Sweets Concerto


 女性死神協会幹部会の開始時刻にはまだ間があるせいか、会議室には半分程度のメンバーしか集まっていなかった。集まった者たちも仲の良い数人でかたまって、おもいおもいにおしゃべりに耽っている。その中に、絢女、桃、七緒の顔を見付けて、乱菊は歩み寄った。
「乱菊!」
 親友を認め、手を振る絢女に手を振り返した乱菊は、三人の傍らに辿り着くとすぐに紙袋を絢女に差し出した。
「絢女、ありがとう。これ、返すわね」
「あ、うん」
と絢女は問い質すこともせずにそれを受け取る。
「何です?」
 首を傾げた七緒の問いに、
「お菓子の本よ」
と絢女は袋から取り出した本の表紙を見せた。
 それはフルーツを使った様々な菓子の作り方が紹介してあるレシピ本だった。表紙には数種類のつやつやのベリーをこんもりと盛り上げたタルトに高級そうな茶器に淹れられた紅茶を添えた写真が大写しになっていて、甘いもの好きな女心をおおいにそそるものだった。
「どれか、作った?」
「ええ」
 頷いた乱菊は先ほど返したばかりの本をもう一度手に取ると、頁を繰った。
「これと、」
 乱菊がまず指差したのは、さくらんぼのクラフティである。
「それから、これ。隊長に好評だったの」
と次に指差したのはオレンジのシフォンケーキだ。生地に細かく刻んだオレンジピールを混ぜ込み、グランマルニエで香り付けしたもので、上部には輪切りオレンジの砂糖漬けがデコレーションしてある。
「冬獅郎、マーマレードが好きですものね」
と絢女は頷いた。冬獅郎はジャム類の中では特にマーマレードを好んでいた。甘いだけでなく、オレンジの皮の苦みが混じるところが良いのだそうだ。昨年、柑橘類の生産が盛んな地方に赴任していた現地駐在の部下が色々な柑橘類で作ったマーマレードの詰め合わせを土産に買って来てくれたのだが、冬獅郎が「一番好きだ」と言ってほとんど一人で食べきったのはその中でも一番苦みが強かったデコポンのマーマレードだった。
 このレシピ集に載っていたオレンジシフォンケーキは、彼のような苦みマーマレード好きには嬉しい大人の味わいのケーキだった。その代わり、「マーマレードは苦いから嫌い」という向きには、不評かもしれない。
「あ、これ、この間、お姉ちゃんが作ってくれたのだ」
と桃が白桃のムースの写真を指差す。
「あ、私もお裾分け頂きました。美味しかったですよね」
と七緒も思い出したのか、顔を綻ばせた。
 その時、急に、
「ねぇねぇ、何見ているの!」
 顔を突っ込んできたのはやちるだ。どうやら、七緒の「美味しかった」という発言を耳聡く聞きつけたらしい。四人が眺めている菓子の本を目にするや、やちるは歓声を上げた。
「うっわぁ、おいしそー。ねぇねぇ、らんちゃん、あやあや、作って!!」
 彼女のお強請りに、指名された乱菊と絢女が、咄嗟に、
「えっ…?」
「あの…」
と口籠ってしまったのは、やちるの食欲大魔神ぶりをよくよく承知しているからだ。
 やちるの食欲は旺盛である。この小さな体のどこにあの量の食事が納まるのかと、皆、首を捻るほどにもりもりとよく食べる。よく食べるのは別段、構わないのだが、彼女の場合、咀嚼スピードも尋常ではない。ショートケーキなど、やちるにかかったらほとんどひと呑みである。ホールケーキであろうと、ものの数十秒で片付けてしまう。
 乱菊にせよ、絢女にせよ、やちるのことはとても可愛がっているので、普段ならば二つ返事で承知するところだ。また、やちるがどんな料理でも「美味しい、美味しい」と綺麗に平らげてくれることは好ましく思っている。だから、日常的なご飯や味噌汁の類は丸飲みするような咀嚼をされても、慣れていることもあって気にならない。だが、それなりの時間と手間暇をかけて調理した凝った料理を数十秒で胃の腑に納められるのは、料理人として相当に切ないものがある。
 現在やちるが強請っている菓子は上級者向けのかなり凝ったレシピである。本体の菓子を作るのにも、美しくデコレーションを施すのにも相応の労力と技術を必要とする代物だ。それだけに、きちんと味わって食べて欲しいのである。やちるの望みを叶えてやりたいと思う心は真実であるが、一方で、彼女のようにひと呑みするような食べ方をする者にこんな手の掛かる菓子を作りたくないという気持ちもまた、紛れもない本音であった。
「どうなさったのですか?」
 二人が明確な返事が出来ずに固まっていると、今度はひょっくりと、理事長の烈が顔を覗かせた。
「あ、卯ノ花さん!」
 やちるは烈を振り仰ぐと、
「今度ねぇ、らんちゃんとあやあやにお菓子を作って貰うの!」
と言い切った。乱菊も、絢女も、約束した覚えはないのだが、やちるの中では作って貰うことはもう確定事項であった。二人から断られるということを全く想定していないのだ。
 やちるの満面の笑みと相反する乱菊らの困惑した半笑いに、事態を正確に理解したのだろう。烈はにっこりと、必殺技の「聖母の微笑み」を繰り出した。
「良かったですね、やちるさん。ですが、絢女さんと乱菊さんのお菓子はみんな食べたいと思っているのですから、独り占めはずるいですよ」
 傍若無人を絵に描いたようなやちるであるが、烈にだけは逆らえない。うっ、と沈黙する彼女の背後で、清音やルキアがこくこくと首振り人形のように頷いて、烈に賛同の意を表している。乱菊と絢女の菓子作りの腕前は既に現世の一流パティシエ級であると噂されており、女性死神協会の幹部たちも、是非とも一度食べてみたいと密かに願っていたのだ。二人と親しく、彼女たちが菓子を作成する際には、高確率でお裾分けに与かれる桃や七緒は垂涎の的であった。
「いい機会です。次回の幹部会は、皆で手作りのお菓子を持ち寄って、ティ・パーティ形式で開催いたしませんか?」
