万華鏡の夜


 烈は自身の指で、硬くしこった胸の頂に触れた。人差し指と中指で扱くように愛撫を施せば、ゆるゆると官能が疼き出す。
「十…四郎さん…」
 この場にいない男の指遣いを思い描きながら、烈は自分の右胸を玩弄し続けた。
 本当に触れて欲しいのは左胸。けれど、十四郎はそれを承知で右ばかりを愛おしんで、烈を焦らすから。だから、自分で自分を慰める時も、敢えて右を愛撫して、男を偲ぶのだ。
 護廷の女帝にも擬せられる烈に下品な誘いをかけて来る命知らずな男など、今の瀞霊廷にはいない。しかし、昔、まだ烈がもっと若かった頃には、恥知らずな男は少なくはなく、それらを撥ね付けるのは烈にとって不愉快極まりないことだった。
 十四郎と結ばれるより以前、彼女がうら若き乙女であった時分には、彼女には降るように縁談が持ち込まれたものだ。彼女は美しく、しかも上級貴族・卯ノ花家の長女という家柄と、先の四番隊長の孫娘で現四番隊長という地位があった。美貌、家柄、地位と揃った烈の婿候補にと自薦他薦取り混ぜて貴族からの縁組みの申し出は大層な数に上った。また、それとは別に真剣な恋情を寄せる者も数多くいた。しかし、どんな話も、烈の心に住みついたたった一人の男を消すことは出来なかった。
 彼女はずっと、彼に顧みられてはいないと思い込んでいた。親しい間柄ではあったが、彼にとって自分は妹のようなもので、女として欲されてはいないのだと感じていた。もう諦めようと、両親や祖母が熱心に勧めて来る良縁に乗って見合いをしたこともある。だが、家柄目当ての者はもとより、烈に対して誠実な想いで向き合う男でさえ、烈の慕情を崩すことなど出来なかった。十四郎ならばこう言う、十四郎ならばこうする、と常に彼と比べて相手に幻滅する自分に気がついて、烈はついに全ての縁談を話だけで断るようになった。終いには両親も諦めたか、縁談を勧めることも絶えた。
 だが、その片恋は思いもかけず、終止符を打たれた。幽明の境を彷徨うほどの重篤な発作からからがら生還した十四郎が、病を引け目に秘め続けていた「好きだ」という想いを烈に吐露したのだ。
 皮肉なことに、彼と交際するようになったがゆえに、烈は下劣な誘いに悩まされることになった。ずっと、断り続けていたのが奏して、すでに縁組みの申し出は途絶えていた。真実、烈に想いを寄せていた者は、彼女が他には目を向けられぬほどに恋うていた男と結ばれたのを知って、潔く諦めた。まともな求愛者は消えたのに、女を欲望の対象としてしか見ない男がハイエナのように烈の渇きを嗅ぎ取って群がったのだ。
 十四郎と結ばれて、彼によって女になった烈だったが、肉の悦びを覚えるにつれ、湧き起こる疼きを持て余すようになった。十四郎は肺に病を抱えており、お世辞にも頑健とは言えない体質だった。人並みの欲望は抱えていても、虚弱な体では気持ちの赴くままに交接するなど望むべくもなかった。一方、烈は健康で、幼い頃から病気らしい病気など患ったことがない。健康な若い女の肉欲に過不足なく応じるのは、十四郎には重たいことだった。
 ハイエナじみた男たちは、人間らしい感情の機微には鈍感なくせをして、本能に根ざした欲望の飢餓は極めて敏感に察知した。
「あんな虚弱な男では満足出来ないだろう、俺が慰めてやる」
とずかずかと烈を土足で踏み荒らそうとした。だが、どれほどに渇こうと、女の性が悩ましいほどに身裡を苛もうと、他の男でそれを紛らわすなど烈は考えたくなかった。下品な男の誘いを撥ね退けながら、彼女はいつしか自分自身でその身を慰めることを覚えていた。
