相聞歌
夜具の上にきちんと正座した絢女は、向かい合って坐しているギンに躊躇いがちな口調で告げた。
「…私に…、何かしてほしいことってある?」
ギンの
「してほしいことって…?」
鸚鵡返しに問いかけると、絢女は聞き取りづらいか細い声でぼそぼそと訴えた。
「私…、いつもギンによくしてもらってばかりだから…」
「…」
「今日、ギンのお誕生日だし…、だから…、私がギンにしてあげられることってないかしらって思ったの…」
「…」
「本当はね、いつも、もっとちゃんと応えたいって思っているの。でも、どうしたらいいか、全然わからなくて…、それに…」
一方的に自分が話すばかりでギンが黙りこくっていることにようやく気付いたか、絢女は俯かせていた顔を上げた。呆れられてしまったのだろうかと不安に駆られたが、見上げたギンは柔らかい微笑を浮かべていた。
「嬉しいなぁ」
と彼は言った。
「姫さんにそんなふうに言うて貰えるなんて、男冥利や」
彼の言葉に勇気を得て、
「どうすればいいの?」
と絢女は畳み掛ける。しかし、
「無理はせんでもええよ」
とギンは絢女を制した。
「無理してない…」
どんなふうに説明すればこの想いを理解してもらえるのだろう、と絢女は泣きたいような心地で続けた。
「私、ちゃんとギンに応えたいの。いつも、何も出来ないから…。だから…」
閨事の際、絢女が受身一方なのは事実である。彼女の方から仕掛けるといったら、せいぜい
初心で何も知らない無垢な、にもかかわらず、感受性が際立って鋭敏な娘が、ギンのような手管に長けた男を相手に選んでしまったのだ。翻弄され、蕩けきってしまうのも無理からぬことであった。だが、絢女は彼にろくに応えられずに、ただ為すがままとなっている己を申し訳なく感じていた。
「ギン、私…」
「それなら、今日は絢女がボクを抱いてみる?」
絢女は大きく目を瞠って、ギンを見返した。
(私が…? ギンを?)
固まってしまった女の頬にするりと指を滑らせながら、ギンは絢女を覗き込んだ。行灯の光の加減か、木賊色の眸が紅玉に妖しく変化し、絢女は魅入られたように彼の眸から視線を外せなかった。
「絢女がボクを抱いて」
「…どう…やって?」
「難しいことは何もないよ。ボクがいつも絢女にしてること絢女がすればええん」
「ギンがすることを…?」
「うん。さっき、絢女、言うてくれたな。いつもボクに良うして貰とるって」
「ええ」
「ボクがすることで絢女が気持ちええて感じることを、ボクにしてくれればええんや」
ややあって、絢女はこくんと頷いた。
膝立ちになった絢女がギンの肩を引き寄せる。
おそるおそると、絢女はギンの唇に自らのものを重ねた。いつも彼がするように、舌先で唇を割って口腔に侵入する。途端に待ち構えていたギンの舌が絢女を搦め捕りそうになって、慌てて絢女は身体を離した。
「絢女、なんぼ何でも、離すのは早すぎや」
「どうかした?」
「…あの…」
言い辛そうに絢女は口籠る。目だけで先を促すと、ようやく、彼女は重たい口を開いた。
「今日は、ギンからは私に触れないでほしいの」
彼女が本当に言いたいことを、ギンは正確に理解した。未だに口接けだけで腰が砕けてしまうことがある彼女は、彼に触れられることでなし崩しに酔わされてしまい、いつものように何ひとつ応えられなくなってしまうことを懸念しているのだ。羞恥心の強い彼女には、自分から何かしたいと言い出すのさえ勇気が要ったことだろう。それでも、せめて彼の誕生日くらい、一方的に快楽を受け取るのではなく、自分からも快楽を与えたいと望んだのだ。
触れられないのは物足りないが、彼女の気持ちが嬉しくてならず、それにどんなふうにしてくれるものなのか興味もあって、ギンは絢女の頼みを受け入れた。
(ええわ。どうしても、我慢出来ひんようになったら、謝って反故にしてまえばええし)
と思考を巡らせ、
「わかった。今日は何もせん。任せるから好きにし」
