君ヲ想フ 〜あいつは俺の太陽〜


 定時で仕事を終え、副隊長舎へ戻る途中に吉良と出くわした。俺の顔を見るなり、吉良はいきなり尋ねた。
「宿題の答えは考えたのかい?」
 へ? 宿題って、何のことだよ? 訳が分からずに怪訝に見返した俺に、吉良は眉を顰めて続けた。
「まさか忘れているんじゃないだろうね?」
 だから、何を?
昨夜ゆうべ、日番谷隊長に言われただろう?」
 昨夜? …昨夜って? 日番谷隊長に何を言われたって? ええっと、昨夜は飲み屋街で珍しく一人で歩いている日番谷隊長と会ったんだったよな。檜佐木さんも丁度いなかったし、だから、誘って一緒に呑んだ。うん、そこはばっちりと覚えている。飲み屋では例によって、日番谷隊長が奢ってくれて、ラッキーとばかりに呑んで、ええと…、それから? ええっと…。
「あっ!!」
 思い出した。そうだ、俺は日番谷隊長に、あの人にとっての乱菊さんってどんななのか質問して、そんで、俺にとってのルキアは何だって逆に訊かれたんだった。その場で答えられなかった俺に、
「宿題にしとくから、明後日までに考えておけ」
と日番谷隊長はおっしゃって…。
「忘れていたんだね」
 呆れ顔の吉良。ハイ、そーデス。今の今まで忘れてました。
「回答期限は明日だよ。『忘れていました』で終わりにしてくれるほど、日番谷隊長は甘くないと思うけど」
「だよな」
 そうだった。明日の隊長格会議の後の宴会の時までに考えねえとなんだ。自分が答えた以上、日番谷隊長は絶対に俺たちにも回答を求めるに決まっている。
「ンで、吉良は考えたのか?」
「当然だろう? 阿散井くんと違って、僕は気楽に答えられる立場じゃないんだ。もう必死だよ」
 あー、そうか。何たって日番谷隊長は雛森の幼馴染だもんなぁ。日番谷隊長が乱菊さんとくっついて、あくまで幼馴染で恋敵じゃないと判明したことは吉良にとって幸いだった。けども、家族を敵に回すわけにはいかねえか。今んとこ、吉良のことを応援してるっぽくはあるが、日番谷隊長が雛森を大事にしているのは相変わらずだから、迂闊なことを言ってへそを曲げられると厄介だってことも分かる。
 その点、ルキアは日番谷隊長とそこまで接点がないから安心だ。同じ氷雪系同士ってこともあって、ルキアが日番谷隊長をすげえ尊敬しているのは知っている。日番谷隊長の方も先遣隊の関係もあってか、他隊の隊員としては割とルキアに目を掛けていると思う。でもそれだけだ。それ以上、踏み込んで親しいわけじゃない。
「でも、阿散井くんもあんまり気楽に考えていると足元を掬われるよ。最近、日番谷隊長と朽木隊長、仲がいいみたいだし」
 吉良の指摘に、俺はざっと蒼褪めた。確かにそうだ。ここ最近、朽木隊長は日番谷隊長に対してかなり気易くなっている。先遣隊で現世に行った時に日番谷隊長は引率の上長だったからルキアが世話になったっていうのと、絢女隊長の弟だっていうのが大きな理由だ。朽木隊長に聞いた話じゃ、絢女隊長には奥さんの存命中にものすごく世話になったらしい。だから、朽木隊長は絢女隊長にとても感謝していて、あからさまに特別扱いをしている。その絢女隊長の弟だって判明したことで、朽木隊長の日番谷隊長に対する好感度は鰻上りって言ってもいい。あの人はああいう人なので、一見した態度は以前と変わらないようにも思える。だけど、副官として傍にいると分かりにくい朽木隊長の変化も目に付く。以前なら到底、耳を傾けなかったような日番谷隊長の意見を受け入れたり、軽い世間話程度なら雑談したりと、気を許している様子が垣間見えるのだ。それだけに非常にまずい。日番谷隊長経由で朽木隊長や、如いてはルキアの耳に入るかもしれねえ…。やばい。俺も下手な答えは返せない。

