浴衣美人強化計画
GWが明けたばかりの日曜日。久しぶりに予定が合って、一護と織姫、雨竜とたつきはWデートに出掛けた。雨竜がハリウッドの大作アクション映画のチケットを入手していたのだ。彼の父親は総合病院の院長を務めているが、病院に出入りしているとある製薬会社のMRから提供されたものらしい。一護とたつきはアクション映画を好んでいたし、織姫は主演俳優のファンだったので、せっかくのチケットを無駄にせず、映画鑑賞に出掛けることに異議は出なかった。
ハリウッド大作だけのことはあった。展開的には凡庸というか、何処かで見た覚えがあるようなありがちなストーリーだったが、ふんだんな資金で大盤振る舞いした特殊効果やCGの威力で肝要のアクションシーンはなかなかに見応えがあり、娯楽作品としては及第点だろう。
見終わった後、映画館近くの和カフェに入り、織姫とたつきはパフェ、一護はコーヒー、雨竜は羊羹と抹茶のセットを注文した。そうして、映画の感想やたわいもない世間話的な近況交換を話していたところ、
「たつきは浴衣って持っている?」
全く唐突に雨竜が切り出した。
「え?」
いきなりすぎてついて行けず、たつきは雨竜を数秒間見返した後、
「持ってないけど…」
攻略していた焙じ茶パフェのスプーンをかちゃりと受け皿に置いて、不思議そうな顔つきで答えを返した。
「そうか。それじゃあ、もし、浴衣があって、お祭りとか花火大会とかの浴衣を着るイベントがあるとしたら、着てみたい?」
雨竜は問いを重ねた。
「自分じゃ着られないんだよね。けど…、着せてくれる人がいるなら、ちょっとは着てみたいかな?」
たつきは再度返答すると、
「でも、急に何で?」
と質問を打ち返した。雨竜は僅かに笑ってそれには答えず、今度は、織姫に向き直った。
「井上さんは浴衣は?」
「一枚、持っているよ。ほら、高校の時に縫ったでしょ?」
「ああ」
織姫と雨竜は高校時代、共に手芸部に属していた。二年生の初夏に夏に向けて、部員みんなで浴衣を縫ったことがあった。織姫が所持する浴衣は、その時のものである。親戚の援助で高校に通っていた織姫は反物の浴衣地は購入できず、手芸店で安価な洋服地を購入して浴衣を縫った。クリーム色に朝顔が散らしてある和柄プリントの夏用サッカー生地だった。
「何だよ、急に?」
と一護も不審そうに雨竜を見ている。
「実はね」
雨竜はおもむろに切り出した。
空座総合病院の外科病棟で看護師長を務める木下という女性に着物好きな妹がいるのだそうだ。彼女は着物好きが高じて、最近、自分の店を持ったのだという。普段着着物をコンセプトに木綿のカジュアルな着物と和小物を中心に展開するショップらしい。
「父も開店に当たって、花は贈ったそうなんだ」
外科病棟看護師長の木下は雨竜の父親である竜弦がまだ駆け出しの医者だった頃から空座総合病院に勤務していたベテラン看護師である。彼女には世話になったので、花とは別に開店祝いをしたいが、本人ではなく妹の店だけに現金で祝いを渡すのも却って気を遣わせることになるだろう、と竜弦は考えたらしい。そこで、
「御祝儀代わりに買い物をして、売上に貢献して来いって、お金を渡されてしまってね」
と雨竜はたつきと織姫を見た。
「とはいっても、浴衣くらいなら男物もあるかもしれないけど、基本、女性向きの店だろう? だから、たつきは誕生日が七月だし、井上さんには虚と戦った時とかにいつも怪我を治して貰っているのにお礼もしていなかったから、二人のと僕自身の浴衣を買えばちょうどいいんじゃないかって、父が言うんだ」
たつきと織姫は戸惑ったように顔を見合わせた。
「だって、そんなの申し訳ないよ」
「男物もあるなら、おじさんの浴衣を買ったら…」
口籠もりながら二人は反論したが、
「父は和服は着ないんだ」
と雨竜は応じた。
「着もしないものを義理だけで買うのは、着物が好きで店を出した木下さんの妹さんに失礼だろう?」
「それは…」
