君ヲ想フ 〜夏草〜


 隊長格の宴会の最中、俺は雀部副隊長に呼ばれた。雀部副隊長はこんな宴会の時であっても総隊長に付き従っていらっしゃるから、必然的に総隊長の御前に寄ることになる。呼ばれた理由は隊務のことだ。現在の護廷で隊長が不在なのは九番隊だけだ。俺には隊長権限代行の資格が与えられてはいるが、実際、隊長ではない俺は両隣の京楽隊長や日番谷隊長の手助けを受けて、どうにかこうにかこなしているような状況だ。総隊長も、雀部副隊長も、そんな俺と九番隊を気にかけて下さっているのだ。
 総隊長たちに隊の状況などを雑談めいたノリで報告した俺は、砕蜂隊長が総隊長にお酌しにいらしたのを機に御前を辞した。宴会ではたいていつるんでしまう阿散井や吉良のところに戻ろうとしてやめたのは、あいつらが日番谷隊長と談笑中だったからだ。日番谷隊長はこんな宴会では京楽隊長や浮竹隊長とご一緒されていることが多い。阿散井たちのところにいるなんて珍しいことだ。俺が近付くことで会話を割ってしまうんじゃないかと遠慮したことに気が付いたわけでもないだろうが、狛村隊長と射場さんに声を掛けられたので、そのままそこに腰を落ち着けた。
 とはいえ、日番谷隊長にはお礼を述べなければならない。昨晩、日番谷隊長は次号瀞霊廷通信の締め切り作業に追われる編集室に差し入れを下さったのだ。四番隊特製の強壮剤と逢坂屋の櫃まぶし定食を人数分という豪気なものだった。
 昨晩の編集室は殺気立っていた。前の晩、その前の晩とすでに二晩続けて徹夜だった。食事だってまともに取っちゃいなかった。腹が空いたら惣菜屋で仕入れてきた出来合いのおにぎりを茶で流し込みながら編集作業を続けているようなありさまだったのだ。そこに届けられた食欲をそそるいい匂いを漂わせた櫃まぶし定食。その瞬間、編集員たちの目の色が変わり、誰から言い出したともなく休憩して、差し入れの夕飯を頂くことにした。
 忙しさについないがしろにしちまっていたけれど、食事というのはやっぱり大切なもんだと、あの時しみじみと実感した。瀞霊廷でも知られた鰻の名店、逢坂屋の櫃まぶしはここ数日ろくな飯を食っていなかった俺を含めた編集部員たちには五臓六腑に染み渡る美味さだった。小鉢のうざくや肝吸いまで堪能し、食後のお茶を啜る頃には殺気立っていた気分がすっかり落ち着いたのが分かった。気が静まったところで、皆で強壮剤を飲み、さぁあとひと踏ん張りだと気合を入れなおして編集作業の最後の追い込みにかかったが、その後の作業の捗ること、捗ること、食事前の殺気立っていた時には考えられないほどのものだった。そうして、編集を終えたのは、日付が今日に変わってから半刻はんとき余りを過ぎた頃だ。正直、三徹を覚悟していただけに、日を跨いでしまったとはいえまだ夜明けまで充分にときのある時分に作業が終わったのが信じられず、真夜中にもかかわらず、雄たけびを上げて喜び合った。疲れ切っていた俺たちは自宅や隊寮に戻る時間も惜しくて、その場で気絶するように雑魚寝しちまったけど、二日ぶりにぐっすりと眠れたせいか目覚めは悪くなかった。皆、あんなに順調に編集が終わったのは日番谷隊長からの差し入れのおかげだと理解わかっていた。殺気立ち、冷静な判断力を欠いた状態が知らぬ間に効率を落としていたのだ。だから、皆を代表して、編集長としてどうあってもお礼を言いたかった。
 射場さんたちと呑みながらも、俺は阿散井たちと日番谷隊長の話の途切れ目を窺っていた。
 少し離れていたので、会話が全部聞こえてきたわけじゃない。だが、どうやら三人は想い人を譬えたら何かという話題で盛り上がっているようだ。阿散井が何て言ったのか分からねえけど、日番谷隊長が、
「朽木妹にもちゃんと言ってやれ」
と勧めているのが漏れ聞こえた。うん、阿散井は何も言わねえからな。たまには言葉にしてみるのもいいと、俺も日番谷隊長に賛同するぞ。
