親と子の仁義なき闘い


 ごくごく淡い行灯の灯だけが光源の暗い部屋に、掠れた喘ぎが細く漏れていた。
「…ひ…ん…、う…」
 ともすれば溢れそうになる嬌声を必死になって堪えているのだろう、切れ切れに零れ落ちる響きは淫靡で、切羽詰まっていた。
「…あ…、んん…、…と…しろ…さん…」
 女の唇から男の名が洩れた。
「…あ…、もう…あたし…」
「ああ、俺も限界だ」
 訴えるように目を潤ませた妻に切なげに見上げられ、冬獅郎も欲望に煮え切った声音で返した。
「挿れるぞ…」
「…はやく…、来て…。」
 乱菊の哀訴の眸に促され、冬獅郎が張り詰めた分身を秘め所に触れさせた時、

    ほわぁ、ほわぁ

 仔猫の鳴き声にも似た弱い声が部屋の隅から響き出した。
 びく、と二人は硬直する。
 冬獅郎に組み敷かれ、愛撫に蕩けてくったりしていたはずの乱菊が身体を起こした。
 すごすごと冬獅郎が身を退くと、乱菊は素早く夜着を羽織って立ち上がり、泣き声のする部屋の隅に歩いて行った。
「おお、よしよし。どうしたの?」
 乱菊が赤子を抱き上げる。髪の色味が淡いところを見ると、泣き出したのは妹の菊音の方らしい。
「お腹がすいちゃったかな〜?」
 先ほどまで冬獅郎が弄んでいた乳房を、乱菊は菊音に含ませる。菊音は乳首に吸い付くと、んくんく、と必死に乳を飲み始めた。
 冬獅郎はそれをぼんやりと眺めていた。菊音があらかた乳を飲み終えた頃、まるで計ったかのように、今度は絢乃が泣き始めた。
「あらあら、あやちゃんまでお腹すいちゃったですかぁ?」
 満腹した菊音を抱っこし、ぽんぽんと背中を叩いてげっぷを出させてから、乱菊は絢乃を抱上げた。淡い朱色の所有印が生々しく残る反対側の乳房を絢乃に明け渡すと、彼女もまた、猛烈な勢いで母親の乳首に吸い付いた。片手で布団に横たえた菊音をあやしながら、もう片方の手で絢乃を支え、優しく見下ろす乱菊の顔はすっかり母のものだ。さきほどまで喘いでいた女の顔は綺麗さっぱり消え去っている。

 冬獅郎は乱菊を愛している。誰よりも大切に想っているし、だからこそ、彼女を悲しませる浮気などするつもりはこれっぽっちもない。これっぽっちもないが、しかし、
(嫁の出産で浮気に走る男の気持ちがちょっとだけ理解出来ちまうじゃねぇか、ちくしょう…)
と布団の上でがっくりとうなだれたまま、彼は考えていた。
 乱菊との愛の結晶。眼の中に入れても痛くないほどの愛娘である絢乃と菊音である。だが、目下のところ、彼の最大の敵もこの愛娘たちであった。しかも、このところの戦績は五連敗と連敗街道まっしぐらだ。冬獅郎としては、最早、溜息しか出なかった。絢乃への授乳と菊音を寝かしつけるのに夢中になっている乱菊は、すっかり凹んでいる夫に気付いていない。そのまま、彼女の注意を引かぬように足音と気配を潜めて、冬獅郎はそっと部屋を出た。行き先は厠。ただし、目的が小用でないのは察してくれい、という心境だ。