「母が生きていれば母の浴衣を買っていたかもしれないけど、もういないし、親戚にも浴衣を着るような女性はいないからね。今回は木下さんにお祝いしたい父の顔を立てると思って、協力してくれないかな?」
雨竜は軽く拝むような仕草をした。
「たつきは誕生日プレゼント、井上さんは今までの治療のお礼ってことで。仕立ては僕がするよ。井上さんは自分で仕立てる?」
彼の言葉に、
「反物で買うのか?」
と一護が見返した。
「ああ。プレタだとその分高価になるし、浴衣を縫うのはそう難しくないからね。どうせなら、ちゃんとマイ・サイズで仕立てた方がいいだろう」
と雨竜は答えた。
「何だか申し訳ないけど…」
織姫とたつきは目を見合わせた。申し訳ない気持ちは嘘偽りなかったが、そういう事情があるなら断ってしまえば雨竜が却って困るかもしれない、と思案しているのがお互いに分かった。たつきは溜息をひとつ吐き出すと、
「分かった。今回はおじさんの顔を立てるよ」
と雨竜の提案を受け入れた。
「うん。でも、これからはお礼だとか気にしないでね」
と織姫も追認した。
「それと、浴衣は自分で縫うから大丈夫だよ」
一護は何ごとか思いついた様子で隣に座る織姫に視線を落とした後、雨竜に向き直った。
「そういうことなら、俺も浴衣を見てみるかな」
と続けた彼に、
「浴衣を買うの?」
織姫が期待の色を含んだ眸で見上げた。
「ん? ああ、良さそうなのがあればな。木下さんには俺も世話になったし」
大学の春休みに一護は雨竜と共に空座総合病院でアルバイトをした。検温やリハビリの助手など資格がなくても可能な医療補助の仕事である。小遣い稼ぎというよりは、医療の現場を体験する為のバイトだった。一護は主に外科病棟の手伝いに回されたので、外科の看護師長である木下の指導を受けたのだ。厳しいが的確な彼女の助言はベテランの重みがあり、一護はとても良い経験をさせて貰ったと感じていた。だから、恩義のある木下の身内の店なら、買い物をすることはやぶさかではなかった。
それに、雨竜が自分の浴衣を買うと口にしていたことも気になった。たつきと自身のものを誂えるということは、花火大会なり祭りの縁日なりに誘って浴衣デートを目論んでいるのだと察せられた。織姫も誂えるというのなら、自分も浴衣を入手して、雨竜同様に浴衣デートを計画してもいいだろうと、一護は素早く計算したのである。無駄遣いをせずに貯金しているが、死神代行の討伐料がかなり貯まっているのだ。浴衣の一着くらいどうとでもなる。
「それなら、黒崎くんも反物にしたら? あたし、縫うから」
織姫が熱の籠もった声音で提案した。
「さっき、石田くんも言っていたでしょ? せっかくだから、マイ・サイズで仕立てようよ」
「いや、でも、井上も忙しいだろう?」
「平気だよ」
織姫は熱心に自分が仕立てるからと繰り返す。その様子に彼氏の浴衣を自らの手で仕立てたいのだと理解出来たので、一護は最終的に頷いた。
「分かった。じゃあ、浴衣の仕立てを誕生日プレゼントってことで頼む」
彼もたつきと同じ七月生まれである。反物は自力で購入するにしても、彼女から浴衣を手縫いして貰うというのは、かなり贅沢な誕生日プレゼントだと思った。織姫もそれで納得したようだ。
件の店は電車で三駅の場所にあるのだそうだ。雨竜は最初から、たつきと織姫の了承が得られたら店に誘導する心積もりでいたらしい。日を改めて予定を合わせるのも面倒であることから、他の三人もこのままその店を訪れることを承諾した。
三駅先は一般に寺町と称される古い寺社が多く並んでいる街である。駅から出てすぐの通りは商店街になっていたが、門前町の風情が強く感じられた。
店はすぐに見つかった。「木綿の着物と小間物の店・はづき」と書かれた扇を象った木製の看板が念珠店のすぐ隣に吊り下げられていて、そこが目当ての店舗だった。
