月照
霊圧の震えで冬獅郎は目を覚ました。
「また…」
と傍らに眠る乱菊の様子を確認し、冬獅郎は眉を顰めた。
細い、細い、ほとんど聞き取れないほどの呻き声。間違いなく、悪夢に苛まれている。
鏡花水月の本来の主であった一乗寺鏡花によって乱菊が拐かされたのは、八日前のことだ。攫われた彼女は、鏡花水月 いや、本当の名は「夢織」だったが によって、徹底的に精神を追い詰める幻覚を繰り返し見せられた。老い衰え、死期の迫った鏡花は生き長らえる為に、夢織と共謀して乱菊の霊体の乗っ取りを企てたのだ。無論、霊体の乗っ取りなどそう簡単に出来ることではない。核となる魂魄が確固として存在している霊体に、他人の魂魄は潜り込めないからだ。乱菊の霊体に鏡花の魂魄が入り込む為には、本体である乱菊の魂魄を弱らせる必要があった。恐怖の余りの狂死に至らぬ程度に、けれども、心が萎え切って抵抗する気力も失われるように、じわじわと、じわじわと、執拗に悪夢のように残酷でリアルな幻覚を繰り返し与えられた乱菊は、救出された時には精神崩壊の一歩手前まで追い詰められていたのだ。その上、助けに来た冬獅郎を恐怖に駆られて攻撃し、深手を与えてしまったことも、乱菊の心を抉った。肉体的にはダメージがなく、本人も強く希望したので、三日前から隊務に復帰したが、卯ノ花が乱菊を絶対に一人にしないようにと十番隊の席官たちに念を押したのは、彼女の不安定さを案じたからに他ならない。
ここは四番隊救護病棟の隊長格専用の個室である。大怪我を負った冬獅郎はあと二、三日は入院が必要であった。精神的に弱っている乱菊は、夜はこの病棟にやって来て冬獅郎の隣りの寝台で眠っている。卯ノ花の計らいによる特別処置である。
現実と紛うほどの幻覚に苛まれた乱菊が、そう簡単には立ち直れないことは冬獅郎も承知していた。どんなに温かい周囲からの励ましや支援があろうとも、こればかりは時間という名の薬が必要で、一朝一夕に回復できるものではないのだ。だが、夜毎、悪夢に魘される乱菊を目の当たりにするのは、正直なところ、冬獅郎にとってもかなりつらいことだった。
乱菊の目尻に涙が溜まっていた。微かな呻きはうわ言のようだ。耳を凝らすと、
「いや…、いや…」
と繰り返しているのが分かった。
冬獅郎は乱菊を起こそうと、手を伸ばしかけた。起こされた彼女は、また冬獅郎の眠りを妨げてしまったと落ち込むかもしれない。だが、この切ない、悲痛なうわ言を洩らすほどの悪夢の中に、乱菊を置いておくのは忍びなかった。
「いや…。助けて…」
乱菊は呟いた。
「…たすけ…て、ギン…、助けて…」
揺り起こそうとした腕が止まった。
「…助けて、ギン、助け…。どこ…?」
繰り返されるギンの名を、冬獅郎は息を詰めて聞いた。
「…助けて、いや…、…いやだ…。ギン、どこ? 助けて…」
心細げに、悲しげに、そして必死に、乱菊はギンを呼び続けている。冬獅郎は大きく溜息をついた。それから、
「乱菊」
と呼び掛けながら、彼女の身体を揺さぶった。
「…あ…」
ゆっくりと瞼が開き、蒼い眸がしばし茫洋と彷徨った後、冬獅郎に焦点を結んだ。
「…冬獅郎…さん?」
「魘されていた」
と簡潔に教えると、
「すみません」
半身を起こした乱菊は、予測に違わず項垂れた。
「また、安眠妨害しちゃいましたね」
「ンなこと、気にするな」
と冬獅郎は優しく答えた。
「退院して隊務に励んでいるおまえと違って、俺は入院中で暇だからな。思う存分、昼寝をさせて貰っているんだから、気に病むようなことじゃねえ」
「あの…?」
「ああ?」
「…あたし、何か言ってました?」
「いいや」
冬獅郎は嘘をついた。
「苦しそうに魘されていたけど、意味のある言葉は言ってなかったな」
「…そうですか」
「ああ、『いや』っていうのが一、二回、聞こえたか…」
嘘に真実味を持たせる為に、冬獅郎はほんの少しだけ事実を混ぜた。
「何の夢を見ていた?」
彼の問いに、
「覚えていません」
と乱菊はかぶりを振った。
「ただ、すごく嫌な夢だったと思います」
「だろうな。あれだけ魘されていたんだ」
覚えていない、という乱菊の言葉の真偽は冬獅郎には判断が付かない。実際、夢は見たという認識はあっても内容までは覚えていないことが多い。譬え、覚えていても、断片的だったり、夢らしく辻褄が合わなかったりすることがほとんどで、現実のように筋道立ってはいない上、覚醒と同時に急速に記憶が薄れる代物なのだ。
「乱菊、ちょっと狭いけど、俺の寝台で一緒に眠るか?」
冬獅郎の提案に、乱菊は目を丸くした。
「…いいんですか?」
「俺は構わない」
乱菊はほんの少しだけ躊躇った後、おずおずと彼の寝台に移って来た。彼の傍らに潜り込み、そっと身体を寄せて来た彼女を、冬獅郎は無言で抱え込んだ。
「俺が付いている。だから、心配するな。眠れ」
と命じると、乱菊は頷いて目を閉じた。
