消えないで、かぐや姫


 辺りを埋め尽くしていた蟲の声がぴたりと静まり、彼女はゆっくりとギンを振り返った。
 真正面から月の光に照らされた己の顔はさぞかし情けない表情を浮かべているだろうと、ギンは自覚していた。その証拠に彼女が心配そうに眉を曇らせている。いつものように笑わなければと思うのに、顔は強張ったままだ。
 彼女の唇が動いた。ギン、と彼の名を呼ぶ形に。
 けれど、声が発せられるよりも早く、彼は瞬歩で彼女の前に移動すると逃すまいと力の限りに抱きしめた。
「…ギン、苦しい…」
 息も出来ないほどに強く、きつく抱きすくめられた絢女の訴えに、ギンはごくわずかに力を緩めたが、それでも腕には身動きさえ許さない力が籠もっていた。
 そのまま、どれほどの時間が経ったものか。
 いつしか、辺りは再び蟲の声に満ちていた。二人のすぐ近くで鈴虫がりぃーんと羽を震わせ、その思いがけない音の強さに、ギンははっと我に返った。慌てて、拘束していた腕の力を緩めると、彼の胸に頭を凭せかけたまま、絢女が深く息をついた。
「苦しかった?」
 覗き込むと、絢女は小さく苦笑を浮かべた。
「ちょっとだけ」
「かんにん」
 彼女はギンを見上げた。
「どうしたの?」
「隊長舎に行ったけど、おれへんかったから」
 約束をしていたわけではない。会いたくなって不意に訪ねたらいなかった、それだけだ。友達と呑みに行ったのかもしれない。仲のよい乱菊か七緒のところでおしゃべりでもしているのかもしれない。いくらでも不在の理由は思いつくのに、言い知れぬ不安に追い立てられ、彼女を捜さずにいられなかった。伝令神機で連絡することにも、地獄蝶を飛ばすことにも思い至らず、迷子の子供が母親を捜すように闇雲に駆け回った。
「こんなとこで、何しとったん?」
「お月見」
 のん気な答えに腰が砕けそうになる。
「こんな場所で? 女の子が一人でおってええところやないで」
 瀞霊廷のはずれの草っぱらだ。人家からは遠く離れ、明かりといえば、頭上の月だけだ。
「ギン。私、一応、護廷の隊長なのよ?」
「それは分かっとうけど」
「分かっているなら、そんなに心配しないで」
「頭では分かっとるんやけどな」
 けれど、
「さっき…な。絢女が月に攫われて消えてしまいそうな気ィがしたんや」
「うん?」
「かぐや姫みたいに月に攫われてしまいそうやった」
 絢女は瞬きを繰り返した後、再び苦笑を浮かべた。
「残念ながら、私はかぐや姫みたいな絶世の美女じゃないわよ」
 自分の容姿に関する彼女の自己評価は他人が彼女に対して下すそれに比べて不当に低いことを、一体、いつになったら彼女は理解してくれるのだろうと、ギンは溜息を零した。
「それに」
と、彼女は続けた。
「譬え、何かの間違いで私がかぐや姫だったとしても、かぐや姫が天に昇るのは十五夜の晩と相場が決まっているでしょ? 帰るには一晩早いわ」
 だが、ギンは表情を強張らせ、再び、彼女を抱く腕に力を籠めた。
「ボクのかぐや姫は十四夜の晩に消えてしまうんや」
「え…?」
「絢女は覚えてへんな…。けど、ボクが絢女を護れへんかったんは、十四夜の晩やった。今日みたいによう晴れて、月がきれいで…」
 その美しい月光の下で、彼女をくした。
「覚えているわ…」
 絢女の声が初めて震えた。
「覚えてる…。そうよ、こんな月の晩だった…」
 彼女の手がギンの着物の袖を握りしめた。
「死んだ晩の月の形は覚えているの。それなのに、どうして…」