 湯上がりの身に纏っているのは、十四郎の襦袢。
 洗濯をするからと持ち帰った彼の着物を、烈がどのように扱っているのか知ったなら、十四郎は呆れるだろうか。いや、おそらく、烈を充足させてやれない俺が悪いと、彼は自分を責めるに違いない。だから、これは決して知られてはならない烈だけの秘めごと。
 男の汗の染み込んだ、彼の匂いがする襦袢や夜着に身を包み、彼を想いながら、悦楽に耽る。身を覆う彼の着物に顔を押し付けて男を感じながら、我が手指で、乳房を、腰を、腿を、そして秘め処を愛撫する。
「十四郎さん…」
 熱を持った息が零れる。
「…ん…ん…」
 本当は彼の傍で眠りたい。例え、ひとつに重なることは叶わなくとも、彼の腕の中で温もりを感じられるなら、こんな独りぼっちの背徳的な淫楽よりも満たされると、烈は理解っているのだ。だが、共にいれば、十四郎は烈の餓えを感じ取ってしまう。それでなくとも、愛する女を存分に慰めてやれないことに後ろめたさを覚えている彼は、きっと無理をしてでも、烈を充足させようとするだろう。
 彼に無理をさせたくないから。
 主治医でもある烈は、彼の体調を彼自身よりも正確に量れるから。
 彼の体調が万全でなければ夜を共にしないことは、烈の医師としての矜持だった。
 だから、せめて、彼を偲んで一人遊びに耽ることを許してほしい。
 火陰に突き入れた四本もの指を巧みに蠢かせ、烈は独りぼっちで上って行く。
「…あ…ぁ…ん、ン、じゅ…四郎…さん…」
 切れ切れに愛おしい男の名を呼ぶ声だけが、結界で囲われた寝室にこだまし続けた。

 どうしてか、と問われたところで答えられるものではない。
 気が付いたら、好きになっていた。それだけだ。
「でも、隊長って、桃みたいに清純な感じの女の子の方が好きでしょう?」
と腕の中で、乱菊は拗ねた振りをした。
「雛森が何で引き合いに出て来るのかが理解出来ないが、清純な女の方が好みなのは認める」
 冬獅郎は乱菊の胸に舌を這わせながら、肯定した。
「だったら…」
 反論めいた言葉を続けようとした彼女を、胸の尖りを食むことで封じる。
「ひゃあ…あン…」
 甘い嬌声を漏らして、乱菊の体がびくびくと痙攣した。
「だから、ちゃんと清純な女を好きになっただろう?」
「…だって…、あたしは…」
「充分、清純じゃねぇか」
 為人ひととなりを知らなければ、外見で判断するしかない。従って、見た目の第一印象という点からすると、乱菊は冬獅郎の好みからは外れるかもしれない。桃は幼馴染で余計な知識がついている分公平な判断が難しいのだが、確かに愛らしくて無邪気に見えるから、彼女のような雰囲気を持った女を目にすれば少なくとも外見的には好ましいと思うだろう。だが、冬獅郎は清純な女が好みなのであって、清純に見える女が好みなのではない。「セクシー・ダイナマイツボディ」と称される乱菊のメリハリの効いた身体つき、胸元を着崩した死覇装、口許の艶ぼくろ(現世では「エロぼくろ」という言い方があることを最近、冬獅郎は知った)、そういった乱菊の外見は奔放で淫乱な女の記号を示しているが、本質とは異なる。むしろ、彼女は妖艶で遊び慣れた女を装うことで身を護っていたのだと、冬獅郎は気付いていた。
 揉むことで女の胸がある程度大きくなるのは事実らしい。それもあって胸の豊かな女は遊んでいると見られがちだ。しかし、豊乳な女がすべて淫乱なわけではない。何もしていないのに気が付いたら胸が大きくなっていたという女は数多く存在するし、実際、乱菊は勝手に乳が発達したくちだ。口許に色っぽいほくろがあるのだって、生まれつきのこと。それなのに、男は乱菊の外見だけで軽い女だと見做す。しかも、最貧区出身という過去がその先入観に拍車をかけるのだ。他の女には紳士的に振る舞う男から、
