暗闇に二人
雨宿りしようと飛び込んだ軒下で、乱菊は、
「失敗しちゃった」
と呟いた。今日は午後から天気が崩れ、嵐になると予報されていた。だが、彼女が書類を届ける為に十番隊舎を出る時には、空は澄み渡っていて、予報は大外れだとしか思えなかったのだ。油断して長居した結果、天候急変。戻ってからの隊首の大目玉を予測して、乱菊は溜息をついた。
書類届けは本来、下っ端の仕事である。他隊に廻す回覧文書にせよ、勘定方や記録方に提出する報告文書にせよ、通常書類は無位の隊員が運ぶものだ。但し、書類の中には機密文書も含まれており、それは平隊員に任せる訳にはいかない。副隊長である乱菊が自ら届けに出向かなければならないのは、隊長格以外閲覧禁止の第一級機密書類だった。それだけに取り扱いには細心の注意が必要なのだが、乱菊も、それから、他隊の副隊長たちも、この第一級機密書類の運搬という役目を内心では歓迎していた。こんな業務でもなければ、勤務中に外出し、他隊を訪れることなどなかなか出来ないからだ。生真面目で知られる八番隊の七緒でさえ、仲のよい乱菊がいる十番隊を訪れた時には、書類を置いてさっさと辞するようなことはせず、一、二刻ほどは乱菊とおしゃべりをしてから帰る。まして、他の副隊長たちは言わずもがなだ。機密書類運搬は副隊長たちにとって、格好の息抜きの口実なのだ。どこの隊の隊長たちもその辺りは心得ていて、書類を届けに行ったにしては戻りが遅くても、いちいち目くじらを立てたりしない。乱菊が冬獅郎に怒られるのは、ちょっとの息抜きにしては余りにも帰りが遅いからだ。
書類を届けた先は四番隊だった。四番隊副隊長の勇音と乱菊は仲が良い。だが、救護と補給という護廷十三隊の中でも極めて特殊な業務を預かる四番隊の副隊長は、いつ訪れても忙しそうにしていて、流石の乱菊も四番隊だけは早々に辞するのが常だった。しかし、今日は珍しく、勇音は暇そうにしていて、
「たまにはお茶を飲んでいって下さい」
と彼女の方から誘ってきた。もちろん、乱菊に否はなく、リラックス効果が高いというハーブティを振る舞われ、ついつい勇音と話し込んでしまったのだ。
いくら何でも休憩しすぎと気付いた勇音が業務に戻り、乱菊が四番隊を出た時、西の空には暗雲が立ち込めていた。しかし、まだ頭上の空は青く、隊舎に戻るまでは持つだろうと乱菊は考えていた。けれども、その見通しは甘かった。「一天俄かに掻き曇り」という古典表現がぴたりとはまるほどに、西空に掛かっていた暗雲はみるみるうちに全天を覆い、篠突くような大雨となったのである。これが夏場であれば、驟雨に過ぎないので、しばらく雨宿りしていれば上がる筈だ。だが、暦の上では立春を過ぎたといえ、まだまだ風が冷たいこの時節、まして、嵐を予報されている午後に降り出した雨がそう簡単に止むとは思えない。途方に暮れて空を眺めていたところ、軒を借りていた店の戸ががらりと開いて、人の良さそうなおかみさんが、
「傘をお貸しいたしましょうか?」
と笑みを浮かべた。
咄嗟に近くの軒に飛び込んだので確認していなかったが、そこは甘味処の店先だった。乱菊はちょっと考えてから、
「ありがとうございます」
と頷いた後、
「その前におぜんざいをいただきますね」
と続けた。
「あら、お気を遣われなくても構いませんよ」
「ちょっと身体が冷えちゃったから、おぜんざいで温まりたいんです」
「ありがとうございます。では奥にどうぞ」
おかみさんに促され、乱菊は店の一番奥まった席についた。白玉ぜんざいを注文し、運ばれて来るのを待っている間に、やはり、雨に降られて慌てて飛び込んできたと思しき女性が三人、入口近くの席に陣取った。
三人はどうやら、どこかの隊の平隊士のようだ。それも、護廷に配属されてせいぜい一、二年の新人と見えた。経験の浅い、実戦に出すのはまだ覚束ないような新人が最初に命じられる仕事は、瀞霊廷内の見廻りである。ある程度の経験を積んだ隊士であれば廷内の見廻りは一人で行うが、新人の場合は二、三人で班を組んで行わせるのだ。
「参ったなぁ。けっこう濡れちゃった」
「すぐには止まないだろうね」
とかしましく話しながら、手拭いで髪や死覇装を拭った彼女たちは、乱菊同様にここで一服することに決めたらしい。ぜんざいや団子を注文し、他愛もない噂話を始めた。
