I Love Santa Claus


 師走ともなると現世の繁華街はクリスマスムード一色になる。葉を落とした冬枯れの街路樹は、小さなランプが連なった電飾を巻きつけられ、夜の街にくっきりと枝を浮かび上がらせている。デパートやファッションビルのウィンドウにはスプレーの雪や星が張りつき、壁面にはトナカイの引く橇に乗ったサンタクロースや天使の飾りが躍る。
 華やいだ年の瀬の繁華街を、義骸に入った冬獅郎は一人、歩いていた。
 冬の日暮れは早い。陽が落ちて、辺りはすっかり暗くなってしまったが、時刻はさほど遅いわけではない。表通りであれば、子供が一人で歩いていても咎め立てはされないだろう。
(早く買い物を済ませちまわないと)
 数年前、所用があって義骸で現世に降りて夜の街を歩いていたところ、警察官に補導されそうになったことがあった。相手がチンピラであれば叩きのめしてやるところだが、職務に忠実で善良なお巡りさんを殴るわけにはいかない。かといって、素直に補導されても面倒なだけなので、必死で逃げた。義骸では瞬歩は使えないが、隊長格ともなれば一流アスリート並みのスピードで走れるし、身体が小さい分小回りが利くのでなんとか警官を撒くことに成功はした。だが、そのせいで所用を果たせず、後日、乱菊を伴って現世に再度降りることになった苦い経験がある。以来、冬獅郎は一人で現世に下りる際はなるべく遅い時刻にならないように気を付けていた。背中に背負った鞄は現世駐在の部下からの入れ知恵で、かつてのように警察官や善良な大人に見咎められた際は、
「塾から帰るところだ」
と言い訳する為のものだ。
 現世のお祭りであるクリスマスは、ここ三、四十年ほどですっかり瀞霊廷にも定着した。本来は西洋の宗教行事であるのだが、そんなことはまるで関係なく、死神たちも、廷内に住まう一般の人々もクリスマスという新しいお祭りを楽しんでいる。現世のような派手なイルミネーションはないけれど、瀞霊廷内の商店もクリスマスツリーを飾ったり、サンタクロースやスノーマンの人形を飾ったりといったことを行うのは、最早、師走の恒例である。冬獅郎は本来、あまり行事ごとに参加するのを好まないのだが、こうなってしまうと知らんぷりも出来ない。姉妹も同然の幼馴染はクリスマスの朝になると、満面の笑みで十番隊の執務室を訪れ、
「メリー・クリスマス!」
とプレゼントを押し付けるし、隊務ばかりか日常の食生活の面でも冬獅郎をサポートしてくれる副官は、鶏の丸焼きだの、テール・シチューだのの凝った洋食を作り、ケーキを用意して楽しむ気満々でいるしなので、少なくとも、この二人に対してだけは冬獅郎もプレゼントを用意して付き合ってやらなければならないのだ。
 桃については、プレゼントの調達はそう難しくはない。彼女はテディ・ベアを蒐集していて、ここ五年ほど、誕生日も、クリスマスも、プレゼントのリクエストはテディ・ベアばかりなのだ。殊にクリスマスの時期には現世の一流のぬいぐるみのメーカーが限定商品を出すとかで、現世駐在の部下に頼んだカタログが手に入るや、
「シロちゃん、今年はこれがいい」
と強請りに来るのだ。冬獅郎としては桃が示した商品を、やはり現世駐在の部下に頼んで予約させ、商品が入荷したら取りに行くだけだ。桃が強請るテディ・ベアは子供の姿の冬獅郎が購入するには不自然な高額商品ばかりだが、冬獅郎は、
「お父さんの代わりに取りに来た」
という方便を覚えて対処している。代金を財布ではなく封筒に入れて持っていくのもポイントである。
 乱菊の方も去年までは似たような状況だった。クリスマスが近づくと、さりげなく現世の雑誌が開きっぱなしで放置されているのだ。開いた頁を見ると、バッグやアクセサリーのグラビアがあって、そこに丸印がついていたりする。冬獅郎は印が付いた商品の情報をメモして、部下に予約させ、桃の時と同様の手口で引き取りに行けば良かった。