「一発、ヤらせろ」
と身も蓋もなく迫られたことも数知れないそうだ。
 だから、彼女は男たちが望む妖艶で奔放な女を演じた。相手にした男の数など数え切れない百戦錬磨を装い、下衆な男を「あんたなんかお呼びじゃない」とあしらうことで、身を護って来たのだ。奔放な言動も、殊更に色気を強調した着付けも、乱菊にとってはハリネズミの身を覆う棘だったのだ。
 けれども、
「たい…ちょ…」
 冬獅郎に組み伏せられ、甘やかな喘ぎを漏らす女の反応は、初心だ。
(山ほど男と遊んだ海千山千の女が、ちょっと耳を攻められたくらいで落ちるかよ)
 昼間、たまたま耳に入った乱菊についての不愉快な噂話    例によって、乱菊は男慣れしているという内容だ    を思い出し、冬獅郎は乱菊に気付かれないように顔を顰めた。
 こんなにも豊かなのに重力に逆らって前に盛り上がる胸は、仰臥した姿勢でも、上向きに聳え立ち、美しい半球を形作っている。色素の薄い抜けるように白い膚は、しかし、雪花石膏アラバスターを思い起こさせる温みのある色合いだ。膚が白い分、頂上を飾る乳首とその周りの絞りに似た乳暈が色鮮やかな薄紅に見える。さくらんぼ味のキャンディを舐めるように乳首をしゃぶれば、小刻みに全身を震わせながら、熱い吐息を吹き零す。
 一途で、古風な女。見かけではなく、本質を見極めれば、こんなに清純な女は滅多にいないのに。
(遊んでる女は、もっと身体の線が崩れてるって分からないのか)
と見事なくびれを描く腰から臀部に、冬獅郎は舌を進めた。
 外野の下品な噂は不愉快ではあるが、好きにほざいておけ、と冬獅郎は思う。彼女に鼻も引っ掛けて貰えない連中の負け犬の遠吠えなど、いちいち気にしていたら身が持たない。だが、長年、奔放な女を演じ続けてきた弊害なのか、乱菊自身が自分は冬獅郎好みの清純な女ではないと卑下しているらしいことは気になっていた。
「…ひっ…、あぅっ」
 腰を淫靡に撫で上げられて、怯えの混じった喘ぎが零れるのは、閨事に不慣れな証拠だ。
「乱菊、綺麗だ」
と冬獅郎は囁く。こんなに清らかで綺麗な身体を、一途で無私の愛を、冬獅郎にだけ惜しみなく与える女は他にいない。外見や言動がどうであれ、乱菊の核はたおやかで、切なくなるほど純粋であることを、彼女はもっと自覚するべきなのだ。自分を守る為の欺瞞を信じ込んでしまうなど馬鹿げている。
「見かけなんかじゃない。魂が綺麗だ」
 乱菊が納得できるように、いつの間にか刷り込まれてしまった汚れているという感覚を払拭できるように。
 冬獅郎は囁き続ける。
「綺麗だ」
と、幾度も幾度も繰り返してみせる。

 作り物の義骸を脱ぎ捨てると、途端に、四肢が伸び伸びと自由になった心地がした。
 ほんの数時間前の情事の余韻は霊体にも残っていて、性急な口接けにかっと身体の芯が熱くなる。
「香水の匂いがする」
 義骸に染みていた移り香が霊体からも漂っているようで、不満げに呟けば、
「夜一さんも牡の匂いがしますよ」
と返された。
 お互いに一夜の相手と楽しんで来たのは承知の上。それでもなお、相手を欲するのは何故だろう。
