サルベージは力技
突然、がぶりと乳房を噛まれた。
「ちょっと、何するんですか!?」
思わず抗議の声を上げれば、
「そっちこそ、何を考えている?」
と逆に不機嫌そうに問われた。
「さっきから、気もそぞろで、ちっとも集中してねぇだろう?」
「そんなことありません!」
「あるから、言っているんだろうが」
と真正面から睨めつけられる。灯りを絞った薄暗い部屋では、翡翠の眸も灰色にくすんで見える。そのくすみが自分の心の曇りを映しているようで、乱菊は思わず視線をずらしてしまった。
ち、と不快げな舌打ちが聞こえた。
「おまえ、まぁた、くだらねぇことを考えているだろう?」
「くだらないことって…」
「おまえがそういう顔をして、気を散らせている時はたいてい埒もねぇことを考えていやがるからな」
と冬獅郎は経験則に照らし合わせて断言をしてきた。
「で? 何を考えている?」
ごまかしは許してくれないらしい。正直に白状しなければ、きっと言う気になるまで責められるだろう。無論、暴力を振るわれるわけではない。しかし、ねちっこいぐらいに弱いところを攻めて乱菊の劣情を煽り立てながら、肝心なものは与えないという閨での責めは暴力なんぞよりもよっぽど堪えるものだった。
「…」
それが理解っているのに、どうしても言えない。くだらないことだと、思い煩う必要のないことだと笑い飛ばして欲しいのに、一方で否定されなかったらどうしようとぐずぐずと怖気づいている。恋がこれほどに自分を臆病にしてしまうのかと、情けない思いで目を伏せた乱菊は、冬獅郎が傷ついたように息を詰めたのに気が付かなかった。
十三番隊の書庫の奥で、乱菊は清音と共に古い資料を探していた。
最近、十番隊の管轄地に出没している厄介な虚の群れがいた。虚は普通、単独行動であるのだが、その群れは集団行動を取っていた。しかも、ただ群れているだけではなく統制の取れた狩りを行うことが確認されたのだ。無論、現地駐在の死神だけでは対処出来るレベルではない為、早急に討伐隊を編成して現世に派遣する必要があった。この統制のある虚の群れについて、百年ほど前にも同様の集団が現れたことがあったらしい。十三番隊で討伐したので記録が残っているはずだという十四郎の情報に、冬獅郎は当時の資料を参考に閲覧したいと申し出たのだ。
乱菊と清音が探しているのは、その記録である。二人が黙々と古い討伐記録を探している最中に、書庫に入って来た二人連れの隊員がいた。どうやら、十三番隊の無官か最下位の席官のようで、入り口近くの書架でごそごそと資料を漁っている気配があった。彼らは奥にいる清音や乱菊たちに気が付いていなかった。そして、清音も敢えて悟らせるような真似はしなかった。副隊長のいない十三番隊では清音は最上位の席官である。彼女に気付けば、平や最下位の席官は自分の仕事を脇に置いても手伝おうとするだろうが、それは清音の望むところではないのだ。だから、彼女は静かに、声を立てたりせずに自分の作業を続けたし、彼女同様に統括官の立場にある乱菊もその心理は共通するものだったから、清音に同調した。
奥に上官がいるとは知らない二人は、資料を探りながら軽口を叩き合っている。
「この調子だと、今日は定時に上がれそうだな」
「そうだな」
「なぁ、久しぶりに行かないか?」
「これ、か?」
「ああ、そっちもだが、給金も入ったことだし、こっち」
「ああ…。そうだな。久々に行くか」
会話の流れから察するに、呑みの誘いだと思った男に対して、もう一人の方が小指を立ててみせたようだ。