平時であっても、乱菊の眠りは実はそれほど深くない。いわんや、現在のように精神的に弱っている時はなおさらである。それだけに、逆に眠りに落ちるのは早くて、彼女はすとんと寝入っていた。心は悪夢に怯えながらも、肉体は睡眠を欲しているからだろう。あっという間に、寝息を立て始めた乱菊を見詰め、冬獅郎は再び太い息を吐き出した。
「俺も小せえな…」
知らず、自嘲が洩れる。
乱菊が悪夢の中でギンの名を呼び、助けを求めたことが、自分が縋られなかったことが、重い澱のように、冬獅郎の心に沈んでいた。
乱菊は冬獅郎にとって、傍に居て欲しい、自分の腕の中で幸せになって欲しい女だ。一方、桃はとても大切であり、苦しんでいるのなら守ってやりたい、庇ってやりたいと望む存在であるが、自分の手の中に囲おうとは思わない。絢女のように明確に血縁で結びついているわけではないが、冬獅郎の認識において、桃は可愛い妹、でなければ手の掛かる危なっかしい姉という立場である。だから、乱菊が桃に対して嫉妬したり、対抗心を燃やすようなことがあれば、冬獅郎はとても困る。そもそも乱菊と桃とでは彼の心の中に占める位置も、意味合いも全く異なっているから、絶対に同じ土俵では争えないからだ。例えるなら、ライオンとシャチが決して戦うことが出来ないのと同じである。
同様に、冬獅郎とギンは立場が違う。乱菊にとって、冬獅郎が特別であることと、ギンが特別であることは意味が違うのだ。乱菊と桃が争えば冬獅郎が困惑するように、冬獅郎がギンと競おうとすれば、乱菊は苦しむ。それを承知していながら、ただ夢の中で頼りにされなかったというだけで、苛立つ自身を冬獅郎は持て余した。
「…ん」
僅かに乱菊が身動ぎした。また悪夢に捕らわれたかと案じて顔を覗き込んだが、寝顔は穏やかだった。
(俺が付いているから…)
だから、助けを求めるなら俺にしろ、と冬獅郎は心の中だけで呟いた。
病室に入って来たギンは、
「入院中のとこ、悪いけど」
と言いながら、書類を差し出した。隊長格以外閲覧禁止の書類は第一級機密書類と呼ばれるが、三番隊隊長であるギンが自ら運んできたそれは、その中でも閲覧を隊長のみに限った特級機密書類だった。
「十番隊で最後や。目を通して署名を貰えたら、ボクが総隊長のトコに持っていくから」
「ああ悪いな」
冬獅郎は書類を受け取り、中を確認した。署名をしていると、
「なぁ、冬獅郎はん」
とギンが話しかけて来た。
「乱菊と何かあった?」
問い掛けに、
「何でそんなことを訊く?」
と反問すると、ギンは乱菊の様子がおかしかったと告げた。
「まぁ、今の乱菊は夢織後遺症ではなから普通とは違う、いうんは承知や。けど、それだけやのうて、何かこう、蟠っとるモンがありそうな雰囲気があってな」
「…」
「ボクに関係すること?」
「どうしてそう思う?」
再び、冬獅郎は反問した。ギンはくすりと笑って、
「自分で自覚ないん?」
と尋ねた。
「何が?」
「さっきからずっと、ビミョ~にボクから視線を逸らしとるのんやけど?」
「 」
「もしかしたら、乱菊もその辺り、気ィ付いとっておかしかったんかしれへんなぁ。精神状態が不安定な時て、普段なら気ィがまわるトコにまわらへんくせに、気ィ付かんでええようなことまで引っ掛かってまうことようあるしなァ」
「 」
答えられず沈黙したままの冬獅郎に、
「で、何があったん?」
とギンは追及する。表情はにこやかに見えるが、冬獅郎が白状するまでは退く意思はないと読み取れる目をしていた。
「 昨夜、乱菊が魘されて…」
冬獅郎は重い口を開いた。己の狭量な嫉妬を明かすのは癪に障ることこの上ないが、乱菊の様子がおかしかったとなれば仕方がないと思い極めたのだ。
「おまえの名を呼んでいた」
「ははぁん」
腑に落ちたという顔つきになったギンは、
「ほんで、焼餅を焼いたん?」
と遠慮会釈もなく切り込んできた。
「…嗤えよ」
冬獅郎はなげやりに応じた。それに対して、
「まぁ、気持ちは分かるけどなァ…」
とギンは苦笑を落とした。
「あんだけ体張って、助け出した女が別な男の名前を呼んだりしたら、気に喰わへんのも分かるわ」
「市丸が乱菊にとって大事な存在だってことは分かっているんだ」
「理屈やないからなァ、そこは。ボクかて、絢女が魘されて、ボクやのうて冬獅郎はんの名前を呼んだら、ちょっとむかつくと思うわ。実の弟に張り合うても仕方ないのんやけど…」
馬鹿にされるかと思ったが、意外なことに、ギンは冬獅郎の嫉妬を肯定した。
「で、ボクの名前を呼んだだけ? その様子やと、ボクを呼んだのは一遍や二遍のことやなさそうやね?」
すっかり見通されて、冬獅郎は観念した。
「おまえの名を繰り返していた。『助けて、ギン』ってな」
「…助けを求めとったん?」
「ああ」
ギンは思案気に顎を撫でた。
「冬獅郎はん。それ、な…。多分、流魂街の最貧区におった頃の夢を見とったんやないか思うわ」
「最貧区…」
「そうや。その頃の夢を見て、意識が当時に飛んどったのなら、冬獅郎はんやのうて、ボクに助けを求めたんも道理や」