 心急くままに抜け出したせいで、二人の義骸は不自然な姿勢で重なって倒れている。自身の姿に瓜二つの身体がまさしく骸のように捨て置かれる側で抱き合うのは、奇妙な興奮をもたらすものらしい。先ほど、他の女を相手に抜いて来たとも思えないほど、ぱんぱんに張り詰め、猛っている喜助の分身を、夜一は無造作に握った。
「いい歳をして、元気じゃのう」
「夜一サンこそ、淫乱ッスね」
 喜助も負けじと、夜一の秘部に指を捻じ込みながら、囁いた。
「研究は上手くいったようじゃな」
「おかげさまで。放って置かれて寂しかったですか?」
「適当に男の味見をして、楽しんでおった」
 研究に夢中になっている間は、性欲は無論、寝食さえどこかに放り投げてしまう男は、一段落ついた途端に本能を甦らせるらしい。ランナーズハイという言葉があるが、この男のこれはさしずめ、サイエンティストハイといったところか。上手く研究が纏まればその喜びで、逆に失敗に終われば終わったで鬱憤を晴らすかの如く、性欲を発散させたくなるようだ。察するにこの半月ほど格闘していた実験が成功に終わり、躁状態でいきり立った欲望をぶつけようとしたのだろう。ところが、彼の欲求を手っ取り早く満たすはずの夜一は構ってくれない彼に見切りをつけて、夜の街に遊びに出掛けていたのだ。もうニ、三日は長引くと見た夜一の読み違えである。発散させる相手はおらず、かといって、身裡から湧き上がる欲望は夜一の帰還を待ってはいられなかったと見える。彼も歓楽街に出て、おそらくは商売女を相手に欲を吐き出して来たのだ。そうやって、互いに行きずりの相手と楽しんで、戻ったところで鉢合わせた。
 視線が絡まった途端、欲情が蠢き出す。寝食を忘れて研究に打ち込んだ末、喜助の頬はこけ、無精髭が伸びている。そのうらぶれた佇まいが、何故だか艶めいていて身体の奥の燠火を煽る。
 どちらからともなく家に駆け入り、義骸を脱ぎ捨てていた。窮屈な義骸から開放され、二人は霊体で抱き合った。貪る口接けと欲を煽る睦言の果て、夜一と喜助は雪崩れ込むように布団に重なった。

 がりりと歯形が残るほどに、強く乳房に噛みつかれた。
 滲む血を乱暴な舌遣いでこそぎ取られ、絢女はたまらずに、
「…くっ!」
と苦痛の滲む声を上げた。
 ごく稀にであるが、ギンはこんなふうに荒々しく絢女を抱く。
 いつもの身も心も蕩けてしまう優しくも深い愛撫に慣れた身には、この性急で乱暴な交わりは恐ろしくてならない。にもかかわらず、絢女が決して拒絶しないのは、ギンが怯えていることを知っているからだ。平常な時には決して忘れない気遣いも、慈しみに満ちた思い遣りも置き去ってしまうほどに、彼が苦しんでいるのが解るから。絢女に出来るのは、彼が安心するまで、その身を差し出すことだけだった。
 ギンの手が絢女の腿を掴み、強引にほとんど一直線になるまで脚を開かせた。羞恥心の強い絢女には耐え難い屈辱的な格好。いつものギンなら、決して強いない体位だ。そのまま脚は絢女の両耳の脇に押し付けられ、身体が二つ折りにされた。漏れそうになる悲鳴を、絢女は枕の端を噛み締めることでやり過ごした。
(…ギン…)
     夢ではないから。
     ちゃんと、ここにいるから。
 挿れるというより、ぶち込むという勢いで、彼の刃が絢女を貫く。噛んでいた枕が外れてしまい、絢女の咽喉から絶叫が迸った。だが、その悲鳴に籠もる痛みさえ推し量れないほどの恐怖に駆り立てられているギンは、お構いなしに律動を始めた。
 共に高みに登って行く為の動きではない。ただ、自らの怯えを払う。その為だけに、ギンは自分勝手に動き続ける。子壺の縁を抉られ、絢女は、
「ひぃっ…」
