約束


 隊長格以外閲覧禁止の書類を他隊に届け、執務室に戻ると無人のはずの室内に誰かの気配があった。
 灰猫の柄に手を掛け、油断なく執務室を見渡す。途端に、にぃあ~、という猫の鳴き声がした。はっと声の方に視線を向けると、主のいない隊長執務椅子に黒猫が一匹、鎮座ましましていた。
「…夜一…さん?」
「正解じゃ」
 応えと同時に黒猫が消え、褐色の美女が姿を現した。肘掛に両肘をつき、足を高く組んだ、いわゆるエマニュエル座りのフルヌード美女に、乱菊はたじろく。
「何て格好をしてらっしゃるんです!」
 中庭に隊士の姿を見つけ、慌てて、乱菊は鎧戸を閉めようと窓に駆け寄った。
「結界を張っておる。慌てずともよいわ」
と、夜一が余裕綽々で乱菊を制した。
「は、あの…」
「外からはこの部屋は覗けぬし、部屋にも入れぬ。案ぜずともよい」
 そう言われても、落ち着かない面持ちの乱菊に、
「女同士じゃろう? 何を焦っておる」
「はぁ…」
 これが温泉の浴場というのであれば、夜一の言う通り、女同士だ。何も焦りはしない。しかし、結界で守られているとはいえ、白昼の執務室で素っ裸の女を目の前にすれば、同性であっても焦るのが当然だと、乱菊は思う。彼女は溜息をついて、戸棚に置いてある予備の死覇装を夜一に差し出した。
「女同士でも落ち着きません。せめて、これを羽織っていて下さい」
「仕方ないのう」
 夜一は面白くなさそうに、ばさりと死覇装を羽織った。
「あの、夜一さん。隊長は?」
 今日は冬獅郎の最後の霊力解放が行われる日である。詳しい刻限は乱菊にも知らされていなかったが、結界を担当する為に現世から呼ばれた夜一が十番隊執務室に現れたということは、解放は無事に終わったと見ていいだろう。
「うむ。無事に終わった。日番谷も、絢女も大事ないゆえ、安心せい」
 はっきりと言葉にして二人の無事を伝えられ、乱菊はほっと肩の力を抜いた。
「良かった…。隊長たちはまた眠って…?」
「日番谷はな。絢女は消耗しておるが目覚めたままでおるぞ。此度こたびは日番谷が自力で暴走を治めたからな」
「自力、で?」
「絢女が言うには、自力で治めてみせるゆえ手を出すな、と釘を刺されておったらしい。結界を張る白哉坊とわしに余計な負担をかけぬよう、絢女は氷龍が暴れぬように押さえただけじゃ。霊力は宣言通り、小僧が自ら制御してのけた」
「そうですか」
 乱菊は夜一に断って給湯室に行くと、茶を用意して、執務室に戻った。香り高い煎茶の湯飲みを渡すと、
「済まぬの」
と、夜一は早速に茶を啜った。
「卯ノ花の見立てでも、いつもの霊力消耗と成長が始まっただけのようで、案ずる必要はないそうじゃ。卯ノ花は山田花太郎とかいう席官を置いていった。日番谷が動けるようになるまで付いておる予定じゃ」
 花太郎の名に、乱菊は安堵を浮かべた。四番隊第七席の山田花太郎は攻撃や防御といった戦闘の為の能力は平隊士並みに近く、ほとんど当てにはできないが、治癒や救護については、上官である四~六席が揃って自分たちより上だと折り紙をつけるほどの高い能力があった。彼が側にいて看護してくれるなら、安心だ。
「絢女の卍解も、日番谷の霊力解放もどうやら間に合ったようじゃのう」
「ええ」
「後は、喜助と技術開発局じゃが…」
 藍染との決戦に備え、現世の浦原喜助と技術開発局が連絡を取り合い、準備を進めていることは乱菊も知っていた。具体的に何をしようとしているのかは、乱菊たちも聞いてはいなかったけれど。
「いよいよ、決戦、ですね」
 ぽつりと呟いた乱菊に、
「つらいか?」
と、夜一は問うた。
「ギン…、市丸のことですか?」
「うむ」
「そうですねぇ。つらくないと言えば嘘になりますけど、覚悟はとっくの昔につけていますから」
「そうか」
 乱菊は茶請けの大福をぱくりと飲み込むと、告げた。
