みたらし団子


 イヅルが初めてそれを買いに行かされたのは、九席に昇進して間もなくのことだった。上官から「隊長が呼んでいるから」と伝えられ、執務室に赴くと、いきなり、
「イヅル、急で悪いねんけど、ちょっと現世に行ってきてくれへん?」
と、告げられたのだ。
「はい。討伐ですか? 場所と虚の情報は」
「討伐やない。おつかい頼まれてほしいのんや」
 現世の古都、京都の紫野に大徳寺という古刹がある。その寺の門前にある「鶴亀屋弥太郎」という小さな茶店で売っているみたらし団子を二十串ほど買ってきて欲しい、というのがギンのおつかいの内容だった。
「みたらし…団子ですか?」
 困惑気味に尋ね返すイヅルに、ギンは手を合わせた。
「どうしても欲しいねん。そこのでないとあかんねや。ほんま、申し訳ないけど買うてきたって」
 隊首に下手したてに頼まれてしまっては、否とは言えない。
「よっぽど、お好きなんですね」
「うん。大好物なん…」
「了解しました」
と、イヅルは何の疑問も抱かずに現世に赴いて、みたらし団子を買い求めてきた。
 ギンがその店のものでないと、と言ったみたらし団子は確かにちょっと変わっていた。イヅルがこれまで口にしたことのあるみたらし団子は上新粉やだんご粉で丸いいわゆる団子を作って竹串に刺し、そこに甘辛い砂糖醤油の葛餡をつけたものだった。だが、その店の団子は一辺が五分ほどのごく小さな四角い切り餅のような形状をしていた。その切り餅のような団子を一串に四個刺して、たれをつけずに香ばしく焼き上げた後、そこにたれをつけて更に炭火であぶって軽く焦げ目をつけたら完成だった。隊長に持ち帰る二十串と別に、イヅルも五串をその場で食べてみたのだが、
「おばさん、このたれ、もしかして味噌が入ってないですか?」
 団子をあぶっている店のおかみさんに尋ねると、確かに白味噌が入っていると言う。京の甘味の強い白味噌が独特の風味を加えていて、これまで食したことのあるみたらし団子とは異なるおいしさがあった。
 わざわざ席官を現世に遣って買い求めさせるほどの好物なのだと、その時は思っていた。瀞霊廷に戻り、ギンに団子の包みを渡すと、
「おおきに。ほんま、ご苦労さん」
とねぎらわれた。
 大切そうに、ギンは包みを受け取った。
「お茶をご用意させましょうか?」
「ん?」
「いえ、お団子を召し上がるなら、お茶があった方がいいかと」
「ああ、今は食べへんねん。後でゆっくり食べるからお茶はええわ」
と、ギンは手を振った。

