幸せの形


 まるで、背中に墨痕鮮やかに「不機嫌」と書いてあるようだ。
 最早トレードマークとなった感のある眉間の縦皺を深くし、親の仇に対するような顔つきで「海の家」からレンタルしたビーチパラソルを砂浜に捻じ込む冬獅郎を見遣り、
(難儀な性格やなぁ)
とギンは苦笑を禁じ得なかった。ここに至る経緯がどうであれ、来てしまった以上、楽しむべきだとギンは考えているのだが、冬獅郎はそう簡単に気持ちの切り替えが出来ないらしい。
 レジャーシートを広げ、それをプラスチック製の杭で砂浜に固定するギンの背後からは、
「…すごい、あの人たち、レベル高~い」
「かっこいい」
「声かけてみる?」
「無理無理、レベル高過ぎ。第一、彼女を連れていないわけないよ~」
と囁き交わす、女子大生とおぼしき声が漏れ聞こえてくる。
 実際、彼女連れである。女性の方が着替えるにしても時間がかかるので、先に浜辺に出たギンと冬獅郎とで拠点となる場所の設営をしているのだった。
 その時、
「すげ、美人!」
「うわっ、胸、でけぇ!!」
という高校生の遠慮のない感嘆の声が前方から聞こえ、冬獅郎は鬼のような形相で彼らの視線が固定されている後方を振り返った。
 歩んでいた乱菊が、冬獅郎に向かってひらひらと手を振った。
「お待たせしましたー」
「遅くなってごめんなさい」
 連れ立って現れた乱菊と絢女を見比べ、
(足して二で割ればちょうどええんやけどなぁ…)
とギンはこっそりと溜息をついた。乱菊は露出し過ぎ、絢女は隠し過ぎである。
 とりあえず、露出過多の乱菊はどうしようもないので、上はパイル地のパーカー、下半身は水着と揃いの長めのパレオで完全防御態勢の絢女に向かってギンは提案した。
「そのパレオ、取ってしもたら? これから海で遊ぶのに邪魔になるんと違う」
「…でも…」
 絢女は躊躇った。だが、
「そーよー。誰もそんなもん、付けてないでしょ! ほら、取っちゃいなさい!」
と乱菊が強引に絢女の腰下を覆っていたパレオをむしり取った。途端に、のびやかな脚線美が露わになり、思わず、ギンは彼女の脚に視線を釘づけた。冬獅郎が、べしっ、とギンの背中を引っ叩いた。
「何、じろじろといやらしい目で見てやがる!」
「仕方ないやん。滅多に拝めへん、絢女の生脚やで?」
 ギンの返答に、
「脚ぐらい、いつでも見てるでしょうに」
と乱菊が不思議そうな顔をする。
「こんな明るいところで見るのんは初めてやもん」
とギン。
    あんたって…、意外と不憫だったのね」
 絢女はといえば、ビーチパラソルの下に脚を隠すようにして横座りをし、身を縮めている。
「絢女、その水着、よう似合うで」
「品があっていい。確かによく似合っている」
と、ギンと冬獅郎がそんな彼女を誉めそやした。
「たいちょ、ギン、あたしはぁ?」
 乱菊が拗ねた顔で割り込んできた。
「ものすご、よう似合うとるよ。ただ、冬獅郎はん的には出し過ぎなんやと思うで」
とギンが応じ、冬獅郎はぷいと顔を背けた。
 乱菊と絢女の水着姿は極めて対照的だった。
 絢女の水着は、形状からいうとスクール水着に近いシンプルなワンピース・タイプのものだ。色は明るいラベンダーの無地。前身頃の中央に縦に切り替えが入っていて、切り替え部分は一段濃いラベンダーの地に、北欧テキスタイルによく見られるような大胆に図案化された白の花柄模様が入っている。先ほど、乱菊に奪い取られたパレオはこの切り替え部分と同柄だ。胸も背中も、開きは水着としては控えめであるが、ごてごてと飾りのないシンプルなものだけに一見小ぶりそうに見えて意外と豊かな胸とか細い腰とかのラインは逆によく見てとれるものだった。普段はひっつめにしている栗色の髪は高い位置で三つ編みに結った上で、ビーズの飾りのついたゴムで輪っかにしてまとめてあった。
 一方の乱菊は鮮やかなオレンジの地に黄色と白の線描で花を描いた水着である。いつものビキニ・スタイルではなく、ワンピースの水着であるのだが、露出の点では、下乳が見えないだけビキニよりまし、程度の代物だ。砕蜂の刑軍装束を思わせるホルターネックなので背中は完全にオープンだし、胸元はといえば、臍下にまで至る深いV字の開きが施され、乳房が零れないように細い紐で荒く編み上げてあるデザインだった。足首にはアンクレットが飾られ、ボン、キュッ、ボンのダイナマイト・ボディを惜しげもなく見せびらかせた彼女は、更衣室のある海の家からここまで移動する間にすでに三人ばかりの若い男を悩殺済みだった。
 そして、実は乱菊のこの水着こそが、今回の海行きのきっかけであった。

 執務室から響く、
「隊長のバカー! 分からずや!!」
という盛大な声に、ギンとイヅルは足を止めた。
 案内に立っていた四席が苦笑を浮かべて、
「取り込み中のようで申し訳ありません」
と謝った。
「一体、どないしたん?」
 ギンの問いに、
「松本が海に行きたがっているのですが、日番谷が現世許可申請に判を押そうとしないのですよ。おそらく、松本は市丸隊長たちがおみえなのを見越して騒いでいると思われますので、よろしければ加勢してやっていただけませんか?」
