卯月〜都忘れ〜


 霊術院の裏手にある屋外修練場に、一人、鬼道の練習に励むルキアを見付けた。
 名前を呼ぶと、初めて恋次に気付いて、彼女は手を振った。
「何だ、恋次。何か用か?」
「雛森にぼたもちを貰ったんだ。一緒に食おうと思って」
と、恋次は手に持った折詰めを高く掲げて見せた。
「実家に帰った時に、ばあさんから土産に持たされたらしい。いっぱい貰ったから、お裾分けってさ」
 雛森というのは、恋次と同じ組の少女である。ルキアや恋次と同じく流魂街の出身だが、彼女は西流魂街一地区というたいそう治安のいい地域の出だった。血のつながりはないがずっと面倒を見てくれた老婆を「祖母」と呼び、祖母の家を実家としている彼女は、霊術院が休みの日に里帰りしては帰りに祖母の手作りの菓子や煮物を土産に持ち帰っていた。
「雛森のばあさんって、料理が上手いんだよな。この間もらった薄皮饅頭もえれぇ旨くて。今日はいっぱい貰ったから、ルキアにも食わせてやろうと思って捜してたんだ」
「そうか。ありがとう」
 二人は修練場の端に並んで座り込んだ。
 恋次が折詰めの蓋を開けると、色とりどりのぼたもちが現れた。餡を表面にまぶした基本のぼたもちの他に、餡を中に詰めて表面にきな粉をまぶしたもの、青海苔をまぶしたもの、すり胡麻をまぶしたもの、
「こっちは白胡麻で、こっちが黒胡麻か。この薄緑色のは?」
「枝豆潰して作った餡だって言ってた。えっと、確か、『じんだ』…っつってた」
 本当は「ずんだ」なのだが、ルキアも初めて見るものだったので、恋次の誤りを指摘することは出来なかった。
「ルキア、どれがいい?」
「恋次が貰ったものだろう? まず、おまえが選べ」
「じゃ、これ」
と、恋次は餡をまぶしたぼたもちを取り、
「では、私はこれを貰う」
と、ルキアは初めて目にした薄緑色のきれいな餡のぼたもちを取った。
「うめぇ」
 甘党の恋次は、一口食べるなり、幸せそうな顔になった。
「本当だ。おいしい」
 戌吊ではこんな甘味は口にすることが出来なかった。
 ここまで、這い上がって来たのだという喜びとともに、ルキアは一抹の寂しさも感じていた。
 ずっと、恋次と一緒に生きてきた。戌吊は子供が生き抜くにはいささか治安の悪いところで、共に暮してきた他の子供たちは生きのびることが出来なかった。二人で這い上がって一緒に霊術院に入学し、けれど、霊術院では組が分かれてしまった。
 たくさんの生徒がいるのだから、同じ組になれるとは限らないのは、二人とも承知していた。だから、組が分かれたこと自体は、ルキアは残念には思ったが、悲しくはなかった。寂しかったのは、恋次は「特進級」と呼ばれる優秀な死神候補を集めた組に入ったのに、自分は一般の組だったことだ。恋次と自分とでは霊力の「格」が違う、と言い渡されたようで、それがルキアには悲しかった。
 これからも恋次と共にある為には、少しでも彼に近づかなければ、とルキアは一所懸命になっていた。
「今度は、ルキアから選べ」
 二個めのぼたもちの選択を促され、ルキアは黒胡麻のぼたもちを取った。恋次はきな粉を取り、嬉しそうに頬張った。
 二人が座り込む修練場の隅には、青紫の野菊に似た花が風に揺れていた。
「恋次」
「何だ?」
「この花。戌吊にもよく咲いていたな」
「ああ、そうだったな」
と、恋次も頷く。彼は花になんて興味のない無骨な男だったが、この花はルキアが好きだったので覚えていた。
「私はこの花が好きだ」
「知ってる。前もそう言ってたよな」
「この間、同じ組の子から、名前を聞いた。『都忘れ』というそうだ」
「へえ」
 彼は自分のすぐ傍に咲いていた一本を、ちぎるように摘み取って、つくづくと眺めた。
「なぁ、ルキア」
「何だ?」
「この花の色、ちょっとおまえの目に似ているな」
 ルキアの目は紫味の強い黒だったので、濃い青紫の都忘れは彼女の瞳を連想させた。
「そうか? こんなにきれいな色はしておらぬぞ」
「似てると思うんだがなぁ」
 二個でルキアはお腹いっぱいになったので、残りのぼたもちは恋次が嬉々として片付けた。
 そのまま、とりとめのない話をしながら、寮の門限の時刻まで二人で一緒に座っていた。

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 都忘れの花言葉:しばしの憩い・別れ

 弥生の菫に引き続き、突発的に恋ルキです。(恋次+ルキアくらいですが)
 いわゆる、オチなし、意味なしのとりとめのない小噺でございます。
 ルキアちゃんが、朽木の家に引き取られるちょっと前のひと時ということで。
 都忘れは、花色も豊富でピンクっぽいのから、薄紫とか色々ありますが、霊術院と戌吊に咲いてたのは一番濃い紫のタイプだったということにしています。
 拙宅完全捏造設定で、霊術院の入学式は一月、卒業は十二月ということになっています。なので、都忘れの咲く頃は、入学後四、五ヶ月めになります。
 ところで、ルキアちゃんは朽木さんちに引き取られる前は、何という姓だったのでしょう?

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2008.12.03