「はい」
ギンの言質を取った絢女は、もう一度、ギンに口接けた。そろそろと侵入してくる舌を、ギンは自分からは何もせずにただ受け入れた。ゆる、と舌が絡み合う。ギンの口腔を犯す絢女の動きはぎこちない。少しくらいなら応えてもいいだろうと、ギンがわずかに舌を動かして吸うと、絢女はびくりと肩を震わせたが、唇を離すことはなかった。
やがて、ゆっくりと絢女は口接けを終えた。
「ごめんなさい…」
小さな謝罪の呟きに、
「何が?」
とギンは問い返す。
「もの足りなかったでしょ?」
絢女は小さな声で答えた。
「私、下手だから…」
「気持ちよかったで」
「嘘。気を遣わないで…」
「別に嘘は言うてへんし、気ィも遣てへんよ」
「やっぱり、無理かしら。私がギンになんて…」
しょげ返っている絢女に、
「ボクとしては、もっと続けてほしいねんけどなぁ」
とギンは言った。
「せっかくの絢女からの誕生日プレゼントなんやもん。もっと色々して欲しい」
絢女はしばらくの間、探るようにギンを見つめた。けれど、彼の表情に嘘は見付けられなかった。
「続けてもいいの?」
「さっきからそう言うとるで」
絢女はそっとギンの身体を押した。夜具の上に仰向けに倒れた彼に圧し掛かるようにして、もう一度、絢女は触れるだけの口接けを落とす。彼女の唇がすっとずれた。頬を掠めるように動いた唇が、ギンの耳に触れた。耳朶を緩く甘噛んで、舌先を耳裏に這わせる。
途端に、全身にぞわりと快美感が走り抜け、ギンは覚えず、胴震いをしていた。
驚いたのか、動きを止めた絢女はギンから唇を離し、彼の顔を覗き込んだ。
「あの…?」
「今の、ものすご気持ちよかった」
と、ギンは言った。
「気持ち…良かったの?」
「うん。ものすご感じた」
「ほんと…に?」
「うん。ほんとや。絢女、今のもう一回、して」
乞われて絢女は再び彼の耳朶に唇を寄せた。耳たぶを食んで、くちゅくちゅと舌先でしゃぶるようにすると、ギンの身体が痙攣するような反応を示した。
(男の人も耳たぶって弱いのかしら?)
絢女はギンがいつも自分に対してどうするかを思い出しながら、耳への愛撫を続けた。同時に右手を胸元に下ろし、夜着の合わせから掌を差し入れた。
女と違って乳房のない男性の平板な胸は、ギンがいつもしているように揉むわけにはいかず、絢女は掌全体を使って撫で擦ることで代わりとした。
「…ん」
ギンが幽かに声を漏らした。その中には隠微な響きが混じり込んでいる。それに気付いて、絢女は安堵を覚えた。ギンはよく、彼女に対して、
「絢女がいっぱい感じてるの見ると、ボクも嬉しゅうて感じるんや」
と囁いていたが、その気持ちが初めて分かった気がした。
一方で、ギンも内心で驚いていた。
女性の場合、交接を快楽と感じるか、苦痛と感じるかは心理的な部分に強く支配される。だが、女ほどではないにせよ、男も心理的な要因で快楽は大きくぶれるのだと、ギンははっきりと悟った。技巧の面だけを評価するなら、絢女のそれは児戯に近い極めて拙いものだ。だが、たった一人、愛しいと想う女が恋人を悦ばせたいと一生延命に尽くしてくれているその姿に、愛する女に触れられているという事実に、ギンの身体はわずかな刺激さえ貪欲に吸い上げ、快感として貪っていた。
この陶酔は絢女でなければ、あり得ない 。
絢女の唇が首筋を伝って、鎖骨のあたりまで下りてきた。
彼の夜着を
男を愛撫する行為に慣れてきて気恥ずかしさが薄れたか、ギンが感じていることが自信につながったのか、絢女の動きは拙いながらも徐々に滑らかに、大胆になってきた。鎖骨からさらに下った唇は、そろ、とギンの米粒のようなしこりを含む。生温かい舌先のしめりを帯びた感触に、ギンの全身が疼き立った。ちろり、ちろり、と慎重に舐る動きがもどかしいくらいだ。
「絢女、もっと強う乳首吸うて」
強請られて、彼女は忠実にそれを実行した。唇と舌を使って、扱くように吸い上げると、ギンは大きく痙攣し、
