浮気は男の不甲斐性
ロータリーの向こうから姿を現した女性を認め、織姫の表情がぱっと明るくなった。
「乱菊さぁん!」
手を大きく振って呼び掛けると、乱菊も織姫に気が付いたようで、小走りに駆け寄って来た。
「お久し振りです」
「織姫、あんた、ちょっと見ないうちにずいぶん大人っぽくなったじゃない?」
「そうですか? 乱菊さんは相変わらず綺麗ですね」
「ありがとう。正直な織姫って好きよ」
と乱菊は微笑んだ。
とりあえず、駅ビルのカフェに入って近況を交換する。大学三年生の織姫は学童保育の保育士のアルバイトをしているのだそうだ。彼女は小学校の教諭を目指しているので、子供たちと触れ合えるそのアルバイトが楽しくて仕方ないらしい。
「乱菊さんはどんななんですか?」
「相変わらずよ。変わり映えしない毎日。書類を捌いて、討伐して」
「冬獅郎くんとは? 結婚とかの話は?」
「いずれは、とは話しているけど、まだ、当分はこのままね」
乱菊は笑った。冬獅郎との結婚が実現するには、ギンと絢女が片付いて貰う必要があるのだが、それは織姫に告げる必要はない。それに、死神と現世の人間とでは、根本的な時間感覚が異なる。この五年で乱菊の外見はほとんど変化していないが、織姫はずいぶんと変わった。十代半ばの瑞々しい少女だった彼女は成人し、見かけでいうとほとんど乱菊との年齢差はなくなった。乱菊が大人ぽい雰囲気を漂わせているのに対し、織姫は相変わらずの天然ぶりで実年齢より子供っぽいので、まだ、乱菊の方が年上に見えるが、後数年もすれば見かけの年齢は完全に逆転するはずだ。
「それで、今日は何のご用事なんですか?」
織姫の問いに、
「携帯電話のお店に付き合って欲しいのよ」
と乱菊は答えた。
「こっちでさ。スマートフォンだっけ? 新しいタイプの携帯電話が出ているでしょ? あれの噂が護廷にも入っていてね。女性死神協会でも、興味津々なの」
現世の便利な商品の情報は、現世駐在の死神から入って来る。
「涅隊長もあの手の伝令神機を売り出したら稼げるって思ったのか、今回、ずいぶん協力的でね。サンプルを何台か手に入れようってことで、女性死神協会と技術開発局の指令を受けて、あたしが下りて来たのよ」
と乱菊は言った。
ウェイトレスが注文の品を運んで来た。織姫はオムライス、乱菊はパスタのランチセットだ。
「契約とかはどうするんですか?」
「浦原商店の名義を貸して貰うことになっているの」
浦原喜助自身、もともと尸魂界の住人だけに、現世の戸籍だの、住民票だのがあるはずがないのだが、彼ならどうにかしそうだと納得してしまえるところが凄い。
「とりあえず、某D社とS社とA社の売れ筋を二台ずつ手に入れるのが、本日の使命なの」
大型の家電量販店に行けば、乱菊の言った複数のキャリアの商品を全て取り扱っている。しかし、浦原商店の事業所名義で購入するにしても、D社の携帯を購入した人間が、直後にS社やA社携帯を購入するのはいかにも不審だ。面倒だが、それぞれのキャリアの直営サービスショップに行った方がいいだろう。織姫はそう結論し、この近辺の携帯会社のサービスショップがどこにあったかと思い出そうとした。
「そういえば、あんたはまだ、携帯を持ってないの?」
亡くなった兄が織姫の為に掛けておいた生命保険、奨学金、伯父からの援助で生活している織姫は、色々とつましい。携帯電話もあれば便利だと思っても、月々の支払いを考えると無理だという判断でずっと所持していなかった。
乱菊の問いに、織姫ははにかんだ様子で頬を染めた。彼女がそんな表情を浮かべる時はほとんどの場合、一護絡みである。ふーんと、乱菊が観察していると、織姫はバッグから何かを取り出して、机に置いた。
「携帯? もしかして、例のスマートフォンとかいう奴?」
「はい」
と織姫は肯定した。
