、朽木はん、あれって…」
「わかめ大使の添い寝用抱き枕だ」
 平然と答える白哉。
「あのね。タオル地ですごく手触りがいいの。そっちの抱き枕はまだ主真には大きすぎるけど、こっちのぬいぐるみは主真も気に入ったみたい」
と言われて、寝台に目をやる。いつの間にやら、主真は寝台の隅に置いてあったわかめ大使の足をぎゅっと掴んで引き寄せていた。
「…そうか。主真も気に入ったようで何よりや…」
 思いっきり脱力した声に聞こえるのは、決して気のせいではないだろう。
「朽木はん、ルキアちゃん、おおきに。檜佐木くんと阿散井くんとイヅルもわざわざおおきに…」
 絢女が「対市丸最終兵器」と呼ばれている理由が何となく察せられた。主真はきっと、まっすぐにすくすくと育つのだろうな、と奇妙な確信を胸に、一同は病室を辞したのだった。


*1 亥の刻=午後9時~11時の二時間。
      上刻は大体午後9時~9時半、中刻は午後10時前後、
      下刻は午後10時半から11時くらいを指す。
*2 子の下刻=おおよそ午前0時半から1時ごろ。

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2014.03.02