先に注文した乱菊のぜんざいが運ばれて来た。柔らかく煮えた小豆は美味で、乱菊は幸せな気分になった。すぐに、少女たちの注文の品も運ばれて来て、
「あ、おいしい」
「あったまるぅ」
再び、賑やかなお喋りが始まった。乱菊は聞くともなく、それを耳に流していたが、
「松本副隊長ってさぁ」
と不意に耳に届いた自分の名に身体を硬くした。
「絶対、女の武器使ったよね」
ああ、やっぱりと乱菊は思った。彼女の名を告げた口調に嘲りの色を感じ、次に来る台詞の予測はつけていたのだが、見事に予想に違わない二の句が続いた。
「日番谷隊長がまだ子供のうちから、誘惑してたみたいだよ」
「うわ、最低」
「ずいぶん年上だよね」
「経験豊富な色っぽい年増に迫られて、日番谷隊長も落ちちゃったんだろうね」
「松本副隊長にしてみたら、赤子の手を捻るようなもんだったんじゃないのぉ?」
「日番谷隊長、お気の毒」
「真面目な方だっていうしさ、部下に手をつけちゃって引っ込みがつかなくなったんじゃない?」
「責任感じてらっしゃるとか?」
「あんな遊んでそうな女に、責任も何もないだろうにね」
と耳を塞ぎたくなるような言葉が続く。奥に当の乱菊がいるのを知らず、遠慮会釈もなくこき下ろす会話が続いた後、
「でもさ」
それまで黙りこくっていた一人がおずおずと声を発した。
「それ、全部、ただの噂でしょ? 私、十番隊に仲のいい
「損~?」
「うん。本当は古風で身持ちだって固い方なのに、華やかで綺麗なお顔と、大きな胸のせいで遊んでるって見られてばかりいらっしゃるんだって。本当はお強くて、すごくお優しい方なのにって」
乱菊を擁護する娘の意見を、残りの二人は一蹴した。
「ばっかねぇ。十番隊だから、庇ったんでしょ」
「そりゃ、自分とこの副隊長が男にだらしのない遊び人だなんて言えないよ」
「現に、若い隊長を成長した途端に誑し込んでるじゃない」
「日番谷隊長には、もっと若くてちゃんとしたところのお嬢さんがお似合いよ」
と一人が言い、もう一人が、
「美央みたいな?」
と媚びるような発言をした。美央と呼ばれた娘は満更でもなさそうな含み笑いを漏らした後、
「私なんて、日番谷隊長には釣り合わないわよ」
言葉だけで、本心は全く謙遜していない口調で答えた。
「そんなことないよ。美央、きれいだし。それに松本副隊長とは違って、家柄だっていいじゃない。はるもそう思うでしょ?」
同意を求められ、はるは口籠った。
「…美央はきれいだと思うけど…」
「けどって何よ、けどって? あんた、美央にケチをつける気?」
「そうじゃないよ。美央は綺麗で可愛いよ。でも、私、日番谷隊長と松本副隊長ってお似合いに見えるんだけどな」
はるという少女だけが乱菊の味方だった。だが、三人の力関係は美央が女王さまで、もう一人が腰巾着。はるは二人に逆らえないようだ。
「だから、あんた、十番隊の娘に言いように吹き込まれているだけだって」
「はるってお人好しだから、すぐ信じちゃうんだから」
もう、ぜんざいの味など分からなくなっていた。妬みと乱菊の華やかな外見だけで、彼女を身持ちの悪い遊び
彼よりもずっと歳上だという負い目。決して遊んでいた訳ではないが、冬獅郎と結ばれた時に処女ではなかったという負い目。子供の姿だった彼が愛しくて無意識に取っていた過剰なスキンシップも、成長期の彼の食生活を案じて食事の世話をしていたことも、冬獅郎と結ばれた今となってみれば、自覚のないままに誘惑していたのかもしれないと思えてきた。少女たちの悪意のある発言を、いつものように根も葉もないと否定することが出来なくて、乱菊は俯いてしまった。ここから逃げ出したいのに、それも出来ない。店を出る為には彼女たちの席の横を通らなくてはならないからだ。
(早く出て行って…)
心の奥で祈った時、茶のおかわりの給仕に出てきたおかみさんが、少女たちの声高な噂話に気付いた。乱菊の腰帯の副隊長章を先から認めていたおかみさんは、乱菊が身を縮めている理由を正確に察したようだ。
「申し訳ありません」
小声で謝罪され、乱菊はかぶりを振った。おかみさんは、新人の死神たちに近付くと、
「お客さん、あんまり、そういう話を大きな声でしゃべるのは感心しませんねぇ」
とやんわりと諭した。
「あ、はい。ごめんなさい」
すぐに申し訳なさそうに謝ったのは、やはりはるで、後の二人は渋々と、