冬獅郎と知り合う以前のことだったのだから、とギンは言外に匂わせた。彼はそのまま少しだけ考え込む素振りをみせたが、すぐに言葉を継いだ。
「なぁ、冬獅郎はん」
「ああ?」
「絢女は」
と最前まで乱菊のことを話していたはずなのに、ギンは不意に絢女に言及した。
「優しゅうして寛大な娘ォやよし、滅多なことでは怒ったりしィへん。それなのに、痴漢とか、酔って女に狼藉するような輩とか、そういう連中に対してだけはもの凄う沸点が低いのん、冬獅郎はんも気ィ付いてはるなァ」
冬獅郎は頷いた。
「何でなんか分かる?」
「最貧区に居た頃に、そういう連中から何度も危ない目に遭わされそうになったから、だろう?」
「そうや。絢女みたぁな別嬪が最貧区をうろつくなんて、狼の群れの中で羊が歩いとるのと一緒や」
「…だろうな」
「そんで、絢女も危ない目に遭うとるのに、乱菊がそういう目に遭わんで済んだと思う?」
「いや…」
余り考えたくはないことだったが、乱菊が最貧区で男から乱暴されそうになった経験があるというのは、冬獅郎も察していた。初恋の男が初めての相手だそうなので、犯されるところまで至ったことはなかったようだ。だが、無理矢理に身体を触られたりしたことはあったと推察出来た。
「乱菊も、絢女も、男が目を付けんではおられへんくらいの特上の別嬪や。けど、二人とも霊力があったから何とか身を守ることが出来たん。でもなぁ、乱菊と絢女にはいっこ、決定的な差があったんや」
「…姉さまは一人だったけど、乱菊にはおまえが付いて護っていたってことか?」
冬獅郎の返しをギンは否定した。
「それは決定的な差やない。確かに、乱菊にはボクが付いとった。けど、絢女のことは冬獅郎はんが護っとったもん」
冬獅郎の表情が強張った。冬獅郎は尸魂界に流された直後、絢女によって結界の中に封じられた。彼が結界から出たのは、絢女が死神になった後のことである。姉が治安の悪い最貧区で暴漢に怯えながら生き抜いていた頃、彼は安全な結界空間でぬくぬくと眠っていたのだ。それを知っているはずのギンの言葉は、皮肉としか聞こえなかった。思わず刺々しい視線を向けた冬獅郎を、ギンは穏やかに受け止めた。
「傍におって、物理的に護ることだけが護るんやないよ」
ギンは続けた。
「ボクも最貧区におった頃、絢女に護って貰たもん」
「…?」
「乱菊と会う前、一人で最貧区におった頃…。正直、最貧区を生きるんはもの凄うつらかった。何度も何度も、もうあかん、駄目やって思たことあったんや。けどなぁ、その度にボクはギリギリのところで這い上がって来たん」
「…」
「 絢女がおったからや。この尸魂界のどこかに絢女がおる。もしかしたら、『あいぜんさま』に酷い目に遭わされて泣いとるかしれん。絢女に会いたい。絢女を助け出したい。絢女をボクから奪った『あいぜんさま』に何とかして復讐したい。その想いがボクを立ち上がらせたんや。絢女は傍におらんでも、どこかにおるいうだけでボクを護ってくれてたん」
「…」
「乱菊もな、ボクを護ってくれたで。確かに物理的にはボクが乱菊を護っとった。けど、精神的な意味では守られとったんはボクの方やったと思とるん」
「…」
「絢女かて同じやったはずやで。弟を護りたい、弟を幸せにしたい、弟が安心して生きていけるようにしたい。その為には、最貧区で犬死するわけにはあかんかった。絢女がボクに這い上がる力をくれたように、絢女を前に進ませたんは冬獅郎はんや」
冬獅郎は黙りこくったままだった。だが、表情からは刺々しさは消えていた。
「ちょっと、話が逸れてもうたけど、そういうわけやから、絢女は一人やったけど一人ぼっちやなかった。ボクが乱菊に付いとったことは、絢女との決定的な差にはならんのや」
とギンは話を元に戻した。
「…じゃ、何が決定的な差だったんだ?」
冬獅郎は見当がつかずに問うた。
「絢女は陰陽師の…、多分偉い身分のお人のところに産まれて、尸魂界に流されて来た時点で、高度な陰陽道の術が遣えた。そこが決定的に違うトコや」
彼女は尸魂界に来た直後に、冬獅郎を楠の霊木の中の結界空間に封じた。霊木の協力と助けがあったとはいえ、これは相当に難度の高い
一方、乱菊はギンと出会うまで、己に霊力があることさえ認識していなかった。当然、霊力で身を守るなどということが出来るはずもない。ならず者に嬲り殺しにされる前にギンと出会えたことは、乱菊にとって僥倖だったろう。共に暮らすようになって、ギンは彼女に霊力を用いた護身術を伝授した。圧倒的に力の強い成人男性にか弱い少女が対抗するには、霊力を使う以外になかったからだ。
「ボクが流魂街で遣うとった術は、多分、絢女と出会って、日番谷の家臣やった人に引き取られた後に覚えたもんやと思う。前に一遍、確認したことがあるけど、確かに絢女が遣う陰陽術と同系統なそうや。ただなァ、絢女が言うには、陰陽術の中でも初級編、鬼道で喩えたら、一桁か、ええとこ十番台程度の代物らしいのんや」
教師役であったギンが初級陰陽道しか身に着けていなかったのだ。当然、彼に術を教わった乱菊にそれ以上の術が操れるはずもない。
