未来へと歩む君へ
駅には学生がごった返していた。
一護、雨竜、水色の三人は学生たちの流れに乗って歩んでいた。
今日は彼らが受験した大学の合格発表の日である。インターネットでも発表されるし、都内であれば合格通知は発表当日か遅くとも翌日には自宅に郵送されるので、わざわざ大学まで出向かなくても合否を知ることは出来る。それでも、大学に足を運ぶのは努力の結果をそれに見合った手間をかけて知りたいからだ。
彼らが受験したのは空座町から一時間ほどの場所に立地している国立総合大学である。一護と雨竜は医学部を、水色は経済学部を受験した。大学は偏差値ランクで言うと中堅よりやや上位、といったところだろうか。全国模試の実力からすると、実を言うと雨竜は早稲田、慶応レベルの大学も狙えた。にもかかわらず、一護と同じ大学にランクを落としたのは、学費の安い国立で、かつ、確実に合格出来るという基準で受験校を選択したからだ。センター試験の結果にも、二次試験の結果にも手応えを感じていた雨竜だが、やはり、合否を自分の目で確認するまでは安心は出来ないのだろう。不合格である可能性は極めて低いにも関わらず、自信満々とは言い難い。
一方、一護は合否ラインぎりぎりでの受験だっただけに、かなり不安そうだ。何だかんだ言いながら、本番にはやたらと強い彼は、センター試験の自己採点結果は予想以上に良かった。だが、二次試験の結果が読めないらしい。
空座第一高校で三年間を過ごした仲間も、卒業後の進路はばらばらである。
泰虎は進学せず、ミュージシャンの道を進むという。彼が属しているバンドの将来は極めて不透明なのだが、泰虎個人はギターの技術を認められつつあった。ちらほらとバックバンドの仕事も舞い込んでおり、音楽の道で食べて行くのが泰虎の選択だった。たつきは空手の実力が認められ、隣県の体育大学に推薦入学が決定済みである。啓吾は大学ではなく、IT関連の専門学校への進学を選んだ。ゲームソフトの開発者を目指すのだそうだ。織姫は前期日程で受験した大学の合格は確定している。ただし、本命は同じく本日が合格発表日である都内の教育大学なので、たつきに付き添われて合否を見に行っているはずだ。
大学の正門に辿り着いて、一護は深呼吸した。前期日程で受験した医大は不合格だった。一応、滑り止めに受けた私立は合格しているとはいえ、第一志望はこの大学だ。
医学部と経済学部は合否の掲示されている場所が異なる。待ち合わせ時間を決めて、一護と雨竜は、水色と別れた。
無機質な番号が羅列されている掲示の前に立って、一護は再び深呼吸した。慎重に自分の受験番号に近い番号が掲示されている箇所を探す。一護の受験番号より少し小さい番号が一番上の行に表示されている列を認め、その列を上から辿っていった。
「…あった」
押し出すように洩れた一護の声に、傍らの雨竜が破顔した。自身の合格を既に確認していた雨竜は、一護の結果を気にしていたのだ。
「あーあ、石田とあと六年も一緒かぁ。何か煩そうだな」
「それは僕の台詞だ」
と二人で笑い合った時、一護のポケットでバイブにしていた携帯電話が震えた。
発信者はたつきだった。しかし、携帯電話を持っていない織姫がたつきに借りて連絡して来たのだと見当がついた。通話釦を押すと、案の定、
「黒崎くん…?」
という遠慮がちな声が聞こえた。
「ああ。井上、合格だ」
安心させる為に、一護は先に自分の結果を告げた。前期受験の第二志望を失敗しているだけに、織姫が一護の結果を気に病んでいたことは分かっていたのだ。
「井上は?」
「合格してました」
「そうか。良かったな」
「ありがとう。黒崎くんもおめでとうございます」
「ありがとう」
「えっと、ね、黒崎くん。たつきちゃんに代わるから、石田くんに代わって貰える?」
「おう」
一護は雨竜に携帯電話を突き出した。
「ほれ、彼女だ」
「…え? ああ…」
受け取った雨竜の表情が柔らかくなった。
「たつき? …ああ、大丈夫、合格だよ。…ああ、うん。分かった。…ああ、それじゃ…」
携帯電話を一護に返却しながら、
「『グリーン・ゲイブルズ』で待っているって」
と雨竜はたつきからの伝言を伝えた。空座本町駅前にある喫茶店である。合格祝いにランチをしようという提案だった。まだ、水色の結果は確認していない。しかし、何故だか、一護も、雨竜も、それからたつきと織姫も、水色については合格しているに違いないと言う奇妙な確信を持っていた。やたらと要領が良くて掴みどころのない彼には、受験に失敗するという図がどうしても思い浮かばないのだ。偏差値からすると絶対にそれはないはずなのだが、水色ならば東大を受験したとしても合格してしまいそうな雰囲気があった。
