When You Wish Upon a Star
乱菊から、ずずい、と短冊が差し出され、冬獅郎は七夕が近いことを思い出した。
季節の行事を熱心に執り行う護廷では、七夕も盛大に祝われる。各隊は毎年、競いあって七夕飾りを門前に飾っていて、結果、行事好きの冬獅郎の副官は執務をきれいさっぱり脇に置いて、飾り物製作に勤しむのだ。
冬獅郎は受け取った短冊にさらさらと文字を書き付けた。
隊員が皆、無事に一年を過ごせますように
毎年毎年、代わり映えもしない願いだが、切実な願いでもある。
短冊を受け取った乱菊は、にっこりと笑って、もう一枚、短冊を差し出してきた。
「あ?」
願いごとの短冊はひとり一枚。
十番隊ではそう決められていた。冬獅郎も昨年までは一枚しか書いていない。
「このお願いは十番隊隊長として、でしょう?」
不審に見返す冬獅郎に、乱菊は笑顔のままで説明した。
「だから、今年から、隊長には日番谷冬獅郎個人のお願いを書く短冊を用意することにしたんです」
「個人のって…」
「だって、みんな、個人的なお願いを書いているんですもの。隊長だって、ささやかな願いってあるでしょお? 『背が伸びますように』とか」
「喧嘩売ってんのか?」
すごんでみせた冬獅郎に堪えたふうもなく、
「あら、違うんですか? お昼寝が趣味なのは、おばあちゃんから『寝る子は育つ』って教わったからでしょ?」
と返してきた。
「…そうだな。『副官が仕事をさぼって、俺の睡眠時間を削りませんように』とでも書くか」
「えー、ひっどーい。この隊長思いの仕事熱心な副官に向かって」
「確かに、隊長思いかもな。何しろ、俺の分まで昼寝してくれるからなぁ」
笑って誤魔化す態勢になった副官に、
「書いて吊るしとく。さっさと仕事に戻れ」
「はーい」
執務机に戻る乱菊から短冊に目を移し、
(個人的な願いか…)
と冬獅郎はわずかに考え込んだ。
基本的に淡白な冬獅郎は大それた望みはもっていないが、ささやかな願いなら、人並みにある。
たとえば、祖母が元気でありますように、とか。
たとえば、雛森が怪我などしませんように、とか。
乱菊には凄んでみせたが、確かに、背も伸びて欲しいのは本音だ。
(
本来、七夕で織女にかける願いは、女性の芸事の上達だったのだが。
菱屋のかささぎ橋が手に入りますように
不意に、去年の乱菊の願いを思い出した。
かささぎ橋、というのは酒の名前だ。老舗の蔵元である菱屋が七夕の季節に数量を限定して発売する純米大吟醸で、さっぱりとした飲み口で人気が高い。
日舞の発表会に隊長が来てくれますように
飯島の結婚式の日が晴れますように
七夕の日に討伐がはいりませんように
乱菊の願いは、いつもたわいのないものばかりだ。普段はけっこう我儘放題言っているように思えるのに、どうして、七夕の願いはこんなに控えめなのだろう。
「松本」
「何です、隊長?」
「おまえは今年、なんて書いたんだ?」
「お願いですか?」
「ああ」
「えっと、ですね。
もうすぐ子供が産まれる十番隊の下位席官の名を、乱菊は告げた。
「産まれたら、抱っこさせてもらう約束してるんです。幸坂の奥さんって可愛いタイプだから、赤ちゃんは奥さんに似てるといいですね!」
たわいもない願いでなければ、他人の幸せを祈っている。
「松本、何で、織女にはそんな遠慮がちなんだ?」
「遠慮がち、ですかぁ?」
「『富くじで一等が当たりますように』とか、『玉の輿に乗れますように』とか、図々しい願いを書きそうなのに」
「何です、その物欲ぎらぎらのお願いは?」
「ふだんのおまえ、物欲の塊だろうが」
と冬獅郎が告げると、あははと乱菊は明るく笑った。
「まぁ、否定はできませんねぇ」
「だろ?」
瞬きひとつにも満たない短い刹那、彼女の眸に翳が走ったように見えたのは気のせいだろうか。
「だって、織女は大勢の願いを叶えなくちゃいけないんですよ。あんまり贅沢なお願いをしたら、織女も困っちゃうでしょ?」
と、いたずらっぽくウィンクをしてみせた彼女は、すでにいつもの陽気な副官だった。
初めての織女への願いは叶えてもらえなかった。ずっと一緒にいたいと願った相手は、乱菊の許から去っていった。
だからといって、織女を恨んではいない。乱菊の願いは相手が必要なもので、その相手は乱菊と同じことを願ってはくれなかっただけだ。矛盾する願いをかけられたら、織女としてはどちらかをえこ贔屓するか、両方の願いを無視するかしかないだろう。
初めての願いが叶えられなかった日から、乱菊は本気の願いを織女にかけなくなった。願いはたわいのない、ささやかなものにすること。相手の心が必要な望みはかけないこと。
そう決めてから、乱菊の願いは連勝中だ。ちゃんと「かささぎ橋」は手に入ったし、部下の結婚式の日はきれいな秋晴れとなった。来てくれないかも、と思っていた踊りの発表会も冬獅郎は来てくれた。きっと、幸坂のところは元気な赤ちゃんが無事に産まれてくるだろう。
けれど、もし、ひとつだけ本気の願いを叶えてもらえるのなら。
今度こそ、間違いなく、叶えられるのなら。
願いは決めている。
ずっと隊長の副官でいられますように
隊舎の門前に据えられた笹飾りに下げられた願いを、乱菊は一心不乱に読んでいた。
探しているのは、冬獅郎の短冊だ。乱菊の目の前で書いた十番隊隊長としての短冊は見つけた。だが、冬獅郎の個人の願いを書くようにと伝えて渡した短冊が見当たらないのだ。
冬獅郎はきちんと書いて吊るした、と言っていた。そんなことで嘘を言って誤魔化す人ではないから、どこかにちゃんとあるはずだと、乱菊は必死になっていた。
興味本位、と言われれば返す言葉もないが、彼が何を願ったのか、乱菊はどうしても知りたかった。
(きっと、雛森か、おばあちゃんのことだわ)
どんなに探しても見付からず、乱菊は溜息をついて、笹飾りから離れた。
(まさか、外れてどこかへいっちゃったとか?)