 続きが言葉になることはなかった。ギンが彼女の唇を塞いだからだ。
 彼女が自分を責める言霊を告げることのないように、強く唇を吸い上げて言葉を奪う。
 やがて、静かに唇を離したギンは、
「気にせんでええ、て何遍言うたら分かってくれるん?」
と問いの形で諭した。
「尸魂界に来た時、現世のことを忘れてしまうんは常識や。覚えてへんからて、自分を責める必要なんてない」
「でも、私は思い出したいの」
と彼女は答えた。
「責めるとか、そういうことは抜きにしても、あなたを思い出したいの」
 だって、と彼女は泣き笑いを浮かべた。
「一緒にいたんでしょう? 一緒にいて、笑ったり、泣いたり、時にはけんかしたりとかしてたんでしょう? 思い出したい…。思い出したいの」
 あなたと過ごした日々を。
 ギンはそっと彼女の頬を掌で包み込んだ。
「絢女。ボクな、子供の頃、絢女のことが好きで好きでたまらへんかった。けど、今の絢女のことは、」
 彼はほうと長く息を吐いた後、続けた。
「好きなんて言葉じゃ追いつかへん。愛しゅうて、愛しゅうて、どんなに言葉を積み上げても足らへんねや」
「ギン、私は、」
「絢女、ボクを見て。昔のボクを思い出せへんでもそんなの構へん。今のボクを見て欲しいん。今のボクを見て、傍におって、もっと好きになって。なぁ?」
 言葉の代わりに、絢女は顔をギンの胸に埋めた。伝わる体温が、着物ごしに感じる絢女の息遣いが、「愛している」をギンに伝える。
 ギンは彼女の両腕を掴むと、体をそっと引き離した。戸惑って見返す彼女の前で、彼は着ていた羽織を脱いで、地面に広げた。
「ギン…?」
 とんっと肩が押され、絢女は羽織の上に尻餅をついた。膝立ちで彼女の傍らに屈んだギンが、彼女の半身を抱き寄せる。
 再び、唇が重なった。彼女の唇を割った彼の舌が、逃げる絢女を執拗に追いかけ、追い詰め、搦め捕った。
 左手で彼女の頭をしっかりと押さえつけたまま、彼は右手を帯にかけた。
「…ん…ん…」
 呼吸が苦しい絢女の唇から洩れるくぐもった喘ぎに、しゅ、しゅ、と衣鳴りの音が重なった。水木結びにした細帯を右手だけで器用に解き、引き抜いてゆく。
「…ん…、うん…」
 耐え切れなくなった絢女が彼の胸を叩いて、ようやく、解放された。はぁ、と絢女は大きく息を吐いた。幽かに肩を上下動させたまま、とろんと潤みを帯びた眸がギンを見上げる。
 深い口接けを交わした後にいつも見せる、彼女のこの表情がギンはとても好きだった。清楚で淑やかな絢女がギンだけに見せてくれる艶めかしい姿。何度見ても飽くことなどなく、目にする度に下半身に疼きを覚えさせられる。欲を煽られていることを誤魔化そうと、
「相変わらず、息するのん下手やなぁ?」
とからかうと、
「だって…」
と絢女は潤んだ眸のままでギンを睨んだ。
「絢女は笛の名手やのに、何で、接吻キスの時は息できひんの?」
「笛とギンは全然違うもの」
「違わへんで?」
「違うわ。だって…」
 絢女は先を言い淀んだ。
「だって? だって、何?」
「笛は…、…舌を挿れてきたりしないもの…」
 最後は消え入りそうな声で呟いた絢女の答えに、ギンは本気で笑った。
「そういえばそうやなぁ。確かに、笛は舌を挿れたりしぃへんなぁ」
 くっくっと笑いながら、もう一度彼女を引き寄せ、今度は触れるだけの口接けを与える。それから、口を耳許に寄せると、
「シてええ?」
と尋ねた。
 すでに朱が差していた絢女だったが、その一言で耳たぶの先まで真っ赤に染まった。
