The Day Before the Day
ちょんちょん、と脇腹をつつかれて、一角は隣に座していたイヅルを見遣った。
「あんだよ?」
とぞんざいに目を眇めると、
「あれ…」
とイヅルは長卓の少し離れた位置に席を占めている冬獅郎を目で指した。
「ああ、あれな」
一角はぬるい笑みを口角に滲ませた。
「慣れろ」
冬獅郎の右隣は栗色の艶やかな髪に琥珀の瞳を備えた、「絶世の」という形容詞を付けてもさして大袈裟とは感じないほどの美女が占めている。因みに反対側の左隣には、美貌の副官である乱菊が控えているので、冬獅郎はプレミアムな美女にサンドイッチにされていることになる。世の男には垂涎ものの状態であるといえよう。尤も、間に挟まった冬獅郎自身が稀少な銀髪翠眼を持った美少年であるからして、その空間だけがむやみに華やいでいる。現世のアニメーション映画あたりなら、きらっきらっしたお星さまの効果が入るところだ。
それはさておいて。
イヅルが目にした光景は、それまでの経験から言うと信じがたいものだった。
栗色髪の美女が艶やかな微笑とともに卵焼きを箸で摘み上げ、冬獅郎の口許に差し出している。いわゆる、「あーんして」の状態である。そして、冬獅郎の方もそれを何の躊躇いもなく、ぱくっと口にしたのだ。
イヅルが認識している日番谷冬獅郎の
だいたいにして、十番隊隊長の日番谷冬獅郎という人物は、外見年齢こそ幼い少年であるが、その外見を裏切る老成ぶりで知られていた。十二年前に彼が隊長に就任した時も、見かけの余りの幼さを危惧する声が高かった。だが、就任直後こそ、その外見に惑わされた隊士たちの動揺に手を焼いていたものの、一年も経過しないうちに隊を掌握し切ってしまったのだ。現在の十番隊は隊の結束が固く、堅実な実績を期待できる優良隊として高く評価されている。実際、事務処理能力に関しては護廷一との呼び声が高いし、討伐においても派手さはないが着実に高戦果を上げて来ていた。冬獅郎の常に眉間に皺を寄せた峻厳な表情は、外見年齢以上の風格を彼に与えていて、イヅルなど時折、自分の方がよっぽど若輩者なのではないかと感じる時があるくらいだったのだ。
その彼がである。年齢相応の無邪気な笑顔を浮かべているだけでも瞠目ものだというのに、あまつさえ、美女から「あーん」と卵焼きを食べさせてもらっているのだ。
目にしたイヅルが動揺するのも当然だった。思わず周囲を見回せば、修兵、鉄左衛門、虎徹清音あたりも信じられないと言いたげに、固まってしまっている。一方、冬獅郎らのすぐ近くに座を占める京楽、浮竹、卯ノ花といった古参の隊長格は、にこにこと、まるで親が子供を見守るようにその光景を微笑ましげに眺めていた。
「ね、美味しいでしょ?」
満面の笑みの美女の問い掛けに、
「や、確かに旨いけど、姉さまの卵焼きの方が好きだ」
とまるで当たり前のように応ずる冬獅郎。
アナタハ、イッタイダレデスカ?
冬獅郎が注文したらしい和牛ロース・ステーキの鉄板が新たに運ばれて来た。彼はそれを栗色髪の美女の前に滑らせ、
「これ、旨いんだ」
と嬉しそうに勧めた。一切れを口にした美女は、
「本当。美味しいわ」
と思わず見惚れないではいられないような柔らかな笑顔を浮かべた。そこに乱菊が横から箸を伸ばして来て、ステーキの一切れをひょいと摘み上げた。
「あ、ほんと、おーいしい」
そのままつまみ食いして、感嘆の声を上げる乱菊。だが、
「行儀が悪いぞ」
と注意する冬獅郎の声に常の迫力はない。しょうがないな、と言いたげな笑いを含んでいる。
ナンナンダ、コノナゴヤカサハ?