「ボクや乱菊とは比べモンにならんくらい陰陽道に長けとって、色んな術を駆使して身を守れた絢女でさえ、女に狼藉働く輩には未だにブチ切れるくらいの心の傷を抱えとるんや。まして、乱菊がどんな目に遭うてきたかは…」
ギンは言いさした。冬獅郎は我知らず、怒りで拳を握り込んでいた。唇を噛みしめて、激昂を抑える冬獅郎をギンは黙って見つめていた。
最貧区にいた頃に乱菊が抱え込んでしまったトラウマは、夢織にとって格好の攻撃材料だっただろう。乱菊が見せられた現実と区別がつかないほどの精巧な幻影の中で、あの当時の屈辱的な体験が再現されたであろうことを、ギンは予測していた。乱菊が胸の奥深いところに沈め、鍵を掛け、忘れたふりをすることでやり過ごして来た傷を、夢織は抉った。思い出してしまった乱菊は、否応もなく自ら悪夢の中でその痛みを繰り返してしまうのだ。
「…教えてくれ。乱菊はどんな目に遭って来た?」
「聞いてどうするん?」
ギンの反問に、
「あいつを支えたい」
と冬獅郎は答えた。
「護ってやりてえんだ。その為にも、乱菊がどれだけの傷を乗り越えて来たのか知っておきたい」
ギンは頷いた。乱菊はきっと気に病むだろうから冬獅郎が知ってしまったことは隠し通せ、と念を入れた上で、ギンは問いに答えた。
「自力では逃げ出せへんで、ボクが駆けつけるんがあとほんのちょっと遅かったら、
ギンの語った内容は、冬獅郎が想像し、覚悟をつけていた以上の凄惨さだった。一対一、もしくは一対二くらいまでであれば、霊力を使った攻撃で追い詰められる前に逃げおおせることが可能だった。しかし、
「ボクが乱菊に教えた程度の術じゃ、複数相手に各個撃破は無理やったん。せやから、相手が大勢であるほど、逃げ切れんことが多かった。自力で逃げ出せた時でもなァ、相手が複数の時は男に探り回されるのをしばらく我慢しとったはずや…。乱菊が抵抗せえへんのに油断した男どもが隙を見せて、一撃必殺の機会が巡ってくるまで、な」
「…」
「そういう目に遭うた後は、いつも乱菊は吐いとったよ。一晩中、ガタガタ震えとったこともあったな」
冬獅郎は一言も発しなかった。だが、握り込んだ拳が血の気を失い、室内の温度が急激に下がっていた。
「冬獅郎はん、霊圧を抑え。ここは救護病棟やで」
これ以上室温が下がれば他の病室にまで影響が出るとみたギンの注意に、はっと我に返った冬獅郎は精神力を総動員して、怒りで爆発しそうな霊圧を抑えた。彼は呻くように、
「ぶち殺してやりたい」
と呟き、俯いた。
直後、くっ、とくぐもった笑い声が耳に届いた。不審を覚えた冬獅郎が俯かせていた顔を上げた時、
「もうみんな死んどうよ」
という言葉が耳朶を打った。
ギンは口許に冷笑を浮かべていた。闇の深淵を覗き込んだかのような錯覚を覚え、冬獅郎が思わず息を詰めた時、ギンは、
「長居してもうたな。堪忍」
と告げるなり、立ち上った。すたすたと病室の入口まで歩んだ彼は、扉に手を掛けてから首だけで振り向いた。
「暗きより暗き道にぞ入りぬべき 遥かに照らせ山の端の月 *1 」
既に冷笑は消えていて、凪いだ眸が冬獅郎を見ていた。
(今のは確か、和泉式部…?)
彼が唐突に和歌を口にのぼせた真意が掴めず戸惑う冬獅郎に、
「乱菊にとって、ボクは暗闇やって」
とギンはつないだ。
「え?」
「獣みとうに恐ろしい男たちに見付からんように、乱菊の姿を隠す夜の闇や。ボクはそういうふうにしかあの娘を護れへんかったし、あの頃の乱菊は確かに身を隠せる暗がりを必要としとったんや」
「…そう…か」
「でも、今の乱菊に必要なんは暗闇やない」
ギンの背中が廊下の向こうに消えた。
抱きしめた乱菊は湯上りの石鹸の匂いがした。
「冬獅郎さん…、怪我は…?」
気遣う乱菊に、
「もうどうってことない。怪我よりおまえに触れられないことの方がつらかった」
と告げれば、彼女はぽっと頬を赤らめた。
十日間の入院生活は、そのまま禁欲の日々でもあった。傍らに乱菊が眠っているのに抱擁することまでしか出来なかったのは、病室でコトに及んだことが明るみになった場合の、烈の怒りが怖ろしかったからだ。あれだけ釘を刺されておきながら、乱菊を抱いたとなると、下手をすると烈に挑戦したと見做されるかもしれない。はっきり言って、総隊長・山本元柳斎重國にはむかうよりも、四番隊隊長・卯ノ花烈に逆らう方がよほど勇気が要るというのは、隊長格の間の共通認識である。
「冬獅郎さん…」
撓垂れかかるように、我から身を委ねて来た乱菊に、冬獅郎は口接ける。乱菊は積極的に、自ら舌を絡めていった。彼女は夢織らに攫われるまでは三日と空けずに冬獅郎に愛されていた。構われなかった十日間は、彼女の中の生々しい女の性を疼かせるのにも充分な空白であったのだ。
「ん…」
常の冬獅郎は愛撫にじっくりと時間をかける。時に堪えきれなくなった乱菊が泣きながら哀訴して来るまで焦らし抜くことさえあった。だが、今宵は久しぶりだったせいか、冬獅郎も逸っていた。乱菊がいつもよりも積極的なのにも後押しされた彼は、胸を軽く愛撫した後、性急に秘部に指を滑らせた。