「すみません」
「気を付けます」
と応じた。一応、年長者であるおかみさんを立てた形だが、内心では、甘味処の店員の分際で死神に意見するなんて、と考えているのが透けて見える声音だった。
「あんまり遅くなったら、上の方に叱られるんじゃないですか? 雨は上がりそうにないですし、傘をお貸ししましょうか?」
この提案には素直に、
「ありがとうございます」
と礼を述べ、三人娘は店を出て行った。
おかみさんはもう一度、乱菊の側に来ると、
「申し訳ありませんでした」
と深々と頭を下げた。
「あたしが奥に引っ込んでいなけりゃ、もっと早く止められたんですけど。不快な思いをさせてしまいましたねぇ」
「おかみさんのせいじゃありませんよ。それに、あたし、気にしてませんから」
「ですが…」
「女だてらに副隊長なんて務めていると、あの程度の悪口なんて日常茶飯事なんですよ。いちいち気にしてたら、それこそ身が持ちませんから」
乱菊はにっこりと笑ってみせた。
松本乱菊という女は、どんなに傷ついても、その傷を他人に悟らせまいとする。
あまり親しくない者に対しては弱味を見せたくないと、そして親しい相手には心配を掛けたくないという心理から来るものだが、恋人であり、直属の上司でもある自分にまで傷を隠そうとされるのは、冬獅郎としては不本意だった。もっと俺を頼れよ、甘えろよ、と思うのだが、強情な彼女はにこにこと笑って、必死にいつも通りを演じるのだ。
霊圧の震えで、乱菊がひどく落ち込んでいることは気付いていた。だが、戻って来た乱菊は、案の定、明るく振る舞った。
「参ったわー、晴れてたのに、あっという間に土砂降りなんだもん」
「傘は持っていらしてなかったんですか?」
「そうなのよ。雨宿りした甘味屋で傘を借りたんだけど、この雨じゃあんまり役に立たなかったみたい。袴がびしょびしょで気持ち悪いったら」
「風邪を引かないように、早く着替えて下さい」
「うん、そうする」
廊下で五席と軽口を交わし、
「隊長、遅くなりましたー!」
おどけながら執務室に入って来た乱菊に、内心の痛々しさを押し隠して、
「雨宿りついでに甘味屋で、たっぷり休憩してきたみたいだな」
と、冬獅郎もいつものように渋面を向けた。
「さっさと着替えて執務に戻れ。松本の長い休憩のせいで、書類が溜まっているんだ」
「えー、隊長なら、それくらいの書類なんて、ちゃちゃっと…」
「これは松本の仕事だ」
「ちょっと言ってみただけじゃないですかぁ」
乱菊は棚から予備の死覇装を取り出すと、着替えの為に仮眠室に入って行った。その後ろ姿を見送り、冬獅郎は溜息をついた。
真正面から問い詰めても、彼女は何があったのか白状しないだろう。もちろん、落ち込んでいる彼女をそのまま放置しておく気は、一切ない。理由をきっちり聞き出す心積もりでいるが、それにはタイミングが大切だ。乱菊が何でもない振りをするのと同様に、冬獅郎もまた、しばらくは気付かない振りをすることに決めた。
嫌になるほど、技術開発局の天気予報はよく当たった。
昼八つ過ぎから降り出した雨は、次第に風のうねりが強くなり、定時を過ぎる頃には立派な嵐となった。荒ぶる風雨に備えて雨戸をきっちりと閉めきった隊長舎で、布団にごろりと横になったまま、冬獅郎は乱菊が風呂から上がるのを待ち構えていた。
しばらくして、吹き荒れる嵐に紛れて足音は届かなかったが、霊圧で乱菊が寝間にやって来たのを感じた。部屋に入って来た乱菊は、先に横になっていた冬獅郎に、
「たいちょ、おやすみなさい」
と声を掛けて、彼の隣の布団に入ろうとした。だが、一瞬早く、腕が掴まれ、彼女は布団に押し倒された。冬獅郎に組み敷かれた体勢で乱菊は目をまん丸に見開いた。今宵、彼に求められるとは考えていなかったのだ。
一月余り前、初めて結ばれた夜から、冬獅郎はそれまでの我慢を発散させるかのように、夜毎に乱菊を求め、抱いた。若い彼は迸る熱情を真っ直ぐに乱菊にぶつけたのだ。