と、烈はいつの間にか揃った幹部の面々をぐるりと見渡して提案した。口調は提案だが、これに異を唱える強者はこの場に存在しない。その中で、恐る恐ると声を上げることが出来たのは、勇音が曲がりなりにも烈の副官であるからだろう。
「みんなって…、あの、あたしたちも、ですか?」
「ええ」
 烈は肯定した。
「お二人にだけ作らせるのは不公平でしょう。各自、手作りのお菓子を持ち寄ってこその親睦です」
「手作りでないとならぬのか?」
 苦渋の表情で問い掛けたのは、砕蜂だ。
「別に、このような、」
と烈は事の発端となったレシピ本を指差しながら続けた。
「凝った菓子を作れとは申しませんよ。プリンでも、クッキーでも構いません。ただ、心を込めた手作りのお菓子をお互いに用意しましょうと提案しているのです」
「分かった…。善処しよう」
と砕蜂がすごすごと撤退したところで、
「あたし、お菓子なんて作れないよ」
と粘ったのはやちるだ。確かに、食べるのが専門の彼女に菓子作りなど酷だろう。というよりも、彼女が作った菓子は怖ろしくて口にしたくない。
「そうですねぇ」
 この訴えは烈も無下に出来なかったらしい。
「やちるさんは私と一緒に作るということでどうでしょう?」
 一斉に全員が頷いた。料理上手の烈が主体となって、やちるはお手伝い程度というのなら、安心して食べられるものが出来上がるだろう。第一、作った傍から胃の中に放り込みかねないやちるを牽制しつつ、菓子を作り上げられるのは、烈を措いて他にいない。
「では、そういうことで。今日の議題にはお茶会の日程決定も加えましょうね」
と烈は強引に話題を締めくくった。
 助け舟を出された格好の絢女と乱菊に、
「ありがとうございます」
と揃って礼を述べられ、烈は微笑んだ。
「お二人のお菓子は私も含めてみんな食べてみたかったのですから、私情です。お礼を言われるようなことではありません」
 だが、菓子を作らなくてはならないのは同じでも、楽しみにしてくれる女性死神協会の面々の為に作るのなら張り合いが違う。
「やちるちゃんも、もうちょっと味わって食べてくれたら…」
と苦笑いを零した絢女に、烈も深く頷いた。
 料理を得意とする烈も、やちるに頻繁に食事を強請られている。それだけに、手間のかかる凝った料理をひと呑みにされては敵わないという乱菊らの心情は充分に共感できるものだったのだ。
「そういう意味でもいい機会だと思ったのです。やちるさんもそろそろ、作った人に感謝して味わって食べるということを覚えてもいい歳だとは思いませんか?」
 再び最凶の「聖母の微笑み」を浮かべた烈に、やはりこの女性にだけは逆らってはならないと、何故か戦慄を覚えた乱菊たちであった。

 幹部会が終了し、三々五々、皆が引き上げていく中で、
「松本、日番谷、ちょっといいか?」
と乱菊らを引き止めたのは砕蜂だった。
「どうかなさいました?」
 絢女は眉を顰めた。砕蜂の顔色がいつになく青褪めていたからだ。
「…善処するとは言ったが、私に菓子が作れると思うか?」
 本人の言う通り、かなり難しいだろうとは感じるが、だからと言って「そうですね」と肯定するわけにもいかない。
「あの…、ホットケーキはどうでしょう?」
 暫くの思案の末、絢女が意見を述べた。
 ホットケーキなら、砕蜂は焼ける。ずいぶん前のことだが、絢女が大量のホットケーキを焼いて、やちるに振る舞っている最中にふらりと夜一が現れたことがあった。やちるに負けず劣らずの旺盛な食欲を誇る夜一は、早速に、
「儂にも食わせろ」
と強請り、もちろん絢女はすぐに追加で焼き上げて食べさせた。この時に、ホットケーキがいたく気に入った夜一は、砕蜂にも、
「上手いホットケーキが焼けるように修練しておけ」
と無茶な命令を下したのだ。夜一命の砕蜂がその命に逆らえるはずもなく、絢女に作り方を教えろと泣きついて来た。絢女のホットケーキは泡立てた卵に薄力粉を混ぜて膨らませる本式のものだったのだが、まず砕蜂は泡立てで挫折した。そんな彼女を見兼ねたのか、
「現世にはこういう便利なものがあるで」
とホットケーキミックスの存在を教えたのはギンである。分量のホットケーキミックスに卵と牛乳を加えてよく混ぜるだけ、という手軽さで何とか生地はクリア出来たのだが、今度はフライパンで焼くのがどうにも上手くいかない。絢女が付きっきりで懇切丁寧に指導をし、上手く焼けるようになったと判断して帰っても、一人で焼こうとすると焦がしたり、生焼けだったりという失敗を、砕蜂は繰り返した。そんな彼女に再び憐れみを覚えたか、絢女との時間をいちいち邪魔されたくないと考えたのかは定かではないが、ギンは現世でホットプレートを入手してきて彼女に与えた。フライパンと異なって、既定の温度にセットしさえすればその温度になるとランプで知らせてくれるし、自動調節で一定の温度に保ってくれるので、生地を投入するタイミングを誤ることもなく、細かい火力調整もいらない。その上に、表面に施されたフッ素コーティングのおかげで、生地がくっついてしまってひっくり返す際にぐちゃぐちゃになるという失敗もほとんどないという救世主のような便利調理器具である。これでようやく、砕蜂はまともにホットケーキを焼けるようになったのだ。
「しかし…。まさか会場にホットプレートを持ち込んでその場で焼くわけにもいくまい」
「冷めたホットケーキにクリームを挟んでパンケーキサンドにするのはどうですか?」
と今度は乱菊が提案した。
「洋風どらやきみたいな感じで、美味しいと思いますよ」
 だが、砕蜂の表情は晴れない。卵の泡立てで挫折した砕蜂には、生クリームの泡立ても難易度が高いのだ。
「砕蜂隊長。現世にはケーキやアイスクリームの飾りに使う、チョコレートソースやキャラメルソースが売っていますから、それを手に入れてはいかがですか?」
と絢女は思いついた。
「チョコレートソース?」
「マヨネーズくらいの緩い液状に加工したチョコレートやキャラメルです。百貨店やスーパーマーケットの製菓売り場に置いてあります」