 臨月の頃は、身重の乱菊にいらぬ気を遣い過ぎてご無沙汰になったり、どうにも加減が難しくて、若干中途半端になったりと、経験のなさゆえのやらかしを重ねた冬獅郎だったが、それでも、夫婦の営みはちゃんとこなせていた。妊娠前のように欲情のままに奔放に抱くわけにもいかず、やや腰が引けた感のある加減しいしいの交わりであったから、正直なところ、満腹感でいうと腹七分から八分くらいの感覚であった。だが、腹いっぱいにはならなくても、乱菊と繋がることで、愛と肉欲をそれなりに充足させていたのだ。
 出産を終え、彼女の腹のうちで一体化していた赤ん坊は独立した霊体として存在を始めた。そして、冬獅郎は無事に出産が終わったことで、臨月の頃のように赤ん坊を気にすることなく、乱菊を抱けるとすっかり安心しきっていた。
 だが、そんな思惑は出産のことなどてんで分かっていない男の幻想にすぎなかったことを、冬獅郎は嫌というほどに思い知らされた。赤ん坊、それも尸魂界においては記録文書に残るほどの珍事である双子を一年半もの間、その身に抱え、月満ちて産み落とした乱菊に対して、当面の間は無理は禁物であることを、彼は周囲の者から口を酸っぱくして言い聞かされた。特に、主治医であり母親としても先輩に当たる烈から、「最凶の微笑」と密かに怖れられる、一見したところは聖母の微笑み付きで諭されたのと、尊愛する姉から心配でたまらないという顔つきで注意されたのは、身に沁みた。そして、実際、四番隊から母子揃って退院してから、約三ヶ月。冬獅郎は完全禁欲生活を強いられた。
 産後の疲れに、慣れない赤ん坊の世話でへとへとの乱菊は、性欲などどこか遠い空の彼方へ飛んで行ってしまっていた。そして、冬獅郎も実際に赤ん坊と暮らしてみて、明らかにてんてこ舞いの乱菊に自分の欲望を強いることなど、到底、出来なかった。
 昼夜おかまいなしの数時間おきの授乳×2。出産直後の母親は細切れの睡眠時間しか取れず、それでなくとも身体が辛いのになかなか疲れが取れない、という烈や絢女の言葉は全面的に正しかった。生まれたての赤ん坊の、泣く・乳・寝る・うんち・泣く・寝る・乳・寝る・うんちのルーティンに振り回され、娘たちがおとなしく眠っている僅かの隙に貪るように睡眠を取るしかない乱菊は、起きている時も少しぼぉっとしていることがままあった。洗濯物を畳みかけた姿勢のままで、気絶するように眠っていたこともある。
 そんな彼女に欲望を強要するなど、言い出すことさえ躊躇われた。もちろん、育児について、冬獅郎が全く協力しなかったわけではない。沐浴やおむつの交換など出来うる限りのことはした。むしろ、護廷十三隊の隊長職をこなしながらの育児協力としては立派なものだと、周囲からも認められるくらいには頑張った。また、乱菊と話し合って、三日に一度ほど、掃除や洗濯などを代行してもらう為の家政婦を雇ったりもした。それでも、産後三ヶ月ほどは乱菊の疲労度は冬獅郎の目から見ても極めて著しく、夜の相手は無理だった。
 三ヶ月の禁欲生活を、冬獅郎は春水やギンがこっそりと差し入れてくれた春画や現世から仕入れたアダルト・メディアの類で乗り切った。そんな冬獅郎の努力の甲斐あってか、赤ん坊の世話に徐々に慣れ、落ち着いて、周りを顧みる余裕が生じてきた乱菊は、ずっと夫を放置していたことに自ら気が付いた。そうして、彼女から詫びを入れられ、ようやく、夜の営みが再開された。

 再開されたのだが…。

 基本的に需要と供給が、全く噛み合っていない。
 冬獅郎の方は長い禁欲生活を発散させたくて、いわゆる「溜まっている」状態である。一方、乱菊は愛撫には反応するし、徐々に女としての性欲も回復して来ているとはいえ、未だ慣れない子育てへの疲労感の方が勝り、性欲より睡眠欲の方が上回っている状況だ。どちらかというと、妻の務めとして相手はするが、積極的にしたいわけではない、というのが本音のようだ。
 だが、噛み合わないなりに、冬獅郎は乱菊を、乱菊は冬獅郎を気遣っていたのだ。冬獅郎は全然足りないけれど、せめてこれくらいはという頻度で乱菊を求め、乱菊は乱菊で相手をするよりは眠りたいという気持ちを押さえて応じていた。
 が、そこに立ちはだかるのが愛娘たちである。
 冬獅郎の愛撫に乱菊が感じ、その気になった絶妙のタイミングで泣き出すという必殺技を繰り出してくる。
 1. 放ってはおけないので行為を中断。 
 2. 乱菊があやしに行き、そのまま眠り込んでしまう。
 3. 冬獅郎は一人淋しく厠へ行く。
というパターンで、撤退を余儀なくされるのだ。
 娘たちを別室で寝かせればいいのかもしれないが、それは乱菊が嫌がる。目の届かないところに寝かせて、何か事故が起こるのが怖いというのだ。その心理は冬獅郎も納得出来た。娘たちがもう少し大きくなれば教育的観点からも同室での行為はまずいことだが、まだ寝返りさえ打てない乳児のうちは、視界の範囲内に置いておきたい気持ちは冬獅郎にもあった。だから、外から内部は窺えないが、中から外は見えるし、物音も聞こえるように偏向性のある結界を張り、娘たちがぐっすり眠っているのを確かめてから事に及んでいたのだ。
 にもかかわらず、狙ったようなタイミングで目を覚ましてはぐずり出す双子に、冬獅郎は、
(おまえたち…、俺に何か恨みでもあるのか?)
と問い詰めたい気持ちで一杯だ。
 乱菊との夫婦の交渉が再開されてから、二回に一回は娘たちに邪魔されて中断された。特に、この半月はこれで五連敗だ。半月で五回も求めたのは、現在の乱菊にはやや負担になっているかもしれない。だが、最後までいけたのならともかく、いいところで中断させられお預けという生殺し状態なのだ。冬獅郎としても限界に近かった。