 吉良と別れて、副隊長舎に帰り着き、俺は頭を抱えた。朽木隊長や日番谷隊長みたいに学がない俺には、どんな言葉を使って譬えれば俺にとってのルキアが伝わるのか見当も付かなかった。
 朽木隊長にとって、奥さんの緋真さんは「春の陽溜まり」のような人だったそうだ。ルキアは緋真さんの妹だけど、性格はかなり違っている。少なくとも、「春の陽溜まり」なんつー穏やかな感じじゃねえ。気は強えし、かなり無鉄砲なところもあるし、色々危なっかしい。
 日番谷隊長は乱菊さんを「北極星」だと言っていたが、ルキアはそういう感じでもねえな。むしろ、それを目当てに進んだって意味じゃ、朽木隊長の方がよっぽど俺にとっての北極星だ。ルキアを攫っていったあの人に辿り着きたくて、あの人と対等になってルキアを取り戻したくて、俺はがむしゃらに進んでいたんだ。ああ、そう考えると北極星つーよりも、征服すべき山だったのかもしれねえ。尸魂界には高い山はねえけども、現世でいうとエベレストとかマッターホルンとか、そういう感じの無茶苦茶に高くて険しい断崖絶壁の山の頂上が朽木隊長だった気がする。
 ルキアは…、何だ?
 あいつのことはすげえ好きだ。あいつが朽木家の養女に望まれた時、引き留めることが出来ない自分の無力さが悔しかった。四大貴族の当主で護廷十三隊の副隊長なんて、霊術院にようやっと潜り込めたばかりの当時の俺には立ち向かうことさえ出来ないほど強大な敵に思えた。引き留めることであいつの幸せを奪ってしまうんじゃないかと今にして思えば独りよがりな考えで、俺は何も言えずにルキアの手を離した。そのくせ、朽木隊長に引き裂かれたように感じて恨んでいたんだから、俺もいい加減身勝手だ。ずっと…。朽木隊長と緋真さんとルキアの因縁を知り、隊長の本当の想いを見るまでずっと、俺にとって朽木隊長は目標であり、いつか倒すべきかたきだった。あの人を超えてルキアを取り返したいなんて滑稽で的外れな目的の為に、俺は必死になっていた。その頃の俺にとって、ルキアは理不尽に奪い取られた宝物だった。
 けど、「宝物」って…。今になってみると、何かしっくりこねえ。それに、そんなつもりは全然ねえけども、ルキアを宝物なんて言ったら、下手したら物扱いしてるって受け取られそうだ。第一、ルキアはおとなしく金庫にしまわれてくれるようなタマじゃねえ。俺に一方的に守られるのさえ良しとしないようなある意味、かなり漢前な女だ。もちろん、ルキアのことが大事だから何と引き換えても護りたいとは考えている。だけど、あいつがただ守られるだけのか弱い女なら、俺はあいつを好きにならなかったような気がする。意地っ張りで、勝ち気で、だけど一生懸命なルキアだからこそ、惚れているんだ。
 俺にとって、ルキアは…。
 大切な女。もう二度と失くしたくない相手。護りたい女。惚れた女。惚れられたい女。ルキアにはもちろん欲情するし、肉欲だけではなく、ずっと一緒に歩いて行きたいと思う。
 あああ、違う! 宿題は「譬えたら何か」だ。俺が日番谷隊長に振った質問もそれで、日番谷隊長は「北極星」だと答えた。俺が「惚れた女」だとか言おうもんなら、
「んなことは分かっている」
って一蹴されるに決まっている。二日も猶予をやったのに気の利いた答えが返せない馬鹿って思われてしまう。いや、馬鹿だとはもう思われているっぽいが、これが朽木隊長やルキアに伝わるのはいかにもまずい。やばい。うっわ、どうしよう。
 日頃使わない知恵を振り絞って、あーでもない、こーでもないと考える。答えが出ないまんま、夜も更けてきたし諦めて寝ようと布団に潜り込んだが、目が冴えて寝られやしねえ。

 知恵熱が出そうなくらい、うんうんと悩んでいるうちに、いつの間にか夜が明けたようだ。真っ暗だった部屋が、うっすら明るくなっていた。障子越しに差し込む陽の光に照らされて、箪笥や押し入れの襖やらの輪郭が少しずつくっきりとしていく。
「!!」
 突然、頭の中に閃くもんがあって、俺は慌てて飛び起きて室内をきょろきょろ見回した。
 茶色の箪笥。苔色の壁、藍絣の掛布団。障子の白。夜闇では分からなかった色や形が、太陽の光でくっきりと分かる。
 ああ、そうだ。ルキアと離れていた頃、俺の世界に色はなかった。味気ない暗がりにいて、ぼんやりと彼方にそびえ立つ険しい山を当てもなく目指していた。あの山を征服しさえすれば、ルキアを取り戻せるって、根拠もなく信じて。けど、今の俺の周りはきらきらした色に溢れている。彼方にぼんやりと霞んでいた山も、険しいけどちゃんとその姿を捉えられる。

     ルキアは俺の太陽だ。

 あいつがいるから、あいつの存在に照らされて、俺の周りは色彩に溢れて明るく輝いているんだ。そういや、あいつの「ルキア」って名前は「光」を意味する西洋の言葉から来ているらしい。やっぱり、太陽じゃねえか。