愛し合う男女にとって、交接は互いの想いを確かめ合い、もろともに愉悦に浸る大切な営みである。だが、深く愛し合い、大きな快楽を得るほどに疲労も大きくなるというのも、また真実であった。そして、一般に、受け入れる性である女の方が大きな負担を強いられる。冬獅郎に抱かれることは、乱菊にとって悦びであった。けれども、夜毎、夜毎の営みに疲労が蓄積していることも自覚していた。求められれば拒めない乱菊はその疲労を押し隠していたが、半月ほどで、冬獅郎は自ら気が付いたらしい。それとも、京楽あたりからそれとなく諭されたものか。ともかく、冬獅郎は乱菊の身体の負担を見過ごし、欲望の赴くままに彼女を求めたことを詫びた。そして、その時に、どのくらいの頻度なら、乱菊も負担にならずに充足出来るのか問うたのだ。それに対して、乱菊は、
「二、三日に一遍くらい」
と応じた。
その日から、冬獅郎は続けざまに乱菊を求めることはしなくなった。負担にならないよう、様子を見極めながら、彼女が告げた通りに、二、三日おきに愛し合うようになった。
昨夜、乱菊は冬獅郎に抱かれた。たっぷりと彼に慈しまれ、深い満足と気怠い陶酔の中で眠りに落ちて、朝を迎えた。だから、今晩はただ一緒に眠るだけの心積もりでいたのだ。思いもよらず、求められて、乱菊は激しく動揺した。
いつもの乱菊なら、冬獅郎の欲情をむしろ嬉しく思っただろう。最初の頃のように、幾日も続けざまに求められては辛さを感じもするが、乱菊だって若いのだ。二日、三日ばかりであれば、連日愛し合ったとしても、それほど負担は感じない。だが、昼間の少女たちの心ない言葉が棘のように深く突き刺さっている今宵は、冬獅郎に抱かれることは苦しかった。
「たいちょ…、今日は嫌です」
初めて、乱菊は冬獅郎を拒んだ。
「今日は休ませて下さい」
だが、冬獅郎は敷布団に縫い止めた彼女の腕を離そうとせず、
「何を隠している?」
と低い声で尋ねた。風に煽られた雨が大きな音を立て、板戸が軋みを上げて、彼の言葉に被さった。
「え、何?」
戸惑い、眸を瞬かせた乱菊に、
「昼間、何があった?」
と冬獅郎は重ねた。
乱菊の眸が再び、丸くなった。室外の喧騒が不意に遠のいた気がした。知らんぷりを決め込んだ冬獅郎に、上手く隠しおおせたとすっかり信じ切っていた乱菊は茫然となった。
(たいちょ、気付いていたの?)
彼女の思考を読んだかのように、
「俺が気付いてないと思ってたのか?」
ときっぱりと告げられる。彼が気付いてくれたことが嬉しかった。乱菊の変調を見逃さないのは、それだけ彼が乱菊を見ているからだ。嬉しくて、けれども、卑屈な自分に対する惨めさが喜びを上回ってしまい、
「…何のこと…です?」
と乱菊は悪あがきをした。
「今更、ばっくれても無駄だって分からねえのか」
「何をおっしゃっているのか分かりません」
「ああ、そうかよ」
いきなり、冬獅郎は乱菊に口接けた。強情を張るなら、身体に訊くまでと言いたげに、深く乱菊の唇を貪る。呼吸が苦しくなった乱菊が身を捩っても、一瞬、息継ぎの為に離しただけで、すぐに唇は塞がれた。乱菊の腕は強い力で押さえつけられていて、どうあっても逃げられそうにない。
漸く、唇が解放された。冬獅郎の眸が冴え冴えと乱菊を見下ろしている。二つの翡翠に、女を案ずる深い気遣いと、それが故に隠そうとする彼女に対する強い怒りを見出して、乱菊は狼狽えた。ガタガタと一際大きな音を立てて雨戸が揺れたことで、意識の中で遠のいていた風の唸りが、再び、乱菊の耳についた。冬獅郎の憤りが嵐をより強いものにしているのではないかと、埒のないことを思い付き、乱菊は思わず冬獅郎から顔を背けた。
「いや、隊長…。見ないで…」
自分は今、とても醜い顔をしているから…。
「見ないで、あたしを見ないで下さい」
声を震わせ、冬獅郎から視線を逸らしたままで、乱菊は訴えた。そんな彼女をじっと見下ろしていた冬獅郎は、ややあって、乱菊の左手首を押さえつけていた右手を外した。彼は手を伸ばすと、枕元に据えられていた行灯を消した。
闇が落ちてきた。
厚い杉板の雨戸をぴっちりと閉めた隊長舎には、室外の灯りは届かない。行灯の灯りを落としてしまえば、鼻をつままれても分からない闇に支配される。何も見えなくなった分、雨戸を打ち鳴らして暴れる雨風の音が余計に怖ろしく響いて、
「たいちょ…、どうして?」
と乱菊は心細げに問いかけた。
「見るなと言われたから消した」
簡潔に冬獅郎は答えた。同時に、右手をそのまま乱菊の胸元に置いた。
「…あっ」