「こんなこと言うと、アイツに酷いめに遭わされた朽木や一護は怒るかもしれませんし、修兵や射場さんや砕蜂隊長あたりには呆れられそうな気がしますけどねぇ。あたし、今でも、アイツのことが好きです」
 夜一の金色の瞳を見据えて、乱菊は続けた。
「敵になってしまいましたけど、ギンはあたしの命の恩人で、幼馴染で、家族でした。だから、やっぱり、アイツのことは好きです。嫌いになんてなれません」
 百三十年前、ギンが乱菊を拾ってくれなかったら、庇ってくれなかったら、今の乱菊はいない。おそらく、最貧区で惨めに死んでいたか、今でも泥を啜るような生活をしていたことだろう。
 やちるはよく、「あたしの世界は剣ちゃんがくれた」と言っているけれど、その表現を借りるなら、乱菊に世界を与えてくれたのはギンだ。彼に救われ、守られて、乱菊はここまで辿り着いたのだ。子供の頃、ずっと彼と一緒にいたいと願っていた。その望みは破れてしまったけれど、もし、許されるのであれば、乱菊は自分の世界にギンが存在し続けていて欲しかった。
「あたしは、この世界が好きです。絢女がいて、七緒ややちるや修兵がいて、十番隊のみんながいて、そして、隊長がいて…。あたしに世界を与えてくれたギンがこの世界を否定したって、あたしはみんながいる世界が好きなんです。だから、戦います。アイツがこの世界を壊すなら、あたしはこの世界を守る為に戦えます」
 乱菊にとって、ギンは親友であり、兄であった。そんな相手と戦うのは確かにつらい。それでも、彼は彼の信念で藍染に付き、乱菊は乱菊の想いで彼に従わず、この世界を守ると決めた。ならば、戦う。互いの信念を賭けて、信じるものの為に戦える。そして、争いの果てに、ギンの神鎗で乱菊の身が貫かれても、乱菊自身の手でギンの命を断つことになったとしても、悲しみ、苦しみはしても、後悔はしない。
「あたし、譬えギンに殺されたって、死ぬ瞬間まで、アイツが好きです」
 薄く笑んで、夜一は乱菊を見た。
「それでも、小僧のせなを護って戦うか」
「はい」
「良い眼をしておるな」
 迷いのない蒼い眸を覗き込み、
「小僧が惚れるはずじゃ」
と、夜一はにやりと笑った。途端に、ぼっと乱菊の頬が朱に染まる。
「ほう?」
 その反応に、おもちゃを発見した子供のように、夜一は目を輝かせた。
「なんじゃ、相思相愛か?」
「え、いや、あの…」
 あたふたと慌てる乱菊に、
「松本、おぬし、見かけによらず純情じゃのう?」
「えっと、その」
「まさか、初恋か?」
「違います!」
「それは残念。わしは日番谷の方は初恋と見たな」
 かあぁ、と乱菊の紅潮が深くなる。
「松本、胸まで真っ赤になっておるぞ」
 ばっと、乱菊は両手で胸を隠した。
「ゆうべ、日番谷が夜這いに来たじゃろう?」
「い、いいえ!」
「襲われなんだか?」
「お、襲われてなんかいません!」
「どうだかのう」
「ホントです!」
 完全に乱菊をおもちゃにして遊ぶ態勢に入った夜一に、乱菊は劣勢を覆せなかった。散々に乱菊をからかい、玩んで、ようやく満足したのか、夜一は再び黒猫に変じて、帰っていった。
 一人、執務室に残された乱菊は、
「あたしは戦える」
と、自分自身にもう一度宣言をした。
 この世界を守る為に、誰よりも大切な冬獅郎を護る為に、ギンと刺し違えることになったとしても、
「戦えるわ」
 乱菊はそっと、腰の灰猫を撫でた。

 何節にも分かれた大蛇が唸りを上げて襲い掛かる。
 だが、目標を捉える直前、吹き荒れた嵐が蛇尾丸を弾き飛ばした。四本の竜巻が独楽のように激しくぶつかり、蛇尾丸が絶叫を上げる。
「くそっ!」
 竜巻を避け、蛇尾丸が垂直に上昇した途端、巨大なかまいたちがすべての刃節をばらばらに裂いた。
「うわっ」