ふわりとした蜂蜜色の繁りに中指を潜らせた時、乱菊がびくんと強張ったのに気付いた。それを感じたからだと認識した冬獅郎は、更に指を奥へ進め、彼女の敏感な肉芽を探り当てた。
「ひぃっ!!」
その時、乱菊が悲鳴を上げた。官能の愉悦とは異なる嫌悪の声に、冬獅郎がはっと顔を上げた直後、覆いかぶさっていた彼をもぎ離すようにして、乱菊が距離を取った。
「乱菊…」
驚愕した冬獅郎と怯えきった乱菊の目が合う。途端に、彼女の怯えに、冬獅郎以上の驚愕が重なった。
「嘘…、…あた…し…」
自分の行動が、乱菊には信じられなかった。冬獅郎を拒絶するなど、絶対にあってはならないのに。惑乱する乱菊に対し、冬獅郎は驚きから素早く立ち直ると、深く息を吐いた。
「ごめ…、ごめんなさい」
泣き出しそうな顔で謝罪を口にする乱菊に、
「謝らなくていい。
とこれ以上怯えないようにと、可能な限り優しい声音を作って、冬獅郎は答えた。
「おまえが俺を拒否したんじゃないって、ちゃんと理解っている。だから、そんな顔をするな」
慎重に腕を伸ばして、指先で乱菊の頬に触れる。堪えきれずに零れ落ちた涙を、冬獅郎はそっと拭ってやった。
「夢織の幻覚を思い出してしまったんだろう?」
乱菊は否定も肯定もしなかった。冬獅郎は続けた。
「おまえみたいに身持ちが堅くて、貞操観念が強い女を追い詰めるのに、夢織がどういう幻覚を使ったのかは大体、想像がつく」
ギンに聞いた話からして、遠い昔の屈辱体験も甦らせているのだと推測はついたが、そこには触れず、夢織の幻惑術の話だけをした。
「いくら幻覚で本当に起こったことじゃないといっても、夢織のそれは現実と区別がつかないくらい精巧で生々しい代物だからな。おまえが傷ついてしまったのも、怯えるのも当然だ」
「…冬獅郎さん」
ぽろぽろと白玉のような涙を零す乱菊を、冬獅郎はそっと抱き寄せた。
「俺にこうされて、嫌か? 怖かったりするか?」
乱菊は強くかぶりを振って否定した。
「怖く…なんて…。嫌なんて、そんなこと…」
「なら、大丈夫だ。おまえは夢織の幻覚が強烈すぎて混乱しているだけだ」
腕の中で、乱菊は小さく震えていた。もちろん、冬獅郎に抱きしめられていることに対する恐怖や嫌悪からではない。秘め処に触れられた時にまざまざと思い出してしまった昔に怯え、相手が愛する男であるにも拘わらずそのような感覚を抱いてしまった自分自身に愕然としていたのだ。乱菊は彼に抱かれたかった。抱きしめられ、優しい愛撫を受け、ひとつに繋がりたかった。間違いなく、そう望んでいたはずなのに、拒絶してしまったことが衝撃的で、彼に対する申し訳のなさでいたたまれなくて、乱菊は身を縮めていた。
彼女に拒まれたことについて、冬獅郎が少しも動揺していないと言えば、それは嘘になる。少なからずショックであった。だが、ギンから聞いた彼女の過去に抉れた傷と、夢織の狡猾な幻覚を慮れば、無理もないと納得することは出来た。
(焦りすぎていたかもしれねえな)
久しぶりに彼女に触れたことで昂って、一刻も早く彼女とひとつになりたいと逸る気持ちを抑えられなかった。前戯の愛撫が充分でなく、乱菊が蕩けきっていなかったのも拙かったのかもしれない。冬獅郎は自分を戒めた。震える彼女を目の当たりにすると、続行することでより深く傷付けそうで仕切り直す気にもなれず、彼は優しく彼女を宥めながら、
「今晩は、このまま眠ろう」
と提案した。
「…でも…」
明らかに乱菊は躊躇っていた。だが、その逡巡が欲望から来るものではなく、ただ男に対する後ろめたさからであることを見抜いた冬獅郎は、
「俺のことは気にしなくていい」
と静かな声で告げた。
「ごめんなさい…」
か細い再びの謝罪に、冬獅郎は少しだけ笑んで、首を横に振った。彼女を腕に抱き込んだまま、褥に身を横たえる。乱菊は更に身体を寄せて来た。甘えているというよりも、突き放されることを怖れている様子が見えて、冬獅郎の胸は痛んだ。彼女を安心させる為、幼い子供をあやすように背中を軽く叩いてやると、少しだけ落ち着いたのか頼りなく微笑んだ。
その晩、二人はそのまま何ごともなく眠りに就いた。
けれども、乱菊は翌晩も冬獅郎を受け入れられなかった。
前夜の性急な振舞いを反省した冬獅郎は、裡から湧き起こる強烈な欲望と戦いながら、乱菊にいつも以上に入念な愛撫を施したのだ。
優しく胸を揉みしだき、耳朶や項、あるいは腰や内腿に至るまで無数の
「あ…、ああン…」
と男の征服欲と自尊心をくすぐる甘い喘ぎを零し、身をくねらせてよがる乱菊は官能の悦びに身を委ねていた。指で秘所を侵した時も、一瞬だけ硬直する反応を見せたが、前の晩のように拒絶することはなく許して、ますます昂ったように腰を波打たせていた。これなら、大丈夫だと見極めをつけて、冬獅郎は挿入を試みたのだ。