「黒崎くんが誕生日プレゼントにって買ってくれたんです」
織姫によると毎月の基本料の支払いまで含めて、一護はプレゼントしてくれたらしい。基本プランを超えて発生した通話料の差額分と有料コンテンツと契約した場合の月額料金だけを織姫が負担する約束になっているそうだ。
「あらぁ、一護って案外、甲斐性があるのね」
と乱菊は感心した。
「まだ、学生でしょ? 実入りのいいバイトでもしてるの?」
「死神代行の討伐料が貯まっているんだって、言ってました」
「あ、なるほど」
一護は護廷が正式に認めた死神代行である。そして、虚の討伐は本来、死神が業務として行っている仕事だ。それを代行させる以上、護廷が対価を支払うのは当然のことだった。ルキアが死神能力を譲渡してから旅禍として尸魂界に乗り込んで来るまでの討伐は、ルキアとの私的契約と見做され除外されているが、藍染の叛乱に関わって後、死神代行として認められて以降については浦原喜助を通じて、きちんと討伐料が精算されている。死神代行はボランティアではないのだ。とはいえ、藍染の叛乱が終結し、落ち着くまでの間は護廷もそこまで気が廻っておらず、実際に一護が討伐料を受け取り始めたのは、叛乱終結後、一年以上経過してからだった。喜助に呼び出され、護廷が死神代行と認めて以降の討伐の対価を渡された一護は、その高額さに愕然としたものだ。
だが、一護が討伐してきた虚は、本来であれば、上位席官や場合によっては隊長格でなければ手も足もでないくらいの強力なものばかりである。現世駐在の死神では手に余るレベルの虚に対して高額な討伐料が支払われるのは理に適ったことだった。
堅実な一護は命賭けの討伐の対価を遊びで浪費する気はないらしく、ほとんど手をつけずに貯金していた。それを織姫の携帯代に当てたのは、いつも治癒を行ってくれる織姫の為であれば、使い道として正しいと感じたからだ。
織姫はそろそろ、就職活動を考える時期である。小学校の先生が目標の彼女は一般会社への就活は必要としていないが、少子化が叫ばれ、教師の採用枠が減っている昨今、公立校狙い一本にせず私立の小学校にもアプローチする方が賢明だ。その場合、携帯で直ぐに連絡が付く方が有利なのは言うまでもない。また、一護の方も課題や実習で忙しくなり始めており、織姫と約束していても、急に都合が悪くなってしまうことがままあった。そんなこんなで、織姫が携帯を持っていてくれると一護の方も助かるので、誕生日プレゼントを口実に、彼女に携帯を与えたのだ。
「どうせなら、スマホがいいだろうって。あたし、方向音痴だから、初めての場所だとよく迷子になっていたんです。だけど、この携帯、ナビ機能があるから、最近は迷わなくなったんですよ。会えない日も、メールで話せるし…」
と放っておいたら、無自覚惚気が続きそうだ。慣れている乱菊は、
「ちょっと、見せて」
と織姫の携帯を手に取ることで、惚気を遮った。
「扱ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
最初はスマホ携帯独特のタッチパネル操作に戸惑っている様子で、意図しない機能をタップしてしまったり、スクロールが上手く出来なかったりで、
「あれ? ちょっと、どうなっているのよ」
とか、
「何でこんな画面が出て来るの」
などと画面に向かって文句をつけていたが、すぐに操作に慣れたらしく、乱菊は色々とアプリを起動し始めた。
「あらぁ、テレビも見られるんだ」
あるいは、
「あ、音楽も入るのね。これいいわね」
物珍しげに感嘆する乱菊を微笑ましく見守っていた織姫だったが、いきなり、ぽんと手を打ちそうな勢いで頷いた。
「あ、そっか。それで検索すればこの近くの携帯会社のお店が分かるんだ」
