なよ竹の姫を巡る攻防戦


 ごほん、と咳払いした山本が卯ノ花を見遣る。頷いた卯ノ花は立ち上がると、
「この場をお借りしまして、みなさまにご報告したいことがございます」
と隊長、副隊長らをざっと見渡して切り出した。
「叛乱終結より半年、未だ復興途上とはいえ、護廷も徐々に落ち着きを取り戻して来ております」
 前置きした彼女の話はこうだった。
 この半年、叛乱で荒れてしまった尸魂界、現世管轄地の復興の為に尽力してくれた隊員たちを労う為、何か皆で大いに楽しめる行事ごとはないかと女性死神協会で討論したところ、隊長格による舞台劇の上演がよいのではないかという結論に達した。それも、ただの舞台劇ではつまらないので、男性隊長格と女性隊長格とに分かれて、男性は現世の歌舞伎のように、女性は宝塚歌劇のように同性だけで演じることになったのだ、と。
「上演会は四回。男性隊長格、女性隊長格、それぞれの劇を二度ずつ上演します。護廷の隊員は振り分けて、四回のうちのどれか一回を観劇することになります」
 卯ノ花が断定形で語っている以上、これは確定事項なのだろう。
「で、何を上演するんだい?」
と京楽が挙手して尋ねた。
「演目も勝手ながら、女性死神協会の方で決定させて頂きました。私たち女性隊長格は『ベルサイユのばら
*1 』を上演いたします。男性隊長格のみなさまには『竹取物語』を演じて頂きます」
「その口ぶりだと配役ももう決まっているのかな?」
「はい」
と卯ノ花は肯定した。
「まず、『ベルサイユのばら』ですが、主演、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェは松本副隊長」
 おお、という声が男性隊長陣から上がった。
「アンドレ・グランディエに虎徹勇音」
 以下、マリー・アントワネット/日番谷絢女、フェルゼン/伊勢七緒、ルイ十六世/虎徹清音、ロザリ−/井上織姫(特別出演)、ベルナール・シャトレ/砕蜂、アラン・ド・ソワソン/涅ネム、雛森桃がばあやと王女マリー・テレーズの二役、同じく卯ノ花がオーストリア女帝マリア・テレジアとデュ・バリー夫人の二役を演じるという。
「…列ちゃんの女帝なんてはまり役だよ」
 ぽつりと、京楽が呟いた。
「次に『竹取物語』ですが」
と、卯ノ花はこほんと咳払いをして続けた。
「主演のかぐや姫は日番谷隊長」
「はぁっ!?」
 途端に頓狂な声を上げたのは、むろん冬獅郎だ。
「何で、俺が!?」
 嫌な予感はしていたのだ。女性死神協会の決定事項が今までろくなものであった試しがない。少なくとも、冬獅郎的には。
「あら、ご不満ですか?」
 にっこりと卯ノ花は微笑む。隊長格の間で密かに「最凶の微笑」と恐れられている笑みだ。気圧されて、ぐっと詰まったところに畳み掛けるように、
「もし、女性死神で『竹取物語』を演じるなら、主演は絢女隊長ですわ。日番谷隊長はお姉さんにそっくりな美貌の持ち主ですもの。とても美しいなよ竹の姫が期待できますわね」
 自分が姉に似ていると自覚していて、かつ、絢女の美貌を疑わない冬獅郎としては彼女を引き合いに出されると、もう反論できない。恨めし気に黙り込んだ彼に、
「女性死神協会の幹事会でも満場一致でしたわ」
「…満場一致?」
 副官には期待していない。こんな議案が上がったら、面白がって真っ先に賛成にまわる女だ。しかし、と冬獅郎は五番隊主従に目を向けた。途端に、絢女はわざとらしく天井の方を向き、桃は開き直ったかにっこり笑って手を小さく振って見せた。
(姉さまたちまで賛成しやがったのか)
 この二人は反対してくれる、と信じていただけに冬獅郎は撃沈した。
 冬獅郎が反論の気力すら失って黙り込んだを幸いと、卯ノ花は先を進めた。
みかどに朽木隊長、竹取のおきなは雀部副隊長、おうなに浮竹隊長」
