祝い目出度の顛末記
流魂街出身の冬獅郎と四大貴族の当主である白哉。護廷十三隊の隊長として同僚とはいえ、出自が天と地ほど異なるこの二人であるが、実はたまにサシ飲みする仲である。きっかけは白哉の義妹・ルキアの初昇進の祝いの宴席に冬獅郎が呼ばれたことだった。朽木の私邸で開催されたその宴席に他隊の隊長である冬獅郎が呼ばれたのは、件の藍染の叛乱に端を発した一連の騒動の中で先遣隊として現世に派遣された際、一時的な指揮系統として冬獅郎はルキアの直属の上官であったという経緯と、ルキア昇進に冬獅郎もわずかながら関わりがあったからである。
長らくルキアは十三番隊にあって無位の平隊員であった。既にして上位席官級と囁かれる能力を持ちながら平の地位に甘んじ続けていたのだ。実力本位な面がある護廷においてこれは異例で、疑問を抱いていた者も多かった。冬獅郎もその一人で、先遣隊でルキアの能力を目の当たりにした彼は、あれだけの実力のある彼女が何故昇進しないまま捨て置かれているのかを、彼女の本来の上司である十四郎に質したのである。十四郎の言うには、原因は白哉にあった。彼はルキアの所属する十三番隊の長である浮竹十四郎に依頼して、敢えて義妹の昇進を阻んでいたのだ。これは最愛の妻の忘れ形見といえるルキアを危険から遠ざけたいという想いから来た、不器用な愛情からの行動であった。それを冬獅郎は白哉のエゴだと苦言を呈したのだ。四大貴族のご当主さまである。流魂街出身の若輩者の諫言など歯牙にもかけないだろうと思いきや、白哉はそれを受け入れたのだ。結果、ルキアは十七席に昇進することとなった。彼女はその後、順調に昇進を重ね、現在は四席の地位にある。
ルキア初昇進の宴席に呼ばれた冬獅郎は、この時に初めてじっくりと白哉と話す機会を得た。これまでも隊長格の宴席などで同席したことはあったのだが、お互いにまともに話したことなどなかったのだ。そして、飲み仲間として案外に相性が良いということに、双方が気付いた。白哉も、冬獅郎も、それなりに酒に強い方であったが、量を飲むよりも良い酒をゆっくりと味わいながら嗜む方を好んでいた。また、饒舌でもない。冬獅郎の周りには乱菊や京楽などの賑やかに飲むことを好む者ばかりが集まっていたので、静かにゆったりと飲める白哉は相手として新鮮だった。白哉は白哉で、四大貴族当主である彼の顔色を伺う貴族仲間と飲むことにも、騒々しい隊長格の宴席にも倦んでいたので、媚もせず、騒々しくもない冬獅郎との同席は心地よかった。
そんなわけで、静かに呑みたい気分の時に互いに誘い合うようになり、二、三ヶ月に一度くらいの割で、冬獅郎と白哉はサシ飲みするようになったのだ。
この日も、白哉から話したいことがあるからと誘われて、冬獅郎は朽木家御用達の風雅な料亭に赴いた。
そして、ルキアが副隊長に昇進することを知らされたのだ。
「十三番隊でも公になっておらぬ内密の話だが。年が明けた新年に副隊長に就任することに内定している」
「それはめでたいな」
ルキアの昇進も無論だが、殉職した志波海燕を偲んで新たな副隊長を任命しようとしなかった十四郎がようやく気持ちの区切りを付けたということを冬獅郎は嬉しく思った。
護廷では半期に一度、新暦睦月と文月の一日に定例の人事異動が行われる。無論、隊員の殉職や引退などを起因とした臨時の異動は随時行われているが、今回のルキアの昇進は定例の異動で行われるので来年の話になるのだ。
「
「うん、何だ?」
「昇進祝いにルキアに正装一式を贈ろうと考えているのだが、その見立てを頼みたい」
「…」