S社のショップの場所は思い出したのだが、他の二社のショップが分からなかった。乱菊から返して貰ったスマホでマップ機能を起動し、検索をかけるとたちどころにもよりのD社、A社のショップの場所が表示された。
「へええ。便利ねぇ」
と乱菊は感心しきりである。
ランチを終えた二人は、早速、スマホ携帯を手に入れんとカフェを出た。
流石に、浦原喜助の用意した書類は完璧で、乱菊と織姫はひとつも不審がられることなく、オヤジくさいきのこのキャラクターが飾られた某D社のサービスショップで二台のアンドロイドOSの携帯を購入することに成功した。更に、白い犬のお父さんがいるS社で、林檎のロゴマークで有名なアメリカ企業製の機種をゲット。これはスマホ携帯の代名詞とも言える製品で絶対に手に入れて来るようにと涅から念を入れられていたものだ。更に、オレンジ色のイメージカラーのA社でも二機種を手に入れた。これで、女性死神協会と技術開発局からのミッションは完了。
ふたりはA社のショップの近くにあった、和カフェでお茶をすることにした。
この日の夕刻、講義を終えた一護と、定時で業務を終えた後で現世に降りてくることになっている冬獅郎と合流し、久しぶりに四人で食事に行くことになっていた。その為、約束の時刻までは時間を潰さなくてはならない。
和カフェで注文を終えた後、乱菊はもう一度、織姫の携帯を扱わせて貰った。乱菊の手元には六台もの携帯があるのだが、いずれも箱に入ったままで充電されていないのですぐには使えないのだ。
先ほど、織姫が使ったマップ機能。ナビ。織姫は使っていないがお財布携帯機能。動画再生などを試していた乱菊は、やがて、アプリをダウンロードするマーケット機能に辿り着いた。
「なーるほど、ここで好きな機能をダウンロード出来るのね。へぇ、面白いわね」
乱菊は様々なアプリを眺めていたが、
「ね、ね、織姫。これ試してみない?」
と一つのアプリを指し示した。織姫が画面を覗き込むと、「カレカノの浮気度チェック」とあった。無料アプリであることを確認し、織姫は、
「いいですよ」
と頷く。乱菊は早速、アプリをダウンロードした。
「何々、あなたは女性ですか、男性ですか?」
質問を読み上げた乱菊は「女性」とタップした。
「お相手は男性ですか、女性ですか? …って、これ同性愛カップルも診断出来るの?」
「…さぁ? わざわざ本人と相手の性別を質問するってことは、そういうことじゃないですか?」
「ま、いいわ。男性、と」
本人の年齢、相手の年齢を入力した後、いくつかの選択肢のある質問が提示され答えながら画面を進めていくようになっている。乱菊はどうやら、織姫に成り代わって一護の浮気度チェックを行っている様子で、時折、織姫に、
「この質問、一護だとどうなる?」
と確認しながら操作を続けた。合計三十問の設問に答え、最後に「診断結果を確認する」をタップする。
「…」
「…」
乱菊と織姫は沈黙した。一護の浮気度なら、ゼロとか、出ても一割、二割程度であろうという乱菊の予測は裏切られ、82%という高確率が表示されたのだ。
「残念、彼氏の浮気度はかなり重症。気を付けないと横から攫われてしまう可能性も大きいかも? だけど、焼餅を焼いて束縛しようとすると彼はますますあなたから離れて行ってしまいます。焼餅はほどほどに、女を磨きましょう」
という解説文も、何となく不愉快だ。
落ち込んでいるように見える織姫に、乱菊は慌てて、
「ほら、これ、あたしが織姫のつもりで答えたから、きっと色々間違っているのよ。織姫が自分でやってみたら、ちゃんとした結果が出ると思うわ」
とフォローを入れた。
「そう、ですよね」
織姫も気を取り直した。乱菊から携帯を受け取り、自分自身で設問に答えていく。
「…」
結果は84%。乱菊が診断した時よりも確率が上がってしまった。