イヅルは眩暈すら感じた。
ほんの二ヶ月半前。
現世駐在中の十三番隊隊士、朽木ルキアの消息が途切れたことから始まった事件は、中央四十六室によるルキア処刑の裁定、旅禍の侵入、五番隊隊長・藍染惣右介の暗殺、中央四十六室の皆殺し、十番隊長・日番谷冬獅郎と五番隊副隊長・雛森桃に対する襲撃という目まぐるしい展開の後、三・五・九番隊隊長の叛乱という最悪の結末を迎えた。一連の事件の首謀者は殺害されたと考えられていた五番隊隊長・藍染惣右介で、彼は忠実な部下である三番隊隊長であった市丸ギン、九番隊隊長であった東仙要を従えて虚圏へ去っていった。
この叛乱は護廷、さらには尸魂界が抱える様々な問題点を明るみにした。その一方で、副産物として、隊長格の知られざる素顔を白日の下に曝すことにもなった。
深い鉄笠で顔面を覆った顔の知れない隊長として周囲から畏怖を受けていた七番隊の狛村は、叛乱の最中に鉄笠を失い、隠し続けていた顔面を晒すことになった。彼は人身狼面の異形で、それを恥じて顔を隠していたのだ。この時、彼の素顔を見たのは主に隊長格の一部と負傷者の救護に当たった四番隊隊士であったが、知られた以上、最早、隠すことは無意味と狛村は以降、鉄笠を捨てた。異形を忌まれ、侮蔑の視線を受けることも覚悟してのことだった。しかし、彼の素顔は侮蔑どころか、好意を持って受け入れられた。やちるの名付けた「わんわん隊長」という呼び名は、主に女性死神を中心に密かに流布しており、彼の人気は赤丸急上昇中である。素顔を隠していた彼は女性死神協会が出版する隊長格写真集の対象外であったが、写真集の要望は早くも女性死神協会に上がっているという噂である。
義妹・ルキアと折り合いが悪いことで知られていた六番隊隊長・朽木白哉もまた、意外な一面を知られることになった。四十九年前、亡き妻に容貌が似ているという理由でルキアを引き取り、養女に迎え入れた白哉は周囲から謗りを受けた。ルキアを養女にしたのが妻の死後、一年経つか経たないかというくらいであった為だ。妹というのは表向きの話で、亡妻の身代わりの人形にしようとしている、と噂されたのだ。この不名誉な噂を慮ったのか、顔立ちがいくら似ていようと所詮違う人格、身代わりにはなり得なかったか、白哉のルキアに対する態度は極めて冷淡であった。彼女が死神能力の譲渡の罪で双殛で処刑されることが決定した時にも、白哉は助命の動きすら見せなかった。
しかし、双殛の丘で市丸ギンによって殺害されようとしたルキアを、白哉が身を挺して庇った時から事態は一変した。彼はルキアが亡妻・緋真の実の妹であること、これまでその事実を伏せていたのは、妹を捨ててしまった緋真が己を恥じ、「姉と呼ばれる資格はない以上、明かしてくれるな」と今際の際に言い残したからだと告白したのだ。妻の面影を宿し、忘れ形見であるルキアにどう愛情を示してよいか分からず、また四大貴族の掟に背いて、緋真に続いてルキアを迎え入れたことに対する罪の意識が彼女に対する冷たい態度になってしまったと白哉は詫びた。このカミングアウトで枷が外れたか、その後の彼はルキアに対する愛情を隠そうとしなくなった。今や、「シスコン」と言えば「朽木白哉」と返って来るほどに、彼の盲愛ぶりは知れ渡っている。
そして、冬獅郎である。
藍染一派が虚圏に去って後、情報収集、及び、旅禍から死神代行とその仲間に格上げされた黒崎一護たち現世の能力者たちとの連絡の役割を担って、冬獅郎を責任者に先遣隊が現世へと派遣された。先遣隊はつい先日、瀞霊廷に帰還を果たしたのだが、その際、一人の女性死神を連れ帰った。
この女性死神は元五番隊の第三席であった如月絢女で、四十五年前の現世討伐中に
彼女の生存と帰還は護廷に重要な意味をもたらした。
第一には彼女の斬魄刀である。四十五年前の彼女の失踪は討伐の際の不幸な事故ではなく、藍染によって仕組まれたものであることが判明したのだ。絢女の斬魄刀・秋篠は本来の能力は風であるが、副産物として幻惑系の能力を無効にする力を備えていたのがその理由である。浦原喜助の分析と、それを受けた涅マユリの詳細な解析の結果、秋篠の風は幻覚をもたらす為の幻惑場に干渉し、それを散らす作用があることが確認された。藍染は力をつけた絢女によって己の斬魄刀の持つ完全催眠を破られることを懼れ、彼女の抹殺を謀ったのだ。
