Always There


 朝餉を終えた冬獅郎と桃が二人並んで歯磨きをしている時、
「ごめん下さい」
と訪いの声がした。
 冬獅郎も桃も、口をすすぐのもそこそこに玄関へ走る。
「姉さま!」
「お姉ちゃん、いらっしゃい」
 飛びついて来た二人を柔らかく受け止め、
「おはよう。これ、お土産よ」
と絢女は風呂敷包みを差し出した。
 月に一度か二度の割でこの家を訪れる絢女は、手ぶらで来たことがない。いつだって、手土産を携えてくる。今日の土産はとても凝った形のおいしそうな上生菓子と、祖母には白檀の扇子、桃には手作りだというつまみ縮緬細工の髪飾り、冬獅郎には大きくて立派な独楽だった。
「うわぁ、可愛い!」
 はしゃぎ声を上げた桃を手招き、おさげを解くと、絢女は桃の髪を器用に団子にまとめて髪飾りを飾ってやった。
「よく似合うわ」
「ほんに。よかったなぁ、桃」
と、祖母もにこにこ顔で頷いた。
 家に上がり、祖母から茶を振舞われて一息ついた姉に、冬獅郎は尋ねた。
「今日はずっといられるの?」
「ええ。こちらでお夕飯をいただいてから帰るつもりなの」
 絢女の答えに、冬獅郎は身を乗り出した。
「あのさ、姉さま。だったら、立花に行かねぇ? この間、桃と遊びに行ったんだけど」
「ずいぶん遠くまで出かけたのね?」
 ひとくちに西流魂街一番区潤林安といっても広い。立花地区は潤林安でも北の方に位置していて、この家からだと歩きで半刻はんときほどはかかる場所だ。
「うん。それで、立花に大きな屋敷があって、そこの庭がすごくきれいだったんだ」
「あやめや花菖蒲がたくさん咲いていたの!」
 合わせ鏡で嬉しそうに髪飾りを確認していた桃が、振り向いて、付け足した。
「そこ、自由に入れるようになってて、俺たちの他にも近所の人が何人も花見に来てた」
「それなら、急いでお弁当を作って、四人で見に行きましょうか?」
 四人で、という絢女の言葉に、冬獅郎は嬉しさで一杯になった。やっぱり、姉さまはちゃんと分かってくれる。俺が姉さまはもちろんだけど、ばあちゃんにも見せたいんだってこと、何も言わなくても分かってくれるんだ、と。
 その美しい花の庭を目にした時、冬獅郎は姉と祖母にも見せたいと強く感じた。
 だが、立花地区は年老いた祖母が歩いて行くには遠い場所だ。桃や冬獅郎はまだ子供で体も小さかったが、小柄な祖母を背負えるくらいの力はあった。だが、祖母は小さな二人には頑として負ぶさってくれないから、二人だけでは連れ出すことは出来なかったのだ。その点、絢女は大人だから、祖母も彼女には素直に負ぶさる。ほっそりと華奢な外見の絢女だが、強い霊力のゆえか、見かけによらず体力はあって、祖母の一人くらいなら軽々と運べることを冬獅郎は知っていた。
 善は急げと、絢女と祖母は台所に立ち、早速、弁当の準備にとりかかった。
 祖母と並んで料理に勤しむ絢女は、相変わらず、年寄りじみた地味な着物を纏っている。着ているものだけなら、祖母の方がよほど若々しい。
 冬獅郎を狙う正体の知れない敵を唯一人で探り続けている絢女は、ことさら地味で目立たぬことを己に強いていた。だが、どんなに質素な格好をしていても、人並み外れた美貌は隠しきれない。訪れてくれた姉と一緒に歩いていると、見蕩れる男たちは数え切れないほどだったし、中には「この間のきれいな人は誰だ」と問うて来る者もずいぶんといた。
 料理上手の絢女と祖母は、四半刻しはんとき余りで弁当の準備を整えてしまった。
 絢女が祖母を背負い、冬獅郎と桃が弁当の包みを下げて、立花地区へと向かう。お天気は上々。ただ歩くのさえ気分がよい。
 目指す屋敷は、今日も庭を開放していた。近所の人の話しによると、屋敷の奥様が庭を丹精しているらしく、訪れた人たちからの賞賛の言葉を生き甲斐にしているらしい。
 開放されている裏門から中に入り、初めて庭を目にした絢女と祖母は感嘆の声を上げた。
「見事なお庭だねぇ」
「すごくきれい…」
 池の中にしつらえられた囲いの中に咲き初めの花菖蒲。池の脇には杜若かきつばたが今が盛りと群れている。池から離れた一角にはあやめも咲き誇っている。
「白あやめも植えてあるわ。珍しいわね」
 絢女は自分の名と同じ響きであるせいか、花の中でもことにあやめや花菖蒲の類を好んでいて、美しい花に嬉しそうに声を弾ませていた。あやめの他に、やまぼうしや早咲きの紫陽花、芍薬なども競うように咲いていて、正に見事な花の庭だった。
 絢女は花が好きだ。
 澄んだ青空や、夕焼けが好きだ。
 きれいなものを愛でる心を持った姉は、けれど禁忌のように、自身を美しく装うことだけはしない。それが、冬獅郎には切なかった。
 だから、せめて    
 見せたいと思う。
 美しく咲き匂う花。きらきらと水面みなもを光らせるせせらぎ。夜の闇に光を放つ蛍。冬を彩る樹氷。
 冬獅郎が美しいと感じたものは全て、絢女にも見せたい。そうして、きれいだと喜ぶ顔が見たい。
「冬獅郎、ありがとう。こんなにきれいなお花が見られて、すごく嬉しいわ」
「ほんとにねぇ。冬獅郎や、ありがとう。絢女さんも連れてきて下さって、ありがとうございます」
と姉と祖母からの感謝に、冬獅郎は照れくさそうに笑った。

