愛しい人へ ~Merry Christmas~
師走十三日。明け六つ *1 どき。
副隊長舎の表門を出た途端、
「ギ~ン!」
と飛びついてきた女に両手で腕を捕まえられた。
「おはようさん、乱菊。こない朝早くからどないしたん?」
幼馴染の豊満な胸の谷間に右腕を埋もれさせたままで、ギンは平然と応じた。
「ギン、クリスマス・プレゼント頂戴!」
「はぁ?」
思わず、ギンは見返した。この幼馴染は昔から唐突なところがあったが、今回も呆れるくらい唐突だった。「朝一で副隊長舎前で待ち伏せして言うことはそれかい?」とか、「そういえば、『おはよう』も言うてへんやろ?」とか、突っ込みどころは満載なのだが、それらに重石をつけて心の奥底に沈めると、ギンは努めて穏やかに問いを返した。
「あの、な、乱菊。話が見えへんのや。ちゃんと分かるように話してくれへん?」
「クリスマス・プレゼントが欲しいの」
「クリスマスって、あれ? 最近、現世ですっかり定着した西洋のお祭りのこと?」
西洋を中心として信仰されているキリスト教において、神の御子イエスの生誕日とされるのが十二月二十五日、クリスマスである。本来は宗教行事であるのでキリスト教徒以外には無関係のはずなのだが、商魂たくましい商人たちによって、現世では宗教はすっかり関係なしの行事ごととして定着してしまっている。師走に入ると百貨店や商店街には赤と緑のクリスマス・カラーの装飾が踊り、歳末商戦とあいまって活気付くのを死神たちもよく知っている。
「そーよ、あのクリスマスよ」
と、意味もなく胸を張って乱菊は答えた。
「で? クリスマスはわかったけど、プレゼントって?」
「あのね。現世のクリスマスでは、家族とか、恋人とか、友達とか、親しい間柄の人たちが贈り物を贈り合うのよ」
「うん、それも知っとうけど。でも、それ、現世の話とちゃうん?」
「この間の女性死神協会の会合でね、クリスマスを瀞霊廷でも定着させようって決議されたのよ」
「なるほど」
長い付き合いのギンには乱菊の思考が読めた。
「クリスマス定着の為の一環として、ボクに贈り物要求しとるんや?」
「さっすが、ギン。話が早い! 伊達に副隊長はやってないわね」
「いや、そこ、副隊長いうんは関係ないから」
「女性死神協会の決議の栄えある協力者に選ばれたのよ」
と乱菊は恩着せがましく告げたが、
「欲しいけど手元不如意で手ェが出せへんもんがあるな? それで決議をこれ幸いとボクにたかりに来た、いうんが
と、ギンはいつもの飄々とした笑みを崩さずに喝破した。
うっと詰まった乱菊を見遣り、
「で? 何が欲しいん?」
とギンは続けた。乱菊の顔がぱぁっと明るくなる。
「くれるの!?」
「何が欲しいか聞いてからや。いくら乱菊の頼みいうても買うてやれへんもんはあるしな」
乱菊は兵児帯が欲しいのだと答えた。乱菊が贔屓にしている呉服店に先日入荷したもので、落ち着いた山葡萄色の紬で、中央に縦に象牙色の絞り模様が入っており、端には房飾りが付いている製品だという。
「兵児帯な…」
「うん。ダメ?」
乱菊は上目遣いでギンを伺う。
「兵児帯くらいやったらええわ」
とギンは答えた。これが袋帯とか着物とかいうのなら、さすがに頼む相手が違うと説教するところだが、普段遣いの兵児帯ならばいくら上質な品であっても値の高は知れている。他ならぬ乱菊のおねだりである以上、ここは引き受けようとギンは決めた。我ながら、幼馴染には甘いという自覚がある。
「で?」
とギンは乱菊を見た。
「乱菊はボクに何くれるん?」
「へ?」
乱菊は目をぱちくりとさせた。
「クリスマスは親しい者同士で贈り物を贈り合うんと違った? 乱菊は何くれるん?」
困ったように乱菊は視線を彷徨わせた。先ほど見破られた通りに手元不如意だからこそ、ギンに強請りに来たのだ。お返しを要求されても先立つものがない。
「筆が傷んどって、そろそろ買い替えなあかん思とったん。ボクへのクリスマス・プレゼントは筆がええな」
というギンの言葉に、乱菊はあからさまにほっとした顔をした。
「筆くらいなら、さすがに買えるか。それも買えへんくらいお金がない、言われたらどないしよ思た」
「失礼ね。それくらいのお金はあるわ!」
「仮にも十番隊の第三席が筆の一本も買えへんなんて外聞悪いなぁ」
「だから、大丈夫って言ってるでしょ?」
言い合う間も乱菊はギンの右腕を両手で掴んで、彼にしがみつくように歩いている。他所から見ると朝っぱらからいちゃついている傍迷惑な恋人同士としか見えない。実際、各々の隊に出勤する死神たちと何人も擦れ違ったり、追い越されたりしたのだが、皆、二人の姿にぎょっとしてあいさつもそこそこに離れてゆく。けれど、当人たちは一向に気にしていなかった。
「ギン」
「ん?」
「お金のかからないプレゼントをもうひとつあげる」
「…何?」
「絢女ね。お正月に玄関に飾る飾り物を欲しがっていたわ。気にして探しているんだけど、なかなかいいのが見付からないって、この間、愚痴ってた」