「それで?」
「いつもより小さめの一口サイズに焼いたホットケーキを用意します」
「ふむ」
「そのホットケーキの片面にチョコレートソースかキャラメルソースを塗って、その上に輪切りにしたバナナを重ねます。更にその上に片面にソースを塗ったホットケーキを重ねて、バナナサンドにしてはどうでしょう?」
「なるほど、ホットケーキを焼いて、バナナを輪切りにするだけか…。それなら、何とかなりそうだ」
 漸く、翳っていた砕蜂の表情が明るくなった。
「ドライフルーツを混ぜたクリームチーズなんかも美味しいと思いますよ」
 乱菊の思い付いたレシピにピンと来ないのか、砕蜂は首を傾げている。
「クリームチーズを冷蔵庫に入れずに外に置いておいたら、柔らかくなりますよね」
「うむ」
「柔らかくなったところで、パイナップルとか、マンゴーとかの角切りにしたドライフルーツを混ぜるんです。ドライフルーツはクリームチーズの水分を吸ってしっとり柔らかくなるし、クリームチーズは果物の糖分で砂糖を入れなくても甘くなります。このドライフルーツ入りのクリームチーズをホットケーキでサンドイッチするんです」
「それも美味しそうだな…。混ぜるだけ、なのだな?」
と砕蜂は念を押した。
「ええ。混ぜるだけです。ドライフルーツも現世の製菓売り場にありますよ」
「瀞霊廷でも御坂市場の木下商店で取り扱っています。何種類かの角切りドライフルーツを混ぜたミックスタイプのものを使えば、彩りも綺麗ですよ」
 絢女も添える。
「クリームチーズやバナナを挟むのは、ホットケーキが完全に冷めてからです。でないと傷みますから」
「挟み終わったら、一個ずつラップでくるんで冷蔵庫で保存して下さい。ラップで包まないとぱさぱさになってしまいますよ」
「生ものですから、日持ちはしません。パーティの前の晩に用意するのが安心ですね」
と乱菊と絢女が交互に注意を与えるのを、砕蜂は素直に頷きながら聞いた。
「そうか、分かった。恩に着る」
 すっかり安心したのだろう。足取りも軽く引き上げて行く砕蜂を、ほっとした表情で乱菊と絢女は見送った。やれやれと顔を見合わせたところで、
「乱菊さん、絢女さん」
 すぐ傍らから、どんよりとした声が呼び掛けた。
「七緒…」
 忘れていた。七緒も料理はからきしなのだ。
「私はどうしましょう?」
 最前までの砕蜂に負けず劣らず、七緒の表情も暗い。
「ゼリーなんかどう?」
と乱菊は助け舟を出した。
「ああ、それなら簡単ね。100%の果物のジュースを買って来て、規定量のゼラチンを煮溶かすだけですもの」
 絢女も賛同する。
「それも不安だって言うのなら、現世に行って、ゼリーの素を買って来なさいよ」
「ゼリーの素?」
と鸚鵡返した七緒に、乱菊は頷いた。
「現世に売っているのよ。粉末のゼリーの素が。水だったか、お湯だったかに溶かして冷蔵庫で冷やせばOK。水の量を間違えるなんてまぬけなことをしでかさない限り、失敗のしようがないわ」
「そ、そうですか…」
 絢女が続いて、アイディアを出した。
「透明なコップに6分目くらいゼリー液を入れてね」
「はい」
「ゼリーが固まったところで、上に果物を飾るの。角切りにした桃の缶詰とか、さくらんぼとかがいいと思うわ。そうすると、見栄えもすごく良くなるわよ」
「な、なるほど」
「ゼリーの素ってさ、赤とか緑とか黄色とか紫のとか、いくつか種類があるのよね。何種類か買って来て、四角い大きめの容器で固めてさ、固まったら、サイコロに切るでしょ」
「はぁ…」
「サイコロに切ったゼリーを適当に混ぜて透明なコップに入れれば、色とりどりのゼリーカクテルになるわ。これも、けっこう見栄えがするわよ」
「絢女お姉ちゃんの案と乱菊さんの案を折衷しても面白いかもね」
とそれまで黙って会話を聞いていた桃が言い出した。
「ゼリーカクテルの上に果物。簡単な割に豪華に見えそう」
「そうします」
 七緒は呟いた。彼女の声音にも明らかな安堵が滲んでいる。
「お二人ともすごいですねぇ」
 しみじみと七緒は慨嘆した。
「よく、次から次に…」
 不器用な砕蜂や七緒でもどうにかなりそうな案が出て来るものだと、感心頻りである。
「お姉ちゃんたちは何を作るの?」
 桃の問いに、乱菊と絢女は顔を見合わせた。
「まだ決めていないわ。これから検討よ」
と答えた絢女に、
「ね、絢女。テーマを決めてそれに沿ったデザートを作ってみない?」
と乱菊が誘った。
「面白そうね」
 即座に絢女も乗った。二人は親友同士であるが、好手敵ライバルでもあるので、競争心に火が付いたらしい。
「どういうテーマにする?」
「そうねぇ」
 楽しそうな会話に、
「レベルが違うよね」
と二歩後ろで、桃が七緒に向かって苦笑してみせた。

 さて、ティ・パーティの当日となった。
 会場は護廷会議舎で一番広い、第五会議室である。先日の会合の後、理事長である烈から、「死覇装ではなくパーティに相応しい洋装で出席するように」という通達が行われた為、女性死神協会幹部たちは全員が私服に着替えて会場に集まった。自分でも手作りの菓子を持参しなければならないという交換条件は付帯しているものの、乱菊と絢女の作った菓子にありつけるとあって、今回の幹部会の出席率は異常に高かった。各隊に二名ずつの女性死神が幹部役員を務めるので総勢で二十六名であるが。通常の幹部会の場合、出席率は七割程度だ。しかし、今回ばかりは七番隊所属の役員が一名、討伐任務の為に泣く泣く欠席した他は全員参加という驚異の出席率となった。
 女性死神協会の幹部会という名目であるが、パーティには三名の部外者がゲスト参加していた。一人は一番隊副隊長の雀部である。英吉利イギリス紳士に強い憧れを抱く雀部は、英吉利式のアフタヌーンティにも造詣が深い。また、非番の日に夫人とティタイムを楽しむ為に様々な茶器も蒐集していた。彼は此度のパーティの為に、秘蔵の茶器や洋食器類を惜しげもなく貸し出してくれた上に、現世の有名紅茶ブランドの茶葉も提供してくれたのだ。貢献度大ということで、彼が招かれたことについては誰も異存はなかった。残りの二人、浮竹十四郎と四楓院夜一については、招待理由は謎である。一応、十四郎については、