しかし、先端がほんのわずかに入り込んだと感じた瞬間、乱菊は悲痛な悲鳴を迸らせ、身を捩って冬獅郎から逃れてしまった。
逃げ出した後の反応はほとんど前夜と変わらなかった。自分自身が信じられずに呆然とする乱菊を宥めすかし、冬獅郎はその晩も彼女にそれ以上触れることなく
だが、同じことはさらに次の夜も続いた。
そして、四日目の夜。
「冬獅郎さん…、別れて下さい」
いきなり彼女の口から飛び出した別れ話であったが、冬獅郎は驚かなかった。彼を受け入れられないことに思い悩んでいた乱菊が、自責の念からそれを言い出すことは予想がついていたのだ。
「絶対、嫌だ」
と冬獅郎はきっぱりと拒んだ。
「おまえと別れるくらいなら、死神も辞めて隠遁する」
「でもっ!」
「おまえから『俺を嫌いになった、傍に居たくない』と言われたとしても、そんな話、承知できない。まして、おまえは俺に対する罪悪感からそれを言い出しているだけだろうが」
「…冬獅郎…さん」
俯いた乱菊の両眸から涙が滴って、彼女の両膝を濡らした。
「違うんです…。…あたし…、本当はあたし…、最初から、冬獅郎さんの傍にいる資格なんてなかったんです」
この言葉は予想外で、冬獅郎は眉を顰めた。
「…どういうことだ?」
「あたし、嘘をついていました。冬獅郎さんの前には、初恋だった男の人しか知らないって。でも、違うんです。本当はあたし…」
泣きながら、乱菊は流魂街最貧区にいた頃に、幾度も暴行されそうになったことを告白した。
「…挿れられるところまでいったことがなかったって、それだけのことなんです。自分でも数えきれないくらいの男があたしに触れて、あたしの身体を舐めまわして、それなのに、冬獅郎さんが二人目だなんて…。あたし、嘘つきなんです」
「…で? 自分は穢れているから、俺には相応しくないって?」
冷えた声音に、乱菊はびくっと身体を震わせた。俯いたままで頷くと、
「ふーん、そうか。だったら、おまえは姉さまも穢れた汚らしい女だって言うわけだな?」
思いもかけない返しに、乱菊は目を見開いた。
「ち、違う!」
慌てて彼女は否定したが、冬獅郎は今まで見たことがないほど醒めた、皮相な目付きで乱菊を見据えたまま、
「おまえの言っていることはそういうことだろうが」
と突き放した。
「おまえと同じように最貧区にいた姉さまが、似たような目に遭ったことがないと、おまえは主張するつもりか? だったら、姉さまが、女に乱暴するような男相手に限って簡単にぶち切れるのをどう説明する?」
「そんな…、そんなつもりじゃ…」
「ああ? じゃあ、どういうつもりだ?」
冬獅郎は冷たい声音のままで畳み掛けた。
「なるほど、そうか。市丸はおまえと同じ最貧区出身だな。汚れた者同士お似合いってか?」
ふるふると、乱菊はかぶりを振った。絢女やギンを侮辱するつもりなんて、これっぽっちもなかったのだ。
「そうだな…。そういうことなら、明日、椛島にも言わなきゃならねえな」
と冬獅郎は続けた。
「椛島…? どうして?」
「彼女は最近、行きつけの市場の八百屋の息子と付き合い始めたんじゃなかったか?」
椛島は一昨年、十番隊に入隊した無位の女性隊士である。最貧区から死神にまで這い上がって来た娘で、それだけに霊力は相当に強く、将来の席官候補になるだろうと、冬獅郎も、乱菊も、期待を掛けて注目をしていた。彼女は冬獅郎の言った通り、市場で八百屋を営む青年と交際している。青年の方が常連客だった椛島を見初め、告白されて付き合い始めたらしいと、そういう噂話には耳の早い乱菊から冬獅郎が聞かされたのは鏡花水月の消失事件が発生する数日前のことだった。
「瀞霊廷内で八百屋ってことは、下級貴族だろう? 最貧区出身で何度も暴行されたに違いない汚れた女が下級貴族と付き合おうなんて、図々しいにもほどがある、って説教しなけりゃならねえよな」
皮肉な冬獅郎の言葉に、乱菊は目を瞠ったまま硬直している。蒼褪めたその
「おまえは自分のことだと、どうも客観視出来なくて自虐に走るな」
「…」
「いくら霊力があるっつっても、非力な女の子が屈強な男に力で押え込まれて、身体を探り回されたとして、それを女が悪い、汚れていると非難するような奴がいたら、俺はむしろそいつを軽蔑するけどな」
見返す乱菊に、冬獅郎は先を続けた。
「まぁな。頭の軽い貴族の令嬢が好奇心で危ないって止められたところにのこのこ出かけて行って、それで暴行されたってなら、ちったぁ女も悪いと思う。しかし、乱菊や姉さまや椛島は違うだろう? 最貧区に流されてしまったのは、本人には何の咎もないことじゃねえか。それで、危ない目に遭ったとしても、女の側に落ち度はない。違うか? おまえは、姉さまや、椛島や、最貧区かそれに近い場所にいた他の女たちが男に無理矢理に暴行されたことを汚らわしいと非難できるのか?」
乱菊は首を横に振った。
「だったら、乱菊だって同じだろうが」
と冬獅郎は彼女の身体を引き寄せた。
「おまえが自分の意志で受け入れた男と、おまえを無理矢理にどうにかしようとした男を同じ数で数えるな。俺にも、別れた初恋の男にも失礼だぞ」
