軋る夜
きし きし きし
きし きし きし
男の律動に調子を合わせ、寝台は規則的な軋みを上げる。
理性も、思考力も溶け崩れた絢女の耳に、何故だかその軋み音だけが明瞭に届き、彼女の脳内を侵食していた。
「あ、ああっ!」
悲鳴とも、嬌声ともつかないはしたない声を彼女が上げた直後、
「ちょっ…、絢女。きつい。締めすぎや」
と、彼女を組み伏せている男がぼそりと吐き出した。
そんなことを言われても、絢女には緩める術などない。
「…あ、無理っ…。やっ…」
辛うじて返事はしたが、答えとしては意味不明だ。
「あ…、ギン、ああっ…、そ、こっ…!」
敏感な箇所を、肉の刃の先端で抉るように擦られて、絢女は再び高い嬌声を上げた。
彼女の両の腕はギンの背中に廻されている。肩からずり落ちて、背中の半ばに引っ掛かっている彼の夜着を握りしめて、彼女は仰け反るように自ら腰を跳ね上げた。途端に、根元まで
「…ん、あ…っ」
ぎし ぎしり ぎしり
寝台の軋みが重く、大きくなった。
絶え間ないその音から逃れようとするかの如く、絢女は大きく首を振る。寝台に広がった栗色の髪が敷布の上で踊った。
三番隊の隊長舎の寝室は、巨大な寝台で占拠されている。
部屋の主である市丸ギンが、その並外れて大きな寝台を購入したのは一年と半年前のことだ。彼はずっと布団を寝室に敷きっぱなしの万年床で使用していた。いちいち朝晩に上げ下ろしするのは面倒であったし、どうせ隊長舎など、寝に帰るだけの住まいである。ならば、万年床の方がいつでも寝られるから合理的だ、というのがギンの考えだったが、彼の恋人である絢女は賛同しなかった。綺麗好きで潔癖、悪く言えば四角四面なところがなきにしもあらずの彼女には、万年床はひどく不精でみっともないもののように感じられたらしい。温和な性格の彼女だから強く非難するようなことはしなかったが、軽い小言ならば、ギンはさんざんに聞かされた。寝台は布団の上げ下ろしをせずとも文句を言われないようにと、小言対策として購入したものなのだ。
ギンは六尺 *1 を越す長身だが寝相は良いので、長ささえ充分であれば寝台の幅はそれほど必要としない。一人で眠るなら、現世でいうシングルサイズで足りたのだが、彼は敢えて幅広の寝台を選んだ。絢女と共寝をする夜があるからだ。とはいえ、彼女も寝姿は綺麗だからダブルサイズであれば充分に用は満たされたのである。だが、彼が選んだのは、絢女に言わせると「無駄に広い」キングサイズであった。長さが長身のギンに合わせて七尺弱の長尺であるのは仕方がないとして、横幅までもが六尺五寸もある為、マットレスはほぼ正方形に近い形状である。さらにヘッドボードも小さな棚が付いているせいで、五寸ほどの奥行きがある。彼が寝室として使用していたのは六畳の小部屋だったので、この寝台と以前から置いていた衣装箪笥で部屋はもう満杯になってしまった。
絢女とひとつ床を前提に選択した広い寝台であったが、実際の共寝の回数はこの一年半でも数えられるくらいしかない。というのも、二人が夜を一緒に過ごすのは五番隊隊長舎であることが圧倒的に多いからだ。
互いの部屋に泊まる夜は、夕餉も共にすることがほとんどだ。無論、外に食事に出掛けることもそれなりに多いのだが、絢女が手まめな上に料理上手なので、彼女の手料理で夕食を取る方が自然な流れだった。そうなると、絢女の住居の方が鍋や包丁などの調理器具も買い置きの食料も充実しているから、五番隊隊長舎に赴く方が都合が良いのである。