「全員女性ばかりの中で、男性が雀部副隊長お一人だと居心地が悪いと存じまして」
と烈から説明を受けた。だが、おそらく恋仲である彼の洋盛装姿を烈が見たかっただけではないかと、ほとんどの幹部が感じていた。夜一に至っては、砕蜂が勝手に招待したとしか考えられなかった。しかし、逆らってはならない相手をわきまえている女性死神協会幹部役員は賢明にも沈黙を守ったのだった。
 洋装の私服で、との通達を出した烈自身は深紅のワンピースドレスを纏って、会場に現れた。光沢のあるシルクジャージ素材の生地で胸元にたっぷりとドレープを取った優雅なデザインである。普段は三つ編みにして下ろしている髪をふっくらと結い上げ、てきぱきと指示して会場のセッティングを進める姿には、伯爵夫人とか、侯爵夫人という単語が頭を過ぎる風格と威厳が満ちていた。その傍らで、やちるは珍しく大人しくしている。烈が用意したと思しき、可愛らしいワンピースを着用しているせいかもしれない。マカロンとビスケットをプリントした空色のコットンドレスで、袖はパフスリーブ。たっぷりとギャザーを取ったスカートは裾周りに共布のフリルが縫いつけられている。この上にやはりフリルで縁取られたエプロンドレスを重ね、頭には白いリボン飾りのついたカチューシャを付けている。柄物とはいえ、ワンピースが水色のせいか、何となく「不思議の国のアリス」を連想させる佇まいである。実際、その印象は正しかったらしく、勇音によると、アリスをコンセプトにコーディネートしたのだそうだ。
「草鹿副隊長がアリスで、卯ノ花隊長が赤の女王、あたしが白の女王、なんだそうです」
と卯ノ花コーディネートに身を包んだ勇音は解説した。白の女王であるところの彼女の服装はといえば、クリーム色のサテン地に、エンボス加工で小花を浮き出させたオフホワイトのジョーゼット生地を重ねたスリップドレスに、白のリネン糸で編んだレースのボレロである。
「さすが卯ノ花隊長の見立てよね。その服、似合っているわよ」
「ええ。上品で女っぽいのに、可愛らしさもあって」
と乱菊や七緒たちから誉められて、勇音も満更でもなさそうだ。
「アリスに、赤の女王と白の女王でしょう? 浮竹隊長は帽子屋さんかしら?」
 しゃりっとしたサマーウールのスーツ姿の十四郎を見遣り、絢女が首を傾げた。
「三月兎かもしれませんよ」
と七緒。
「じゃ、雀部副隊長は女王陛下に謁見する為に一張羅に着替えた白の騎士ってとこ?」
「ああ、雰囲気ありますね」
 会場のセッティングが完了したところで、皆が持ち寄った菓子を盛り付けることになった。乱菊と絢女のものは今回のメインになるので後のお楽しみに廻すこととし、他のメンバーの菓子がまず披露された。
 砕蜂は乱菊たちのアドバイスに忠実に従って、パンケーキサンドを持ち込んだ。形こそ不揃いで歪だったが、こんがりとキツネ色に焼き色がついたパンケーキはなかなかに美味しそうであった。包んでいたラップを外し、雀部提供のウェッジウッドの四角い菓子プレートに並べると見栄えもそれなりで、砕蜂は恥をかかずに済んだと安堵した。
 七緒もアドバイス通りにゼリーを作って来た。ただ、彼女は乱菊たちの提案から更に進化させていた。パーティのことを聞きつけた春水の意見を取り入れたのだ。春水は自分では料理はしないが、食通で、見た目にも凝ったプロの料理を見慣れているゆえか、捨てがたい貴重なアドバイスを述べたのだ。彼の言葉に従って、七緒はゼリーをサイコロに切る際、二分角程度に細かく刻んだのだった。また、缶詰の桃は角切りにはせず、綺麗に潰してソースにして上からかけ、その上にさくらんぼと半月に切ったキウィフルーツをトッピングした。ゼリーの素を使った安直なデザートのはずなのに、これだけのひと手間で見場はぐんと良くなった。八番隊所属のもう一人の役員である七席から、
「凄い。お店で売っているデザートみたい」
と褒め称えられたのは何とも居心地が悪かったが、ゼリーの素だとは白状出来なかった。
 皆が甘い菓子を持って来ると見越して、口直し用に塩味の菓子を用意したのは虎徹姉妹である。清音はポップコーンだ。現世で調達してきた、アルミ箔製のフライパンにコーンが仕込んであって後は加熱するだけという便利グッズで作成したものだが、スイーツオンパレードの中では目の付け所が良かったらしく好評であった。妹よりも料理の得意な勇音はもっと手の掛かる菓子を持参した。野菜チップスである。パーティであることを考慮し、サツマイモや人参・かぼちゃはクッキー型で型抜きして揚げたので、見た目も可愛らしく仕上がっていた。
 ルキアは生チョコを作って来た。彼女も決して料理が得手とは言えないのだが、生チョコは刻んだチョコレートを湯煎にかけたものに温めた生クリームを混ぜて冷やし固めた後、サイコロ状に切り分けてココアパウダーをまぶす、という非常に簡単なレシピの割りに高級感が出るので、ヴァレンタインのプレゼント用に何度も作ったことがあったのだ。たいして技術の要らないシンプルな調理方法だけに、料理人の技量よりも材料の良しあしの方が味に影響を与える。彼女の場合、義兄である白哉が「ルキアの恥はひいては朽木家の恥となる」という言い分の下、最高級の製菓用チョコレートや生クリームを入手し、香り付けに使用するリキュール類も欧州ヨーロッパ産の高級品をとり揃えたので、味は文句なしの出来栄えであった。
「雛森副隊長は?」
と促されて、桃は紙袋を差し出した。
「クッキーを焼いて来たんです」
