光の海
「初の舞、月白」
氷結する。
みるみるうちに、その場にいた数十の
「今だ!」
円陣を組んで、虚の逃げ道を塞いでいた隊士たちが一斉に跳躍した。
隊士たちの斬魄刀が虚を次々に砕いてゆく。
「虚反応ゼロ。討伐完了です」
「皆、怪我はないか?」
「ありません」
「よし。沢口、高木、特異点の封印に入れ」
「は」
「富沢、長谷部は保護した
「了解しました」
それぞれの任務に散ってゆく隊士たちを見届け、ルキアは始解を解いた。鍔鳴りをさせて、袖白雪を鞘に納めた直後、
「お見事です、朽木副隊長」
と柔らかな声が響いた。
「絢女隊長!?」
ルキアは目を瞠った。
「どうなさったのですか?」
一瞬、緊急事態が発生したかと焦ったが、絢女の表情も霊圧もしごく穏やかで、緊迫した様子は微塵もない。
「よく訓練されているわね。乱れのない攻撃、見事でした」
「おそれいります。いつから御覧になっていらしたのですか?」
「
「あの…? 絢女隊長、どうしてこちらに?」
ルキアの問いに、絢女は幽かに笑んだ。
「浮竹隊長をお訪ねした時に、朽木副隊長が現世に討伐だと伺って…」
「ええ?」
「ずいぶん懐かしい場所だったから…」
ルキアが部下を連れて討伐に訪れたこの場所は、海辺の静かな漁村だった。実のところ、ルキアもこんな田舎に討伐に降りたのは久しぶりである。田舎であろうと虚は出現するので、もちろん、討伐がないわけではない。だが、人口の少ない漁村や農村に出現する虚は平隊士やせいぜい下位席官で事足りる程度の力の弱い悪霊がほとんどである。上位席官や、まして、副隊長が討伐に出向かなければならないほどの性質の悪い虚は、通常、餌の多い都会にしか出現しない。
今回は、特殊な要件があった。
鄙びた漁村の外れの林に霊的な特異点が生じ、そこに周辺の虚や整が吸い寄せられるように集まっていたのだ。集まった虚は能力的には雑魚といえる程度のものばかりだったが、群れを成してしまったのが厄介だった。人間にも悪影響が及び始めたし、同じように特異点に惹き付けられて来た整は真っ先に虚の餌になってしまった。この為、虚の殲滅、生き残った整の保護、そして、霊的特異点の封印の任務が下され、討伐隊をルキアが指揮することになったのだ。
「朽木副隊長、特異点の封印完了しました。霊波の異常は収束。封印は安定しております」
「整の魂葬、終了しました。半径一里四方に虚、整とも霊圧反応なし」
部下の報告に、ルキアは頷いた。
「よし、任務すべて完了。撤収」
「は!」
穿界門を開く準備を始めた隊士たちを見遣りながら、
「朽木副隊長」
と絢女は呼びかけた。
「浮竹隊長にはお話を通して許可を頂いています。部下を先に帰して、
浮竹の了承を得ているのなら、ルキアには断る理由はない。
「喜んで」
と答えた彼女に、
「ありがとう」
と絢女も笑みを返した。
絢女がルキアを伴ったのは、特異点のあった漁村から数kmほど離れた礒浜だった。
打ち寄せる波が岩に砕け、白く泡立っている。目の前に広がるのは海原で、水平線の近くにぽつんと点のようにタンカーが浮かんでいた。
「絢女殿、ここは?」
ルキアの問いに、絢女は静かに答えた。
「百五十年前、緋真さまと一緒に眺めた海」
潮騒を聴きたい、と緋真が呟いたのは、絢女が任務で赴いた海辺の町の話をしていた時だった。
体が丈夫ではなく、臥せりがちな緋真は絢女から現世や流魂街の様子を聞くのを楽しみにしていた。絢女もそれは心得ていて、ややもすれば血なまぐさい任務の話は一切封じ、訪れた先で見た珍しい光景や町の様子など、緋真が楽しめそうな話題を選んで語るのが常だった。雪深い地方で作られる「かまくら」と呼ばれる雪洞、祭りで町を練り歩いていた山車、野焼き、噴煙を上げる火山など、絢女の話を、緋真はいつも目を輝かせて聞き入っていた。
その日は、数日前に海辺にある町に赴いていたので、話題はどうしても海のことになった。海原の青く雄大な眺めや、海辺の小山に広がる蜜柑畑がちょうど花の盛りでとてもいい香りだったことなどを、絢女は語った。そして、話の流れで、岩場に打ち寄せる波が砕け散る音を口真似で再現して聞かせていた時に、