冬獅郎の動きを予測できなかった乱菊は、大きく身体を震わせた。彼女が何も見えていないのと同様に、見えていない冬獅郎の手が夜着の合わせを求めて、胸の上を彷徨う。同時に彼の頭が乱菊に近付いてきた。口接けようと下りてきた唇は闇で狙いを狂わされ、乱菊の頬に当たった。右手の拘束も外れたと感じた直後、頬が冬獅郎の掌で包まれた。ぐいと顔の向きが変えられ、唇が塞がれた。今度も、指二本分ほどの幅で狙いがずれていたが、すぐに隙間なく重なった。
夜着の合わせを探り当てた右手が入り込んできた。豊かな半球をぐぐっと掴み上げられ、乱菊は思わず、
「ああっ!」
と嬌声を上げた。
感じてしまった自分を認識すると同時に、少女の罵りが脳裏を過った。
「日番谷隊長を誑し込んでいるじゃない」
違う、違う。誘惑してなんかいない。ただ、隊長が好きだっただけ。
闇の中、見えない相手に反論するが、
「女の武器使ったでしょう」
と顔も知らない少女は嘲笑った。
「親切ごかして、部屋にずかずか上り込んで、誘惑したでしょ?」
風が咽ぶ。空気を渦巻かせるその音さえ、乱菊の耳には、
「あばずれ、あばずれ」
と罵る声に聞こえた。
叩きつける雨音は、
「淫乱、淫乱、淫乱」
と乱菊を責めていた。
「いや、隊長! やめて!!」
悲鳴を上げて拒絶しても、冬獅郎は愛撫の手を緩めようとはしなかった。彼の指が乱菊の胸の蕾を摘み上げ、直後、ぺろりと胸を舐め上げられた。
「ひぃっ…!」
細く悲鳴を上げた乱菊をいたぶるように、冬獅郎の舌が乱菊の尖りを舐めしゃぶる。右手で反対側の乳房を玩弄しながら、彼の左手は乱菊の耳朶を掴み、指先を遣って愛撫し始めた。
「や、あ…、たいちょ…」
乱菊の身体は大きく撓った。
あばずれ、あばずれ、あばずれ
風は止まない。
淫乱、淫乱、淫乱
雨は叫び続ける。
いきなり、胸を吸い上げていた冬獅郎の唇が離れた。僅かに乱菊が身体の力を抜いた途端、耳許に熱い呼気を吹きかけられ、
「ああぁ!」
乱菊は声を抑えられなかった。甘く
「何があった?」
と冬獅郎は改めて問うた。答えられず、乱菊は激しくかぶりを振った。見えなくとも、気配で乱菊の動きが分かったのだろう。
「そんなに俺は頼りないか?」
と冬獅郎は言葉を連ねた。
「ちがっ…」
「おまえの力になれないのか?」
否定しようとした乱菊は、重ねられた冬獅郎の声で遮られた。乱菊を案じる声音に、打ち明けようとしない彼女への怒りが混じり込んでいる。暗闇の中、冬獅郎の顔が見えない。だけど、睨まれている、と乱菊は思った。
強情を張り続ける乱菊の胸を、冬獅郎は再び強く掴んだ。同時に、左手が夜着の裾を探った。撫でまわして腿の位置を確認した冬獅郎の手が、裾を割った。滑るように内腿に入り込んできた彼の指が下着の上から、彼女の秘め処をやわやわと撫でた。
「…あ…あぁ…」
敏感な珊瑚玉を布ごしに慰まれ、乱菊は陶酔の混じった吐息を零した。
「乱菊…。何があった?」
冬獅郎の声から、怒りが抜けた。優しく、ただ優しく問いかけられ、乱菊の垣根が音を立てて壊れた。
「何で、あんなに辛そうにしていた?」
「たいちょ…」
「おまえが隠すほど、俺が心配するって何で分からない?」
「たいちょ…う…」
涙が転げ落ちた。心のどこかで、何でこんなに涙腺が緩くなっているのよ、あんたは泣かない女じゃなかったの? と自身を叱咤する声が聞こえたが、涙を止めることは出来なかった。
「たいちょ、隊長ぉ」
胸に縋りついて幼子のように泣きじゃくる乱菊を、冬獅郎はそっと抱きしめた。泣くな、とは言わない。強気な彼女が泣ける場所が自分であるのなら、むしろ、気の済むまで存分に泣かせてやりたかった。あやすように背中を撫でてやると、ひぃ、と小さく咽び上げ、乱菊はますます強く冬獅郎にしがみ付いてきた。
よほどに深く傷ついていたのだろう。乱菊はなかなか泣き止まなかった。冬獅郎の夜着の胸もとが乱菊の涙を絞れるほどにぐしょ濡れになった頃、ようやく、しゃくり上げながらも、乱菊の涙は打ち止めになった。涙と鼻水でぐずぐずになった顔を見られるのは嫌だろうと、灯りは点さずに闇を保ったままで、
「理由を言えるな?」
と、冬獅郎は畳み掛ける。腕に伝わる動きで、乱菊が頷いたのが分かった。
涙の名残で時折しゃくりあげながら、乱菊は甘味処で耳にした噂話を打ち明けた。乱菊の口は重く、それだけに却ってどれだけ悔しかったかが伝わってきて、冬獅郎は見知らぬ死神の少女を今すぐにも斬り捨てたい衝動に駆られた。話し終わって、ぐすっ、と鼻を啜り上げた乱菊を冬獅郎はもう一度、ぎゅっと抱きしめた。