と小さく泣き咽んだ。こんなに乱暴に扱われても、感じずにいられない自らを浅ましいと思う。一方で官能の愉悦を上回る苦痛と陵辱感に、いっそ、気を失ってしまいたいと望む。
「…ギンっ!」
     ねぇ、気が付いて。
     私はここにいるから。
     もう絶対にあなたを置いていったりしないから。
 彼が飛沫を迸らせたのを感じた。だが、これで解放されないことは経験上、よく知っていた。喪失してしまった現実感を取り戻すまで、ギンは飽くことなく、絢女を犯し続ける。このくらいでは、彼は現実に戻れない。
 一度欲を吐き出したことで萎えた分身を無造作に引き抜くと、彼は絢女の身体をごろりと半回転させた。
「やっ!」
 思わず、小さく叫んでしまったが、無論、ギンには届いていない。うつ伏せに体勢を変えた彼女の腰を鷲掴むと、彼は彼女の尻を高く掲げさせた。
 この格好も、絢女が嫌がるので、普段はしない。
 一度は萎えた彼の牡は早くも猛っていた。再び、強引に突き挿れられて、
「あぅっ…」
と絢女は呻いた。彼女の裡で、彼の牡が、ずんと質量を増した。掴んだままの彼女の腰に自身の腰を叩きつけるようにして、彼は動き始めた。
 泣くまいと思っても、情けなさと惨めさに涙が零れた。敷布を両手で強く握りしめ、顔を布団に押し付けて、絢女は声を殺して泣いた。
     私はここにいるわ。
     あなたの傍にちゃんといるから…。
     戻って来て。私を見て。
 ギンの手が馬の手綱を取るように、絢女の髪を強く引いた。力任せに振り向かされる。絢女の眸に宿る悲しみにも、怯えにも、気付くことなく、ギンは絢女に口接けた。
「絢女、絢女っ!」
 切迫した声で、縋るかの如く名を呼ばれた。
 狂気の一歩手前まで追い詰められているギンに、絢女の声は響かない。
 彼女に出来るのは、ただ彼を受け入れることだけなのだ。
 着物に隠れない場所には痕を残さないという約束も、この時だけは反故にされる。首筋にじくりとした痛みを覚え、彼女は痕をつけられたことを悟った。引きちぎられるのではないかと恐怖するほど、乳房を強く握り込まれた。
「絢女!」
 狂気に追われるギンの、悲鳴が聞こえる。
「絢女、絢女っ!!」
 助けを求める叫びが響く。
「ギン!」
 絢女もまた、叫んでいた。
「ギン!!」
     ギン、帰って来て。
     ここにいるから。ちゃんといるから…。
     ギン…

 上に乗った夜一の背がぐぐっと大きく反り返った。腰を支える手で彼女を下向きに引き下ろし、同時に自身の腰を突き上げると、最深部に達したか、
「うぐっ!」
と夜一は短く喘いだ。解かれた彼女の髪が頭を振る度に喜助の胸を撫で、彼を淫靡に燃え上がらせる。
「さぼるな。もっと突かぬか!」
 姫君の仰せままに、喜助は再び腰を跳ね上げた。
「くうぅッ!!」
 夜一の声が切羽詰まった。行きそうなのを懸命に逃がそうとしているのだろう。彼女の頭は喜助の上空数十cmの位置で髪を振り乱しているから、表情が見えない。追い詰められられた時の夜一の顔が好きな喜助は、顔が見えない撞木反りの体位を選んでしまったことを少しばかり後悔した。尤も、最初から、今日はこの体位でと意図しているのは稀で、大抵はその場の成り行き任せなのだけれど。
 夜一が腰を浮かせた。ずるりと彼女の内を滑って抜けかけた喜助のものを、逃すまいとするかのように、彼女の柔肉が収縮する。強い力で絞られ、喜助の脳天を快感が突き抜ける。もう一度、強く、彼女の腰を下に引き下ろす。それに呼吸を合わせて、彼女が腰を円を描いて動かしたので、強烈な摩擦感に襲われた。ちかちかと、目の前を光が明滅し、喜助は限界を悟った。