「どうすっかなぁ」
 ファッションビルの一階のアクセサリー売り場で、煌びやかに商品が飾られたショーケースを横目で見ながら、冬獅郎は溜息をついた。
 今年は印のついた雑誌がなかったのだ。たまりかねて、何か欲しいものはないのか、と問うた冬獅郎に、乱菊はふわりと綺麗な笑みを浮かべて、
「今年は隊長が選んだものを下さい」
と告げたのだ。
 彼女が冬獅郎の副官になってから、十年余り。さすがに、冬獅郎も彼女の好みは把握済みだ。だが、商品が溢れかえる現世では、彼女好みの品も目一杯あって、却ってひとつに決めかねていた。去年のように買うものが決定済みの状況なら、父親の遣いという方便も成り立つが、あれにしようか、これにしようかと悩んだ末ではその言いわけは使えない。
(無理して現世で買うこともないか…)
と彼はついに諦めた。桃のテディ・ベアだけを引き取って、乱菊へのプレゼントは瀞霊廷で購入しよう。そう決心して、彼はアクセサリー売り場から離れた。
 同じビルの七階に、桃のテディ・ベアを注文した専門店が入っている。エスカレーターに向かって歩んでいた冬獅郎は、ふと足を止めた。店内にはBGMとしてクリスマス・ソングがメドレーで流れているのだが、新しくかかった曲が最近よく乱菊が口ずさんでいるメロディだったのだ。
    恋人がサンタクロース
     本当はサンタクロース
 女性歌手の歌声に、
「じゃあ、俺はさしずめ『上司がサンタクロース』か?」
と独り言ちる。恋人がサンタクロースというのはロマンチックで甘いムードが漂うが、上司がサンタクロースでは洒落にならないだろうと苦笑いし、エスカレーターに乗った時、続きのフレーズが耳に飛び込んできた。
    恋人がサンタクロース
     背の高いサンタクロース
 エスカレータ脇の壁面に嵌め込まれた鏡に、子供の姿の冬獅郎が映っている。彼は思わず、目を背けた。
 乱菊とはただの上司部下だ。だから、彼が子供の外見だろうと、乱菊よりも一尺以上背が低かろうと関係ない。宥めても、軋んでしまった心はどうすることも出来なかった。
 恋人ならば、彼女よりも背が高くないと格好がつかない。
 心の底に抱えている鬱屈した思いが、歌の一節で揺さぶられてしまったのだ。成長していないわけではない。彼が隊長に就任した当時からすると、確実に一寸以上は背は伸びている。彼は外見年齢でいくと成長期に当たるので、年毎の身長・体重の伸びは大人とは比較にならないほどだ。しかし    
 尸魂界では魂魄はほとんど歳をとらない。子供はいつまでも子供のままだし、年寄りもそれ以上、衰えない。実際は全く加齢が進まないわけではないのだが、現世に比べると何十倍もの時間がかかる為、加齢を実感するよりも早く、転生の時が巡ってくるのである。ただし、例外的に、冬獅郎のように霊力のある子供は比較的早く加齢が進む為、成長が分かる。だが、それもほとんど歳を取らない霊力のない魂魄に比べればという話で、現世の子供と比べると五倍から二十倍近い年月が成長の為には必要なのだ。
 冬獅郎は霊力のある子供としてはごく平均的な速度で成長をしていると言える。副官の乱菊はまだ加齢は進行中と見られるが、外見年齢から推して、もう間もなく霊力がピークに達し、霊力のない魂魄並みに加齢速度が鈍り始めるだろう。そうなると、外見年齢はほとんど変化がなくなるから、いずれは冬獅郎の見た目は彼女に追い付くことになる。
 だが、彼女に追い付くまでの年月を考えると、冬獅郎はいつも落ち込みたくなってしまう。
 いつか、能力ばかりではなく、彼女と釣り合いの取れる見た目を得ることが出来たなら。