「松本」
「はい…?」
「ひとつ、聞いてもいいか?」
「…はい…」
「こんな言い方するのは悪いが、その手の噂なら、今までだってずいぶん聞かされてきただろう? おまえ、ずっと『くだらない』って黙殺してたのに、どうして今日に限ってそんなに落ち込んだ?」
これまでにも幾度となく繰り返された、上辺でしかものを見ようとしない浅はかな者たちの無責任な噂。彼女がそれらに傷付かなかったとは、冬獅郎も思ってはいない。だが、これまでの彼女はそんなくだらない噂など跳ね除けて来たのだ。にもかかわらず、今回に限って、泣くほど心を切り裂かれてしまった、その理由が知りたかった。
「…あたし、誰とも寝てないですもん…」
誰とでも寝るあばずれだと罵られても、現実の乱菊は誰とも寝ていない。初恋だった男と別れてから、乱菊は孤閨を守って来たのだ。
「人の恋人を横取りなんてしてないし、」
男を誘惑もしていない。たまに顔を合わせた時に挨拶する程度の、ろくに話したことのない他隊の男が乱菊に想いを寄せようと、恋慕の末にこれまで付き合っていた女を捨てようと、それは乱菊には責任がない。男の独り相撲だ。責められたって、困る。
「身体を使って、副隊長になったんでもないし…」
だが、冬獅郎とは寝た。彼を好きになって、求められて、嬉しくてその腕に飛び込んだ。誘惑したと言われれば、否定できない。彼が子供のうちから、気遣うふりをして手懐けたと非難されたら、反論しきれない。
冬獅郎は太い溜息をついた。
「松本」
と冬獅郎は手探りで、乱菊の頬に残る涙を拭った。
「噂をしていた女どもは言うまでもなく無礼だけどな。それで落ち込むおまえも、いい加減、失礼だと思うぞ?」
思いがけない男の言葉に、乱菊は唖然とした。相変わらず、辺りは闇に支配されていて、冬獅郎の表情が分からない。不安な心持ちで、彼の顔がある筈のあたりを見つめていると、
「いいか」
と思いがけず耳もとで声がして、彼女はびくりと身体を震わせた。噛んで含めるように、冬獅郎は先を続けた。
「おまえを男にだらしがない女だとか、女の武器を使って俺を誑し込んだとか、根拠のない言いがかりだが、そいつらは松本乱菊はそういう女だと信じているわけだ」
「…はい」
「だったら、その男にだらしのねぇ、女の武器を使って副隊長にのし上がったっていう松本乱菊を降格もさせずにずっと副隊長のまんま傍に置いといて、挙句に喰われちまった日番谷隊長ってのは、一体、どんだけ節穴で、女にだらしのない無能なんだよ?」
頬を引っ叩かれた心地がした。
「更に言うとだ。そんな無能な隊長やふしだらな副隊長を
「…隊長…、あたし…」
乱菊は絶句した。
「分かったか? 女どもが正面切って侮辱したのは、松本かもしれねえ。だけど、間接的に、俺や十番隊も思いっきり侮辱されてんだぞ。そこは落ち込むんじゃなくて、怒れ」
冬獅郎の言葉に、
「はい…」
と頷くと、ぽんぽんと背中を優しく叩かれた。乱菊は身体の力が抜けた。胸を覆っていた靄は急速に晴れていった。
びょおお、と唸る風の音が響いた。風は最早、あばずれと罵ってはいなかった。
乱菊の背を抱いていた冬獅郎の片方の腕が外れた。外れた腕はそのまま、二人の身体の間に捻じ込まれ、夜着の合わせから乱菊の胸もとに入り込んだ。硬い表皮の掌にふんわりと胸を押さえられて、乱菊は、
「ひゃん…」
と小さな嬌声を漏らした。五本の指がやんわりと蠢いて、乱菊の胸を優しく愛撫する。背中に残ったもう片方の腕が彼女の腰まで下りて来て、ぐい、と身体を引き付けた。乱菊の下腹部に冬獅郎の牡が押し付けられた。夜着と下帯ごしでもはっきりと分かる熱い滾りに、乱菊は覚えず、ぞくぞくと身を震わせた。
「たまには続けてでもいいだろう?」
冬獅郎の確認に、見えないと知りつつ乱菊は首肯した。先ほどまで感じていた卑屈な痛みは振り払われ、男に望まれる悦びだけが身を満たしていた。
「いっぱい、可愛がって…」
みっともなく泣いてしまった反動か、乱菊は甘えた声を出した。今晩はたっぷりと愛して欲しい。彼の側に自分がいることは正しいことなのだと、疑う余地もないほどに思い知らせて欲しい。
そう思った。
乱菊の答えに、冬獅郎は彼女の額を舌先で舐め上げた。