 日番谷隊長は吉良にも雛森のことをどう思っているのか尋ねていらした。どうやら、日番谷隊長が雛森の相手として吉良を認めているらしいって噂は本当だったみてえだな。つか…。俺としては日番谷隊長の本命が雛森であればどんなに良かっただろうと詮無いことを考えずにはいられない。あの人が恋敵になると、そして、完膚なきまでに敗れ去ると、想像さえしていなかった一年前の俺を殴りたいくらいだ。

 俺はずっと乱菊さんが好きだった。
 乱菊さんは俺よりもずっと早くに霊術院に入学して護廷に入隊していたから、死神としては大先輩だが、実はそんなに年齢は離れていない。俺が霊術院を卒業した時点でも見た目年齢はちょい乱菊さんが年上ってくらいのもんだったし、今となっては外見年齢にほとんど差はない。外見的には釣り合いが取れていたし、護廷での地位だって副隊長同士。隊も隣で、飲み仲間で、随分と親しくしていたから、乱菊さんに恋い焦がれる有象無象どもにはかなり差をつけているって自負していた。同じ副隊長である射場さんも乱菊さんに惚れてはいたが、親しさの度合いから行くと俺の方が一歩進んでいた。だから、俺の方が勝っていると呑気に考えていたんだ。その頃、俺にとって、最大の敵は市丸隊長だった。幼馴染で、隊長職にあるあの人こそ、俺は目の上のたんこぶのように考えていた。実際、あの人は乱菊さんに好意を抱く男に(無論、俺や射場さんも含む)ことごとく牽制と圧力をかけて回っていたので、本命は乱菊さんだと見做されていた。一番有利な立ち位置にありながら、それでも乱菊さんとくっつかないのは市丸隊長の浮気性に乱菊さんが愛想を尽かしたからだというのが、大方の噂で俺もそれを信じ込んでいたんだ。
 全てが明るみになった今になってしまえば、噂なんて当てにならねえもんだとしみじみと思う。あの背筋も凍るような牽制と圧力の数々が、恋敵ライバルに対する嫉妬なんかではなく、可愛い妹にちょっかいを掛ける男に釘を刺そうっていうシスコン兄貴の保護者行動だと知って、脱力した男どもはどれくらいの数になるんだろう。あの人を恐れて腰が引けていた時点でその程度の男と判定され、保護者から認められるというおいしい特典を失っていたと、誰も気が付かなかった。そして、俺を含めた連中が、恋敵ライバルとしては眼中にもなかった穴馬ダークホースに、乱菊さんは易々と攫われてしまった。
 少なくとも一年くらい前まで、乱菊さんと日番谷隊長が出来上がると考えていた男はいなかったんじゃねえかと思う。確かに乱菊さんと日番谷隊長は仲が良かった。乱菊さんは、彼女に恋い焦がれる俺からすると鼻血ものの密着度大なスキンシップを日番谷隊長に繰り出していたし、自分のことをするついでだと笑いながら、食事とか洗濯とかの明らかに副官の範疇を超えた世話焼きも行っていた。
 一方、日番谷隊長は日番谷隊長で何だかんだと文句は言いつつ、乱菊さんにやたら甘くて彼女の我儘もたいてい叶えていた。隊長−副隊長ってのは互いの信頼感が大事だから、どこの隊でもそれなりに仲がいいけども、十番隊の親密さはちょっと特殊だった。そこに警戒感を抱けなかったのは、日番谷隊長の見た目に惑わされていたからだ。
 だって、一年前の日番谷隊長は子供だった。外見年齢は現世の子供換算で小学生。それも高学年ではなくて三、四年生くらいの体格だ。そりゃ、護廷の隊長なんて張っている天才児だったから霊力は無茶苦茶に高かったし、普通の子供には到底望めないほどの威厳も、貫禄も、思慮深さも備わったスーパーチャイルドではあったんだが。それでも、背丈は乱菊さんの胸ほど。しっかり筋肉がついているとはいえ成長途中の華奢な体つき。子供にしちゃ迫力ある低音とはいえ、成人男性とは明らかに異なる声音。全てが子供の記号を示していた。対する乱菊さんは見かけの年齢なら二十代半ば。妖艶な美貌とグラマーな肢体は時と場合に応じてはそれよりも大人っぽい雰囲気を醸し出すこともあった。だから、いくら乱菊さんが豊満な胸でぎゅうぎゅうと日番谷隊長を抱きしめようとも、嬉しそうにあの人に食事を振る舞おうとも、傍から見ている限りでは歳の離れた姉が弟にじゃれ付いたり、世話焼いているようにしか思えなかったんだ。