周囲の死神たちはギンの意中の相手は乱菊だと思っている。ギン自身がそう思わせるように振舞っているし、乱菊も敢えてそれを否定しない。けれど、ほんとうのところは、ギンにとって乱菊は幼馴染で妹も同然の大事な家族なのだ。それは乱菊にとってのギンも同じで、お互いに相手を特別だと、大切だと認識してはいるが、そこに男と女の色は含まれていない。ギンが女性という意味で特別視しているのは、乱菊の親友であり、ギンにとっては同期入隊の友人で直属の部下でもある五番隊第三席の如月絢女であるということは、ギンと乱菊の間の秘密だった。
「それは耳寄りな情報をおおきに」
「あんたもいい加減、腹括ったら?」
絢女に想いを寄せながら一言も言えないばかりか、まるで乱菊に気持ちがあるかのように振舞うギンに、乱菊は内心で呆れてもいたのだ。
「女遊びも花街通いもすっぱりやめて、この際、禁欲生活を送ってみたら? 絢女一筋って態度で表せば、絢女だって絆されて気持ちが動くかもよ。もともと、絢女はあんたのこと嫌ってないし」
「友達としては、な。友達として好意を寄せられとるのを勘違いしたばっかりに玉砕した男がどんだけおると、乱菊は思とるん?」
「掃いて捨てるほどなのは確かね」
ギンは振られるのが怖いと匂わせて、乱菊を誤魔化した。
師走十七日。現世時間、午後六時。
東京銀座の老舗百貨店を、義骸姿の七緒は歩き廻っていた。
現世の百貨店は、七緒の目には宝箱をひっくり返したように見える。
「ありすぎるのも困りものね…」
七緒は呟いた。
「どれも素敵で決められない」
と溜息をついた。
クリスマス・イヴと呼ばれる師走二十四日の夜、勤務が終わってから、七緒は乱菊や絢女とクリスマス・パーティーを行う約束をしていた。現世に比べて娯楽の乏しい尸魂界にクリスマスを流行らせようと女性死神協会で決議が行われたのは、つい先日のことだ。お祭り好きの乱菊がこの決議に飛びつき、仲のよい絢女や七緒に「クリスマス・パーティーをしよう」と持ちかけたのだ。その時に、お互いに贈り物 クリスマス・プレゼント を交わすことも約束していた。宴会のご馳走は料理の得意な乱菊と絢女が引き受けてくれたので、七緒は宴会で飲む酒の準備を受け持った。西洋の祝いの席ではシャンパンが出されるということを調べた七緒は、その調達と友人への贈り物を購入する為に現世に降りたのだ。
「あ、あれ、乱菊さんに似合いそう」
きらきらした色硝子を組み合せた髪飾りに、七緒は目を留めた。だが、残念ながら、予算超過だ。買えない額ではなかったのだが、絢女の提案で、贈り物は互いに負担にならないように金額の上限を決めてあったのだ。
化粧品、マフラー、アクセサリー、小物。
尸魂界では手に入らない様々な品々に目移りしながら、七緒は自分が買い物を楽しんでいることを悟っていた。大好きな人の笑顔を思い浮かべながら品物を選ぶのは、幸せな骨折りだ。
化粧品売り場で、七緒は足を止めた。西洋人のモデルが微笑むパネルに目を奪われたのだ。
「この色…、きれい」
モデルは華やかでくっきりとした色合いの紅をつけていた。その艶やかな色彩は、乱菊によく映えそうに思えたのだ。自分にはこんな鮮やかな色は使いこなせない。だが、乱菊なら、難なくお洒落に楽しむだろう。店員に確認すると、モデルのつけている口紅はこの冬の新色なのだそうだ。
(決めた! 乱菊さんにはこれ)
店員が口紅を包装している間、七緒は他の口紅を改めて眺めてみた。
(これなんか、絢女さんに似合いそうなんだけどな…)
落ち着いたベージュがかった紅をしばらく眺めた後、七緒はそれを台に戻した。いくら似合いそうだと感じても、化粧をしない絢女は使わないだろうと見極めたのだ。羨ましいほどの美貌に恵まれながら、絢女は決してそれを誇示するようなことはせず、まるで装うことが禁忌であるように地味な格好で通していた。自分の美貌を正確に認識し、楽しんでいる乱菊とは真逆である。
お洒落自体に関心がないわけでも、嫌っているわけでもない、と七緒は承知している。その証拠に、絢女は他人の装いには敏感で、七緒が新しい着物や見慣れない装身具などを身につけている時にはたいてい目を留め、誉めてくれるのだ。非番の日に連れ立って買い物に出かけた時なども、小間物屋の店先で、
「これ、七緒さんに似合いそう」
と彼女が選び出すものは確かに七緒によく映えるものばかりで、選択眼もたしかなものを持っている。ただ、自分自身を装うことを禁じていると、七緒は観察していた。
七緒は絢女のことが好きだったから、お洒落した絢女を見てみたいと思う。けれど、彼女が装うことに垣根を作っている以上、押し付けがましい真似はしたくなかった。地味なものしか身につけない彼女が抵抗を感じることなく使うことが出来る渋めのもので、けれども野暮ったくならないものを探すのは、乱菊に贈るものを選ぶよりも難しかった。それでも、丹念に百貨店の売り場をまわって、ようやく、七緒は自分で納得のいく絢女への贈り物を見出した。
「任務完了」
と七緒は心の中で呟いた。
「撤収」
だが、彼女は撤収出来なかった。紳士もののハンカチーフ売り場が目に入ったのだ。
(…隊長って、ああいうの好きかしら?)