「乱菊、おまえは『護廷の華』と讃えられるくらいの美人だし、抱き心地も最高ないい身体をしているけどな」
言いながら、胸を揉む手に少し力を加えると、
「ああ…ん」
と、今度は素直に、乱菊は甘い声を吹き零した。
「おまえの価値はそこだけじゃねぇだろう」
「…たいちょ…」
「戦闘では、俺が背中を預けられるほど強い」
「…ふ…ん…う…」
「事務仕事をさぼるのは玉に瑕だが、その気になれば有能だし、」
「…はぁ…う…」
休みなく胸への愛撫を繰り返しながら、冬獅郎は続けた。
「面倒見がいいから部下にも慕われてるし、」
乱菊の腰帯を冬獅郎は中指と人差し指で挟んだ。そのまま、指を滑らせて結び目の位置を確認すると、彼は手探りで帯を解き始めた。
「それに、おまえは根拠のない噂や憶測で、他人を貶めるようなことは言わない」
「…たいちょ…、あ…、たいちょ…」
「おまえは顔や身体だけじゃなくて、魂も一級品の女なんだ。安物の奴らが好き勝手に喚き散らす噂なんかを真に受けて落ち込んでるんじゃねえよ」
「…たい…ちょ…」
「おまえのことを何にも分かってない連中の言葉なんか信じるな。乱菊は俺を信じていればいいんだ」
優しい言葉を耳朶に流し込まれ、柔らかな愛撫で官能を刺激され、たとえようもない幸福感と陶酔とで乱菊の全身は痺れていた。昂った心が望むままに、彼女は自分の涙で濡れそぼち、彼の膚に張り付いている夜着を左右に広げ、胸板に唇を押し付けた。米粒のような男の胸の突起に吸い付き、舌先で転がすと、冬獅郎もまた、僅かに身体を震わせて、乱菊に感じていることを示した。
もたつきながらも、漸く、乱菊の腰帯が解けた。冬獅郎は夜着を引いて、乱菊の前を
その誘いに応えるつもりか、闇の中、狙いを定めて、冬獅郎は乱菊の左の半球にかぶり付いた。
「ひうっ」
乱菊の背が弓なりに反りかえった。
ただの獣になりたかった。理性も、羞じらいも、何もかもをかなぐり捨てて、男に縋りつきたかった。
「隊長! 隊長!!」
叫んだ乱菊は、夢中で冬獅郎にむしゃぶりつくと、ぐぐっと腰を持ち上げて冬獅郎に押し付けた。すでに猛っていた冬獅郎の怒張が、更に大きくなる。乱菊は押し付けた腰を蠢かせることで、下帯に包まれた冬獅郎の牡を愛撫した。対抗するかのように、胸が強く揉みしだかれ、冬獅郎の愛撫が激しさを増した。
「隊長、隊長…」
熱に浮かされたように冬獅郎を呼び続ける乱菊の声が、ガタガタと打ち震える雨戸の音に重なっていった。
副隊長会議から戻った時、十番隊執務室には白哉が訪れていた。
「あら、朽木隊長? いらっしゃいませ」
遅ればせながら挨拶を告げる乱菊に、
「もう帰るところだ」
と白哉は立ち上がりながら告げた。冬獅郎に向き直り、
「では、明日より、よろしく頼む」
「ああ。任せてくれ」
会釈して白哉は執務室を辞し、乱菊はもの問いたげに自隊の隊首に視線を向けた。
「隊員の異動だ」
と冬獅郎は答えた。
「二年目の新人を一人、十番隊で引き取ることになった」
「新人?」
乱菊は首を傾げた。隊員の異動は時折ある。本人の性格や能力と隊風が合わないと判断した上官の意向や、あるいは本人自身の希望で、より能力の発揮できると思われる隊へ異動する場合。互いに不足している能力を補い合う為に、上官同士の話し合いで隊士を交換する場合。人材交流で四番隊に異動した吉良イヅルの例のように、いずれは元の隊に戻ることを前提に一時的に他隊に出向させる場合。理由はさまざまだが、隊を移ることはそれほど稀なことではなかった。だが、新人の異動に当たって隊首自らが動くなど、普通はあり得ない。もちろん、人事には隊長決済が必要だから、隊長は部下の異動を把握している。しかし、無位の平隊士の場合、人事裁量権は上位席官に委ねられているので、隊長格は通常、最終決定を下すのみだ。
乱菊は白哉が置いて行った書類を検めた。
「田上はる…?」
その名に覚えがあり、乱菊はまさか、と冬獅郎を見遣る。冬獅郎は頷くと、
「この間、おまえの悪口を言っていた奴らと一緒にいた女だ。そいつら、六番隊の新人だったんだ」
と説明した。
「そうなんですか。でも、どうして、この娘が十番隊に?」
冬獅郎は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「この田上はると一緒にいたのは、高倉美央と川村友恵というそうだが、甘味処のおかみに注意されたくらいじゃ全然堪えてなかったみてぇでな。また同じことをやらかしやがった」