 いつもは好き勝手に遊びに来て、案内も請わずに執務室に侵入するギンであるが、今日は副官を伴って正式に仕事の打ち合わせで来訪した。だから、四席も仕事用の口調で説明を行ったが、内容は痴話喧嘩しているツートップの、№2の方に味方してくれという依頼である。
「…乱菊に加勢してええん? あの、まぁた我儘言うて、冬獅郎はんを困らせとるんとちゃうの?」
 ギンのもっともな問いかけに、
「今回ばかりは日番谷が大人げないので」
と四席は答えた。
 彼によると、経緯はこういうことである。
 毎年、夏場に女性死神協会は幹部の慰安旅行を催す。昨年は高原のキャンプ場でバーベキュー大会だったが、おおむね、現世の海に繰り出すことが多い。今年も海だった。
 女性死神協会の幹部といえば、二、三の例外はいるが、ほぼ隊長格か上位席官で占められている。それが、ぞろぞろと現世に降りようというのであるから、例年であれば田舎のあまり人の集まりそうにない海辺を貸切にしていた。ところが、今年は手配に行き違いがあったかして、地方ではあるが一般の海水浴場に赴くことになったのだ。そこで、新しい水着を買いに行くとはしゃぐ乱菊に、冬獅郎は釘を刺したのである。
「ビキニではなく露出の少ないワンピースにしろ」
と。
 乱菊の水着の露出の激しさには、冬獅郎は常々苛立っていたのである。ただ、浜辺を貸切にしての女同士の集まりであるので、口を出すのを控えていたのだ。しかし、今年は一般の海水浴客も大勢いる場所だ。見ず知らずの若い男どもに乱菊の肢体を晒すのは我慢がならず、ついに冬獅郎は指図したのだ。口では、
「水着まで命令するなんて横暴です!」
とぶーたれた乱菊だったが、恋人である男の焼餅を嬉しく感じる気持ちもあったので、半分だけ命令に従った。言われた通り、ワンピース・タイプにしたのだ。だが、本質的な部分はすっぱりと無視された。乱菊の選んだのはセックス・アピール抜群の露出過多の水着であった。冬獅郎は怒ったが、乱菊は、
「もっと気に入ったビキニもあったけど、隊長がワンピースって命令するから従ったんじゃないですか!」
と抗弁して譲らなかった。
 そして、慰安旅行の当日である。
「実はその日、現世駐在員から緊急の救援要請が入りまして、日番谷は松本に救援を命じたのです」
 いくら普段はさぼりがちといっても、乱菊は十番隊の副隊長である。部下の命と遊びを秤にかけるような真似はしない。直ちに、彼女は救援に赴き、結果として慰安旅行は不参加となった。
「それは仕方ないわ」
「いえ、それが…」
と四席は声を潜めた。
「件の救援は松本が出向くほどの相手ではなかったのです」
「…はぁ?」
「いつもの日番谷でしたら、五席か、六席、どんなに慎重を期したとしても、せいぜい私でしょうね、救援を命ずる相手は」
「…あーと、つまり」
「日番谷隊長は松本さんを海に行かせたくなくて、わざと松本さんに救援を命じたってことですか?」
 控えめに佇んでいたイヅルがたまりかねた様子で口を挟み、
「はい、そうです」
という四席の明瞭な返答に上司ともども顔を見合わせた。
「…珍しいですね…、日番谷隊長がそのような公私混同をされるなんて…」
「よっぽど、行かせとうなかったんやなぁ。乱菊の水着が大胆やいうのは知っとうけど、あの娘、どんな水着を買うてきたんや?」
とギンは額に手を当てた。
 執務室からは言い合いの声が響き続けている。
「だいたい、分かったわ。乱菊、埋め合わせに海行きたい言うて、駄々こねとるんやな」
 ギンが事態を了解したので、四席は執務室に訪いを入れた。
「日番谷隊長、松本副隊長。三番隊・市丸隊長と吉良副隊長がおみえです」
 ぴたり、と言い争いの声が静まり、一瞬の沈黙の後、
「入ってもらえ」
という不機嫌極まりない冬獅郎の声が応えた。
 ギンとイヅルが執務室に入った途端、
「ギン~、たいちょったらひどいのよ!」
と乱菊が飛びついてきた。冬獅郎を挑発しているのか、わざとギンに身体を密着させ、彼女は甘え声で訴えた。
「非番の日に海に行きたいって、許可申請を提出したのに判をくれないの。書類に不備もないし、部下のプライベートにまで干渉するなんてひどいと思わない?」
「松本、市丸たちは仕事の話で来たんだ。公私混同するな!」
と冬獅郎は怒鳴りつけたが、先に公私混同をしたのは彼の方だという弱味がある。乱菊は全く怯まず、ギンの身体の後ろから顔だけを覗かせて、べーっと舌を出して見せた。
 イヅルは痴話喧嘩に巻き込まれるのを懼れる様子で入口ぎりぎりの位置に後退し、成り行きに興味があるのか、四席も退出せずにその傍らに控えた。
「冬獅郎はん」
 わざとらしく溜息をひとつ零した後、ギンは冬獅郎に向かって言った。
「一緒に行ったらええやん」
「はぁぁっ!?」
「要するに、自分は乱菊の水着を拝めへんのに、現世の男どもに乱菊を見られるんが嫌なんと違う?」
「な!?」
「やったら、一緒に行ったらええやん。冬獅郎はんが傍におって、がっちりガードしとけば、現世の男は涎垂らして見とるだけで何も出来ひんし」
 ギンの提案に、
「隊長、副隊長が揃って非番なんて出来るわけねぇだろう」
と冬獅郎は反論した。だが、
「別に構いませんよ」
 予想外のところから反駁の声が上がった。退出せずに居座っていた四席だ。
「だいたい、松本副隊長のお誕生日には毎年、揃って非番を取っていらっしゃるじゃありませんか」