 その時は、ただの上司としてではなく、一人の男として彼女の傍らに立ちたい。
    恋人がサンタクロース
     背の高いサンタクロース
 フレーズが繰り返される。
 この歌詞のようになれるまでの果てしない道のりを思い、冬獅郎は知らず、重い溜息を落としていた。

 四階のメンズのショップが集まっているフロアから、エスカレーターに乗って来たカップルがあった。仕事帰りらしい。スーツ姿だ。店内が暖房が効き過ぎてていて暑いくらいだったせいか、コートは脱いで片手に持っていた。身なりから察するに、一流企業勤めのエリートと見えた。男のスーツは明らかに仕立ての良い上等であったし、女の方もばりばりのキャリアウーマンらしいかっちりとした服装だ。二人は冬獅郎よりも五段ほど先の位置を保ったままで七階まで上がり、そこでエスカレーターを降りた。
 七階は雑貨や高級文具のショップが中心のフロアである。たまたま進行方向が同じだったので、エスカレーターに乗っている時と同様に、冬獅郎は二人の後をついて歩くような格好になってしまった。
 やがて、女の方が、
「ここ!」
と弾んだ声音で示した店は、冬獅郎の目的であったテディ・ベアの専門店だった。
「テディ・ベア?」
 男の声が不審げな色を帯びた。実際、女の方を向いた表情は、彼のことなど何一つ知らない冬獅郎の目から見てさえ、盛大に?マークを飛ばしているのが見て取れる頓狂なものだった。
「何よ。あたしにテディ・ベアなんて似合わないって?」
「いや、そういうつもりじゃ…」
 女は軽く男を睨んだが、実は冬獅郎も同感だった。シンプルなクリーム色のセーターにチョコレート色のスーツ。スカートは膝丈のタイトで、ミドルヒールのパンプスを履いている。携えているバッグも収納力のありそうなやや大振りなもので、彼女の見た目は実力のあるキャリアウーマンの記号に満ちていた。何となくだが、八番隊副隊長の伊勢七緒が現世の社会人であればこんな感じなのでは、という印象を抱いていた冬獅郎は、女がテディ・ベアを欲しがっているらしいことを知って、連れの男と同様に意外の感を抱いてしまったのだ。
 たまたま同じ店に用事があった見知らぬ子供にまで驚かれているとは露気付かず、彼女は、
「キャリアウーマンだろうと、よぼよぼのおばあちゃんだろうと、女ってのはどこかに女の子の部分を永遠に抱えているものなのよ」
と男に教えた。
「ま、確かにキャラじゃないのは認めるけどね」
 彼女は表情をおどけたものに変えた。
「でもさ。いいじゃない。職場は敵だらけ。キャリアウーマンってなかなか大変なのよ。家でくらい、こういう可愛いくまちゃんに癒されたいっていうけなげな女心、察してよね」
「はいはい」
 驚きから抜けたのだろう。男は包容力を感じさせる笑みを浮かべた。
「で、どれが欲しいんだ?」
と彼はディスプレイされたぬいぐるみを見渡しながら尋ねた。
「あなたが選んで」
 女は答えた。
「あなたが選んでくれたテディ・ベアがいい」
「わかったよ。クリスマスまでに選んでおく。その代わり、文句は言いっこなしだぞ」
「言わないわよ」
 男に店を教える為だけにここにやって来たのだろう。二人は店内に入ることなくその場を離れて行った。
 カップルが視界から消えてしまってから、冬獅郎は硝子張りのウィンドウ越しに店内に並んでいるテディ・ベアたちを眺めた。
「女の子の部分…か」
 乱菊にもこういう可愛らしいものを愛おしむ女の子がいるのだろうか。彼女がクリスマスや誕生日に欲しがったものは、アクセサリーやブランド・バッグ、帯揚げや半襟などの私服の小物、化粧品などばかりだ。ぬいぐるみやそれに類する飾り物が欲しいと言われたことはない。けれど、
(松本は犬とか、猫とか好きだよな)
と冬獅郎は思い返した。それに、以前、桃のぬいぐるみを、
