年の始めの例とて


 湯浴みして体を綺麗に洗い上げ夜着を纏った女と行灯の仄かな灯りばかりが頼りの薄暗い寝室で情を交わす。それを日常と呼ぶのなら、きっちりと化粧を施し晴れ着で盛装した女を膝上に抱き、昼日中に口接けしている現在は非日常だと言えよう。
 深い接吻を交わす度、女の唇に刷いた紅が冬獅郎の唇に移ってゆく。女は表面に霜が降りた蜜柑を連想させる白味の強い橙色の訪問着を纏っていた。着物の地色に合わせた紅は優しい杏色だ。
 幾度めともしれない口接けの後、女はつと紅の移った男の唇に触れた。
「隊長って、やっぱりお化粧映えしますね」
「全っ然、嬉しくねえんだが」
 あまり認めたくないし、他人から指摘されると全力で否定するが、自分の顔が中性的というか、はっきり言ってしまえば女顔に分類される傾向があることを冬獅郎は自覚している。何しろ、美貌には折り紙付きの姉とよく似た顔立ちをしているのだ。自覚せざるを得ない。だから、紅を挿しても他の男より違和感が少ないのは仕方がないのかもしれない。しかし、情事の最中に惚れた腫れたの関係の女から言い出されるのは面白くない。
 ぐいっと手の甲で唇を拭うと、甲にべとりと紅が移った。どうやら、考えていた以上に彼の唇は色付いていたらしい。
「やだ、もったいない」
 けらけらと笑う女をじとりと睨めれば、彼女は笑みを忍び笑いにすり替えて、懐から懐紙入れを取り出した。
「乱暴に拭うから、ほっぺたにまで付いちゃいました」
と言いながら、彼女はどこか嬉しそうに移った紅をきれいに拭き取った。相当量の紅が男に移ったはずなのに、女の唇は未だつやつやと艶めかしい輝きを放っている。女が手にしている懐紙入れを奪い、今度は冬獅郎が彼女の紅を拭った。それから、噛みつくように口接ければ、女の鼻孔から、
「ふぁ…ん」
と甘くくぐもった息が洩れた。

 腰帯一本解けば前がはだける夜着と異なり、盛装の女の着物を脱がせるのはかなり骨折りだ。
 けれども、
(女の着物ってのは、肝心なとこが無防備だよな)
 今更のように考えながら、冬獅郎は身八つ口に手を差し入れ、餅のように柔らかな女の乳房を直に掌で押さえた。つい半刻はんときほど前まで屋外にいたせいで凍えていた手指は温もりを回復していなかったようで、冷たい掌を押し付けられた女が、びくっと膝上で撓った。
「冷たっ!」
「悪い」
 冬獅郎は謝ったが手を胸から外すことはせず、指先を遣ってやわやわと女の乳首を嬲り始めた。胸を弄っているのと反対の利き手が女の両掌に納められ、はぁっと温かな吐息が吹きかけられる。
「隊長って」
「おう」
「末端冷え性なんですかね?」
 彼と共に最前まで屋外にいた女の手指は既に温もっていた。少し首を傾げて冬獅郎を見つめる女に、
「さぁな」
と返事になっていない応えを返し、利き手を包み込む女の掌から自らの手を抜いた。そのまま指を帯締めに掛け、人差し指と中指だけを使って器用に結び目を解いて、しゅっと帯締めを引いた。
 脇から手を差し入れれば、胸を揉むことは出来る。何重にもなった裾を割れば、太腿にも、更に秘部にも指を這わせることは出来る。裾を捲り上げてしまえば、着衣のまま犯すことだって可能である。厳重に見えて、女の着物はつくづくと無防備だ。けれども、彼女とは即物的な交わりを望んでいるわけではないのだ。愛しいからこそ、時間と手間をかけて乱したい。美しい裸身を目でも堪能したい。そうであれば、やはり手間暇かけて盛装を脱がさなければ話にならないというものだ。
 左手で乳房への愛撫を続けながら、冬獅郎は帯揚げに指を伸ばした。赤橙色の縮緬に銀糸で雪輪を散らした帯揚げを淀みのない手付きで抜き取ると、一度手を彼女の後頭部に回して顔を近付けさせた。
「ンん…?」