「聴いてみたい」
ぽつりと、緋真が零したのだ。
これまでにも、絢女の語った現世の光景に、
「とても美しいのでしょうね。見てみたいです」
などと相槌を打つことはよくあった。見たいというのは本音であったかもしれないが、どうしても、本気で、というニュアンスはなく、珍しい話に対する儀礼的な意味合いしかなかった。だが、その時に緋真が洩らした言葉には、それまでの相槌とは明らかに異質な真摯さが滲んでいた。
思わず話を止めて緋真に見入ってしまった絢女に、
「申し訳ございません。変なことを申し上げて…」
と恥ずかしそうに緋真は俯いた。
「潮騒の音に興味がおありですか?」
「はい…。あの、懐かしいような心地になりまして」
「懐かしい?」
「絢女さまが聞かせて下さった、『ザーン、ザザーン』という響きが何故だかとても懐かしくて」
緋真の表情がとても切なそうで、絢女はどうしても本物の波の音を聞かせてやりたい、と思ってしまった。
「現世に聴きに参りませんか?」
自然に言葉が口をついていた。驚いて見返す緋真に、
「今は気候のよい時期です。海辺なら空気も綺麗ですし、短い時間なら、緋真さまのお体に障ることもないと思います」
「ですが、現世なんて。私は死神ではございませんのに」
「朽木家は専用の穿界門をお持ちでしたでしょう? 申請は必要ですから今日すぐにとは参りませんが、手続きを踏めば現世に降りる許可は出るはずです。参りましょう、緋真さま。私も緋真さまに海をお見せしたいです」
今はもう朽木家の当主夫人だというのに、緋真は何ごとにおいても遠慮がちで、あれがしたいとか、これが欲しいなどといった望みは滅多なことでは口にしない。緋真に任せていたら、現世に降りたいなどと自分からは絶対に言えないだろうと考えた絢女は、白哉の帰宅を待ってそのことを切り出してみた。
「現世へ?」
と、白哉は一瞬だけ眉を顰めたが、
「緋真がそのような望みを口にするとは珍しいな」
「はい。ですから、なおさら、叶えて差し上げたいのです。虚の心配のない、穏やかで静かな場所を選びますし、緋真さまのことは私がお護りいたします。どうか、現世に降りることをお許し下さい」
最愛の妻の望みを叶えたいのは、白哉も同じだったのだろう。彼は肯くと、すぐに緋真の現世滞在許可申請の手続きを取った。自分も付き添いたいからと、彼は絢女と非番の合う日程を調整して申請を行った。
「では、兄様と三人でここに?」
「いいえ。朽木隊長は結局、ご一緒出来なかったの。出かける直前に、緊急救援要請が入ってしまって。緋真さまは旦那さまが討伐に出るのに自分が現世に遊びに降りるなんて申し訳ないとご遠慮なさっておいででしたが、許可申請を取り直すのも時間がかかりますから…」
「そうでしたか」
「朽木隊長は、『これくらいの討伐、危険なことなど何もない。緋真は案ずることなく現世を楽しんでくるがよい。それとも、夫が信じられぬか?』なんておっしゃったのよ。緋真さまは真っ赤になっていらしてね。あの時の緋真さまはお可愛らしかったなぁ…」
絢女はゆっくりと周りを見渡すと、手頃な岩に腰を下ろした。
隣に座ったルキアに、
「やっぱり、百五十年も経つとこんな田舎でもずいぶん変わってしまうのね。あんな道路も建物も以前はなかったのに」
と海岸線を走る道路とその道路脇のリゾートホテル風の建物を指差した。
「都会は百年も経つと同じ場所とは思えないほど変わってしまいます。それに比べれば…」
絢女は岬に建つ真っ白な灯台を認めて、笑みを浮かべた。
「あの灯台は建て変わってしまったけれど、まだあって良かったわ。緋真さまと来た頃はもっと小さくて、近くに灯台守の官舎のある有人灯台だったから、もしかしたらなくなっているかもしれないと心配していたのだけど」
現在、船の航行には灯台はほとんど必要がない。人工衛星と通信の発達により、GPS機能で真っ暗闇の大海原の真ん中であっても現在位置を正確に知ることが出来るからだ。操船もほぼ自動化されてしまった。人間が操舵しなければならない船はヨットなどの操船そのものを楽しむレジャー用のものに限られ、大型の旅客船や貨物船はもとより、個人所有の漁船でさえ通常は自動運転だ。