「夜一サン、一遍、イきましょ」
 喜助の提案に、
「何じゃ、もうギブアップか? だらしのない」
 負けず嫌いの女は強がるが、言葉とは裏腹に口調に余裕は残っていない。
「アタシも年ですから」
と女を立てて、喜助は腰を矯めた。
「行きますよ」
 声をかけると同時に、跳ね上げる。一方、夜一は自ら、腰を落とした。
 ずん、鈍い衝撃と共に、喜助の肉刀が夜一を貫通した。溜まりに溜まっていた精が勢いよく噴出した。
 腕を後ろ手に突っ張らせていた夜一の背中が、弓のように反った。
「あ、あああぁっ!!!!」
 あられのない嬌声を迸らせた直後、がくんと腕が崩れ、夜一は喜助の上に落ちて来た。射精直後に係わらずそれをしっかり受け止めたのは、さすがに元隊長、と自画自賛すれば、きっと山本は嫌な顔をするだろう。
 埒のないことを思い浮かべながら、降って来た夜一を抱き締める。びく、びく、と断続的に痙攣し、未だエクスタシーの中にいることを示す彼女が可愛くて仕方がない。
(やっぱり、夜一さんは凄いっスねえ)
 商売女では宥めきれなかった喜助の猛りは鎮まっていた。夜一が望むなら、もう何戦か手合わせしても構わないと感じるだけの欲は残っているが、飢餓感は払拭されていた。
 もう何百年と肌を合わせ、気性も、性癖も知り尽くした女。にもかかわらず、彼を魅了してやまない女。そっと、彼女から自分のものを抜き取り、彼女の身体を反すと、闇夜にも鮮やかな猫科の金眸が彼を捉えた。
「落ち着いたか?」
 問いに、
「ま、一応」
と応じると、夜一はニヤリと舌なめずりをした。
「儂はまだ、いけるぞ」
 あからさまな挑発。飢餓感は消えても欲望は残っている喜助は、望むところと、それに乗る。
 傍らに打ち捨てられたままの義骸が、ビー玉のような虚ろな眸に二人の痴態を映していた。

(どうして、あたしの手を取ってくれたの?)
 時折、乱菊は思う。
 何故、自分のように年上で、悪い噂が絶えない女を選んでくれたのか、と。もちろん、悪い噂のほとんどは事実無根のでっち上げで、乱菊にとっては非難される覚えなど少しもないものばかりだ。そして、冬獅郎がくだらない噂に左右される人物でないことも承知している。
 それでも、不思議に思わないではいられない。
 恋人になったのは最近でも、上司部下としては十年以上の付き合いがある。彼が隊長になった当時は色恋などまだ当分先のような子供の外見をしていたけれど、それでも、傍に控えていればおのずと察することは出来た。彼は清らかで純粋な女を好んでいると。
 花に譬えるなら、桜よりも凛とした白梅。薔薇や蘭よりも桔梗や撫子。
 彼の好みにはとうてい合わない女だと、乱菊は自分を評価していた。彼女は薔薇だ。あるいは洋蘭、あるいは牡丹。喩えられる花はどれも派手やかで、妖艶な女に相応しいものばかり。少なくとも、撫子や、秋桜のようなたおやかで優しい風情の花に喩えられたことは一度たりともない。
 それなのに、どうして、乱菊を女として愛してくれたのだろう。
 清冽な人柄と、十番隊隊長としての地位。そして、女の乱菊さえ息を呑むほどの美貌。好みに合致する清純で美しい娘を、彼はいくらでも手に入れることが出来るだけの器量を持っている。
 乱菊は体を少し起こして、冬獅郎の寝顔を間近に眺めた。
「…綺麗…」