 イヅルが、再びあの団子を買いに行かされたのは、それから半年ほど経った秋のことだった。そして、三度めは、最初の時と同じ初夏。四度目はまた秋。
 ギンが団子を欲しがるのが決まって初夏と秋であること、つかいを頼まれるのが同じ日であることをイヅルが気付いたのは何度目にその店を訪れた頃だったろうか。また、ギンが受け取ったそれを決して口にしないことも、イヅルは悟っていた。お茶を飲んで休憩するのに丁度いい頃合を見計らって団子を渡しても、ギンは食べようとはしなかった。執務机にしまい込み、勤務が終わると大事に抱えて持ち帰るのを、イヅルは何度も目撃した。
 そして、何度目かしれないつかいで、団子を抱えて現世から戻ってきたイヅルは、隊舎に帰る途中の道で、五番隊の五席に呼び止められた。
「久しぶりだな」
と笑いかけた五席はイヅルが霊術院を卒業し、五番隊に入隊した当時の新人指導官だった人だ。
「今度、六席に昇進するそうだな。おめでとう」
「ありがとうございます」
「この調子じゃ、もうちょっとしたら、おまえに席次、抜かれちまいそうだな」
「そんなこと…」
「市丸隊長にも可愛がられてるそうじゃないか。ま、隊長に昇進する時に引っ張って行ったくらいだから、吉良のことを買ってるのはわかっていたがな」
 イヅルの肩を叩いた五席は、彼が抱えている包みを認めて、ふと眉を寄せた。
「それ、みたらし団子か? 京都の大徳寺の前のちっこい店の…」
「はい。ご存知なんですか? 市丸隊長に頼まれて買ってきたのですが」
「…ああ、そうか」
 ひとり納得した五席の表情に、悼みに似たものを見つけ、イヅルは当惑した。
「あの、これ。もしかして、訳ありのものなんですか?」
「うん、まぁ…」
「どういう事情なんですか? 教えて下さい」
 かつての部下に懇願されて、五席は、
「市丸隊長が吉良に話さねぇってことは知られたくないんだろうから、おまえの胸に納めて洩らすなよ」
と釘を刺した上で告げた。
「今日は命日なんだ」
「命日? どなたの?」
「市丸隊長がうちの副隊長だった頃に、三席だった如月絢女ってひとのな…。吉良が入隊する前に討伐で亡くなったんだが」
 如月絢女という女性は、ギンの幼馴染である十番隊副隊長・松本乱菊の親友で、ギンと乱菊とは霊術院の同期だったのだ、と五席は語った。ギンとともに五番隊に入隊し、ずっと親しい同僚として、腹心の部下として過ごしてきたのだと。
 彼女が亡くなったのは討伐の際の不幸な事故だった。新人隊士の実戦研修を兼ねた討伐で現世に赴いた彼女たちは、予測外に現われた強力な大虚メノスに襲撃されたのだ。新人隊士は大虚の前では何の役にも立たなかった。それどころか、霊圧に中てられて、逃げることさえ出来なくなってしまい、絢女の枷と化してしまった。部下たちを守る為に、彼女は無謀といえる戦いを挑み、そして、
「責任感の強い立派な方だったよ。三体もの大虚にたった一人で立ち向かって、部下を守りきったんだ」
「救援は…?」
「市丸…、副隊長が出た。副隊長が駆けつけた時には、まだ生きてらしたんだ、如月三席は」
「その時の怪我がもとで?」
「いや。俺もその場にいたわけじゃないから聞いた話だが、一体だけ残った中級大虚アジューカスを副隊長が始末されたのを見届けて、意識を失って地上に落ちていってしまったらしい。副隊長はすぐに追いかけようとされたんだが、大虚の霊圧に引き寄せられてきた虚に邪魔されて、見失っちまったそうだ」
「そんな…」
「結局、如月三席は見つからなかった。市丸副隊長が救援に到着した時点で、生きていたとはいえ、大怪我を負っていらしたそうだし、引き寄せられた虚がうじゃうじゃいる中に落ちていかれたって話だからな…。おそらく、遺体は虚に喰われてしまったんだろうって」
と、五席は息をついた。
「如月三席が行方知れずになった直後の市丸副隊長は見ていられなかったな。捜索隊が三席は虚に喰われてしまったと結論を出して引き上げようとしても、納得されなかった。『絢女は生きている、死んだはずがない』って主張して、帰還命令を無視して、飲まず食わずで三席を捜し続けて…。結局、藍染隊長が拘束して力ずくで瀞霊廷に連れ帰ったんだ」
 ギンと絢女は確かに親しかったが、この事件が起こるまで、五番隊でもギンの想いに気付いていた者はいなかった。ギンの本命は乱菊だと誰もが思い込んでいたからだ。ギンが絢女と親しくしているのは、同期で席次も近く、しかも乱菊の親友だからだと、皆、信じていた。
「だから、あの時の市丸隊長の取り乱しようにはみんな、茫然となったんだ。松本さんでさえ、慰めることが出来ないほどだった」
「このみたらし団子は、如月さんの好物なんですね」
「ああ。大好物だった。如月三席は自分で買いに行きたいからって、店の場所を知りたがっていたんだが、市丸隊長は絶対に教えなかったんだよなぁ」
「どうしてですか? 場所を教えれば如月さんは喜んだでしょうに」
「三席の嬉しそうな顔が見たかったんだとさ。店の場所がわかって、三席が自分で買いに行くようになっちまったら、市丸隊長がお土産で買ってきても大喜びしてくれなくなるかもしれないだろう? だから、教えなかったらしい」
 イヅルはずっと、自分の隊長のことを器用な男だと思っていた。
 隊長にまで上りつめるほどの者は、皆、霊圧はずば抜けていたが、その能力にはやはり個性があった。機動性や白打による攻撃に優れた二番隊長の砕蜂。突出した攻撃力と体力で卍解を会得しないまま前隊長を倒して隊長に就任した十一番隊長の更木剣八。トリッキーな技に長けた十二番隊の涅マユリ。と癖のある隊長たちの中にあって、市丸ギンは人格はともかくも、能力的には非常にバランスのとれた隊長であった。斬術、鬼道、白打ともに得手であったし、頭も切れる。そのせいか、討伐の際の作戦なども隙がなかった。さぼりがちなせいで副隊長は苦労しているようだが、本気になれば事務処理能力も極めて高い。性格的には、他人につけ入る隙を与えず、気に入らない相手には傷口に塩を塗りこむような冷酷さがあると噂されていたが、表面上は飄々としており、あたりの柔らかな京言葉で相手を煙に巻いて、巧みに世渡りをしているように見えた。
 女出入りにしても同様だった。彼は不特定多数の女と関係を持っていたが、どの女とも遊びと割り切っており、修羅場を演じたことは一度だってなかった。花街の娼妓はもちろんだが、彼に憧れ情けを乞う素人娘であろうと、抱くだけ抱いて、きれいに後腐れなく別れるその技量はひそかに男死神の尊敬を集めているほどだったのだ。
 だが、五番隊五席の語る、如月絢女に対するギンの態度は少年のように純情で、ひどく不器用で、イヅルを切なくさせた。
「もしかして、如月さんの『絢女』って名前は菖蒲あやめの花にちなんでいるんですか?」
「そうらしいが」
「やっぱり…。ちょうど、菖蒲の咲く頃にも、おつかいを頼まれたことがよくあって」
「誕生日、か」
「ええ。市丸隊長はよっぽど如月さんのことをお好きだったんですね」
 彼女の命日に、誕生日に、席官をわざわざ現世に遣って好物を用意するほどに。
「ああ。好き過ぎて何にも言えなかったくらいにな」
と五席はどこか遠くを見遣って答えた。

 受け取った包みを大切に抱えて隊長舎へ帰るギンの後姿を、イヅルは見送った。
 隊長舎で一人きりになって、どんな想いで包みを開くのだろう。
 嬉しそうに団子を口にする絢女の姿を思い出すのか。それとも、彼女に店の場所を教えなかったことを後悔しているのか。
 彼女は自分がこれほどに想われていたことを知っていたのだろうか。
「どうしても欲しいねん。そこのでないとあかんねや」
 初めてつかいを頼まれた時の、ギンの言葉が甦った。
 きっと、本当に欲しかったのはみたらし団子ではない。失くしてしまったたった一人の女性。他の誰も代わりにならないかけがえのない唯一人    

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2009.04.25