通りに面した間口は一間半。一間分はショウウィンドウになっていて、カラフルなチェックのものと伝統的な藍絣の反物とが衣桁に掛けて展示してあった。反物の下方には下駄や巾着袋などがバランスよく配置されている。チェックの反物は淡いオレンジと水色で洋服地にもありそうな柄ゆきだ。
「可愛い」
と織姫が見入り、たつきは、
「洋服っぽい生地だね」
と感想を述べた。
間口の割に奥行きのある所謂「鰻の寝床」のような店だった。右手側の壁には作り付けの棚が三段。棚は奥行きの中間地点に張り出している柱で分断されているが、店の最奥まで続いている。柱よりも通り側の棚は上段が巾着袋や着物地のトートバッグなどの袋物、中段には簪や帯留、イヤリングなどのアクセサリー類、下段に帯締と鼻緒が並べてあった。下の床に箱に入った鼻緒のついていない台だけの下駄が並んでいたから、どうやら台と鼻緒の組み合わせを選んでオーダー出来るらしい。
柱よりも奥側の棚にはこの店の主商品であろう木綿の反物生地が並べてあった。産地毎に分けて配置してあって、上段には片貝木綿や伊勢木綿などの明るくてポップな色柄が中心、中段は久留米絣や会津木綿などの伝統的で落ち着いた風合いが中心の反物が展開されている。下段には半幅の帯地が展示されていた。
対面の左手側の壁は出入口のガラス戸があるせいか棚はなく、出入りのじゃまにならない位置にパイプハンガーが据えてあって、仕立て上がりの着物が掛けてあった。その奥にカウンターがあり、そこがレジである。開店して間もないことを示すかのように、店のそこここに「祝開店」と書かれたプレートを添えた蘭の鉢植えが飾られていたが、竜弦が贈ったシンビジュームはレジカウンターの目立つところに飾ってあった。
「あ、これ、おじさんが贈った花だ」
プレートの贈り主の名を確認した織姫が鉢を指差し、
「渋い色の花にしたんだな」
と一護が呟いた。他の花鉢は開店祝いの定番ともいえる白い胡蝶蘭やピンクのカトレアなどだったが、竜弦が贈ったのは明るい抹茶色の花だったのだ。中心のリップ部分は一段淡いグリーンから白のぼかしになっていて縁に紫がかった赤が浮き出している。
「着物と和小物の店だから、落ち着いた色の花にしたって言っていたな」
と雨竜が呟いたところで、
「空座総合病院の院長先生の息子さん、ですか?」
店主が穏やかに声を掛けた。
「はい。木下さんから伺って」
「わざわざ、ありがとうございます。姉がいつもお世話になっております」
姉妹だけあって、店主の女性の顔立ちは看護師長の木下によく似ていた。が、ベテラン看護師らしいきびきびとしたしっかり者の木下とは異なり、店主はおっとりともの柔らかな雰囲気を纏っていた。着用している和服がそう見せているのかもしれないけれど。
「浴衣の反物生地がたくさん入っていると聞いて。友人たちも浴衣に興味があったみたいなので一緒に来ました」
「それはありがとうございます。ゆっくりとご覧になって下さい」
プレタの浴衣は五月の終わりから六月頭に店頭に並び始め、シーズン最盛は六月下旬から七月上旬にかけてである。だが、仕立てを要する反物生地の場合は、五月から六月上旬までが最盛期だ。「はづき」はGW直前に開店したので、期間限定の企画商品として、浴衣と麻の夏着物の反物を多く仕入れていた。
店の中央部に大きな卓が据えられていて、そこが企画ものの商品を展示する場になっている。レジカウンターの向こうには二畳分の畳のスペースがあり大きな姿見が据えられていた。反物を試着する場所らしい。そこの端にも、いくつかの浴衣生地が積み上がっていた。
今回の買い物はご祝儀代わりである。だから、雨竜は父親の名前を告げた上で、自分と彼女であるたつき、それからお礼の意味の贈答品として織姫の浴衣地を購入したい旨を伝えた。一護は織姫が誕生日プレゼントとして仕立ててくれるというので自分も浴衣を購入したいのだ、と言った。
まずは品数が豊富で、取捨選択に時間を要しそうな女性ものの浴衣を選ぶことにした。