 だのに、日番谷隊長はほんの二月余りでまるで昆虫が脱皮変態するように素早く、一足飛びに大人になったのだ。
 昨夏の尸魂界を揺るがせた叛乱の勃発直後に先遣隊として現世へ派遣された日番谷隊長たちは、帰還の際、一人の女性死神を伴っていた。その女性は俺が護廷に入隊したての新人だった頃に、五番隊で第三席を務めていた如月絢女さんという人で、乱菊さんの同期の親友だった。俺の入隊から数年後に討伐中の不幸な事故で亡くなったと聞いていた彼女は、実は現世で生存していたのだ。先遣隊によって発見されて瀞霊廷に戻ってきたのだが、この人がなんと日番谷隊長の実姉で、しかも日番谷隊長は姉に封印されていたせいで実際より八十年ほど成長が滞っていたって…。聞かされて、「なんじゃ、そりゃ」って叫びたくなったのは、絶対に俺だけではなかったはずだ。しかも、彼女が弟に施した封印は未だ有効で、日番谷隊長は霊力を制限された状態にもかかわらず隊長に就任したって、あまりのことに笑うしかなかった。そうして、姉の絢女さんによって封印を解かれた日番谷隊長はみるみると霊力を跳ね上げ、同時に滞っていた成長まで回復してしまった。現世十歳児相当だったのが小学校高学年に、中学生相当にと変貌を遂げ始めた時、俺は初めて焦りを覚えた。
 もともと、子供の姿の時から、日番谷隊長は整った綺麗な顔だちをしていた。だからこそ、写真集だって現世アイドル張りに売れていたし、成長した暁には朽木隊長とタメを張るようなイケメン美青年になること間違いなしとの呼び声も高かった。だが、イケメン青年になるのには、百年近くかかるはずだったのだ。それなのに、あっという間に日番谷隊長は思春期の美少年になった。え、次は高校生くらいになって一護と並ぶのか? まさか一護を追い越して二十歳相当くらいまでいっちまうか? そしたら、どう考えたって水も滴るようなイケメンじゃねえか。やばい、まずい、乱菊さんと釣り合いが取れてしまう。
 と、その時になって漸く、俺は危機感と焦燥を抱いたのだ。
 地位はすでにして十番隊長だし、実力はいわずもがな。子供の形の頃から、すげぇ漢前で面倒見の良かったあの人が大人の体躯を手に入れ、成長予想通りのイケメンになっちまったら、女なんて入れ食いだろう。乱菊さんだって、うっかり、くらっといっちまうかもしれない…。
 そこまで回想して、俺は苦い笑いを零した。向かいで飲んでいた射場さんと狛村隊長が、
「どうした?」
と訝しげな視線を投げてきたのを、俺は曖昧に誤魔化した。

 そんな頃に危機感を持っても、もう遅かったんだ。
 何故なら、その時、すでに乱菊さんの心は日番谷隊長に落ちていたのだから。
 乱菊さんの兄を自任する市丸隊長によると、俺たちが子供だと、乱菊さんの恋愛相手にはなり得ないと高を括っていた十歳児相当の日番谷隊長に、乱菊さんは自覚を持たないまま恋をしていたそうだ。姉弟のじゃれあいにしか見えなかったスキンシップは無意識の求愛行動、食事をはじめとした日常生活のあれこれの面倒を見ていたのだって、姉の世話焼きではなく、惚れた男に尽くしていただけだなんて、そりゃ、急成長を始めた段階で焦ったって遅過ぎるわな。
 しかも、日番谷隊長の本命は雛森だと信じ切っていた周囲をよそに、あの人は乱菊さんを選んだ。こちらも成長したから子供っぽい雛森から色っぽい乱菊さんに目移りしたとかじゃなくて、最初から乱菊さんが好きだったらしい。あれだけ「雛森、雛森」言って気にかけていたのも、単に仲の良い姉妹を家族として大切に守っていただけなんて、なんかもう、俺は何を見ていたんだろう。本当に、自分に都合のいいようにしか物事を捉えていなかったんだなぁ…。