乱菊の涙腺が決壊した。ぼろぼろと大粒の涙が後から後から溢れて来た。
「冬獅郎さん…、冬獅郎さん…」
しゃくり上げながら彼の名を呼び、縋りついて泣く女を、冬獅郎はただ抱きしめていた。
このまま、ずっと泣き止まないのではないかと感じるほど長い間、乱菊は涙を流し続けていた。しかし、尽きない涙はないらしく、ようよう、彼女は泣き止んだ。泣き腫らしてぐずぐずになった顔を上げた彼女に、
「洟をかめ。すげえ不細工になっているぞ?」
軽口を叩きながら、冬獅郎はちり紙を差し出した。素直に受け取って、洟をかんだ乱菊は、
「そんなに不細工…ですか?」
と泣き笑いを浮かべた。
「かなりひでぇ顔。目は腫れてるし、鼻の頭は真っ赤になってるし、ま、それでも可愛いから、俺は許す」
冬獅郎が殊更に冗談めかした口調を使うのは、乱菊の気持ちを和らげようとしてのことだ。それは乱菊にも伝わったのだろう。
「ごめんなさい」
と彼女は幾度めか分からない謝罪を繰り返した。
「絢女や椛島まで侮辱することになるなんて…、あたし、考えてなかった…」
乱菊の言葉に、冬獅郎は首を傾げた。
「俺は前にも同じことを言った覚えがあるんだがな…?」
「『最貧区出身だからっていうのは止せ。おまえのその言い方は、最貧区から這い上がって来た全部の女を侮辱している』でしたね…」
と乱菊は呟いた。
もう二十年近くも前になる。瀞霊廷で若い美貌の娘が続けて誘拐される事件が発生し、桃がその被害者になりかけたことがあった。その際、桃を救おうとして拐しの一味に捕らえられてしまった乱菊は、やはり暴行されそうになり、危ういところで駆けつけた冬獅郎に助けられたのだった。この時に、自分は最貧区出身だから、男に身体を探られるなど慣れている、平気だと強がった乱菊に対して、冬獅郎が告げた言葉である。
「ああ、あの時か。…あれでおまえは納得したと思っていたんだが」
「はい…。あたし、あの言葉でずいぶん救われたんです…。あたしが自分を卑下することは、同じような立場の女の子たちも馬鹿にすることになるんだって、そう考えたら、自分を責める気持ちが薄れて…。それなのに、ごめんなさい…」
「乱菊は自分じゃなくて他の女の身に起きたことだったらって、置き換えて考える癖をつけた方がいいな」
「はい…」
頷いた乱菊はじっと冬獅郎を見つめた。
「何だ?」
「抱いて下さい」
と乱菊は泣き腫らした顔で訴えた。
「もし、あたしがまた嫌がっても、止めたりしないで。無理矢理でもいいから、最後まで抱いて下さい」
彼女も思いつめてるのだろう。悲愴ささえ感じさせる眸をしていた。
「ショック療法か? 悪化しそうで、俺はしたくない」
と冬獅郎は答えた。
「でも…、それじゃ、あたし…」
再び泣き出しそうになった乱菊を軽く制止して、
「今日は、おまえが上になってみるか?」
と冬獅郎は提案した。
「え…?」
「俺もずっと考えていたんだが…、押さえつけられるのが原因じゃねぇの?」
冬獅郎が挿入を試みる場合、どうしても腰の辺りを押さえることになる。むろん、無理矢理に押さえつけているのとはわけが違うが、行為だけ取り出せば似たような構図になる。それが恐怖を呼び覚ますのではないかというのが、彼の推理だった。
「だから、おまえが上になって、自分から俺を挿れるのなら、いけるんじゃないかって思うんだが。…試してみるか?」
こくり、と乱菊は頷いた。
「そっか…。じゃ、ちょっと冷めてしまったし、温め直そうな?」
そう告げると同時に、冬獅郎は乱菊に口接けた。一度目の行為で、身体に引っ掛かっているだけになってしまっていた乱菊の夜着を取り去り、生まれたままの姿にすると、彼はそのまま乳房まで唇を滑らせた。
「あ…」
乱菊の背中がのけ反るように撓った。すでに赤く色付いてぷっくりと立ち上がっていた先端の漿果を口に含まれ、乱菊はぞくぞくとした愉悦が全身を走り抜けるのを感じた。冬獅郎は唇で胸を吸いながら、右の指を彼女の耳たぶから項に滑らせた。
「ン…、あ」
ふる、と小さく乱菊が震える。灰の底に眠っていた熾火が燃え上がるように、彼女はすぐに身体を火照らせた。愛蜜が滴り、褥を濡らす。座ったままだった乱菊を軽く押し倒した冬獅郎は、左手で胸を愛撫しながら、唇と右手で腰を淫靡に探った。
「ひゃ…、ぁぁ…、とうしろ…さん…」
どこまでも甘い声で、乱菊は喘ぐ。先ほど大泣きしたせいか、声が鼻にかかって掠れているのが艶っぽくて、冬獅郎は彼女の膚をきつく吸い上げた。
「…あ…」
彼女が冬獅郎のものであることを主張する赤い花びらを、腰に、腿にと、無数に散らしていく。
「…濡れている…な」
冬獅郎は乱菊の蜜を指で掬い上げた。とろみを帯びた葛湯のような蜜が纏わりついた指を冬獅郎が舐めるのを、乱菊はうっとりと眺めていた。
「と…しろ…さん」
軽く指を挿入させ、乱菊の裡を確認する。内部はとろとろに蜜が溢れ、熱をもって疼いて、彼の指を咥え込んだ。
(これなら、いけるか…?)