男が色里で娼妓を買うという会話は、女性である清音や乱菊にとっては愉快なものではない。だが、少なくとも、咎め立てするような謂れはないことはわきまえている。一般に女に比べて男性の性衝動は強く、一部の男に言わせると「溜まるもの」であるということは理解していたし、血気盛んな若い男、しかも死神稼業に身を投じるほどに霊力が強く、好戦性を持った者は欲望も強いのだ。女を金で買うというのは誉められた話ではないが、現に商売として成立している以上、とやかく言うことではない。少なくとも衝動に任せて女を手籠めにするような真似よりも、よっぽど理性的でまともである。妻や、特定の恋人がいるような男であれば道義的にどうかとも感じるが、独り身の男であれば、色里通いは仕方がないことと認めざるを得ないだろう。
「今日は常盤屋に行ってみないか?」
「常盤屋? 新しい花魁でも入ったっけ?」
「いや、そうじゃないけど、おまえ、知らないのか?」
「何を?」
「今、評判なんだぞ。常盤屋の丸山って花魁」
男たちは声高に話しているわけではなかったが、声を潜めてもいなかった。だから、静かな書庫では筒抜けに会話が聞き取れた。
「常盤屋の丸山って…、年増の花魁じゃなかったか?」
「そう。古強者の姐さんだ」
「それがどうかしたのか?」
「噂なんだがな。日番谷隊長を男にしたのは丸山花魁らしい」
「ふえっ!?」
素で驚いたのだろう、男が奇妙な叫び声を上げた。
「本当か? 日番谷隊長の相手って、松本副隊長じゃ…?」
「今はな」
「あん?」
「考えてもみろよ。松本副隊長みたいな色っぽくて経験豊富な女性がだぞ、いくら隊長とはいえ、ついこの間まで子供で童貞だった男で満足しているってのが、不思議じゃないか?」
「…あ…、そういやそうだよな」
「おう。今でこそ、日番谷隊長は女どもが目の色変えるような色男に育っちまったが、半年前までは申し訳ないがほんの子供だったんだぞ」
「だよなぁ」
「それが、いきなり松本副隊長を掴まえるなんて、出来過ぎだろう?」
「うん。そうだ。確かにそうだな」
「で、噂なんだが。丸山花魁はそっちの道じゃ太夫も及ばないほどの技を極めているらしくてな」
「ほほう?」
「日番谷隊長は丸山の姐さんに手取り足取り教わって、松本副隊長をものにしたらしいんだ」
「そりゃあ…」
「噂だけどな? けど、興味が湧かないか? 日番谷隊長が伝授されたという究極の閨の技って奴」
噂とやらを聞かされた方の男が息を呑んだ気配が伝わって来た。
「是非とも、お相手願いたいもんだ」
「だろう? だから、常盤屋に行ってみたいんだよ」
「しかし、そんな噂が流れているんなら、丸山花魁は空いてないんじゃないか? それに、仮にも護廷の隊長の
「かもな。けど、噂の真偽も確かめてみたいし、それに同じ常盤屋の
「ありそうだな。日番谷隊長を男にした花魁の手管を直伝された娼妓を揃えているとなりゃ、常盤屋もいい宣伝になるし」
「そういうこと。だからさ、今日は常盤屋に行こうぜ」
「おう」
男たちが笑いながら出て行って、書庫の奥には清音と乱菊が気まずく残された。
いつの間にか、二人とも資料を探す手は止まっていた。清音は顔を動かさないように気を配りつつ、目だけで乱菊を窺った。乱菊の表情が強張っているのを視界の端で捉え、清音は頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。こんなことなら、わざとらしく乱菊に話しかけて、奥に清音たちがいることを彼らに分からせてやれば良かったと後悔を感じながら、
「ごめんなさい。うちのが好き勝手なことばっかり言って…」
と謝罪すれば、乱菊ははっとしたように笑顔を浮かべた。
「やーね。あんなの気にすることじゃないわよ。別に悪口を言われたわけじゃないし」
恐縮する清音にいつもの口調で返す乱菊。
「丸山って花魁の噂は初耳だけど、隊長が色里に通っていたっていうのはあたしも聞いているしさ」
「…はい」