「あれは特別…」
「でしたら、今回も特別でよろしいのでは? 我々に不都合はございません。一日や二日、お二人がご不在だったからといってどうこうなるようなやわな隊ではないことは、日番谷隊長が一番ご存知のはずです」
と四席はきっぱりと言い切った。
(ええ根性しとるわ、十番隊の四席)
 ギンは内心で感嘆し、乱菊は、
「そうしましょ、たいちょ! あたし、一度、隊長と海に行ってみたかったんです!」
とその提案に飛びついた。
 それでも、冬獅郎が黙りこくっていると、乱菊は不意に矛先をギンに向けた。
「だったら、ギン。あんた一緒に行かない?」
「へ?」
 思わず開眼したギンに、
「絢女も一緒に海に行くの。聞いてない? あの娘も討伐で慰安旅行に行けなかったのよ」
「ああ、そうらしいなぁ」
「桃を遊びに行かせる為に、自分で出たんですって。どこかの隊長とは大違いよねー」
とわざとらしく、ちろりと冬獅郎を窺って乱菊は続けた。
「久しぶりに三人で遊ぶのも楽しそうじゃない。ね。ギンだって、絢女の水着姿、見たいでしょー」
 絢女は買ってきた水着は見せてくれたが、恥ずかしいと言って水着姿をギンに披露してはくれなかった。
「自分は乱菊の水着を拝めへんのに、現世の男どもに乱菊が見られんるが嫌なんと違う?」
と先ほど告げた言葉がこだまになって、ギンに跳ね返ってきた。
 くるりと、彼は副官を振り返った。
「イヅル、非番の調整、出来るな?」
「はい! もちろん可能です!!」
 ここで否と答えたら、夜道でぶっすりと神鎗に刺される。そう考えたのかどうかは定かでないが、イヅルは勢いよく肯定を返し、ギンは満足そうに頷いた。
「さすがイヅル。優秀な副官で助かるわぁ」
 語尾に音符マークがつきそうな上機嫌でイヅルを誉めると、ギンは乱菊に向き直った。
「聞いた通りや、ボクはOKやで」
「じゃ、三人で行こう。絢女も喜ぶわ」
「うん、日にち、イヅルに教えて。調整してもらうから」
と勝手に話を進める幼馴染コンビ。
 イヅルと四席は固唾を飲んで冬獅郎の出方を窺う。
 やがて、
    行く」
 ぼそり、と冬獅郎が吐き出した。
「え、何です? 聞こえませんでした」
「うん、ごめん。よう聞こえへんかった」
と乱菊とギンがすっとぼけ、冬獅郎は耳まで真っ赤になって怒鳴った。
「行く、つってんだ!」
 四席がギンに向けてこっそりとGJと親指を立ててみせ、ギンもまた、にやっと笑って親指を立て返した。

 メッシュのビーチバッグから日焼け止めの容器を二つ取り出した乱菊は、ひとつを絢女に渡した。
「ほら、塗っておかないとひどいことになるわよ」
「そうね。ありがとう、気が付かなかった」
と絢女は容器を受け取ると、乳液状の日焼け止めを丁寧に露出している腕や足に塗っていった。
 四人は無論、義骸に入っている。だから、霊体は日焼けをするわけではないのだが、作り物とはいえ現世の人間を模した身体は真夏の強烈な紫外線にさらされれば日焼けするし、ひどい場合は真っ赤に爛れたり、表皮がむけて脱皮状態になったりするのだ。もちろん、技術開発局に依頼すればケアは施してくれる。だが、任務で負った損傷であれば日焼けのような軽微なものも含めて経費に含まれているが、私用で遊びに行って受けた損傷については別料金な上に、技術開発局はぼったくる。自衛しておくに越したことはない。
「背中、塗ってあげるね」
「ありがと」
とお互いに背中を塗りっこして防備した二人は、使い終わった容器をそれぞれの恋人に手渡した。
「隊長たちも塗って下さい」
 乱菊の言葉に、
「そやな」
「…おう」
と冬獅郎たちも素直に日焼け止めを塗り始めた。
「冬獅郎」
 絢女が弟に声をかけた。
「背中、うまく塗れないでしょ?」
「ああ、姉さま、頼む」
と冬獅郎はすんなりと絢女に日焼け止めを渡して背中を向け、絢女もごく自然な動作で弟の背に乳液を塗り始めた。
「はい、できた」
 最後に軽くぱちんと背を叩いて作業を終えた絢女は、何とも言えない表情で自分たちを凝視している二対の視線に目をぱちくりとさせた。
「なあに…?」
「ん…、なんかねぇ」
と乱菊は肩を竦めた。
「あんたって、そうやって隊長を甘やかしてきたんだなぁって、しみじみと実感しただけ」
 絢女は赤ん坊だった冬獅郎のおしめも替えていたと語っていた。彼女にしてみれば幼かった頃の弟を風呂に入れ、背中を流してやっていたのと同じノリ、なのであろうが、冬獅郎が成長してしまった今となっては傍目には何とも言い難い光景である。
 ギンが自分が手にしていた日焼け止めを絢女に突き出した。
「ボクも背中、うまいこと塗れへんねん。塗って」
 絢女は固まった。
「え…、あの…」
 真っ赤になった彼女は救いを求めて乱菊と冬獅郎を見たが、二人とも目を合わせないように視線を外している。
「さっき、冬獅郎はんは塗ってやったのに、ボクはダメなん?」
といじけた目付きで睨まれて、絢女は観念したらしい。満面に朱をのぼせ、顔を俯かせたまま、彼女はギンの背に日焼け止めを塗布していった。
(…こっぱずかしい…)
(ですねぇ)
(姉さまが意識し過ぎるのが悪ィんだな)
(これで付き合って三年目なんですから…。いつまで初々しいんでしょう?)