浴衣生地もピンキリである。さすがに絞りの浴衣は生地もそこそこに高価で手が出ない。予算を確認した店主の葉月は、
「それでしたら、注染染めの浴衣がお手頃な値段で柄も豊富です」
と答えた。
注染染めとは日本で独自に発達した染技術のひとつである。特殊な糊で防染した上で重ね上げた生地の上から染料を注いで模様部分を染めるという技法になり、主に浴衣や手拭いに用いられる。一枚の生地に型紙を当てて染める型染と異なり、一度に何枚もの生地が染められるのがこの技法の優れた点だ。ただし、生地を重ねている為、一番上と一番下では染料の浸透率が違う。また、注ぐ染料の量、気温・湿度などによっても出来上がりが左右されるので、一度に染めた生地であっても一枚一枚の風合いや出来上がりは微妙に異なってくる。
淀みなく染めの説明を行った葉月は、注染染めの浴衣生地の山を示した。
「こちらが女性向けの注染浴衣の反物です」
白地に紫系の暈しで蝶と桜を染めたもの。藍地に紫陽花やあるいは菊、花火などを散らした生地。桔梗、萩、女郎花などの秋草。葉月が次々と広げる生地を織姫は目を輝かせて見比べている。やはり、彼氏の好みも気になるらしく、
「こっちとこっち、どっちがいいかなぁ?」
などと時折、一護に意見を求めていた。それに対して、
「うん。俺はこっちの方が井上のイメージだけど?」
とか、
「これの方が可愛くないか」
などと一護はいちいちきちんと返事をしている。硬派キャラで通していると思えないまめまめしさだが、たつきと雨竜は知っている。それは軟派な男のモテ
あれこれと目移りしているふうな織姫に比べて、たつきのテンションは低い。おそらく、女の子らしい可愛らしい浴衣に気後れしているのだろう、と雨竜は察した。たつきの「自分は女らしくなくて可愛くもない」という思い込みはかなり強固で、憧れはあっても花柄や花火柄には手を出しかねているのだ。
たつきが身に付けているユニセックスな服装と織姫が嬉々として見ている反物に向ける表情から、敏感に心情を察したのか、葉月は、
「こういう模様のもあります。こちらだときりっとして粋な雰囲気に仕上がりますよ」
と織姫に示したのとは別の反物を広げて見せた。
まず最初に広げたのは白地に青や紫の不規則な柄が入った浴衣だった。
「水溜まりをイメージした柄なんです」
「ああ、なるほど」
「これなんかもお嬢さんに似合いそう」
次に広げたのは藍地に柳と飛翔する燕を暈し染めた生地と、生成りの生地を両端に縞、中心部に柳の枝と燕を残して全体を水浅葱に染めた生地だった。
たつきの表情が動いたことに葉月と雨竜は気が付いた。
「こんな感じが好き?」
雨竜の問いに、たつきは頷く。あまり色数が多くなく、すっきりとした柄が良いらしいと了解した葉月が、次に示したのは波に千鳥の浴衣だった。白地に縹色でうねる波の文様が浮かび、その上に千鳥が散らされている。千鳥は波よりも濃い鉄紺から薄藍のぼかし染めだが、十羽に一羽くらいの割合で挿し色の赤紫がぼかし込まれた千鳥が現れた。
白と露草色の市松地に麻の葉文様を散らせた浴衣、天の川を連想させる大きく揺らいだ藍・藍鼠・芥子色の斜めの暈し縞の地に豆絞り風の細かいドットを並べた浴衣、藍地に蜻蛉と蒲の穂の浴衣と、次々に示される中から、たつきが選んだのは最初に気持ちが動いた水浅葱に燕の反物と波に千鳥の反物だった。
「これと、これ…。どっちがいいか迷っているんだ」
「当ててみますか?」
微笑んで葉月は、奥の畳の間にたつきを誘った。靴を脱いだたつきを姿見の前に立たせると、まず燕の反物をするすると広げ、布端を折って肩から斜めに垂らし、さらに、後ろに回ってもう一度、肩から腕に向けて垂らしして、着物の形を作ってたつきに纏わせた。
「へえ。反物の試着ってこうやってするのか」
一護と織姫が感心したように見入った。
「浴衣がきりっと粋な雰囲気ですから…」
葉月は棚から帯を取り出した。
「帯は兵児帯で柔らかい雰囲気を出すのも素敵ですよ」