「のんびりさんのあなたが気づかないうちに、彼の浮気は進行中。でも、問い詰めたりするのは逆ギレの危険があり、得策ではありません。彼の行動をよくチェックして、浮気を未然に防ぎましょう」
解説も虚しい。
「一護は二股かけられるほど器用じゃないわよ」
「…そう思います。けど…、黒崎くんってモテるんですよ」
「そ、そう?」
実を言うと、乱菊には一護がモテるとは思えない。美人だったという亡母に似たか、公平に見て、顔立ちは整っていると認める。だが、愛想がない。女心などてんで分かっていない朴念仁だ。外見と国立大学医学部生の肩書きに惹かれる女は多いかもしれないが、実際に付き合ってみたら面白みがなくて振られるタイプだと、乱菊は見ていた。天然系の織姫は一護の朴念仁を気にしないから、長く続いているのだ。
「これ、変じゃない? あたし、やってみるわ」
乱菊は再度、織姫の携帯を借り受け、今度は冬獅郎を念頭に設問に答えていった。
結果は浮気度89%。一護よりも高確率の表示に、
「これ、絶対、変よ! 隊長が浮気なんてするはずないもの!!」
と乱菊は叫んだ。
「そうですよね、冬獅郎くんが浮気なんてないですよ」
と織姫も力いっぱい同意する。
「変なんだから、織姫、あんたもさっきの結果、気にするんじゃないわよ」
「はい。もう気にしません」
と交わしながら、互いの顔がどことなく引き攣っているのを感じていた。自分の恋人はそんな人ではない、と信じてはいても、診断の結果は小さな棘のように皮膚の下に引っ掛かっているのだ。
運ばれてきた和スイーツに大げさにはしゃぎ、二人は意識して診断結果を頭から追いやろうとした。だが、忘れよう、意識しないでおこうと思うほどに、棘は存在感を増して行くのだった。
待ち合わせ場所にやって来た冬獅郎は、違和感を覚えた。
(何だ?)
乱菊を観察して、その違和感の源に気付いた。彼女の荷物が少ないのだ。
女性死神協会を代表して、スマホタイプの携帯端末を手に入れに現世に降りた乱菊である。当初目的である携帯が入っていると思われる紙袋は持っていた。だが、それ以外には荷物がない。本来の目的を達したら、織姫を付き合わせての買い物三昧だろうと、冬獅郎は予測していた。山ほどの紙袋を荷物持ちする覚悟を付けていたのだが、意に反して彼女は買い物をしていないようだ。荷物が少ないのは冬獅郎としては喜ばしいことではあるのだが、どうにも「変だ」という思いが拭えない。
「待たせたな」
と近くに寄ると、乱菊は、
「冬獅郎さん、遅いですよぅ!」
と笑顔を浮かべた。だが、その笑みもどこかぎこちない。
先に来ていた一護をちらりと見ると、彼もどこか釈然としない表情を浮かべていた。
「どうした、松本?」
単刀直入に、冬獅郎は尋ねた。
「へ?」
「買い物には行かなかったのか?」
「行きましたよぉ、ほら」
乱菊は携帯の入った端末を掲げてみせた。
「それは女性死神協会からの頼まれもんだろう? おまえの買い物はないのか? いつも、山ほど買い物してるだろ?」
「毎回、毎回、現世に来る度に散財しているみたいな言い方は止めて下さい。人聞きの悪い」
「事実だろうが」
反論をすぱっと切って捨てた冬獅郎に、
「カフェでおしゃべりに夢中になっちゃって、時間がなくなっちゃったんですよ」
と乱菊はばつが悪そうに言った。
「いいじゃないですか。いつも『俺は荷物持ちじゃねぇ』って文句言っているんですもの。荷物が少なくて嬉しいでしょ?」
「松本」
冬獅郎は殊更ゆっくりと彼女を呼んだ。
「本当に井上としゃべっていて時間がなくなったっていうことなら、俺もこんなことは言わない。だがな、おまえ、変だぞ」
きっぱりと冬獅郎は断言した。途端に、一護が勢い付いた。
「だろ? 変だろ? 井上も、何かいつもと違うのに『何でもない』って言うんだ。でも、変だよな?」
