体が資本の死神稼業、健康管理は仕事の内。そんなわけで、年に一度の健康診断は護廷の死神の権利であり、義務でもある。とはいえ、護廷は十三もの隊があり、各隊が抱える隊員もそれぞれけっこうな人数になる為、一斉に健康診断に来られては四番隊の通常業務に差し障るからということで、四番隊を除く各隊は一月から順に割り当てられた月のうちに四番隊を訪れて健診を受ける決まりになっていた。四番隊自体は隊員を所属する班ごとに十二のグループに振り分けて健診の月を決めている。
一番隊が一月、二番隊が二月ときて、四番隊を飛ばして五番隊が四月、六番隊が五月、となると十番隊の健診月は九月となる。そして、九月に入ると早々に健診を受け、妙に上機嫌で戻ってくる者が約一名。十番隊隊首の日番谷冬獅郎である。
九月初旬というとまだ、残暑の厳しい折りである。だが、上機嫌で戻って来た隊首は、普段はしない霊圧の大盤振る舞いをしてくれるので、その日一日、十番隊舎は護廷で最も過ごしやすい場所となる。
冬獅郎の上機嫌にはもちろん、理由がある。
今から丁度十年前。日番谷冬獅郎の外見は、現世の人間換算で十歳児相当であった。だが、ある事情から、その後、急成長を遂げ、その年の終わりには高校生か大学生かくらいというところまで、一気に加齢が進んだ。十歳児相当の外見の頃から、副官である松本乱菊に好意を寄せていた冬獅郎にとって、彼女と釣り合わない幼すぎる外見は悩みの種であった。だが、急成長によってその悩みは解消した。外見年齢が高校生か大学生というくらいであれば、二十代前半の外見の乱菊と並んでも、「年下の男の子」という趣きで釣り合わないことはない。そして、冬獅郎にとってはこの点が重要なのだが、彼の霊力はその急成長後も緩やかに上昇を続けており、従って、彼の成長も打ち止めにはなっていないのだ。この十年。確実に彼の身長は伸び続けている。十年前の急成長当時、彼の身長は五尺七寸六分であった。五尺六寸八分の乱菊と比べると辛うじて高いが、その差は一寸に満たなかった。その後、一年で一分から二分程度という、尸魂界基準からすると順調な伸びで、彼は身の丈を積み上げていたのだ。
男の見栄と言ってしまえば、それまでだ。しかし、冬獅郎としては乱菊と並んだ時に見栄えがするだけの丈が欲しかった。乱菊は女性としては大柄なので、冬獅郎は心の中で密かにギンの身長である六尺一寸を目標としていた。それが無理でも、六尺は超えたいというのが彼の望みで、従って、地道にであるが目標身長に向かって確実に伸びている現状は大変喜ばしいことなのだ。
今年も上機嫌で隊舎に戻って来た冬獅郎に、
「その顔だと、また身長、伸びました?」
と乱菊は確認する。
「ああ」
珍しくも眉間の皺の消えた隊首は、嬉しそうに肯定を返した。
「五尺九寸。六尺越えまであと一寸だ」
昨年が五尺八寸八分であったから、成長は確実だ。
「再来年くらいには、朽木と並ぶ」
乱菊は柔らかな笑みを浮かべた。
「隊長がギンの身長を目標にしていらっしゃるのは知ってますけど、あたしはもうこれくらいでいいかなと思うんですよ。あたしよりも、もう二寸も高いんですもの。充分じゃありません?」
「おまえがハイヒールを履いても並ばないようにしたいんだ」
義骸で現世に赴く際、乱菊はよくヒールのある靴を履いている。女友達と遊園地に遊びに行くとか、買い物三昧が目的の場合は歩きやすいフラットシューズを履いて出ることが多いのだが、冬獅郎と連れ立って現世に降りる場合はたいてい業務終了後で、お洒落なレストランで食事とか、映画鑑賞の後、バーでしっとりというデートコースを辿ることが多い。当然、服装はドレッシーなものが選択されるので、足元も必然的にそれなりにヒールのあるタイプの靴でないと服とのバランスが悪いのだ。
厳密ではないが、3cm未満をローヒール、3cm以上7cm未満をミドルヒール、7cm以上をハイヒールと現世では呼んでいるようだ。乱菊は女性としては長身なので極端に高さのある靴は避けているが、5~7cm程度のヒールの靴は好んで履いている。身長差が二寸ちょっとの現状からすると、彼女がその手の靴を履くと、身長は逆転はしないまでも、ほぼ並んでしまう。冬獅郎はそれが不満なのである。最低目標値の六尺越えもそこから来ていた。六尺は現世のメートル法換算で約182cm。乱菊の身長はメートル法だと172cmだ。10cmの身長差であれば、彼女にヒールのある靴を履かれても、3~5cmくらいは冬獅郎の方が高くなるので、男の見栄は満たされるのだ。ギンの身長までの上乗せ一寸の目標は、彼に対する対抗意識である。