咄嗟に冬獅郎は返答が出来なかった。何故、彼にルキアの祝いの晴れ着の見立てを頼むのか、理由が全く分からなかったからだ。その心情を察したのか、白哉は続けた。
「兄も知っての通り、ルキアの袖白雪は氷雪系だ。それ故、同じ氷雪系で最強の誉れ高い氷輪丸を屈服させている兄には、強い尊敬と憧れがあるようだ」
「ああ…」
ルキアから尊敬の念を向けられていることには気が付いていたが、改めて彼女の義兄からそれを指摘されるとむず痒い。冬獅郎は曖昧に相槌を打った。
「副隊長に就任するということは単なる昇進とは異なる。隊長格として隊を統括する重い責務を負うことになる。ルキアもそれだけの覚悟をもって内示を受け入れたと聞いている。だからこそ、同じ氷雪系の斬魄刀の主として尊敬する兄の見立てた盛装を贈れば、ルキアの励みにもなろうと考えたのだ。頼まれてくれぬか」
すぐに諾と返せなかったのは、二つほど理由がある。第一は、冬獅郎はルキアの好みなどさっぱり分からなかったのだ。同じ氷雪系の斬魄刀の主同士であるし日番谷先遣隊での関係もあって、ルキアのことは一般の他隊の隊員よりも目を掛けている自覚はあった。また、
短い逡巡の後、冬獅郎は白哉に、
「承知した」
と答えた。
「ただ、俺は個人的に朽木の義妹と親しいわけではないから好みも分からない。俺一人で見立てるのは正直なところ、荷が勝ちすぎる。だから、姉さまにも一緒に見立てて貰おうかと考えているんだが構わないか?」
冬獅郎の姉の絢女は白哉の亡妻、緋真と親交があった。緋真にとって絢女は瀞霊廷に入って初めて得た心許せる友人だったということを、冬獅郎は白哉から聞いた。病床にあった緋真を最期まで励まし続けた絢女に対して白哉は大きな感謝の念を抱いているらしく、彼女に対する特別扱いは傍からもあからさまなものがあった。絢女は絢女で未だ亡き緋真を懐かしんでおり、忘れ形見のルキアに対しても心を砕いていた。ルキアと親しくしている絢女ならば、趣味や好みも理解している上、恋次に対しても絢女と冬獅郎の二人で見立てたという形にすれば申し開きが立つという配慮からの提案だった。
「もちろんだ。兄に加えて絢女殿にまで見立てて頂けるなら、ルキアも一層喜ぼう」
白哉は即座に申し出を受け入れた。
冬獅郎から事情を知らされた絢女にも、もちろん否はなかった。
「それで、正装一式というと、着物に、帯に、半襟とか帯揚とかもかしら?」
「ああ、着物、帯、半襟、帯揚、帯締、簪。これが依頼の一式だ。期間的にみて帯だけはすでに出来上がっている帯地から選ぶことになるが、着物は白生地に染め色、文様の柄までを決めて、職人に注文するのだそうだ。小物類も同じだ。さすが朽木というべきか、豪気なもんだ」
「ルキアちゃんが副隊長という要職に就任するのが、誇らしいのよ」
と絢女は微笑んだ。
「これは張り切ってお見立てしないとね」
「ああ」
着物は振袖にするのかと白哉に尋ねたところ、護廷の副隊長の立場で改まった席に着ていけるように訪問着にしたいという答えだった。
「そうすると、華やかさより、落ち着いた気品のある印象にした方が良いのね」
「だろうな」
「氷雪系最強ということでルキアちゃんから尊敬されているからって、冬獅郎は見立てを頼まれたんでしょう? それも副隊長の就任のお祝い。だったら、斬魄刀に因んで、雪の文様がいいかもしれないわね」
絢女の意見に、冬獅郎は難しい顔つきになった。
「ああ、それは俺も考えないじゃなかったんだけどな」
「ええ? なにか問題があるの?」
「いや。祝いの着物なら吉祥文が定石だろう? 雪文は吉祥文とは言い難いからなぁ」