「可愛い」
とにこにこしながら抱いていなかったか。

     自分が子供の外見をしているから。
     彼女に追い付くまで、とても長い時間が必要だから。

 だから、彼女にはあまり大人でいて欲しくないという願望がどこかに潜んでいることは自覚していた。しかし、もしかしたら、口にしないだけで、先ほどの女のように乱菊にもテディ・ベアを欲しがる気持ちがあるのかもしれない、という感覚に冬獅郎は捉えられてしまった。
 テディ・ベアを贈ったら、乱菊はがっかりするだろうか。それとも喜んでくれるだろうか。
 やがて、冬獅郎は意を決して、店内に足を踏み入れた。
 小学生くらいの子供がいそうな雰囲気を漂わせた優しげな女性店員が、彼を認め、
「いらっしゃいませ」
と大人にするように迎えた。
「これ、取りに来ました」
 冬獅郎はまず、桃のテディ・ベアの予約票を差し出した。
「ああ、はい。入荷していますよ」
と店員が応じる。冬獅郎は続けた。
「あの。それから、あれも欲しいんだけど」
 彼が指差したテディ・ベアに、終始にこやかだった店員の表情に初めて戸惑いが浮かんだ。それを確認してから、冬獅郎は、
「お父さんから頼まれたんだ。『お母さんにもプレゼントしたいから、いいのを選んで一緒に買ってきてくれ』って」
と言葉を継いだ。我ながら、変に世慣れてしまったものだと感じるが、現世で穏便に高額な商品を買うにはそれなりの演技が必要だ。
「お父さんから、お母さんの分のプレゼント代ってこれだけ預かって来たんだけど、あれ、このお金で買えるかな?」
 しれっと裕福な家庭の純真な男の子を演じて、店員に封筒に入れた現金を見せる。それで、彼女は納得したらしい。にこやかな笑みを甦らせ、封筒の中の紙幣の枚数を確認してから、
「大丈夫。足りますよ」
と優しく応えた。
「良かった。じゃ、あれをお願いします」
「はい、分かりました」
 店員は冬獅郎が指差したテディ・ベアを棚から下ろした。
 蜂蜜みたいな明るい色合いの巻き毛に、赤いセーター。グリーンのタータンチェックのマフラーを巻いた熊だ。かなり大きめのぬいぐるみで、二歳児がお座りしたくらいの高さがあるだろう。
「かさばるけど、大丈夫かしら?」
「平気です」
 店員は桃のテディ・ベアを冬獅郎に示し、
「予約の方は、これに間違いないですか?」
と確認した。
「はい」
「こっちは…」
「妹のプレゼントです」
 頷いた店員は箱詰めしたベアを、赤地にサンタクロースの扮装をしたテディ・ベアが描かれた包装紙で包み、金色のリボンをかけた。冬獅郎が選んだ大きいベアの箱は艶消しの金の包装紙で包んだ。緑と赤のツートンカラーのリボンをかけ、リボンの結び目に紅い実のついた柊の小枝の飾り物を貼り付けて、
「これでいいかしら?」
と冬獅郎を見た。彼が頷くと、
「大きくて持ちにくいけど、頑張ってね」
と二つの箱を特大の紙袋に入れて渡した。

 ぱたぱたと聞きなれた足音を伴って、馴染んだ霊圧が小走りに執務室に近づいて来る。訪いも入れずにいきなり扉を開け、
「メリー・クリスマス!」
と桃は大声で言った。
「メリー・クリスマス、雛森」
 優しい笑みで応じたのは乱菊で、冬獅郎は仏頂面のまま、
「おう」
と短く応えた。
「メリー・クリスマス、でしょ、シロちゃん」
「日番谷隊長」
 最早、恒例となった感のやり取りの後、桃は、
「はい、クリスマス・プレゼント」
とクリスマス・カラーの包装紙で包まれた箱を差し出した。
「ああ、ありがとう」
 受け取りながら、冬獅郎も桃に包みを差し出す。
「きゃー、ありがとう!」
 歓声を上げる桃に、
「おまえさ、どんだけぬいぐるみを集めるつもりなんだ? おまえの部屋、熊だらけだろ?」