「は…」
と大きく息を吐いた。
絢女はそっと唇をずらした。乳首から少し外れた場所で停止した彼女が、ギンの膚を吸い上げた。ぞくぞくと強まる快楽にギンは震えたが、彼の胸元から顔を上げた絢女はそのまま動きを止めてしまった。
「…どしたん?」
問われて、はっとしたように絢女はギンを見た。
「ごめんなさい」
行為がお留守になっていたことに今気付いたという風情で、慌てて愛撫を再開しようとする彼女の肩を掴み、ギンは遮った。
「どうしたん?」
もう一度、真顔で問う。ごめんなさいと謝った声が微かに湿り気を帯びていたように感じられたのだ。
「何でもないの。ちょっと、ぼぉっとしていただけ」
「ごまかさんで」
「ごまかしてなんか…」
「ごまかしとる。ボクが気ィ付かんとでも思た?」
両手で彼女の肩を掴んで支えたまま、ギンは射抜くように絢女を見つめた。見透かされそうで思わず目線を背けると、
「絢女」
と厳しい声がした。
「どうしたんか言うて。急にそない顔されたら、ボクも悲しゅうなる」
「…私、どんな顔をしているの?」
「何や、寂しそうな顔。どうしたん? ボクが何か気に障ることでもした?」
「違う!」
急いで、絢女は首を横に振った。
「違うの。ギンのせいじゃないわ。私が…」
先を言い淀んで口籠る彼女を、ギンはじっと見つめる。
「…痕を…」
ほとんど聞き取れないほどの小さな声だった。
「痕?」
とギンが鸚鵡返すと、絢女は頷いた。
「痕をつけてみたかったの」
「うん?」
「でも、ギンみたいに上手くつけられなくて…」
なんと可愛らしいことを言い出すのだろう、とギンは抱きしめたい衝動を抑え、からかうように尋ねた。
「いっつも痕つけられるばっかりは悔しかった?」
今度は首が横に振られた。
「ギンに痕をつけられるのは嫌じゃないもの…」
「けど、えらい寂しそうやったで? 痕つけられへんのがそない悲しいん?」
俯いたまま、黙りこくってしまった絢女に、
「絢女」
とギンは呼びかける。
「気になってしようがないん。何でそない顔するんか、訳をちゃんと教えて」
「 呆れるわ」
「呆れるかどうか、話してみんと分からへんよ」
「でも…」
「姫さん」
絢女は再びギンから目を逸らした。それでもギンが執拗に覗き込むと、絢女はとうとうぎゅっと目を瞑って、震える声で絞り出した。
「ずっと…羨ましかったの」
何が、羨ましかったというのか。
ギンが無言で続きを待ち構えていると、
「ギンに痕をつけられる女の人たち…」
絢女の目が潤んでいる。
昔、絢女がまだ、ギンへの想いを心に封じ込め、そして、ギンが絢女を得られぬ空しさを外の女にぶつけていた頃。ギンはよく、女との情事の痕を隠しもせずに出勤した。本当に気付いていなかったり、うっかりして消し忘れたという他意のない場合もないではなかったが、それはごく稀で、ほとんどの場合は絢女に見せつけるために敢えて消さずに置いたものだった。正面切って彼女に想いをぶつけることも出来ないくせに、彼女の関心を惹きたくて。少しでも、動揺や嫉妬を見せて欲しくて。
だが、ギンが期待したようには、絢女は動揺しなかった。淡々とそれを受け流し続けた。そうやって聡いギンにさえ悟られぬほどに完璧に心を隠しながら、彼女はとても傷ついていたのだ。
「絢女、ごめんな…」
「どうしてギンが謝るの?」
「やって…」
「あなたを拒んでいたのは私なのに…」
ギンの想いは知っていた。それなのに、受け入れられないと、気付かないふりをすることで拒絶を選んだのは絢女だ。拒んだ以上、彼がどこで何をしようと、どんな女とどう過ごそうと口を挟める道理がない。嫉妬するのはお門違いだと理解っていて、それでも、
「冬獅郎が狙われていなかったら…、普通に、事故とか病気とかで尸魂界に送られたのだったら、そしたら、『あなたが好き』ってちゃんと言えるのにって、いつも思っていたわ。自分で決めてあなたを拒んだくせに、私、ずっと嫉妬していたの。ずっと羨ましかったの。あなたに愛される女の人たちが羨ましくて、悔しくて…」