 その一言に、一瞬、乱菊や勇音の顔が引き攣ったのは、叛乱の傷も癒えない頃に、桃が怪我を押して作った菓子がこともあろうに「眼鏡クッキー」だったことを思い出したからだ。いくら何でもまさか、と注目が集まる中、彼女は紙レースを敷いた皿に紙袋の中身を並べた。
「眼鏡クッキーなんです」
 にこやかな笑顔で、桃は言い切った。更に顔を引き攣らせた周囲に、彼女はクッキーを一つ手に取ると、
「食べる時には、こうやってパキッって割っちゃって下さい」
と盛大に真ん中でへし折ってみせた。
「あ、ついでに『わたしが天に立つ』って決め台詞を加えると、もっと盛り上がりますよ」
    
 空気が変わった。
「あー、それ、楽しそうね!」
 乱菊が口を切った。
「でしょ、でしょ? あたしは乱菊さんやお姉ちゃんみたいに凝ったお菓子は作れないから、受けを狙ったの」
 屈託なく笑い転げる桃に翳りはない。自らのトラウマをも客観視してギャグにしてしまえるほどに、彼女は過去を振り切ったのだ。
「あはは。じゃ、これ、締めに取っとかない? 最後にみんなで『わたしが天に立つ』で締めるの」
「あ、それいいかもしれませんね」
と他の面々も賛成した為、桃の眼鏡クッキーはパーティの締めくくりの大役を担うことになった。
「涅副隊長は何を作って来られたのですか?」
 烈が問うた。
「焼き林檎です」
とネムは四角い密閉容器から焼き林檎を取り出した。林檎飴などに用いる姫林檎を使ったらしく、一口サイズである。
「先日も念を押しましたが、妙な薬物や細菌などは、」
「入っておりません」
 きっぱりとネムは断言した。
「そうですか。信用しておりますよ」
 にっこりと烈は微笑んだ。常に無表情で感情表現に乏しいネムだが、この最凶の微笑を前にしては、僅かに顔色を蒼褪めさせ、怯えを浮かべたのを周囲の女性死神幹部たちは確かに目撃した。
「絶対に間違いありません。ご安心下さい」
 天上天下唯我独尊な涅マユリですら、烈に逆らう愚はわきまえているのだ。味の点に不安は残るものの、今回ばかりは薬物投与の懼れはなさそうだと、皆、胸を撫で下ろした。
「あの…、卯ノ花隊長とやちるちゃんは何を?」
 おずおずと絢女が問い掛けた。烈は微笑を通常モードに切り替え、
「レモンのパウンドケーキです。仕上げだけは私が行いましたが、他はやちるさんが一人で作り上げたのですよ」
と告げた。
「え?」
「えええっ!?」
 悲鳴を上げて皆が驚愕する。
「さすがに、まともに食べられるケーキが焼けるには、朝から始めて夜中まで掛かりましたけれど」
    
 烈が手作りの菓子の持ち寄りに拘った、その理由が今更に分かった。やちるに自ら菓子を作らせる為だったのだ。やちるがばくばくと丸飲みにしている料理がどんなに手を掛けて作られたものなのか、身を以て理解させる目的で、烈は周りを巻き込んだのだ。
 やちるの菓子づくりは戦いだった。日頃は優しい烈は妥協を許さずに、鬼教官と化してやちるをしごいた。まず、小麦粉をふるうところから戦いのゴングは鳴った。大雑把で元気が良すぎるやちるのふるいによって、小麦粉は周囲に飛び散って、分量の半分近くが使えなくなってしまったのだ。幾度も小麦粉を継ぎ足して、ようやく分量の小麦粉をふるい終えたが、次は卵の泡立てが立ちはだかった。途中で全く泡立たなくなってしまったり、泡立ての最中にボウルをひっくり返したりと失敗に継ぐ失敗の末に、やっと泡立てが完了したのだが、その次の粉とバターを混ぜるというのも難物だった。大量のだまが出来る、混ぜ過ぎてせっかく泡立てた卵が潰れてしまいべっとりとした生地になる、小麦粉に粘りが出てねとねとになる、バターが分離して生地に混ざらない、と作成工程のひとつひとつにとてつもなく高い壁が立ちはだかるのだ。失敗すれば、最初からやり直しである。朝から菓子作りを始めて、烈が及第点を与える生地が出来たのは真夜中だった。やちるの腕は泡立てのしすぎでぱんぱんに張っており、指導していた烈まで小麦粉と飛び散った生地に塗れて、どろどろになっていた。
 オーブンで焼き上げるのと、表面にレモン味の砂糖衣でアイシングして仕上げるのだけは烈が行った。
 やちるがおとなしかったのは、慣れない菓子作りで精神的に疲労困憊していたこともあったのだろう。
 凄絶な戦いの末に出来上がったケーキは、烈の仕上げもあって、とても美味しそうな出来栄えだった。トッピングしてある金平糖がやちる作であることを主張してるようで、乱菊も、絢女も、思わず微笑を浮かべた。
「すっごいじゃない、やちる。おいしそうよ」
「本当。良く頑張ったわね、やちるちゃん」
「会長、立派です」
 口々に褒め称えられて、漸く、やちるの表情にいつもの元気な笑顔が戻った。
「えへへ。腕がすごく痛くなっちゃった。あたし、やっぱり、作るより食べる方いいや」
と彼女は照れくさそうに言ったものだ。

 他のメンバーの菓子がすべて出揃ったところで、いよいよ真打ちの登場である。
 絢女と乱菊は現世の菓子店でいうところの六号サイズ、直系18cmのホールケーキを、各々二台ずつ作って来た。これは卯ノ花の要請によるもので、六号サイズのケーキを八等分すれば参加者全員にどちらかが作ったケーキが一切れずつ行き渡ることになるからだ。争奪戦を避ける為、どのケーキが当たるかは公平にくじ引きで決定した。もちろん、一旦、くじ引きで分配した後、個人間で交換したり、仲の良い者同士で半分分けしたりするのは自由である。
 四つのケーキを八等分すると、三十二切れのショートケーキになる。参加者は女性死神協会幹部二十五名にゲストの三名を加えた二十八名なので四切れが余るのだが、このうちの二切れは食器や紅茶葉を提供し、アフタヌーンティ・パーティに助言を行った雀部に、夫人への土産として持ち帰って貰うことになっていた。もう一切れは討伐任務で参加できなかった七番隊の役員に渡すこととし、最後の一切れについて、
「今回、やちるさんがとても頑張りましたので、特別にやちるさんにもう一切れ差し上げたいのですが」
