獣の吼える夜
彼は女を組み敷いている。
女の眸は驚愕と恐怖で見開かれ、唇からは抗いの悲鳴が迸っていた。
彼女は彼から逃れようと必死だった。押さえつけられた上半身を左右に振ってもがき、今のところは自由な両足をばたつかせ、何とかして逃げ出そうとしていた。
決して、かよわい女ではない。並みの男なら押さえ込むどころか返り討ちに遭うのが関の山の、強力な戦闘力を秘めた女だ。だが、相手が悪すぎた。彼と女の力の差は歴然としていた。腰にまたがり、両手を纏めて左手一本で拘束することで、彼は女の上半身の自由を完全に奪い取っていた。
女が叫ぶ。何故、どうして、と彼に縋る。あなたはこんなことをする人じゃない、放して、と哀願する。
だが、女の哀願も、嘆きも、恐怖も、彼を止める役には立たなかった。むしろ、彼女の抵抗に凶暴な本能を刺激され、さらに猛り狂うばかりだ。
彼の右手が女の胸元にかかり、力に任せて着衣を引き裂いた。女の悲鳴が再び噴き上がり、彼の耳朶を打った。
零れ落ちた乳房の白さに、彼はごくりと生唾を飲み込む。いきなり、乳首を咥え込めば、女は嫌悪の呻きを洩らした。
いやだ、と。
たすけて、と。
女は繰り返す。
やめて、と。
目を覚まして、と。
訴える。
しかし、彼には届かない。
容赦なく、彼は女を蹂躙してゆく。彼が女の乳房を乱暴に揉み立てる度、白い膚に征服の証を残す度、彼女の心にあった彼に対する信頼や好意が音を立てて崩れゆき、精神もを陵辱されてゆく。
なぜ。
どうして。
やめて。
繰り返しても届かない哀願。優しさの欠片もなく凶暴に犯され、女は次第に抗う力さえ奪われていった。
女が気力も体力も尽きて、ぐったりと抵抗しなくなったのを待ち構え、彼は女の両腿を掴むと大きく左右に割った。
死んだような女の目が、もう一度見開かれた。その眸に宿るのは圧倒的な恐怖と絶望。
絶叫が轟き渡った。
はっと、冬獅郎は目を開いた。
じっとりと身体は冷たい汗に濡れている。
ここが隊長舎であること、自分が一人で寝ていたことを確認し、彼は安堵の息をついた。
下半身に違和感を覚え、そっと布団をはぐ。途端に花盛りの栗の木に似た異臭が立ち込めた。
「…ちく、しょう…」
彼は呻いた。
秋の空気が汗で冷えた身体から体温を奪っているはずなのに、火照りが引かない。
のろのろと冬獅郎は立ち上がり、箪笥から新しい下帯を取り出した。
ずっと、早く大きくなりたいと望んでいた。
譬え子供の姿はしていても、その力を認められ隊長職に就いたのだ。戦闘力や指導力は他隊の隊長に引けはとらない。
そう自負はしていても、己の幼さに嫌気がさすことはよくあった。
不完全で未完成の卍解は、彼が未成熟な子供であるゆえだ。
強くなりたい、早く大きくなりたい。
冬獅郎はいつも願っていた。
護りたいものがたくさんあった。
育ててくれた祖母。姉妹も同然の幼馴染。子供の姿の彼を、それでも慕って付いて来てくれる隊の部下たち。
護りたいものを護るには、彼の手はとても小さくて。
彼の背中はとても小さくて。
その度に、早く大きくなりたいと、大人になって、もっともっと強くなりたいと、そう願い続けていた。
だが。
望みが叶って成長した時、冬獅郎は考えてもみなかった事態に混乱せずにはいられなかった。
彼女が欲しい。
命と引き換えても護りたい大切な女性。
行く道を見失っていた彼を導いてくれた恩人であり、誰よりも信頼を寄せる副官でもある彼女を、冬獅郎はずっと大事にしてきた。
彼女が笑っていてくれれば、彼の傍にいてくれさえすれば、満足だったはずなのに。
今、彼は己の中で目覚めた獣を持て余していた。
彼女が欲しい。
欲しい、欲しい、欲しい。
日を追うごとに肥大してゆく衝動。
欲望に任せて彼女を襲えば、身体は簡単に手に入るだろう。
彼女がいくら強い女だといっても、隊長と副隊長では力の差がありすぎる。冬獅郎には難なく彼女を組み敷き陵辱することが可能なはずだ。先ほどの淫夢のように。
けれど、それは彼女の精神を破壊する行為だということも、冬獅郎はしっかりと理解していた。家族同然だった幼馴染に裏切られ傷ついている彼女を冬獅郎までもが裏切ってしまえば、彼女は砕けてしまう。
彼女を護りたい。
泣かせたくはない。笑っていてほしい。
いつだって、冬獅郎は願っている。彼女の笑顔をこの手で護る為にも、彼は早く大きくなりたかったはずだ。
それなのに、彼の中で目覚めた獣が暴れる。
彼女を喰らいたいと、ぐちゃぐちゃに壊してしまえと、彼を唆す。
風呂で頭から冷水をかぶり、漸く身体の火照りが鎮まった。
たらいに水を張り、洗い場の床に放り捨てられた下帯を浸す。
途端に澄んでいた水が白濁した。
強い嘔吐感がせり上がってきて、冬獅郎はその場で吐いた。洗い場に飛び散った吐瀉物を水で洗い流しながら、冬獅郎は打ちひしがれていた。
いつだって、彼女に傍にいて欲しかったのに、今、彼女が傍にいることが冬獅郎を追い詰めていた。
護りたい。
喰らいたい。
幸せにしたい。
壊したい。
笑っていて欲しい。
ぐちゃぐちゃにしてしまえ。
ごしごしと下帯を力任せに洗う。
洗い場に立ち込める異臭を、窓を開けて追い出す。
冷たい水に濡れて冷え切った身体に、秋の夜風が突き刺さる。
助けてくれ。
冬獅郎は初めて、誰ともしれない誰かに縋った。
ダレカタスケテクレ
オレノケダモノヲトメテクレ