「いいじゃない。まだ、飾るところは一杯残っているんだから」
 つまり、物理的に飾るスペースがなくなるまでは蒐集を続けるつもりらしい。
「…いいけどな」
 確かに、桃の勝手であるし、心配してやる義理もないので冬獅郎はその話題を打ち切った。とりあえず、ぬいぐるみの熊に押し潰されて圧死するような情けない死に方をする前に,コレクションを打ち止めにすることを願うばかりだ。
 乱菊も桃にプレゼントを手渡した。桃もお返しのプレゼントを渡す。
「ね、雛森。隊長のプレゼントの熊を見せて」
と乱菊に強請られて、
「いいですよ」
と桃は笑みを浮かべて、テディ・ベアの箱の包装を解き始めた。
「今年も限定品を頼んだんでしょ?」
「えへへ。ハーマンの限定モデルをおねだりしちゃいました」
 桃が箱から取り出したテディ・ベアを見るなり、
「可愛い! 真っ白」
と叫んだ乱菊のはしゃいだ声音に、冬獅郎は内心で安堵した。大丈夫だ、彼女はテディ・ベアが好きなはずだ、と自らを励ましている隊首の心の声に気付かず、乱菊は、
「可愛いわねぇ」
と桃のベアを撫でている。桃のリクエストだったテディ・ベアは真っ白なモヘアのボディに真っ赤なフード付きのマントを纏った、いかにもクリスマス限定品らしいデザインだ。
「乱菊さんは日番谷くんに何をおねだりしたんですか?」
 師走二十五日は、乱菊は自分と隊首の為にクリスマス・ディナーを用意する。プレゼントはディナーの後に渡されることを承知している桃は、「何を貰ったか」ではなく「何を頼んだのか」を尋ねた。
「今年は隊長が選んだものを下さいってお願いしたのよ」
「あ、じゃあ、何を貰えるか、まだ分からないんですね」
「そうなの。だから、ちょっとわくわくしているのよ」
 副隊長二人は女同士の気安さで、誰それからはこんなプレゼントを貰ったとか、誰それのプレゼントは趣味がいいとか、盛り上がっている。
「雛森。あんまり油売ってると、藍染に叱られるぞ」
 頃合いを見計らって、口を挟んだ冬獅郎に、
「いっけない」
と桃は可愛く舌を出した。
「お邪魔しました! 乱菊さん、日番谷くんから何を貰ったか、後で教えて下さいね!!」
 ぱたぱたと来た時と同様に慌ただしく、桃は去って行った。
 乱菊は姉が妹を見守るような穏やかな笑みで桃を見送ると、
「隊長、今年も腕によりをかけてディナーをご用意しています。楽しみにしていて下さいね」
と冬獅郎に向き直って、柔らかく告げた。

 マッシュポテトを添えた牛肉の黒ビール煮込み。温泉卵入りのシーザー・サラダ。カリカリに焼いた香ばしいフランスパンのガーリック・トーストにインゲン豆のポタージュ・スープ。
 現世で調達してきたレシピ本に載っていたという洋食の数々は、腕によりをかけたと言うだけあって、どれもとてもおいしかった。
「見た感じ、もっとこってりしていると思っていたんだが、そんなに重たくないんだな」
と冬獅郎が感心したのは、牛肉の黒ビール煮込みだ。
「赤ワインで煮込むとこってりするんですけど、ビールだと余分な脂が抜けて少しあっさりめになるみたいですね」
「一緒に入ってるの、これなんだ?」
「さくらんぼですよ。この煮込み料理にはさくらんぼを合わせるのが定番だって、レシピに書いてありました」
「なるほど。しかし、今時、さくらんぼなんてねぇだろう?」
 さくらんぼは初夏の果物だ。現世であれば温室栽培で冬にも出荷されているようだが、尸魂界ではさくらんぼは初夏にしかお目に掛かれない。まさか、現世まで調達しに行ったのかと訝る冬獅郎に、
「缶詰です」
と乱菊は種明かしした。
「あ、なるほど」
 現世駐在員から土産にもらった赤ワインが、煮込み料理に実によく合っている。
「サラダも美味いな。この卵のとろとろが何とも言えん」