 蛇尾丸の刃節は、恋次の霊圧によって繋がっている。そこを切り裂かれれば、ダメージは恋次にも来る。態勢を直し、刃節を回復させた恋次が攻撃に移る直前、
「そこまでじゃ」
 夜一が宣言した。
「な!」
「後ろを見てみろ」
 言われて背後を振り返ると、気配を完全に断った鷺姫の嘴が恋次の頚動脈を狙っていた。
「嘘…だろ?」
 呆然と呟いた恋次に、
「見た目に騙されて、侮っておるからじゃ」
「別に、侮ってなんかいませんよ!」
「でも、本気を出していなかったでしょう?」
と、ゆっくりと近づいてきた絢女が反論した。
 恋次は無言で見返した。決して侮ったつもりも、手を抜いたつもりもなかった。しかし、この一見、淑やかで清純可憐な美女相手に本気で襲いかかれなかったのも事実である。結果、不覚を取ってしまったのだから、これが戦場であれば致命的な過ちとなる。
 肩で息をしている絢女を見遣り、
「おぬしの場合、制御には何の不安もないようじゃな。問題は持久力じゃ。この程度の戦闘で息が上がるようでは、卍解を長時間持続させるのは難しいの」
と、夜一は告げた。
 藍染との決戦において、絢女は戦闘力を期待されてはいなかった。彼女に求められたのは秋篠の卍解により、鏡花水月の完全催眠を無効化することだった。藍染が死亡、もしくは護廷側に完全に拘束され鏡花水月を発動できなくなるまで、卍解を維持し、戦場を秋篠の風で支配すること。それが山本から絢女に下された命であった。
「はい。分かっております」
 卍解は膨大な霊力を必要とする。それだけに、卍解しているというだけでかなり消耗するものである。ましてや戦闘となれば、霊力の消費は著しい。戦線からは下がり、卍解の維持に努めるよう言い渡されている絢女であったが、戦局はどう転がるかは分からない。少しでも長く卍解状態を保てるように力をつけることが、今の彼女の急務であった。
「焦っても結果は出ん。少し休憩するとしよう。砕蜂がうまい饅頭を差し入れてくれたからな。茶を淹れてくれ」
(淹れさすのかよ!?)
「はい」
 恋次の心の突っ込みは知らず、絢女は命ぜられたままに茶の用意を始め、夜一は修行を見守っていた冬獅郎と花太郎の傍らに、泰然と座り込んだ。代わりに、花太郎が手伝いに立ち、恋次は絢女に気が引ける思いを抱きながらも却って邪魔になるのを悟り、夜一に倣って、冬獅郎の側に胡坐をかいた。
「日番谷隊長、筋肉痛の具合はいかがッスか?」
 ようやく半身を起こせる程度に筋肉痛と関節痛が回復した冬獅郎が顔を顰めて、恋次を見た。
「今なら、おまえでも殺れるぞ」
 おまえでも、という表現に微妙に引っかかりを感じつつ、恋次は、
「でも、これで最後ッスから」
と慰めの言葉を口にした。
「ああ、最後でよかった。毎回、毎回、泣きが入るくらい痛かったからな」
「背、伸びたんスよね。どんくらい、でかくなりました?」
「測ってねぇから分からん。まだ立てねぇから姉さまと背比べもできねぇし」
「その前で、乱菊さんと並んでましたから、確実に、乱菊さんは抜いてるでしょう?」
「抜かしてねぇと困る」
「惚れた女子おなごより背が低くては、格好がつかぬか」
 冬獅郎の言葉尻を捉えて、夜一がからかおうとした時、
「あまり、苛めないでやって下さい」
 香ばしいほうじ茶の湯飲みを差し出しながら、絢女が微笑んだ。
「はい、阿散井くんも」
 夜一が砕蜂からの差し入れだと言う饅頭の箱を出した。
「蕗屋のじゃないスか」
 甘党の恋次が目を輝かせた。瀞霊廷でも老舗の菓子舗で、特に大福餅で有名である。
「姉さま、ここの大福、好きだったろ?」
と、冬獅郎が絢女を見たので、絢女は頷いて肯定した。
 箱を開けると何種類かの大福餅と饅頭が納まっていた。
「懐かしいの。よう、砕蜂と隊舎を抜け出して買いに行ったものじゃが」
と言いながら、夜一は金胡麻大福に手を伸ばした。