ハンカチーフとは要は西洋手拭いだ。古来の手拭いが長方形で端が切りっぱなしになっているのと異なり、正方形ですべての縁をきちんとかがってあり、刺繍やレースなどで装飾されていることも多い。色柄も、西洋のものなのだから当たり前といえば当たり前だが、まるで手拭いとは異なっている。
七緒は現在、八番隊の第四席を務めている。そして、自惚れでも、自意識過剰でもなく、隊長から目を掛けられている自覚があった。
(どうしよう…)
同日同刻。
瀞霊廷でも特に賑やかに商店が立ち並ぶ通りで、ギンはとある呉服屋に入っていった。
「いらっしゃいませ」
腕につけた副隊長章に店主が奥から出てきて、丁重に挨拶を述べる。
「女物の兵児帯が欲しいん。山葡萄色の紬の帯なんやけど」
「こちらでございましょうか? 先日、松本様が御覧になっておいででした」
乱菊が贔屓にしている店だけに、店主は彼女とギンの関係も了解していた。ギンの言葉で、乱菊への贈り物だと正確に察したようだ。
店主が出してきた帯を一目見て、乱菊が気に入りそうな品だとギンは得心した。象牙色の帯地の中央に一寸弱ほどの幅で細かい疋田絞りを施した上で山葡萄の実を思わせる深い赤紫に染めたもので、乱菊の言ったとおり、絞りを施した部分が象牙色の一本縞となって染め残っている。帯端は縦糸を丁寧に撚って房飾りにする加工が施されていた。真綿糸とお召糸を使用して織り上げてあるらしく、帯全体に細かい縦縞に見えるしぼが入っており、手触りに張りがある。値を尋ねると、確かに兵児帯としてはかなりいい値段であった。
「うん。それや。贈り物にするから包んで」
「桐箱に納めた方がよろしゅうございますか?」
「せやね。そうして」
ぐるりと店内を興味深そうに眺めていたギンは、小箪笥から零れている半襟に目を留めた。品を飾る為、わざと中途半端に出した抽斗にとりどりの半襟が重ねられている中に、先ほどの帯によく似た山葡萄色の半襟があった。手に取ってみると、ふっくらとした縮緬地にたっぷりと糸を使って、乱菊の刺繍が施されていた。地も刺繍も全くの同色である為、遠目には無地半襟に見える。だが、近づくと乱菊が咲き匂っているという趣向だ。
「これも、一緒に包んで」
とギンは半襟を店主に渡した。
欲しかった帯が貰えるのだから、渡せば乱菊が大喜びするのは目に見えていた。けれど、中身が分かっているだけに驚きに欠けるのが、ギンには面白くなかった。
(こういうの乱菊、好きやからなァ。絶対、大喜びするで)
帯の箱に忍ばせた半襟を見つけた時の乱菊の反応を想像して、ギンは幸せそうにほくそ笑んだ。
師走二十四日。暮の六つ頃。
五番隊第三席の部屋にはいい匂いが立ち込めていた。
「
「スープも準備万端よ!」
台所ではこの部屋の主である絢女と親友の乱菊がせっせとご馳走の準備を整え、居間では七緒が部屋の飾り付けを施していた。
座卓の中央に小さめの花瓶に生けた花。部屋の隅に現世で調達してきた高さ2尺ほどの作りものの樅の木を据え、小さなサンタクロースや天使の人形、長靴や星などの飾り物を吊り下げていく。所々に綿の雪を置いて、樅の木の一番上に厚紙に金色の折り紙を貼り付けて作られた星を取り付ければ、「クリスマス・ツリー」の完成だ。
乱菊が大きな皿を運んできた。塩味のクラッカーの上に、チーズやハムや野菜などを載せた「カナッペ」と呼ばれる料理だ。お手軽だが、酒のつまみには適当だ。
「鶏の丸焼き、出来たわ!」
「了解!」
花瓶の傍らに、どん、と鶏の丸焼きを盛った皿が据えられた。
「七緒、シャンパン開けて」
「はい」
本来はシャンパングラスと呼ばれる浅い円錐形の硝子の高杯に注ぐのが正しいらしい。だが、グラスにまで凝っていたらきりがないということで意見の一致をみた為、絢女が所持している冷酒用の小さな硝子コップにシャンパンは注がれた。
「では、これよりクリスマス・パーティーを始めまーす」
乱菊の音頭で、
「メリー・クリスマス!」
とグラスを合わせる。
「おいしい」
「甘くて、飲みやすいのね」
グラスを開けた後、絢女が鶏の丸焼きを切り分けた。
「ここの、鶏のお尻の先のとんがったところがあるでしょ? ここがいちばんおいしんですって」
と告げながら、一番おいしいという部分をさりげなくふたつに切って、乱菊と七緒の取り皿に乗せる。
「どれどれ」
初めて口にする料理だ。乱菊がわくわくした顔で肉を咀嚼した。
「おいしい! 絢女、さすが!」
「本当。皮がぱりぱりで香ばしいですね」
「中の詰め物もおいしいわよ」
「七緒さんの買ってきてくれた本にはパンを使う西洋式のと、もち米を使うのと二種類載っていたから、もち米の方にしたの」