「同じことって、あたしの悪口ですか?」
「そう。高倉ってのが裕福な中級貴族の典型的な我儘娘で、俺にしてみれば迷惑なだけで金輪際願い下げなんだが、俺に気があったらしいんだ。で、まぁ、俺とくっついてるおまえが目障りって、要するに横恋慕から来る嫉妬だ」
「はぁ…」
「で、性懲りもなく、この間の甘味屋で、盛大におまえの悪口をくっちゃべってたわけだが、高倉たちからは死角になる席に非番でデート中の阿散井と朽木妹がいてな」
恋次は乱菊の飲み仲間で親しい間柄だ。また、副隊長になりたてで、勝手の分からない頃に乱菊から色々と業務を教わったり、手助けして貰ったこともあって、乱菊のことは先輩として尊敬している。ルキアも日番谷先遣隊以来、乱菊とは親しくしており、乱菊に対し、死神の先輩としても、同じ女性としても、憧れの感情を抱いていた。そんな二人が、乱菊を口汚く罵られて黙っていられるわけがない。ふざけるなと、文句を言いに行ったところ、こともあろうに自隊の新人であると気付き、恋次は烈火のごとく怒ったという。更に、普段は朽木家の令嬢であることをひけらかすことがないルキアまで、
「兄様のお顔に泥を塗る行為だと分からぬのか、たわけ!」
と一喝し、新人三人は青褪めて泣き出したそうだ。
「田上まで怒られたんですか? この娘はあたしを庇ってくれていました。悪口なんて言っていませんよ」
「ああ、阿散井も、朽木もそこはちゃんと分かってた。怒ったのは高倉と川村に対してだけだ。だが、まぁ、同期が副隊長に怒鳴り付けられてるのを目の前で見ていれば、気持ちの優しい娘なら怯えて泣き出すだろう。阿散井は特に強面だしな」
「可哀そうに…」
「で、高倉と川村は謹慎を申し渡されたんだが、田上は処分されなかった。二人が大声で悪口を言っている時、迎合せずに諌めようとしてたってんだから当然のことなんだが、二人は田上だけ処罰を受けなかったのが不満らしくて、謹慎が解けた途端、田上にねちねち嫌がらせを始めたんだ」
乱菊は深い溜息をついた。田上はるに同情すると同時に、そんな最低の女の悪口に落ち込んでしまった自分自身にも、改めて腹が立った。
「それで、田上を異動ですか?」
「ああ。田上は流魂街出身でな。霊術院時代に金銭的に世話になったらしくて、高倉には逆らえないんだ。ま、世話になったっても、たまに飯を奢られたとか、高倉のお古の衣類を貰ったとかいう程度のことだし、高倉の方も、親切心から世話してやったんじゃなくて、割りに成績がよくて気の優しい田上を手下にしとくと何かと便利だから、これ見よがしに恩を売っただけ、らしいんだが」
その辺りの経緯は、恋次がはるの同期の隊士たちから聞き取り調査をして判明したことである。
「そんな訳で、このまんま、田上と高倉たちを同じ隊に置いとくのはまずいだろうって阿散井の進言で、田上を異動させることにしたんだ。朽木にしてみれば、むしろ田上を残して、高倉と川村の方を放り出したいのが本音だったみたいだが、六番隊はろくに使えないカスを他隊に押し付けたって苦情を言われるのが目に見えているんで諦めたらしい。田上は気が弱いのが欠点だが、なかなか使えるそうだぞ。儲けたな」
と冬獅郎は笑った。
「甘味処のおかみから、高倉たちの悪口を松本が聞いちまったって知った阿散井が、おまえに土下座して謝らせようかって言ってきたんだが、俺が断った。高倉たちが本気でおまえに悪いことをしたって思うなら、阿散井に言われねえでも謝りに来るだろうし、上官から言われて渋々謝られたって不愉快なだけだからな」
「そうですね。ありがとうございます。隊長」
乱菊が淹れた茶をうまそうに飲みながら、
「田上は磯浦と仲がいいらしい。十番隊に慣れるまで、磯浦と組ませろ」
と冬獅郎は指示をした。そういえば、十番隊に仲のいい娘がいるって言っていたっけ、と乱菊は思い返した。
写真のはるは、愛嬌のある顔立ちをしたおとなしそうな娘だった。
「あたしを庇ってくれてありがとう」
と礼を言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。乱菊ははるが出勤して来る明日が待ち遠しくなった。