それでも、灯台が過去の遺物にならなかったのは、どんなに自動化を重ねても、全てを機械に委ねきることは出来なかったからだ。予測もつかない天候の急変、何らかのトラブルによる機械の誤作動、そういった不測の事態に対応できるのはやはり人間だ。いくらGPSで正確な自らの居場所が掴めても、そのGPSが不調を起こし狂ってしまった時、頼りになるのは太古の昔から航海の目印にしてきた星や月であり、大地にあって光を投げかける灯台だったのだ。
ルキアは肯くと、
「先日、所用があって空座市に降りました。以前に降りた時もずいぶん変わったと感じたのですが、また一段と変化していて、あの頃の面影はすっかりなくなっておりました」
と絢女に教えた。
「そう…」
「空座第一高校もなくなってしまって…」
「寂しい?」
「少し…」
百年前、世界を揺るがす叛乱の舞台となった空座町は、今は空座市になっている。あの事件当時、ルキアが人間のふりをして通った空座第一高校は学校自体は存続していたが場所を移転しており、かつて校舎があった場所は公園とマンションに変わってしまった。
浦原商店も今はない。現世にありながら死神と同じ時間を生きる浦原喜助や四楓院夜一は、人間から見ると不老不死のように感じられる。記憶操作を駆使したとしても、同じ場所に長く留まり続けることは困難なのだ。六十年ほど前に重霊地が移動したのを機に、浦原商店は空座町から離れていた。
岩に腰を下ろし、緋真はじっと波の音に耳を傾けていた。
天気のよい穏やかな日であったが、やはり海辺は多少風が強く、沖から白く波頭を立てて波が寄せていた。
潮騒に聴き入る緋真の邪魔をしないよう、隣で絢女も単調な波音に身を委ねていた。
頭上で、鳶が高く鳴いた。
「絢女さま」
「はい」
「私、この音を知っています」
打ち寄せる波の刻む音色を、緋真は確かに記憶していた。
「私、どこで…?」
「現世で人間だった頃、緋真さまは海辺にお住まいだったのかもしれませんね」
人間として生きていた頃の具体的な記憶は、尸魂界に送られる時に零れ落ちてしまう。緋真も、絢女も、一緒に死んで一緒に魂葬された兄弟の記憶だけは失わずにすんだが、それ以外の思い出は一切忘却してしまっていた。だが、これもまた不思議なことなのだが、具体性を伴わない記憶は案外と残っているものらしく、絢女は寺社で勤行の声や祝詞を耳にすると強い懐かしさを覚える。彼女は現世では陰陽師の家系に生まれていたらしいので、父母が唱える術の声を魂の奥底で記憶しているのかもしれないと推測していた。潮騒を懐かしく感じる緋真は、おそらくこの波音を日常的に耳にしていたのだろう。だとすれば、人間だった頃の彼女が海辺の町に住み暮していたという推測は成り立つ。
「そうかもしれません…。この海の…、磯の香りも知っております」
緋真は沈み始めた太陽光を反射してきらきらと輝く海に見入っていたが、ふと、近くの岬に建つ塔に目を留めた。
「あれは何ですか?」
「灯台です」
絢女の答えに、緋真は首を傾げた。
「灯台といいますと?」
「夜になると、あの塔に灯りが燈ります。遠くまで届く特殊な照明が使われていて、沖を行く船はその光を頼りに自分の居場所を知り、安全に航海することが出来るのです」
「船を導く光、なのですか?」
「はい。そうです」
緋真は黙り込んだ。じっと灯台を見つめる姿に、何か記憶を呼び覚まされたのだろうかと、絢女も無言を守った。
「光を意味すると…」
不意に、緋真が呟いた。
「え?」
聞き返す絢女に、
「妹…。ルキアです。不思議な響きの名でしょう?」
「ええ。私もずっと珍しいお名前だと思っておりました。
「大人の男の人から教えられたのを覚えております」
と、緋真は目を閉じ、記憶の底にたゆたう男の言葉を再現した。
「『ルキア』というのは、紅毛 *3 が学問に使う古い言葉で『光』という意味なのだよ」
「…緋真さまのお父上…」
「おそらく…」