「…井上の様子がおかしいかどうかは俺には判断できんが、黒崎が変だと思うのならそうなんだろう」
と冬獅郎は頷いた。
「松本は間違いなく変だがな」
「だろ? 井上もやっぱ、変だって。一体、どうしたんだよ?」
「松本、何があった?」
それぞれの恋人から、「変だ」と問い詰められ、とうとう乱菊たちは浮気診断アプリのことを白状した。
「で? 黒崎が浮気度84%で、俺が89%だったと?」
眉間の皺を1割増しにして質す上司兼恋人に
「…はい」
消え入りそうな声で乱菊は肯定する。冬獅郎は溜息を付いて、織姫を向いた。
「その浮気診断アプリとやら、ちょっと見せてくれ」
織姫は携帯を取り出すと、アプリを起動して冬獅郎に渡した。
「井上、このアプリだけだが、しばらくいじらせてもらうぞ」
「うん、いいよ」
律儀に断りを入れた冬獅郎に、織姫が頷く。冬獅郎はしばらくアプリを検分していたが、やがて、顔を上げると、
「このアプリ。欠陥品か、さもなきゃ、よっぽどモテない奴がカップルへの僻みで作った代物だな」
と断じた。
「何で言い切れるんだ?」
是非とも欠陥であって欲しいと思いながら、一護が断言の根拠を尋ねる。
「まず、浮気している男ならこういう行動をするだろうって想定した上で、質問に答えていって浮気度79%と出た」
冬獅郎は説明を始めた。
「ふん、それで?」
「次に、浮気する以前にモテないだろうって男を想定して答えたら、82%だった」
「なるほど」
「最後に自分自身の行動で答えていった。で、ここが肝なんだが、同じ回答を5回繰り返してみたんだ」
「5回とも同じ結果が出るはず、だよな」
冬獅郎の意図が掴めたのだろう、一護が相槌を打った。
「ああ、確かに4回までは87%と同じ結果が出た。ところが、5回めで11%と出たんだ」
「87%と11%って極端に違うじゃないか」
「だろう? どうもな、何回かに1回だけまともな結果が出るみたいだな」
にや、と冬獅郎は嗤った。それから、乱菊の方を向くと、
「おまえの浮気度は90%だったぞ」
と告げた。
「ええっ!?」
目を瞠った乱菊に、
「7回まではな。8回目で14%と出た」
「なるほど」
乱菊ではなく、一護がしきりに頷いている。冬獅郎は一護に向き直ると、
「黒崎も井上で試してみろよ? おまえの日頃の行いがよっぽどよくねぇ限り、1回だけの試行なら高確率の浮気度が出るはずだ」
と告げた。
「んな、欠陥品、試すだけ時間の無駄だ」
と一護がきっぱりと断り、冬獅郎は得たりと頷いて、携帯を織姫に返した。それから、もう一度、乱菊を見た。
「松本」
「…はい」
乱菊の表情に怯えが浮かんだ。
「俺は浮気なんてするつもりはねえし、したいとも思っちゃいねえが」
「…はい」
「仮に俺に浮気願望があったとしてもだ」
冬獅郎はそこで一旦、言葉を止め、それはそれは人の悪い笑みを浮かべた。
「職場でも、私用でも、あれだけ四六時中一緒にいて、物理的に浮気出来る時間があると思うんですかね、松本さん?」
口調を変えた冬獅郎に、怖ぇと一護は寒気を覚え、乱菊はあわあわと視線を泳がせた。
「ま、してもいねえ浮気を疑われた落とし前は、今晩、きっちりつけてもらうとして」
「今晩て、冬獅郎、どういう意味だよ!」
一護は力を込めて突っ込みを入れたが、冬獅郎は意に介さずに、
「そりゃあ、黒崎が今、想像している通りだ」
としれっと答え、今度は織姫に視線を移した。
「井上もわかっただろう? 心配しなくても、黒崎は浮気はしねえ」
そう告げた後、
「というより、そんな甲斐性ねえから安心しろ」
と言い直した。
「何だよ、それ!」
思わず、一護は反論したが、
「ほお?」
とわざとらしく冬獅郎に嗤われ、再び寒気を覚えた。
「浮気するだけの甲斐性があるって、黒崎は言えるのか?」
「…いえ、ありません」