「愛してなんか、おれへん」
とギンは強い口調で絢女を遮った。
その言葉に怯えたように、絢女はギンを見た。自分を愛していない、そう言われたと誤解したのか身を縮めている彼女に、
「あれは獣が本能で欲求を発散しとっただけや。愛しい思うて抱いたことなんか、一遍もない」
と彼は続けた。言葉と同時に絢女を腕に抱き込む。身体を強張らせている彼女の耳許に、彼は囁いた。
「絢女だけや」
双顆の琥珀が揺らいだ。
「こんなふうに抱きしめるだけであったかい気持ちになれるんも、気持ちようしてやりたい思うんも、全部、絢女だけや。他の女なんて、ボクには人形と同じやった」
「ギン…」
「ひどい男やて、呆れた?」
絢女はかぶりを振った。
「ギンこそ、呆れてないの? こんなに自分勝手な…」
「嬉しいよ」
とギンは微笑った。
彼は抱きしめていた絢女の身体を押し上げるようにして離すと、
「絢女、痕、つけて」
と強請った。
「でも、私…」
「さっきのは吸い方が緩かったんや」
とギンは微笑したままで教えた。
「もっと強う、しっかり吸い上げてみ」
絢女はおそるおそる身を屈めると、もう一度、ギンの胸に唇を触れさせた。教わった通りにきつく、自身の息も止まるほどに、思い切って膚を吸ってみる。そっと唇を離すと、ぽつりと小さく、うっすらと紅く、ギンの膚に痕が残っていた。
「ついた?」
ギンの問いに、絢女は頷く。ギンは首だけを持ち上げて、胸元を確認した。ごく薄いものだったが、確かに痕がついているのを認め、彼は子供が宝物を見つけたような顔をした。
「ほんまに痕がついとる。嬉しなぁ」
こんなに無邪気な顔で喜ばれるとは考えてもおらず、絢女はほけっとしてギンを見つめた。
唐突に、ギンは絢女の腕を引いた。崩れるように彼の上に倒れ込んだ彼女の背中に腕をまわして逃げられないように拘束してから、
「絢女、触れてもええ?」
とギンは許可を求めた。
「…あ…、でも」
「うん。分かっとるよ」
絢女の髪を優しく撫でながら、ギンは言った。
「絢女、敏感やもんなぁ。ボクに触れられたら、何も出来ひんようになってしまうんやね」
「ごめんなさい…」
「謝ることなんか何もない。そんだけ感じてくれとるいう証拠やもん」
と、笑みを深めながら彼は続けた。
「絢女はボクが感じとるの見て、嬉しゅうなかった?」
ギンの問いかけに、
「嬉しかった…。とても…」
と絢女は答えた。
「ボクも同じ。絢女が感じてくれると嬉しゅうて、つい張り切ってしまうんや」
「…」
「絢女に色々して貰えて、ほんまに気持ち良かったし、嬉しかったん。けど、やっぱり触れられへんのは寂しい」
「…私…。独りよがりだった?」
「そうやない。そうやなくて…」
どういう言い方をすれば、彼女は納得するだろうとギンが言葉を探していると、
「触れて…」
消え入りそうな絢女の声が聞こえた。
「ええの?」
ギンの肩に顔を埋めたままで、絢女は頷いた。
「本当は…触れて欲しかったの」
初めて自ら彼を愛撫して、絢女は昂っている自分に気付いていた。彼の吐息に、隠微な声に、自身の官能も刺激され、彼に慣らされきった身体の芯が疼き出したことを知った。いつものように彼に探って貰えないことがもの足りなかった。けれど、触れるなと言ったのは、絢女自身だ。ギンの愛撫は巧みで、弱いところを知り尽くしていて、触れられればあっという間に蕩かされ、流されてしまう。だが、今日は彼の為に尽くすと決めた。流されてしまうわけにはいかない。だから、触れないでと頼んだのだ。だが、身体は心よりもはるかに正直だった。ギンが欲しいと訴えていた。
ギンは絢女に口接けた。先ほど、絢女が施したものとは段違いの、官能を激しく揺さぶる舌遣いに、早くもどろりと理性が溶け崩れる。昂った心の命ずるままに舌を動かして彼に応えると、さらに深く、貪欲に求められ、絢女はびくびくと身体を震わせた。