第二に、彼女が十番隊隊長・日番谷冬獅郎の実の姉だと明かされたことだ。「如月絢女」という名は偽名で、彼女の本名は「日番谷絢女」であった。それだけならば、知られざる関係を公にしただけの話だが、この裏には重要な事実が隠されていた。幼くして隊長に就任し、その飛び抜けた霊力から「天才児」と称されていた冬獅郎だが、それさえ、霊力の一部を封じられた状態だというのである。彼の霊力を封じたのは姉の絢女で、彼女は封じを解く用意があることを護廷に伝えた。
藍染との決戦に備え、少しでも戦闘力の底上げをしたい護廷にしてみれば、封じが解放されることによって冬獅郎がより強い霊力を得ることが歓迎すべき事態だったのは無論である。だが、それ以上に期待されたのは、封じに割かれていた絢女の霊力が本来あるべき水準に回復することだった。喜助とマユリが共に下した結論は、絢女が卍解を得れば、藍染の鏡花水月に対抗可能というものだったからだ。朽木ルキア処刑騒ぎの中で、護廷は鏡花水月の完全催眠に翻弄された。とっくに斬殺されていた中央四十六室が機能していると思い込み、その裁定を受け入れたのも、藍染惣右介が死亡したと誤認したのも、すべてが鏡花水月の完全催眠によるものである。彼が斬魄刀の能力を解放する時、護廷は対抗する手段がないと考えられていた。卍解を得た絢女の秋篠により鏡花水月の完全催眠を無効化を実現出来るならば、護廷は強力な切り札を得ることになる。
絢女が偽名を使っていたのは、冬獅郎を護る為だった。絢女と冬獅郎の姉弟は現世で陰陽師の家系に生まれ、人間であった頃から高い霊力を備えていた。その霊力を狙った尸魂界からの刺客 黒幕は藍染であろうと推察されている によって殺害され、流魂街へと流されたのだ。以来、絢女は幼い弟を護る為にあらゆる手段を講じて来た。弟を結界に封じて眠らせ、彼が目覚めた後は信頼を寄せる老婆の許に預けた。冬獅郎の霊力を封じたのも、敵に見つからないようにという配慮であった。絢女が死神を志したのも、彼女たちを襲ったのが死神だったからだ。当時は正体すら分からなかった黒幕に迫る為に、絢女は死神になったのだ。
絢女は己の全てを犠牲にしても弟を護ろうと決意していた。そんな姉の愛情を一身に受けていた冬獅郎もまた、絢女を深く慕い大切に想っていた。彼女の不在中に護廷に入隊し、隊長職へまで上り詰めた冬獅郎である。再会を喜んだ彼が今までの恩返しとばかりに姉を気遣うのも当然の成り行きなら、ようやく、姉弟であることを公言出来るようになった絢女が冬獅郎の世話を焼きたがるのも当たり前だった。
その結果が現在進行形でイヅルの前で展開中の、信じがたい光景の真相である。
冬獅郎の右隣に座す栗色髪の美女こそ日番谷絢女であり、彼女と冬獅郎の間に流れる和やかさは仲良し姉弟のじゃれあいに他ならない。先遣隊の帰還まで「シスコン」といえば「朽木白哉」であったが、現在、白哉に迫る勢いで、冬獅郎のシスコンぶりは護廷に認知されつつあった。
此度の宴会は、絢女の帰還祝いである。
失踪以前から絢女と親しい付き合いのあった伊勢七緒と斑目一角・綾瀬川弓親が幹事となって主催した。
藍染の叛乱で痛手を受けた護廷は、来るべき決戦に備えてピリピリとひりついた雰囲気に支配されていた。常に緊張を強いられていると、ガス抜きをしたくなるのは当然である。絢女の帰還祝いはうってつけの口実だったのだ。五番隊三席時代の絢女は温厚な人柄と有能さで自隊の部下たちから慕われていたのは無論、他隊の隊長格からも目をかけられていた。だからこそ、彼女の抱える事情抜きに、帰還を純粋に喜んでいる者は数多かった。宴会の盛況さが、それを物語っている。
イヅルは絢女が消息を絶って後に、護廷に入隊した。この為、絢女と直接の面識はなかった。だが、幹事である七緒らは隊長格については、面識のあるなしに関わらず声をかけたので、イヅルも出席の運びとなったのだ。宴会の参加者のうち、五番隊関係者、及び絢女が現在預かり置かれている十番隊関係者を除けば、イヅルの他、修兵、清音、仙太郎が失踪以前の絢女と面識がないメンバーということになる。