実際、正門で合流した水色は、余裕の表情で、
「合格だったよ」
と笑った。グリーン・ゲイブルズで織姫たちと待ち合わせていることを告げると、
「うん、啓吾から連絡があった。みんなで合格祝いをしようって」
と、彼も承知していた。
駅に面したマンションの一階にあるグリーン・ゲイブルズに入ってすぐ、一護らを認めて手を振る織姫を見付けた。手を上げて合図しながら近寄ろうとした一護は、織姫の隣りに座す人物にぎょっとして足を止めた。同様に、雨竜も目を瞠っている。そんな一護たちに、
「よう」
と銀髪翠眼の青年はシニカルな笑みを向けた。
「冬獅郎!? 何で!?」
慌てて、足早に近付きながら、思わず、知らず、一護の声は大きくなっていた。
「騒ぐな。他の客に迷惑だ」
ぴしゃりと正論を述べられ、一護ははっと声のトーンを落とした。
「何で冬獅郎がここにいるんだよ?」
「そりゃ、用があるからに決まってるだろう」
再び、正論を返され、一護はぐっと詰まった。
先に来ていた織姫、たつき、啓吾と泰虎が分かれて座って確保していた二つの四人卓の空いた席に一護たちも座ったところで、冬獅郎はおもむろに脇に置いていた紙袋を取り上げた。
「黒崎、石田、それから…小島だったな。大学、合格したそうだな。おめでとう」
「…ああ、ありがとう」
「ありがとう」
まさか、死神から合格の祝いの言葉をかけられるとは思ってもおらず、一護たちは口籠りながらも謝意を述べた。
「でな、用事のひとつめだ」
冬獅郎は紙袋から包みを取り出して、テーブルの上に積み上げた。
「おまえたちには色々と迷惑をかけたからな。護廷隊長格有志一同からの進学祝いだ」
と彼は包みを一個ずつ、七人に渡した。泰虎以外は同じ大きさの包みだったが、冬獅郎は裏側に小さく書かれた各人の名前を確認しながら手渡していった。
「茶渡は進学しないと浦原から聞いている。だから、これは卒業祝いだ」
「む、すまん」
泰虎に渡されたのは、「卒業祝い」と達筆で書かれた熨斗付きの封筒だった。普通に考えれば、現金か図書カードあたりが納められているのが妥当だが、相手は現世の常識が通用しない死神である。茶渡以外の包みは長形でそこそこ厚みのある箱で、それなりに重みがあった。中身の予測が付かず、皆、胡散臭そうな微妙な表情で目の前の包みを眺めている。
「ちなみに中身は現世の商品で、選んだのは俺と姉さまだ」
その言葉を聞いた瞬間、全員が安堵の息を洩らした。実は、浦原商店謹製の怪しげな発明品ではないかと危惧していたのだ。現世の品であること、常識的という点では護廷で尤も信頼性が高そうな冬獅郎と絢女が選んだということ、この二点で一護たちはようやく中身に期待を持てるようになった。
「冬獅郎くん、ありがとう。開けてみてもいいかな?」
織姫の言葉に、冬獅郎は頷く。
早速、全員が包みを開き始めた。
「え? これ…」
「いいの?」
どよめきが起こったのも当然だった。包みの中身は電子辞書、それもかなりハイスペックなモデルだったのだ。織姫、たつき、水色には汎用モデルだったが、医学部に進学する一護と雨竜には医学用モデル、プログラマーを目指す啓吾にはエンジニア向けモデルが選択されているところを見ると、彼らの進路はきっちりと護廷に押さえられていたようだ。泰虎に渡された熨斗袋には高額クオカードが複数枚入れられていた。
「茶渡は進学しないから何が必要か分からなくてな。無難なところでそれにした。黒崎たちは学生だから、持っていれば便利だろう? 不要なら、質屋にでも売れ」
あっさりと冬獅郎は言ってのけた。
やはり、護廷隊長格に現世の常識をわきまえて貰うのは無理だったか、と一護と雨竜は密かに溜息をついた。選択は確かに間違っていない。進学祝いとして、貰ってかなり嬉しい商品だと思う。しかし、金額がどう考えても常識を逸脱している。こんなに高価でハイスペックな電子辞書は、単なる知り合い程度の相手から贈られるようなものではない。親でもよっぽどのセレブでもない限り、ここまでの品は学生には買い与えないだろう。
「ありがたくいただくよ」
「ああ。大事に使わせて貰う」
死神相手に遠慮しても無駄だということを、高校三年間でしっかりと学習してしまった一護と雨竜があっさりと受け取ったことで、他の五人も遠慮は無用だと悟ったらしい。啓吾とたつきは親に見付かると言い訳に厄介だが、そう大きな品ではないし、数ヶ月隠しおおせれば、その後はバイトして購入したとでも言えば納得するだろうと腹を括った。