優しいモーヴ色の楊柳生地に生成りレースを重ねたリバーシブルの兵児帯を当ててみせながら、彼女は言った。
「あ、はい…」
「もう一枚の方を当ててみましょうか?」
今度は波に千鳥の反物が当てられた。
「どう思う?」
本気で迷っているふうで、たつきは雨竜、織姫、一護に助けを求めるかの如く振り返った。
「うーん。どっちもすごく似合っていると思うよ」
と織姫。
「石田はどっちが好みだ?」
お前の彼女なんだからお前が決めてやれ、と言外の圧力をかける一護。そして、たつき同様に選びかねている雨竜。
葉月は柔らかく笑って、
「それでは少し時間をおいて、そちらのお嬢さんの浴衣を当ててみましょうか。ちょっと頭を切り替えてからの方が、冷静になって決められるものですよ」
と提案した。
葉月の勧めに従って、たつきの浴衣は保留にし、織姫の浴衣を決めることにした。
織姫が候補として抱えて来た反物は三本だった。一つは錆藍の地に唐花の柄の生地だった。唐花は全体は白抜きになっており、そこに黄色、撫子色、緑、藍が淡く挿し色として暈し込まれていた。もう一反はオフホワイトの地に薄紫の線描で地模様風に大輪の貉菊を描いた上に額紫陽花柄を散りばめた柄だった。紫陽花は枝と葉は藍と木賊色の暈しになっており、花は縹色と紫の暈しと牡丹色と萌黄の暈しの二種がランダムに表れるようになっていた。最後の一反は生成りの綿紬地に柔らかな桜鼠色で撫子柄を染め出したものだった。どの生地もはんなりと優しく、女らしい雰囲気のものばかりで織姫らしいと一同は納得した。
先ほどと同様に着物に見立てて胴に当ててみる。たつきと雨竜は撫子柄が一番似合うのではと予想していたが、実際にはすこしぼやけた印象になってしまい、三反の中では一番似合わなかった。残る唐花柄と紫陽花柄はどちらも甲乙つけがたかく、織姫もかなり悩んでいた。しかし、最終的に一護の好みで唐花柄に決まった。一護にこっそりと尋ねたところ、
「井上は色が白いから、白地の着物より青っぽい着物の方が何かいいかって思った…」
と照れくさそうに答えられ、雨竜はなるほどと納得した。
(まあ、白い
そこは男同士の共感というものである。
「申し訳ありません。紳士物の浴衣地はあんまりたくさんはなくて…」
と葉月が今度は男性用の浴衣生地を抱えて来た。
男性用の浴衣は、藍、深緑、黒などが中心で女性ものに比べるとやはり渋い。
「これ、恋次を思い出すんだけど」
一護が示した浴衣に、全員が苦笑いを浮かべた。深緑地に白と柿色で大胆にパイナップルを染めた浴衣だったのだ。
「確かに…」
「元気かな?」
と頷き合う雨竜と織姫。一護は、
「これはないな」
と件のパイナップル浴衣を除けた。
「あ、これ面白い」
織姫が目を留めたのは、荒波を泳ぐ鯨柄の浴衣だった。黒っぽい濃藍の綿コーマの生地に白から浅葱色の太い線描の暈しで波頭を白く泡立てた荒波と雄々しい鯨が描かれている。
「あ、ねえ。たつきちゃん。この浴衣とさっきの千鳥の浴衣。波つながりでお揃いっぽくない?」
あ、と雨竜とたつきは目を見合わせた。
「羽織って見られます?」
葉月が微笑んだ。
雨竜は縞や絣模様などの伝統柄を購入するつもりでいた。鯨の浴衣は雨竜自身では目に留めないだろうポップな柄だ。だが、色味が渋いのと、荒波も鯨も浮世絵師が描いたような和の趣がある図柄だったことで、当ててみると案外落ち着いて見えることが分かった。雨竜も男にしては色白なので、濃藍は顔映りもよい。それに…、
「雨竜がそれにするなら、あたし、千鳥のに決める」
あからさまなペアルックというのは雨竜もたつきも恥ずかし過ぎて到底出来ない。千鳥の浴衣と荒波に鯨の浴衣は製造元も異なっているので図案の雰囲気も違い、二人が並んで立っていてもたいていの人はお揃いなどとは全く思いつかないだろう。しかし、波というモチーフによって密かに繋がっているというのには惹かれた。
「これにするよ」