「温泉卵って結構、作るのが難しいと思ってたんです。普通のゆで卵は沸騰させて茹でるんですけど、温泉卵は65度くらいのお湯で沸騰させないように四半刻しはんときくらい茹でてないといけないってレシピにあって、」
「えらい手間がかかるんだな」
「実は卯ノ花隊長から温泉卵を簡単に作る裏技を教わりまして。それで作ってみたら、簡単に出来ました」
「裏技?」
「お鍋にお湯を沸騰させて、火を止めてから卵を入れて、そのまま二刻にこく放置」
「そりゃまた簡単だな」
「でしょ? これなら楽ちんだから、今度、朝御飯にもお出ししますね」
「それはいいな。楽しみだ」
 クリスマスの晩を過ごす相手として、乱菊が冬獅郎を選んでくれたことを純粋に嬉しいと思う。それが楽しむことを知らない、生真面目な隊首への気遣いからであったとしても、今はそれでいいと感じた。
 乱菊の作ったご馳走を食べ終え、現世から調達して来たという派手なデコレーションのクリスマス・ケーキも胃の腑に収め、冬獅郎は、
「ちょっと待っててくれ」
と席を立った。寝室の押し入れに隠しておいたプレゼントの箱を抱えて居間に戻ると、乱菊は箱の大きさに目を丸くしていた。
「何です? ずいぶんと大きな箱ですねぇ」
 驚きながらも受け取った彼女は、
「これ、あたしから隊長に」
と、こちらは小さな箱を差し出した。
「ありがとう。松本」
「ども」
 乱菊はリボンと包装紙を丁寧に外した。包装紙の下から現れた黒い化粧箱の蓋を開けた彼女は、中を覗いて絶句した。
「…」
 覗き込んだ姿勢のままで中身を取り出そうとしない乱菊に、失敗したか、と冬獅郎は苦い後悔を感じた。彼女もテディ・ベアを喜ぶと考えたのは、少しでも彼女に自分の近くにいて欲しいと望む彼の願望が産み出した錯覚で、大人の女性である彼女はぬいぐるみなどやっぱり関心がなかったのだ。そう思って、密かに落ち込みかけていた冬獅郎は、
「隊長」
という乱菊の呼び掛けに顔を上げた。
「何だ?」
「何で、あたしにテディ・ベアなんですか?」
「それは…」
「考えるのが面倒だったとか?」
 だから、桃のついでにテディ・ベアにしたのか、という言外の想いを感じ取り、冬獅郎は慌てて、
「違う!」
と大声で否定した。
「色々と考えて、悩んだ上でこれにしたんだ。考えるのが面倒だったとか、雛森のついでとかじゃねえ」
 無言で先を促す乱菊に、
「最初はアクセサリーを買うつもりでいたんだ」
と彼は続けた。現世は品物が溢れていてどうしても決められなかったこと、子供の姿の義骸ではいつまでも繁華街をうろついているわけにもいかず、仕方がないので、乱菊の分は瀞霊廷で購入しようと桃のテディ・ベアを取りに行ったこと。その時に、仕事帰りのカップルと一緒になって、二人の会話を小耳に挟んだこと。
    それで、その女の言ったことを聞いて、もしかしたら松本も、言わねえだけでテディ・ベアを可愛いと思ったり、欲しいとか思ったりするんじゃないかって考えて、」
 その上で、記憶を辿ってみると、冬獅郎が桃にテディ・ベアを贈った時、乱菊はいつも見せてほしいと桃に頼んでいた。時には、抱いていたこともあった。だから、
「きっと、松本も喜んでくれるんじゃないかと思ったんだ。けど、勘違いだったんだな。すまない」
 謝った冬獅郎に、
「勘違いなんかじゃありませんよ」
と乱菊は花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「あたしもテディ・ベアが欲しかったんです。でも、柄じゃないでしょ? だから、誰にも言えなかったし、気恥ずかしくって自分でも買えなかったんです」
 彼女は箱からベアを取り出すと、卓の上に置いた。
「可愛い」
と呟いた乱菊に、
「気を使わなくてもいいぞ」
 冬獅郎はぼそりと吐き出す。