それにもう一つ、二人の間の暗黙の決め事もあった。夜を共にしても朝までは居座らないというのがそれで、三番隊と五番隊の隊長が同伴出勤するのは示しがつかないという絢女の主張を根拠にしていた。実際のところ、二人の仲は既に公に知られていたので、一緒に出勤してきたからと言ってどうということはない。第一、品行方正だった絢女はともかく、かつてのギンは放埓を極めていたのだから、今更、部下に示しもへったくれもありはしないのだ。それでも、ギンが決まりに従っているのはきちんとけじめをつけた付き合いを望む絢女の意志を尊重しているのと、その生真面目な実直さこそ彼女の美点だと愛でているからに他ならない。五番隊で過ごした場合、決まりに則って夜明け前に帰るのはギンだが、三番隊隊長舎の場合は絢女が帰らねばならない。ギンとしてはそれを避けたい気持ちがあるものだから、夜は出来る限り五番隊泊まりになるように誘導しているのだ。それは、夜明け前の人通りのない寂しい時間帯に女が出歩くのが危険だからなどという理由ではない。瀞霊廷はもともと治安が良い上、護廷十三隊の隊寮や隊舎が集まっている一角は言わば死神の本拠である。そんな場所で敢えて狼藉を働く者などいはしない。また、まかり間違って無頼の輩が迷い込んだとしても、絢女は護廷の隊長である。余裕で叩きのめせる実力があるのは、ギンも充分了解している。ギンはただ、帰っていく絢女を見送るのが嫌なだけだった。
翌日は、絢女は非番。
そういう日には絢女は三番隊長舎に泊まる。明け方に帰る必要がないからだ。一緒に朝まで過ごして二人で朝食を取る。ギンも合わせて非番ならそのまま共に一日を過ごすし、ギンは出勤なら新妻よろしく彼を送り出した後、日勤の隊士が出払ってしまい、夜勤明けの隊士が自宅なり隊寮なりに戻った頃合いを見計らって隊長舎を引き上げれば良いのだ。
きし きし きし
きし きし きし
縋りつく指に力が籠り、ギンは夜着に引っ張られて僅かに上体を反らした。見下ろせば、絢女の眸は水の膜を張って、ゆらゆらと揺らめいている。
「ギン、もう…」
狭隘な絢女の
「…ギンっ!!」
呼びかける声が切羽詰まった。
もっと強く突いて
もっと奥まで来て
もっと…、もっと…
言葉にはされなくとも、その酔いしれた表情が、潤んだ眸が雄弁に彼女の望みを語りつくしていた。
絢女の身体が硬直するように仰け反っては崩れることを繰り返すたびに、マットレスが大きく弾んで揺れる。
ぎし ぎし ぎし
ぎし ぎし ぎし
寝台の軋みが一際大きく、激しくなる。
「あ、ギンッ!!!!」
絢女が大きく叫んで痙攣したのと、ギンが奔流のような熱い飛沫を迸らせたのはほぼ同時だった。
ぼすん、と絢女の背中がマットレスに落下した。はぁはぁと息を弾ませたギンは辛うじて腕を突っ張らせて、自らの身体が女の上に崩れ落ちることを塞き止めた。
「絢女…」
呼びかけた声は届いていないだろう。絢女の眸は茫洋と焦点が定まっておらず、身体は
絢女は三番隊隊長舎で事に及んだ時の方が乱れる。
そのことにギンが気付いたのは寝台を購入してから半年ばかりが経過してからだった。
少なくとも、ギンが万年床を畳に延べていた頃は、三番隊隊長舎でも、五番隊隊長舎であっても彼女の反応に顕著な差はなかったはずだ。むしろ、あれを
だが、寝台を購入してからというもの、ギンは乱れる絢女に目を瞠った。
最初はたまたまか、と感じていた。だが普段の五番隊隊長舎と回数は少ないが三番隊でとの反応の違いは毎回、あからさまで、ギンは寝台の思わぬ効用に内心で舌なめずりをしたものである。尤も、絢女の方はその事実に気が付いている節はない。そもそも彼女が乱れるのはギンの執拗にして巧みな愛撫で理性を飛ばしてから後のことなので、自身の反応などいちいち記憶も認識もしていないのだ。無論、ギンも敢えてそれを教えるつもりはない。指摘して、意識してしまったら、羞恥心の強い彼女のこと、乱れるまいと無駄に足掻くのが目に見えている。そうなったら藪蛇だ。だから、ギンは彼女を揶揄したり、仄めかすようなことさえ控えて、三番隊長舎で常になく乱れる絢女を密かに愉しんでいた。
ただ、何故そうなってしまうのかはどうしても気になった。そこで、彼女に悟られないように遠回しな誘導尋問を繰り返してみたところ、おぼろげに理由が見えてきた。
