君ヲ想フ 〜北極星〜


「日番谷隊長にとって、乱菊さんって何なんスか?」
 唐突な阿散井の問いに、思わず眉間の縦皺が深くなったのは自覚している。
「あ?」
 思わず、声音が低くなったのも。
 傍らで吉良がびくついているが、別に不機嫌になったわけじゃねえから、ンな怯えんな。単純に問いの意味が分からなかっただけだ。松本が俺の唯一無二の副官であることも、今では恋人であることも、重々承知の阿散井が今更こんなことを尋ねてきたのが解せないってことだ。
「副官で恋人だ」
 一応、分かり切った答えを返してみる。
「あ、いえ、そりゃ分かっているんスけど」
「じゃ、何を聞きたい?」
 俺の返しに、阿散井は漸く質問の仕方が悪かったことを悟ったのだろう。ぽりぽりと頭を掻きながら、説明し直した。
「いえ、その…、ちょっとした興味というか?」
「おう」
「…この間、うちの隊長と話しているうちに、何でか亡くなった奥さんの話になったんスよ」
「ふうん。で?」
「それで…、朽木隊長がおっしゃるには緋真さんは『春の日溜まり』のようだったって…。『傍にいるだけで、暖かくて、優しくて、心地よくて、いつまでもそこで微睡まどろんでいたいと思わせるような人だった』って、そんなふうにおっしゃてたもんスから…」
「ほう?」
「まぁ、それで、その…、日番谷隊長にとっての乱菊さんって何なのかと…」
「つまり、松本を譬えると何になるか、ってことか?」
「そうです、そうです」
 意図が伝わったことに安堵したのか、阿散井はぶんぶんと首を縦に振った。思わず、以前に松本が、
「馬鹿な子ほど可愛い」
と漏らしていたのを思い出してしまった。まー、確かにこいつのこういうところは憎めない、つーか、馬鹿可愛いかもしれん。傍から見てると水と油っぽいのに朽木の副官が務まっているのも、もしかしたら、朽木がこいつの馬鹿可愛さに絆された結果じゃなかろうか。

 俺と阿散井は、ここ最近、稀に一緒に飲むことがある。
 先遣隊として現世に赴いた際、一時的な指揮系統として阿散井は俺の直属の部下だった。それに加えて、俺が急成長して、なり餓鬼ガキでなくなり、酒席に誘いやすくなったっていうのもあるかもしれねえ。飲み屋街などでばったり会った時に、
「一緒にどうっスか?」
などと声を掛けてくるようになった。ま、俺が一緒だと払いを持つから、それが目当てではないかという気がしないでもない。だが、俺は黙って素直にたかられてやっている。阿散井には副官仲間の飲み会を筆頭に、松本が大概迷惑をかけているという認識があるからだ。俺の部下兼恋人の不始末の詫びに、奢るくらいどうということはない。松本みたいにざるじゃないしな。
 今日もその流れだった。定時後、松本は姉さまや伊勢、桃といった仲のいい女友達と連れ立って東流魂街に出かけた。東流魂街の二番街区に常打ちの芝居小屋があるのだが、そこで現在上演されている芝居がたいそう評判になっているのだ。でもって、今日は仲間と連れ立って観劇というわけだ。夕飯は皆と一緒に流魂街で済ましてから帰るということなので、俺は久々に一人で外に食事に出て、ばったりと阿散井と吉良のコンビに遭遇したのだ。
 ちなみに、たいてい一緒につるんでいる檜佐木は不在である。何でも、次号の瀞霊廷通信の締め切り間際で、現在、編集室に絶賛罐詰中。今晩で二徹め予定なのだそうだ。隊長不在の隊で隊長権限代行の副隊長として頑張っているだけでも感心するが、瀞霊廷通信の編集長まで引き継いで、本当によくやっている。明日でも、四番隊特製の強壮剤でも差し入れてやるか…、というのは置いといて、檜佐木が一緒の時には絶対に声を掛けてこないのは、阿散井なりの気遣いだと思う。俺と檜佐木は所謂「恋敵」という奴で、檜佐木にしてみれば、長年恋慕していた松本を俺が子供だと思って油断しているうちに横から掻っ攫われた形になる。同席すれば、お互いに居心地が悪い。