 常ならば翡翠の眸に射竦められてしまって意識に上らないが、伏せられた瞼を縁取る睫毛はつくづくと見ると男には勿体ないほどに長い。月光を糸にしたような銀の髪は触れると少しこわいことを、乱菊は知っている。成長して顔つきもすっかり男らしくなってしまったけれど、こうして無防備な寝顔を検めると、まだいくぶんかあどけなさが残っているようにも感じられる。
 両肘を敷き布団について、身を乗り出し、飽きることなく寝顔を堪能していると、前触れもなく冬獅郎の両眸がぽっかりと開いた。一瞬、驚いた様子で大きく眼が見開かれたのは、乱菊の顔が余りに近かった為だろう。
「何、やってんだ?」
 すぐに彼は平常を取り戻し、腕を伸ばして乱菊を胸に抱き込んだ。
「寝顔を見ていました」
「男の寝顔なんて見ても楽しくないだろう?」
 言いながら、彼は乱菊の顔を引き寄せると唇を重ねた。
「松本」
 耳が弱いと承知の上で、殊更に耳に顔を近付けて、息を吹きかけながら囁くところは確信犯だと思う。
「もう一遍、シたい」
 あんまりにもストレートに欲望を口に出されて、乱菊は毒気を抜かれてしまった。
「隊長、元気ですねぇ」
と思わず笑えば、
「若いから」
としれっと返された。
「ここで笑いが出てくるってことは、おまえも余裕あるんだろ?」
 死神稼業はいつ、緊急討伐でお呼びがかかるか分からない。翌日の業務に差し障るほど激しく愛し合うのは御法度だと、隊長格の二人は自制している。だから、冬獅郎はいつも乱菊の加減を見ていて、決して無理は強いない。
「もう一回だけですよ」
と乱菊は釘を刺した。冬獅郎に、というよりも自分自身に対して。
 動けなくなってもいいから、とことんまで彼に愛されたいと望む夜がある。もちろん、それを実行に移せば、乱菊はもちろん、冬獅郎まで疲れ切ってしまい、万が一の事態に対応出来ないのが分かっているから、ただ願望するだけだけれど。
 今宵はそれを望んでしまった。
 眠りに就く前の愛撫がとても優しくて、乱菊が欲しい言葉をたくさん貰えたから。嬉しくて、甘えたい気分になっているのかもしれない。どちらかと言えば口の重い人なのに、乱菊の不安は敏感に汲み取って、安心できるようにきちんと言葉をくれるところは凄いと思う。
 乱菊の気が変わらないうちにと考えたのかどうか、早速に胸に手を置いてくる素早さまでもが愛しい。刀を握る、容姿に似合わぬ節高の無骨な手が、乱菊の胸を柔らかに捏ね回す。
「…ふ…、ンぁ…」
 少しざらついた舌が、乱菊の膚を滑っていく。
「たい…ちょ…」
と銀の髪を掻き回せば、
「冬獅郎」
と訂正が入った。
 離したくない。離れたくない。
 この先、どんなに美しく、彼好みの清純で愛らしい娘が現れようとも、この人を譲りたくはない。
「…とう…し…ろう…さん…」
 どうか、手を離さないで    

 完全に意識を失って、ぐったりと褥に横たわる女を前に、ギンは呆然としていた。
 やがて、震える手で、ギンは女を揺さぶった。
「絢女…」
 乳房に、腰に、腿に、首筋に、身体の至るところに、陵辱の痕が遺されていた。
 そう、それは陵辱以外の何ものでもなかった。いたわりも、思い遣りもなく、ただ一方的に欲望を叩き付ける行為に愛などない。
「絢女、かんにん…」
 何度後悔を繰り返しても、止められない。
 発作のように、数ヶ月おきに襲って来る悪夢がギンを苛んでいた。悪夢の後は恐ろしくなる。絢女とともにある現在が幻影に思える。絢女が愛おしいからこそ、誰よりも大切だからこそ、彼女が自分の傍らに寄り添っていることの甘美さが現実感を失わせるのだ。恐ろしくて、恐ろしくて、彼は夢ではないと確かめずにはいられない。大事な女に手を伸ばし、貪り、嬲り、喰い尽くして、それでやっと、彼は安心する。これは夢などではないまぎれもない現実なのだと。