 帯を解いた時に抵抗されなかったことが、ギンを強気にさせた。彼女とはすでに幾度となく肌を合わせていたが、屋外でことに及んだことはなかった。一度だけ、春先に夜桜を見に出かけた時、花明かりの下で微笑う絢女があまりに美しく、桜の精のようにあでやかで、思わず欲望を抑え切れなくなったことがあった。だが、他に誰の気配もない二人きりの場所だったにも拘わらず、彼女は頑なに嫌がり、拒み続け、結局、ギンは途中で諦めた。
 それまで、彼は彼女に拒まれたことがなかった。もちろん、物理的に差し障りがあるような時、    例えば、月の障りの最中だとか、残業続きで疲労しきっているとか、大きな討伐を控えて体調を万全にしておかなければならないとか、そういった時に断られたことは確かにあった。だが、いやの一点張りで拒絶されたのは初めてだった。
 羞恥心の強い彼女は室内で共寝をする時でさえ、明かりを灯したままを嫌がる。だから、譬え、周りに誰もいないと分かっていても、身を隠すもののない屋外での行為は彼女には耐え難いのだろう。そう理解した彼は、その後、戸外で彼女を求めたことはなかった。欲情を覚えたことは、正直言って、幾度となくあったのだが、理性で捩じ伏せ、部屋に戻るまでは我慢した。
 今宵、十四夜の月に惑わされ、つい彼女の帯を解いてしまったのは出来心だ。だが、あの花夜のように、彼女は嫌がって抵抗するのではないかと、ギンは懸念していたのだ。そして、彼女が嫌がるなら諦める覚悟もついていた。
「シてもええ?」
 答えない絢女にもう一度、問いかける。俯いたままで、首が縦にひとつ振られた。
「ほんまに?」
 こっくりともうひとつ。
 ギンは絢女の顔に手を添えて、自分を向かせた。
「ええの? 無理してへん? 嫌ならちゃんと言うてや」
 自分から望んだことなのにあっさりと許されたことで、彼は却って戸惑った。本当は嫌なのに無理をしているのではないかと、絢女を探るように見つめる。
「…前はあないに嫌がったのに」
「ごめんなさい…。でも、あの時は桜が見ていたから…」
「は?」
「桜…。私たちを見ていたの」
 ああ、とようやくギンは納得した。絢女には木々と交感するという、極めて特殊な能力がある。あの夜桜見物の晩も、普通の女ならば「きれいね」と感嘆するところで、
「花をありがとう」
と桜に謝意を示し、
「とてもきれいよ」
と褒め称えていた。
 あの花の下は、ギンにとっては他に誰もいない、誰にも見られることのない場所であった。けれども、絢女にとっては桜の古木からじっと行為を覗かれているも同然だったのだ。
 今、二人がいるこの場所は短い雑草ばかりが繁った野原だ。少し離れたところに灌木の林はあるが、近くには絢女と意思を交わせるような古木は見当たらない。二人を見ているのは月と、それから、辺りに鳴き声を響かせる蟲たち。
「ギン、私ね」
「うん?」
「私はかぐや姫じゃないわ」
と、絢女はギンに告げた。
「あなたを置いて消えたりしない」
「そっ…か…」
 解ききれずに緩んだままの帯がしどけなく彼女に纏わりついている。ギンは帯を手に取ると、しゅっと引張って完全に抜き取った。伊達締めも解き去ると、彼は襟の合わせから胸許に手を差し入れた。襦袢の上から乳房をまさぐると、
「…ん…」
と絢女は身を竦めた。着物の肩を落とし、襦袢だけになった絢女の半身を布越しにギンはゆっくりと愛撫する。襦袢の襟元を緩めて、首筋から鎖骨に向かって唇を這わせた後、鎖骨の窪みで痕がつかない程度に軽く吸い上げた。