冬獅郎は一旦身を起こし、腕を乱菊の背中に廻した。そのまま、彼女を腕に抱き込んで、くるりと身体を半回転させる。仰向けに横たわった冬獅郎の上に乱菊が乗り上げた状態になった。
「…乱菊」
と冬獅郎は大切な女の顔を下から見上げた。彼が笑みを浮かべて頷くと、乱菊はこくりと首を縦に肯じた。
ふう、と息を吐いた後、彼女は冬獅郎の胸板に両手をついて半身を起こした。男の腰に跨った格好になった彼女に、冬獅郎はもう一度微笑んで頷いて見せた。
乱菊は臀部に男の熱い剛直を感じていた。こんなにも彼女を欲して猛り立っている彼を受け入れたい。乱菊は切実に願った。もちろん、彼の欲望を発散させたいという想いは強かった。しかし、何よりも、乱菊自身が彼を感じたかったのだ。優しい愛撫を受けた身体はどうしようもなく疼いて、熱くたまらなくて、早く彼が欲しいと訴えていた。
彼女は腰を浮かせた。
(冬獅郎さんが欲しい。欲しいの)
こんなに彼を求めているのだ。過去の恐怖よ、もう邪魔をしてくれるな、と自身に言い聞かせるかのように、「欲しい」を心で繰り返す。彼女はおもむろに男の刃に手を添えた。浮かせていた腰を自分自身の意志でもって、慎重に落としていく。先端が花芯に触れた、と感じた次の瞬間、ずるっと入り込んでくる質量を感じた。
「あっ!?」
彼女は中腰のまま、動きを止めた。俯いた視界に、心配そうに見つめる冬獅郎の顔が映った。
「大丈夫…です」
弱々しく彼女は笑んだ。胸の奥底に微かに怖れが蟠っているような心地がした。だが、それ以上に、入り込んだ刃の熱さが乱菊の身を痺れさせていた。
「はあぁ…、ふう」
深呼吸をした乱菊はそのまま一気に、自分の腰を落とした。
「やあぁぁ!!」
冬獅郎の熱い楔で勢いよく、身を抉られ、乱菊は悲鳴を上げた。
「あ、ああ、深ぁ…」
一瞬の恐怖は、すぐに痺れるような脈動に変わった。掻き回して欲しくて冬獅郎に視線を投げると、
「乱菊、自分で動け」
と彼は促した。与えられるのではなく、自らの望みで快楽を手に入れろという彼の意図を悟り、乱菊は指示を受け入れた。
「…はい」
ゆっくりと、彼女は腰を振った。途端に内部を削がれ、
「…ああっ!!」
と乱菊は愉悦の叫びを上げた。後は夢中だった。自らの欲望に、身の裡から湧き上がってくる疼きに忠実に、彼女は腰を蠢かせた。ぞくぞくするような震えをもたらす箇所が擦れるように執拗に腰を動かしていると、不意にびりっと感電したような強い痛みとそれ以上に強烈な快感に襲われた。
彼の先端が子壷の縁を抉ったのだ。
「やばい、出る!」
切羽詰まった冬獅郎の声。
直後、乱菊の胎内にぶわっと熱湯がまき散らされた。
「あああぁ!!」
その迸りを感じた直後、乱菊の目の前を青白い閃光が走った。
真っ暗な闇の中に乱菊は佇んでいた。鼻を摘ままれても分からないような真っ暗がり。
「ここ、どこ?」
呟いた己の声さえも闇に吸い込まれていく。自分の身体を自身の両の
ぎゅっと目を瞑り、もし夢なら覚めてくれと念じながら、おそるおそると目を開く。
辺りは変わらず闇だった。
絶望に囚われそうになった乱菊だったが、かすかな異変を感じて、顔を上げた。
「あ…」
ほんの僅かに光が射していた。目を上げると、上り始めた月がその輪郭を山の端から覗かせていた。
「…月が…」
闇に慣れた乱菊の眸は、差し込んできた僅かな月光でもあたりの輪郭を判別し始めていた。乱菊が立っていたのは、田んぼの畔だった。左右には水の張った水田が広がり、規則正しく植えられた稲が風にさわさわとそよいでいた。ゆっくりと輪郭を大きくしていく月の光が、田の水面に煌めいた。見渡せば、月が上る小山の麓に民家も確認出来て、乱菊はほうっと息をついた。
何も見えない暗がりにいた時は怖ろしくてたまらなかったが、周りはのどかな田園風景で、怖れることなど何もなかったのだ。
「帰らなきゃ」
と乱菊は呟いた。自分の呟きに驚いて、彼女は自問した。
「どこに?」
答えはすぐに出た。
山の端から完全に抜け出した望の月が教えてくれた。
「帰らなきゃ、冬獅郎さんのところに…」
月の名を持つ斬魄刀を身に帯びた誰よりも大切な人。何と引き換えても護りたい愛しい人。そして、ずっと傍にいたい人。駆けだす乱菊の足元をまん丸な月が照らしていた。
*1 和泉式部 『拾遺和歌集』より
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20万打感謝リクエスト小噺 その2
フリリク第二話目は「日番谷隊長が乱菊の為にとにかく必死になる話」。リクエスターの方は、「明日、花の咲く場所」の番外編で夢織後遺症で苦しむ乱菊を日番谷隊長が体を張って救う話をご希望されていましたので、そういう話にしましたけれど、あれ? 身体を張るの意味がなんか違う? ずっぽり、裏に走っているような…。
そして、何故か、全体の1/3を市丸兄さんと日番谷隊長の会話が占めているというよく分からない状態です。市丸兄さん、さりげなく凄みを見せつつも、微妙に美味しいところを攫っているような気がしないでもない今日この頃。ついでに、日番谷姉との結婚が決まったせいか、日番谷弟に対しても「お兄ちゃんモード」を発動させるようになっております。
リクエスターのちょびぃさま。納品いたしますので、受け取りのサインをお願いします。