「気を使ってなんかいませんよ!」
「さっき、箱の中を見た時、松本、全然、嬉しそうじゃなかったぞ」
 彼の言葉に、
「違います!」
と今度は乱菊が否定の言葉を大声で発した。
「まさか、隊長があたしにテディ・ベアを下さると思わなかったから吃驚して…」
「…」
「それに、あたしが『隊長が選んで下さい』なんてお願いしたから、隊長、考えるのが面倒くさくて雛森と一緒にしちゃったのかなぁなんて考えて、」
「それは違うって、さっき説明しただろう。色々と世話になっている松本に贈るものを、そんないい加減な選び方はしねえ」
「そうですよね、隊長はそんな人じゃないって分かっていた筈なのに、あたしが卑屈でした」
と乱菊は頷いた。
「隊長がちゃんと考えて買って下さったって納得出来たから、だから、すごく嬉しいです」
 彼女の笑顔に嘘は見い出せなかった。
「可愛い。それに、ずいぶん大きいのを選んで下さったんですねぇ」
「大きすぎたか?」
「いいえ」
 彼女はテディ・ベアを膝上に載せた。
「こうやって、抱きしめるのに最高の大きさです」
とぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「すごい。手触りふかふか」
「そっか…」
「ほら、隊長も触ってみて下さい。すっごく手触りがいいんですよ」
と彼女は冬獅郎の手を取ると、強引にテディ・ベアの頭部を撫でさせた。
「…確かに」
 柔らかでふんわりとした手触りは心地よく、テディ・ベアというものは姿だけではなくこの手触りにも癒し効果があるのかと、冬獅郎は初めて悟った。
 乱菊は改めてテディ・ベアを卓に置くと、にらめっこするかのように眺めた。
「足の裏にサインが入っていますね」
 彼女の指摘に、冬獅郎が覗き込むと、確かに左の足裏に製作者のものだろうか、サインが入れてある。右の足裏にはメーカーのタグが縫いつけてあり、
「カンタベリー・ベアーズ?」
とタグを読んだ乱菊は首を傾げた。
「イギリスのテディ・ベアのメーカーだな」
 桃から聞きたくもないのにテディ・ベアのメーカーについての薀蓄をたっぷりと聞かされている冬獅郎は、すらすらと解説した。
「1970年代の終わりにイギリスのカンタベリー市の郊外にある村で、家族経営で立ち上がった会社だ。大人の為のテディ・ベアをコンセプトに最高級の素材を使用したフルジョイントの伝統的なテディ・ベアを作成しているそうだ。この紋章は、」
とタグに入っているライオンと三羽の黒い鳥の紋章を指差して、
「カンタベリー市の紋章だ。メーカーとしての実績が評価されて、1987年から市に認められて商標に使用しているらしい」
「市から紋章を使っていいって認められるなんて、すごい会社の製品なんですね。ありがとうございます、隊長。大事にします」
 乱菊が本当に嬉しそうに笑ってくれたので、冬獅郎はほっとした。彼女の動向が気になって、自分が貰ったプレゼントは開けていなかった。漸くプレゼントを開いてみると、中から出て来たのは万年筆だった。漆塗りの高級感のあるもので、手にしっくりと馴染む。
「ありがとう、松本。大事に使わせて貰うな」
「はい」
 乱菊は卓の上に置きっぱなしだったケーキ皿や茶器を纏め始めた。片付けながら、彼女は小さな声でふんふんと歌を口ずさんでいた。
「…その歌。現世で聞いた」
と冬獅郎は言った。
「『恋人がサンタクロース』とかいう奴だろう」
「ええ、そうです」
「上司がサンタクロースじゃ洒落にならないよな」
 自嘲を込めた彼の言葉を、
「とんでもない」
と乱菊は否定した。
「こんなに漢前でかっこいい上司がサンタクロースになってくれるなら、上司がサンタクロースで大歓迎です」
「背、低いぞ」
 乱菊は空色の眸をしぱしぱと瞬きして、冬獅郎を見つめた。