「…あ…ふ…」
 鼻にかかった甘い吐息が、絢女の唇から溢れた。彼女は後ろに両手をついて、崩れそうになる身体を支えた。そのせいで、白いおとがいがのけぞったようにギンにさらされた。ちゅっ、と小さな音を立てて口接けると、ギンは背中に腕を廻して彼女を抱え上げ、自分の膝に座らせた。
 彼の肩口に額を乗せた絢女の襦袢を背中から引いて肌着ごと引き下ろす。それから、くるりと彼女の身体を反して、背中を自分の方に向けさせた。右手で抱え込んで乳房を慰みながら、左手で髪を括っていた紐を取り去る。途端に広がった髪が背中を覆い隠したのを、左右に割って前に流し、再びその背を外気に晒させる。
 月の光が彼女の背中を輝かせていた。その滑らかな膚に舌を這わせながら、更に強く胸を揉むと、
「あっ、いや!」
と絢女は背中をぴんと硬直させた。
 ギンは胸を弄う手を左に替えた。乳房から離れた右手は絢女の裾を割った。着物、襦袢、蹴出しと、三重のとばりを掻き分けて、ギンの指がやわらかなくさむらに到達した。
「…ふ…あ…」
 叢の端に触れただけなのに、びくびくと震える彼女がたまらなく愛しい。
「絢女…、絢女」
 背中から唇を離し、耳たぶを甘噛みながら名を囁くと、
「ギン…」
と彼女は肩越しに彼の顔を見ようとした。
 だが、
「ひッ…!」
 繁みの先の谷間を探りあてられ、再び絢女の背中が硬直した。
「…だ…め…」
 弱々しい拒絶の言葉は、
「だめなことあらへんなぁ?」
 耳許で低く囁く声で遮られた。ぞわり、ぞわりと、背中を這い登ってくる疼きに絢女は身を縮める。囁き声とともに吹きかけられる息は熱っぽく湿っていて、絢女の膚は粟立った。
「なぁ、だめやないなぁ? ものすご、濡れとるで」
 わざとぴちゃぴちゃと音を立てるように指で秘所を叩かれ、絢女は羞かしさに俯いた。
「やめて…」
と小さく呟いても、
「やめてええの?」
と意地悪く返される。指の関節でぐりぐりと亀裂の浅いところを捏ねまわしながら、ギンは、
「やめてええん?」
と、執拗に囁き続けた。
 とうとう、絢女は首を横に振った。ぎゅっと目を瞑り、羞恥の余りに睫毛を涙で濡らして、
「やめないで…」
と蚊の鳴くような声で呟く。
「ん。素直でええ子や」
 ギンは満足げな笑みを浮かべると、中指をつぷりと絢女の蜜壷に突き入れた。息を飲み込むことで辛うじて嬌声を止めた絢女の身体が小刻みに痙攣する。同時に、更にとろとろと蜜が溢れ出し、蹴出しに滴り落ちた。
 ギンの指は男にしてはすんなりと長い。肉付きが薄く、反面、骨格がしっかりしているから、触れられた感触はかなり硬い。その指を壁に押し当て擦るように捻ると、絢女はますます痙攣を強め、咽喉の奥で喘いだ。
「あかんよ、絢女。声を呑み込んだらあかんていつも言うてるのに」
 乳房をまさぐり続けていたギンの左手が持ち上げられ、絢女の唇を割った。声を殺そうと食いしばっていた歯列が強引に抉じ開けられて、ひぃぃ、という咽び泣きとも悲鳴ともつかない音が絢女の咽喉から零れた。
「可愛らしい声やなぁ。もっと聞かせて、な?」
 言いながら、ギンは人指し指と薬指をさらに絢女の火陰ほとに押し込んだ。
「んぁっ、んん…あ」
 ぶるぶると震える彼女の反応はギンが教え込んだ通りだ。彼女は自分だけのものなのだと感じて、彼の心は満たされた。
 火陰に差し挿れられた三本の指が独立した生き物のようにばらばらに蠢いて蜜壷を掻きまわし、外に残された親指と小指は小さな珊瑚珠に似た絢女の敏感な部分を摘み上げ、擦り、より深い快楽を引き出してゆく。