(俺に聞くな)
 絢女の初心うぶな反応にすっかり毒気を抜かれたらしく、冬獅郎は不機嫌だったこともきれいに忘れて乱菊と以心伝心で会話をしている。
 背中まで日焼け止めを塗ってもらったギンが立ち上がった。
「ほんなら、準備万端整ったことやし、海を満喫しに行こか」
「うん!」
 乱菊は手を取って絢女を立ち上がらせると、そのまま、彼女を引っ張って波打ち際に駆けていった。
 スタイル抜群のとびきりの美女二人に視線を釘づけた男たちは、その後ろから、威嚇のオーラを漂わせながら従う二名の銀髪の青年に慌てて視線を逸らせた。
 腰のあたりまで水に浸かる深さまで海に入った乱菊と絢女は子供に帰ったように水の掛け合いこをして、無邪気な笑い声をあげている。かと思うと、手を繋いでぷかんと仰向けに海に浮いた。
 遅れて海に入って来たギンが海に浮かんでいる絢女を上から覗き込むと、いきなり、その額に口接けた。
「!!」
 驚いてもがいた拍子に海水を飲んでしまい、絢女は一瞬、海に沈んだ。手を繋いでいたせいで乱菊もバランスを崩し、慌てて立ち上がると絢女を海から引き上げた。絢女はげほげほと盛大に噎せ返り、乱菊に背中を擦られている。
「てめえ、何してやがる!」
 ばっちーん、と派手な音を立てて、冬獅郎がギンの背中を平手打ちした。
「痛ったァ! 若さん、今の絶対、手形がついたで!」
 ギンの抗議に、
「てめえがいらんことをするからだろうが!」
と冬獅郎は怒鳴り付ける。ギンが姉と恋仲なのは認めているが、自分の目の前で姉に手を出されるのを許容できるかは別問題だ。
「見ろ、姉さま、噎せてるじゃねえか!」
とギンの後頭部を掴むと強引に顔面を海面下に突っ込んだ。
 ギンが冬獅郎の腕を掴んで海に引きずりこみ、二人は海面下でひとしきり取っ組み合っていたが、やがて、互いに噎せたらしく肩で息をしながら立ち上った。視線を感じて顔を上げると、乱菊と絢女がしらーと冷たい目を向けている。
「…えっと」
 冬獅郎が言い訳をしようとしたが、乱菊はそれを無視して、
「ビーチボールを持ってきたの。岸に戻ってバレーをしよう」
と絢女を誘った。
「ええ、いいわね」
 二人はさっさと岸辺に向かい、冬獅郎とギンは慌てて二人の後を追った。

「てえぃ、木の葉落とし!」
 空気を入れただけのすかすかのビーチボールとはいえ、護廷の副隊長の打ったサーブだ。ひゅんと空気を切って鋭く落ちてくるボールを絢女がレシーブし、ギンがスパイクする。
「たいちょ!」
「おう!」
 冬獅郎が受けて、乱菊がスパイクを打ち返す。
 最初、乱菊と絢女でバレーを楽しんでいたのだが、近寄ってきた冬獅郎とギンに乱菊がボールをぶつけたことで彼らも参戦し、いつの間にか、十番隊主従VS三・五番隊隊長の組み合わせの打ち合いになっていた。
 義骸に入っているとはいえ、鍛え抜かれた護廷隊長格である。迫力のあるボールの打ち合いに、いつの間にやらギャラリーの人垣が出来ていた。もっとも、観客のほとんどは彼らの妙技よりも、美貌に目を奪われていたのだが。
「なぁ、どっちのお姉さんが好みだ?」
「そりゃ、金髪のエロい方」
「そーか? 俺はどっちかっていうともう一人の方が清純っぽくていいと思うぞ」
「胸、小さいじゃん」
「あの爆乳と比べるからだろ? あんだけありゃ、一般的には充分というか、文句言ったら罰当たるぞ?」
「止めよう。空しいから」
と男子高校生のグループがこそこそと囁き合っている。
「ねぇ…、あれ、何カップくらいだろう?」
「Dとか、Eとかってレベルじゃないと思うよ。Gとか、下手したらH…」
「うっわぁ…。ワンサイズでいい。分けて欲しい」
とこちらは女子高生。
「これだけ文句のつけようもない美形揃いってのも凄いな」
「何かもう、男だとか、女だとか超えて目の保養」
「眼福って、こういうのを言うんでしょうね」
「あんた、じじむさい言葉を知っているのね」
と社会人の同僚グループ。
 その時、何かが光った。
 瞬間、目にも留まらぬ速さで男性二人がギャラリーの視界から消えた。直後、人垣の後ろで、
「いて、いてて!」
という悲鳴が上がった。
 何事だ、とギャラリーが振り返ると、冬獅郎が男の腕を捩じ上げ、ギンがカメラを奪い取っていた。
「冬獅郎、一般人でしょ。手加減しなさい」
とゆっくりと近づいて来た絢女だったが、
「ほら、これ」
とギンにデジカメの画像を見せられて顔色を変えた。
