最高の一日
目が覚めたら、もう夜は明けていた。障子越しに射し込む光で部屋は仄明るかった。でも、まだ明けて間もないみたい。少し暗さも残っている。
微かに響く小鳥の囀り。
あたしはもぞりと体を動かすと、傍らの人の寝顔を見つめた。
あたしの隊長。あたしの冬獅郎さん。まだ、深く眠っている。微かに漏れ聞こえる寝息は、すうすうと規則正しい。
今日はあたしの誕生日だ。この人と恋人になってから初めての誕生日に、「二人っきりでゆっくりしたい」と我儘を言って以来、毎年、冬獅郎さんはあたしの誕生日に揃って非番を取れるように計らってくれる。隊長と副隊長が一緒に非番なんて、実を言うと、あんまりよろしいことではない。でも、日頃から勤勉ぶりを評価されている隊長だから、みんな、大目に見て下さっているのだ。
最初の誕生日は南流魂街の風錐渓谷にある温泉旅館に連れて行ってくれた。それだけでも充分に舞い上がっていたのに、パールの帯留めまでプレゼントしてくれて、この人ってばあたしをどれだけ甘やかすつもりなんだろうって思った。その次の年は東流魂街にあるすごく綺麗な湖の畔の旅館に泊まって、銀細工の簪を貰った。その次の年はとても忙しかったから泊まりがけは無理だったけど、誕生日の非番だけは死守してくれた。現世の遊園地でデートした後、泊まりに行けなかったから特別だって、宝飾店に連れて行かれて、
「好きなものを選べ」
ってどれだけ太っ腹なんだか。それに甘えて、サファイアのイヤリングとお揃いの指輪をしっかり選んだあたしもあたしだけど。
一昨年も、去年も、冬獅郎さんはあたしを特別な場所に連れて行ってくれて、その上、形に残るプレゼントも用意してくれた。世の中には「釣った魚に餌をやらない」なんて不心得な男もたくさんいるけど、あたしの隊長はそんな言葉なんて無縁。それどころか、釣った魚に餌をばんばん与えてまくって、肥え太らせて喜んでいる節さえある。冬獅郎さんがあんまり大事にしてくれるから、宝物みたいに優しく扱ってくれるから、それが当たり前だと慢心しないように、あたしは時々自分を諌めないとならない。そんな話を七緒にしたら、
「すいぶん贅沢な悩みですね」
って呆れられてしまった。うん、そうね。贅沢だって、自分でも思うわ。でもね、本当にそんな贅沢な悩みを抱えてしまうほど、あたしはこの人に大事にされていると感じているの。
今年は、一番最初に訪れた思い出のある南流魂街、風錐渓谷の旅館に来た。あの時にあたしたちを担当してくれた仲居さんが、何年も前のことなのにしっかりあたしたちを覚えていてくれたのも嬉しかったな。
もう少ししたら、冬獅郎さんも目を覚ます。目が覚めたら、多分、最初の言葉は、
「誕生日おめでとう」
それから、一緒にこの離れの部屋専用の家族風呂で朝風呂に入って、本館の大広間に朝御飯を食べに行って。きっと、プレゼントはその後、部屋に戻ってからくれるんだと思う。
こんなふうに特別な場所でお祝いしてくれるのはとても嬉しい。毎年のプレゼントだって全部、あたしには宝物だわ。でも、本当に嬉しい一番のプレゼントは誕生日に冬獅郎さんを独占できるってことだって言ったら、この人、どんな顔をするかしら?
二人っきりの場所で、誰にも邪魔されずに冬獅郎さんに甘えられる。冬獅郎さんの翡翠の眸に映っているのがあたしだけなんだって、心の底から実感できる。こんなに贅沢なことってないもの。
あたしだけが知っている。トレードマークの眉間の皺がきれいさっぱり消えた、穏やかな寝顔。すっかり成長して顔立ちも男らしく精悍になった隊長だけど、こうやって眠っている時にはまだ少し幼かった頃のあどけなさが残っている、なーんて教えたら、きっと彼はむっとするわね。大切なものを護る為に、強く、大きくなりたいってずっと願っていた人だから。
この人が護りたい大切な人リストの中に、確実にあたしは入っている。それが、あたしには嬉しい。この人に出会えた。この人を愛した。そして、愛された。女なんてよりどりみどりの人だったのに、他の誰でもない、あたしの手を取ってくれた。
何億もの魂魄の輪廻の中で、あたしを見付けてくれた。
睫毛がゆっくりと震えて、彼の瞼が開いた。
現れた一対の翡翠があたしを認める。同時に、唇が微かに弧を描いた。
「誕生日おめでとう」
ふふ、予想通り。
ちゅっ、って、あたしの額にキスしてから、冬獅郎さんは体を起こした。
「今日は早起きだな?」
「ええ、何だか嬉しくって、早く目が覚めちゃいました」
「そうか? じゃ、一風呂浴びてから、飯を食いに行くか」
「はい」
今年の誕生日もこの人と過ごせる。大好きなあたしの隊長を一人占めできる。
それが、あたしの最高の一日。