「んは…、あ…ん…んあ…、んうっ…」
 男の左手で抉じ開けられたままの唇からは、絶えず、細いくぐもった悲鳴が溢れていた。ぽろぽろと涙を零しながら、絢女は動かない首を必死に巡らせて、ギンの方を見ようとした。
「もう限界?」
 肯きたいのに、口を固定されているせいで肯くことが出来ない。
「もう、イきたい?」
 覗き込んできたギンに眸だけで肯定を訴える。
「しゃあないなぁ」
とギンは嘯いた。
 彼は花芯から指をぎりぎりまで引き抜いた。それから、無理矢理に口を開かせていた左手を外した。
 骨張った掌が絢女の右乳房を掴んだ。同時、ギンの右指が勢いよく花芯に突き刺さった。限界まで奥に捻じ込みながら、内部で指を強く押し広げる。
「!!」
 絢女は息を止めた。声を殺そうというのではなく、条件反射だった。ぐぐっと広がる指の動きを阻むかの如く、絢女が強く収縮した。弓なりにびくびくと背中を反り返らせた彼女の乳房をギンは力を籠めて握り締め、右の指を限界を更に超えて突き込み、半回転させる。
「あっ! ああっ!!」
 短く、鋭い悲鳴を上げて、絢女は達した。大きくのけぞって、悦楽に溺れる顔を月光の下に曝し、そして、かくんと崩れた。
 ギンは絢女から指を引き抜いた。纏わりついた蜜液が手首にまで垂れているのを、彼は舌で舐め取った。それから、義魂丸を抜いた義骸みたいにくったりとしている絢女の身体をゆっくりと反して、もう一度、自分と向かい合わせに座らせた。
 絢女は、意識はあったが意思を失っていた。着物も襦袢も肌着も完全にはだけていて、解かなかった腰紐一本と手首とでかろうじて体に引っかかっていた。ギンが腰紐を解くと着物は完全に絢女の腰からずり落ちた。さらに蹴出しも外してしまったが、ぼんやりと虚ろな彼女は何をされているかも理解しきれない様子で、為すがままだった。
 その時までは腿の付け根近くで下肢を密着させて彼女をまたがらせていたが、ギンはおもむろに彼女の体を膝の方にずらした。更に背中を支える両腕を伸ばすと、絢女の上半身は斜めに仰臥した。
 天頂近くに昇りきった月が、くっきりと彼女の滑らかな身体を照らし出した。汗ばんだ膚は月光を反射してきらきらと輝き、丸い、椀を伏せたような双丘には汗に濡れた髪が生き物のように絡みついている。彼女はいつも室内を暗くするのを望むから、美しい四肢を目で堪能することはなかなかに出来ない。彼女が思考力を失っているのを幸いと、明るい月の下でギンは思うさまにいとおしい女を視姦した。
 ようように意識が浮上してきたのだろう。絢女は幽かに身動ぎをした。
「…ギン…」
 ただ一人の男の名を呼ぶと、
「何?」
と優しい声音が返って来た。
「…私、今…」
「うん、イったなぁ」
 それでもまだぼんやりとしている絢女に、
「なぁ」
とギンは話しかけた。
「さっき、イったん絢女だけや」
「…ええ…」
「今度はボクもイかせて」
 こくんと絢女は肯いた。
「…姫さん、今日はずいぶんと素直やなぁ」
 ギンは呟くと、頭を屈めた。銀色の髪が絢女の下肢に近づいてゆく。
 びくん。
 絢女の体が跳ねた。
 ギンの唇が秘所に触れ、舌先がゆっくりと彼女の花びらを舐り始めたのだ。
「あっ…、ギン」
 先ほどの火照りも鎮まらぬうちに与えられた強烈な刺激に、彼女の体はびくん、びくんと大きく痙攣する。
 もう声を殺すことなど出来なかった。
「…ううっ、あふ、あ、あ! …は…」