「正解よ。おいしいもの」
「スープもおいしいです」
「とうもろこしの水煮缶って便利ね。今度、現世に行ったら、多めに調達して来よう」
瞬く間に、シャンパンのボトルは空になった。同じ酒ばかりでは、と気を利かせた七緒が一緒に調達してきた白葡萄酒が開けられ、
「うん。こっちのお酒もおいしい」
酒好きの乱菊はにこにことご機嫌だ。七緒も頬を上気させ、いつもよりも饒舌になっている。
「そういえば、ね」
と、カナッペをつまみながら、絢女が言った。
「一昨日、一番隊に書類届けにいった時に、雀部副隊長とちょっとだけ世間話をしたのだけど」
「で?」
「ほら、雀部副隊長って
「そっか、雀部副隊長って西洋かぶれだもんね」
「乱菊さん。言葉が悪いですよ。せっかく絢女さんが気を使った言い方をしたのに」
「でもさぁ。洋風のものが嫌いな総隊長なのに、よく雀部副隊長と息が合っているわよね」
「雀部副隊長は地味だけど、優秀な方ですから」
「七緒、あんたもさりげに地味とか…。けっこうひどくない?」
「控えめな方ですものね。雀部副隊長は…」
「絢女、とことん気を使った言い方よね」
けらけらと乱菊が笑い、つられて七緒と絢女も大笑いし始めた。今頃、謹厳な一番隊の副隊長はくしゃみが止まらないのではないかと乱菊が言い出し、またひとしきり笑いあう。
「話が逸れちゃったけど、雀部副隊長から紅茶を頂いたのよ」
と、絢女が報告した。
「今日の宴会のことをお話した時に、クリスマス・ケーキには緑茶よりこっちの方が合うからって。淹れ方も懇切丁寧に教えて頂いたの。茶器もお借りしたから、ケーキの時に淹れるわね」
瀞霊廷にも紅茶は入ってきているが、まだ、それほど一般的ではない。現世から入ってきた文化なので、こちらで手に入る紅茶も現世同様にティーバッグに入った簡便なものが主流である。しかし、雀部は伝統的なティーポットを使って淹れる本式の紅茶の方が断然においしいと力説していた。
絢女は雀部から分けてもらったという紅茶を見せた。雀部が現世から手に入れた缶入りの茶葉である。
「あら、この缶かん可愛いですね」
と七緒が目を輝かせた。ごく淡い練り色のブリキ缶には蓋に西洋時計の紋様が描かれ、本体の側面にはやはり時計と紅茶のポットとカップを載せた盆を捧げ持った紳士の絵が描かれている。
「…ふぉ…となむ、あんど、まそん?」
「フォートナム&メイソン。英吉利の有名な紅茶会社だそうよ。他にも色々な紅茶会社のものをお持ちで、会社によって缶の模様も色々だったのよ。眺めるだけで楽しかった」
「絢女。缶かんの柄で選んだでしょ?」
「だって、どの紅茶がいいか分からなかったもの。だから、一番可愛い缶を選んだの。西洋の缶かんは素敵な模様なんですね、って言ったら、今度から、缶が空いたら捨てずに下さるって…」
「あら、さすが絢女さん」
「頂いたら、乱菊と七緒さんにも分けてあげる」
「ほんと? ありがとう」
買って来た酒はすべて空になった。鶏の丸焼きもスープもカナッペも、全部、平らげた。
「じゃ、そろそろ、ケーキいく?」
「賛成!」
ケーキだけは早めに買い置くわけにはいかなかったので、七緒が業務終了後にすぐに現世に降りて購入して来たものである。鼻薬にするつもりは毛頭なかったのだが、七緒がクリスマス・プレゼントと言って渡したハンカチーフにすっかり上機嫌になった上役三人は、七緒を少しだけ早めに上がらせてくれたので、予定よりも余裕を持ってケーキを調達できた。
寒い廊下に置いていた発砲スチロール製の丸い箱を、七緒が抱えてきた。蓋はサンタクロース模様のテープで取れてしまわないように止めてある。乱菊がテープをはがし、蓋を取った。
「可愛い!」
覗きこんだ七緒と乱菊が叫んだ。台所で湯を沸かし、紅茶の準備を整えていた絢女も箱から出されたクリスマス・ケーキを見るなり、
「本当。可愛い」
と同じ感想を漏らした。
円筒形のケーキの雪原の上にサンタクロースとトナカイの人形が並んでいる。襟巻きを巻いた雪だるまの人形も飾ってある。
「アイスクリームのケーキなんだそうです」
乱菊が切り分けてみると、中は苺とバニラの二層になっていた。上に飾りとして絞られていたクリームはアイスクリームではなくて、生クリームのようだ。切り分けたケーキを取り皿に盛り、絢女が雀部から借りたティーカップに淹れた紅茶を配膳する。
「このカップも英吉利製みたいですよ」
と七緒がソーサーを裏返して確認した。
「ウェッジウッドって陶器会社のものみたいですね」
「お借りしたカップなんだから、丁寧に扱ってね」