「ふ…あ…っぁ…」
苦しい呼吸の隙間から、喘ぎ声が零れ落ちる。
深く唇を合わせたままで、ギンは自分と絢女の位置を入れ替えた。彼の身体の上に圧し掛かるように抱き込まれていた絢女は夜具に仰向けになり、ギンは唇を離すといつものように上から彼女の顔を見下ろした。
「…ギン…」
細く、切なげに名を呼ばれ、彼は彼女の額に
「…絢女、ここ、気持ちよかったで」
先ほど、彼女に触れられた時の、身体の芯から痺れるような快楽の感覚を蘇らせながら、ギンは囁きかける。わずかに頷いた絢女の耳をじっくりといたぶりながら、彼は彼女の胸元に手を伸ばした。先ほどまでの行為でいくらか乱れ、緩んでいた夜着の合わせをくつろげ、零れ落ちた乳房を両の掌で包む。それだけで、跳ね上がる身体を押さえつけ、彼はゆっくりと乳房を揉んだ。
「…ん…、あ…」
いつもの癖で、嬌声を飲み込もうとする絢女に見えないように苦笑を零しながら、ギンは耳たぶから胸に一気に唇を移動させた。硬くしこった梅の蕾を口の中で転がすと、
「あ、ギン…、ああ…ん…」
たまりかねて啼き声を溢れ出させた絢女は、縋る場所を探して両手を彷徨わせた。やがて、左手は夜具の布を握りしめ、右手はギンの背中に居場所を見出した。
「ギン…、ギン…」
強く彼に縋りついたままのたうつ絢女を抑え込み、ギンの右手が夜着の裾を割った。するりと秘裂に指を滑り込ませる。すでにそこはじっとりと露を含んでいた。
「すごいなぁ。ようさん濡れとる」
ギンの感嘆の言葉に、絢女は朱をのぼせて目を背ける。
「
とギンは更に奥へと指先を潜り込ませながら続けた。知り尽くしている彼女の内部を掻き回してやると、絢女の息遣いが荒くなった。ギンは密かにほくそ笑むと、さらに彼女の内を隠微に刺激することを続けた。同時に秘裂の傍らにひっそりと隠されたごく小さな蕾を残った指で擦り立てるようにして愛撫を施した。
「…は…ぅんン…、ン…、ギン…ん、…はぁ…ん…、あ、ギン…」
止めようにももう止められなくなってしまった喘ぎの隙間から、押し出すように絢女は愛しい男の名を繰り返した。
「お願い…」
やがて、情欲に溶け崩れた眸が哀願を始めた。絶え間なく溢れ出る蜜は乱れきった夜着に滴り、絢女は快楽と紙一重の苦しさに、
「お願い…」
を繰り返した。
「何…?」
問いかける声に、分かっているくせに、と彼女は眉を顰める。尋ねるギンの声はたとえようもなく優しいのに、やっている行為は絢女にしてみれば無慈悲である。
「お願い…だから…」
いつだって余裕がなくなって先に屈してしまうのは絢女の方だ。経験だけはうんざりするほどにある、と豪語する男は愛しい女の切羽詰まった表情を楽しんでいるのか、ぎりぎりまで彼女を焦らし抜く。
「あかんよ、絢女。もう少ぉし堪えな」
「う…、…あ…、ギン、お願い。意地悪しない…で」
右手で
「助けて…、や…、ギン、いや…いや…、お願い…お願いだから…」
彼女から「お願い」されると、どんな些細なことでもギンは即座に聞き届けようとする。彼女が主筋の姫君であった年月よりも、部下であった期間の方が何十倍も長いのだが、ギンにとっては根っこの部分で彼女は変わらずに姫君だ。だから、たいていの願いは受け入れるが、閨のこの願いだけは簡単には聞き入れてやれない。
ギンだけの高貴な姫が、淫欲に溺れ、乱れるさまをもっと見たい。彼を求めて、追い詰められてゆく姿を心ゆくまで堪能したい。愛しさと征服欲がないまぜになって、彼自身もとめどもなく昂ってゆく。
「…いや、ギン…、もうやめて…」
苦しさに思わず絢女が口走れば、すかさず、
「やめるん?」
とギンは問いかけた。
「そないにいややったら、やめようか?」
口先だけはそんなふうに嘯く。
彼女が本気でやめて欲しいと願っていたとしても、すでにギンは己を止められなくなっているのだ。けれど、自分の余裕のなさは巧みに隠して、彼は絢女を煽りたてる。