雪輪や雪華紋は伝統的な着物文様であるが、吉祥の意味は特に込められてはいない。
「そうね。おめでたい図柄に雪を絡めたらどうかしら? 例えば、雪持ち南天図とか…」
「う〜ん。確かに南天は吉祥柄だがなぁ。雪持ち南天の訪問着ってちょっと祝いの着物にしては地味で寂しくないか?」
「そうねえ…」
絢女も形の良い眉をわずかに顰めて思案顔になった。やがて、彼女は面を上げると、
「ご来迎は?」
と呟いた。
「…日の出か?」
冬獅郎は目を瞠る。
「雪山にご来迎の図ならおめでたいし、雪も描けるし、寂しくもならないでしょ?」
絢女の思いつきは、冬獅郎にはとても良い考えに思えた。
「さすが、姉さま。そうすると、雪山は富士がいいかもしれないな」
富士山は現世で人気のある図柄である。神宿る山として古来より神聖視されており、富嶽図には正に吉祥の意味が加わっている。尸魂界には富士のように高い山はなかった。それだけに、死神を通じて入って来た現世の文物に表現された富士は、憧れをもって尸魂界でも受け入れられていた。
白哉の依頼からすると、色柄や文様を指定した上で、染め物師や手描き友禅の職人に図柄を描かせることになる。実際に富士を見たことのない瀞霊廷の職人に図案を描かせるのだから手本となる具体的な画があった方が良いだろうということで、冬獅郎と絢女はまずは冬の富士山の写真や絵画を集めることにした。
数日後、現世駐在の隊員を通じて集めた雪山や富士山の写真や絵画を五番隊隊長舎に持ち寄って、冬獅郎と絢女は友禅の絵師に提示する図案の打ち合わせを行った。
会合場所を五番隊隊長舎にしたのは自宅だとそれぞれの配偶者である乱菊やギンがいるからだ。ギンにせよ、乱菊にせよ、護廷隊長格である以上、洩らしてはならない情報くらい充分に弁えている。従って、乱菊やギンに知られること、それ自体は問題ではなかった。しかし、此度の件はまだ内々の段階で公になっていないのだ。十三番隊でも隊長である浮竹十四郎とルキアの間だけの了解事項で、ルキアとは恋仲で、白哉の副官でもある恋次さえ知らされていないということだった。それを先に乱菊たちが知ってしまうのでは、恋次が気の毒だ。そこで、五番隊隊長舎でということになったのである。尤も、情報収集能力に優れたギンはすでに内定人事を把握している節はあったが、絢女は敢えて確かめなかった。
久しぶりに姉弟水入らずで食事をとった後、二人は早速、打ち合わせに入った。
「良さそうな写真とかは見つかったのか?」
と冬獅郎から水を向けられた絢女は、一目見た時から心惹かれた一葉の写真を差し出した。
「これがとても素敵だと思ったの」
晴れた冬日の富士山の写真だった。遠景に冠雪した富士、手前には芦ノ湖だろうか、静謐な湖が広がっている。湖の周辺は積雪に覆われ、木立も雪を被っている。湖の手前側の岸辺には水鳥の姿も見えた。
「ああ、綺麗な景色だな。富士と湖の取り合わせもいいし」
と冬獅郎も写真に見入った。
「この構図で日の出なら、富士の中腹辺りから、太陽を昇らせるといいだろうな」
冬獅郎は樹氷を写した写真を二葉と田園風景を描いた油絵を絵葉書にしたものを絢女に見せた。
「さっきの姉さまの写真の更に手前に、近景としてこの写真みたいな樹氷の森を入れるのはどうだろう?」
「凄くいいわ。樹氷の森って、袖白雪らしいもの」
「こっちのは西洋の油絵だが、空の色遣いが好きなんだ。参考にならないかな?」