 五人の求婚者は、石作いしづくりの皇子みこに黒崎一護(特別出演)、車持くらもちの皇子みこ/市丸ギン、右大臣・阿倍あべの御主人みうし/大前田希千代、大納言・大伴おおともの御行みゆき/京楽春水、中納言・石上いそのかみの麻呂足まろたり/射場鉄左衛門で、その他の隊長格はかぐや姫が天に帰る際に翁の家を護った帝の衛士に配されているが、吉良イヅルと阿散井恋次は天人の侍女役である。
「あのー」
 おそるおそる恋次が挙手した。
「何でしょう、阿散井副隊長?」
「吉良はともかく、俺の女装は不気味ではないかと…?」
「あら、素材は悪くないと思いますよ。男性隊長格の舞台の際には、女性陣が裏方にまわります。見違えるような美女に変身させて差し上げますから楽しみにしていて下さい」
 くら、と恋次は眩暈を覚えた。しかし、卯ノ花に逆らう度胸はなく、冬獅郎と同様に沈没したのだった。

 卯ノ花の肝いりに山本の総隊長命令が加わったとなると、隊長たちに反抗する術はなく、忙しい業務の合間を縫っての稽古の末、梅雨明け後の夏日に、上演会は敢行された。
 第一回目の女性隊長格による「ベルサイユのばら」は大好評のうちに終わった。豊満な胸をさらしで押さえた軍服姿の乱菊は、男女問わずに死神たちを魅了したらしく、会場となった演芸場で女性死神協会が売りさばいた「オスカル様ブロマイド」は驚異的な売り上げを記録し、女性死神協会に潤沢な資金をもたらした。その他の傾向としては、絢女演じたマリー・アントワネットのブロマイドがオスカルに継ぐ売り上げを記録した他、なぜか、ばあや姿の桃のブロマイドが大好評だった。桃についてはマリー・テレーズのものも用意されておりこちらの方が売れると踏んで数を揃えていたのだが、蓋を開けてみるとばあやの方が当たっていた。おそらく、ばあやのトレードマークともいえる丸メガネと黒い地味なドレスが主に男性死神の何かを刺激したのであろう。
 八番隊第三席の円乗寺辰房がベルナール役を演じた砕蜂のブロマイドを買い占めていたとか、とある隊員が隠し撮りしたオスカルとアンドレ、および、アントワネットとフェルゼンのキスシーン(むろん、寸止めである)がプレミア付きで出まわっているとか、何かと話題に事欠かず、隊員たちを労いたいという目的は成功したといえるだろう。
 ちなみに衣装は織姫の助けを借りて、石田雨竜が製作した。手芸部の部長を務める雨竜は「眼鏡ミシン」の渾名にたがわず、裁縫が得意でかつ好きらしく、女性死神協会の頼みに嬉々として応じてオスカルの軍服やアントワネットのドレスを縫い上げた。

 それから五日後に、第二回目の上演会が開催された。
 二回目は男性隊長格による「竹取物語」である。
 衣装に着替えるだけの帝や求婚者たちと違って、女装のイヅル、恋次、冬獅郎は準備に時間がかかる。冬獅郎は最後まで女装を嫌がっていたが、卯ノ花に「最凶の微笑」を向けられた上、乱菊・桃・絢女という逆らえない女三人に囲まれて説得されては無駄なあがきも続かず、ずるずると支度部屋に引きずられていった。
 最初に出てきたのはイヅルだった。彼の支度を手伝った桃が、満面に笑みを浮かべてイヅルを控室に連れてきた。
「どうです? すっごく可憐な天女さまでしょ?」
と桃は後ろで小さくなっているイヅルをぐいと前に押しやった。
「おお!」
と、修兵や鉄左衛門が感嘆の声を上げた。
「吉良、えらい美少女に化けたじゃねえか?」
「見違えたのう。うっかり惚れそうじゃけ」
 もともとイヅルは線の細い優男タイプである。顔立ちも整っているし、女形としていい線を行くのではないかと、みな予測はつけていたのだが、想像以上の化けっぷりである。
「いや、ほんま、イヅル別嬪さんやわぁ。いつでもお嫁に行けるで」
 直属の上司にまで実に嬉しそうに誉められて、イヅルは溜息をついて椅子に腰かけた。
 次に控室に現れたのは恋次だ。
 彼が室内に入った途端、その場にいた隊長格は全員、どよめいた。
「すげ、ちゃんと女に見える!」
「これはまた、意外に女装がさまになっているじゃないか?」