 厠から戻って来ると、案の定、乱菊は双子の傍らで眠り込んでいた。ここで、乱菊を揺り起こしてでも行為の続きが出来るなら、冬獅郎の苦労も減るところだ。しかし、祖母や姉を見て育ち、無自覚のうちに女性は労らなくてはならないと自ら脳内刷り込みを完了させてしまっている彼にはそれが出来ない。
 欲求不満を抱えたまま、悄然と床に戻る冬獅郎だった。

 ギンに誘われて、飲みに行く気になったのはこの「蛇の生殺し」状態を相談したかったというのが大きい。
 大本命であった絢女と相愛になって以降は、絢女一筋。性的な意味では「絢女にあらずんば女にあらず」という男だが、それ以前は女出入りが絶えなかったのは半ば公然である。しかも、それだけ遊んでおりながら、ただ一度も修羅場になったことがないという伝説の持ち主だ。女性のあしらいに関しては、冬獅郎とは場数が違う。彼ならば、なにか妙案を授けてくれるのではないか、と期待があった.
「赤ん坊の世話は慣れて来たん?」
とギンは尋ねた。彼は見かけによらず、子供好きである。
「ああ、まだおっかなびっくりだけどな」
「首も座ってへんから、気ィ遣うなぁ」
とギンは猪口に注いだぬる燗の酒を美味そうに干すと、
「で、夜の方はどうなん?」
 にやりと嗤って、いきなりな問いを発した。
「どうって…」
 ある意味、渡りに船な話題を振って貰えたのだ。さっさと乗っかって相談すればよいのだが、心の準備をする前に喰らった直球に、冬獅郎はへどもどとなった。
「乱菊、へろへろやから、とてもやないけど夜の相手なんてお願い出来ひんって、冬獅郎はん、嘆いとったやん」
「それはまぁ…」
「なんぼなんでも、ま〜だ禁欲中、なんてことはないなァ?」
「ああ、まぁ。ぼちぼちな」
「そうなん? おめでとういうてええんかな? 因みにボクの禁欲は二ヶ月くらいやった思うけど、冬獅郎はんとこは?」
「三ヶ月」
「それは大変やったなァ」
 ギンは、まぁ一杯、と冬獅郎の猪口に酒を注いだ。
 その酒を干して、冬獅郎は漸く、義兄に知恵を借りる気になった。女性経験豊かというのみならず、ギンは父親としても先輩になる。産後の禁欲も経験済みの彼なら、子供に邪魔される対処もわきまえているのではなかろうか。
「なぁ、市丸」
「うん?」
「その…、姉さまとその…」
 但し、ギンとその手の話をする場合、彼の相手が冬獅郎の実の姉であることが障害となる。これが相手が赤の他人であるのなら、「嫁とする時は」と男同士の気安さでさらりと問えるのだろうが、ギンの嫁は絢女なのだ。
「ああ、あん時な」
 冬獅郎が口に出せない言葉を引き取って、
「何が訊きたいん?」
とギンは尋ねた。
「主真に邪魔されなかったか?」
 ふうん、とギンは冬獅郎を眺めた。
「あやちゃんときくちゃん、邪魔するんや?」
「いいところで、泣き出すんだよ」
 冬獅郎は吐き出した。
「あー、なるほど」
「一人が落ち着いた頃には、もう一人が泣き始めるし…」
「ああ、つられるんやね」
「で、あやしているうちに乱菊も一緒になって眠っちまって…」
「で、自家発電?」
「…まぁ…、な」
 ギンはつまみに揚げ茄子を追加注文すると、
「あやちゃんたちは同じ部屋で寝かせとるん?」
と尋ねた。
「ああ。目が届かないところに寝かせるのは、俺も乱菊も怖くてな。もちろん、結界は張ってるぞ。おまえは別の部屋で寝かせてたのか?」
「いいや」
 ギンは緩くかぶりを振った。
「二歳くらいまで、同じ部屋に寝かせて結界を張ってヤッとったなァ。冬獅郎はんとこと同じや」
 尸魂界における二歳児は、現世の赤ん坊換算にすると平均して七月齢〜八月齢児相当くらいである。特に成長の早い子供でもせいぜい満一歳児、成長の遅い子供だと下手をすると四月齢児相当というケースもある。
「だよな。目が届かないと怖いよな」
 ギンは頷くと、もろきゅうをぱくりと口にした。冬獅郎も目の前のふろふき大根を箸で割りながら、溜息をついた。
「なんで、いいところになった途端、狙ったように泣き出すんだよ…」
と吐き出された言葉に、ギンはうっすらと人の悪い笑みを浮かべた。
「何だよ?」
とじとりと睨んだ冬獅郎に、性格の悪い義兄はさらに意味ありげに笑った。
「冬獅郎はん」
「ンだよ?」
「結界は何を遣うてはる?」
「縛道の十四、切影きりかげ
 冬獅郎は答えた。