 絢女の啼き声に驚いたか、蟲たちの声がぱたりと止んだ。
「ひ、あぁ!! ギン、ギン!」
 強い声で男の名を呼ぶと、いきなり絢女はギンの背中に覆いかぶさった。彼女の両手がギンの帯に掛かって、思わずギンは動きを止めた。つられて絢女も一瞬硬直したが、すぐに指が動いて、ギンの帯を解き始めた。彼女が自分からギンの着物を脱がせようとしたのは初めてのことだった。彼女の動きはぎこちなく、おそるおそるというか、おっかなびっくりというか、もどかしいぐらいに手間取っていたが、ギンは溢れ出す悦びを押さえられなかった。
 絢女は彼に望まれれば拒まない。愛撫には鋭敏な反応を見せ、悦びとともに彼を受け入れる。けれど、強い羞恥心の故か、根が淡白な性質たちなのか、自分から積極的に求めることは滅多になく、たいていは受身でギンに身を任せていた。
(ああ、もう。ボクもたいがい単純や)
 彼女が彼の帯を解いた。たったそれだけのことが、たまらなく嬉しい。もしかしたら、彼女も十四夜の月に狂わされているのかもしれない、と感じたが、それでも構わなかった。二人して狂ってしまえるのならそれも一興と、ギンは再び舌を遣って、彼女の秘部を愛撫し始めた。
「ギン…、ギン…」
 細い、細い声で切なげに名を呼びながら、絢女は男の着物をはだけさせた。背中が外気に晒されたとギンが感じた直後、絢女の唇が押し当てられた。帯を解いた手つきと同様に、唇の動きも慎重で稚拙だった。だが、背中を辿る彼女の拙い舌は、技巧に長けたどんな女の手管よりも深くギンの快美を引き出していた。
 絢女の唇が離れた。ゆっくりと上体を起こした絢女に倣って、ギンも半身を起こすと彼女に口接けた。
「ん…」
 舌が絡み合う。いつも逃げてばかりの彼女がむしろ我から求めてきて、ギンは痺れるような陶酔に身を委ねた。角度を代え、幾度も幾度も貪り合う。呼吸が上手く出来ない絢女が先に限界に達したらしく、自分から唇を離すと、そのまま、ギンの肩口に顔を埋めた。乱れた吐息に肩をくすぐられ、ギンは、
「あかん…」
と呟いた。
「もう我慢出来ひん。絢女、挿れてええ?」
 絢女は顔を上げた。潤みを帯びた双顆の琥珀がじっとギンを見つめる。
「来て…」
 零された言葉がギンをどくりと疼かせた。自らの裾をくつろげ、彼は下帯を緩めた。外すのすらもどかしい。ギンはいきり立った自分の分身を下帯から引きずり出すと、絢女の火陰にあてがった。彼女の腰を両腕で掴み、ぐっと自らの体に引き付けるようにして、ギンは牡を突き込んだ。
「ああぁ!」
 嬌声を上げて、絢女の半身がのけぞった。
 ごりごりと臼を廻すようにギンが腰を動かすと、
「あ、ああ! や、ギン、いやぁ!!」
と、絢女はあられもなく叫んだ。
 背中に腕を廻し、彼女の柔らかな乳房を自らの胸板に圧し付ける。ギンの腰の動きに伴って、絢女の胸が小さな円運動を始めた。ふくらみの頂点の蕾が硬くしこって、彼の膚の上を転がっていく。時々、彼の乳首とぶつかって、その度に、絢女はギンの肩に縋った手に力を込め、
「あっ…」
と短い悲鳴を上げた。
「ギン…、ギン…。あっ、はふ」
 彼女から洩れる喘ぎが一声ごとに切迫してきた。
「ええ声や。もっと啼いて」
 臼を廻す動きを繰り返しながら、時折突き上げてやると、
「ふっ、…や…」
と零れ落ちた涙が、ギンの肩を濡らした。
「…ふ、あ…あ…、ギン…、もう…」
 切羽詰った絢女が、ついに哀願した。
「助けて…、ギン。も…、許して…」