「砕蜂は、今、絢女が手にしておる梅大福が大好物でな。そればっかり、食うておったわ」
「でしたら、片がついて砕蜂隊長にお礼に伺う時には、この梅大福をお持ちしますね」
「そうしてやってくれ」
 片がついて、生き残れたら。
 この戦いが護廷側にとって、かなり不利であることは誰もが感じていた。藍染たちは長い時間をかけて準備を整え、満を持して反乱に踏み切ったのだ。護廷の戦力は正確に藍染に知られており、一方、護廷が持つ破面側の情報は一護や恋次がもたらした断片的なものだけである。だが、その断片的な情報さえも、破面の戦力が護廷の予測以上に充実していることを知らしめていた。だが、逃げるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
 運命が決するその日に笑えるように、休憩を終えた絢女は立ち上がり、恋次もそれに従った。
 夜一、冬獅郎、花太郎が見守る中、修行は再開された。

 あたりはすっかり寝静まっていた。
 現世は夜更けても照明が眩しくて、ろくに星が見えなかったけれど、尸魂界の夜は星が美しい。今晩は月がなく、闇が深い分だけ、星の輝きが増しているようだった。
 明るい天狼星シリウスを見つめながら、乱菊は冬獅郎を待っていた。
 成長に伴う体の痛みから冬獅郎が回復したのを確認して、山田花太郎は地下空間から引き上げた。彼はその足で十番隊舎を訪れ、乱菊に冬獅郎らの様子を詳しく語った。冬獅郎は最後の霊力解放でまた少し成長して背が伸びたことや、乱菊のことをとても案じていたこと。絢女の修行は着々と進んでいること、などである。
 その際に、花太郎から具体的な伝言を受け取ったわけではない。
 けれども、どうしてか、今宵、冬獅郎が会いに来てくれるような気がしてならなかった。
 冴え冴えと一際強いきらめきを放つ天狼星は、まるで、冬獅郎のようだ。
 女の勘が外れて、彼が来なかったとしても、恋しい人によく似た星をぼんやり眺めて夜を過ごすのも悪くない、と乱菊は夜更かしを決め込んでいた。
 傍らの盆には、酒とつまみのかわきものが少々。
 熱燗にしておいた酒がぬる燗に冷えた頃、
「風邪ひくぞ」
 待ち望んだ声がした。
「隊長…」
 声の方に顔を向けると、庭の木蓮の傍らに白銀の影が佇んでいた。
「星見酒です。たいちょもどうです?」
「貰おう」
 歩み寄った冬獅郎は乱菊の傍らに腰を下ろそうとして、制止された。
「背比べさせて下さい」
「おう」
 すとん、と裸足のまま、庭先に降りた乱菊は冬獅郎のまん前に立つと、自分の頭に右掌を載せた。そのまま、掌を水平に動かしてゆくと、冬獅郎の額にぶつかった。
「一寸くらい高くなりましたかね?」
「そんなとこだろうな」
 改めて、濡れ縁に腰を下ろし、乱菊は杯を差し出した。受け取った冬獅郎はゆっくりと酒を口に含む。乱菊も黙って杯を傾け、二人はしばらく無言で杯を重ねた。
 酒が空になり、乱菊が、
「おかわり、用意しますね」
と徳利をつまもうとした時、冬獅郎の手が彼女を止めた。
「答え、出たか?」
 静かな問いに、
「はい」
と乱菊も静かに答える。
「聞かせてくれ」
 冬獅郎の唇を乱菊の唇がかすめた。言葉の代わりに、触れるだけの口接けを返した乱菊を、冬獅郎は抱きしめた。彼の腕の中で、乱菊が小さな声で、けれども、はっきりと、
「好きです。隊長」
と告げたのを聞いた。
「松本、おまえ、自覚するの遅すぎるぞ」
「気付いてらしたんですか?」
「正直、自信はあった」
「うっわ。それ、厭味ですよ」
「悪かったな」
 ほんの数ヶ月前まで、目線ははるか下にあり、乱菊の胸の谷間にすっぽりと顔を沈めてもがいていた少年から、包みこまれるように抱きしめられる不思議さに、乱菊は酩酊に似た感覚を覚えた。彼の腕の中は頼もしく、温かくて、心地よさにうっとりと乱菊は身を任せた。左手で彼女を抱きすくめたまま、冬獅郎の右手が闇の中でさえ輝きを放つ乱菊の髪を撫でた。