 俺は手にしていた盃を卓に置いて、ちょっと考えた。
 すぐに答えは出たが、ふと悪戯心が沸いたので、思いついた問いを阿散井にぶつけてみた。
「そういうお前はどうなんだ?」
と。
「へ?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔、つーのは正に今の阿散井を言うんだろうな。揶揄からかい甲斐のある奴だ。
「人に質問しておいて、自分は答えないってのはねえだろう? 参考までに、阿散井にとっての朽木妹は何なんだ?」
「え…、あ〜、ええと…」
 目を白黒させて、面白えったらない。ついでに、自覚があるのか、ないのか、顔も茹蛸だっつうの。
「お前は? 吉良」
 この際なので、横で傍観者面していた吉良にも振ってみた。
「は?」
「だから、吉良にとっての雛森は?」
 吉良も、うっ、と詰まりやがった。というか、ばきばきに緊張しているのが丸分かりだ。おそらく、迂闊なことは言えないと頭の中でぐるぐるしているのだろう。
 俺と桃は家族だ。俺が子供のなりの時には、俺の初恋の相手が桃でないかという噂もあったようだ。まぁ、血は繋がってないし、あからさまに親しくしていたし、誤解を受けたのは分からないでもない。実際、俺は桃を大切に思っているからな。だけど、桃が大事で愛しいってのと、松本が大事で愛しいってのはまるっきり意味が違う。桃への感情は兄弟に対するものだ。血の繋がりはなくたって、俺とあいつは兄弟なのだ。桃を下手な男には渡せない。あいつを苦しめたり、悲しませたりする奴は絶対に許せない。ここまでは男が惚れた女にも覚える心理なのかもしれないが、俺は桃には欲情しない。あいつを本当に幸せに出来ると納得出来る男になら、祝福とともにあいつを送り出してやれる。一方、松本に対しては欲情する。何より誰にも渡したくはない。相手が俺よりも優れたいい男であろうと、そいつといる方が松本にとって幸せであろうと、身を引くなんて無理だ。このあたりが、恋人と妹(桃は自分の方が姉貴で俺は弟だと言い張っているが)に対する気持ちの差だといえる。
 吉良のことは、正直、買っている。為人ひととなりは誠実だし、何より見向きもされなくてもひっそりとあいつを想い続けた気持ちの深さと、藍染のことで傷ついた桃を励ましていた姿はなかなか頼もしかった。押しが弱くてぐだぐだしているところに、いらつくこともあるっちゃあるが、吉良だったら大切な妹を渡してもいいと思える程度には、認めている。そして、俺がそんなふうに考えていることを、吉良も今では理解しているはずだ。なのに、何でこんなに緊張しているのやらと考えて、はたと気が付いた。いや、理解しているからこそなのか? 何しろ、妹同然だった松本に近寄る男に牽制と嫌がらせをかけまくっていた市丸を直属の上司に戴いている。俺に対しても、同様の警戒心を持って、機嫌を損ねまいと考えていても不思議じゃない。
 二人が実に真剣な顔をして唸り始めたので、俺は今日のところは追及するのをやめておくことにした。いい年した野郎がうんうん唸っているのは見苦しいし、阿散井が朽木妹に恋慕しているのも、吉良が桃を好いているのも俺は承知しているのだから、二人がどういう譬えで表現しようと本音を言えばどうでもいい。阿散井と同様のちょっとした好奇心に過ぎないのだから、それを聞いた俺が機嫌を損ねるとか、馬鹿にするとか、心配するのはいらぬことなのだ。
「宿題にしといてやるよ」
と俺は言った。
「明後日までに考えておけ」
 明後日は隊長格会議がある。そして、その後は総隊長主催の飲み会だ。その席で答えを聞くという俺の言葉に、阿散井も吉良もほっとした表情を浮かべた。執行猶予がついたとでも感じたのだろうか。まぁいい。明後日まで存分に悩め。さぞかし、素晴らしい答えが出て来るだろう。期待しているぞ。
 現金なもんで、当面の悩みから解放された途端、
「それで、日番谷隊長。どうなんッスか?」