と烈が依頼した。無論、皆、快く賛同したので、やちるだけは二切れのケーキが食べられることになった。
「じゃ、やちるに渡すケーキのうち、一個はあたしのにして下さい。あたしのケーキ、一つは柔らかいので、切ってしまったら持って帰るのは厳しいと思うんです。もう一個の方は大丈夫なんですけど」
と乱菊が言った。幸い、やちるが籤で引いていたのは、絢女のケーキだったので、二つが被ることはない。
「分かりました。では、雀部副隊長には乱菊さんのもう一個の方と絢女さんのをお一つお持ち帰り頂きましょう」
「ありがとうございます。妻も喜びます」
 雀部も嬉しそうだ。彼は愛妻家なので、一流パティシエ級の腕前と囁かれる乱菊たちのケーキを土産に持ち帰れることを、殊のほか、喜んでいた。
「絢女さん、乱菊さん、ケーキをお披露目して下さい」
 烈の言葉に、乱菊と絢女は短く目を見交わした。
「それでは、まず、私のから」
と絢女が携えて来た箱の一つから、ケーキを取り出した。
 途端に、
「きゃああ!」
「かわいい!」
 一斉に黄色い叫び声が上がった。
 絢女の一台めはマンゴーで形作った向日葵のタルトである。向日葵のケーキの場合、ホールケーキ全体で一つの花を表現するデコレーションが一般的なのだが、絢女は切り分けても花が残るように敢えて小さな向日葵を並べて、花畑のタルトにした。花びらの形に切ったマンゴーの果肉を丁寧に円形に並べて八重に重ね合わせた手の込んだ飾り付けである。向日葵の中心部には五分ほどのごく小さな円形に焼いたキャラメル風味のマカロンにデコペンで格子模様を描き込んだものをセットしてある。
「花のケーキって、テーマを決めて作ったんです」
という絢女の解説に、皆、大きく頷いた。
「じゃ、次はあたしね」
と今度は乱菊が開陳した。
「うわぁ!」
「すごい、綺麗…」
 絢女の時と負けず劣らずの称賛の声に、乱菊はにっこりと満足そうに笑った。
 彼女のケーキは紫陽花だった。本体は「ズッパ・ディ・ロマーナ」という名のイタリアの伝統的なドーム型ケーキである。作り方は、まず賽の目に切ったスポンジケーキにシロップをたっぷりと塗って接着剤代わりにし、円形のボウルの内側に石畳のようにびっちりと隙間なく貼り付け、その上に泡立てた生クリームを塗って、薄切りにしたフルーツを並べるというものである。フルーツの上にもクリームを塗り、スポンジを再度、隙間なく貼り付ける。この繰り返しでボウルの内部をスポンジ・クリーム・フルーツの三層構造で完全に満たしたら、冷蔵庫で冷やしてスポンジケーキとクリームを馴染ませるのだ。最後にひっくり返してボウルから取り出し、表面にも生クリームを塗ってデコレーションすれば完成なのだが、乱菊はこの上にチョコレート細工の薄紫の小花を散りばめて、紫陽花の花に仕立て上げたのだ。花の脇にはホワイトチョコレートに緑の食用色素を混ぜて成型した紫陽花の葉も添えられており、葉の上にはマジパンの蝸牛かたつむりという細かさである。
「素敵…」
「切るのが勿体ない…」
と女性幹部たちは囁き交わし、夜一も、
「見事なものじゃ」
と感嘆した。
 因みに、乱菊が柔らかいので切ってしまったら持ち帰りには向かない、と主張したのはこのケーキだった。
「やるわね」
と絢女に囁かれ、乱菊はくすりと笑った。
「あんたに負けられないもの」
「私だって、負けられないわ」
 二人のケーキが常にも増して凝りに凝っているのは、お互いの対抗意識の発露の結果だった。勝っても負けても遺恨など残らず、相手のアイディアと技術を素直に称賛できる間柄であればこその競争である。
「で、絢女。次は?」
 乱菊に促されて、絢女はもう一つの箱からケーキを取り出した。
 今度は歓声ではなく、うっとりとした溜息が洩れた。
「…綺麗」
 薄紅色の薔薇のブーケが現れたのだ。
 こちらは、レアチーズケーキの上に桃のゼリーが乗った二層構造のケーキである。砕いたビスケットにバターを混ぜたもので土台を作り、その上にクリームチーズ、生クリーム、ヨーグルト、レモン果汁、ゼラチン液を滑らかに混ぜた生地を流し込んで冷やし固めて、まずレアチーズケーキ部分を完成させる。その上に、桃のコンポートを薄切りにしたもの用いて形作った薔薇の花を並べ、コンポートのシロップで作ったゼリー液を注いで、再度冷やし固めたのだ。ほんのりと薄紅のゼリーの中にピンクの薔薇が封じ込められ、ボックス型のフラワー・アレンジメントのように、優雅である。周りをスパンシュガーと呼ばれる真っ白な糸状の砂糖細工が取り囲んでいるのも、さらに幻想感を増していた。
「スパンシュガーってすぐ溶けちゃうでしょ? 良く保っているわね」
 乱菊の疑問に、
「冬獅郎に頼み込んで、冷気を送り続けて貰ったの」
と絢女は答える。途端に、
「なんだ、絢女も?」
と乱菊は破顔した。
「って、乱菊もなの?」
「うん。だって、ズッパ・ロマーナが崩れそうで怖かったんだもの」
「ああ、確かにあれ、しっかり冷やしておかないと崩れそうよね」
 十番隊隊長・日番谷冬獅郎を人間ドライアイス代わりに使えるのは、この二人と、他は桃くらいのものだろう。
「日番谷も難儀じゃのう」
 夜一がたいして同情もしてない口調で呟いたのに、砕蜂が、
「日番谷は何だかんだで、あの二人の下僕ですから」
と辛辣な評価を返す。もちろん、自分が夜一の下僕状態なのはきっちりと棚に抛り上げての発言である。
「じゃな」
 夜一も賛同した。
「じゃ、最後、あたしのケーキね」
と乱菊が出したのはつやつやのチョコレートでコーティングされたケーキだった。上面にはチョコレート細工の薔薇が三輪咲いている。チョコレートの艶感を生かす為か、先の三つのケーキに比べると、デコレーションは控えめである。
 とても美味しそうであるし、薔薇のチョコレート細工も見事なものだったが、
(普通っぽいって思ってしまうのは、前の三つで感覚が麻痺しちゃったから?)