弟のことを除けば、一切の現世の記憶を失ってしまった絢女は、父親の顔も、名も、もう思い出すことは出来ない。けれども、たったひとつ、失くさずに抱えていられた父の記憶がある。
「冬獅郎を護れ。命に代えてもこやつらに渡すな」
死神に襲われた冬獅郎を逃がそうとした父が最後に娘に与えた命と広やかな
弟がいたから、ただひとかけらでも、絢女に父の記憶が残った。
緋真も同じなのだろう。妹を抱きかかえて尸魂界に流された緋真は、妹のことはすべて記憶していた。
「ずっと、雨雪が続いていたのです」
「ええ…」
「だけど、ルキアの産まれる少し前、雨が止んで、雲が切れて、日が射して…」
まだ寒さの厳しい早春、睦月十四日に緋真の妹は産まれた。厚く垂れ込めていた雲が不意に切れ、明るい日差しが射すのをまるで待っていたかのように産声を上げた。
「嬉しくて…、妹が出来たことが嬉しくて、ふにゃふにゃして頼りない、小さな妹をおっかなびっくりでだっこさせてもらったんです。私にルキアを渡してくれた女性は、あれは母でしたのか、産婆さんでしたのか…」
と、緋真は幽かに微笑んだ。
「父は雲の切れ間から射した光を見て、妹に『ルキア』と名づけたのかもしれません」
「光…。よいお名前ですね。
「当たっているように思います。お医者さまはお薬の匂いがいたしますでしょう? 私、あの匂いが嫌いではないのです。お薬の匂いがすると安心してしまうのは、きっと…」
「お父上がいつもお薬の匂いをさせていらしたから」
と、絢女が後を引き取った。
緋真はもう一度、灯台に目を向けると、
「光」
とぽつりと呟いた。
「私はどうして妹を手放してしまったのでしょう? あの娘は…、ルキアは…、私の光でしたのに」
裡に根を下ろし、決して消えることのない悔恨を、緋真は口にした。
ぱた、と零れ落ちた涙が岩に染みた。
戌吊は決して豊かな場所ではない。絢女がかつていた最貧区ほどどん底ではないが、女子供が生きるのは酷な場所だ。緋真はそれなりの霊力があった為、戌吊で何とか生き延びることは出来た。だが、霊力というものは治安の悪いところで生きるには諸刃で、身を守るのには役に立つが、霊力がある分だけ霊力のない人間よりも食料を必要とするのだ。緋真は絢女とは異なり、生前に霊力の扱い方の訓練を受けていたわけではなかった。まして、連れていたルキアは赤子だ。なまじ霊力があるがばかりに腹が減ったと泣き叫ぶ妹を抱えて、まだ少女だった緋真が疲弊しきったのも無理はない。一瞬の闇に囚われて妹を捨ててしまったのは、客観的にみれば詮ないことだった。
だが、そう告げて慰めても、緋真には意味がない。ルキアを捨てずに育て続けていたとしたら、おそらく、共倒れになっていただろうことも承知の上で、彼女は自分を責めているのだ。
たった一人の妹を捨ててしまったという事実。身を守る術を持たない赤子だった妹を置き去りにしたという過去が、緋真の悔いの全てだった。
「ルキアを捨ててしまったくせに、私は…、私一人だけ白哉さまの妻になって幸せで…」
声を震わせる緋真に、
「緋真さまが朽木副隊長の奥様になられたからこそ、朽木家の力でルキアさまを捜すことが出来るのですよ」
と絢女は告げた。
「緋真さまがお一人の力で捜そうとなさっても、おそらく、奇跡でも起きない限り、ルキアさまは見つかりません。でも、朽木家の力をもってすれば、きっと見つけ出せます」
「絢女さま」
「朽木副隊長が手を尽くしていらっしゃることは、緋真さまもよくご存知でしょう」
「はい」
「見付かります。きっと、朽木副隊長がルキアさまを見つけて下さいます」
いつしか、辺りは黄昏ていた。
少しずつ、暗さが増してゆく中、ぽっと灯台に光が燈った。
「あ…」
緋真はその光に目を奪われた。
絢女は立ち上がった。
「緋真さま。私に掴まって下さい」
戸惑いながら緋真が絢女に縋る。絢女は緋真の身体を支えると、そのまま海上に向かって駆けた。
かなり、沖合いまで走って、絢女は止まった。海原を下にして、中空に立った絢女は、
「こんなに遠くからでもはっきり見えるでしょう?」
と灯台の光を指した。
「ええ」
「あの光が船を導くのです」
