睦月〜椿〜
護廷十三隊の隊長格の新年は初詣で始まる。
いわゆる「あの世」である尸魂界に現世のような神社仏閣は存在しないが、似たものはあった。霊王を祀った廟がそれで、鳥居こそないが造りは現世の神社によく似ていた。その霊王廟に護廷十三隊の隊長格、および、鬼道衆の総隊長に当たる大鬼道長が詣で、一年の無事と尸魂界の平安を祈るのが新年の慣わしだった。
「あけましておめでとうございます」
新年の挨拶は現世でも、尸魂界でも変わらない。
「今年もよろしくお願いします」
隊長舎の玄関で、深々と頭を下げた乱菊に、
「おめでとう。今年もよろしく」
と、冬獅郎も型通りの挨拶を返す。返した後、
「めんどくせぇなぁ」
と、言いながら草履を履いた。
「毎年、同じことおっしゃいますねぇ」
「霊王に願って、平穏無事でいられるんなら、世話ねぇだろ? 初詣だけなら、まだ年中行事だと我慢できるが、その後の総隊長の年頭訓示の長いこと長いこと…」
心底、いやそうに顔を顰めた冬獅郎に、乱菊はうふふと声に出して笑った。
「たいちょ、それはともかく、この着物どうですか?」
乱菊が身につけているのはいつもの死覇装ではない。初詣は晴れ着で、というのが何となく慣例となっているので、乱菊も晴れ着を纏っていた。去年の暮れに仕上がってきたこの新しい晴れ着は、冬獅郎が見立てたものである。正月用の晴れ着を選びに行く非番の乱菊と隊長会議の帰りにばったりと会ってしまい、俺は勤務中だ、という抗議も空しく呉服屋に連行されてしまったのである。結果、不本意ながら、乱菊の晴れ着を見立てることになってしまった。
「失敗してもしらねぇからな」
という捨て台詞つきで、冬獅郎が選んだのは唐草の地模様の入った
乱菊は華やかで妖艶な外見の持ち主だ。人懐こくて開けっぴろげな言動ともあいまって、奔放な女と誤解されがちで、着る物にしても、装身具などにしても、派手めで華やかなものを勧められることが多かった。そして、もとが美人だけにたいていの場合、似合うのだ。けれど、冬獅郎の選んだその訪問着は、これまで勧められたものとは全く傾向が違っていた。どちらかというと渋めのそれは、乱菊の華やかな美貌に気品を加えていた。
「松本は顔立ちが派手だからな。着物は落ち着いたやつの方が映えると思ったんだが」
「いいお見立てです」
と、呉服店の店主も商売っ気抜きで賞賛したものだ。
乱菊に、どうですか、と尋ねられ、冬獅郎は改めて、自分が見立てた着物を纏った乱菊を上から下まで観察してみた。
合わせている帯は吉祥紋様の佐賀錦である。着物が抑え目な分、帯は金銀をふんだんに織り込んだ艶やかなものを合わせてあるが、銀糸の分量が多いせいか華美には陥らず落ち着いて見える。帯の結び方は乱菊の解説によれば「檜扇」というそうで、立て矢結びに扇を加えたような形だった。立て矢は礼装用の帯結びとしてはシンプルだが、檜扇は扇が加わった分華やかで、かといって派手でもなく、冬獅郎には好ましい形であった。金糸で控えめな刺繍を入れた白半襟に、箔を載せた青
「似合ってる。馬子にも衣装ってやつか?」
「この美女を捕まえて、それはないでしょう!?」
「自分で『美女』って言うな」
似合っている。帯や小物の合わせ方も上手く、口が裂けても決して言えないが、我が副官ながら美しいと思う。けれど、と冬獅郎は首を傾げた。
「どうしました?」
冬獅郎の様子に、乱菊が心配そうな表情になった。
「どこか変ですか?」
「いいや。変じゃねえし、似合ってる。似合ってるんだが…」
「何です?」
再度、冬獅郎は乱菊を眺める。しばしの沈黙の後、彼は急に何かを思いついたらしく、
「ちょっと、待ってろ」
と言い残して、奥へ引っ込んでしまった。
すぐに、冬獅郎は戻ってきた。その手には早咲きの白椿の一枝があった。隊長舎の庭に咲いているもので、「月照」という品種名が気に入って、数年前に乱菊が強引に隊長舎と副隊長舎に揃いで植えたものだ。
「松本、屈め」
冬獅郎が命じ、訳が分からないまま、乱菊は膝を曲げ、軽く腰を落として屈んだ。
冬獅郎の手が乱菊の髪に伸びた。
「よし、完璧」
心底満足そうに頷く上司の手から、先ほどの椿が消えている。
慌てて、懐から手鏡を取り出して、乱菊は自分の頭を検めた。携帯用の手鏡なので心許ないが、玉かんざしの傍らに白いものが見えた。
「たいちょ、何を…」
「頭にもう少し飾りが欲しかったんだ」
冬獅郎は白椿の生花を花簪に見立てたのだ。
「気になるなら、上がってでかい鏡を見るか?」
乱菊は首を振った。わずかに、頬が紅潮している。
「いえ、隊長が『完璧』とおっしゃるなら、大丈夫です。行きましょう」
「おう」
いつもの隊長羽織ではない、深い
(子供のすることじゃないわ)
と、乱菊は毒づくことで内心の動揺を懸命に押さえていた。
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白椿の花言葉:最高の愛らしさ
何が書きたかったかというと、乱菊さんの頭に椿の花を挿す隊長。
紅椿にしようか、白椿にしようか悩んだんですけど、花言葉で白椿に決定。ちなみに、紅椿の花言葉は「控えめな美徳」だそうです。逆っぽい気がしないでもないのですが…。
「月照」という品種は実在します。
花色のせいでしょうか、白椿には「月」を品種名に持つものが多いようです。色々検索していて、最初は「抱月」という品種の白椿にしようと思っていました。小ぶりの一重の真ん中のシベが鮮やかな黄色で、咲いても花びらがあんまり広がらないみたいで、本当に月を抱いているような可憐な花の写真と名前に心惹かれたんです。だけど、この椿、花期が遅いみたいで。温暖な大分県で四月にまだ咲いているという記述をあるサイトで見つけたので、正月には咲いてないだろうな、と断念。早咲きの白椿ということで検索して、「月照」を見つけました。やっぱり、小ぶりの一重で、真ん中のシベが鮮やかな黄色なんですが、「抱月」よりか花びらが広がるようです。花期は十二月から一月とあったので、よっしゃこれだ、と決めました。