 先ほどの光はストロボだった。撮られていたのは望遠レンズで捉えた乱菊の胸元のアップ。彼らを撮ったのはこれ一枚、というより一枚目を撮ったところで取り押さえられたのだが、その他の写真も水着の女性の胸や尻のアップ写真ばかりが続いている。中に、明らかに盗撮したと思われるどこかのプールの更衣室の画像があった。
 絢女は無言でカメラからSDカードを取り出すと、力任せに真っ二つにへし折った。
「あーあ、怒らせた」
 乱菊が人ごとのように小さく呟く。普段は温和で滅多なことでは怒らない絢女だが、流魂街の最貧区にいる時に何度も危ない目に遭った経験が骨身に沁みているのか、いわゆる「女性の敵」と呼ばれる人種の男には容赦がない。無表情に男に近付いていく絢女の迫力に、男ばかりか取り押さえている冬獅郎までもが怯えた。男の前に立った彼女はいきなり股間に激烈な膝蹴りを喰らわせた。
「ぐわっ!」
 一声呻いて男は悶絶した。絢女は男が羽織っていたパーカーを剥ぎ取ると、砂浜の向こうの草むらに抛り捨てた。
「冬獅郎」
 彼女がにっこりと笑って弟を見た。
「は、はい」
 姿勢を硬直させた弟に、
「このゴミ、そこの日当たりのいい場所に転がしといて」
「はい!」
 思わず下僕と化して、冬獅郎は言われた通りに男を燦々と陽射しが照りつける砂浜に寝転がせた。おそらく、意識が戻る頃には強烈な日焼けでえらいことになっているだろう。
「カメラはどうする?」
とギンがのんびりと尋ねる。
「横に置いといてあげれば?」
 乱菊が答えた。デジカメは精密機械である。真夏の砂浜に放置されれば、熱と微細な砂で壊れてしまうことを承知の上の発言だ。
「そやなぁ」
 ギンはカメラを男の傍らの砂の上に置いた。
「運動したし、お腹減ったなぁ。お昼にしぃへん?」
「賛成。ちょうど、時分どきだもんね」
 何事もなかったかのように平然と去っていく四人組と、砂浜に転がされた男を、残されたギャラリーたちは唖然として見比べていた。だが、明らかに盗撮魔と見られる男をわざわざ介抱してやろうとは誰も考えなかったらしく、男を放置したまま、三々五々に散っていった。

 砂浜に直接折り畳みの椅子とテーブルを並べた簡素な食堂だった。
 乱菊と絢女が席を確保し、冬獅郎とギンが厨房のカウンターに食事を取りに行く。メニューはカレー、ソース焼きそば、うどんなどの海の家にありがちな軽食ばかりである。
「けっこうお腹すいたね」
「かなり動き回ったもの」
「でも、たまにはいいよね」
「そうね」
 くつろいでおしゃべりをしていた乱菊たちだったが、不意に乱菊が表情を厳しくして海の一点を見据えた。
「どうしたの?」
 乱菊の凝視している視線を辿った絢女と乱菊は同時に立ち上がった。
 ちょうど、適当に注文した食事をトレイに乗せて戻って来た冬獅郎たちを置き去りに、五番隊隊長と十番隊副隊長は全力疾走で海へと駆け下りてゆく。
 直ちに、冬獅郎らも後を追った。すぐに彼らも女たちが見ているものに気付いた。
「冬獅郎、水、扱える?」
 背後に追い付いてきた弟に絢女が鋭く問いかける。
「多少なら」
「風で援護する」
「あっちはボクが行く」
「補佐する」
 短い会話だったが、意志は充分に通じ合った。波打ち際で二組に分かれ、ギンと乱菊は真っ直ぐに海に入ってゆく。泳げる深さまで辿り着くや、二人は抜き手を切って沖に急いだ。
 絢女と冬獅郎の姉弟は砂浜を横断して駆け抜けると、そこで海に入って沖に向かった。
 海辺には、「離岸流」と呼ばれる流れがある。打ち寄せる波によって生じた沖に向かう強い海流である。これは潮汐によって生じる定常的な流れとは異なり、波の具合によって発生状況が異なるが、一般に円弧上に海岸線が屈折している場所や、海に突き出した構造物のある場所に起こりやすい。夏場発生する海水浴中に沖に流され溺れ死ぬ人間の多くはこの離岸流に巻き込まれたものだ。
 乱菊たちが見たのは正にこの離岸流に乗ってしまい、沖へ沖へと流されてゆく小さなビニールのボートと、それを追いかけようとして流れに身を取られもがく人影だった。
 氷輪丸があれば、水を操ることは自在だが、冬獅郎の霊力だけでは操るにしても限度がある。絢女の風も同様だ。絢女は風でビニールボートが沖に流されるのを極力抑えているが、完全ではない。姉弟は敢えて離岸流に乗って泳ぐことで一気にボートに近付こうと試みた。力強いストロークで、冬獅郎がまずボートに追い付き、絢女が少し遅れて到達した。ボートの上には、せいぜい五、六歳くらいと三歳前後のどちらも男の子がべそをかいていた。
 離岸流に巻き込まれた場合の対処としては流れを感じなくなるまで流された後、流れを避けて岸に向かって泳ぐか、横向きに泳ぐことで流れから抜けるかである。最悪なのは流れに逆らって岸に向かって泳ぐことで、無駄に体力を消耗した挙句に力尽きて溺れる結果になる。