 俺の方が付き合いが長かったとか、早く知り合っていたとか、意味のない繰り言にしかならない。恋愛は早い者勝ちではないのだから。むしろ、早く知り合っていたという利を活かして、さっさと乱菊さんを惚れさせることが出来なかった以上、俺の負けだ。
 諦めなければならないんだと理解している。だって、乱菊さんは俺を選ばなかった。乱菊さんと日番谷隊長は相思相愛で、美男美女だから見た目もそりゃあお似合いで、お互いの信頼感というか絆も強くて、割り込む隙なんてこれっぽっちもありゃしない。それに、すんげえ悔しいけども、乱菊さん抜きに男として単純比較したって、俺は日番谷隊長にまるで勝てない。
 副隊長の俺に対して、隊長のあの人。地位も実力も届かない。容姿もそうだ。俺だって絶対に醜男じゃないし、どっちかといえば顔はいい方だって自認してるけども、日番谷隊長は文句なく誰が見ても美形だ。やや女顔のきらいはなきにしもあらずだが、中性的な顔だちの日番谷隊長がきりっと引き締まった表情を浮かべているのを見ると、同性の俺でも「何か色っぽくてかっこいいな」ってうっかり思っちまうくらいなんだから、女の目から見れば俺との差は歴然としているだろう。隊長だけに金銭面でも甲斐性はあるし、性格は真面目で漢前だし、どう考えても、俺が勝っているところは背丈以外にない。
 日番谷隊長がいっそ、嫌みな男だったら良かったのに。そしたら、憚ることなく嫌えた。憎めた。乱菊さんの男の趣味の悪さに「呆れる」って形で、気持ちにケリを付けられたかもしれない。だけど、日番谷隊長は面倒見が良くて、隣の隊だってだけで九番隊のことを気にかけてくれるし、修羅場っている瀞霊廷通信部に差し入れして下さるほど気配りの行き届いた人だし、だから俺は恨むことも出来ずにいる。

「雛森を忘れられなかったか?」
 日番谷隊長が吉良に尋ねた。確認するような問いに、
「おっしゃる通りです」
と吉良が答えているのが聞こえた。
 どうやら、吉良は雛森のことを『星の王子さま』という現世の童話に出て来る薔薇の花に譬えたようだ。他人から見れば、なんでもないただの薔薇の花、けれど星の王子さまとやらにとっては唯一無二のかけがえのないたった一輪って…。
 俺はそっと目線を離れたところにいる乱菊さんに移した。乱菊さんは絢女隊長や雛森、伊勢さんといった女性隊長格ばかりが集まった一角にいた。何がおかしいのか、けらけらと笑いながら、伊勢さんの背中をばんばんと叩いている。叩かれた伊勢さんが顔を真っ赤にしているところを見ると、京楽隊長のことで揶揄っているのかもしれない。
 屈託のない乱菊さんの笑顔に、やっぱり好きだと、つい考えてしまう。諦めなくちゃならないと、頭では分かっていても、心は素直に従っちゃくれない。
 そうなんだよな…。女は何も乱菊さん一人じゃない。そもそもこの宴席にいる護廷の隊長格の女性からして、とびきりの美人ぞろいだ。なんでだろう? 決して昇進の条件に容姿が入っているわけではないのに。知的美人の伊勢さん。可愛らしい雛森に、清楚系美人の絢女隊長。ミステリアスな涅副隊長、大人の色香漂う卯ノ花隊長…と綺麗どころばっかり犇めきあっている中で、何故か俺の目は乱菊さんを捉える。乱菊さんだけが光輝いて見える。
 諦めようとあがいても、決して消えてくれない俺の乱菊さんへの想いは、まるで真夏にはびこる雑草のようだ。刈っても刈っても、夕立の一つでも降れば翌日には背を伸ばす、したたかで生命力旺盛な夏の雑草みたいに、どんなに刈ってもやっぱり好きだと心は膨らんでしまう。
 俺はこっそりと溜息を吐き出すと、射場さんたちに会釈して席を立った。
 どうやら話が一段落したらしい日番谷隊長たちの様子に、割って入って礼を述べるなら今だと考えたのだ。

 声を掛ければ、日番谷隊長は静かに顔を上げて、俺を見た。
「ああ、邪魔している」