絢女に何かを囁かれ、冬獅郎が破顔した。その屈託のない笑みと、微笑む絢女を見比べ、
「姉弟なんですねぇ」
とイヅルは思わず呟いていた。
「まぁな。ああやって並んでいると、確かによく似ているんだがなぁ」
一角が苦笑した。
「僕たち、絢女さんのことはよく知っていたのに、全然、気が付かなかったよね」
と弓親が添えた。
「やっぱり、見た目の印象ってのは大きいよねぇ」
絢女と冬獅郎は髪の色も眸の色もまったく異なっていて、ぱっと見の印象自体にかなり隔たりがある。その上、冬獅郎は常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、峻厳な表情を保とうとしていた。一方、一角や弓親の思い出の中の絢女は、柔らかな微笑を浮かべているばかりだった。だから、どうしても二人は結びつかなかったのだ。けれども、こうして絢女と冬獅郎が並んだ上で冬獅郎の素直な子供らしい顔を目の当たりにすると、顔立ちの相似は明らかだった。
幼馴染の雛森桃の前ですら、隊長の威厳と矜持を保とうとしていた冬獅郎なのに、絢女の前ではそんな虚飾をあっさりと捨て去ってしまっている。
「姉さま、姉さま」
と甘える姿を、既に帰還前にたっぷりと目にしていた一角と弓親は、最早、
「日番谷隊長にもなかなか可愛いところがあるじゃないか」
と愛でる心境にまで達している。
だが、初めて、冬獅郎のこの姿を目の当たりにしたイヅルや修兵らは、「日番谷冬獅郎・キャラ崩壊」の真っ最中だ。
呆然と彼らを眺めていたイヅルは、ふと面を上げた絢女と目が合った。にこり、と彼に笑いかけた絢女にイヅルの胸の奥底が痛んだ。
護廷を裏切り、反逆者の一人として虚圏に去っていったかつての上司が脳裏を過ぎり、イヅルの表情はぎこちなくなった。
絢女の生存をギンが知っていれば。
彼はこの世界にとどまったのではないか。藍染に従い、世界に背くことなどなかったのではないか。
その思いが止められず、急に酒が苦くなった。
イヅルはさりげなく席を移り、部屋の隅に逃げた。
乱菊に想いを寄せていると信じられていた市丸ギンだったが、真実は違っていたことを、イヅルは知っている。ギンが愛していたのは、求めてやまなかった女性は、絢女だった。彼女が失踪する以前から決して想いを明かすことなく隠し続けていたらしいが、ギンがどんなに彼女を恋いていたかを、彼の部下だった間にイヅルは悲しいほどに察していた。彼が世界を裏切ったのは絢女を失ったからではないかと、イヅルは密かに想像していた。
だから、あの叛乱をきっかけとして絢女の生存が明らかとなり帰還したという皮肉が、イヅルには悔しかった。絢女の生還を誰よりも狂喜するはずの人は、未だに事実を知らぬまま、虚圏で凍えた心を抱いているのだ。
隅で一人、苦い酒を啜っていたイヅルは、不意に目の前に差し出された徳利に驚いて顔を上げた。
「一献、いかがですか?」
いつの間にか目の前に来ていた絢女からの酌に、イヅルは慌てて杯を差し出した。本日の主賓である彼女は冬獅郎の傍らから離れ、どうやら宴席の参加者への挨拶回りを始めたらしかった。イヅルの返杯を可憐な見かけに似合わぬ豪快さで、くいっ、と一息に飲み干した絢女は、
「ギンの下で、ずいぶん、苦労したのでしょう?」
と微笑んだ。
「あの…?」
「ごめんなさい。あの人の話は不愉快だった?」
「いえ…」
イヅルはかぶりを振った。捨て駒にされたにも係らず、利用されるだけ利用されて裏切られたはずなのに、イヅルはどうしてもギンを憎めなかった。恨めなかった。
絢女の琥珀色の眸がじっとイヅルを見つめている。色味は全く異なるけれども、冬獅郎によく似た円らな目にイヅルの胸底が、再びきりりと痛み始めた。
「吉良くんのこと…」
周囲に聞こえないように声を潜め、絢女はぽつりと呟いた。
「ギンはとても好きだったのね…」
「は?」
思いがけない言葉に、イヅルは茫然と絢女を見返した。
ギンがイヅルを好きだった?
