水無月〜紫陽花〜
十番隊の執務室には、常に花が飾られている。副隊長である乱菊が飾っているのだ。
道端で摘んできた素朴な草花を一輪挿しに挿していることもあれば、隊舎や隊寮の庭に咲いている花を切ってくることもある。貰いものの花を飾ることもある。
非番明けで二日ぶりに執務室に出勤してきた冬獅郎は、ソファの前のテーブルの上に飾られた大振りな花に目を留めた。
「もう紫陽花が咲いてるのか?」
「ええ、十三番隊にきれいに咲いていたので、浮竹隊長から頂いて来ました。もう、梅雨ですねぇ」
「紫陽花は嫌いじゃねぇが、梅雨はうっとうしいな」
「そうですね。でも、この花は雨の中で見た方が絶対きれいですよ」
「それは、言えるな」
雨に降り込められた梅雨の日の外廻りで、紫陽花を目にすると心が和む。雨に打たれてなお美しい花のけなげさが、冬獅郎には好ましかった。
「でもね、隊長。紫陽花って色が変わるからだと思うんですけど、花言葉はけっこうむごいんですよ」
「どんなだ?」
「移り気、無情、変節」
「ひでぇな」
と、芳しくない花言葉を与えられた紫陽花に、冬獅郎は同情の目を向ける。
「こいつに罪はねぇのに」
「花言葉なんてそんなもんですよ。勝手なイメージを押し付けているだけですもの」
妙に実感のこもった言葉に、この女も誤解されやすかったな、と冬獅郎は思い至る。
外見が派手だから遊び好きと決め付ける。人懐っこくて、開けっぴろげだから、奔放な女だと信じて疑わない。上辺だけで乱菊を判断する者はうんざりするほど大勢いた。
「色が変わるから心が変わる、か。けど、変わるから悪いってもんでもねえよな」
「そうですね」
「紫陽花の色はきれいに変わるからな。心だって、きれいに変わるのなら悪いことじゃねぇ」
最初は派手でおせっかいな女だと思った。
けれど、自分でも気付いていなかった身裡の龍の存在を教えられ、道を示された時、この女の優しさに触れた。
十番隊の隊長職を奉じられ、副隊長が道を示してくれた女だと知った時、運命の不思議さを感じた。
優秀な副隊長だと聞かされていたのに、さぼるは、執務室で我が物顔で寝るはのとんでもない女だと知った時、腹が立った。
だが、すぐに気付いた。彼女は冬獅郎が必死になりすぎて空回りしている時や、余裕をなくしている時に、さぼり、ふざけ、冬獅郎のガス抜きをしてくれているのだと。彼女は本当に大事なことには決して手を抜かないと。
怒りは感謝に、不信は信頼に、美しく色を変えるのならば、心変わりは決して責められるものではない。
じっと紫陽花を見つめる冬獅郎に、乱菊はふわりと柔らかく微笑んだ。
「一個だけ、いい意味の花言葉もあるんです」
顔を上げ、無言で促す冬獅郎に、
「辛抱強い愛情」
と乱菊は教えた。
「雨に打たれても、打たれても、きれいにけなげに咲き続けるからでしょうか?」
「かもな。俺はそっちの花言葉の方がこいつにはふさわしいと思うぞ」
「あたしもです」
紫陽花から離れ執務机に就いた冬獅郎の姿に、乱菊もまた紫陽花から離れる。
(よかったね。隊長はあんたのこと、辛抱強くてけなげだって思ってるよ)
と、心の中で紫陽花に話しかけながら。
******************************************
紫陽花の花言葉:移り気・無情・変節・辛抱強い愛情
管理人が紫陽花好きなものですから、隊長と乱菊姐さんに紫陽花を擁護していただきました。
だって、けなげだと思いません? 雨に打たれて汚らしく散ってしまう花も多いのに、紫陽花って雨に打たれるほどきれいに咲くんですよ。
この小噺シリーズ。真剣に「ヤマなし、オチなし、意味なし」の真正ヤオイ小噺シリーズになっているような…。裏はありませんが。