あっさりと一護は白旗を掲げた。冬獅郎がふんと鼻先でせせら哂う。こいつ、しばらく会わないうちにますます性格が悪くなったんじゃないか、と一護は思ったが口に出しはしなかった。
織姫がしょぼんと項垂れて、
「黒崎くん、ごめんね」
と謝って来た。
「気にすんなって」
一護は笑いながら手を左右に振って見せた。
「普通、欠陥品だとか思わないからな。俺だって、もし試してみて80%だの90%だの出たら、井上のこと、信じていたって面白くねえしさ」
「うん、ごめんね」
織姫は繰り返す。
「どうせ、松本。おまえが言い出して試したんだろう?」
冬獅郎が看破した。
「ごめんなさーい」
さすがの乱菊もしおらしく謝るしかない。
「ま、今回は大目に見てやる」
冬獅郎は妙に偉そうに告げた。
浮気疑惑が晴れたところで、夕食の店に移動を始めた。漸く、いつものテンションに戻り、楽しそうに乱菊と話している織姫を、一護は安堵の想いで見守る。すると、さりげなく一護の傍らに立った冬獅郎が、
「黒崎も今晩、落とし前をつけて貰え」
と囁いた。
唖然として見返すと、冬獅郎は涼しい顔でそっぽを向いていた。
(…こいつって、S気質だったんだなぁ)
一護はしみじみと悟った。
(乱菊さんも苦労するよな)
死神代行の青年に同情されているとも知らず、乱菊は明るい笑い声を上げていた。
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叛乱後、現世の甘味処で、乱菊さんが織姫と試作品の浮気診断アプリを試したところ、
浮気しているという結果が出てしまったため、男たちは理不尽な目に遭った
ちょっと女性たちの様子がおかしかっただけで、特に理不尽な目には遭っていませんから、看板に偽りありって感じですね。
原作では死神代行ってボランティアっぽいのですが、個人的には違和感がありました。死神さんたちが生業として行っている命がけの討伐を現世の男の子にボランティアでさせるか? って。なので、拙宅捏造ではアルバイト料が支払われていることにしちゃいました。一護、実は小金を貯め込んでいます。大学卒業する頃には、マンションを即金で買えるくらいに溜まってたりして。織姫ちゃん、いつでも嫁に行けます。
時間軸は叛乱終結後、五年弱。一護と織姫は捏造設定で付き合って四年半になりますが、未だに「井上」「黒崎くん」呼び。何となくですが、この二人、結婚して二人ともが「黒崎」にならない限り、お互いに名前呼び出来ないような気がしています。
乱菊さんは一護は女から振られるタイプだと思っているようですが、彼って結婚相手としてはかなり好条件じゃないかな? 外見はイケメンだし、医学部生なら将来性もありそうに見えますから。彼はボランティアで医療しそうなので(「国境なき医師団」に参加して紛争地域とか行きそう)、実際は貧乏する予感がひしひしとしますが、実家は開業医ですから一般女性から見ての期待値は高いでしょう。朴念仁も恋人としては面白味がないかもだけど、結婚相手としては安全パイだと思う。スポーツも出来るし、うん、やっぱ、モテるわ。でも、一護って自分がモテていることさえ認識不能な激ニブっぽいので、彼にアタックする女の子は全て玉砕していそうです。
ところで、よく「浮気は男の甲斐性」って言いますよね? 管理人は個人的には浮気する男は甲斐性なしだと思ってます。浮気はしない、もしくは、しても墓場まで持って行って決して悟らせないことこそ真の甲斐性。ええ、相手が毛ほども疑っていない以上、どんだけ浮気しようとしていないも同然ですから。その点に限ると、一護に浮気を隠し通す甲斐性はありませんね。浮気をしないという方の甲斐性はありそうですけど。日番谷隊長が一護を甲斐性なしだと言ったのも、浮気することを前提にするならって意味です。