冬獅郎が遊里に行った、という話は、乱菊に改めて教えられるまでもなく、清音も知っていた。話を聞いた時には、冬獅郎のような真面目な男でも娼妓を買うんだなと意外に感じもしたが、彼のあの尋常ではない成長ぶりを指摘されると、なるほど血気盛んな若い男以上に切羽詰まった事情があったかと納得したものだ。それに、色里通いはあくまでも乱菊と結ばれる前のことと教えられれば、やはり冬獅郎は誠実な男なのだという思いは却って強くなった。その辺りの事情は、傍観者に過ぎない清音よりも当事者である乱菊の方がよほど詳しいはずだ。冬獅郎の「男の事情」についても、乱菊は理解をしていると清音は聞き及んでいた。
しかし、どんなに頭では納得していても、乱菊と冬獅郎は現に恋人同士なのだ。恋仲の男の昔の女の話を聞かされれば、気持ちは波立たずにはおれないことは、今現在は特定の恋人がいない清音にだって容易に想像がつく。
それに、と清音は心の中だけで溜息をついた。乱菊の美貌は同性の清音でさえ眩しくも羨ましいものだったが、それのおかげで得をしたことよりむしろ損をしたことの方が多いのではないかと、女性死神協会などで親しく話せるようになってから気が付いた。一口に美貌といっても、例えば、四番隊隊長の卯ノ花烈や五番隊隊長の日番谷絢女のような清楚系であれば、同性でも妬みより称賛の方が多そうだし、異性も紳士的に振る舞うだろう。だが、乱菊のそれは、華やか、妖艶、色っぽいなどと称される系統だったのだ。その上、発達し過ぎなほどに豊満な胸や、反してすんなりとした細腰、引き締まっていながら量感のある尻といった
彼女を軽い女だと見做して、下品な誘いをかけて来る男たち。男の耳目を惹きつける彼女を妬んで、悪しざまな噂を無責任に振りまく女たち。それらの偏見と乱菊は戦って来たのだと、今の清音は理解している。奔放な女だと噂されているが、実際には乱菊に恋人や、ましてや遊びで寝るような間柄の男なんて存在してはいなかった。仲間内の宴会で飲んではしゃぐことは大いにあっても、では、その中にいる男の部屋に泊まっただとか、連れ込み宿に入っただとかという事実は皆無だったのだ。先ほどの隊員たちが言っていた「松本副隊長みたいな色っぽくて経験豊富な女性」というのは、実態を知らない彼らの思い込みでしかない。見かけによらず、と言っては失礼かもしれないが、妖艶で派手やかな美貌とは裏腹に、乱菊は身持ちが堅く案外と古風な女であった。だからこそ、冬獅郎も乱菊に惹かれたのだろうというのが、清音を含めた女性死神協会の幹部たちの共通認識であった。
「ねぇ。資料、これじゃない?」
いたたまれない思いに囚われて考え込んでいた清音を現実に引き戻したのは、他ならぬ乱菊だった。彼女はさっさと資料探しを再開していたのだ。差し出された古い資料を検め、清音は肯定した。
「はい、これです」
「見つかって良かった」
「すみません。古い資料がちゃんと整理されていなくて」
「閲覧して戻すのを繰り返していたら、どうしても置き場所が乱れて来るわよね。時々、書庫の整理とかしてる?」
「実はあんまり」
「面倒臭く感じるかもしれないけど、定期的に整理した方がいいわよ。最初の二、三回は大仕事になるけど、いったん綺麗に並べてしまえば、定期整理はそんなに手間じゃないし、普段の仕事で資料探しの時間が短縮できるから、却って効率が上がるわ」
事務処理という点では、十番隊は護廷一と囁かれている。その十番隊の副隊長の言葉だけに、意見には重みがあった。
「ですね。必要な資料がすぐに見つからないようじゃ問題ですもんね。浮竹隊長に提案して計画してみます」
「うん。何だったら、書庫整理の時にはうちの席官を貸し出すわよ。うちの子たちは慣れているし」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ。じゃ、これ、借りていくわね。返すのは討伐が終わってからになると思うけど」
「はい。了解です」
と清音は頷くと同時に、ほっとしていた。どうやら、乱菊は先ほどの隊員たちの無責任な噂話を清音が危惧したほどには気に留めていないようだ。