手前に葡萄畑が広がり、奥には山とも呼べないなだらかな丘陵が広がっている。夕暮れなのか、夜明けなのか判然としないが、丘陵と空との境は明るい赤みの強い紫で彩られ、更に朱赤、橙、牡丹、薄紅などの複雑な階調で空が描かれていた。画面の最上部は暗い紫紺色だ。これが夜明けの絵であるなら、未だ明けきれぬ暁の刻であることを示している。
「樹氷の森の中に松を入れられないかしら?」
「出来るんじゃねぇ? 友禅絵師に相談しないと分からないけど」
「松に鶴を止まらせてもいいかと思うけど、煩くなりすぎる?」
「どうだろう? 袖の辺りなら煩くはならない気がするが、ちょっと感じが掴めない。やっぱり、友禅師に要相談だな」
「この絵を参考に地を染めるなら、
「多分な」
着物を図柄から決めて注文するなど初めての経験だ。しかも、ものはルキアの祝いである。自分の着るものを決める以上に熱心に、二人は話し合った。
数日後、冬獅郎と絢女は、白哉から懇意にしている友禅絵師と染物職人に引き合わされた。朽木の一族が商っている呉服商がほぼ専属で抱えているという、どちらも一級の職人である。
友禅絵師はまず二人から構図の説明を聞き取った後、資料にと渡した富士の写真集や画集に熱心に目を通した。
「なるほど、大体の構図は掴めました」
彼はおもむろに一枚の紙を取り出した。紙には衣桁に掛けて広げた着物の輪郭があらかじめ写してあった。絵師はそこに墨だけでさらさらと構図を描いていった。
「絵画の場合は実際の山の稜線よりも鋭く描くのが、定石のようですね」
「ああ、確かにな。本物の稜線は鈍角だが、ものによってはこれでもかってくらい鋭角に描いてあるな」
と冬獅郎は葛飾北斎の富嶽図に視線を走らせた。
「そうですね。やはり、心もち鋭角に描く方が着物の図柄としては映えましょう。近景の樹氷の森は後ろ身頃の半ばあたりから右前に盛り上げるように入れると納まりが良いようです」
職人は右袖に雪を被った松の枝を描き、そこに鶴を描き加えた。
「松は幹は描かずに、枝だけを張り出させましょう」
覗き込んだ染職人が、
「左の前身に山と日の出が来るわけですね。そう致しますと、左前と右袖の前を明るく、右袖の後ろから右の後ろ身あたりにかけては暁闇を残した様子で暈し染めるのが良いかもしれません」
と意見を述べた。
「ああ、そうですね。では、右後ろの雪持ち松の鶴は眠らせましょう。左袖は夜明けの空になりますから、こちらに群れ鶴を飛ばせるというのは如何ですか?」
と今度は着用し、袖を広げたふうに着物の輪郭が描いてある別の紙に前身から袖の前側に至る図柄を描いてみせた。
「群れ鶴が入ると、左袖が華やぎますね」
絢女が感心したように下絵に見入る。
「失礼いたします」
と断った染師が持参の色絵具で友禅絵師の下絵に大雑把な色を加えた。山の端から顔を覗かせた太陽は白に近い黄色、稜線に近い空を
「樹氷の森は、実際には白と薄桜、それに少し甕覗き色を加えて描くことになります」
「銀箔に、少し刺繍も加えて表現した方が華やぎましょう」
「ええ、その方が良いでしょう」
豪奢な着物を手掛けるのに慣れている友禅絵師と染物職人は息の合った会話で、冬獅郎たちが思い描いた図柄を具体化していった。
友禅絵師が出来上がった下絵を、もう一度冬獅郎たちに示した。
「本日はざっとした下絵でございます。持参した絵具も限られております故、大体、このような具合になるとご了解下さい」
「ああ。とても分かりやすかった」
「後日、正確に図案に起こした下絵をお持ちいたします。朽木様には改めて打ち合わせの場を設けていただけますようにお願い申し上げます」
と、これは終始無言で見守っていた白哉に対しての依頼である。