 恐怖に駆られている間は、おそらく、半ば狂っているのだ。でなければ、絢女を痛めつける真似など出来るわけがない。彼女の意思も、苦痛にも頓着せずに、欲望だけを吐き出すなど、まともな状態であれば絶対にしない。だから、正気に返って、ギンは愕然とする。自分がよりによって絢女を傷付けたという事実に、嫌悪の余り、死にたくなる。
 血が滲むほどの激しい噛み痕、擦り傷、力任せに押さえ付けたのを示す青痣。更に、異臭を漂わせながら、白っぽい膜となって絢女の膚で生乾いているのは、彼がぶちまけた精だ。胸や腹は言うに及ばず、顔や髪にまでべっとりと白濁した粘液に汚されている。
 ギンは力ない足取りで寝室を出た。
 床に入る前に、風呂に入った。風呂にはまだ湯が張ったままだから、追い焚きすれば入れる。ギンの精でどろどろに汚された絢女を清めてやらなければ、と考えたのだ。風呂を温め直して部屋に戻ると、出て行った時そのままに絢女は屍のように横たわっていた。
 そっと、壊れものを扱う慎重さで抱きかかえ、彼は絢女を風呂に運んだ。湯を掛け、傷付いた身体に負担にならないように気を配りながら、手拭いで洗い清めていると、彼女はようやく意識を取り戻した。
「…ギン…」
 細い声が心弱く、ギンを呼ぶ。彼女の顔を覗き込んだギンと目が合って、絢女は微かに笑みを漏らした。
「絢女…」
 あんなに非道い目に遭ったのに、どうして彼女は優しく微笑えるのだろう。切なさと罪悪感がない混ぜになって、ギンは絢女から目を逸らした。
「…ギン…」
 途端に不安げな声音が追い掛けて来た。
「…ギン」
 繰り返されて、ギンは恐る恐る絢女に目を戻す。再び、交わった視線に、もう一度、絢女は微笑した。
「…大丈夫だから…」
 彼女はそう告げて、上半身を起こそうとした。しかし、痛めつけられた身体は言うことをきかず、彼女の顔に困惑が浮かんだ。ギンは斜めに仰臥させた形で抱えていた彼女を引き起こし、腕の中に抱き締めた。
「かんにん…」
 声が震える。絢女がくぐもった声で、
「私は大丈夫…」
と告げたのが聞こえた。
「大丈夫やないよ。こんな…」
 ギンは言葉を続けられなかった。無茶苦茶に彼女を責めて、身動きもままならないほどにしてしまったのは、他の誰でもないギンだ。
「かんにん…。ほんまにごめん」
 絢女はかぶりを振った。
「これくらい、平気」
「平気なわけないやん。…ごめんなァ、絢女」
 怖かったなぁ、痛かったなぁ、と確かめるように囁けば、絢女は、
「ギンは帰って来てくれたから、いいの」
と呟いた。ギンが悪夢に浚われたまま、狂気に沈み込んでしまう怖ろしさに比べたら、身体の痛みなどたいしたことではないと。絢女がそう考えているのを覚って、ギンは何も言えなくなってしまった。
 洗い清めた彼女を抱きかかえたまま、ギンは湯船に身を沈めた。
 動けないほど疲れ切っている絢女は、おとなしく、彼の為すがままになっている。共に風呂に入ったからと言って、最早何事も起こらないのを確信していて安心しきっているのかもしれない。彼女の長い髪が湯の中で、海藻の如く揺らめいてギンに纏わりついていた。
 訪れた静謐の中、ギンは言葉もなく絢女を抱き竦めていた。

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2013.03.12