「けっこう沖まで流れが続いているみたいだ」
「ええ」
「流れも結構強い」
 自分たちだけならば流れから逸れるのは簡単だが、このボートを引っ張ってというのは難しいと冬獅郎は判断した。
「横から波をぶつけて、流れを抜けよう。姉さま、風を頼めるか?」
「大丈夫よ。ただ、ボートがひっくり返るかもしれない。この子たちは下ろした方がいいわ」
 頷いた冬獅郎が年長の方に手を伸ばした。
「ほら、お兄ちゃんにつかまれ」
と子供を抱きかかえる。絢女が弟の方を抱っこすると、
「いい、お姉ちゃんたちにしっかりつかまって、それから、お目々とお口もしっかり閉じていてね。ちょっとお水をかぶるかもしれないけど、お姉ちゃんたちにつかまっていれば大丈夫だからね」
と優しく言い聞かせた。べそをかきながらも子供たちは肯き、ひしと冬獅郎たちにしがみついた。怯えているせいか、言い聞かせるまでもなくがっちりとつかまっているのを確認し、絢女と冬獅郎は目を合わせた。片手で子供をしっかりと抱え、もう片方の手でビニールボートにつかまった体勢で、冬獅郎は気を溜めた。横合いの海面が不自然に盛り上がり、風が流れと直角に吹き始めた。
 刹那、盛り上がった海面が横からの波となって流れにぶつかった。
 ぐん、と身体が波に乗って持ち上がり、横に押し流される。波が顔にぶつかるのが怖いのか子供たちが、さらに強くしがみついてくる。
 数秒後、四人は流れを抜けていた。
「成功」
「だな」
と姉弟は微笑みあい、子供を再びボートに乗せると、岸に向かって曳行していった。
 一方、溺れる人影に向かったギンと乱菊であるが、こちらは緊迫していた。
 二人が辿り着く直前、人影は力尽きて水に沈んだのだ。
 ギンが潜って引き上げると、三十代前半くらいの年齢の女性だった。
 乱菊とギンとで左右から支え、岸に向かって泳ぐ。浜に辿り着いて確認すると、呼吸が止まっていた。だが、まだ死んではいない。女の魂は肉体の中にあった。
「乱菊、ボクが人工呼吸するから、心臓マッサージを頼むで」
「了解」
 頭を後ろに逸らせることで咽喉を広げて気道を確保したギンは、女の鼻をつまむとまず一回、呼気を吹き込んだ。胸の動きと呼吸を確認するが反応はない。さらにもう一度、呼気を吹き込む。まだ反応しない女に、今度は乱菊が心臓マッサージで胸部を圧迫する。
 再び、ギンが人工呼吸を施した。蘇生しない彼女に乱菊も心臓マッサージを繰り返す。
 三度目の呼気の吹き込みで、胸が動いた。
 ごほごほと噎せる反応を起こし、女は多量の海水を吐いた。
 緊急事態に気付いて周りに集まっていた人々から、期せずして拍手が沸き起こった。
 女が充分に海水を吐き出してしまったのを見極め、ギンは彼女を抱え起こしてやった。
「大丈夫ですか?」
 乱菊に優しく問い掛けられ、事態が掴めていない女は、
「え…あの…」
と戸惑って視線をさまよわせた。
「溺れてたところを助けてもらったんだよ」
 誰かが女に説明した。
「溺れて…」
 反芻した彼女は突然、はっと目を見開いた。
「子供! 子供が沖に!!」
 だが、乱菊は慌てることなく落ち着いた表情で女の背後を指差した。彼女の指す方を振り返った女の口から、
「ああ…」
と安堵の呻きがもれた。
 冬獅郎と絢女が子供を抱きかかえて、海から岸へと上がろうとしていた。
「友樹、省ちゃん!」
 女が我が子の名を呼ぶ。未だ怯えて冬獅郎たちにしがみついていた子供は、母親の声に素早く反応した。
「ママ!」
「ママァ!」
 女に歩み寄った絢女が弟の方を母親の膝に乗せてやった。続いて冬獅郎が兄を母親の傍らに下ろす。二人は母親にしがみつくと大声で泣き出した。女もぎゅっと我が子を抱きしめると、
「ありがとうございます」
とぼろぼろと泣きながら、冬獅郎たちに感謝の言葉を述べた。
「お母さんの方も無事で良かった」
 絢女が微笑む。
「無事じゃなかったんだよ」
 また人垣の中の一人が言った。
「そっちのお兄さんとお姉さんが人工呼吸して助かったんだ」
と半分は絢女と冬獅郎に、半分は女に向かって説明した。
 誰かが呼んだらしい救急車のサイレンが近づいてくる。
「救急車、来たみたいやし、念の為に病院で検査受けた方がええ思うよ」
 ギンが立ち上がりながら、女に告げた。
「そうですね。お子さんたちもショックを受けてるみたいだし、その方がいいと思います」
と乱菊も立ち上がった。
「ひと働きしたら、ものすごお腹すいたわ」