「承知した。お二方にはかたじけないが、今一度、付き合ってもらえぬか」
「はい。もちろんです」
「帯や半襟はその時に打ち合わせるのか?」
冬獅郎が白哉と友禅絵師を見比べながら尋ねると、
「さようでございますね。その日であれば、着物の色や図柄はほぼ固まるかと存じますので、帯や半襟も決められましょう」
と絵師が応じた。
「承知した。次回は帯地を用意しよう」
「白生地もお願いできますでしょうか?」
染物師の言葉に、
「訪問着ですから、生地は縮緬よりも光沢のある綸子地の方が良いように思えます。綸子の白生地をご用意いただけますか?」
と絢女が被せた。
「袖白雪に因んで、雪輪地紋がいいんじゃないかと姉さまと話していたんだ」
冬獅郎も加える。
「よく分かった。では雪輪地紋の綸子生地を見繕わせておこう」
と白哉は請け負った。
更に数日後、下絵が出来たということで、冬獅郎たちは再度の打ち合わせに赴いた。先日の簡略な下絵と同様に衣桁に掛けられた状態の絵羽の全体図と着用した場合の正面図の一組として大きめの紙に描き起こされ、丁寧に彩色を施したものが用意してあった。暈しの具合や色調、構図を少しづつ違えた五組の図案を提示され、絢女と冬獅郎はそれらを矯めつ眇めつ見比べた後、一番良いと思える一組を選び出した。
「どこか、手直しする点はございますか?」
「全体の色合いや構図はこれが一番しっくりとするんだが、群れ鶴の部分だけはこっちの方が落ち着くように思うんだ」
と冬獅郎がもう一枚の図案を示した。編隊を組んで飛ぶ群れ鶴の飛ぶ角度や位置の微妙な違いなのだが、せっかくなので、納得のいくようにしたかった。
「承知いたしました。群れ鶴の構図はこちらの図案と差し替えます」
と絵師はあっさりと頷いた。
着物の色柄が決まったところで、白生地の選択である。一口に雪輪地紋と言っても、雪輪の大きさや重なりの密度などで生地の表情も光沢もがらりと変化する。冬獅郎らはその中から大ぶりの雪輪が不規則に散らされた地紋のものに決めた。雪輪の内部は紗綾形紋で埋められている。雪輪の外は平織なので、絹地のとろりとした光沢が殊に美しかった。
決まった図案に基づいて染色した場合、右袖の前上部から後ろ頃にかけては藍や深い紫が地に暈されるが、着物全体としては黄色みを帯びた薄紅が基調色となる。
これに合わせる帯を選び出す為に、白哉は呉服商に大量の帯地を持ち込ませていた。山となった帯地を、友禅絵師と染物師の助けを借りながら、冬獅郎らは確認していった。そうやって、絢女は最終的に花七宝と菊立涌の有職文を市松に配した錦の袋帯を候補として示した。錦地は全体は光沢を抑えた銀色で、立湧の内部の菊文部分には淡い色味の金糸を、花七宝にはやはり控えめな色合いの金属糸が用いられていた。市松の地の上には、更に精緻な手刺繍で大きめの雲鶴紋が散りばめられている。雲鶴の刺繍は光沢のある白っぽい絹糸だが、ところどころに光沢の強い銀糸も使用されていた。
絢女とは別の帯地の山を探した冬獅郎は、落ち着いた金の箔摺りの地に金糸銀糸で裂取りに文様を織り出した袋帯を選択した。裂取り部分は唐花襷、小葵、丸に鳳凰、丸七宝、鴛鴦丸などの様々な有職文が柔らかな色合いの色糸と金銀の糸で織り出してあった。
候補の二本の帯地を見比べ、冬獅郎は、
「どっちが映えると思う?」
と玄人である職人たちに意見を求めた。
「どちらもよく映えるように思えます。甲乙はつけ難いと存じます」
と染め師が困ったように首を傾げた。