逆ではないのか。イヅルはギンを慕っていた。尊敬していた。目標としていた。裏切られた今でも憎めないほどに。けれども、ギンはあっさりとイヅルを見捨てたではないか。躊躇うことすらなく。
「吉良くんはまだ、ギンのことが好きでしょう?」
微かに小首を傾げ、潜めたままの声で、絢女は告げた。口調は確認するような疑問形だが、答えを確信しているかのような響きがあった。
「はい」
イヅルは肯定した。
「もし、ギンが吉良くんのことを何とも思っていなかったら…」
と絢女は続けた。
「吉良くんはギンを嫌いになっていたはずよ」
「…どういうことですか?」
絢女は僅かに目を伏せた。
「どうでもいい相手なら、彼は徹底的に踏みにじるわ。情なんか残せないくらい」
と彼女は苦く断言した。
「でもね、ギンは臆病だから、好きな相手には非情になりきれないの。嫌われたくなくて、無意識に加減しちゃうのね」
「…」
「ギンはきっと、イヅルくんのことを気に入っていたのよ。どうせ裏切るなら、いっそ踏みにじって憎ませ切ってしまう方が優しいのに、それが出来なかったの」
ああ、この 。
イヅルはちくちくと刺すような胸の痛みが、切なさにすり替わるのを感じた。
彼がギンを憎めなかったように、乱菊がギンを恨めなかったように。
絢女もまた裏切り者となったかの男に対して、行き場を失った好意を抱えているのだと悟った。
「あの人には苦労のかけられ通しでした」
とイヅルは口調を改めた。
「目を離すと、すーぐ執務をさぼって逃げ出すし」
「ああ、やっぱり? で、自分の仕事を何だかんだで押し付けるのよね」
と絢女は応じた。彼女も五番隊三席時代に、当時は五番隊の副隊長だったギンに散々に手こずらされたのだ。
「そうなんですよ。立ち回り先の把握はしていたのですが、その裏をきっちりと掻いて下さるんですよねぇ」
「無駄に霊圧を消すのが得意でしょ?」
「そうです。そうです」
彼女となら、このどうにも消せない胸の痛みを共有できそうだ、とイヅルは感じた。強引に笑顔を作って、
「話が合いそうですね。今度、じっくりお話を聞かせて頂けませんか?」
と告げれば、
「喜んで」
と微笑が返って来た。
「それじゃ、また今度」
絢女は立ち上がり、他の人々の下へ挨拶回りを再開した。
イチマルタイチョウ。
アナタガアイシタヒトハカエッテキマシタ。
ドウカ、アナタモカエッテキテクダサイ。
誰にも言えない願いを、イヅルはこっそりと心の中だけで呟いた。
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5周年記念リクエスト小噺 その5
「絢女が弟の日番谷隊長を可愛がっていて、隊長もゴロゴロ甘える…。その様子を目の当たりにした周囲の微笑ましい反応」というリクエストからは、ギャグかコメディが産まれるはずでした。なのに、吉良くん目線にした途端、何故か切なシリアスになってしまうという落とし穴にきっちりと嵌りました。絶対にリクエスターの方が期待されていた内容とは違うはず、って確信しているにもかかわらず、リクエスト作品ですとUPする管理人の図太さよ。(あっはっはと、最早笑って誤魔化すしかない)
すみません。ギャグよりも、コメディよりもシリアスの方が書きやすい管理人なんです。
タイトルは難渋に難渋した挙句、下書き中に聞いていたダイドの曲のタイトルをそのまま付けてしまいました。なので、全然深い意味はないので、あしからずご容赦下さい。ていうか、拙宅の英語タイトルって何気にダイド率が高いかもしれにゃい。
返品されても代替品は送れません。強引に納品しちゃいます。ちーこさま、イヤゲモノかもですがお納め下さい。