おいしい御飯の作り方
不意に聞こえてきた異音に、乱菊は面を上げた。音の方に目を向けると、冬獅郎と目が合った。
いつも峻厳な顔つきをしている冬獅郎だが、今は厳しい表情ながらも、どこかきまり悪げに見えた。乱菊が呼びかけようと口を開きかけた途端、再び、異音が響いた。
ぐぅぅ
「たいちょ」
「何だ?」
「お腹、鳴りました?」
「 ああ」
僅かに頬を赤らめ、仕方なさそうに肯定する少年隊長が、珍しく年齢相応の子供に見えて、乱菊は破顔した。
「お腹が空いていらっしゃるんですか?」
「ああ」
「もしかして、朝御飯抜き?」
昼休み 午の刻までは、まだ
「駄目ですよ。育ち盛りが朝御飯抜きなんて」
「分かっている。今日は偶々だ。炊飯器の設定を忘れたんだ」
ここ二、三十年で、現世のさまざまな便利品が瀞霊廷内にも出廻るようになった。技術開発局の小遣い稼ぎだが、馬鹿にならない収益を上げているらしい。自動炊飯器もそのひとつだ。タイマー機能も付いていて、米を研いでセットしておけば設定時刻には炊き上がっているという優れものである。
「隊長、ちゃんと自炊してらっしゃるんですね」
「朝だけだ。飯と味噌汁くらいなら作れる」
乱菊は眉を顰めた。だが、問い質すのは後回しにすることにした。まずは、冬獅郎の腹の虫である。給湯室に行き、午後のお茶請け用に用意していた蕎麦饅頭に熱い焙じ茶を添えて、冬獅郎の許に運ぶ。
「これで、小腹を抑えて下さい」
「ああ、ありがとう」
高い霊力を保持する隊長格は、その霊力を維持する為なのか、見た目以上によく食べる。冬獅郎も例外ではなく、子供の体格からすると結構な量の食事を取る。それが朝食抜きなのだから、本当に腹が減っていたのだろう。乱菊の出した蕎麦饅頭にすぐに手を伸ばし、美味しそうに食べ始めた。
瞬く間に饅頭を胃の腑に納め、やっと落ち着いた風情で焙じ茶を飲んでいる冬獅郎に、乱菊は問い掛けた。
「さっき、ちょっと気になったんですけど、隊長、朝はいつも御飯とお味噌汁だけなんですか?」
「まぁな。もともと、料理は一応作れる程度で得意じゃねぇし、朝は時間もねぇからな」
と、冬獅郎は頷いた。
「お昼も外で食べてらっしゃいますよね。晩御飯は?」
「その辺の定食屋とかで済ますことが多いな」
乱菊は少し考え込んでいたが、ややあって、
「隊長、ここ数日に召しあがった食事の内容を覚えている限りでいいので、書き出してみて下さい」
と頼んだ。
「はぁ?」
怪訝に冬獅郎は乱菊を見返した。その眸が、「何を言ってるんだ?」と咎めているのを覚って、彼女は、
「隊長の食事の栄養が気になったんです」
と説明した。それでも、不満そうな上司に、
「隊長がきちんと働けるように健康管理に気を配るのも副官の重要な仕事ですよ」
と畳み掛けると、漸く、不承不承ながらも、書き出し始めた。
暫くして、冬獅郎は紙片を乱菊に渡した。
「覚えているのはこれくらいだ」
乱菊は紙片に目を落とした。これくらい、といいつつ、結構な日数の食事内容が書き出されているのを認め、乱菊はその記憶力にまず感嘆した。それから、ざっと内容を点検する。
「…かなり、栄養が偏ってますねぇ」
と乱菊は溜息をついた。
「晩御飯は揚げ物が多いようですが、揚げ物、お好きなんですか?」
冬獅郎は首を振った。
「好きは好きだが、格別に好物ってわけでもねぇ。無難で当たり外れがあんまりねぇから、つい注文しちまうんだ。定食屋の煮物はどうも口に合わないことが多くてな」