「そうですね。日番谷さまが御選びになった帯ですと華やぎが強くなるかと存じます。絢女さまが御選びの帯の方であれば、気高さや気品がより強調されるかと。ルキア様がお召しになられる場合にどのような雰囲気を強く出したいかによって、決められては如何でしょう」
と友禅絵師が添えた。その意見を聞いて、
「護廷副隊長の立場で改まった席に臨む為に誂える着物だからな」
と、冬獅郎は本来の注文主である白哉を顧みた。
「今回は気品重視の方が良いと思うんだが」
白哉は頷いた。
「確かに。此度は華やぎよりも、落ち着きと気品を感じられる方が良いだろう」
これで帯が決まった。着物と帯に光沢があるので、帯揚はしぼによって光沢が抑えられる縮緬地を用いることに決めた。染め師が提示した見本帳から着物と色調を合わせた曙色を選び、染め上がりに雪輪に四君子の刺繍を施すことで格調と華やぎを加えようという提案に職人たちは賛同した。
今回は帯締と簪の意匠を決める為、新たに組紐職人と錺職人も呼ばれていた。
組紐職人と意見を交わし、友禅絵師の助言も得て吟味した結果、帯締めは端に銀糸、中央部に金糸を通した平打ちで誂えることになった。着物と帯の柄がかなり凝っているので、帯締めは敢えてすっきりと仕上げることにしたのだ。同じく半襟もごてごてと色を加えずに白一色で品よく仕上げようということで意見が纏まった。礼装用なので、白地の刺繍半襟になるが、刺繍も潔く白糸だけを用いるのだ。着物と帯に鶴があらわされていることから、霰地紋の白生地に飛び鶴の刺繍を施すのである。
簪については絢女が袖白雪を意識して、図案を描いて来ていた。表面を金剛砂で研磨して擦り硝子のように曇らせた扇形の水晶の板に形が異なる三つの雪華文様を切り入れ、螺鈿細工を施した撥型簪の意匠である。雪華の頂点部と中央部には
「ルキアさまの斬魄刀は氷雪を操ると伺っております。
「いいな。姉さまの案は水晶に白金に真珠だろう? 藍玉も淡い色だから、ほとんど色味がなくて白っぽく纏まっているからな。キラキラを加えればぐっと華やぐ」
「実は私も少しあっさりとし過ぎたかもしれないって思っていたの。でも、下手に装飾を加えると逆にごてごてとしそうで…」
「なら、これで決まりにしていいんじゃねえ? 姉さまが意図した袖白雪の意匠って前提も踏まえた上で強調してあるわけだし、色味は抑えたままだから、くどくもなり過ぎないだろう」
「ええ、とても素敵なご提案です。金剛石の石畳を入れた方がずっといいと思います」
「恐れ入ります」
これで、白哉から依頼された見立ては全て完了したことになる。ここから先は、各々の職人たちが腕を振るう領分だ。
「とても素晴らしい見立てだ。ルキアも喜ぼう」
帯地の決定の際に、冬獅郎の意見を追認した以外には、全てを冬獅郎らに委ねて見守っていた白哉だったが、決定した内容には深い満足の意を示した。
「日番谷隊長、絢女殿、此度の尽力、誠にかたじけない」
と白哉は感謝の言葉を口にした。
ルキアの昇進は新暦霜月に入って公にされた。
そして、年が明け、ルキアが正式に十三番隊の副隊長の任を拝命してすぐに、白哉は義妹の為の宴席を設けた。ルキアや白哉と親しくしている者だけが招待された内輪の宴である。
冬獅郎と絢女が見立てに携わった着物一式は、その宴席でルキアに贈呈される手筈になっていた。
見立てに携わったとはいえ、正装一式は白哉からの贈り物である。その為、冬獅郎と絢女は乱菊とも諮って、別に祝いの品を用意した。白哉の誂えた簪と対になる意匠の雪華を象った帯留である。