 女役とはいえ、何しろ媼なので女装と言えるか微妙な浮竹がぱちぱちと拍手をし、白哉と一護が、
「予想外だ」
「意外…」
と呆然と顔を見合わせた。
 六尺を超す長身は如何ともしがたく、大柄なのはどうしようもないとして、ごつい身体つきはドレープをたっぷりとった衣装でかなりうまいこと誤魔化されている。いつもはパイナップル頭と揶揄されることもある長髪は下ろされ、きらびやかな髪飾りがつけられていた。どう始末するのだろうと皆が危惧していた刺青眉は、技術開発局提供の強力カバー・ファンデーションと髪飾りで巧みに隠され、近くで見てもさほど気にならない程度におさまっている。これならば、観劇している死神たちは全く気にしないだろう。イヅルと異なり可憐さや清楚さに欠ける為、天女と呼ぶのはやや無理があるかもしれない。だが、鉄火な姐御系の美女と称するなら、充分に通りそうな塩梅だ。
 素材は悪くないから美女に変身できる、と言い切った卯ノ花の慧眼ぶりに男性隊長格全員が舌を巻いた。
「隊長」
 白哉の傍らに腰を落ち着けた恋次が、
「この衣装、無茶苦茶暑いんですけど…」
と詮無いながらも愚痴った。
 彼が身に着けているのは、十二単ではないがそれに近い意匠の天人服である。白い袴と丈の短い上衣の上から胸元にひだを寄せてブローチで止めたたっぷりとした一枚布のケープを纏い、さらにその上に蝉の羽のように薄い紗の布を幾重にも重ねているのだ。とにかく、蒸れる。暑苦しい。だが、白哉は、
一刻いっとき
*2 ほどのこと。我慢せよ」
と無情にも言い放った。
「はぁ…」
 このくそ暑い夏に一刻もこの格好でいたら、いかな丈夫が取り柄の自分でも熱中症で倒れるのではないか。そう感じて、恋次は暗い気分になった。ほぼ同様な衣装で早くもぐったりとしているイヅルと目が合った時、ひやりとした冷気が室内に流れ込んできた。
「冬獅郎くんの準備も出来たみたいだねぇ」
「機嫌悪そうだな。冷気を振りまいている」
「確かに、ご機嫌斜めみたいだな」
と皆は口々に言っているが、恋次とイヅルにとっては救いの冷気だ。二人がほぉっと安堵の息を吐いた時、控室の扉が開いた。
 まず入ってきたのは乱菊だった。
「おまたせしましたー! かぐや姫の入場です」
と高らかに宣言するその後ろから、しずしずと十二単を纏った美女が入室してきた。意図して女らしく動いているのではない。十二単がやたらと重く、足さばきが悪く、嫌でもしとやかに動かざるを得ないのだ。
 室内が静まり返る。
 まさに、絶世の美女だった。かつらではあるが豊かな黒髪は衣装の裾よりもまだ長く、長い睫が伏せた眸を縁取っている。薔薇色に紅を差した唇はぬれぬれと艶めいて、まるで男を誘っているかのようだ。
 誰かが、ごくりと唾を飲み込んだ音さえ響くほどの静寂の中、
    冬獅郎くん、だよね? 絢女ちゃんじゃなくて」
 最初に言葉を発したのは、京楽だった。余りの美女ぶりに、もしや女装を嫌がる冬獅郎の為に、弟思いの絢女が身代わりを買って出たのではとの疑念が頭を擡げたのだが、
「ええ、もちろん、冬獅郎です」
 ひょこと、当の絢女が冬獅郎の後ろから顔を覗かせた。
「なかなか見事なかぐや姫でしょう?」
 弟の美女ぶりが嬉しいのかにこにこしている絢女と対照的に、冬獅郎の眉間の皺はかつてないほど深い。だが、それさえも美女の憂い顔に見えてしまうのだから、怖ろしい。
 度肝を抜かれている隊長陣の中で真っ先に立ち直ったのはギンだった。
「冬獅郎はん、ほんっまに絢女の弟やってんなぁ」
 彼はしみじみと慨嘆すると、
「あかん。本番中にうっかり絢女と間違えて、本気で口説いてしまいそうや」
と続けた。
 ぎろ、と睨んだ冬獅郎に、
「おお、怖ぁ」
とギンは肩を竦めたが、表情は完全に楽しんでいる。揶揄からかう気満々といった態の彼に、文句をつけようと冬獅郎は口を開きかけた。だが、言葉を発する前にねっとりと不快な視線を感じて振り返った。
    大前田!?)