「松本」
「はい」
「おまえが欲しい」
 何の衒いも、誤魔化しもなく、まっすぐにぶつけられた言葉に、乱菊は顔を上げて冬獅郎を見た。
「藍染との戦いにけりがついたら、松本、おまえを全部、俺のものにしていいか?」
 それはともに生き延びる為の約束。
 おそらく、藍染一派との決戦は過去に類を見ない大掛かりで激しいものとなるだろう。その戦いに勝利する為に、生きて、明日の日を拝む為に、冬獅郎は未来を約束しようとしていた。
「はい」
 暗がりのせいで深緑に沈んで見える瞳をまっすぐに見据え、乱菊も迷いなく、肯定を返した。
 冬獅郎を愛していると気付いた。
 彼とともに歩むと決めた。
 覚悟を決めてしまえば、もう乱菊は迷わない。
 ずっと護り続けてきた「十」の文字を背負った背中を、これからも副官として命を賭けて護る。心から愛しいと思える、まっすぐで優しい男の傍らに、女として寄り添い続ける。
 乱菊の答えに、冬獅郎は抱きしめる腕に更に力を込めた。
 しばらくの間、乱菊はその腕に静かに納まっていた。だが、やがて、彼女は遠慮がちに冬獅郎の胸を軽く押した。冬獅郎の拘束が緩み、彼の腕に抱えられたままだったが、二人の間にわずかな隙間が出来た。
「隊長」
「何だ?」
「ひとつだけ、我儘をきいていただけますか?」
「何だ?」
「隊長はギンと戦わないで下さい」
 冬獅郎は一瞬、息を呑み、それから、
「松本」
と反論しようとした。その唇を乱菊の人差し指が塞いだ。
「隊長。ものの例えですから、怒らないで下さいね」
 前置きして、彼女は続けた。
「もし、雛森が藍染隊長をどうしても諦められずに、隊長も、吉良や恋次たち仲の良かった友達も、何もかも裏切って、藍染の許に走ったとして、あたしが裏切り者の雛森を殺すのを、隊長、耐えられますか?」
 冬獅郎の顔が強張った。
「隊長はあたしを好きだと言って下さいました。だけど、雛森は隊長の大事な幼馴染で、家族で、たとえ裏切られたとしても、隊長にとって大切な、大事な人でしょう?」
「…ああ」
「隊長は、あたしが雛森を殺すのも、雛森にあたしが殺されるのも見たくないはずです。そんなものを見るくらいなら、隊長が自分で雛森を殺した方がまし。違ってますか?」
「いや」
 緩く、冬獅郎は首を横に振った。乱菊の言いたいことは理解できていた。
「あたしも同じなんです。あたしは隊長が好きです。愛しています。これからもずっと隊長と生きていきます。でも、ギンは…。アイツのこと、隊長とは全然別の位置で、今でも好きです。アイツに拾われて、あたしは生き延びることが出来た。アイツに守られて、あたしはここに辿り着いた。アイツに出会わなければ、隊長にだって出会えなかった」
「…」
「だから、あたしは大好きな隊長が大好きなギンを殺すところを見たくありません」
 冬獅郎によってギンの命が断たれたとしたら、まかり間違って、ギンが冬獅郎を奪い去ってしまったら、乱菊は耐えられない。他の誰がギンに手をかけたとしても諦められる。だが、冬獅郎だけは駄目だ。
「あたしがギンを殺します。隊長はギンとは絶対に戦わないで下さい」
「分かった」
と、冬獅郎は頷いた。
「市丸とは戦わない。約束する」
「ありがとうございます」
「その代わり、おまえも約束しろ」
 乱菊はゆっくりと瞬きをして、冬獅郎を見つめた。
「必ず、生き延びろ。絶対に帰って来い」
「はい」
 唇が重なった。
 未来への誓いを込めて、貪り合うような口接けを交わす。
 天狼星が約束を見届けていた。

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2009.03.21