如月〜福寿草〜
昨日、討伐から戻ってからずっと、冬獅郎は落ち着かない様子だった。
もっとも、乱菊以外の隊士たちは気付いてもいないだろう。彼はいつも通りに仕事をこなしていた。討伐の報告書も早々に書き上げていたが、報告書を読む限り手落ちなど見当たらず、彼が心を囚われているのが討伐ではないとわかる。第一、討伐で何か気になることがあったなら、それを放置して帰ってくるような少年でないことを、乱菊は心得ていた。
「たいちょ。休憩にしましょ」
昼の八つをまわろうかという頃、乱菊は声を掛けた。
「今日のお茶請けは大黒堂の甘納豆です!」
「ああ、もうそんな時間か」
と、冬獅郎は筆を置いて、執務室の隅のソファに移動した。
(反応、にぶいわね)
好物なので、お茶請けが甘納豆と聞いた時はいつもならもう少し嬉しそうな反応があるのだが。
小皿に取り分けた数種類の甘納豆を、熱いほうじ茶をともにつまみながら、冬獅郎は乱菊に、
「松本。おまえ、今日、急ぎの書類、溜めてねぇだろうな?」
「はい?」
きょとんと、乱菊は上司を見返す。昨日、おとついと、冬獅郎は留守だったので、乱菊は特にさぼっていない。彼女のさぼりは真面目すぎる上司の肩の力を抜くのが第一の動機で行われるから、冬獅郎の留守中にさぼっても仕方がないのだ。要領のいい乱菊は、手を抜ける仕事には手を抜くし、気分転換にお茶したりといったことはしっかりと行っていたが、やるべき仕事はきっちりとこなしていた。
「とリあえず、本日は隊長に怒られる覚えはないつもりですけど?」
「そうか。なら、ちょっと付き合え」
「はい?」
再び、きょとんとなった乱菊に、
「
「はぁ?」
「寒いからな。上着、着て来い」
「はぁ?」
間の抜けた返事しか、乱菊は返せなかった。
冬獅郎は上位席官室で執務に励む三席に、乱菊とともに出かけること、半刻ほどで戻ることを伝えた。三席の了承に、
「行くぞ」
と、冬獅郎は乱菊に告げる。
「はい。あの、どこに?」
「付いて来れば分かる」
隊舎を出た途端、いきなり、冬獅郎は瞬歩を使った。慌てて、乱菊も追いかける。
景色がぐんぐんと変わり、辿り着いたのは青流門だった。門番の
「着いたぞ」
と、言われた時、乱菊の息はすっかり上がっていた。
「…どこ、です…、ここ…」
息を弾ませながら尋ねようとした乱菊だったが、眼前の風景に思わず言葉を飲み込んだ。
大地を覆う白い雪を割って、広がる黄色、黄色、黄色、黄色 。
福寿草の大群落だった。
「昨日、帰りにここを通りがかってな。きれいだろ?」
「ええ」
「川原も、坂本も、こんなにたくさんの福寿草を見たのは初めてだって喜んでいた」
と、討伐に同行した席官の名を上げる。
「でしょう、ね。あたしも初めてです。こんなたくさんの…」
乱菊はまだ茫然としていた。
青い冬の晴れ空の下、傾き始めた日の光を浴びて輝く黄金色の花。春の訪れを告げる花の絨毯。
見せたいと、思ってくれたのだ。
冬獅郎は乱菊に、この美しい光景を。
乱菊の戴く隊首は見た目は少年で、いつも眉間に皺を寄せた仏頂面で、けれども、美しいものを美しいと心を震わせることが出来る感受性があって、そして、自分が見た美しいものを誰かに見せたいと願う優しい心の持ち主で。
その、「誰か」が自分であったことを、乱菊は誇らしく思う。
嬉しくて、嬉しくて、泣きたくなるくらいで、
「隊長。ありがとうございます」
ぎゅっと、小さな隊首を抱きしめた。
腕の中で、いつものように冬獅郎はもがいていたが、乱菊は彼を放さなかった。いつもの受け答えが出来るくらいに心が落ち着くまで、とても放すことなど出来なかった。
******************************************
福寿草の花言葉:幸せを招く
最初は福寿草を乱菊さんのお土産に摘んで帰る隊長の話にしようかと思っていました。
でも、福寿草って、咲き始めの頃って寸詰まりで茎がすごく短いんですよね。摘むにはちょっと難ありの花です。だったら、ひと株、掘ってきたら、とも考えたのですが、これまたごぼうのように根性のある地下茎の植物らしくて、ひと株、持ち帰るのも難儀そうで。
どうしたもんかなーと思案していた時に、信州の福寿草の群落の写真を見つけて、おおこれだ! と。
すごく、きれいだったんです。その写真。斜面いっぱいに黄色い福寿草の花と緑色の葉っぱが広がっていて。こんな風景を見つけたら、絶対、大好きな人には見せたいよねということで。
隊長が落ち着かなかったのは、勤務中に抜けるのはまずいし、でも、冬(春先)は日が暮れるのが早いので終業時間を待っていたら真っ暗になってしまうし、と悶々としていたからです。だけど、どうしても、乱菊さんに見せたかったので、節を曲げて、勤務中に出かけてしまいましたとさ。