縁起でもない、と首を振って、笹飾りを振り返った時、
「あれ?」
短冊など吊るされていない笹の頂上近くに、葉とは微妙に異なる緑が見えた気がした。
目を凝らして、じっと見つめる。
間違いない。笹の葉ではなかった。笹の幹の近く、葉の重なりで目隠しするかのように、葉っぱによく似た緑色の短冊が一枚、吊るされていた。
(もしかして…)
通りがかった部下に命じて脚立を持ってこさせ、一番上まで登って、ようやく短冊を確認できた。
それは、確かに冬獅郎の短冊だった。
「うそ…」
書かれた願いを読み取り、驚きの余り、乱菊は脚立から転げ落ちそうになった。
松本がずっと俺の副官でいてくれますように
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リクエスト同票第三位「王道・ほのぼの日乱(子供隊長)」
今年(2009年)の旧暦七夕は八月二十六日です。今年は閏皐月のある年なので、その分、旧暦の文月七日が遅くなります。そんなわけで、新暦の七夕はとっくに過ぎていますが、旧の七夕までは一ヶ月以上あるもんねー、と妙に開き直って、季節ネタの七夕でいくことにしました。今回のお話、初代拍手お礼文である七夕の話と微妙にリンクさせてあります。一応、ほのぼの日乱を目指したのですが、ちょっとシリアスが混入してしまった気もします。しょうがないです。管理人、重たい話の方が得意だから(と、また開き直る)。
テーマにした曲は超スタンダードナンバー。「星に願いを」です。ディズニーの古典アニメ映画「ピノキオ」の中でコオロギのジミニー・クリケットが歌ったのがオリジナルですが、いまや世界中の色々なアーティストにカバーされている永遠のスタンダードと化しています。管理人も鈴木重子とSlavaのを持っています。
訳する為に、改めて歌詞をじっくり読み返してみたのですが、やっぱり、スタンダードになる曲は歌詞もいいですね。下の方に、管理人の迷訳による歌詞を載せています。素敵な歌詞の雰囲気を充分に伝えられない語学力の乏しさがなかなかに悲しいですが。
今年の新暦七夕は満月でした。これだと、晴れていても天の川はあんまりよく見えませんよね。毎日新聞の日曜版に建築家の松村賢治さんという方が旧暦に関するコラムを連載されているのですが、そこにすごくロマンチックなことが書いてあったので、ちょっと長くなりますが引用させていただきます。
『本来の星祭りは旧暦七月七日ですから上弦の月。宵の口、天中近くの半月は夜半には隠れます。満月の12分の1の明るさの半月が天の川にかかると、その辺りだけ川が消えます。その時にこそ、牽牛と織姫が逢えるのです。七夕は星と月のおりなす微妙な天体ショーなのですね』(毎日新聞 七月十二日付日曜版より)
月が愛し合う二人を隔てる川を消して、その時に逢瀬が叶う。想像するだけで、うっとりしてしまいます。本来、旧暦で行われていた伝統行事は、旧暦で行った方がしっくりするし、意味合いも明らかになるとしみじみと感じました。
今年の旧暦七月七日。晴れるといいですね。
星に願いを
星に願いをかける時
あなたが誰であろうとどうでもいいこと
心から望めばきっと叶うよ
いつも心にある夢ならば
過ぎた望みなんてない
夢見る人がするように 星に願う時には
愛を知る者に運命は優しい
秘めた切望はきっと聞き届けられる
星に願いをかける時
あなたが誰であろうとどうでもいいこと
心から望めばきっと叶うよ
青天の霹靂のように
運命は突然やってきて微笑みかける
星に願いをかける時 あなたの夢はきっと叶うよ