「炭水化物と動物性蛋白質は充分なんですが、野菜が不足気味なのが気になりますねぇ。それに、揚げ物系が多いから、脂質もちょっと過剰かもしれません。あと、朝御飯がご飯とお味噌汁だけというのが…」
「気を付けてはいるつもりなんだが…」
乱菊の駄目出しに、冬獅郎は項垂れた。
隊長職は多忙だ。殊に、冬獅郎は隊長に就任してから僅かに半年。色々と勝手の分からないことも多く、とても食事にまで気を廻せなかったのだろう。だが、この状況は決していいものではない。成長期の少年にとって、栄養の偏りのないバランスの取れた食生活は、とても重要だ。まして、冬獅郎は隊長である。高い霊力を維持し、肉体的にも精神的にも重い職責をこなす為には、きちんとした食事を取る必要がある。
難しい顔つきになって沈思し始めた乱菊を、冬獅郎は戸惑って見守った。
やがて、顔を上げた乱菊は、
「隊長がお嫌じゃなければ、ですけど、朝御飯と晩御飯はあたしのところで召し上がりませんか?」
と提案した。
「は?」
冬獅郎の翡翠の眸がまん丸になった。たいそう驚いたらしく、眉間の皺も、隊長の威厳も消え果てた少年に、流魂街で出会った頃のあどけない子供の面影を見出して、乱菊は笑みを深くした。
「あたし、朝も、晩御飯も、出来るだけ家で作るようにしているんです。一人分作るのも、二人分作るのも手間は変わりませんし、隊長、如何ですか?」
「しかし、いくら副官だからって、そこまで手間を掛けさせるわけには…」
「あくまで自分の分を作るついでですよ。七緒や修兵たちと呑みに行ったり、残業で遅くなった時とかまで、隊長の為だけにお食事を作るつもりはありませんし、ちゃんと食費もいただきます。味がお好みに合うかは分かりませんが、少なくとも、今よりは栄養の偏りが改善されることだけは保証します」
実のところ、冬獅郎の日常生活のあれこれ 食事や、洗濯や掃除 について、乱菊は以前から気にかかっていたのだ。隊長としての彼を子供だと思ったことはないが、肉体的にはまぎれもなく幼い少年である彼が隊長職の激務をこなしながら、日常生活の雑事までも捌けるものなのか案じていた。だが、彼は困っている素振りは見せなかったし、乱菊にしても、昔、死神になることを勧めた少年であるという以外にはそれまで接点のなかった彼に、いくら副官とはいえ、私生活にまでお節介を焼くのは干渉し過ぎだろう、という遠慮があった。だが、独りで何もかもを抱え込もうとする傾向のある彼には、お節介くらいでちょうど良かったのかもしれない。
しばらく、冬獅郎は黙り込んでいた。それから、
「本当に、ついで、なんだな?」
と念を入れた。
「もちろんです。さっきも言いましたけど、一人分作るのも、二人分作るのも一緒、っていうより、本当は一人分って分量が少ないから、却って作りにくいんです。特に煮物とか、色んな種類の食材を入れようとすると、どうしても量が多くなって作り過ぎてしまいますし。ですから、隊長のと二人分の方が材料も効率的に使えて無駄にならないし、むしろ楽なんですよ」
乱菊の返答に、冬獅郎はようやく納得した様子で頷いた。
「分かった。そういうことなら、松本の好意に甘えさせてもらう。だが、俺は副官におさんどんをさせるつもりはねぇんだ。松本の都合が悪い時や、作りたくねぇ時はちゃんと言ってくれ。それと、食費も手間賃込みで請求してくれ」