第一には三番隊長舎の寝間は狭いということだ。寝台を据える以前は、抽斗が五段ある桐箪笥と四段の抽斗を備えた同じく桐材の観音箪笥がそれぞれ一棹、足袋や下帯や腰紐などの小物を納める為の幅の狭い小箪笥が一棹、六畳間の短辺の壁際に並んでいて、その前に敷きっ放しの寝具という状態だったから、五番隊長舎の絢女の寝室と似たり寄ったりの広さだった。ところが、現在は部屋の半分はキングサイズの寝台の領地である。残った三畳分の空間の半分弱は先の箪笥類で占められているから、畳の露出は一畳ほどでしかない。しかも、脚部と厚みのあるマットレスで嵩上げされているから、寝台に横たわるとやけに天井が近いということになる。この狭さが圧迫感や閉塞感をもたらし、愛撫に蕩けた絢女に密室に閉じ込められたかのような錯覚を覚えさせるらしい。
そして、理由の二つめは布団と異なり、マットレスは弾むということだ。ギンが激しく突き上げる度、絢女が身悶え、身体を蠢かせる度、マットレスも呼応して撓み、弾む。その振動は絢女に返ってきて、更なる刺激と化すようなのだ。
第三には音がある。絢女は龍笛の名手で、風を操る斬魄刀の主であるせいか、音には敏感で耳が良い。それだけに、動く度に僅かに発せられる寝台の軋みが気になるのだろう。初手のうちはその音を耳障りに感じているふうであるが、いったん官能に溺れてしまえば、二人の動きに従って規則的に、時に大きく破調して軋み続ける寝台の音色は、彼女を追い詰めるBGMへと変化するのだ。
達した二人の動きが止まったことで、寝台は軋るのを止めた。
絶頂の余韻で未だ絢女は小さく痙攣しているが、それは極めて微かなもので、頑丈な寝台を揺らすほどのことはない。
ギンはそっと絢女の頬に手を添えて、彼女の顔を覗き込んだ。
吐精したことでいったん萎えたギンの牡は、しかし、引き抜かれることなく絢女の裡に納まったままだ。外側と同様に、彼女の内部もまだ小刻みな痙攣を続けており、その刺激がどうにも気持ちよいので、勿体なくて痙攣が納まるまでは抜く気にならないのだ。彼女に分身を沈めたままで髪を優しく梳いていると、やがてゆっくりと焦点が合った絢女の眸が恋しい男の名を呟いた。
「…ギン」
声が少し掠れているのは啼き過ぎたせいだ。男女の関係になってからもずいぶん長いこと、絢女は声を出すのをはしたないと恥じていた。彼女の嬌声が聞きたいギンは、強情な彼女に声を上げさせようとあの手この手を尽くしたものである。さすがにギンの教育の甲斐あって、六年を過ぎた現在は声を押さえるような真似はしない。最初から可愛らしい声で啼くのだが、ギンはその声に貪欲なので、やはり持てる手立てを尽くして一層啼かせようと努めるし、三番隊隊長舎ではそれでなくても彼女は乱れてしまうので、声も涸れようというものだ。
「絢女、もう一遍、シてもええ?」
卑俗な言い回しを使えば、さきほどのは二回戦である。普段はだいたいそれで打ち止めにするが、明日は絢女は非番だ。やはり非番だという八番隊の七緒と現世に買い物に出かける約束をしているのを知っているから、足腰が立たなくなるほどに責める気はさらさらないが、あと一回くらいは求めても罰は当たらないだろうとギンは計算している。
「…ン…」
恥ずかしそうしつつも素直に頷いたのは、絢女も非番という事実に多少箍を緩めているのと、三番隊隊長舎の寝間が持つ催淫効果のゆえだろう。
彼女の同意を得られたので、ギンはようやく挿れっぱなしだった自身のモノを抜いた。
「…あ…」
それだけで、びくりと絢女は身体を震わせた。
自分の中を埋めていた質量が失われたことが喪失感に繋がったのか、ギンが口接けを落とすよりも早く、絢女の方から唇を合わせて来た。絡みついて来た舌を、待ち受けていたギンが更に奥へと引き込んだ。
離れても尚、二人の唇を繋いでいた唾液の糸が、不意にぷつんと千切れた。切れた短い方の糸はギンの唇の横に散り、長い糸は下になっていた絢女の胸元に滴った。ぺろりとその甘露を舐め取るギンの表情の色っぽさに絢女が目を瞠っているうちに、ギンの頭が下りて来て、彼女の胸元に散った雫を舌先でこそげた。
「…ひゃぁん…」
細い悲鳴とともに、彼女の身体がぞくぞくと小刻みに震える。そのまま乳房まで下りてきたギンの唇がおもむろに頂上の果実を含んだ。
「あ、ギン」