 耳朶を甘噛みしながら、金糸の髪を纏めていた鼈甲の簪を引き抜く。何で簪一本だけでしっかりとした纏め髪に出来るのか不思議でならないが、綺麗に結い上げられていた髪がそれだけでふわりと宙を踊って落ちて来た。唇を耳たぶから首筋に這わせると、落ちて来た金の髪が冬獅郎の唇に当たった。ついでにその髪も甘噛みながら、冬獅郎は左手を身八つ口から抜いて、両の腕を女の背中に廻した。
 一番の難物、袋帯の攻略である。長さが十四尺もある上、金糸銀糸を取り混ぜた織りの固い布地を胴に巻きつけているのだ。帯締めや帯揚げのように結び目を解いて引き抜くのとは訳が違う。彼女は文結びという、立て矢を変形させたような変り結びをしていた。帯締めを外されたことで緩んでいた帯の輪から手を引き抜くと、垂れと手先がだらりと下がった。垂れの下には仮紐でがっちりと括りつけられた箱襞を取った立て矢がある。手探りで仮紐を解いて取り去ると、立て矢が崩れてどさりと冬獅郎の腕に落ちて来た。帯枕を外し、いよいよ袋帯の結び目に指を掛ける。両手は帯に掛かり切りになってしまったが、冬獅郎の唇は女の首筋から耳たぶを往復し、切れ目なく熱を与え続けていた。
「…あ…ん、たいちょ…」
 もどかしくなったのだろう。女が腰を蠢かして、身動ぎをした。
「分かっているって…。ただ、こいつが無茶苦茶厄介なんだよ」
 しっかりと結ばれた結び目を、両手を使って緩め、慎重に垂れを引き抜いてゆく。光沢を押さえた鈍金を箔摺りした地に繊細な相良刺繍を施した帯は、冬獅郎が贈った品で彼女もたいそう気に入っているものだ。性急に引き抜いて刺繍がほつれでもしたら、彼女ががっかりする。早く取り去ってしまいたいのはやまやまだが、ここは丁寧に扱わないと拙いのだ。
 長い長い垂れをようように解くと、胴に巻きついた帯を慎重に外す。重たい袋帯を簡単に畳んで脇に置くと、冬獅郎はほっと息をついた。
 帯さえ取り去ってしまえば、後は数の問題だ。先ほど、胸を揉んだ際に身八つ口から手を入れた為に少しだけ右前が緩んでいる他は乱れのない女を見遣り、冬獅郎は密かに苦笑した。
(ほんっと、肝心なところは無防備なくせに、無駄なところに守りが堅いよな)
 まずは伊達締め、それから腰紐。それでようやく着物の前がはだけた。だが、その下には長襦袢が待ち構えている。襦袢の伊達締めと胸紐を外すとその下は下着、そして、蹴出し。蹴出しの腰紐を解くと、冬獅郎は女を抱きかかえたまま、おもむろに立ち上がった。右腕を彼女の腰に直に巻きつけると、意を悟った彼女は両手を斜め後ろに突き出した。下着、長襦袢、袷の訪問着がまとめて肩を滑り、重たい音をたてて足元に落ちた。袋帯を攻略していた隙に、彼女の方も冬獅郎の帯を解いていたらしく、緩んだ帯が立ち上がった拍子に床に落ち、前がはだけた。冬獅郎はふっと笑むと、襦袢の腰紐を引き抜き、自身も肌着に着物と襦袢を一遍に畳に落とした。
 襖は閉め切っているが、窓の障子ごしに冬日が射しており、室内は仄明るい。
 二人は将来を誓い合った恋人同士で、本日の勤務は終えている。部屋は隊寮の敷地内にある十番隊隊長舎だ。私的な時間なのだから、情を交わしたとしても何一つ悪いことなどないはずなのに、何故だか背徳的な気分が抜けないのは、明るい日中だからだろうか。それとも、元日という節目の日だからだろうか。
「着物…、皺になっちゃうかしら?」
「縮緬だし、そう簡単には皺にはならねえだろう? 皺が寄っても悉皆しっかい屋に持っていけばいい」
 着物の皺を気にする女を抱き寄せ、性急に口接けると、
「隊長、がっつき過ぎ…」
と女は密やかに笑みを零す。
「いやか?」
「ヤじゃないです」
 すりと猫のように擦り寄って来た女を緩く抱きしめ、冬獅郎は身体をずらした。散らばる着物を避けながら、先ほどまで足を突っ込んでいた掘り炬燵の反対側に廻り込むと、そのまますとんと腰を落とした。
 炬燵の上には空になった銚子が一本。日常の情事だと照明を明るくすることを頑なに拒むくせに、今日は彼女も酔っているのか、非日常に惑わされているのか、おとなしく冬獅郎に裸身を抱かれている。冬獅郎は露わになった乳房を掌で包み込むとやんわりと揉んだ。