    恋人がサンタクロース
     背の高いサンタクロース
 歌のフレーズを思い出し、乱菊は得心した。彼が何に拘ったのか分かったのだ。
「この歌の女の子の彼氏が背が高かっただけのことですよ」
 彼女は柔らかく告げた。
「背が高かろうと低かろうと、ハンサムだろうと冴えない感じだろうと、好きな人がサンタクロースなら、女の子は幸せなんですよ。隊長はまだ成長期じゃないですか。今はあたしより背が低いかもしれませんけど、あと五、六十年もしたら、あたしを追い越してしまいます」
「成長しても、背、低いかもしれねぇぞ」
「大丈夫です」
と乱菊は太鼓判を押した。
「隊長ってば、身長の割りに手足が大きいんですよね。知ってます? 現世では手足が大きめの子供って、第二次性徴期に身長がすごく伸びるって言われているんですよ」
「そうなのか?」
「そうですよ。卯ノ花隊長も、隊長は将来背が高くなりそうだっておっしゃってました」
「そう、か…」
「それにね、隊長。譬え、隊長の背丈が思うように伸びなかったとしても、あたしは隊長のことがだーい好きですからっ!」
 彼女は後片付けと歌を再開した。
 そして、冬獅郎は彼女がオリジナルの歌詞ではなくて、替え歌にして歌っていることに気が付いた。

    隊長がサンタクロース
     漢前のサンタクロース 雪の街から来た

******************************************

 150000打キリリク小噺

 リクエストは「日乱でほのぼのな話」ということでした。ほのぼの、ほのぼの…、でこういうことになりました。ほのぼのと言い切るには微妙にしょっぱい部分があるような気がしないでもないですが、さくっと目を瞑ってしまいました。
 ネタ元は言わずと知れたユーミンの名曲「恋人がサンタクロース」(歌/作曲/作詞:松任谷由実 1980年)。この曲って同人的にネタにしやすいんでしょうか? 私が知っているだけで三作品ほどネタになっているのを読んだことがあります(どれも鰤じゃなくて、別作品の二次創作でしたが)。今回、自分自身でネタにしたので四作品になりました。もちろん、同人界は広いので、知らないだけでもっとネタになっているだろうと思います。鰤でも探せば他にあるかも。
 相変わらず、無駄に長い作品になってしまいました。書き始めた時はWord文書で五頁くらいと踏んでいたのですが、上がってみるとがっつり八頁。本題と関係ないちまちました描写を入れたがる悪い癖があるから長くなるんですよ。
 カンタベリー・ベアーズは実在の会社です。高級テディ・ベアのメーカーって、私はシュタイフかハーマンくらいしか認識がなかったのですが、乱菊さんへのプレゼントをそこの製品にするのは何となく馬鹿の一つ覚えっぽい気がしてしまって。もっと特別感のあるメーカーはないのかって探して見つけました。日本での知名度はいまいちみたいですね。シュタイフやハーマンは日本語検索でもいっぱい引っかかりますけど、カンタベリー・ベアーズは日本語検索だと少ししか出て来ないです。ラグビー・チームのカンタベリーとかカンタベリー・バンドの方がいっぱい検索にかかってしまいました。英語で検索すると、かなり出てきたので海外ではメジャーなのかも。画像を眺める限り、すっごく可愛いベアを作っているメーカーのようです。個人的にシュタイフよりも好みかも。高級テディ・ベアなんてもちろん買えやしないんですが、気持ちだけちょっと欲しくなっちゃいました。
 なお、時間軸は叛乱の数か月前。叛乱の直前のクリスマスと想定しています。
 遅くなって申し訳ありません。キリ番ゲッターの奈都さま、お待たせいたしました。

駄文倉庫に戻る
トップへ戻る
2012.12.03