(日番谷隊長、乱菊さんに夢中だもんねぇ。あんだけ愛されていれば自信満々、噂なんてどうってことないか)
清音は得心する心地だった。
だが。
清音と別れ、十三番隊隊舎を出てから、乱菊は重い溜息を吐き出した。
冬獅郎のことも、乱菊のことも良く知らない、下位の隊員の馬鹿げた噂だと承知していても、ざわつく心を乱菊は持て余した。あの隊員たちは別段、乱菊のことを悪く言っていたわけではない。経験豊富な女という表現も、誉めているわけではないだろうが、悪意も感じなかった。大体、乱菊自身が周囲にそう思わせるように振る舞っていたのだから、そのように噂されたとしても恨むのはお門違いというものだ。
しかし、乱菊は言われているほど経験豊富なわけではない。むしろ、同年代の女性死神と引き比べても、経験値は低い方だという自覚はあった。実際、上司である冬獅郎と恋人関係になった今でも、若い恋人に乱される一方で、いわゆる「奉仕」などという行為は一切したことがない。
「究極の閨の技、ねぇ…」
冬獅郎は敵娼だった花魁を具体的に乱菊に教えたりしなかった。だから、常磐屋の丸山という名を、乱菊は今日、初めて知った。噂だから真偽は定かではないとはいえ、全く根も葉もない名前が出て来るとは思えないから、冬獅郎の相手を務めたのはやはり丸山花魁なのだろう。年増という情報も、冬獅郎から聞かされた「経験豊富な海千山千の姐さん」いう話と符合する。
「あたしなんかで…、良かったのかな?」
と乱菊は再び、溜息をついた。正真正銘の清純な女であれば、それこそ、桃やルキアのような娘であれば、周囲も微笑ましく感じるのだろうが、生憎と乱菊は妖艶で奔放な女ということになっている。それならそれで本当に床慣れしているのなら、丸山花魁のように性技を尽くして冬獅郎を悦ばせることも出来るのだろうが、実際は流される一方。何もかも、中途半端なのだ。
冬獅郎は、何も乱菊なんかを選ばなくたって良かったはずだという想いは、少なからず感じていた。先ほどの隊員たちも言っていたように、今の冬獅郎は眩しいほどの美丈夫だ。女でさえうっとりとするほどの整った容姿、十番隊隊長という実力と地位、誠実な
「あ…、たいちょ、も、許して…」
案の定、乱菊は冬獅郎から焦らされ抜いていた。
胸、腰、内腿と弱いところを的確に責める愛撫は手慣れていて、冬獅郎は丸山花魁から究極の閨の技を伝授されたのだという昼間に聞いた噂をさもありなんと肯定してしまう乱菊がいた。若い男は堪え性がないというのは耳だけで得た知識だが、冬獅郎には当てはまらないのだろうか。それとも、その辺りを操る術も、花魁から教わっていたのだろうか。
「たい…ちょ…。もう、…あたし、もう…」
いきたいのだという訴えは先ほどから退けられっぱなしである。幾度か、浅く達してはいるのだが、手指と舌技のみの前戯では深いところは疼いたまま放置されていて、火照りは鎮まらない。
「たいちょ…、お願い…」
もうどれくらい繰り返したかしれない哀訴を重ねれば、
「欲しいか?」
と問われる。
こくこくと反射的に頷くと、
「じゃ、白状するか?」
と冬獅郎は返した。
「何を考えていた? 何を思い煩っていた?」
「…それは…」
「言えよ」
「…たいちょ…」
「言わなきゃ、やらねえぞ」
「…や、そんな…」
「言えって。白状すれば、楽になるぞ」
乳房の頂点の果実は、充血して固くしこっている。それを強く摘ままれ、同時に耳もとに熱く滾った吐息を吹きかけられて、乱菊は悩ましく腰を揺らした。
「たいちょ…、だって」
「だって、なんだ?」
「あたし、花魁みたいに出来ない…」
「はぁあ!?」
おそらくくだらないことを気に患っているのだろうとは考えていたが、この答えは予想外だった。
「どうして、そこで花魁なんだよ?」
冬獅郎はがっくりと項垂れた。
(ああ、糞っ! 吃驚しすぎて、ちょっと萎れてしまったじゃねぇか、畜生!!)