「たい…ちょ…」
 女が冬獅郎の耳朶を食んだ。ちろちろと、彼女の舌が繊細な動きで耳裏を這ってゆく。お返しとばかりに重たい乳房の頂上の飾りを軽く抓ると、女の身体がびくっと大きく痙攣し、拍子に歯が耳朶に当たった。
 掘り炬燵の中で器用に足だけを使って足袋を脱いだ冬獅郎は、足指を使って女のふくらはぎをなぞった。親指が履いたままの足袋に当たったので、そのまま自身の足袋と同様に脱がせにかかる。足を動かす度に下帯の下で主張している分身が女の尻に当たり、彼女は悩ましげな吐息を洩らした。
 右の足袋を脱がしたところで、冬獅郎も少し余裕がなくなってしまった。目の前でたわわに揺れる、凶器のような乳房にばくんと齧り付き、右手を炬燵の中に突っ込んで、太腿の内側を撫で上げると、女の喉がひくっと震えた。そのまま、指を滑らせ、下着の上から秘められた谷間をなぞる。
「…ふっ」
 声とも、息ともしれない音が冬獅郎の鼓膜を震わせた。
 薄布の下着は湿り気を帯びていた。さわさわと指の腹で撫でると布ごしに金色の繊毛が指に触れた。

 瀞霊廷では二つの暦が使われている。
 ひとつは月の満ち欠けを基準とした太陰暦で、これは瀞霊廷内の一般市民の間で使用されている。また、五節会を初めとした伝統行事は太陰暦に基づいて営まれる。一方、護廷十三隊の任務においては太陽暦が用いられている。現世にグレゴリウス暦と称される太陽暦が普及してもしばらくの間、護廷は伝統的な陰暦を用いていた。しかし、現世と護廷の暦が異なることによって、さまざまな行き違いや伝達の誤りなどの不都合が発生し、業務に不都合が頻発した。この為、護廷でもグレゴリウス暦が取り入れられ、死神の業務に関する行事は全て新暦で進行することになったのである。それに伴い、瀞霊廷の中心部では太陽暦も普及し始めている。中心部には護廷の本拠がある為、商店や飲食店などはどうしても死神と関わりが深くなる。決算期の新暦水無月や師走は残業が多くなるから護廷の仕出しの注文が増えるのでそれを見越して準備をする必要があるとか、死神が持ち込んだ新しい行事    クリスマスやヴァレンタイン・ディ、ハロウィーン    は新暦の日付で行われるから、それに沿って仕入れを行わなければならないとか、商売の営みに影響があるのだ。
 本日は新暦一月一日。一般で用いられている太陰暦だと霜月十三日なので、護廷及び護廷とかかわりの深い商店以外では何ということもない普通の日である。しかし、護廷と現世においては年が改まる節目の日、元旦だ。とはいえ、現世において警察や消防局に盆も正月もないのと同様、死神の業務にも日付による区別はない。大晦日だろうと、元日だろうと、節句の日だろうと、人死には発生するし、虚も日を選んで暴れるわけではない。従って、元日だろうと、常と変らぬ人数の隊員が業務に当たっている。
 ただし、やはり一年の始まりの節目ということで、特別な点もあることはある。その第一が護廷十三隊隊長格による霊王廟詣で。現世風に言えば初詣が公式行事とされているのだ。この日、隊長格は死覇装ではなく晴れ着で盛装し、霊王廟前に集合する。そして、揃って霊王に昨年の感謝と今年一年の決意を祈り、総隊長の訓示を受けた後、各隊に戻るのである。各隊に戻った隊長格は日勤の隊士を前に、やはり一年の始まりに当たっての訓示を述べる。それから、通常の勤務時にはご法度である酒精アルコールが特別に振る舞われる。といっても、あくまでも新しい一年の平安を願い寿ぐのが目的であるので、各々盃に一杯だけなのであるが。その後、隊士たちは通常同様に勤務を続けるが、隊長格はここで元日勤務を解かれる。明文化はされていないものの、通常、隊長と副隊長が揃って非番を取ることは好ましくないとされているが、元旦だけは慣例としてそれが許されていた。