「当たり前よ。でも、雀部副隊長が花柄って、何だかイメージが違うなぁ」
「西洋のカップは花柄って多いみたいよ」
七緒がケーキを一口食べ、紅茶を飲んで、
「確かに、ケーキには紅茶の方が合うように思えます」
と述べる。
「うん、賛成」
「雀部副隊長はお詳しいだけのことはあるわね。紅茶も、時々飲む、ティーバッグのとは全然違うと思わない?」
「言えるわね。香りも断然いいし…」
ケーキを食べ終えたところで、
「では、本日の最終行事。プレゼント交換といきますか?」
と乱菊が宣言した。
「了解」
三人は用意のプレゼントを互いに差し出した。早速に、包みを開けてみる。
真っ先に歓声を上げたのは、乱菊だった。七緒に貰った口紅のパックを見て、
「うわぁ。この口紅、欲しかったのよ!」
と叫んだ。覗き込んだ絢女が、
「本当、綺麗な色。絶対、乱菊に似合うわ。ね、つけてみて」
と自分のことのように嬉しそうに笑った。
「うん、絢女、ちょっと鏡を借りるね」
「ええ、どうぞ」
乱菊が貰ったばかりの紅を塗っている間に、七緒と絢女はそれぞれの贈り物を検めた。
絢女から七緒への贈り物は
「もしかして、これ、絢女さんの手作りですか?」
小間物屋で購入したのなら、絶対に予算を超えているはずだと睨んで尋ねると、肯定が返って来た。
「ありがとうございます。大事にしますね」
乱菊から七緒と絢女への品は文鎮だ。伊太利のベネチアングラス製のもので、七緒のものは熱帯地方の魚を模した形だった。透明の硝子に青と緑でぼかしが入り、うろこの代わりにミルフィオリと呼ばれる花模様の硝子が散らしてある。絢女へのものは小鳥を象っていた。本体は透明な硝子で、頭部と尾の付け根部分に橙、尾はややくすんだ黄緑色の硝子が使用してある。尾の付け根部分には、七緒のものと同様にミルフィオリを散らして模様にしていた。
七緒から絢女へは手袋である。色合いは灰色なのだが濃い灰色に淡い灰色で霜が降ったような風合いのある羊毛生地だった。口の部分にぐるりと同色の小さなビーズが縫い付けてあり、共布の生地で作ったごく小さな花が控えめに飾られている。絢女の為に七緒が選びに選び抜いて決めたものだ。
「ありがとう、七緒さん」
絢女が嬉しそうに微笑み、早速、手袋を手に嵌めてみているのを見て、七緒は安堵した。
「七緒、このバッグ、色違いよ!」
乱菊の声に振り向けば、口紅を塗り終わった彼女は絢女からの包みを開け、七緒が貰ったバッグと自分のものを並べて見せた。なるほど、乱菊に絢女が贈ったのは七緒に贈ったのと同じデザインの天鵝絨バッグだ。ただし、乱菊のものは表地が臙脂色で、裏地の繻子は常盤緑であった。施された刺繍は丸くなって眠っている灰色猫と毛糸玉にじゃれ付いている黒猫だ。
「乱菊、口紅、よく似合うわよ」
「うん、ありがと。絢女もその手袋、すごく可愛いじゃない」
「こういうのって、尸魂界にはないわよね。嬉しい。乱菊もありがとう。せっかくだから、歳があらたまってから使うことにするわ」
「いいですね。新春から新しい文鎮なんて、気持ちよく仕事が出来そう」
「疲れた時に眺めていると和めそうね」
「今日は楽しかったぁ! 来年もまたしようね」
乱菊の言葉に、七緒も、絢女も大きく頷いた。
同日。夜の四つ。
絢女は白道門の門番小屋の扉を、控えめに叩いた。
すぐにのっそりと門番のジ丹坊が姿を現す。
「こんばんは。ごめんなさいね。こんな夜遅くに無理をお願いして」
「いいだよ」
とジ丹坊はかぶりを振った。今晩、遅くに門を通りたいからということは、前もって頼まれていた。それにジ丹坊は絢女のことがたいそう好きだったので、彼女の役に立てるのが嬉しかったのだ。
死神の一員とはいえ門番に過ぎず、腕っ節こそ強いが決して頭がいいとは言えないジ丹坊を、護廷の大半の死神は馬鹿にしていた。だが、絢女は決して彼を見下すような態度は取らなかったし、とても親切に、そして、対等の相手として扱っていた。
「ジ丹坊、ちょっとだけ屈んでくれる?」
絢女の頼みに、
「何だぁ?」
と首を傾げながらもジ丹坊は素直に身体を屈める。その首筋に、ふわりと何かがかけられた。
「!?」
びっくりして思わず身体を起し、掛けられたものを検めるとそれは襟巻きだった。
「今日はクリスマス・イヴ、明日はクリスマスといって、現世のお祭りの日なの。この日には親しい人の間で贈り物を贈りあうんですって」
「おらに? おらにくれるだか?」
「ええ。いつもジ丹坊には迷惑をかけてばかりいるから…。メリー・クリスマス、ジ丹坊」
「め…? めり、ます?」
「メリー・クリスマス」