と女性死神たちは首を傾げている。
 絢女一人が訳知り顔に笑みを浮かべ、周りの者に聞こえないように乱菊に囁いた。
「中に何か仕掛けているでしょ?」
「あら、お見通し?」
「分かるわよ。わざと地味目に仕上げたでしょ?」
 ふふ、と笑って、乱菊はそれを肯定した。ケーキナイフを取り上げると、
「まず、このケーキを切るわね」
と宣言し、チョコレートケーキにナイフを入れた。綺麗に八等分したケーキの一切れを、サーバーに乗せてケーキ皿に移す。
「え?」
「うわっ!?」
 驚きの声が上がった。ケーキの断面が見事な市松模様を描いていたからだ。サプライズの演出成功に、乱菊は絢女にウインクしてみせた。
「予想、当たった?」
「チョコレートケーキだったしね。多分、そうかなと思ってた」
「さっすが、いい読みね」
という会話に七緒が、
「絢女さん、予想されていらしたんですか?」
と尋ねて来た。
「ええ、他のに比べて、見た目が明らかに地味だったでしょ? 絶対、中に何か仕込んで驚かす演出だと思ったの」
「はぁ…」
「それなら、『サン・セバスチャン』あたりかなって」
「さん…せばす…ちゃん?」
「ケーキの名前よ」
と絢女は教えた。
「現世の、スペインの都市の名前から来ているの。とても風光明媚なところらしくて、その街の石畳の通りをイメージして、フランス人のパティシエが考案したケーキなんですって」
「ああ、石畳…。それで市松模様なんですね」
 切り分けたケーキのうち、七切れを乱菊の八番~十四番の籤を引いた者に分配し、残った一つを雀部の持ち帰り用の箱に納めた乱菊は、今度はズッパ・ディ・ロマーナを分けた。同様に、乱菊の一番~七番籤の者に配り、最後の一切れを、
「はい、やちる」
とやちるに渡した。蝸牛付きのチョコレートの葉っぱも彼女に渡したのは、ご褒美のつもりである。
 クリームを拭ったケーキナイフを渡されて、今度は絢女が自分のケーキを切り分けた。
「雀部副隊長、奥様へのお土産はどちらになさいますか?」
 絢女に問われ、
「薔薇のケーキをお願い出来ますかな」
と雀部は答えた。向日葵も捨てがたかったが、よりロマンチックな薔薇のケーキの方が、妻も喜ぶと判断したのだ。頷いた絢女は薔薇のレアチーズケーキを乱菊のサン・セバスチャンの隣りに納め、欠席の役員用の箱に向日葵のタルトを入れた。
 乱菊と絢女がケーキを切り分けている間に、勇音らによって手分けして紅茶の準備が行われた。ほどなく、雀部提供の香り高い春摘みダージリン・ティがカップに注がれ、パーティが開始された。
 皆、籤で引き当てた以外のケーキの味が気になるらしく、そこここで、
「あたしの一口あげるから、そっち一口頂戴」
とか、
「半分食べたから、替えっこしよう」
という会話が飛び交っている。
「松本副隊長」
 ルキアがおずおずと乱菊に話しかけてきた。
「この市松模様は、一体、どのようにして作られたのですか?」
 にっこりと笑んだ乱菊は解説した。
「見た目、手が込んでいるけど、案外単純なのよ」
「そう…なのですか?」
「まず、丸いバターケーキをプレーンのと、チョコレートのと、一個ずつ焼くの」
「はい」
「次に、ケーキを厚みが同じになるように輪切りにしていくのね」
 輪切りにしたケーキに、一回り小さい五号のケーキ型を円周の幅が均一になるように注意しながら当てて、中心部をくり抜き、輪っかと円に分ける。円の方には更に小さい四号の型を当てて同様にくり抜く。三号、二号とくり抜いていって、大きさの異なる三つの輪っかと小さい円形のケーキに切り分けるのだ。輪切りにしたケーキの全てに対してそれを行った後、
「杏ジャムを洋酒とお湯で緩めたものを接着剤にしてね、チョコレートの大きい輪っかの中にプレーンの輪っかを嵌め込んで、もうひとつ中にはチョコの輪っかを嵌めて、最後、真ん中にはプレーンの円形のケーキを嵌め込んでってして、白黒縞の円盤を作るの。これが一段目。二段目はプレーン・チョコ・プレーン・チョコの順ね」
「はい」
「後は分かるでしょ? 互い違いに嵌め込んだケーキを杏ジャムでくっ付けながら積み重ねて行くの。全部積み重ねたら、表面にチョコレート・ガナッシュを塗って完成」
「とても手が掛かっているのですね」
「そう? 単純作業だし、たいした技術は要らないわよ」
と乱菊はこともなげに言い切るが、
(それは松本副隊長だからです)
とルキアは溜息を吐きたくなった。
「輪切りにして互い違いに積み重ねるだけでも、縞々のケーキになって面白いわよ」
 絢女が口添えした。
「恋次くんに作ってあげるの? 彼、甘党ですものね」
 言い当てられて、ルキアは赤面した。彼の誕生日に作って、びっくりさせたかったのだ。
「そういうことなら協力するわよ」
「そうそう。先の話だから、確約は出来ないけれど、私か、乱菊か、手が空いている方が手伝うけど?」
との申し出に、
「ありがとうございます」
とルキアは恐縮しきりである。
「絢女さん」
 今度は勇音が絢女に問い掛けた。
「この桃の薔薇、綺麗なピンク色ですけれど、食紅で色を付けられたのですか?」
「ううん」
と絢女は首を横に振った。
「桃のコンポートを作る時に、普通は皮を湯むきしてからシロップで煮るでしょ?」
「はい」
「皮を剥かずに丸ごと煮ると、皮から色素が出て、こういう綺麗な薄紅色になるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、一日か二日置いておいたら、淡いピンクになるから、その後で皮を剥くの」
「色々と裏技があるんですね…」
 勇音は感心した。
 乱菊が、そっと肘で絢女を突いた。
「?」
 怪訝に見返した絢女に、乱菊はやちるを見ろと目で指した。促された通りに、やちるに視線を向けた絢女は、瞬きをした後、もう一度見直した。
(フォークで、一口ずつ食べているわね)
(でしょ? あのやちるが。凄いと思わない?)