 そうおっしゃったのは阿散井や吉良の傍が俺の定位置だと思ってらっしゃるからだろう。
「昨晩は差し入れをありがとうございました」
「いや…。阿散井たちから徹夜だって聞いたからな。ちったぁ効いたか?」
「おかげさまで。強壮剤もですけど、ここんところ、碌な飯を食っていませんでしたから、逢坂屋の櫃まぶしには皆、驚喜してました」
「大げさな」
と日番谷隊長は笑うけれど、別に大げさでもないんだがな。
「で、終わったのか? 徹夜明けで宴会とかつらいんじゃねえのか?」
「いえ。昨晩は三徹は免れました。雑魚寝でしたけど、ぐっすり眠れたので、大丈夫です」
「おう、そうか。檜佐木に倒れられちゃ、九番隊は回らなくなるからな。あんまり無茶はするなよ。言ってくれりゃ、いつでも手助けする」
 ほらな。こうやって、気を遣ってくれるんだよな。
「はは、大丈夫ですよ。それにこれくらいで根を上げていたら、乱菊さんにどやされます」
 十番隊は先の隊長と副隊長が揃って殉職した時、急遽、乱菊さんが三席から繰り上げで副隊長に就任したのだ。しかも、いきなり隊長権限代行なんていうとんでもない肩書付きで。その当時の乱菊さんに比べたら、
「俺なんか、すげぇ恵まれているって思いますよ」
 盲目の東仙隊長に仕えていた俺はすでに隊長の権限を代行することに慣れていた。もちろん、完全不在の現在と隊長が盲目故に一部を代行していた以前とじゃ、責務の重さがまるで違うのは間違いない。けれども、右も左も分からない状態でいきなり隊長権限代行せざるを得なかった乱菊さんとでは、比べ物にならないくらい大変さが違うはずだ。それに、俺の場合は両隣は八番隊と十番隊だ。どちらの隊長も面倒見がいいから、俺が困っていたら頼まなくても手を差し伸べてくれる。一方、副隊長就任直後の乱菊さんが頼るべき十番隊の両隣は、言うまでもなく東仙隊長がいた頃の九番隊と更木隊長率いる十一番隊だった。十一番隊ははっきり言って、戦闘以外には何一つ期待できない。また、東仙隊長は当時は叛乱の意思をひた隠してよき隊長を務めていらしたから、手助けする意思はあったかもしれない。だが、やはり盲目が壁になって、他隊まで手が回らなかったのが実情だろう。俺の先代の副隊長はかなり十番隊に気を配っていらしたから、席官だった俺もよく応援に駆り出されたものだ。それでも、隊長が手助けして下さるのと、副隊長しか助けてくれないってのは全然違う。片隣の副隊長の補佐しか望めなかった当時の十番隊を慮れば、両隣の隊長が積極的に助けて下さる今の九番隊がどれだけ恵まれているかが良く分かる。
「俺よりも、もっとしんどい状況だった乱菊さんも踏ん張って、踏ん張って、日番谷隊長を迎えることが出来たんです。俺も頑張れます」
「そうか」
とだけ、日番谷隊長はおっしゃった。
 普段は明るくて、おちゃらけているけど、改めて乱菊さんは凄い女性だと認識した。乱菊さんへの雑草のように伸びて来る恋慕の想いは根気よく刈り続けて、いつか諦めなければならないと知っている。だが、この尊敬の気持ちは刈る必要なんてないだろう。
「ま、呑め」
と日番谷隊長が手ずからお酌して下さった酒を干して、俺はほろ苦く微笑った。

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 夏草

 8周年感謝企画第6話め。「君ヲ想フ」シリーズの第4話です。「君ヲ想フ」シリーズはこれにて完結。今回のタイトルは白さまの投稿による「夏草」を採用させて頂きました。白さま、タイトルのご提供ありがとうございます。
 原作は完結してしまいましたけど、それでもって拙宅は独自捏造設定が多すぎて、原作とはすっかりかけ離れてしまいましたけど、パラレル世界だとお考えの上、もうしばらくお付き合いくださると幸いです。

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2016.08.28