 絢女が作ってくれた晩御飯を食べながら、
    という訳で、目が覚めたら、朝だったのよ〜」
と乱菊はがっくりと項垂れた。
「これでもう、五回目よ、五回目。冬獅郎さんに申し訳なくて、申し訳なくて…」
「なるほどねぇ…」
 昼間、やけに思いつめた声の乱菊から相談したいことがあるからと、絢女に連絡が入った。冬獅郎には聞かれたくないので足止めして欲しいとも頼まれたので、ギンに冬獅郎を飲みに誘って貰い、仕事が終わった後、息子の主真を連れて、絢女は弟夫婦の居宅を訪れた。
 乱菊が疲れた顔をしていたので、たまには休みなさいと夕飯の作成を買って出た絢女は、主真に先に食べさせて、双子ともども寝かしつけ、そうして、乱菊と二人で食事をしながら相談話を聞いたのだった。子供たちは隣の部屋に寝かせているが、様子が分かるように襖を細く開いている。主真が目を覚まして、話しを漏れ聞いてはまずいと、乱菊はぽそぽそと小さな声でしゃべっている。そのせいで、とてつもなく深刻な雰囲気を醸し出しているが、内容は惚気に近い。いや、乱菊と冬獅郎にとっては深刻極まりない事態なのだろうが、同様な苦労をおよそ三十年前に乗り越えてしまった絢女からすれば、
(ああ、私もそういうことはあったわね)
な心境だ。
「こんなんじゃ、冬獅郎さんが色里に行ったり、浮気しても、しょうがないかもしれない」
「冬獅郎は浮気なんてしないわよ」
「知ってる。だから申し訳なくて仕方ないんじゃない」
 産後鬱の気配があるのか、乱菊はぐずぐずと涙目になっている。
「ねぇ。終わるまで、二人をぐっすりと眠らせる方法ってないかしら?」
「ないわね。薬でも飲ませれば別でしょうけど、乱菊はそんなことしたくないでしょ?」
「当たり前よ。でもね、本当に計ったように、いいところで泣き出すの。なんでぇ?」
 がっくりと項垂れて、乱菊は呟く。
「結界は張っているのよね?」
と絢女は確認した。
「うん。まだ見たって意味なんか分からないし、忘れちゃうのは分かっているけど、やっぱり、子供にそういうところを見られたくないしね」
「うん」
「それに、声とか物音とかで、目を覚ましちゃうかもしれないでしょ…。だから…」
「うん…」
「だから、結界張って、声とか遮断しているのに、何で目を覚ますの? それも最悪のタイミングで」
 絢女は尋ねた。
「結界は何を張っているの?」
「縛道の十四、切影よ」
と乱菊は応じた。

 瀞霊廷中心街にある小料理屋「長野」。
 中心街からやや外れた閑静な住宅街の一角を占める日番谷邸。
 距離にして一里半も離れた場所で、奇しくも同時刻に二組の男女によって、全く同じ言葉が発せられたことは誰にも知られることのない事実である。