「そういえば、冬獅郎」
「何だ?」
「さっき、用事のひとつめ、だって言っていたよな?」
「ああ」
「他の用事って…?」
「もう一つの用は、黒崎、おまえ個人に対してだから、後で話す。ここ出たら、おまえんちに寄らせてもらっていいか?」
「…わかった」
俺に何の用だ、と内心の疑問を覚えながらも、一護は頷いた。
小学生サイズだった頃の冬獅郎を知る夏梨に見付かると色々と面倒なので、一護は一人で家に戻った。
自室の窓を開けると、待ち構えていた冬獅郎が悪びれもせずに入って来た。
「悪ィな。茶も出せなくて」
「構わない。おまえの妹たちに気付かれる方が困るからな」
と冬獅郎は一護のベッドをソファ代わりに座った。
「で? 俺に話って?」
一護の問いに、冬獅郎は、
「おまえのこれからのことだ」
と答えた。
「俺のこれから?」
面喰って見返す一護に対して、冬獅郎は静かに語り始めた。
「医学部に進学をしたってことは、黒崎は医者を目指すんだろう?」
「ああ、まぁな」
肯定した一護を真正面から見据え、
「死神代行業のことはどう考えている?」
と冬獅郎は質した。
「どうって? これまで通り、やるぜ」
あっさりと、一護は答える。だが、冬獅郎は太い溜息をついた。
「おまえが旅禍として尸魂界に乗り込んできてから今日まで。護廷はたいがいおまえに世話になったと思う。黒崎の実力は間違いなく隊長級だし、藍染の叛乱の時にも護廷の貴重な戦力になってくれて感謝している」
「何だよ、改まって」
いつもと違う冬獅郎の語り口に、一護は落ち着かない様子で目を泳がせている。
「正直、藍染の叛乱の後、しばらくは、護廷もガタガタでな。黒崎の力に甘えてほっといたところがある。けどな、これからはそういうわけにはいかないだろう」
「どういう意味だ?」
「俺たちと、おまえには決定的な違いがあるってことだ」
「何だよ。死神と代行は違うって言いたいのか?」
一護の表情が険しくなった。
「そうだ。俺たちは正真正銘の死神だが、黒崎はあくまで死神代行だ。いくら隊長級の実力の持ち主だったとしても、おまえは現世で生きている人間なんだ。おまえらの言う『あの世』に属する『幽霊』の俺たちとは違う」
「それは当たり前だろう?」
冬獅郎の翡翠の眸が、射抜くように一護に固定されている。気圧されて口を噤んだ一護に、冬獅郎は続けた。
「さっき、黒崎は医者を目指していると言っただろう?」
「ああ…?」
「手術中に代行証が鳴ったらどうする? 患者を放り出して、討伐に出るのか? 医者は激務だと聞いている。それでなくても忙しい合間を縫って代行業まで務めて、診察がおろそかになったり、医療ミスを引き起こさないと言えるか?」
畳み掛けられて、
「…それは…」
と一護は口籠った。
「医者じゃなくても、会社員でも同じだ。大事な商談をすっぽかして、討伐に出られるか?」
「…」
「今までは親がかりの高校生だったからな。おまえが授業をさぼって討伐に出ようと、寝不足で成績が落ちようと困るのはおまえだけだったから良かった。護廷もそこに甘えて、おまえに気楽に代行業をさせていた。だけどな、虚の討伐と整の魂葬を生業にしている死神の俺たちと、現世で生きている黒崎とは違うだろう? 自分で自分の予定を完璧にコントロール出来る作家とか、画家みたいな自由業でもない限り、正直、生活していくための人間の稼業と死神代行の両立は無理だ」
ほとんど考えていなかった将来の話をされて、一護は知らず、姿勢を正していた。外見だけは同年代のこの死神が実は一護の十倍近い年月を過ごして来た年長者であるということを、彼は初めて実感した。
「もちろん、医者にならずに死神代行で食っていくという選択肢もある。黒崎の実力なら、代行業だけで食うに困らない以上に稼げるだろう。だが、身分保証は何もない。死神の仕事は、本来、現世の人間が携わる仕事じゃねぇからな。世間的には無職ってことになるから、『何で生活しているのか』って質問されてもまともに答えられない裏街道の人生を歩むことになる。要するに、金はあっても、現世における社会的信用はゼロということだ。わかるな?」
一護は頷いた。
