サンタのいないクリスマス


 コの字型の隊舎の中庭に面して巡らされた回廊に、やちるは膝小僧を抱えて座っていた。しんしんと降る雪が中庭を白く化粧していく中、やちるがぼんやりと眺めているのは、荒くれ男の巣窟である十一番隊にはおおよそ不似合いなファンタジー感満載のクリスマスツリーだった。十一番隊の中庭には樅の木が植わっているが、新暦師走に入ると、そこに大量のオーナメントが吊され、電飾が施されて、立派なクリスマスツリーに様変わりするのだ。
 樅の木が中庭に植えられたのは八年前のことだ。
 やちるは子供にプレゼントを配り歩くサンタクロースなる老人の存在を知った。更に、サンタクロースは良い子のところにしか訪れないということも。それまで、やちるの下にサンタはついぞ訪れてくれなかった。ということは、サンタは自分を良い子だと考えていないのではないか。だから、来ないのではないか。やちるがその疑問をある男にぶつけたところ、サンタは主に現世の子供のところへプレゼントを配っているので尸魂界ソウル・ソサエティにまで手が回らなかったのであろう、と彼は答えた。そして、自分の伝手でやちるへもプレゼントを持って行くようにサンタに頼んでやると、請け負ったのだ。
 男と話してからしばらくして、庭師が大きな樅の木を十一番隊に運んで来た。更木剣八から注文を受けたのだという。剣八は男からの指示だと、やちるに言った。尸魂界を訪れたことがないサンタクロースの為の目印として、また、十一番隊がサンタに害意がなく歓迎していることを表す意味で、庭にクリスマスツリーを飾るようにとの指令を受けたのだそうだ。チャラついたことに一切興味のない剣八だが、養い子のやちるのことは可愛がっている。やちるの下をサンタが訪問するか否かが掛かっていると聞いては、無碍に出来なかったのだ。どうせ飾るならでかい方がいい、という如何にも剣八らしい考えで、剣八どころか、狛村の身の丈よりも高い木が選択され、殺風景だった中庭のど真ん中に植えられた。飾りは剣八の命令を受けた弓親が現世から調達して来た。
 それから毎年、師走になるとクリスマスツリーを飾るのが十一番隊の恒例となった。隊で唯一の女の子であるやちるは、隊員全員の溺愛を受けている。最初の年はすかすかだったオーナメントも、やちるを喜ばせようと隊員たちが無節操に買い足していった結果、いまでは大きな樅の木をびっちり覆うほどに増えている。飾り付けられたツリーに歓声を上げ、クリスマスまで後何日と指折り数えるのがやちるの年の瀬の楽しみだった。

 けれども、今年、サンタクロースは来ない。毎年毎年、やちるの願いをサンタに言付けてくれた男がいないからだ。
 十一番隊のクリスマスツリーの飾り付けが終わる頃合いに、男はいつもふらりと現れた。やちると並んでツリーを眺め、
「立派に飾ったもんやねぇ。これなら、サンタはんも迷わんと来れるなぁ」
微笑わらった後、男はやちるに欲しいものを訊ねて来た。
「やちちゃん。サンタはんに何をお願いするん?」
と。テディベア、ブーツに入ったお菓子、大きなデコレーション・ケーキ、スケートボード、やちるの望みは様々だったけれど、男は決まって、
「分かったで。やちちゃんのお願い、ちゃあんとボクがサンタはんに言付けとくからなぁ」
と告げた。そして、クリスマスの朝にはサンタクロースからの贈り物がきちんと届いていた。箱を開けると願った通りの品物が納まっていて、やちるは歓声を上げて、剣八や一角や弓親に見せびらかしに走ったものだ。
 隊員たちは、サンタの目印だからと今年もツリーを飾り付けてくれた。しかし、夥しいオーナメントをすべて樅の木にくくりつけ、ちかちか光る電飾のスイッチが入っても、男は現れなかった。