(思うわ)
 他の者と比べるとまだ咀嚼スピードはかなり速かったが、それでも丸呑みにせずに、少しずつ食べているというだけで、乱菊たちには脅威的なことだった。
 乱菊たちのケーキを食べ終えた女性死神たちは、持ち寄った他の菓子類に手を伸ばし始めた。夜一も、
「では、砕蜂の力作を頂くとしようかの」
と嘯きながら、パンケーキサンドに手を伸ばした。固唾を飲む砕蜂を尻目に、もぐもぐとパンケーキを咀嚼した夜一は、ふむ、と頷いた。
「なかなかいけるな。松本や絢女のケーキのような繊細さはないが、気楽に食べられるところが良い」
という称賛を、砕蜂は天にも昇る心地で聞いた。二個、三個と夜一は続けざまに平らげていき、砕蜂は、
「どんどん召し上がってください」
と皿を夜一の前に引き寄せたので、他の者は手を出せなくなってしまった。尤も、砕蜂の夜一への傾倒ぶりをよくよく承知している死神たちは、横から手を出そうなどという無謀なことははなから考えていなかったけれど。
「卯ノ花隊長、やちるちゃん。頂きます」
と絢女が三分ほどの厚みにカットされたやちるのパウンドケーキに手を伸ばした。
「あ、あたしも」
 乱菊も一切れを手に取った。
「あ、おいしい」
「本当。おいしいわ。やちるちゃん、良く出来ているわよ」
 烈の厳しい指導と監視の賜物だろう。肌理がやや粗いという些細な難はあったが、甘味も丁度よく、世辞ではなく「おいしい」と言える味だった。料理上手の乱菊と絢女に揃って誉められて、やちるの顔がぱっと輝いた。
「どれどれ、俺も頂こうかな」
と十四郎もにこにこと手を伸ばそうとした。その時、
「あっ!」
 やちるは短い叫び声を上げた。驚いた十四郎が伸ばしかけた手を引込め、烈が、
「どうなさったのですか?」
と問い掛ける。
「剣ちゃんに持って帰っていい?」
とやちるは烈を見上げた。
「ああ…」
 烈も、乱菊らも合点がいって、微笑ましく頷いた。剣八は甘いものは苦手でまず口にすることはないのだが、やちるが焼いたケーキなら話は別だ。口では面倒くさそうに悪態をつきながらケーキを口にする剣八の姿が容易に想像出来てしまい、皆、思わず口許を綻ばせた。
「更木隊長、きっと吃驚なさるわよ」
と絢女が一切れを紙ナプキンに乗せた。やちるが持ち帰る剣八への土産用だ。
「あやあや」
「うん、なぁに?」
「つるりんとゆみちーのも」
「はいはい」
 絢女は更に二切れをとりわけ、まとめて丁寧に紙ナプキンで包むとやちるに渡した。十四郎が改めて、減ってしまったケーキに手を伸ばし、烈と仲良く一切れを半分に分けて食べた。
「相変わらず、睦まじいことじゃ」
と夜一が感嘆したように呟いた。
 持ち込まれた菓子類は、締め用の桃のクッキー以外は綺麗になくなった。きちんと味わって食べたとはいえ、やちるの食欲は旺盛であったし、ゲストの夜一も遠慮など無用とぱくぱくと食べていたからだ。それに、この二人がいなくとも、もともと霊力の高い隊長格と上位席官が占める集まりである。一般に霊力が高い死神ほど食欲旺盛な傾向があるので、皆、余るということは考えていなかった。
「それでは、お菓子もなくなったことですし。ここでお開きにいたしましょう」
と頃合いを見計らって、烈が宣言した。
「みなさん、雛森さんのクッキーを用意して下さい」
 各人がクッキーを手にしたところで、烈は桃を顧みた。
「せっかくですから、雛森さんに音頭を取ってもらいましょう」
 指名を受けた桃は、椅子から立ち上がると、ぐるりと一同の顔を見渡した。
「では、せーので行きますね」
「はーい」
「せーの、」

『わたしが天に立つ』

 声を揃えた唱和と同時に、ぱきん、ばきっ、と小気味よい音が続き、皆、どっと笑い転げた。
「これ、いいわ。今度から、宴会の締めはこれにしよっか?」
「あはは。いいかもね」
とけらけらと笑い転げる女性死神たち。藍染も、まさかあの決め台詞がこのようにギャグにされるとは考えていなかったに違いないと、夜一はちょっと遠い目になった。

 後片付けを終え、引き上げようとした絢女と乱菊は、スカートを後ろからくいと引っ張られて振り返った。
 右手に絢女のフレアスカートを鷲掴みにし、左手で乱菊のタイトスカートの裾を握りしめたやちるが、二人を見上げていた。
「なあに、やちるちゃん?」
「どうしたの?」
 やちるは、
「あのね」
と切り出した。
「あたし、やっぱり食べる方がいいや。今度から、ちゃんと一口ずつ食べるから、らんちゃん、あやあや、お菓子作って」
 乱菊は絢女を、絢女は乱菊を見た為、ばっちりと二人の目が合った。同時に、笑みが零れる。
「もちろんよ、やちる」
「色々作るからね。たくさん食べてね」
と二人は即答した。味わって食べてくれるのなら、やちるの為に菓子を作ることに、抵抗も問題もないのだ。
「ありがと!」
 笑顔を弾けさせたやちるは、自分の作ったケーキを包んだ紙ナプキンをしっかりと握りしめると、
「らんちゃん、あやあや。ななちんも、ももちんもまたね!!」
と叫ぶや、ばびゅんと勢いよく去っていった。
「…すごい進歩ね」
 やちるが消えた空間で、ぽつりと乱菊が呟いた。
「やちるをあそこまで矯正するなんて…」
「卯ノ花隊長にしか出来ませんね」
「うん、出来ない。絶対、無理」
「やちるちゃんにお菓子を作らせたっていうのが偉大よ」
「敵わないよね」
「うん」
と乱菊たちは頷きあった。
「私、思うんですけど…」
 七緒が眼鏡のずれを直しながら、言葉を継いだ。
「六年前の藍染隊長の敗因って、絢女さんを殺し損ねたことでも、市丸隊長の催眠が解けてしまったことでもないのかもしれません」
「そうねー」
と乱菊も賛同した。
「卯ノ花隊長を仲間に引き入れられなかったのが、決定的な敗因かもねー」
 すると、桃が首を傾げた。
「でも、卯ノ花隊長が仲間に加わっていたら、天に立つのは藍染隊長じゃなくて、卯ノ花隊長じゃ…?」
    そうか…」
「…そうね」
 奇妙な沈黙がその場を支配した。

 最強伝説をまたひとつ築き上げたと自覚せぬまま、十四郎と連れ立って帰ってゆく烈の威厳に満ちた背中を、乱菊たちは何故か言葉を失くして見送ったのだった。

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 20万打感謝リクエスト小噺 その1

 フリリク第一話目は「乱菊や絢女がお茶会を催す」というお話しになりました。
 リクエストを下さった方が、食べ物や着物の描写が細かくて好きだとメッセージを下さったので、すっかり調子に乗って、細かい描写炸裂です。参考にしようと思って、お菓子の画像どれだけ検索したかしら?
 スウィーツ・オンパレードなので書いていて、無性に甘いものが食べたくなってしまいました。
 リクエストを下さった仁さま。こんな話で良かったでしょうか? 美味しそうと感じていただけたのなら、本望です。

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2014.06.15