「そーね。あたしもお腹ぺこぺこ」
とすっかり日常会話を交わしながら、四人はその場を立ち去ろうとする。
「あ、あの、お名前を!」
 慌てて叫んだ女に、
「人呼んで、『救急戦隊・シレンジャー』」
 ギンがふざけた名乗りを上げ、
「何が『シレンジャー』だ」
と冬獅郎から思いっきり頭をはたかれた。
「えーやん、それで」
「戦隊ものって五人組じゃなかったっけ? 一人足りないわよ」
「うん、せやから『ゴレンジャー』やのうて『シレンジャー』。レッドは若さんでええよ」
「そういう問題じゃねぇ、つか、論点がずれているだろう」
 さすがにぽかんとしてしまった女に、絢女が苦笑交じりで、
「私たちのことはお気遣いなく」
と柔らかく告げ、救急車が到着する前に、と足早にその場を離れて行った。
 食堂に戻ると、四人の食事は手つかずのまま、テーブルに放置してあった。
「あー、良かった。まだ、あった」
と乱菊がトレイに手を伸ばそうとした時、慌てた様子で店の女性が出てきた。
「ああ、申し訳ありません。すぐに新しいのを作り直しますから」
 おかみさんらしい中年女性は言った。乱菊たちが人命救助をして戻って来たことを承知している彼女は、冷え切ってしまった食事を気の毒に思ったのだ。だが、四人は一斉に、
「勿体ない!」
と声を揃えた。
「は?」
「冷えてしもただけ、ですやろ? 傷んでしもうたわけでも、床にぶちまけてしもうたわけでもないのにほかすなんて勿体ない」
「そうですよ。食べ物を粗末にしたら、罰が当たります」
 今でこそ、護廷隊長格となり高級料亭での食事も自在であるが、ギン、乱菊、絢女の三人は流魂街最貧区の出身である。食べるものがないという飢えを経験しているだけに、食べ物を粗略に扱うことには未だに強い抵抗があるのだ。冬獅郎だけは姉の配慮で食料の豊かな一番区で暮らしていたので飢えの経験はない。だが、祖母と姉から食べ物を粗末にしてはならないと徹底して躾けられている上、死神になって貧困区を訪れたことで、自分がどんなに恵まれていたかを理解していたので、やはり、食料を無駄にするのには罪悪感がある。
「そうだ!」
と、乱菊がぽんと手を打った。
「この焼きそばとカレー、レンジであっためてもらえます?」
「ああ、そりゃあ、いい考えだ」
と冬獅郎も賛成する。
「その間、おにぎりを食べてますから」
 かしわご飯のおにぎりだけを残し、おかみさんは捨てる為ではなく、温めなおす為にトレイを下げた。やがて、戻って来た焼きそばとカレーにはそれぞれ瓶ビールが一本添えられていた。
「浜で人死にが出なかったお礼です」
 四人は一瞬、どうしようかと顔を見合わせたが、ここは素直に好意を受けることにした。
「ありがとうございます」
と代表して冬獅郎が礼を述べた。
 貰った瓶ビールで乾杯した後、
「どーする、これから?」
と冬獅郎が尋ねた。
「うーん。不本意やねんけど目立ってしもたしなぁ。引き上げる?」
「えー、やだ。花火見たいー」
と乱菊が泣き真似をしてみせた。実はこの海水浴場を選んだのは、今日、近くで花火大会があるからなのだ。この際だから、海と花火という夏の風物詩を満喫してしまえという欲張りなプランである。
「そうね。私も花火は見たいかな」
「ま、いいんじゃねえか。どうせ、夜には尸魂界に戻るんだし。目立ったって」
 あっさりと冬獅郎が結論付け、四人はそのまま海水浴場に居座ることにした。

 ビーチバレー。沖に向かっての競泳。海の家の板敷で水着のままで午睡ひるねして、かき氷を食べて。
 もともとが楽しむ心づもり満々であった乱菊やギンはもとより、ぶすくれていた冬獅郎もそんなことはすっかり忘れて夏を満喫した。
 夕方、日が傾き始めた頃に、四人は海の家を出た。持参してきた浴衣に着替え、今度は花火を楽しむ為である。
「ギン、その浴衣。一昨年、絢女に縫ってもらったのでしょ?」
 乱菊の指摘にギンは肯定を返した。
「そうや。柄もええし、着心地もええし、一番お気に入りの浴衣なんやで」
「はいはい、ごちそうさま」
「乱菊の浴衣も品があって可愛えよ。冬獅郎はんの見立て?」
 乱菊は嬉しそうにうふふと笑って肯定した。
 藍地に線描の桔梗をちりばめた奥州紬の小紋浴衣である。使用してある色は全体を染めた藍と、染め残して桔梗を現した奥州紬の濃い生成りの地色、差し色として桔梗の花に重ねられた濃い紫の三色のみ。色を抑えたかなり渋めの浴衣だが、本人が華やかな乱菊には却ってよく映えている。帯は紅型で鉄線と扇模様を染めた麻の半幅で方流しに結んで、帯飾りを揺らせている。髪を纏めた玉簪と帯飾りは揃いの空色のトンボ玉だ。