 涎を垂らさんばかりにうっとりと冬獅郎を見つめる大前田希千代の姿があった。
(な、何だ? その目つきは!?)
 嫌な汗が背中を伝った。何というか、ものすごく気色悪い。何で大前田が俺をこんな目で見るんだ、と焦りながら疑問を覚えた冬獅郎だったが、すぐに思い当った。
(そういや、こいつ、姉さまに惚れて…)
 傍らを見ると、先ほどまでにこにこしていた絢女と、冬獅郎の絶世の美女ぶりにやたらとテンションを上げていたはずの乱菊とが、ともに引き攣った表情で固まっている。大前田の目つきに、地雷を踏んでしまったことを悟ったようだ。
 と、ギンがすっと椅子を立った。
「大前田はん」
 ぎくっと大前田が身体を強張らせた。
「そない、犯しそうな目ェで若さん見るの、やめてもらえへん? 若さん、ドン引きしてはるで」
「い、いや、そ、そ、その、別に」
「あれは冬獅郎はん。なんぼ絢女に似とっても男や」
「も、もちろん分かってますって」
「ふうん。やったら、当然、絢女がボクのもんや、ゆうのも承知やね?」
「も、も、もちろんです。はい」
 かつて、絢女にストーカー行為をはたらいた大前田をギンが脅して手を引かせた、という話を京楽たちから聞かされていた冬獅郎だった。だが、大前田の怯えようを目の当たりにして、当時のギンの脅しっぷりのえげつなさをしみじみと理解した。
「市丸」
「何、冬獅郎はん?」
「不本意極まるが、初めておまえの存在をありがたいと思った」
 立場が圧倒的に上である冬獅郎さえ、あの視線には生理的な不快感が先に立って対処出来なかったのだ。当時は大前田より下の地位だった絢女が参ってしまったのも無理はない。
 乱菊と絢女が左右から、つんつんとギンの衣装の袖を引いた。
「ギン〜。隊長を護ってよ」
「冬獅郎のこと、お願い」
と頼む二人の表情はいつになく真剣だ。
「心配せえへんでも、舞台の間、きっちりガードしたるから」
 大前田除けの盾を宣言したギンに、
「…頼む」
と冬獅郎も呟いた。全くもって不本意はこの上ないのだが、背に腹は替えられない。あの視線を浴び続けたら、それでなくても女装ですっかりすり減っている冬獅郎の神経が持たない。舞台の上ではギンだけが頼りだ。
「…これは…、荒れそうだね」
と京楽が呟いた。

 波乱含みのまま、舞台の幕は上がった。
 竹取の翁が竹の中から愛らしい赤子を見つけ、家に連れ帰って媼と共に大切に育て上げる場面、翁が竹の中から金銀を見つけ、富んでいくさま、ナレーターの小椿仙太郎の進行の下、劇は進んでゆく。
「やがて、美しく成長した姫はしかるべき名付け親を立て、『なよ竹のかぐや姫』と名付けられました。姫の美しさといったら、まさにこの世のものとは思えないほどで、姫の輝く美貌で翁の家自体が光り輝いて見えるほどでした」
 姫の美貌の噂に男たちは競い合うように求婚したが、皆、撥ね付けられ、さらに力ないものはライバルによって蹴落とされ、結果、五人の有力な公達が残った。
「けれども、かぐや姫は五人の誰とも結婚したくはありませんでした」
と仙太郎のナレーションは続く。
「そこで、五人にそれぞれある頼みごとをして、みごとかぐや姫の望みを叶えた者の下に嫁ぐと宣言したのです」
 ここでかぐや姫が舞台に初登場となる。赤子のかぐや姫は技術開発局謹製の義骸であるし、衣装がちらちらと見えるだけの演出で気を持たせていたのである。