「やめる?」
「…いや…」
「いやって何が? やめるんが嫌? 続けるんが嫌?」
「…いじ…わる…」
涙目で睨まれたって、可愛いだけだ。
「言うて。どうして欲しいん?」
「…ん…、ふ」
絢女はいやいやと首を振る。羞恥心の強い絢女はなかなか彼が欲しいと率直に口にすることが出来ない。そのせいで、余計に焦らされることになるのだが、理性が蕩けてしまっているので未だにそのことを覚れないままだ。
きゅ、とギンが絢女の敏感な蕾を軽く抓った。
「はぁっ!」
吐息とも、悲鳴ともつかない声を漏らし、絢女は真っ白な閃光を見た。身体が深い穴底に落ちてゆきながら、同時にふわふわと浮遊する。矛盾した感覚に支配され、絢女は自失した。
「イッた?」
ギンの声は耳には届いていたが、意識までは達しなかった。
ぐったりとしている彼女が回復するのを待たずに、ギンは絢女への愛撫を再開した。
ぴちゃぴちゃと、敢えて淫猥な音を立てながら彼女の足指から
「…ギン…」
頼りない声が彼を呼んだが、無視してふくらはぎに舌を進める。膝を立てることで愛撫から逃れようとしたが、ギンの両手でがっちりと抑え込まれている為に動けず、代わりに絢女は半身を捩った。
膝裏を丹念に舐め、白い内腿に顔を埋めたギンはその膚に吸い付いた。ちり、と火のついた線香の先が掠めたような痛みを伴って、絢女の腿に紅い花びらが浮かぶ。
人に見えない場所になら、いくら痕をつけられても絢女は厭わなかった。それどころか、膚に散った花びらの数を密かに数え、彼にこんなに愛されたとむしろ充足さえ覚えている。ちり、ちり、と内腿に甘い痛みが奔る度、彼女の裡に悦びが積もっていった。
「ギン」
先ほどよりも強く、けれども甘さを湛えた声で呼び掛けられて、ギンは顔を上げた。酔わされて力の入らない身体で、絢女が懸命に半身を起そうとしていた。身を乗り出して腕を伸べ、抱き起してやると、彼女はギンの肩に顔を埋めた。
「どしたん?」
尋ねた直後、肩に痛みとも呼べないほどの仄かな違和感が走った。
絢女が顔を上げた。とろりと濡れた瞳が満足そうに微笑んでいる。ギンが自分の肩を見ると、薄い染みのような痕がぽつりとついていた。
「絢女、絢女 !」
こみ上げる愛おしさに駆り立てられ、夢中でギンは絢女を抱きしめた。唇を合わせると、彼女は拙いながら懸命に応えてきた。
(ああ、もう!)
ギンは口接けたままで絢女の身体を再び押し倒した。
両手で彼女の肩を押さえつけ、組み敷いた姿勢で、
「絢女、ボクのこと欲しい?」
とギンの方から尋ねる。言えなかった望みを彼が口にしたことに安堵し、絢女は深く頷いた。
ほとんど同時に、張り詰めたものが絢女の内を侵した。
「あ、ああっ!」
絢女は
ギンのものが完全に絢女に呑みこまれた直後、ギンは腕を彼女の背中に差し入れるとぐいと引き上げ、一瞬で身体を入れ替えた。
再び、絢女はギンの上に乗りかかる格好になった。
「ギン…?」
何が起こったのかよく理解できない様子で困惑げに見返す女に微笑し、
「絢女、して欲しいこと、まだ有効?」
と彼は問うた。
瞬きをした絢女は、おそるおそる、
「どうすればいいの?」
と尋ねた。
自分の中にすっぽりと沈み込んでいる彼の牡が熱くてたまらない。すぐにでも、掻き回して欲しいと望む欲情を押さえて問い返した彼女に、
「今日は絢女が上になって、自分で動いてみて」
とギンは告げた。
「私が…?」
それが騎乗位と呼ばれる体位であるという知識はむろんあった。だが、その体勢は二人の間では初めてだった。受身の絢女はギンに好きなように弄ばれる体位ばかりを経験していたのだ。絢女の乏しい知識からしても、騎乗位は女が積極的に主導権を握って動くのではなかったろうか。
不安げに見返す絢女に、
「怖いことなんてないよ。絢女が好きに動いたらええ」
「でも…」