 絢女は白地に鮮やかな深緑の雪花絞りの浴衣を纏っていた。反物を正三角形に折り上げ、三角の底辺を染めることによって、広げた時に美しい六花文様が生まれる染生地だ。薄い草色とクリーム色のグラデーションの兵児帯を垂れ先がふんわりと揺れる蝶々重ねに結んで、跳ね兎の形の銀の帯留めを山吹色の二部紐に通してアクセントとしている。纏められた髪には二年前に浴衣の返礼に贈られた銀の飾り櫛が挿されていた。
 黒の鳴海絞りの浴衣を纏った冬獅郎も揃って、近くのファミレスで夕飯を済ませた。
 からからと下駄を鳴らして花火の会場に移動する。田舎の花火大会なのでそれほど大掛かりではないし、打ち上げられる数もたいして多くはないが、その分、ゆったりと鑑賞できるのが利点である。防波堤の階段に並んで腰を下ろし、四人は花火の開始を待った。
 やがて、
 夜空に華が咲いた。
 次々に打ち上げられる花火が夜空を彩ってゆく。
「綺麗ねぇ」
 絢女が華やいだ声を上げ、乱菊もはしゃぎ声で、
「たっまやー」
などと叫んでみた。
 どおぉん、どどおぉぉん。
 連続する腹にこたえる爆発音。煌びやかに夜空を染めて消えてゆく炎の花。
 乱菊はそっと横を窺った。絢女とギンは寄り添いあっている。絢女の右手とギンの左手が重ね合わせられているのを認め、乱菊はふっと笑みを零した。反対側には大好きな男がいる。乱菊の左手は冬獅郎の右手ですっぽりと包まれていた。
 なんて、幸せなのだろう。
 感じた途端、つ、と乱菊の眸から涙が一筋零れて落ちた。
 花火から視線を外し、何気なく乱菊を見た冬獅郎は、静かに涙を零す恋人にぎょっとなった。乱菊の奥にいる姉たちに気付かれないように、
「どうした?」
と尋ねると、
「幸せだなぁって…」
と意外に明るい笑みを乗せた表情で答えが返って来た。
「こんなふうに笑える日がもう一度来るなんて考えていませんでした」
 四十八年前に絢女を失い、ギンが遠くにいってしまった時、乱菊はそれでも絢女さえ戻ってきてくれれば、また三人で笑いあえるという儚い願いに縋っていた。だが、三年前、藍染の起こした叛乱でその希望は砕け散った。
「ごめんな」
という一言を残して、幼馴染はこの世界に背き、乱菊は踏みとどまったから。
 譬え、奇跡が起こって絢女が戻って来たとしても、ギンはもう戻らない。もう決して、三人では笑えないのだ。
 だが、奇跡は起こった。乱菊の手から零れて消えてしまった幸せは、輝きを増して戻って来た。
 親友がいる。
 家族に等しい幼馴染がいる。
 それから、誰よりも愛しいと思える大事なひとがいる。
 四人で海に行って、くたくたになるほどに遊んで、そして、揃ってこんなに綺麗な花火を見上げている。
「すっごく幸せだと思ったら、何だか泣けてきちゃって」
 きまり悪そうに囁く乱菊の涙を、冬獅郎は指で拭ってやった。
「そうだな…。俺もこんな日が来るとは思ってなかった」
 改めて、互いの指をからめるようにして握り合い、冬獅郎と乱菊は、再び闇に咲き誇る大輪の花に見入った。


《参考サイト》
  水工学研究室・離岸流について
  福田消防団・救急救命について

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 10万打感謝リクエスト小噺 その2

 Wデートと言いつつ、糖度はちょっと低めですが、とりあえず、感謝企画第二弾。「冬獅郎と乱菊、ギンと絢女の4人で海でWデート」を完遂しました。オプションで花火大会も付けてみました。
 ナンパ野郎と揉めはしませんでしたが、代わりに盗撮野郎に鉄槌を下しております。いくら、乱菊さんたちが美人でも、傍にがっちり冬獅郎とギンが控えていたら、ナンパなんか無理でしょう。容姿、オーラ、迫力とも並みの男ではないですから。
 個人的には、盗撮野郎の股間に蹴りを入れた挙句に砂浜に放置する、弟さえも怯えるブラック絢女と、ギンや四席と共闘して冬獅郎を海に連れ出す乱菊姐さんが書いていて楽しかった箇所です。BGMはスピッツの「とげまる」というアルバム。「恋する凡人」、「つぐみ」、「若葉」が特に好きで乗ってかけました。どれも夏の曲というわけではないのですが。
 話の時間軸は、文中にも明示してありますが叛乱の三年後です。
 こう多朗さま、こんなものでリクエストに適っておりますでしょうか。

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2011.08.14