 最初の求婚者、石作皇子の前にかぐや姫が姿を現した。
「うおぉ!」
 会場をどよめきが包んだ。
 配役はあらかじめ発表されていたので、冬獅郎がかぐや姫なのは皆、承知していた。それでも、現れたかぐや姫の美しさに息を呑まずにはいられなかったのだ。
「受けてるな〜」
 客席には聞こえないように小さな声で、一護が囁く。
「凍らせてやろうか?」
 不機嫌全開で冬獅郎が応じる。
「おい、顔が仏頂面になってるぞ」
 冬獅郎は無言で手にしていた扇を開くと顔を隠した。
「ああ、美しいかぐや姫」
と一護が科白を言った。
「あなたを想う余り、私は食事も咽喉を通らず、夜も眠れず、これ、このように痩せ衰えてしまいました」
 棒読みの一護に、
「下手糞」
と冬獅郎がぼそりと吐き出す。
「うるせぇ。こんなくっせぇ科白、感情込めてなんて言えるか」
 応じた後、一護は科白を続けた。棒読みながらも切々とかぐや姫への想いの丈を訴える言葉が続いた後、
「皇子のお気持ちはたいそう嬉しく存じます」
 初めて、かぐや姫の科白が入った。
「あ、ほんとに日番谷隊長だったんだ」
 舞台の最前列で呟かれた声が、一護と冬獅郎の耳にも届いた。
(あー、やっぱ、みんな、絢女さんの代役を疑うんだな)
 一護は頷く。精一杯努力して高い裏声を出しているが、絢女の囁くような声質のメゾソプラノとは明らかに異質な男の声に、観客もようやく、かぐや姫を演じてるのが紛うことなく日番谷冬獅郎であると確信を持ったらしい。
「ですが、人の心は移ろいやすいもの。皇子の御心が真実だと、どうして信じられましょう。皇子の愛が真実であるという証が頂きとうございます」
とかぐや姫は難題を切り出して来た。
「なんなりと」
「天竺に伝わるという、仏の御石の鉢。皇子が真実、私を愛して下さいますなら、この宝を賜りとうございます」
 仏祖・釈迦が托鉢に用いたという尊い石の鉢を要求しているのだ。
(プロポーズを断るにしても、性悪なやり方だよなぁ)
(同感だが、石作皇子も性悪さはどっこいだと思うぞ?)
(ま、確かにな)
 一護演じる石作皇子は、必ずや「仏の御石の鉢」を手に入れて来ると約定して、舞台から退場した。
 続いて、大納言・大伴御行役の京楽春水が「龍の首の珠」を、中納言・石上麻呂足役の射場鉄左衛門が「燕の子安貝」を要求されて退場していった。
 次は、大前田希千代演じる右大臣・阿倍御主人との対面だ。
 ごくりと冬獅郎が覚悟の息を呑んだ時、大前田が舞台に登場した。
「かぐや姫!」
 いきなりずんずんとかぐや姫に突進してきた大前田は、止めるいとまもあればこそ、がしっと冬獅郎の手を握りしめた。
(げっ!)
 目が完璧にイってしまっている。
(ちょっと待て、大前田!)
「結婚して下さい!」
 気持ち悪い。振り放したい。
 しかし、大前田は完全に据わった目で、
「あんな陰険な男より俺の方があなたを幸せにできます。家だって金持ちだし、何といっても貴族っスよ」
(だから、俺は姉さまじゃねぇぇ!!)
 冬獅郎は知った。圧倒的な生理的嫌悪感に見舞われると、却って抵抗できなくなるものだと。力関係から言ったら、普段の冬獅郎なら、ひと睨みで大前田を沈黙させることが出来る。だが、今は、背中に這い上ってくる不快感に耐えるのが精一杯で、大前田を振り払うことさえ出来ない。
(何してやがるんだ、市丸!?)