という心の声が、乱菊に聞き取れなかったのは幸いである。
「だって…、たいちょ…は…」
喘ぎ混じりの訴えは酷く聞き取りづらいが、やっとのことでここまで漕ぎ着けたのだ。きちんと汲み上げて、問題を解決しておかなければならない。
(面倒臭え女…)
と冬獅郎は悪態をついたが、それさえもひっくるめて愛しいのだから末期だと自分でも思う。
「丸山…花魁…」
彼女の口から零れた名に、冬獅郎は再びぎょっとする。
「たいちょ…の初めての
「…あー、否定はしねぇが、何で姐さんがここで出て来るんだよ? つか、誰に聞いた?」
丸山は確かに冬獅郎の初めての女である。急激な成長から性欲に歪みが出て苦しむ冬獅郎を見かねた京楽春水が手配した女郎で、花魁としては大年増の
(誰だよ、松本にくだらねぇこと吹き込んだのは)
と冬獅郎はむかついた。
「…噂…」
「はぁ?」
「…評判に…なっているって…」
「何が?」
「…たいちょ…、は…、」
乱菊はびくりと仰け反った。
「丸…や…ま花魁は…太夫も…及ばない…」
「あ?」
はぁ、はぁ、と苦しげに息を吐き出し、眸を潤ませながら、乱菊は切れ切れに訴えを続けた。
「…閨…達人だっ…て…、たいちょはぁ…」
「…」
「…花魁に…いろ…いろ…教わって…」
「…」
「…だから、こんな…」
「…」
「…こん…な、慣れて…て…」
(おい?)
「なのに…、あたし…は、花魁…みたいに…、たいちょ…に…出来な…」
(そこかよ!?)
再び、冬獅郎は項垂れた。乱菊にしてみれば大問題だからこそ悩んでいたのだろうが、冬獅郎にしてみれば、こんなにくだらないことでうじうじしていたのかと思うと何だか腹立たしさが募った。
「馬鹿か、おまえは!」
怒鳴るなり、勢いに任せて、冬獅郎は乱菊の秘芯に己の分身を突き立てた。
「あぁぁぁ!」
待ち望んでいたものをいきなり与えられ、乱菊は背中を弓なりに大きく反らせて、身体を跳ね上げた。
「あ、あぁ!」
乱菊は冬獅郎に余裕があると感じていたようだが、実は彼の方も大概に切羽詰まっていたのである。強情な乱菊の口を割らせる為に、限界まで我慢に我慢を重ねていたというのに、出てきた答えときたら、これだ。
(あー、もう、畜生。っとに面倒臭え!)
思わず、彼女を穿つ動作が常よりも荒っぽくなったとしても仕方ないだろうと、冬獅郎はざくざくと強く乱菊に腰を打ちつけた。焦らされ抜いた挙句に一気に貫かれ、乱菊はあられもなく悲鳴に近いよがり声を上げて、早くも高みに抛り上げられていた。
「ああ、あぁぁ!」
意味をなさない女の喜悦の嬌声が艶めかしくも寝室に反響する中で、冬獅郎も達した。普段はやらないのだが、途中で引っこ抜いて乱菊の腹に精をぶちまけたのは、意趣返しというものである。
温かな湯の中に身を沈められて、乱菊は意識を取り戻した。彼女は背中から冬獅郎に抱きかかえられていて、長い髪が藻のように湯船に広がって揺れていた。
「…お風呂…?」
少し舌足らずな問いに、
「ああ」
と冬獅郎は頷く。
「…どして?」
「おまえの腹にぶちまけちまったからな」
「お腹に…?」
不思議そうに乱菊は首を傾げている。お預けを喰らわせ、じっくりといたぶり抜いた甲斐があってか、彼女はまだ少し蕩けているようだ。こんなふうに、言葉遣いに稚気が滲む時は理性が戻り切っていない。そして、この時ばかりは意地っ張りで強情な仮面が剥がれ落ちて、ひどく素直で甘えたな女になることを、冬獅郎は学習済みである。
「松本…」
「なに? たいちょ…?」
「俺が花魁みたいにして欲しいと、おまえに要求したことがあるか?」
ふるっと、乱菊は首を横に振った。空色の澄んだ眸が不安そうに冬獅郎を見詰めている。
「たいちょ、怒った?」
「ちょっとな」
と冬獅郎は答えた。
「…あのな、松本。丸山姐さんのことは、今でも俺は感謝している。けどな、感謝しているだけで、添いたいとか考えているわけじゃねぇ。大体、おまえが見かけによらず純で