絢女は手足を突っ張らせた。ギンの左手が絢女の頬を滑り、右の耳たぶを弄い始めた。右手は早くも内腿に下りて来ていて、ゆるゆると彼女の弱いところを少し物足りないと感じさせるほどの力加減で撫で上げた。
「ギン、…や…」
もっと強く愛撫して欲しくて、絢女は大きく腰を波打たせた。いったん顔を上げて、もどかしそうな絢女の表情を確認したギンは意地悪くほくそ笑みながら、再び唇を落として、今度は少し強めに乳首を吸い立てた。
「あ、ああ…、ン!」
僅かに首を振って、絢女がよがる。先ほどイったばかりなだけに酩酊も早いが、さすがにまだ完全に理性を飛ばすには至っていない。理性が残っている間は、男を強請る言葉は得られないと経験から承知しているギンは、敢えて緩くいたぶりながら、彼女が潰れるのを今か今かと待ち構えていた。
「…ギンっ!」
ギンの右手を腿で挟み込み、擦り合わせるように大きく腰を動かして、言葉ではなく身体で、絢女は男を促した。途端に、ぎしり、と寝台が大きく軋んだ。その音に、びくりと身体を竦ませると、彼女の動きに従って、マットレスが内部のコイルを撓めながら弾んだ。
「どうして欲しいん?」
口許に笑みを貼り付けて、ギンは問うた。
「…意地…悪…」
口ごたえ出来るということはまだまだ責め方が足りないのだなと、絢女が抗議したくなるような思考を経て、ギンは右手を内腿から腰に持ち上げた。
(…!?)
肝心なところを素通りしてしまった指に絢女が愕然としている暇に、ギンは腰と胸とを強めに愛撫し始めた。
きし きし きし
きし きし きし
寝台の軋みが規則性を持ち始めた。
きし きし きし
きし きし きし
絶え間なく繰り返されるその音が、次第に強く絢女の頭に反響していって、僅かばかりに残っていた思考力や羞恥心を剥ぎ取ってゆく。
ちり、と細く鋭い痛みと共に膚が吸い上げられ、所有の標の紅い花びらがまた一つ散った。
きし きし きし
きし きし きし
音が響く。
身体が火照って、何も考えられなくなっていく。
どろどろに溶けてしまう。
「あ、やあぁぁぁ!!!!」
長く尾を引く悲鳴と共に、絢女はついに理性を手放した。
「ギン、来て、来て!」
全く余裕を失った哀訴と共に、絢女はギンの背中から右手を外し、猛り立ったギンの牡を握り込んだ。
(!?)
これにはさすがのギンも動揺した。絢女がこんなことを、しかも自分からするなど、滅多にないことだからだ。
ここまでされて、焦らすほどギンも残酷ではない。というよりも、彼も余裕を失ってしまったという方が正確だろうか。絢女の指を外させるところまではやんわりと動いたが、いきった分身が自由になったと同時にものも言わずに一気に彼女を貫いた。
「あ、あああ!!」
歓喜の悲鳴が狭い寝所に反響する。それでなくても近い天井が、更に目の前に迫って来た感覚に囚われ、絢女は怯えたように大きく髪を振り乱した。
「絢女」
一息に根元まで絢女に埋めたギンは、そこでいったん呼吸を整えて絢女を見下ろした。
「今度は上になり」
と耳もとで囁くと、返事も聞かずにくるりと身体を反転させた。
「…ん…」
すでに思考力を失ってしまった彼女は一切、反論しなかった。素直に上半身を起こすと、マットレスが撓んで、寝台がまた大きく、ぎし、と音を立てた。
ゆらゆらと絢女は腰を蠢かせ始めた。最初は控えめだった動きだが、すぐに大胆で激しい動きになる。絢女の自重と正常位との角度の違いでいつもなら浅くしか掠らない部位が激しく擦られて、その深さと熱さが絢女を更に酩酊させる。貪婪に快楽を貪る絢女の動きは、同時に男にも強烈な悦楽をもたらし、ギンをも追い詰めていく。
ぎし ぎし ぎし
ぎし ぎし ぎし
ギンは意識していないが、耳の良い絢女は寝台の咽ぶ音が常よりも重いことを本能で聞き分けていた。
「あ、ああ…、あ、ふ…」
一方で、絢女のよがりはより高く上昇していく。
ギンが下から突き上げる度、絢女と共に、寝台も大声で咽び啼く。
ぎし ぎし ぎし
ぎし ぎし ぎしり
淫靡な軋みは止むことなく、寝間を満たしていた。
ぎし ぎし ぎし
ぎし ぎし ぎし
ぎしり ぎし ぎし
ぎし ぎし ぎしり
*1 一尺=約30.3cm