 よもや、自分がギンに助けを求める日が来ようとは思いもよらなかった。
「俺と結婚して下さい! あんな男、あなたを弄んでいるだけスよ」
 さらに身を乗り出してきた大前田が、唾を飛ばして冬獅郎に迫ってくる。
 その時。
「射殺せ、神鎗」
 観客の目には留まらないほどの神速で繰り出された剣が、大前田の右頬を掠めた。
 観客に左の顔面を向けていた為、誰も気付かなかったが、つう、と頬を血が伝った。
 冬獅郎の背後、御簾に隠れて客席から見えない位置に、うっそりとギンが佇んでいた。
(ふうん…。それがキミの本音か)
 大前田は冬獅郎の手を離すと、ずささ、と派手な効果音を立てて一間ほども後ろに跳び退った。
(陰険な男って、誰のこと言うているんやろね?)
 にったりとギンが笑ったのが、振り向かないでも冬獅郎には分かった。
(おまえ以外の誰だよ。実際、陰険だし…)
 心の中で突っ込みを入れつつも、冬獅郎は安堵の息をついた。
 大前田に向かい、扇に隠して呼吸を整えた冬獅郎は、
「私と結婚したいと仰せなら、『火鼠の皮衣』を手に入れてきて下さい」
と芝居として告げるべき科白をようやく口にした。
 ここで、大前田は退場であるはずなのだが、彼は腰が抜けてしまったらしい。あわあわと口を開けたままでもがいている。そこに、ギンが車持皇子として登場してきた。
「あらぁ、右大臣はん。まぁだ、かぐや姫に付き纏うとったん?」
「ひ…、あの…」
 ギンは表情だけはにこやかに大前田に顔を近付けると、観客には絶対に聞こえないほどの声で囁いた。
「さっさとにさらせ」
 ひぃ、と悲鳴を上げ、大前田は這い逃げる。
 ギンはかぐや姫に向き直ると、
「えらいすみません。何や、かぐや姫さん、難儀しとったみたいやったけど、余計なことしてしまいましたか?」
「いえ、助かりました。右大臣さまはなかなか私の話にご納得いただけなくて…」
 白々しくアドリブの会話を続けながら、
(遅ぇんだよ。なぁにが『舞台の間、きっちりガードする』だ。口先だけじゃねぇか!)
と、冬獅郎は眼だけで思いっきり文句を投げつけていた。
(かんにん。いやぁ、さすがに大前田はんがあそこまで暴走すると思てへんで、油断したわ。けど、冬獅郎はんも何で振り払わへんかったん?)
(あまりにも気色悪すぎて、振り払えなかったんだ!)
(あー、そうなん? それはかんにん)
(何で、俺がこんな目に…)
(そら、冬獅郎はんが絢女によう似とるのがあかんかったんやなぁ。絢女、ボクに取られて、溜まとったモンもありそうやし…)
(おまえがいなくても、姉さまが大前田を選ぶことは絶対にねぇと思うがな)
 すっぱり切って捨てた冬獅郎に、
(うん、あり得へんなぁ)
とギンも頷く。それから、表情を改めて芝居に入った。
 かぐや姫の前にゆったりと座した車持皇子が愛の言葉を告げる。ギンの演技力か、はたまた、絢女を口説いているつもりなのか、かなり真に迫った芝居だ。ふと、冬獅郎が観客席を見渡すと、主に女性死神はうっとりとした目付きで舞台に見入り、男性死神は奇妙な納得顔をしている。
(頭、痛ぇ…)
と、冬獅郎はうんざりしながらも、きっちりと芝居はこなした。
「そこまでおっしゃるなら、そのお言葉が真実まことであるとの証を形にして下さい」
「どのようにして形にすれば、かぐや姫さんは納得してくれはるのんですか?」
「真実の愛の証に『蓬莱ほうらいの玉の枝』を賜りとうございます」
「姫の為とあらば、お安い御用です。きっと宝をお持ちします」
 これで求婚者との対面の場は終わった。
「それから、三年の月日が経ち、求婚者たちは次々に宝を持ち帰ったと、かぐや姫を訪れました」
 ナレーションひとつで三年後に場は飛び、よれよれの旅装束を身に纏った一護が、汚い鉢を抱えて現れた。天竺まで苦難の旅をして手に入れてきたという触れこみで、小汚い古びた鉢を差し出す石作皇子だったが、仏の御鉢は石とはいえぎょくで出来た美しいものであるはずとかぐや姫に一蹴された。
「天竺まで行ったというお話も信じられません。どこぞの古寺にでも御籠りになって、旅に出たと世を欺いておられたのでしょう?」