「…でも…」
「でも、なんだ?」
「…あたし…、なんか…」
「はぁ?」
「雛森とか、朽木とか、織姫とかみたいに清純で可愛くないのに…、経験豊富だとか言われているくせに、何にも出来なくて…」
「そりゃ、言われているだけで、本当は経験豊富じゃねぇからだろ?」
「何にも出来ないくせに、見かけはこんなで…」
何となく、彼女の言いたいことが分かった。
「おまえ、本当に馬鹿だな」
しみじみと冬獅郎は呟くと、乱菊の身体をぎゅっと改めて強く抱きしめた。
「その落差がたまらねぇんだろうが」
と項に唇を押し付ける。軽く吸い上げてやると、ほんのりと紅く首筋に花が散った。
「俺はおまえがいいんだ。他の女じゃ駄目なんだって、何回言えば、納得するんだ?」
「…だって…」
「また、だってか?」
「たいちょ…、すごく恰好よくなっちゃって、ヴァレンタインだって、チョコレート、山ほど貰っていたし…」
冬獅郎は溜息をついた。
「そりゃ、松本の方だろ? 美人で色気もあって、俺が把握しているだけでも、恋文なんて山ほど貰っといて…。ガキのなりだった頃の俺が、おまえと釣り合わないことでどんだけ焦って、落ち込んでいたか、おまえ、全然分かってないだろう?」
「…たいちょ…」
「やっと、おまえに釣りあう見かけになれて、俺は喜んでいるってのに、何で花魁とか、雛森とかと比べて落ち込むんだよ? 比べる相手が極端すぎるぞ」
冬獅郎は湯の中を揺蕩う乱菊の金糸の髪を掬い取り、指に絡めて弄び始めた。
「なぁ…」
「なに…、隊長」
声から稚気が抜け始めた。徐々に理性が戻って来ているようだ。
「俺の身体が以前のガキに逆戻りしたとして、おまえは俺が嫌になるか?」
「そんなわけ、ないじゃないですかぁ!」
心外だと語気を強めた乱菊に、
「けどな、ガキに逆戻りしたら、多分、アソコの大きさも子供サイズに戻るぞ? おまえを満足させられねぇかもしれない」
「隊長が子供でも、大人でも、隊長は隊長でしょ? あたし…は、隊長だから好きなんです。隊長とでなきゃ、こんなことしたくないのに…」
という反論に、得たりとばかりに冬獅郎は頷いた。
「俺も同じだ。妖艶で華やかって言われている松本の外側も、てんで初心で純情で一途な中身も、全部ひっくるめて、俺が惚れた松本乱菊だ」
きっぱりと断言されて、乱菊は絶句した。
「だから、くだらねぇことで、うじうじ悩むな」
とは言うものの、どうせまた、彼女は些細なことをきっかけに落ち込むのだろうと、冬獅郎は予測していた。本当に、しみじみと手の掛かる面倒な女だ。だが、落ち込む彼女を引き上げることさえ、ある意味、楽しみになってしまっているのだ。
(やっぱり、末期だよなぁ)
と冬獅郎は湯気に煙る天井を見上げて、密かに息を吐くのだった。
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20万打感謝リクエスト小噺 その4
ひいぃ、6月に募集したフリリクを11月に更新って。リクエストして下さった方もすっかり忘れているんじゃ…、とガクブルしている管理人です。比較的、リアルが暇だった夏場にネタが浮かばずに更新しきれなかったのが敗因。
リクエストは「乱菊姐さんの可愛らしい嫉妬で隊長がますます姐さんを可愛らしく思えてしまう話」ということで、丸山姐さんが名前だけで再登場したのも、一応リクエスターの方の要望に応えたつもり(あくまでつもり)です。
時間軸は叛乱終結から三、四ヶ月後くらいですか。お付き合いを初めて最初のヴァレンタインとホワイトデーは済ませたくらいとお考え下さい。
リクエスターのすみこさま、さんざんお待たせした挙句にこんな代物で申し訳ありません。返品は受け付けますが、代替品のご用意は出来ませんのであしからずご了承下さい。