 乳房をぐりぐりと胸板で捏ね回され、腰や背中を掌で撫で上げられ、子壷を熱した金梃子で掻き乱され、最早、彼女には、
「許して…、お願い、助けて…」
と縋るしか術がなかった。
「ああ、あン、ん…あ、も…だめ。もう…助…け、あ…ふ…」
 容赦なく施される刺激に耐えかねて洩らす喘ぎに、哀願さえも途切れ途切れになった。は、は、と過呼吸の発作のように乱れきった息遣いが彼女の限界を示した。一方のギンも、きゅうきゅうときつく締め上げてくる壁に、耳許で響くよがり声に、月光に曝された愛しい女の痴態に、己の極みを悟った。絢女に劣らず呼吸を乱したまま、ギンは力を籠めて腰を突き上げた。
「あぁー!!」
 長く尾を引く悲鳴が、野原を渡った。

 蟲の音が辺りを埋め尽くしている。
 互いの着物を布団代わりに羽織り、ギンと絢女は草むらに横たわっていた。
   りりりり、ちぃちぃちりり
    りぃーん、ちり、りぃーん
   ぴりぴりぴり、ちっちぃぴりり
    りゅーぅ、り、り、りゅーぅ
   しりりりり、しりりりり
 松虫、鈴虫、閻魔蟋蟀、姫蟋蟀、きりぎりす。
   き、りりりりり、き、りりりりり
 これは、三つ角蟋蟀か。
 火照った体に吹き抜ける緩い夜風が心地よい。夜の底を満たす蟲の声が、心をゆっくりと落ち着かせてゆくようだ。
「月…」
「ええ…」
「ずいぶん傾いてしもたなぁ」
「そうね…」
 抱き合ったままの膚から、相手の鼓動がとくんとくんと伝わって来る。
「…絢女」
「なぁに?」
「体、平気?」
「ええ…」
「かんにんな。ちょっと、今日は加減しきれへんかった」
「…動けるから大丈夫よ」
「ん、ごめん」
 蟲たちの協奏を乱さぬよう、互いにしか聞き取れぬほどの声で二人は囁き合った。
 ギンの手がゆると動いて、絢女の頬にかかった髪を払った。そのまま、そっと指を滑らせ、親指の腹で唇に触れると、彼女は気持ち良さそうに睫毛を伏せた。
「絢女」
「ん、なぁに?」
「やっぱり、絢女はかぐや姫やないなぁ…」
「最初から、そう言ってるじゃない」
「うん。そやな。かぐや姫なんて、足許にも及ばへん」
「え?」
「こんなきれいな姫さんがボクだけのもんて…。なんや、えらい幸せ」
 ちゅっ、と額に口接けを落とすと、絢女もまた幸せそうに微笑った。
   りぃーん、ちり、りぃーん
    りぃぃーん、りぃぃーん、りぃぃーん
「えらい近くに鈴虫がおるみたいやね」
「そうね…。ね、ギン、知ってる? 昔は鈴虫のことを松虫と呼んでいて、松虫が鈴虫だったそうなの」
「ふぅん。昔ってどれくらい前?」
「源氏物語の頃は松虫が鈴虫だったみたいよ。昔の人は鈴虫のこの声を松を渡る風だと聴いたのね」
 ギンはしばらく、鈴虫の音に耳を傾けた。
「やっぱり、鈴虫やなぁ。ボクにはきれいな鈴を振ってるみたいに聴こえる」
(絢女の鳴き声にはかなわへんけど)
と心の中だけで、彼は付け足した。
 さわさわと秋風が草を震わせる。
 ギンは十四夜の月を見上げた。
「もうそろそろ、戻る?」
「ん、そうね…。でも、あとちょっとだけ、こうしていたい」
 絢女の可愛らしい願いに、ギンは笑みを浮かべた。両のかいなで彼女をかきいだき、二人は再び、蟲の調べに耳を傾けた。

    風寒み 鳴く秋虫の涙こそ 草葉色どる露と置くらめ
*1


*1 詠み人しらず 『後撰集』より(263番)

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2010.10.14