と絢女はゆっくりと言い直した。
「クリスマスだけに使う、特別な挨拶の言葉よ」
「めりー」
「クリスマス」
「くります」
「クリスマス」
「めりーくります」
たどたどしくジ丹坊は告げると、
「嬉しいだ」
と顔いっぱいにくしゃくしゃの笑みを浮かべた。
「良かった。喜んでもらえて」
ジ丹坊が門を開くと、絢女はするりと流魂街に抜け出した。
「
とジ丹坊に手を振って、彼女は流魂街の闇の中に消えていった。
師走二十五日。暁の九つ。
川の字に並んだ布団の枕元に立ち、絢女は微笑を浮かべた。
クリスマスにまつわる話で、一番、絢女の心に残ったのはサンタクロースの逸話だった。夜中に子供たちに贈り物を配るというトナカイの引く橇に乗った聖者である。本当はサンタクロースはおらず、親などの近親者が子供の為にこっそりと贈り物を用意するのだとも聞いた。それから、クリスマスの時期になると語り継がれているという
「メリー・クリスマス、おばあちゃん」
と、絢女の弟の面倒を見てくれている老婆の枕元に贈り物の箱を置く。
「メリー・クリスマス、桃ちゃん」
桃は歳が改まると霊術院の三年生に進級する。絢女の心配をよそに、入学当時から特進級に在籍し、成績も優秀らしい。普段は霊術院の寮に暮らしているが、年度末休暇で戻ってきたのだ。
「桃ちゃんが頑張りやさんなのは知っているけど、無茶はしないで」
と起さないように注意を払いながら、桃の髪を撫でた。
昨年、霊術院の虚討伐実習で発生した事故のことを聞いた時には、心臓が止まりそうになった。引率していた先輩から「逃げろ」と命じられたものの、先輩一人を置いてはいけず戻った三人の一年生のうちの一人が桃だったと知って血の気が引いた。
「しかもね、雛森くんというそうだが、その女の子が真っ先に戻ろうと言ったそうだよ」
「無茶、いえば無茶やけどなぁ。その心掛けは見上げたもんや」
「まだまだ未熟だが、鬼道の腕には光るものがあったね。順調にいけば、如月くんのような優秀な席官になりそうだ」
上機嫌で語り合う上司二人に何でもない顔で相槌を打つのが、あれほどつらかったことはない。二人の前から辞するまでは必死に平静を保ったが、一人きりになった途端、がくがくと足が震えて立ってはいられなかった。
「桃ちゃんに何かあったら、冬獅郎も、おばあちゃんも、私も泣くわ」
と囁いた後、今度は弟の枕元に箱を置く。
「冬獅郎、メリー・クリスマス」
すうすうと穏やかな弟の寝顔に、絢女はしばらくの間、見入っていた。
「大好きよ。冬獅郎」
この弟がいて良かった。
心の底から、絢女は思う。現世に人として生きていた頃の記憶のほとんどを忘却してしまっている絢女だったが、一緒に死んで尸魂界に送られたことで、彼の記憶だけは失わずにすんだ。彼を結界の中に封じ、ひとりきりで流魂街に下りた後、治安は最悪といっていい最貧区を生き抜けたのは、冬獅郎が常に彼女の心の真ん中にいたからだ。弟のことを思えばどんなにつらいことも乗り越えられた。彼は、ただいるというだけで、絢女にとって何よりも強固な支えになっていたのだ。
「メリー・クリスマス」
もう一度、小さな声で呟いてから、絢女はそっと家を抜け出した。
師走二十五日。明け六つすぎ。
隊寮を出ようとした乱菊の目の前に、いきなり箱が突き出された。
「ひゃっ!」
と大声を上げた乱菊の前に、
「メリー・クリスマスや、乱菊」
と人を喰った笑みのギンが現われた。
「ン、もう。びっくりさせないでよ。霊圧を閉じて待ち伏せだなんて
「メリー・クリスマス、乱菊」
繰り返し、改めて箱を差し出したギンに、乱菊はようやく笑みを浮かべて、
「メリー・クリスマス、ギン」
と返した。
「ほら、ご所望のクリスマス・プレゼントな」
「ありがとう、ギン」
満面の笑みを浮かべ、乱菊も小さな箱をギンに渡した。
「はい。あたしから」
「うん、おおきに」
「ごめんね。あたしのはささやかで」
「構へん。って、一応、乱菊、ささやかで申し訳ない、思とったん?」
「そりゃ、思うわよ」
「ふーん。意外と殊勝なんや。ボクが乱菊に貢ぐんは当然て、ふんぞり返っとるかと思とった」
途端に、ばしん、とギンは背中を思いっきり叩かれた。
「痛ったぁ! 乱菊、今、手加減なしで叩いたな?」
「ギンが失礼なことを言うからでしょ」
ぷりぷりと怒ったそぶりでしばらくギンの前を歩いていた乱菊だったが、不意に、くるりと振り返った。
「で、用意できたの?」
「おかげさんで」
にっと笑った。
「そ。頑張んなさいね!」
と乱菊も笑みを返すと、ギンから受け取った箱を抱えて軽やかに十番隊舎に向かって駆けて行った。