絢女は続けた。
「緋真さまのお父上が『光』と名付けられたのですもの。ルキアさまはその輝きで、きっと見つけることが出来ます」
「ええ。そうですね…。きっと、白哉さまが見つけて下さいますね」
灯台の光を食い入るように見つめながら、緋真は自身に言い聞かせていた。
百五十年前、緋真が聴き入った波の音に、ルキアは耳を傾けた。
赤子のうちに死んで尸魂界に送られたルキアには、波音を記憶に刻むほどの時間はなかったのだろう。姉のように懐かしさは感じない。だが、聞いていると、心が落ち着いてくるのが分かった。
「絢女殿」
と、ルキアは呼びかけた。
「何、ルキアちゃん?」
「ここに連れてきて下さってありがとうございます」
「私が来たかったの。緋真さまと見た海をルキアちゃんと見たくて、浮竹隊長に我儘をお願いしてしまいました」
ルキアは白哉が絢女について、口癖のように言っている言葉を思い出した。
「絢女殿は緋真が身罷った時、瞼が腫れ上がるほどに泣き悲しんでくれた」
朽木家の掟を曲げてでも緋真を妻としたことを、白哉は少しも悔いてはいない。だが、自らの望みを貫いた結果、緋真を孤独にしてしまったことには悔恨の念があった。
白哉の妻になり、瀞霊廷に入ったことで、緋真は白哉以外に味方のいない孤独な境遇に陥った。流魂街にいた緋真の友人は瀞霊廷に入ることなど許されない。それでなくとも流魂街出身者を妻にしたと陰口を叩かれる白哉のことを慮れば、朽木家当主夫人が流魂街に立ち入ることも外聞が憚られ、緋真は自ら友人に会いに行くことさえ出来なくなってしまった。朽木家と付き合いのある貴族の夫人や令嬢達は、表面上は朽木家令夫人である緋真に慇懃な態度を取っていたが、腹の底では流魂街出身の彼女を見下しており、心を許すことなど出来なかった。
「絢女殿がいてくれた故、泣いてくれる友の一人もおらぬ惨めな女として緋真を死なさずにすんだ」
あの日と同じように、暮れなずみ始めた岬に、灯台の灯りが燈った。
「絢女殿」
「はい?」
「私はあの光のように在れますでしょうか?」
「もし、緋真さまがここにいらしたら、ルキアちゃんは『光』だとおっしゃるわ」
と絢女は答えた。
「お父上の付けられた名に恥じない、明るく輝く光だと、きっとそうおっしゃって自慢されるわ」
夕凪に入ったのか、波音がわずかに静まった。
遠く、沖合いまで届く光を、ルキアと絢女はいつまでも眺め続けていた。
*1 約30分
*2 約2時間
*3 江戸期におけるオランダ人に対する呼称
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藍染の反乱から百年後、海で絢女さんが朽木緋真と現世の話で盛り上がった
こうなりました。
緋真さんが亡くなっているのは如何ともしがたく、「藍染の反乱から百年後」の部分はルキアちゃんに担当してもらいました。後、「盛り上がった」というより「しんみり」してしまった点も突っ込まないで下さい。
文中での設定について、いくつか補足します。
冒頭のルキアちゃんが「朽木副隊長」なのは、藍染の反乱から百年も経っていれば、ルキアちゃんなら副隊長くらいにはなっているだろうという判断です。また、絢女と緋真さんの会話の中で兄様のことを「朽木副隊長」と呼んでいるのですが、これは原作からの推察です。
原作でのルキアちゃん回想シーンで、兄様が隊長になったのはルキアちゃんが養女に入った後のことで市丸さんとほぼ同時期に隊長になった、と述べていました。だとすると、緋真さん存命中、兄様は隊長ではなかったことになります。市丸さんはこの頃、副隊長だったことが明らかですから、兄様も副隊長だったのでは? ということで「朽木副隊長」。何番隊の副隊長だったかまでは考えていませんが、やっぱり、六番隊だったのでしょうか?
当サイトの捏造設定では、ルキアちゃんの一月十四日という誕生日は、緋真さんの記憶によるものです。ただし、ルキアちゃんと緋真さんが亡くなったのは幕末の頃と想定していますので、旧暦の一月十四日。よって、今の暦だと二月中旬ごろとなるので早春です。