雨竜は即決した。
「決まってないの俺だけか」
笑いながら、一護は浴衣の検分を再開した。すでに決まった三人もああでもない、こうでもないと言いながら反物を一護に当ててみる。
「あ、これ!」
またしても、織姫が取り出した浴衣は、
「妖怪柄…って…」
全体は間隔が異なる縞である。生成りがかった白地に墨色で竹の節と呼ばれる所々に節のあるまっすぐな縞が染め出されている。そして、縞の間隔の太いところの白場に妖怪が描かれているのである。真ん中から右にむかって反物の1/3を占める一番太い白場には猫又、破れ提灯、唐傘お化け、河童、一つ目小僧が踊っている。左側のやや中太な白場には狐火、右のやや細めの白場は人魂である。狐火と人魂は鉄黒から利休鼠の暈しで表され、妖怪は烏羽色から墨色、薄墨色と暈されている。
「いいんじゃないかな、黒崎らしくて」
口許を手で覆い、笑いをこらえながら雨竜が言った。
「似合うと思うよ」
と、無責任にたつきも賛同する。
「黒崎くん、これきっと似合うよ」
悪気も邪気もなく、勧める織姫。何がそんなに受けているのか、一護が死神代行なんぞをやっているという事情を露ほど知らぬ店主の葉月だけが置いてきぼりである。だが、
「この妖怪柄は『着物はロックだ』をスローガンに活動していらっしゃる新進着物デザイナーの方の新作なんです。着物好きな男性の間でかなり評判が良くて、うちも伝手で一反だけ入荷出来ました」
実は密かにお勧め商品であったのだ。どうせなら一護のような見目の良い男性にこそ着てほしいと、着物屋の店主としてというより、ただの着物好きな女性という立場で、彼女もイチ押しした。
「これにする」
実際に羽織って見たら、確かにかなり似合っていたのだ。それに彼女である織姫のキラキラした眼差しと、明らかにテンションが上がっている葉月の表情に押された。一護としても、ちょっと変わった柄には心惹かれる傾向があったので、選択された動機にはやや引っかかりを感じるものの、気に入ったこともあってすぐに決断した。
ユニセックスなジーンズやカーゴパンツ姿ばかりを見慣れた身には、浴衣の彼女というのはかなり新鮮だ。「はづき」で購入し、雨竜が仕立てた浴衣は、たつきによく似合っていた。帯は葉月の勧めに従って柔らかな兵児帯である。手芸店で桔梗色の地に白に近い薄ピンクのランダムドットが散った透け感のあるインド綿が特売されているのを見つけた雨竜は即座に購入し、それを兵児帯に縫い上げて、浴衣と一緒に誕生日プレゼントとしてたつきに贈ったのだ。百均で入手した竹かごに浴衣の余り布を縫い付けて制作した巾着袋もセットである。下駄はたつきの母親が用意した。
「ほんと、雨竜って器用だよね…」
彼女の浴衣に帯に巾着バックというお出かけフルセットを縫い上げ、更に自身の浴衣まで余裕で仕立てた雨竜にたつきは感心するしかない。
(雨竜って細身だから、浴衣ってあんまり似合わないかと思っていたけど…、意外に似合うんだな)
と実はたつきも少しドキドキしている。細身といっても、雨竜はガリガリに痩せているわけではない。滅却師としてきちんと鍛えた筋肉が存在した上でのことなので、体幹はしっかりとしているのだ。また、和装の心得があって着付けもきちんとツボを押さえているから、着姿も綺麗だった。
待ち合わせの公園には、すでに織姫と一護がいた。
織姫は竜弦に購入してもらった浴衣に伯母から貰った麻の半幅帯を合わせていた。淡いピンクのグラデーションの縦縞とレモンイエローの無地のリバーシブルになっていて、伯母が若い時に使っていたものだった。長らく箪笥の肥やしになっていたとかで、
「ほとんど汚れていないから、織姫ちゃんが使うならあげるよ」
と借りるつもりで訪れたところ、譲られた。
まとめ髪にはピンクの蜻蛉玉の簪が挿してあった。これは一護からのプレゼントである。反物は仕立てる前に湯のしをしなければならない。仕立ては自分でするからと断ったが、湯のしだけは「はづき」に依頼していた。湯のしを終えた反物を一護が引き取りに行き、その際に葉月のアドバイスを得てこっそりと簪を購入したのである。