同日同刻。
「シロちゃん、おばあちゃん、見て見て!」
桃のけたたましい大声で、冬獅郎と祖母は起された。
「何だよ? 桃、うるせぇぞ」
目を擦りながら半身を起した冬獅郎に、
「シロちゃん、枕元を見て!」
と桃はびしっと指さした。
「ああ、何だ?」
不機嫌に枕元に目を向けた冬獅郎だったが、次にはあんぐりと口を開けてそこを凝視した。
「これ…」
彼と桃と祖母。それぞれの枕元に、綺麗な紙に包まれたいかにも贈り物然とした箱が置いてあったのだ。
「お姉ちゃんだよ」
興奮した面持ちで、桃は告げた。
「あたし、絢女お姉ちゃんの夢をみたもの」
「…俺も姉さまの夢を見た」
「大好き」と告げられ、頭を撫でられたと思っていたのだが、では、あれは夢ではなかったのか。
「冬獅郎、桃。これを御覧」
祖母が一冊の本を差し出した。祖母の贈り物の箱の上に、これだけは包装せずに載せてあったものだ。それは「絵本」と呼ばれる絵が中心で文章の少ない本だった為、桃も冬獅郎もものの一刻ほどでそれを読み終えてしまった。
「クリスマスか…」
「サンタクロースなぁ」
絵本はクリスマスとサンタクロースについての簡単な話が載っていた。
「これは絢女サンタクロースさんからの贈り物なんだよ」
と祖母がにこにこと笑って告げた。
絢女はきっと、サンタクロースの話に共感して、愛する弟や、妹も同然の桃にクリスマスの贈り物をしたいと考えたのだろう。だが、流魂街ではクリスマスのことは知られていない。いきなり、贈り物をこっそり置いて行っても訳がわからずに混乱させると予測して、冬獅郎たちが納得できるようにこんな絵本も添えたのだろう。
「開けてみてごらん」
祖母の言葉に、
「うん!」
と早速に桃が包みを開く。冬獅郎も一呼吸遅れて箱に手を伸ばした。
「お正月の着物だぁ」
桃の弾んだ声が上がった。
取り出されたのは桜色の地に、藍で小花を散らした愛らしい小紋と共柄の道中着の揃いだった。
「それに見て、おばあちゃん。すごく可愛い袋も!」
ぽってりと丸い形の巾着型の袋ものが一緒に入っていた。上等の黒い天鵝絨製で、花束の刺繍が施してある。
「俺のも正月の着物だ。それと凧」
黒柿色と藤茶の市松模様の着物と羽織の一揃い。添えられていたのは、黒地に白抜きで「龍」の一字が書かれた立派な字凧だ。
「おばあちゃんのもお正月の着物?」
「そうだよ」
品の良い泥大島の紬に羽織。それから、暖かそうな羊毛のショールが祖母の箱には納められていた。
「ありがたいねぇ。お正月に絢女さんが来たら、ちゃんとお礼を言うんだよ」
祖母の言葉に、言われるまでもないとばかりに、冬獅郎も、桃も、力強く頷いた。
同日朝の五つ頃。
背後にギンの霊圧を感じたが、きりが悪かったので、絢女はそのまま書類に筆を走らせ続けた。一枚を書き上げ、筆を置くと、彼女は振り返ろうとした。
だが、僅かに早く、頭の上に何か箱のようなものが乗せられ、動きを止めた。
「メリー・クリスマス、絢女」
頭上から、ギンの声が聞こえる。
絢女は頭に乗せられたものに手を伸ばして、目の前にそれを下ろした。
「なんですか、市丸副隊長?」
「ん? メリー・クリスマスって言うたけど? 分からへん?」
「あの?」
「クリスマス・プレゼントや」
絢女は長い睫毛に縁取られた目をしぱしぱと瞬かせた。
「クリスマス・プレゼントって…」
「知らんわけないなぁ? 昨夜、乱菊たちとクリスマスやて宴会して贈り物交換したんと違うの?」
「クリスマス・プレゼントは分かります。そうではなくて、どうして副隊長が私にクリスマス・プレゼントを下さるのかが分からないのです」
「ボクがやりたかったから」
あっさりとギンは言った。
「絢女にはええ加減、迷惑ばっかりかけとるし、いい機会やからお礼したいなぁ、思て」
「お礼でしたら、真面目に事務処理をこなしていただけると一番ありがたいのですけど?」
「絢女、それは言うたらあかんて」
ギンは絢女にだけ、クリスマス・プレゼントを渡したようだ。特別扱いされているようで同僚たちに申し訳ない、と周りを見まわすと、ギンの言葉ですっかり納得した様子の部下たちがにこにこと笑みを浮かべて二人を見ていた。
「如月三席のおっしゃる通りですよ。さんざん三席に事務処理押し付けて、こんなもんで誤魔化そうなんてずるいですよ」
「如月三席。この際、市丸副隊長に色々とたかってみたらどうです?」
皆、日頃、絢女が肩代わりしている仕事を顧みれば、ギンが彼女にだけ贈り物をするのも当然という顔つきをしている。実際、そう思われるだけの業務を絢女はこなしているのだ。