「はーい、了解です。それでですね。こんな話をしておいて、しょっぱなからで申し訳ないんですけど、今晩は七緒と食事に行く約束があるんです。ですから、明日の朝からということでいいですか?」
もちろん、冬獅郎に異存はなかった。
翌朝、卯の正刻 *2 から
「おはようございます」
と居間の硝子戸を開けて迎え入れてくれた。
座卓の上にはすでに朝食が並べられていた。一瞥した冬獅郎は、思わず感動を覚えた。流魂街で暮らしていた頃に祖母が用意してくれた朝食のように、飯と汁だけではなく、主菜と副菜の皿を認めたからだ。
「すげぇな」
と感嘆が素直に言葉になって出た。
「いつも、こんなちゃんと作ってるのか?」
「これくらい普通じゃないですか? 尤も、二日酔いの朝とかはこんなものさえ作れない時もありますけど」
彼女はこともなげに、こんなもの、と言ってのけるが、味噌汁を作るだけで手一杯だった冬獅郎にしてみれば、すごいの一言である。
「ささ、冷めないうちにどうぞ」
乱菊に勧められ、冬獅郎は席についた。きちんと両手を合わせて、
「いただきます」
と告げ、おもむろに箸を取る。揚げと大根の味噌汁を口にして、
「美味い」
再び、感嘆した。変哲もない味噌汁であるが、出汁の具合といい、味噌の濃さといい、完璧に冬獅郎の好みだ。白飯もつやつやと甘味がある炊き上がりで、冬獅郎が炊飯器で炊いたものとはまるで違う。
「なぁ、飯は土鍋で炊いているのか?」
「隊長と同じですよ。技術開発局謹製の全自動炊飯器。土鍋で炊いた方がおいしいんですけど、さすがにそこまで時間はかけられないですから」
「じゃ、米が違うのか? 俺が自分で炊いたのと全然、味が違うんだが」
「おいしく炊くには、色々とコツがあるんですよ」
主菜は鯖の切り身の塩焼き。おろし大根が添えられていて、塩加減も焼き具合も絶妙だ。ほうれん草の胡麻和えの小鉢も、大鉢に盛られた常備菜らしいきんぴらも、文句のつけようがない味付けで、冬獅郎は食事の間、何度、「美味い」を連発したか自分でもよく分からなかった。
乱菊はにこにこと笑っている。
「隊長、いい食べっぷりですねぇ」
「や、美味いから…。食べすぎか?」
「いいえ、全然。気持ちのいい召し上がり方だと思って」
乱菊はふわっと柔らかな笑みを浮かべた。
「やっぱり、おいしいって食べてくれる人がいると作り甲斐がありますね」
彼女のその言葉は何となく納得出来た。確かに、こんなに美味しく出来た料理なら、誰かに誉められたいだろう。それに、
「独りで食うより、誰かと食う方が上手いよな」
と呟いた冬獅郎に、乱菊は我が意を得たりという顔で大きく頷いた。
「そうですよ。御飯は楽しく食べないと」
「だな。松本、悪いが、これからもよろしく頼む」
冬獅郎は改めて、乱菊に頭を下げた。
その日から、冬獅郎の食事は、朝食はほぼ毎日、夕食についても月の半分近くは乱菊の作ったものとなった。彼女は気が向くと弁当を準備するので、昼食も五日に一度ほどは乱菊の弁当を食べた。自分の所で食べた方がバランスのよい食生活になると請け負っただけのことはあって、乱菊の献立は多彩だった。料理の腕が確かな上に、作ることも食べることも好きな彼女は新しいレシピにも積極的に挑戦するので、レパートリーが広いのだ。煮物や焼き物などの和食はむろんだが、酢豚や麻婆豆腐といった中華も、ステーキやシチューのような洋食も下手な店に行くよりも、よほど乱菊のものの方が美味しい。冬獅郎はとても感謝していて、食費にはかなり色を付けて渡したし、鍋や包丁などの台所用品の購入の際には全て費用を持った。