 日番谷隊長が俺の傍に腰を落ち着けたのは、檜佐木さんが雀部副隊長に呼ばれて離れた隙だった。日番谷隊長なりに檜佐木さんには気を遣っているんだと思う。
「宿題は出来たか?」
 日番谷隊長は明らかに面白がっているらしい顔つきだ。
「ええ、まぁ」
「聞かせろ」
 聞いてどうするんだとも思うが、それを言うなら、一昨日おとついの俺の問いだっておんなじだ。別に日番谷隊長にとっての乱菊さんが北極星だろうと、春の陽溜まりだろうと、綺麗な花だろうと、どうでもいいっちゃいいけども、唯、好奇心から聞いてみただけだ。だから、日番谷隊長が興味本位だったとしても仕方がない。
「あいつは俺にとっちゃ、『太陽』なんスよ」
と俺は答えた。
「そう考えた理由を述べよ」
 まるで霊術院の試験の問題を読みあげるように、日番谷隊長はおっしゃった。俺は少し離れたところにいる朽木隊長を気にしつつ、声を潜めて、今朝、夜明けの室内で感じたことを説明した。
「ふうん。阿散井にしちゃ、気の利いた答えじゃねえか」
と笑う日番谷隊長。俺にしては、ってどういう意味だ?
「日番谷隊長」
「何だ?」
「その、朽木隊長やルキアには言わないでくれませんか?」
「言うつもりははなからねえよ」
と日番谷隊長は呆れた様子で俺を見た。
「朽木に言っても仕方ねえだろう?」
 えーっと、どちらの朽木で?
「兄貴の方」
って、何で俺の考えていることが読めるんスか? だが、すぐに日番谷隊長は真顔になって俺に告げた。
「けどな、俺からは教えたりしねえけど、朽木妹にはそれ、言ってやった方がいいぞ」
「ルキアにッスか?」
 出来るわけねえ。恥ずかしくて死ねる。他人事だと思って、何を言っているんスか、日番谷隊長?
「『女は言葉を欲しがる生き物』らしいぞ」
 真顔のまま、日番谷隊長は続けた。
「らしいって、乱菊さんがそう言っていたんスか?」
「いや」
と日番谷隊長は首を横に振った。
「俺を男にした常盤屋の丸山花魁の教えだ。男はこっぱずかしいって言葉を惜しみがちだが、大事な相手であるほど言葉にして伝えろ、ってさ。言わなくても分かるはずってのは男の傲慢。女は分かっていても言葉にして想いを確かめたいもんなんだって、口を酸っぱくして諭された」
「そう…スか」
「その道を極めた海千山千の姐さんのありがたいお言葉だ。実際、松本はちゃんと言葉にすると喜ぶぞ。あんまりしょっちゅう言うのも重みがなくなってまずいが、たまには言ってやれ。お前みたいな口下手な奴から、今みたいなことを言われたら、朽木妹だって絶対に喜ぶに決まっている」
 そうだろうか。恥ずかしいことをぬかすな、って足蹴にされそうなんだが。
「ああ、朽木妹はツンデレだからな」
 ツンデレ…。日番谷隊長の口からそんな単語を聞こうとは。
「しかし、ツンデレには足蹴も愛情表現だって、阿散井も分かっているんだろう?」
「…まぁ…、それは…」
「なら、いつか言ってやれ」
と日番谷隊長は再び真顔でおっしゃった。
 なんで、そんなに真剣に、諭すようにおっしゃるんですか? はっ、もしや、乱菊さんを通じて、日番谷隊長にまでルキアの不満が伝わっているとかか? まさか、あいつ、そんなに不満を溜め込んでいるのか? でも、確かに、俺はちゃんとした言葉をあいつに言ってねえかも…。ひえっ。やばい、無茶苦茶にやばい…ような気がする。
 俺の焦りを見て取ったのか、日番谷隊長はふっと笑った。
「まぁ、頑張れ。言えたら報告しろよ」
 蒼褪める俺の肩を、ぽんと叩く日番谷隊長。あんた、絶対に面白がっているだろう?
 俺は深い落とし穴に嵌った気分で、大きな溜息を吐き出した。

******************************************

 あいつは俺の太陽

 8周年感謝企画第4話めは前回同様に「君ヲ想フ」というシリーズのサブタイトルで募集タイトルを使用。クローバーさまから頂きましたオリジナルのタイトルは「あなたは僕のお日さま」でしたが、恋次一人称小噺なので彼らしい言葉に置き換えて「あいつは俺の太陽」に変更しました。クローバーさま、ありがとうございます。
 このシリーズであと2話書く予定です。

駄文倉庫に戻る
「北極星」へ
「彼女に何度も恋をする」へ
トップへ戻る
2016.08.02