 現れるはずがなかったのだ。男は罪人として捕らえられ、牢に閉じ込められていたのだから。

 やちるは視線を少し上向かせた。
 クリスマスツリーのてっぺんにきらきら輝いている大きな金色の星。その星の向こうに白い尖塔が聳えていた。降る雪に同化して霞むそれは、処刑を待つ罪人を閉じ込めておく牢獄である。高い塔になっているのは、そこから瀞霊廷の全体と丘の上に建つ双殛を眺め、己の罪を改めて噛み締める為だという。
 十一番隊の隊員たちがツリーの飾りを施していた頃、男はその尖塔    懺罪宮のてっぺんに封じられていた。そうして、今朝、刑罰を受ける為に懺罪宮の地下に移されたということだった。一角や弓親の説明によると、男はこれから三十日間、拷問を受けるのだそうだ。拷問に耐え切れば、無罪放免。だが、三十日もの拷問に耐えた者は未だかつていないという。
 男はとても強い。剣八も認めるくらいだ。だから、きっと拷問などにはびくともしないに違いない。そう考えたやちるだったが、一角も、弓親も、剣八すら、賛同してくれなかった。困ったような顔で曖昧に頷くか、でなければ、ぷいと顔を背けるか。そんなはずないと隊舎を飛び出し、今は六番隊の副隊長に納まっている元十一番隊士の恋次に訴えれば、いつになく真剣な顔で、乱菊や絢女に対しては絶対にそんなことを口にしてはならないと諭された。

     それは、やちるだって理解わかっているのに。

 男がいなくても、サンタはきっとやちるのところに来てくれると、弓親は慰めてくれた。けれども、言付けしてくれる男はいないのに、どうやってやちるの欲しいものを伝えればいいのだろう。
 それに、かつて、男は言ったのだ。
 サンタクロースにお願い出来るのは『もの』だけだと。
 人の心とか、未来とか、運命とか、そういったものは、いると仮定しての話だが、神様の領分になる。サンタクロースは管轄外だからどうにも出来ないのだ、と男はやちるに教えた。
 けれども、やちるが今年、欲しいものは『もの』ではなかった。サンタには無理だと聞かされていた『未来』を欲してしまった。サンタクロースには管轄外の願いなら、信じるべき神を持たない死神のやちるは、一体、誰に願えばいいのだろう。

 返して。

 だって、彼がいなければ、
(サンタさんにお願いを伝えてもらえないよ)
 団子も奢ってもらえない。
 骨ばった長い指で、わしゃわしゃと髪を混ぜるように撫でてももらえない。

 だって、彼がいなければ、
(らんちゃんも、あやあやも笑ってくれない)
 やちるが遊びに行けば、乱菊も、絢女も、にこにこ笑って歓待してくれる。でも、その笑顔は偽物だ。やちるを心配させまいと、顔に笑顔の形を貼り付けているだけなのだ。
 偽物の笑顔なんて、やちるは見たくない。心から、楽しいと、幸せだと笑っていなければ無意味なのに、大人はどうして偽の笑みで繕うのだろう。
 男がいなければ、きっと、乱菊も、絢女も、ずっと笑ってくれない。笑いたくても笑えなくて、偽物の仮面で誤魔化し続けるのだ。

 だから、返して。

 やちるがサンタにお願いが出来るように。
 乱菊や絢女がちゃんと笑えるように。
 誰でもいいから、お願いだから。

 返して。
 返して、返して    

 新暦師走二十五日、クリスマスの朝。
 やちるの枕元には、金色の紙で包まれた箱がひとつ、ひっそりと置いてあった。
 やちるを起こしに来た弓親は、
「ほら、サンタはちゃんと来たじゃないか」
と笑い、やちるは歓声を上げて、箱を剣八に見せに行った。
 だけれど、彼女は知っている。サンタクロースはやっぱり来なかったということを。何故なら、箱の中味は金平糖だったからだ。瀞霊廷にある菓子舗の商品だ。サンタクロースが瀞霊廷でプレゼントを調達しているとは考えられないので、やちるをがっかりさせまいとした弓親か一角が用意したものだと察しがついた。