傍らに立つ一護も織姫に縫って貰った浴衣を見栄えよく着こなしている。龍の丸が織り出された茄子紺色の博多織角帯が粋だ。
「帯はどうしたんだい?」
雨竜の問いに、
「親父のを借りた」
「なるほど。どうりでいい帯を締めていると思った」
「おう。どうせなら妖怪尽くしにしようと思いついて、竜柄のを引っ張り出したんだ」
竜を妖怪に数えるのはどうなんだと、雨竜はちらと考えた。東洋において竜は神聖視されて、神獣扱いである。しかし、西洋においては悪魔の象徴だから、広義には妖怪の一種ということで合っているのかもしれない。
「石田は?」
「祖父のだよ」
ざっくりとした風合いの会津からむし紬の無地角帯は敬愛する祖父の形見である。明るい紫苑色の紬は藍地の浴衣に良く映えている。
「それじゃ、行くか」
本日は空座町の八幡神社の縁日である。この辺りでは大規模なお祭りで、参道には多くの出店が立ち並ぶ。せっかく、浴衣を仕立てたのだから、夏の間、着倒そうを合言葉に手始めに縁日に出かけることにしたのである。
(普段の服もいいけど…)
奇しくも四人はほぼ同じことを考えていた。
(やっぱり、浴衣っていいな)
******************************************
浴衣美人強化計画
リクエストは「織姫と竜貴が大学の卒業式の袴を選ぶ、もしくは浴衣を選ぶ話」でした。さてどっちにしようと考えたところで、まず袴は基本は無地なのでそれ自体を選ぶ描写は書きにくいことに気が付きました。そうなると、一緒に着る振袖を絡めて描写ということになります。けれども、織姫ちゃんの設定(両親はおらず、親戚の援助で生活・進学)からすると振袖はまず買えないだろうし、親戚が気を遣ってレンタルしてくれたとしても、それならお金を出してくれる親戚の伯母さんと見に行くよな、たつきちゃんと選びには行けないよななどと、現実的なことを考えてしまいました。たつきちゃんはたつきちゃんで振袖って苦手そうです。親というものは娘には成人式(あるいは卒業式)に着物を着て欲しい方が多いようで、たつきちゃんもお母さんから「着物を着て」って頼まれれば親孝行で断らなさそうではあります。しかし、「振袖じゃなくて訪問着か色無地にしてほしい」って言い出しそうな気がしてなりません。そんなわけで、選びに行くというシチュエーションが卒業式の袴ではどうしても設定できなかったので、浴衣でGo。私自身が浴衣大好きなので、とても楽しく書けました。「乱菊や絢女が協力してもよいです」とのことでしたが、二人は出せず、その代わり、彼氏さまに頑張って頂きました。
タイトルの「浴衣美人」は、織姫ちゃんとたつきちゃんは当然として、一護と雨竜も含まれています。最近、着物女子、浴衣女子は増加傾向にあるようですが、「着物男子、もっと増えろ〜」という念を飛ばしているMさんです。
浴衣の柄はひたすらネットの画像検索。ネタバレすると、織姫ちゃんの浴衣は高級浴衣の代名詞「竺仙」の浴衣画像を、たつきちゃんのは「三勝」の浴衣画像を参考に描写しました。私が古典柄が好きなもので、キャラに着せる浴衣もどうしてもそういうのばかりになってしまいます。
パイナップル浴衣は「注染浴衣 男性用」で画像検索をかけたら一番(笑)に出て来た今年の新作のようです。なんで、これが真っ先に出て来るんだ。いや、インパクトはあるっちゃあるけど…。ちなみに、雨竜の鯨柄も「注染浴衣 男性用」の検索画像をじっくり探すと出てきます。気が向いた方は検索してみて下さい。
時間軸想定としては、一護たちが大学二年生の初夏〜夏です。雨竜と雨竜パパは大学一年生の時に和解済みで、今はそれなりに親子をやっている設定です。
リクエスターはSAKUさまです。リクエスト、ありがとうございました