サテンの夜
どくんどくんと、他人の脈動が自らの体内で大きくこだまするのを感じていた。どくんと、脈打つごとに夜一の
「今日はえらく早いな」
静かに告げると、
「すみません。溜まっていたもので」
と珍しく、きまりが悪そうに男は顔を上げた。
「良いわ。落ち着いたのなら、ちゃんとせい」
「あー、もちろん、仰せのままにご奉仕はさせて頂きます」
「うむ」
「ただ、その前にちょっとだけ…、ひと眠りしてもいいッスか?」
ふあぁと大欠伸を洩らす喜助の目元は既に瞼が半分落ちかかっている。駄目だと言っても、これは寝落ちるな、と夜一は自ら腰を下げ、未だ胎内に埋まったままの男の分身を抜き取った。思うさま慾を放って萎れてしまった牡が夜一から完全に分離するとほぼ同時に、喜助の意識はすっぱりと途切れた。
「しようのない男じゃ」
夜一は含み笑いを洩らした。
全く前戯なしでいきなり突っ込まれ、あっという間に果てられてしまったのだ。夜一の身体は火を灯す暇さえなかった。身勝手なことこの上ないが、中途半端なところで寝落ち放置されるよりはましだろう。しっかり言質は取ったので、ひと眠りが終わった後は夜一の気が済むまで存分に尽くしていただくことにする。
夜一はするりとベッドから抜け出すと、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して、ごくごくと咽喉を鳴らして一気飲みした。立ち上がったことで垂れて来た男の子種が、安っぽいカーペットに雫を散らす前にシャワー室に移動して、頭から湯を被る。軽く身体と髪を洗い、胎内から白濁液を掻き出して清めてから、彼女はバスローブすら纏わず部屋を横切ると、ベッドに戻った。大きく伸びをすると、快適な睡眠という観点で見ると余り適していなさそうなツルツルのサテンシーツに身を横たえた。
喜助が「溜まっていた」というのは真実だ。ここ一月、彼は新しい研究に取り組んでいて、寝食も忘れるほどにのめり込んいた。没頭すると生存本能まで置き去られる研究馬鹿である。性欲も彼方に押しやられてしまうのは、毎度のことだ。
漸く研究に一区切りがついたのは目出度い。しかし、そこから、眠いとか、腹が減ったより先に、ヤりたいが来るのは順番が無茶苦茶である。浦原商店に夜一が不在だった為、手っ取り早くソープあたりで抜くつもりだったらしい。そうして、いかがわしい系の歓楽街に入ったところで、男を引っ掛けたばかりの夜一とかちあった。
「あー、夜一サン、これからどうします?」
男連れの女にぬけぬけと悪びれずに尋ねる喜助も喜助であるが、
「うむ。今日はどうしてもというほどではないからのう。摘まみ食いは今度にしよう」
と男からあっさりと離れた夜一も夜一である。
「おぬしが先約だったのに悪いの。これで呑み直すとよい」
と、福沢諭吉の肖像画を一枚、名も知らぬ男の懐に押し付け、夜一は喜助と共に去った。連れの男が抗議をする隙も、暇もない、流れるような一連の行動だった。
それがおよそ、四十分前。
目に付いたホテルに入って、一回抜いて、夜一がシャワーを済ませるまで正味四十分とは、いかに喜助が早かったかが分かろうというものだ。商売女相手なら、逆に見栄もあってもう少し踏ん張ったのかもしれない。しかし、相手が夜一であれば、取り繕う必要なしと判断したとみえる。
昏々と眠る男の顔を眺める。分厚い遮光タイプのブラインドが引かれた小さな窓しかない部屋の光源は虹色に色を変えるLEDライトのミラーボールだけだ。闇に沈む部屋を華やかな色を纏った光の粒がくるくるとその位置を変えながら、男の頬や瞼に落ちていく。メンテナンス万全な義骸は血色も良く、寝顔も健やかだ。
「…ふむ」
夜一は少し考えると、ベッド周りの霊子を鬼道で強化した。それから、まず喜助の霊体を義骸から引っこ抜いた。夜一のなすがままに眠り続けている男の霊体をベッドの真ん中に転がせ、義骸は端に寝かせた。そうしておいて、傍らのソファに深く腰を下ろした状態で、夜一も義骸から抜けた。
どんなに機能的な服であろうと裸に比べると締め付けられるのと同様に、ぴったりと身体に合うようメンテナンスされた義骸でも、やはりどこか窮屈さはある。義骸から抜け、身を覆う服もない裸身の今が、夜一には一番自由な状態だ。再度、大きく伸びをすると、夜一は改めて、喜助の霊体の傍らに身を潜り込ませた。健康的な義骸から抜け出した男は、極めて不健康な状態だった。閉じられた瞼の下にはくっきりとした隈が出来ていたし、この一月、まともに食べていなかった頬はこけている。うっすらと無精ひげも伸びていた。霊体は現世の人間と比べて加齢速度が遅いように、髪や爪の伸びる速さもゆっくりである。このひげの伸び方は現世の人間であれば、二、三日の徹夜明けというところだが、喜助の場合は一月分の無精だ。数日おきに、ジン太と雨が力ずくで風呂に投げ込んでいたおかげで凄まじく臭いというまでには至っていないが、やはりいくらか垢じみていて匂う。
「まずは、風呂と髭剃りじゃな」
それから、いったんこのホテルを出て腹ごしらえだ。近所に美味いおでんを食べさせる屋台が出ているのだが、屋台が店じまいする前にこの男は起きてくれるだろうか。最悪、朝まで起きなければ近所の喫茶店のモーニングと表通りのマックとミスドのはしごだ。腹ごしらえが終わったら、もう一度、ホテルに入る。最低限の慾は吐き出したとはいえ、喜助もまだまだ溜まっているはずだし、夜一に至っては全く良い思いはしていない。せっかく引っ掛けた男を振ってまで喜助に付き合ってやったというのにだ。寝落ちる前に約定した通り、たっぷりと奉仕してもらわねば。
夜一は舌なめずりをすると、瞼を閉じた。
くるくる回るミラーボールが七色の光のシャワーを注ぐいかがわしい部屋で、腐れ縁に結ばれた男女は健やかな眠りに沈んでいった。
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サテンの夜
タイトルはイギリスのプログレ・バンドの草分けムーディ・ブルースのヒット曲から。といっても管理人はカバーだけでオリジナルは聞いたことがないんですが。官能的なエロい雰囲気の歌だなと聴いていましたが、歌詞と当作品の内容は一切関りがありません。イメージだけの選択。
リクエストは「喜夜」。喜夜ならエロでも、ギャグでも内容は問わずということでした。実はもう一つのリクエストの方を先に書いていたのですが、こちらの話が突然舞い降りて来たのでぱぱっと先に書いてしまいました。それだけに、超短文。企画もののフリリクは長いの短いのはその時のネタ次第なのですが、これは多分最短記録だと思います。最短ではありますが、当サイトなりの喜夜の雰囲気は出ているかな~と思います。
テーマは浦原さんを甘やかす夜一さん。普段は浦原さんの方が夜一さんの我儘を受け止めているのですが、夜一さんは夜一さんで浦原さんを甘やかしているんだよという。「共依存」というとDV夫と隷属妻みたいな図式が浮かんであんまりいい意味では使われない用語ですが、浦原さん&夜一さんはマイナスイメージのない共依存関係ではないかと、私は思っています。
リクエスターはぴよさまです。遅くなって申し訳ありません。リクエストをどうもありがとうございました。