「それは結界が悪いわ」
「はぁぁ?」

 どういうことだ、と詰め寄る冬獅郎をまぁまぁと宥めて、
「あんなぁ、冬獅郎はん」
とギンは慌てず騒がず、ゆったりと説明を始めた。
「切影は内部の様子を遮断するけど、完全遮断やないのは承知やね?」
「もちろんだ」
 切影の結界の外から中を伺うと、丁度、摺り硝子越しにものを見ているような按配になる。例えば、内部で人が横切ると、ぼんやりとした影が動いて見えるのだ。声にしても、厚い壁を隔てて声を聞いている感じになる。小さい声なら壁に遮られて聞こえなくなるが、ある程度大声だと内容は分からずとも何か声がすると認識できる。内部から外部が窺える偏向性の結界の場合、偏向させる側も完全遮断は出来ないのだ。
「でなぁ」
とギンは猪口を傾けながら続けた。
「霊圧は特に漏れやすいねや」
「…?」
「つまり、ええところに来た時って、冬獅郎はんも、乱菊も、興奮状態なわけやんなァ?」
 冬獅郎は嫌な予感に寒気がした。

 絢女は新しい茶を湯呑に注いで続けた。
「つまりね、妊娠中にもそういうことってやっているわけじゃない?」
「う…、うん」
「でね、赤ちゃんはお母さんのお腹の中で体験した、その…絶頂…をね、快楽体験として、覚えているみたいなのよ」
「…嘘…」
「…あの時って、脳内麻薬…βエンドルフィンだったっけ? あれが大量放出されて、ものすごく気持ちよくなるでしょ?」
と、絢女は茶を一口飲んだ。

    要するに、なァ。両親の興奮した霊圧を感知するわけや」

「で、お父さんとお母さんがそういう霊圧の時はすごく気持ちが良くなるって、赤ちゃんは妊娠中に学習しちゃっているのね」

「ところが、いつまで経っても、気持ちようならへん」

「で、『気持ちよくならないよう、何で〜』って抗議して泣き出すっていうことらしいの」

 瀞霊廷中心街にある小料理屋「長野」。
 中心街からやや外れた閑静な住宅街の一角を占める日番谷邸。
 同時刻に再び、二つの悲鳴が響き渡ったことも、誰にも知られることのない事実である。

 燃え尽きた顔で茫然としている義弟の傍らで、ギンは遠い目をした。
「ボクらもなァ。それに気付くまでずいぶん試行錯誤したもんやで」
 もう、三十年近い昔であるが、主真には何度、邪魔されたことだろう。原因を特定し、対策を確立するまで、一体どれだけ空しく途中棄権、試合放棄を重ねたことだろう。
「女経験がいくら豊富いうてもなァ。さすがに、赤ん坊が真横におるような状況ですることなんてなかったし、あれはなかなか、分からへんかったわ」
とギンはしみじみと述懐した。

「切影にね、縛道の十七の光壁こうへきを重ねるといいわ」
 絢女は昔、編み出した対策を伝授した。
「ただし、弱めにして、霊圧を完全遮断しないこと。完全に霊圧が消えてしまうと、お母さんもお父さんもいないって不安になるから」
「うん」
と乱菊が頷いた。
「それから…、ここが面倒くさくて、つい忘れがちになってしまうところなんだけど…」

「本人の興奮度合いに合わせて、光壁の壁を厚くしてな、洩れる霊圧を調整せなあかんのや」
「…マジか?」
「うん。大マジ」

 瀞霊廷中心街にある小料理屋「長野」。
 中心街からやや外れた閑静な住宅街の一角を占める日番谷邸。
 同時刻に今度は、盛大な溜息が二つ、転げ落ちたのだった。

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 5周年記念リクエスト小噺 その4

 月栞さまからの「日乱でちょいエロな新婚ドタバタ子育てラブコメディ」ですが、あんまりエロくないです。あんまりドタバタもしていません。日乱は万年新婚気分ですが結婚した時期からすると、実は新婚でもないです。色々と看板に偽りありな気がしますが、これでご勘弁下さいまし(泣)。
 乱菊さん妊娠発覚(「アンカーのいないリレー」)が叛乱終結から三十八年後の晩秋。その一年半後、叛乱終結から四十年後の夏に出産(「幸せの重み」)。でもって、この話は出産後半年くらいと想定しています。
 お断りするまでもないと思いますが、縛道の十四・切影も縛道の十七・光壁も管理人が適当に捏造したものです。今後、この番号の縛道が原作に出てくることがあれば、こっそりと番号を変更しているかもしれません。その時は思いっきり笑っていいです。
 五周年、フリーリクエストは残りあと3題。残りのリクエスターの皆さま、もうしばらくお待ち下さい。

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2013.08.28