乱菊のところで初めて口にした料理も多い。豚足もそのひとつである。豆板醤を使って、甘辛く味付けされたそれはとても美味しかった。グラタンも乱菊が作ったものを口にしてから好むようになった。タイ料理のトムヤムクンというスープはちょっと辛過ぎたのと、パクチーという香草が苦手で駄目だったが、概ね、初めての味でも、乱菊の料理は冬獅郎の好みに合った。
ある日、
「隊長、今日は寒いし、夕御飯はお鍋にしませんか?」
と乱菊が提案した。
「いいな」
冬獅郎に異論はない。
「寄せ鍋か? 前に食った石狩鍋も美味かったな」
「今日はモツ鍋にしようと思っているんですけど、いいですか?」
「モツ?」
「ホルモンって言った方が分かりやすいですか? 小腸とか丸腸とかの、要は牛の臓物なんですけど…」
臓物と聞いて、冬獅郎は怯んだ。目を細めて、嫌そうな顔付きになった上司に、乱菊はくすりと笑みを零した。
「この間、七緒や勇音と現世で食べたんです。すっごく美味しかったんですよ。お店で作り方も聞いてきたし、騙されたと思って任せて下さい」
乱菊だけでなく、七緒や勇音も気に入った料理だと聞かされ、少し安心したが、まだ未知の食材に対する不安の方が大きい。複雑な顔になっている冬獅郎を、乱菊は楽しそうに見つめる。初めての食べ物に恐る恐る箸を付けた彼が、美味しいと破顔するのを目にするのが、このところの乱菊の密かな楽しみなのだ。
勤務は定時に終わった。
懇意の精肉店に頼んでおいたモツを取りに行く、と乱菊が言うので、冬獅郎も付き合って市場に出掛けた。
「おじさん、取りに来たわ!」
「とびきり新鮮なのを用意しといたよ」
と肉屋の大将が差し出したものを目にして、冬獅郎は再び怯んだ。白っぽいどろりと表面がぬめった食材が何とも気味が悪かったのだ。
(内臓なんだよな~、牛の…)
と冬獅郎は思わず、遠い目になってしまった。
八百屋でキャベツとにらと牛蒡、豆腐屋で厚揚げと板蒟蒻を入手して、二人は帰路についた。楽しそうな乱菊と対称的に、冬獅郎は言葉少なである。モツに対して、完全に腰が引けているのだ。
副隊長舎に帰り着いて、乱菊は早速、台所に立って準備を始めた。
まず、モツを鍋にあけて中火にかける。焦がさないように木べらでかき混ぜながら、しばらく火にかけていると、モツからかなり大量の水が出てくる。肉屋が用意してくれたのは、小腸と丸腸を中心にしま腸・大腸なども混ぜた白モツのミックスである。モツの部位によって水分の出方は異なるが、とにかく最初はモツ自体からあくと一緒に水分が出てくるので、水は加えずにモツだけを火にかけろ、というのが現世のモツ鍋屋の教えだった。
モツから出た水分が沸騰し、モツの表面の色が変わったら、笊にあけ、モツを水洗いする。この段階で、水分を失ったモツの嵩は半分近くまで減っていた。
「すげぇ匂いがするな」
冬獅郎がぼそりと呟いた。確かに、生臭い臭気がするが、乱菊は冬獅郎ほどは気にしなかった。何と言っても臓物だ。下拵えでの臭気は予測済みだった。
「この匂いには負けますけど、鰤大根を作る時の鰤の下拵えでも、結構、生臭い匂いがしますよね? あれとおんなじですよ」
「そうか…」
と頷いたが、冬獅郎の目は昏くなっていた。
再びモツを鍋に空け、今度はひたひたになるほどの水を加えてもう一度火にかけた。沸騰するまでは強火、沸騰後は弱めの中火で煮ながら、丁寧にあくを取る。