 すごすごと去っていく石作皇子と入れ替わりに、使者がやってきた。
 中納言・石上麻呂足が燕の子安貝を手に入れんと岩燕の営巣している崖によじ登って転落し、重傷を負ったという報せだった。
「それはお気の毒に」
とかぐや姫は見舞いの和歌を使者に託した。使者から受け取った和歌にうれし涙を零しつつ、麻呂足は息を引き取り、しんみりしたところで、目の上に大きなたんこぶを張り付けた京楽が登場した。
 龍の珠を得んとして船出したものの流行病を得てこのように瞼が腫れ上がってしまいました、とめんめんと訴える京楽。さすがに護廷一の風流人だけに演技は洒脱で、観客はくすくすと笑いを漏らしている。
(おう、受けてるじゃねえか)
 にやりと笑った冬獅郎に、
(その格好で、そういう笑い方やめてくれる? 怖いから)
と京楽はたんこぶの下に隠れた目で訴える。
(扇で隠してるから、観客には見えねぇよ)
(ボクには見えるの)
 コミカルに大納言・大伴御行が退場し、代わって、阿倍御主人が再登場した。
 舞台から引っ込んでいる間、さんざんにギンから脅しつけられ、
「私に恥をかかすな」
と砕蜂から折檻された大前田はよれよれになっていた。最早、先ほどのように乱心して冬獅郎に迫る気力は残っていない。だが、追い打ちをかけるようにギンと砕蜂が舞台袖の、大前田からはよく見える位置に立ち、彼はガタガタ震えながら、かぐや姫に手に入れたという皮衣を差し出した。
 冬獅郎は無言で皮衣を火にくべた。衣は無残に焼けてしまい、
「まこと、火鼠の皮であるなら、火には焼けぬはず。偽物です」
と冷酷に宣言され、むしろほっとした様子で退場していった。
 最後は車持皇子が蓬莱の珠の枝を持ち込んだ。
「これは…、まさしく」
 本物だと信じ込み、嫁がねばならぬのかという愕然とした演技をする冬獅郎を、現世の時代劇の悪代官役と間違えていないかと問い詰めたくなるようなノリノリの演技でギンが宥めすかす。その時、乱入してきたのは、射場鉄左衛門、檜佐木修兵、一護だ。彼らには工人役も振り当てられており、口々に、細工物の工賃の支払いを要求した。
「未払いの細工物とは?」
「姫がお持ちのその珠の枝でございます」
「では、これはそなたたちが?」
「はい」
というやり取りの末、車持皇子と工人たちは退場。芝居の前半の山場は超えた。
 後半は帝の求愛である。この場面はどうということなく、淡々と進行していった。
 何かと文句は言っていても、根は生真面目なところがある白哉と冬獅郎である。上手い下手は別にしてきちんと演技はこなし、
「朽木隊長、素敵」
「帝役なんて、はまり過ぎよ」
「日番谷隊長もおきれい」
「ビジュアルが美男美女だと見ててうっとりするなぁ」
という感嘆の声を受けながら芝居を終えた。
 そして、いよいよ大詰め。かぐや姫が月に帰る場面となった。
 帝の遣わした軍勢が赤々と篝火を焚いて護る中、天から煌びやかな御所車とワイヤーに吊られた天人役のイヅルたちが降りてきた。御所車の左右に侍るイヅルと恋次を見て、
「嘘だろ?」
「あ、阿散井副隊長?」
と観客の注目を集めたのは、やはり恋次だった。イヅルの天女ぶりは予想の範疇であったのだが、恋次の化けようはさすがに死神たちの度肝を抜いたのだ。
「すごい」
「どういう特殊メイクなの?」
と囁き交わす声が漏れる中、かぐや姫がすっと立ち上がった。
「父上、母上、おいとまです」
 翁と媼に別れを告げたかぐや姫がワイヤーに引っ張られて御所車に向かってゆく。
「行かないで、かぐや姫!」
「戻ってきておくれ」
となかなか達者に雀部と浮竹が愁嘆場を演じている。
 中空に吊下げられている為、周りがよく見渡せるようになった冬獅郎の視界の端に、嫌でも覚えてしまった不快な視線が入ってきた。
(大前田…)
 かぐや姫の昇天を見守る群衆の中、でれっとしまりなく口を開いて、冬獅郎に見惚れる大前田の姿があった。冬獅郎が女装している為に、大前田の中では絢女と同化して見えてしまっているのは承知しているが、
(鬱陶しいんだよ!)