 昨年の元旦は護廷三・五・九番隊長による叛乱の最終決戦の直後であった。現世・空座町での決戦、その裏で尸魂界に進撃してきた虚たちの迎撃という大きな戦いがあり、勝者となった護廷も大きな痛手を受けた。復興作業と叛乱の後始末に追われ、昨年の元日はいつの間にか過ぎていたというのが、護廷の状況である。
 だが、今年は一応、平常運転である。完全復興には至っていないものの、護廷は日常を取り戻しており、それ故、元日の寿ぎも通常通りに営まれた。盛装の隊長格は霊王廟に集い、霊王に詣で、総隊長の訓示を受けた。それから、自隊に戻り、隊員たちと共に無事に新しい年を迎えられたことに感謝したのである。振る舞った酒が例年よりも上物だったのは、昨年の叛乱を乗り越えて復興に尽くしてくれた隊員たちへのせめてもの心尽くしである。
 その後、
「ごゆっくり」
と妙ににやけた隊員たちに見送られて、冬獅郎は副官でもある女を伴って隊寮に戻ったのだ。
 彼女は流魂街の祖母のところに里帰りしなくていいのかとしきりと気にしていたが、新暦の暦が普及しているのは、護廷とその周辺の一部だけだ。流魂街の祖母は陰暦で生活しているから、帰ってもいつもの里帰りと何ら変わらない。それに、五番隊隊長を務める姉と同隊で副隊長職にある幼馴染が滅多にない同日非番を利用して、揃って祖母を訪ねると聞いていた。縁の者が一堂に会して里帰りすれば、確かに祖母は喜ぶかもしれない。しかし、賑やかだった分だけ、皆が帰った後の孤独と寂寥が堪えるのではないだろうか。そのように思えたので、冬獅郎は日をずらして帰郷することにしたのである。
 従って、元日のわたくしの時間は、必然的に恋人兼、副官である女と二人きりだ。そもそもが日中は執務室、夜は隊長舎で、ほぼ丸一日を共に過ごす仲ではあるものの、こんな日の明るいうちに二人して寛げることは滅多にない。
 女が用意したおせち料理を摘まみながら、過ぎない程度に昼酒を楽しんでいたはずが、どこで箍が外れてしまったのやら。気が付けば、深い口接けを交わし合い、身体も、心も熱に浮かされていた。
 冬獅郎が右の足袋を脱がしたところで、愛撫の手を秘裂に集中させ始めた為、女は自分で左の足袋を脱いだ。足先をすり合わせるようにしてこはぜを外したせいで、腿に挟まっていた冬獅郎の掌も擦り上げられた。
「何だよ? 我慢できないのか?」
 翡翠の眸が肉食の獣の獰猛さを秘めて細められる。
「だって、足袋が気になったんですもの」
 脱がせるのならちゃんと両足とも脱がせて欲しいという彼女の言外の望みは正確に冬獅郎に伝わった。しかし、彼はわざと素知らぬ顔を通した。にぃ、と口角だけを上げて笑みの形を作ると、冬獅郎は再び乳房に喰らいつき、つんと尖って充血した頂の果実を強くしゃぶった。舌と歯列で漿果を挟み、ちゅぱちゅぱと子供が指をしゃぶる時のようにあえて音を立ててみせれば、女の背がぐんと仰け反って炬燵の上板の端にぶつかった。
「ああ…、ん…」
 どこまでも甘く兆し切った喘ぎに、
「気持ちいいか?」
と冬獅郎が問えば、こくこくと彼女は首だけを縦に振って肯定を返した。
 下着の上から、ゆるゆると谷間を愛撫していた指が、つと薄布を持ち上げた。充分に濡れそぼった茂みをなぞり、二枚貝の合わせ目のような谷間の媚肉を、冬獅郎の右手が摘み上げる。
「あ、はふっ…ん」
 女は悩ましげに眉を寄せた。無意識に腰が蠢いて、冬獅郎の未だ下帯に包まれたままの猛りに摩擦を加える。自覚のないままで、女は強力に男を誘う形になっていた。それを承知で、敢えて焦らす冬獅郎は、内心、自らの我慢強さを誇っていた。張り詰めた分身が早く女を犯したいのだとせっつくのを宥めすかし、彼はやんわりと谷間の二枚の肉ひらを指先で捏ねた。
「気持ちいいか?」
 もう一度、同じことを尋ねると、今度はいやいやとかぶりを振られた。