「絢女が自分で気持ちええと思うように動いてみたらええん。したら、ボクも気持ちようなるから」
「…はい」
絢女はギンの胸に手をついて、上半身を引き起こした。完全に半身が起きると同時に、
「あっ…」
彼女は短い悲鳴を上げた。すっかり納まりきったと思っていた彼のものが、絢女の自重によってさらに深く突き刺さったのだ。
「…う…あ…」
いつもと先端が当たる場所さえも異なっている。未知の感覚に怯え、泣きそうになって絢女はギンを見た。だが、ギンの目は彼女を無言で促すばかりだ。
こわごわと、彼女は腰を捻った。
こんなに深く入り込んでいるのだから、これ以上はない。僅かに残った理性はそうやって宥めようとするのに、感覚はそれを裏切る。腰を振る度にずぶずぶとより深く、未知の場所に彼が沈んでゆくようだ。官能の悦楽と恐怖がぐちゃぐちゃに混じり合って、絢女は闇雲に、本能のままに腰を動かし続けた。
「絢女…。ええよ」
酔いしれたギンの声が辛うじて、耳に届く。
「…ものすご、気持ちええ…」
不意に下から突き上げられ、絢女は呼吸が止まりそうになった。繋がった場所が、じんじんと更に熱を持って疼く。
「ギン…」
堪らず、絢女の目から涙が転げた。それでも、絢女は動きを止めなかった。
「絢女…、姫さん…。ええ。気持ちええ…」
ギンの声が常になく上擦っていて、絢女は動きを止められなかった。
時折、浅く突き上げられる度に、絢女の意識は切れそうになる。
ぽろぽろと零れ落ちる涙が白珠となってギンの胸や腰に散り、絢女は啜り泣きながら、
「ギン…、お願い…」
と哀訴した。
「…お願い、ギン…。お願いだから…」
先ほどのように、一人きりでいかされるのはいやだった。彼が好きだから、愛しているからこそ、翔ぶのならば手を携えて、共にいきたい。ほんの少しも気を緩められないぎりぎりの崖っぷちで、ゆらゆらと腰を蠢かせたままに、絢女は「お願い」を繰り返した。
「もう許して…、ね、もう…」
と懸命に訴える。
ギンが大きく息を吐いた。男の矜持で我慢を重ねていたが、余りの心地よさに、彼ももう持ちこたえられなくなっていた。
それでなくても狭隘な彼女が腰を捻る度に、ぴりぴりとひりつく、感電したような刺激がギンにもたらされる。もう充分に深く入り込んでいるはずなのに、更に奥へと彼を引きずり込もうとするかのように絢女の裡は妖しく蠕動を続ける。
(姫さん…、今日は凄いわ)
見上げると泣き濡れた絢女の、崩れる寸前まで切迫した表情が目に入った。
「…ギン、ねぇ、お願い…。一人はいや…。お願いだから…」
目が合った絢女の懇願にギンは頷いた。
いったん腰を矯めた後、ギンはありったけの力を込めて、刺し貫く勢いで突き上げた。
「あ、ああ! あぁぁ!!」
悲鳴を上げて絢女が達したのと、ギンが飛沫を迸らせたのとどちらが早かっただろうか。
一瞬、ギンの上で絢女は硬直した。それから、糸の切れた操り人形さながらに、ギンの胸に頽れた。
そのまま、二人はしばらくの間、忘我を漂っていた。
やがて、痺れるような悦楽の余韻に酩酊しながらも、意識を浮上させたギンが身動ぎをした。胸に崩れたままの絢女をそっと抱きかかえて顔を覗き込むと、彼女は夢の中にいるかの如く、焦点のぼやけた眼差しをギンに向けた。その睫毛に溜まった涙の雫をギンの指が払う。絢女の背を柔らかく撫で、
「おおきに」
と囁くと、
「ギン…」
啼き過ぎて掠れた声で、絢女は彼の名を呼んだ。
「私…、ちゃんと出来た…?」
覚束ない口調の問いかけ。
ギンの唇が弧を描いた。
「うん。よかったで」
と答えると、
「本当に?」
と彼女は少し不安そうに繰り返した。
「ものすご、気持ちよかった。ほんまに最高の誕生日プレゼントやったで」
ギンのきっぱりとした言葉にようやく安堵したのか、絢女は、
「…良かった」
と呟くと瞼を伏せた。
そのまま、すとんと呆気なく眠りに落ちてしまった愛しい女を抱きすくめ、ギンもまた、情事の残滓に満たされて目を閉じた。