副隊長への昇進について、白哉が祝いと訓示、そして、招待した隊長格への謝辞を述べる。続いて、ルキアも感謝と意気込みを語り、祝いの盃を干したところで宴会となった。
元々、ルキアや白哉と親しい者だけが招待された宴である。和やかな雰囲気の中、宴会は進んでいく。招待客が一通り、ルキアに祝いを述べたところで、白哉が改まってルキアに告げた。
「此度の昇進の祝いに晴着一式を用意した」
ルキアが、
「ありがとうございます」
と義兄に礼を述べようとするのを制して、白哉は続けた。
「実は見立てを日番谷隊長と絢女隊長に依頼した」
「え?」
「日番谷隊長はルキアと同じ氷雪系の斬魄刀の主。しかも、氷雪系最強の誉れも高い。絢女隊長はそなたの亡き姉、緋真の友人。緋真に代わって気に掛けて下さっていることはルキアも承知しておろう」
「はい」
「それ故、そなたの励みになろうと考え、無理を頼んだのだ。ルキアの為にと快く承諾してくれた二人の気持ちに感謝し、精進せよ」
白哉の言葉が終わるのと同時に、控えていた侍女たちが次の間との境の襖を開け放った。
「ほう?」
「これは…」
招待客から感嘆の声が上がる。衣桁に掛けられた日の出の富士を現した訪問着と雲鶴文様の帯が目に飛び込んできて、ルキアも目を瞠った。
ゆっくりと、ルキアは着物から義兄に視線を移した。白哉が頷いたのを確認し、今度は冬獅郎と絢女に目を向ける。ルキアの視線を受けて、絢女はにこりと微笑み、冬獅郎は軽く盃を掲げて見せた。
「近くでとくと検めると良い」
白哉に促され、ルキアは席を立つと次の間に向かった。その後ろから、宴客もよく見ようと続いていく。
「見事な着物だな。氷雪系の朽木に相応しい図柄だ」
十四郎がおおいに頷いて感心している。図案の選定に携わったとはいえ、実際に仕上がった着物を目にするのは冬獅郎も絢女も初めてである。
「思った以上に、いい出来だな。さすが、朽木家お抱えの職人だけのことはある」
「そうね。染め色もとても綺麗だし。感慨深いわね」
と冬獅郎らも出来栄えには感嘆するしかなかった。
「日番谷隊長、絢女隊長」
いつの間にか、ルキアが冬獅郎らの前に来ていた。
「私の為にありがとうございます。お忙しいのに、お手を煩わせ、申し訳ありませんでした」
「とても楽しかったし、貴重な体験をさせて頂いたと思っているから、お礼には及ばないわ」
「ああ、滅多に出来ない体験だったな。それに贈り主は朽木だぞ」
「気に入って貰えたかしら?」
絢女の問いに、ルキアは大きく首を縦に振った。
「とても、とても気に入りました。義兄さまのおっしゃる通り、この着物を励みと精進いたします」
絢女が別に用意した祝いの品をルキアに差し出した。
「あちらは私たちは見立てをお手伝いしただけで、朽木隊長からの贈り物だから。これは私と冬獅郎、乱菊の三人からのお祝いです。副隊長就任おめでとうございます」
「ありがとうございます」
深々とルキアは頭を下げた。
皆が席に戻ったところで、徳利を持った恋次が冬獅郎に近付いてきた。
「さすがは日番谷隊長に絢女隊長の見立てッスね」
屈託なく、恋次は称賛の言葉を口にした。
「袖白雪の氷雪を示した上で、ちゃんと吉祥の図柄になっていて。ほんと凄ェ」
恋次からの盃を受け、彼に返盃しながら、
「悪かったな」
と冬獅郎はずっと気になっていたことを詫びた。
「へ? 何がです?」
「着物を作らせる期間の関係もあって、俺と姉さまはまだ公になっていない頃から副隊長就任の話を朽木から聞かされていたんだ。阿散井もまだ知らない話だって聞いて…」
「や、別にそんなこと、気にするようなことじゃ…」