「たい…ちょ…。もっと…」
と女は呟く。もっと確定的な快美が齎される場所を刺激して欲しいのだ。とろんとぼやけた眼差しが冬獅郎を見つめ、強請るように腰を捻って来た。
「もっと…、ね…、おねがい…」
 いつになく彼女は素直だ。非日常が彼女をも狂わせているのかもしれない。その率直さに免じて、冬獅郎もここは焦らさずに願いに応えることにした。二枚貝のように合わさった肉の端にひっそりと隠された至高の瑪瑙珠を、冬獅郎は親指と人差し指を使って摘まんだ。
「や、あぁん」
 途端に、びくびくと女は軽く痙攣した。
「ここがいいんだろう?」
 淫靡に低めた声音で問いかければ、再び彼女はこくこくと首を是の方角に揺らした。
 弱すぎず、強すぎず。この一年で会得した彼女が一番好きな力加減で擦ってやれば、空色の眸に水の膜が張り、熱を帯びた吐息が半開きの唇から溢れ出した。
「あ、ああっ…、あ、あ…」
 妖艶にして奔放。そのように噂される護廷の華は手折ってみれば、慎ましやかで不慣れな女だった。冬獅郎の舌と手指の愛撫だけで乱されて、艶めいた喘ぎを惜しげもなく拭き零す。
「たい…ちょ…、たいちょ…」
 熱に浮かされたように呼びかける女の耳朶に、
「冬獅郎」
と自らの名を流し込んだ。
「そう呼べって言っただろう」
「あ…、ん…」
 潤んだ瞳から白珠しらたまが転げ落ちる。
「…あ、やっ、とう…しろ…さん…」
「そうだ、いい子だ」
「とう…しろう…さん」
 冬獅郎の誘導のままに、彼女は愛しい男の名を幾度も譫言のように繰り返した。
「何だ?」
「…もっと…」
「うん?」
「…お願い…、もっと…」
「もっと?」
「…奥…」
 消え入りそうなお強請りに、冬獅郎は密かに笑みを落とした。それから、ことさらにゆっくりと中指を谷間に沈めた。女の裡壁に螺旋を描くように指を押しつけながら、奥へ、奥へと押し込んでいく。彼女の中はすでに熱く滾り、滲み出した愛蜜でとろとろにぬめっていた。襞が細かいのに反して粒立ちのはっきりした彼女の粘膜は、迎え入れた指に歓喜してざわざわと締め付けている。ふ、ふ、と冬獅郎の耳に断続的な吐息が吹きかかり、彼の背筋にぞわりと電流が走った。
 瑪瑙珠から人差し指を離し、彼はその指も谷底に突き入れた。とろみのある蜜と狭い入口との摩擦で、じゅぶ、と妙に厭らしい音が響いた。
「ひっ」
 短く息を呑んだ彼女に宥めるように口接けを施せば、女は舌を絡ませて冬獅郎を煽った。
(もっと、もっと)
 冬獅郎の口腔を縦横に動き回る女の舌が、言葉にならない彼女のもどかしさを雄弁に伝えて来る。
「ひ、ひぁぁ…ん!」
 不意に女は男の唇をもぎ離すと、ひときわ大きな嬌声を上げた。冬獅郎の指が、現世で俗に『Gスポット』と称される女の殊に感じやすい箇所を強く掠ったのだ。
「や、や、やぁぁ!」
 普段のしっとりと艶のある、女性としては低めの声音からするとあり得ないほどに高い悲鳴が、冬獅郎の耳朶を打った。
「なぁ、乱菊」
 冬獅郎は女の耳元で、その名を呼び掛けると、
「今、俺の指、何本入っていると思う?」
と意地の悪い謎掛けを行った。
 情欲に溺れ、焦点の合っていない眸が男を見返した。
「え…? や…」
 女は戸惑いを浮かべる。熱に侵され、まともな感覚を失っている彼女には、最早、己の裡に埋められたものの本数を冷静に判断する理性は喪われていた。
「正解したら、おまえが欲しがっているものをやるよ」
「…さ…ん…、三本…」
 震える声で彼女は答えた。だが、
「残念」
 冬獅郎はほくそ笑むと、
「正解は四本」
と告げながら、指を一遍にばらばらに動かしてみせた。
「あぁ! やだぁ!!」
 望んだものとは異なる、けれども過ぎた快感が与えられ、女はぼろぼろと涙を零しながら、激しく首を振った。金糸が乱れ、障子の隙間から差し込む冬日に反射して輝いた。
「…たい…ちょ…、やだっ!」
「冬獅郎」