板蒟蒻は短冊に切った後、中心に切れ目を入れて結び蒟蒻にした。味を染ませやすくする工夫だ。熱湯でさっと茹でて臭みを取ると、蒟蒻を茹でた湯は厚揚げに回し掛けて、油抜きに利用した。厚揚げを食べやすい大きさに等分し、買い置きの大根は皮を剥いて厚めの銀杏切り。牛蒡はささがきである。キャベツは丸ごと一玉を大きめの角切りになるようにざく切りし、にらは一寸半 *4 に切り揃える。土鍋に昆布出汁を張り、日本酒と塩、薄口醤油で味を整えると、モツの半量と蒟蒻、厚揚げ、大根、輪切りの鷹の爪、薄切りのにんにくを入れて、乱菊は煮込み始めた。出汁が煮立ったところで味噌を加え、弱火にして更に
因みに、このカセットコンロも現世の商品を真似て技術開発局が発売したものである。鍋ものの際、火加減の調節が楽だからと、冬獅郎は発売直後にこれを購入し、乱菊に渡したのだ。
この頃になると、土鍋からは食欲をそそる美味しそうな匂いが漂い出して、昏かった冬獅郎の表情もずいぶんと回復していた。だが、完全に安心出来てはいないのだろう。まだ、少し強張っていた
乱菊はカセットコンロに移した土鍋に、キャベツを山盛りに投下した。その上に更ににらとささがき牛蒡を積み上げ、蓋をする。そのまましばらく置いてから蓋を取ると、あれほど大量のキャベツは半分以下に嵩が減っていて、にらも牛蒡もくたっと柔らかく煮えていた。
「キャベツ以外はもういいですよ」
と乱菊は小鉢に汁を少し入れ、蒟蒻、厚揚げ、キャベツ以外の野菜とモツを二切れほどよそって、冬獅郎に渡した。
「ありがとう」
受け取った冬獅郎に、何だか緑色をしたものが詰まった小瓶を寄越す。
「薬味の柚子胡椒です。お好みで入れて下さい」
「柚子…胡椒?」
「現世のモツ鍋屋さんで買って来たんです。九州の辺りでは鍋もののお供に欠かせない薬味だそうですよ。柚子の皮と青唐辛子をすり潰して、柚子の果汁と塩を入れて作るらしいです。結構、辛いですから、入れ過ぎないように注意して下さいね」
乱菊の忠告に従って、少量を小鉢に入れ、汁で溶き伸ばすと、ふわっと柚子の香りが広がった。それから、冬獅郎はおっかなびっくりで、まず、厚揚げを口にした。
下拵えの時には鼻についた生臭い臭気は残っておらず、汁も、厚揚げも滋味があった。モツからかなり出汁が出たのだろう。昆布だけでは有り得ない深い味わいのスープに勇気を得て、彼はモツを口に入れた。
「 美味い…」
翡翠の眸を丸めてモツを味わう冬獅郎に、乱菊は心の中で、
(勝った)
と呟いた。
「ね、たいちょ、言った通りでしょう? おいしいでしょ?」
「ああ、美味い…」
「キャベツももういいですよ」
キャベツも味わい深かった。特に柔らかく煮えた芯の部分は、甘味と歯触りに得も言われぬものがある。
「正直、生のモツを見た時にはどうしようかと思ったんだが、美味いな、これ」
「野菜がたくさん取れるし、モツはコラーゲンたっぷりで栄養があるし、現世でも、最近、人気の鍋なんだそうです。今日は味噌仕立てにしましたけど、醤油味のも美味しかったです」
乱菊の解説に、冬獅郎は、
「じゃ、次は醤油味な」
と笑顔を向ける。準備をしている最中に、どんよりしていたのが嘘のようだ。
「美味い」
冬獅郎の喜ぶ顔が、乱菊にはとても嬉しい。自分一人の為にだって、彼女は料理をする。けれど、どんなに美味しく出来たって自画自賛するしかないよりも、美味しいと心の底から誉めてくれる人がいる方が、同じ作るにもどれだけ張り合いがあることか。