「それと、頼まれたからとはいえ、朽木ルキアの着るものを俺が見立てる形になってしまったのが、ちょっと、な」
恋次はとっさに意味が分からなかったようだ。きょとんと惚けたように冬獅郎を見返した後、しばらくして、はっと真顔になった。
「あ…、そういう意味ッスか?」
「ああ。疚しいことをしているわけではないんだが、やっぱり恋仲の阿散井に悪いことをしているようでな。気になっていた」
「そういうコトに気をまわせるって、やっぱ日番谷隊長って凄ェですね」
あっけらかんと、恋次は笑った。
「そんな、俺なんかに気ィ遣わなくたって大丈夫ですって」
「そうか」
「それに、ルキアは俺の選んだ着物なんて、『趣味が悪い』って見向きもしませんから」
「…そうなのか?」
「いや、ほんと。実際、以前にも『これなんかいいんじゃねぇか?』って選んだ服、けちょんけちょんにけなされた上に『恋次の選ぶものは最悪だ』って、終いにゃ説教ッスよ」
そういえば、恋次の私服は独特の趣味をしていたな、と冬獅郎は思い返した。変哲もない平凡、かつ野暮ったい藍染めなどの着流しか、でなければ、良く言えば外連味のある、飾らずに表現すれば奇天烈なド派手着物かの二択である。一応、彼も護廷副隊長という立場なので礼装類は何着か所持しているのだが、きちんとした紋付の羽織袴姿の似合わなさは、九番隊の檜佐木修兵と双璧である。
「日番谷隊長」
「ん、何だ?」
「そのものすごく納得したって顔、やめて貰えませんか? 地味に傷付くんですケド」
恋次の面には苦笑が称えられている。
「ああ、悪い、悪い」
くくっと笑いながら、冬獅郎は恋次の盃に酒を注いだ。
「確かに、阿散井の趣味は独特だからな、朽木妹には付いていけないかもしれねえ」
「ひでぇなぁ」
「けど、」
と冬獅郎は続けた。
「着るものの趣味は悪くても、女の趣味は極上だろう? 充分じゃねえか」
「へ?」
一瞬、詰まった恋次は、すぐに顔を真っ赤に火照らせる。冬獅郎は更に笑いながら、恋次に盃を重ねさせた。
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祝いめでたの顛末記
リクエストは「白哉がルキアの為に晴れ着を誂えようと考え、見立てを日番谷姉弟に依頼、二人が一所懸命着物を選ぶというお話」ということでした。リクエスターの方は着物の話がお好きということでしたので、趣味全開でくどい描写のオンパレードです。
公式では、「死神代行消失篇」ですでに副隊長に就任、最終決戦の十年後には隊長にまで昇進していたルキアちゃんですが、拙宅は「死神代行消失篇」も「最終決戦」もまるっとなかったことにして、山本総隊長も、浮竹隊長も、卯ノ花隊長も元気でご存命な世界なのでルキアちゃんの副隊長就任はもっと、ずっと遅い想定です。「明日、花の咲く場所」で日乱・ギン絢は夫婦になりましたが、それよりもさらに後。公式に比べて、一体どれだけ時間がかかっているんだというね。ええ、何度も申し上げておりますが、拙宅はパラレル尸魂界ですから。
なお、お祝いの席には市丸さんは同席していません。拙宅では、ルキアちゃんとも、白哉兄さまとも和解を果たしている市丸兄さんですが、和解しただけで別に親しくはしていないので、内輪の宴会にはノータッチ。ご自宅で子守しながら、奥さんの帰りを待っています。
七月一日に更新したいという目標をしょっぱなから大遅刻して、前途多難な幕開けになりそうな九周年企画ですが、最後までお付きあい頂ければ幸いです。
第一話目のリクエスターはようこさまです。ありがとうございました