 絢女は問う。
「私が冬獅郎を捨ててしまったとは、考えなかったの?」
と。
 冬獅郎は答える。
「そんなこと、一瞬だって考えたことねぇ」
と。
 四十五年前、姉が一月経っても、二月経っても、来てくれなくなった時、冬獅郎がおそれたのは、ただ姉の身に起こった異変だった。彼女が冬獅郎にかけた封印が弾け飛ばなかったから、死んだ、という不安だけは感じずにすんだ。だが、大怪我をして身動きができなくなっているのではないか、探り続けていた敵に捕らえられ、ひとりぼっちで閉じ込められているのではないかと、心配で、恐ろしくて、おろおろと姉を待ち続けるしかなかった。
「生きているのは分かっていたんでしょう? 私が冬獅郎を捨ててしまったと疑ったりしなかったの?」
 姉に問われて、初めて、そんな考えも可能だったと気付いた。だが、当時はそんなことは浮かびもしなかったし、今だって、それは有り得ない、と即座に冬獅郎は否定できる。
「信じてくれて、ありがとう」
と絢女は微笑わらう。けれど、逆だ、と冬獅郎は考えていた。
 疑うことも出来ないくらい、愛してもらったのだ。
 一緒に暮すことは出来なくても、心はいつも傍にあると信じられるほどに慈しまれたのだ。
 姉はどんな時でも、自分の味方だった。これまでも、そして、これからも…。
 だから、冬獅郎は心の中で繰り返す。

 あなたがいてくれて、ありがとう。

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 リクエスト同票第三位「捏造・オリキャラOK シスコン隊長」

 1万打企画の時の「如月」の小噺と激しくネタ被りしていると思った方、正解です。自覚しています。見逃してください。
 ところで、甥っ子や友人の子供を見ていると、幼児にとって、本当にお母さんって重要だと感じます。普段は自立心旺盛で、親が見当たらなくても平気で遊んでるような子でも、眠くなったりするとてきめんにお母さんでないと駄目。お父さんに怒られると逃げ出すくせに、お母さんに怒られると縋っていきます。
 当サイトの捏造設定では、日番谷隊長にとっての絢女は、続柄は姉ですが、半分以上、お母さん的ポジションにいます。早世した母親に代わって、絢女が赤子だったちびシロちゃんのおむつに、食事、風呂と全部面倒をみてくれていたわけですから。いくら隊長とはいえ乳飲み児の頃のことはさすがに覚えていないから、おむつを代えてもらったという具体的な記憶はありません。でも、ずっと傍にいて愛してもらった事実はちゃんと覚えています。だから、拙宅の隊長はお姉さんに頭が上がらないし、そもそも、上げる気も一切なし。シスコン街道を驀進しています。
 絶対的に自分の味方でいてくれる人がいる、という信頼感を幼児期に獲得できるかどうかは、その後の人格形成に重要だそうです。幼児期に虐待された子供は、大人になって自分が親になった時に子供を虐待してしまう負の連鎖がある、というのはよく聞く話です。その点では拙宅の隊長は健全。母親こそ早くに亡くしていますが、その分、父親・姉・屋敷の使用人から(実は仔ギンちゃんからも)ふんだんに愛情を注がれて、何不自由ない乳幼児期を送っています。尸魂界送りになった後も、おばあちゃんや雛森ちゃんや絢女から充分な愛を受けています。強い霊力のせいで周りの一般人から怖れられ孤独だった時期もありますが、ベースが健全なのでひねくれたりはしません。
 タイトルに使用した曲は、ノルウェー人の作曲家とアイルランド人のヴァイオリニストのユニットであるSecret Gardenのアルバム"Earthsongs"の収録曲で、ゲストアーティストのRussell Watsonがヴォーカルを担当しています。歌詞が拙宅捏造設定での、隊長の姉さんへの想いにぴったりだったので使ってみました。


  いつもそこに

自分を見失ってしまった時 人生に向き合えない時
暗闇の中 往く道に迷った時
目が霞んで あらゆるものにつまずいてしまう時
あなたに支えられて 僕は強くなれる
あなたが僕を立ち上がらせる

僕がどうしても必要としている時に あなたはそこにいる
いつだって そこにいてくれる
いつもそうだ あかるい光を連れてくる
僕の傍に あなたはいつもいてくれる

人生につまずいても 壁にぶち当たっても
あなたがともにいてくれるから
僕は立っていられるんだ
たとえ僕が重荷であっても
あなたは疲れもみせず 休みもせず
僕に手を差し伸べ続ける
そして 僕は知るんだ 自分が祝福されていることを

僕がどうしても必要としている時に あなたはそこにいる
いつだって そこにいてくれる
いつもそうだ あかるい光を連れてくる
僕の傍に あなたはいつもいてくれる

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2009.07.08