と訂正を入れれば、彼女は泣きながらも、
「やだぁ、と…しろ…さん!!」
と律儀に言い直した。
「おねっ、お願いっ! …もう…」
 冬獅郎の膝上に抱えられている為、彼女の方が頭の位置が高い。彼女は腕を伸ばして男の頭部を抱え込むと、彼が幼い姿だった頃によくやっていたように、ぎゅうぎゅうと胸の谷間に押し付けた。幼い頃は窒息しそうになっていた冬獅郎だが、さんざんに鍛えられたのだ。今となっては、充分な免疫がついている。押し付けられたのをこれ幸いと舌でべろんと谷間を舐め上げ、同時に、女の媚肉に埋めていた指を激しく動かしながら、早い速度で抜き差しを繰り返した。
「ひぃぃ!」
 ひと際高い悲鳴を上げて、女は達した。背中が弓なりに反りかえり、反動で冬獅郎の頭部が胸から外れた。谷間から湧き出すぬめりを帯びた愛蜜とは異なる、さらさらした水分が勢いよく噴き出して、冬獅郎の指と下帯をしとどに濡らした。びくびくと岡にあげられた魚さながらに大きくのたうつ女の半身が炬燵の上板に倒れ込まないように左手一本で支えながら、冬獅郎は利き手で下帯を解くと抛り捨てた。窮屈な束縛から漸くに解放された彼の分身が、歓喜と共にむくむくと漲り切った鎌首を擡げた。
 女は艶ぼくろに飾られた肉厚の唇をしどけなく半開きにして、痙攣を続けていた。眸は虚ろで、力は回復していない。未だ絶頂の中で忘我の淵を漂う彼女の身体を冬獅郎は軽く持ち上げると、限界まで張り詰めた牡で一気に貫いた。
「やぁぁぁぁぁ!!!!」
 絶頂を切り裂くほどの質量に、女のあられのない絶叫が反響した。

 火鉢にかけていた鉄瓶の立てた、からからという異音で、冬獅郎は我に返った。傍らを見ると、女は下半身を掘り炬燵に埋めたまま、くたりと上半身を座布団の上に横たわらせていた。炬燵布団から肩と背中がはみ出して、火照った白い肌が露出している。冬獅郎は脱ぎ捨てていた着物を引き寄せると、恋人の上に着せかけてやった。
 たっぷりの湯が満たされ、しゅんしゅんと音を立てながら蒸気を上げていた鉄瓶は、すっかり中の水分を失い、空焚きされ始めていた。からからという音は鉄瓶の悲鳴だ。
(危ない、危ない)
 もう少しで鉄瓶が駄目になるところだった。冬獅郎は裸身に襦袢だけを引っ掛けると、鉄瓶を火鉢から降ろした。改めて、辺りを見回すと、女が仰け反って上板にぶつかったはずみで倒れたのか、横倒しになった徳利から飲み残しの酒が零れていた。酒は卓上に広がり、小さな水溜まりを作っている。立ち込める酒精アルコールの香りに、冬獅郎は僅かに苦笑した。
 冬の日暮れは早い。
 日は既に傾いて、空は夕焼けに染まりつつあるのだろう。障子が僅かにあけを映しながら、外の薄暗さを教えている。それでも、室内は未だ照明なしでも充分に視認できる程度の明るさを残していた。
(ちょっと、興奮しすぎたか…)
 白磁の肌が上気して薄くれないに染まっていくさまも。
 とろりと潤みを宿した空色の眸も。
 女の肌に遺した所有の印の紅い花弁も。
 欲に溺れて、理性を手放した女の絶頂の随喜も。
 何もかもがあからさまに、つぶさに観察出来る昼下がりの情事に、冬獅郎も覚えず興奮し、夢中になってしまったのだ。
(そういや、今日は元日…。てことは、これが姫はじめか)
と思い返した途端に江戸期の艶笑句が脳裏を過った。何処で目にしたのかも、誰の句かも定かでないが、皮肉の効いた川柳に揶揄された心地で冬獅郎はもう一度、今度ははっきりと自嘲の苦笑いを零した。
(確かに、がっつき過ぎだ)
 散々に責められ、繰り返し絶頂した結果、意識を飛ばしてしまった恋人を見下ろして、
「一年の計がこれじゃ、先も知れているかもな」
と、冬獅郎はぼそりと独り言ちたのだった。

    元日にするは よほどの好きなやつ

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2017.01.03