 自分がそんないやらしい目付きで見られることはたとえようもなく不愉快であったし、まして姉がこの視線を浴びることを考えると、
(ふざけんな)
という気分になった。無理強いの女装と暑苦しい衣装で苛々が極限に達していた冬獅郎は、ついにぶつっと何かが切れた。
 息を深く吸い込んだ冬獅郎は、
「父上、母上」
と予定にはない科白を浮竹たちに投げかけた。
「今まで育てていただいたせめてものご恩返しです」
「…?」
「この像を私と思い、お心を慰めて下さい」
(えっ、像?)
(こんな科白なかったはずだが、像って一体…?)
 雀部と浮竹、周りの者たちが冬獅郎のアドリブに戸惑い、顔を見合わせてる暇に冬獅郎の掌底から凄まじいまでの凍気が放たれた。
 局所的な吹雪が舞台を舞い狂い、
「ぎぃやぁぁ!!!!」
という悲鳴が重なった。
 吹雪が治まった時、舞台上にはかぐや姫を象った氷の彫像が鎮座ましましていた。
 表面を白く、摺り硝子状に仕上げてあるので、観客席からはしかとは見えなかったが、舞台に立つ隊長格や一護にはその彫像の中心に閉じ込められている大前田の姿が視認できた。
 呆気に取られ、ただ無言で宙に浮かぶかぐや姫を見守る帝や翁・媼、衛士たち。
 にっこりと、かぐや姫は微笑んだ。
 鬱憤が晴れたのか、上機嫌で冬獅郎は御所車に乗り込む。ワイヤーが上に引き上げられ、割れんばかりの拍手の中、かぐや姫は月へと昇天していった。


*1 フランス革命を舞台にした池田理代子・作のコミック。通称「ベルばら」。
  1972〜1973年、集英社刊行の「週刊・マーガレット」に連載されたのが初出。
*2 約2時間

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 夏の昼下がり、瀞霊廷で市丸隊長や他の隊長格が
    乱菊さんや女性死神協会のメンバーに女装させられた日番谷隊長と
       プロポーズ騒動を起こした

 大前田さんの扱いがひどくてすみません。けど、書いている方としてはすごく楽しかったです。大前田さんは邪険に扱われて何ぼのキャラのような気さえしているのですが、いかがなものでしょう。それにしても、ずいぶん前に書いた大前田さんが日番谷姉に惚れているという拙宅捏造設定が、よもや、こんなところで役に立つとは!?
 乱菊さんのオスカル様も脳内でビジュアル化すると麗しかったです。そのビジュアルを具現化出来る画力が管理人には備わっていないのが残念です。だけど、乱菊さんのオスカルってはまりそうな気がしませんか? ちなみにアンドレ役の勇音さんは身長で決まりました。
 一護と織姫ちゃんが特別出演していたのは、うりゅたんに衣装を頼むついでに乱菊さんが強引に口説き落としました。織姫ちゃんはノリノリ、一護はいやいやながらの参加です。文中には書けなかったけれど、実はチャドも帝の衛士役で参加。氷の彫像と化してゆく大前田さんを一番近くで見ていましたとさ。

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2011.07.01