「霊力があるだけのただの高校生だったおまえを、ここまで尸魂界と死神に関わらせてしまったのは護廷の落ち度だ。とはいえ、ここまでどっぷり代行業にはまらせといて、いきなり、もう辞めろ、必要ないってのも無茶苦茶だと思う。幸いと言うのも変だが、黒崎が本格的に社会に出るまでは、あと六年あるだろう? だから、その間に死神代行のことも含めて、将来のことをきちんと考えて欲しいんだ。黒崎がどんな結論を出したとしても、護廷はおまえの意思を尊重する意向だ」
「ありがとう」
と一護は素直に頭を下げた。夜中に突然に呼び出されたり、定期試験の最中でも代行証が鳴り出したり、ずいぶんと迷惑も蒙って来たけれど、死神代行は最早、一護の生活の一部に組み込まれていた。その為、死神代行を辞めるということを、一護は今の今まで考えてもみなかった。だが、冬獅郎の話はまぎれもなく正しくて、社会に出て、一般的に認められる職に就いたならば、同時にそこに責任が生まれる。その責任をないがしろにして死神代行を続けられるわけがなかった。
「悪い。俺のこと、色々と考えててくれたんだな」
「まぁ、巻き込んだ責任ってものがあるからな」
漸く表情を緩め、冬獅郎はにっと笑った。
「ああ、それと」
「まだ、何かあるのか?」
「代行証をしばらく貸してくれ。技局に調整させる」
と彼は続けた。
「調整って? 別に問題なく虚を検知してるみたいだぜ」
意味が分からないまま、一護は鞄から代行証を取り出して渡した。一方、受け取った冬獅郎は一護の言葉に微妙な表情を浮かべた。
「つか、な。これ、初期設定のままだったもんで、感度が良すぎるんだ。雑魚レベルの虚でも反応してただろ?」
「ああ、うん。確かに瞬殺できる雑魚も多かったな」
冬獅郎の眉間の皺が、少し深くなった。
「黒崎の能力は雑魚には勿体ねぇんだよ。雑魚の討伐と魂葬の為に現世駐在の死神がいるってのに、何で隊長級がいちいち出張らなきゃならないんだよ?」
「あー」
一護の表情も何とも言えないものになった。
「そういうところも含めて、護廷は黒崎の存在に甘えていたんだ」
と冬獅郎は吐き出した。
「空座町は重霊地だから、引き寄せられる虚も他より多い。だから、管轄地の見直しを行って現世駐在の死神の数を増やすことになった。実際、今までの要員じゃ手が足りなかったはずなんだ。そこを黒崎が補ってくれてたもんだから、護廷の対応が後手に廻ってしまった。本来、もっと早くに手を打つべき問題を放置していたばっかりに、色々と迷惑をかけて済まなかった、黒崎」
「別に気にしてねぇよ」
冬獅郎は代行証をジャケットのポケットに入れた。一護は、
「調整って、具体的にどうするんだ?」
と尋ねた。
「虚のランクで『乙』級。護廷では上位席官が対応するのがこのランクだが、これ以上でないと反応しないように感度を変更する。これで、警報の頻度は相当減るはずだ」
「乙」級の虚など、他の管轄地であれば滅多に出現しない。だが、重霊地である空座町は虚が引き寄せられやすいだけに、能力の高い虚の発生率は他と比べ物にならなかった。
「調整には、四、五日かかるそうだ。終わり次第、届けさせる」
冬獅郎はこれで話は終わったとばかりに立ち上がった。
「じゃあな」
と来た時と同様に彼は窓から出て行った。だが、半分身体を出したところで振り返った。
「黒崎、おまえなら患者の痛みが分かるいい医者になれると思う。勉強、頑張れよ」
言い終わった時には、もう彼の姿は消えていた。
「ンだよ。調子狂うな」
ぼやきながらも、一護の心には温かなものが流れていた。
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171717打キリリク小噺
リクエストは「一護と冬獅郎の会話」です。キリ番踏んでいただいてから、UPまで三ヶ月も掛かってしまいました。キリ番ゲッターさまももうお忘れかも。
原作展開を全力で無視して、力一杯捏造設定でお送りいたしております。雨竜くんとかね、原作の動向からするとパパとすったもんだの末に和解しそうな流れがありそうな気配。しかーし、拙宅の雨竜くんは高校卒業時点でまだパパと和解しておりません。大学はパパの援助は当てにせずに奨学金とバイトで乗り切る気満々です。黒崎さんちに至っては「志波元十番隊長って誰よ、それ?」って感じで、せっかくの美味しい設定をスルーしちょります、拙宅は。
たつきちゃんたちの進路も全力で考えた捏造でございます。お気に入りは専門学校進学の浅野くん。頑張ってゲーム開発者になって欲しいっす。
たいへん、たいへん、お待たせいたしまして、本当にごめんなさい。キリ番ゲッターのakariさま、納品いたします。