瞬く間に、モツはなくなり、乱菊は残していた半量のモツを追加し、キャベツ・にら・牛蒡をその上に積み上げた。
「キャベツ、甘~い」
「今度のモツはさっき食ったのよりも歯ごたえがあるな」
「あ、それ多分、大腸ですよ」
「蒟蒻、最後の一個、食っちまってもいいか?」
「どうぞ、どうぞ。あたし、厚揚げの最後の一個を頂きますね」
「おう」
たわいもなく会話しながらの夕飯は、独りきりの食事に比べて、どれほど心も満腹させてくれることか。
鍋の具材がまばらになったところで、乱菊は台所から麺を入れた皿を持って来た。
「締めはちゃんぽんです」
「雑炊じゃねぇのか?」
冬獅郎の問いに、乱菊は頷いた。
「雑炊にしても、おうどんでもおいしいんですけど、モツ鍋発祥の地元では、一番人気の締めはちゃんぽんだそうです」
「へぇ?」
乱菊は煮詰まってしまった鍋のスープに少しだけ昆布出汁を足して薄め、ちゃんぽん麺をほぐし入れた。軽く煮込んで、火を止め、麺を小鉢に取り分ける。
はふはふと、熱々の麺をしばらく無言で啜る。やがて、
「一番人気ての分かるな。この汁なら、うどんよりちゃんぽんのが合うだろう」
と冬獅郎が納得顔になった。
「ですね。おいひい」
熱い麺を啜り込みながらの相槌だったので、「美味しい」が「おいひい」になってしまっている。
くくくっ、と小さく笑いながら、冬獅郎は乱菊が自分の副官であることを、改めて感謝した。
*1
*2 卯の正刻=夜明け。おおよそ午前6時ごろ
*3
*4 一寸半=約5cm。
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120000打キリリク小噺
120000打のキリリクは「日番谷隊長×乱菊さんの話」。内容はお任せのようでしたので、乱菊姐さんが隊長の胃袋を籠絡(笑)するまでをモツ鍋の作り方付きで。てか、「おいしい御飯の作り方」じゃなくて、すっかり「おいしいモツ鍋の作り方」になっておりますね。
時間軸は叛乱の十一年前。冒頭が日番谷隊長が隊長就任後半年くらいで、モツ鍋食べてるのはそれから更に一年後くらいです。他の話の後書きとかにも書いてますけど、日番谷隊長の十番隊隊長就任が叛乱の十二年前というのは、拙宅捏造設定ですので、そこはよしなに。
この際なので、モツ鍋の分量も明記しときます。4人分と思って下さい。白モツ(小腸・丸腸・シマ腸・大腸などお好みで)800g、キャベツ1玉、にら2把、厚揚げ豆腐1丁、板蒟蒻1枚、牛蒡1本、大根1/3本、にんにく1~2かけ、鷹の爪1~2本(または輪切り唐辛子少々)。スープは市販の液状のモツ鍋スープを使った方が手軽ですが、手作りするなら昆布出汁は土鍋に半量くらい、酒カップ1/2、塩少々、後は味噌か醤油(+好みでみりん少々)でお好みの味に調えて下さい。キャベツとにらは切った時にはえらく大量なので怯むかもしれませんが、嵩がうんと減るので大丈夫です。
補足ですが、辛いのが苦手な人とか、お子様がいらっしゃる場合は鍋には鷹の爪は入れないで、辛いのが大丈夫な人だけ取り皿に柚子胡椒か、七味唐辛子を加える方がいいでしょう。また、豆腐は厚揚げでなくて普通の木綿豆腐でもOK。モツは下拵えを省略して、いきなり鍋で煮ても大丈夫ですが、余分な脂っけや臭み・あくが抜けるので下拵えした方がおいしいです。
ではでは、こんなお話になってしまいましたけれど、キリ番ゲッターのpandaさまに捧げます。お納めください。