と阿散井はわくわく顔を隠しもしねえで尋ねてきやがった。つか、他人の色恋にそんなに興味があんのか? それとも、朽木妹を口説く際の参考にしようという心積もりじゃあるまいな。こいつと朽木ルキアは付き合いは長いはずなのだが、確かに見ててもどかしいというか、現世の中学生かと突っ込みを入れたくなるような時がある。阿散井は見かけによらず純情だし、朽木ルキアはツンデレ(現世で覚えた)ここに極まれりって態度で阿散井に接しているからな。ま、阿散井に気の利いた口説きが出来るとは、俺もちょっと思えねえ。
 勿体ぶるつもりはなかったし、そんな御大層な回答でないのも自覚していたから、俺はすぐに答えてやった。
「『北極星』だな」
「…北極星、ッスか?」
「…えっと、そのココロは?」
 大喜利じゃねえっての。
「あいつは、俺にとって導きの星なんだよ」
と俺は説明した。
 天の北極にあって、動かぬ星。レーダーだのGPSだのが発明される以前、己の経験だけを頼りに海を航っていた現世の船乗りたちは暗い大海原にあって、北極星を目当てに自らの進路を定めていたという。死神だって似たようなものだ。瀞霊廷で仕事をする分には北極星なんざどうでもいいが、流魂街の荒野に出たとき、わけても三年ごとに行われる辺境への遠征の際には、北極星はやはり進路を定める重要な指針となる。
 姉さまを失い、抑える者のないまま無自覚に霊力を垂れ流し、挙句、大好きなばあちゃんを気づかぬうちに衰弱させてしまっていた俺に、
「死神になれ」
と道を示してくれた女。あいつと出会わなければ、俺はばあちゃんを殺していたかもしれない。行方不明の姉さまが死神だったことを悟れたのも、人間だった頃の俺と姉さまを殺したのが死神だと思い出せたのも、松本との出会いがあったからだ。
 それだけじゃない。
 十番隊の隊長に就任してからも、あいつは俺を導いてくれた。経験不足な上に、見掛けは餓鬼ガキ。就任直後の十番隊の動揺は大きかったが、それを抑え込んだのは俺ではなく松本だ。先の十番隊長・副隊長が揃って殉職後、急遽、三席から隊長権限代行の副隊長に昇格した松本は、以来ずっと、隊長不在の十番隊を纏め上げ、引っ張り続けていたのだ。そんなあいつが揺るぎなく俺に忠誠を示してくれたからこそ、隊員たちも俺を受け入れてくれたのだ。松本に対する信頼がまずあって、その上で、副隊長が信じる新任隊長を信じてみた、ってのが隊員たちの本音だろう。松本が俺を疑ったり、軽んじる素振りを見せていたら、俺はあんなに早く隊を掌握出来なかったに違いない。経験不足故に空回りしがちな俺を諫めたり、さぼるふりして息抜きさせたり、今思い返すと、当時の俺は松本の掌の上で完全に踊らされていた。だが、それも含めて、肩書だけではなく、本当の意味で隊に根を張った隊長に、俺を育て上げたのは間違いなく松本だ。
 あいつが行く道を示してくれたから、今の俺がある。
 だから、あいつは俺の北極星だ。
 松本が俺の空に輝く限り、俺は道をあやまたない。譬え海原に迷ったとしても、必ず進路を見い出せる。
「なるほど…」
 感に堪えたように頷く吉良。
「北極星ッスか。さすが日番谷隊長」
とよくわからない感心の仕方をしている阿散井。
 さて、俺は答えた。次はこいつらの番だ。
 俺は盃の酒を干すと、
「宿題の答え、楽しみにしているからな」
とにやりと嗤って、二人に念を入れた。

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 北極星

 8周年感謝企画第3話め。ちょっと趣向を変えて「君ヲ想フ」というシリーズのサブタイトルに募集タイトルを持ってきてみました。シリーズの冒頭は日番谷隊長一人称による「北極星」。クローバーさまから頂きました。ありがとうございます。
 このタイトルを見た瞬間、拙宅日番谷隊長にとっての乱菊さんだよなーと思って、割とさくっとネタは下りてきたのです。でもって、脳内でネタを捏ねまわしている最中に、この方向で何話かいけるのではと考えついてしまいました。そんなわけでシリーズ化。次はお察しの通り、恋次かイヅルです。

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2016.07.18