「あたしは、今くらいが嬉しいんですけどねぇ」
と乱菊は再び微笑した。
「何でだ?」
冬獅郎は首を傾げる。一般論だが、女の側も背の高い男を好む傾向がある。乱菊は特に高身長なので、相手にも高身長を望んでいるとばかり考えていた。
乱菊の笑みが深くなった。
「冬獅郎さん、ちょっとここに立ってみて下さい」
と彼女はすでに机に就いていた彼を、執務室の中央に立たせた。
「何だ?」
怪訝な表情を浮かべる冬獅郎を尻目に、乱菊は彼の前後左右に廻り、しげしげと観察していた。
「何なんだ?」
もう一度、冬獅郎が尋ねた時だ。
不意に乱菊の顔が近づいて来たと思ったら、
ちゅ
微かな音を立てて、ぽってりと柔らかな彼女の唇が、冬獅郎のそれに押し当てられた。冬獅郎が目を瞠った時にはすでに、唇は離れ、してやったりという得意げな乱菊が目の前にいた。
「おまえ、執務室で!?」
隊長と副官の立場で恋人同士でもある二人は、けじめをつける意味で、執務室では
「だって、冬獅郎さんが背が高くなりたいって、あんまり言うから」
と乱菊はいたずらっぽくウィンクをしてみせた。
「冬獅郎さんの背が六尺を超えちゃうと、こういうのも難しくなるでしょ?」
「あぁ?」
意味が分からず戸惑う冬獅郎に、乱菊はにこりと艶やかに笑いかけた。先ほどの不意打ちの口接けとあいまって、冬獅郎の身裡がどくりと疼き出す。
「この間、女性死神協会で話題になったんですよ」
「何が?」
「お付き合いをしているとね、結構、
「あー、まぁ、そうかもな」
「あとね、二人ともがそういう気分になって本格的に
乱菊が名を挙げた女性とその相手の男性を、冬獅郎は思い浮かべた。絢女とギン、及び桃とイヅルの身長差は七寸強、七緒と春水、烈と十四郎は九寸強だ。これくらい身長差があると、男の方が多少身を屈めるにしても、女は爪先だって目一杯背伸びをしないと届かない。先ほど乱菊がしたような触れるだけの、すぐに離れるような口接けならばともかく、時間をかけた深い接吻になるほど、女の側は負担を強いられるから、かなり辛いだろう。乱菊は名を挙げなかったが、ルキアと恋次に至っては、差は一尺半近い。こうなるともう背伸びでは追い付かない。恋次が座っている時か、ルキアが踏み台にでも乗らない限り、ルキアの方から口接けるなど不可能だ。本格的な口接けとなると、
(阿散井が朽木を抱きかかえるか、思いっきり屈み込まねえと無理だな)
と冬獅郎は納得した。
「今のあたしと冬獅郎さんの身長差なら、あたし、諦めずに接吻できます。だけど、冬獅郎さんの背丈があんまり高くなると、絢女や桃たちみたいに諦めないといけなくなるでしょ? だから、今くらいが丁度いいなぁって思っているんですよ」
(ちくしょう、ここが執務室じゃなかったら、押し倒しているぞ!)
乱菊の無邪気な笑顔に、つい劣情をそそられてしまった冬獅郎は内心で毒づいた。
「お茶淹れて来ますねー」
冬獅郎の葛藤などてんで気付かずに、乱菊は足取りも軽やかに給湯室に消えていった。
溜息をついて、執務机に戻った冬獅郎は、
「今晩、覚えていろよ」
とぼそりと吐き出した。もちろん、その物騒な台詞を聞いたのは、刀架けに控えていた氷輪丸と灰猫だけだった。
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-- 付記 --
"ひらひら"管理人のひのかさまからこの小説のワンシーンを漫画にしたものを頂きました(図々しくもお強請りしたら、描いていただけました)。とーっても素敵な作品で、個人蔵は勿体ない(というか、はっきり言うと見せびらかしたい)ので、「宝物蔵」に展示しました。
ひのかさまから展示のご了承はいただいています。本当にありがとうございます。なお、"ひらひら"さまへはリンクページから飛べます。