「分かりました。市丸副隊長。ありがとうございます」
と、絢女は椅子から立ち上がると、ギンに丁寧に頭を下げて感謝の意を示した。
「気に入って貰えるとええけどな。ほんなら」
ギンが上位席官室を出て行き、途端にわらわらと部下たちが寄って来た。
「三席、何をいただいたんです?」
「見せて下さいよ、如月三席」
開けてみてくれと口々に促され、絢女は箱を開けた。
「戌の飾り物…」
中から出てきたのは、戌の飾り物だった。くるんと尻尾を巻いて、凛々しい立ち姿の犬とぺたりと地に身体を下ろした犬が一匹ずつ。表面に草色のフェルトを張った台と、金色の小さな屏風までついている。
「そうか、来年は戌年ですもんね」
「お正月飾りかぁ」
「可愛い犬ですね」
戌は硝子製だった。乳白色の胴に背中に茶の硝子がぼかし入れられていて、さらに細かくした金箔らしい輝きも見える。黒い硝子でちょんと描かれた瞳がつぶらで、眺めていると笑みが零れる愛らしさだ。
絢女は飾りものを丁寧に箱にしまった。
(乱菊に聞いたのかしら…)
絢女は自分の身を飾らない。けれど、それは決して装うことが嫌だからではなかった。
冬獅郎を護る。
この大義名分の下に、絢女は弟を封じ、彼の能力や成長を歪ませてしまった。彼が覚醒してからも、懇意の老婆に預けっぱなしにして、一緒に暮らしてやれない。そうやって、冬獅郎につらい想いを強いておきながら、絢女は弟を狙う敵の尻尾さえ掴めていないのだ。だから、敵の正体を明らかにして、冬獅郎が安心して生きてゆけるようになるまでは自分は女であってはならない。そんなふうに、絢女は頑なに考えていた。
けれども、彼女は美しいものが好きだったし、可愛らしいものも大好きだ。若い女として当たり前のその嗜好をほんの僅かに満たしてくれるのが、自室に飾るささやかな置物の類であったのだ。
正月飾りに置物が欲しかった。けれど、絢女の心を潤してくれるようなものはなかなか見付からずにいた。だが、それをギンに告げた覚えはない。ただ、どうしても気に入るものが見付からないと、乱菊に零した記憶はあるからきっとそれを乱菊がギンに伝えたのだろう。
(嬉しい…)
素直に絢女は思う。
ギンに貰った飾り物は絢女の好みにぴったりと合致していた。そこそこの大きさで、造形もとてもしっかりした品だったから、おそらくそれなりに値の張るものなのだろう。欲しかったものが手に入ったことももちろん嬉しかったが、何よりも彼女の心を温めたのはギンが絢女の為にそれを求めてくれたことだった。気を付けて探していた絢女自身が見出せなかった彼女好みの飾り物だ。ギンが偶然に見つけたとは考えられない。きっと、それなりの時間をかけて探し当てたに違いない。
箱を抽斗にしまい、改めて書類に向き直った時、
「あ、雪」
と席官の一人が窓を指した。
窓の外を白く染めるように、雪が降りしきっていた。
「これは積もりそうだな」
年配の席官が呟く。
「クリスマスに雪が積もったら、『ホワイト・クリスマス』って言うらしいですよ」
若い女性席官が言い添えた。
「あ、俺、そんな題名の洋画を現世で見たぞ」
「そういえば、私も」
申請さえすれば自由に現世に遊びにゆける上位席官たちにとって、現世の映画は人気の娯楽だった。数年前に現世で公開されていた「ホワイト・クリスマス」という亜米利加のミュージカル映画 *2 は現世でも興行成績のよい人気映画であった為、五番隊でも何人か見た者がいた。
「ホワイト・クリスマスって、何だか素敵」
「雪なんて鬱陶しいと思うけど、ホワイト・クリスマスだって言われると、妙に特別な気がしてくるから不思議だよな」
「現世では、クリスマスの日は家族でご馳走を囲んでお祝いするんですって」
話す言葉は、皆、和やかだ。
世界に白い化粧を施すかのように、雪は降り続けている。
二千年もの昔、遠い国にいた一人の聖者の生誕を祝う祭りは、時を経て、大切な人を慈しむ為の祭りに変貌した。
大切な人と一緒にいたいから、この日を寿ぐ。
大切な人の喜ぶ顔が見たいから、贈り物を用意する。
世界が白く染まってゆくように、心も白く清められてゆく。
愛しい人が幸せでありますように。
かけがえのない人が笑顔でありますように。
メリー・クリスマス。
*1 明け六つ:午前7時前後。
暮の六つ:午後6時~7時くらい。
夜の四つ:午後11時前後。
暁の九つ:午前0時~1時くらい。
朝の五つ:午前9時前後。
*2 1954年公開のアメリカ映画。日本公開も同年。
監督:マイケル・カーティス。
主演:ビング・クロスビー、ダニー・ケイ。
《参考サイト》
日本クリスマス博物館