 サンタクロースは来なかった。
 やちるの願いを伝えてくれる男がいなかったから、サンタは来なかった。

「戦闘集団、十一番隊の隊舎とは思えへんなァ」
 むさい男ばかりがうろつく十一番隊の隊舎の中庭は、一段とファンタジーになっていた。一昨年まではツリーだけだったはずだが、今年はツリーの周りに電飾のトナカイやら、雪ダルマやらが配置され、明らかにヴァージョンアップしている。
「…これ、どこで調達してきたん?」
 男の問いに、毎年、飾り付けの陣頭指揮を執っている弓親は、
「現世のホームセンターなる店に置いてありました」
と答えた。
「誰かさんのせいで、去年のクリスマス、副隊長はすっかり悄気てましたからね。その分、今年はすごく楽しみにしているので、僕たちも気合を入れているんです」
 意味ありげな弓親の言葉に、男は苦笑いを零した。
「あ!」
 男を認めたやちるが嬉しそうに駆け寄って来た。飛びついた少女を軽々と抱え上げ、男は問うた。
「やちちゃん。今年はサンタはんに何をお願いするん?」
「金平糖!」
 やちるは即答した。
「金平糖?」
 意外な返答に、男と弓親は顔を見合わせた。金平糖は確かにやちるの大好物である。だが、皆、それをよく知っているだけに、日常的に手に入る菓子でもあった。弓親や一角も買い与えるし、やちるを可愛がっている護廷隊長格の中には金平糖を常備している者も多い。あの朽木白哉ですら、やちるが屋敷に侵入してきた際に追い払う為の撒き餌という名目で、金平糖を切らさないのだ。そのようなものをわざわざ、サンタクロースに願うことは予想外だった。
「金平糖くらい、買ってあげますよ。サンタさんにはせっかくなんだから別のものを頼んだら?」
 弓親の進言にも、やちるは首を振った。
「金平糖がいいの! サンタさんの金平糖が欲しいの!」
と彼女は言い張った。
「うん、わかった」
 男は頷いた。
「今年のプレゼントは金平糖にして下さいって、ボクからサンタはんに言付けとくなぁ。やちちゃん、楽しみにしとき」
「うん!」
 やちるは眸をきらきらさせて、頷いた。

 クリスマス、枕元に置かれた箱に、やちるは歓声を上げた。包み紙をばりばりと破いて箱を開ける。中に納められていた金平糖にやちるは再び、うれしそうに笑み零した。
 箱の中にはクリスマスツリー形と雪ダルマ形の硝子瓶が並んで納まっていた。クリスマスツリー型の硝子瓶には緑色の金平糖が詰め込まれている。但し、白やピンクや黄色の少し大きめの金平糖が少量混ぜ込んであって、ツリー型の壜の中でそれがオーナメントのように見えた。しかも、ツリーの幹の部分にはちゃんと茶色の金平糖が詰まっていた。一方、雪ダルマ型の壜には真っ白な金平糖がぎっしりと入っていた。雪ダルマの首の部分には赤いフェルトのマフラーが巻かれている。マフラーにはキラキラした金色の星形のピンブローチまで留められていた。
(本物のサンタさんの金平糖だ!)
 瀞霊廷の菓子舗ではこんな金平糖は売っていない。間違いなく、本物のサンタクロースの贈り物だ。
「見て見て、剣ちゃん! サンタさんから金平糖を貰ったよ!」
 やちるは駆け出すと、いつものように剣八にプレゼントを見せびらかしに走った。

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 「サンタのいないクリスマス」

 この作品は実は過去拍手お礼文「二人へお茶を」の「ギン+やちる」編を下敷きにしています。一応、独立して読んでも支障がないように書いたつもりですが、「二人へお茶を」の「ギン+やちる」編を読んでいただいた方が、やちるちゃんの心境により共感いただけるのではないかと思います

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2015.12.20