告悔
正面の巨大なモニターに映る映像を、護廷隊長・副隊長たちは凝視していた。
これから、大逆人・市丸ギンの裁判が始まる。本日は、ギンの初回尋問が行われることになっていた。
尋問者には八番隊長の京楽春水が指名された。尋問はギンが素直に話しやすいよう、京楽と二人きりの部屋で行われる。ただし、音声と映像は中央四十六室にリアルタイムで転送されることになっていた。新たに尸魂界全土から選抜、召集された四十六室の議員たちが、ギンの証言を吟味し、裁定を下すのだ。
中央四十六室の裁判はこれまで非公開で行われてきた。特別に重大な事件であれば、後になって審議の記録が一般にも公開されるケースもあったが、裁判そのものは非公開であった。今回、ギンの裁判が護廷隊長格にも公開されることになったのは、いくつか理由がある。ひとつには、前の中央四十六室が惨殺された事実があった。鏡花水月の能力を鑑みれば、譬え朽木ルキアの裁判が公開されていたとしても、事件は防げなかったかもしれない。だが、偽りの裁判に違和感を覚える者が出た可能性はある。また、非公開裁判であればこそ、藍染も中央四十六室皆殺しという思い切った手段を取ったとも考えられた。この反省から、秘密裁判の危険性が論議されたのだ。さらに、この一件は世界を揺るがす大事件で、護廷中がその経過を気にかけていた。そんな中で、中央四十六室のみで行う従来の非公開での裁きでは納得しない者も数多く出ると予測されたのである。
モニターが据えられた会議室には、各隊の隊長・副隊長に混じって、日番谷絢女が列席していた。いまだ十番隊預かりの彼女であったが、藍染率いる破面軍との交戦の際の功績多大ということで、特別に傍聴を認められたのだ。藍染に対するギンの裏切りに、彼女の存在が関わっている可能性が高かったことも考慮されたのかもしれない。
ギンが尋問室に入ってきた。
「痩せたわね…」
ぽつりと、乱菊が呟く。もともと細身の男だったが、今の彼はげっそりとやつれて見えた。だが、絢女には彼のやつれようよりも、諦念を滲ませる生気のない瞳の方が気がかりだった。
彼を連れて来た檻理隊が室外に退出し、部屋にはギンと京楽だけが残された。
ギンはちらりとカメラに視線を向けた。この部屋でのやりとりが中央四十六室に流れることは了解していた。だが、彼は隊長格にも公開されることまでは聞かされていなかった。
机を挟んで京楽と向かい合って座り、ギンは尋問開始を促すように、かつての同僚を見つめた。
「君の尋問はボクに任されていてね。惣右介くんの計画の全貌とか、最終的な目的とか、聞きたいことは色々あるんだけど、まず、市丸くんの事情を聞かせてくれないかな?」
「ボクの事情…て、何で藍染はんに従って反逆したかとか、何で土壇場で裏切ったかいうこと?」
「そう」
「そこから始めるて、京楽はんも相変わらずやなぁ。ええで。この期に及んで、隠しごとするつもりはないし」
「じゃあ、聞かせて。君が何故、惣右介くんに従ったのか」
「復讐」
「え?」
「ボクな。藍染はんに復讐するつもりで近づいてん」
「それは、どういうことかな」
京楽の問いかけに薄く微笑み、ギンは語り始めた。
あん人は、ボクから何よりも大事やったもんを奪っていった。せやから、復讐したかったん。
あん人に復讐する為に死神になって、五番隊に入って…。尊敬しとるふりして近付いて…。全部、復讐の為の計画のつもりやった。裏切るつもりで近付いたのに、いつの間にかふりが本気になってしもとったん。ほんまに尊敬して、藍染はんの為に働くのが生き甲斐みたいになっとった。大事なもんを奪われたことさえ、意識できへんようになっとって…。
惑わされとった? …鏡花水月に…?
どやろ?
そうかもしれへんし、違うかもしれへん。けど、もし、鏡花水月に惑わされとったとしても、そんなん言い訳にしかならへん。ボクは藍染はんに従って叛乱に加担してん。鏡花水月の能力も承知の上で近づいたのに、惑わされたとしても、それはボクの油断ゆうもんや。
言い訳にすらならへんなぁ。アホやっただけやもんな。
ただ、あの時 。
思い出したんや。あん人に取り上げられた大切な、大切なもんを。
ボクが現世でただの人間の子供やった頃、ずっと傍におってくれた女の子。
そうや、その子がボクの大事な、誰より大事な姫さんやって。
うん、覚えとるよ。他のことは全部忘れてしもうても、姫さんのことだけははっきり覚えとる。優しゅうて、お人形さんみたいに可愛らしい子やった。
姫さんに会うまでのボクはずっとひとりぼっちやった。日の射さん暗闇にひとりきりでおったん。それまで、どないして生きとったか、具体的なことは何にも思い出せへん。…けどな、姫さんに会う前のことを考えると、今でも奈落の底に落ちていくような感覚になるん。寒うて寒うて、凍えそうになるんや。
彼女がボクを救ってくれた。殺されかけとったボクの命を助けてくれて、介抱してくれて、居場所までくれた。ボクに笑いかけてくれたんも、ボクの為に泣いてくれたんも、全部、姫さんが最初やった。「ギン」いうボクの名前かて、姫さんから貰ろたもんや。
それまでのボクは名前がなかったん。周りからは「ばけもん」いうて、呼ばれとったらしい。「ばけもん」て呼ばれとった時のことは覚えてへんけど、姫さんに名前を聞かれて、「ばけもんや」て答えたんは覚えとる。周りはみんなそう呼んどる、他の名前なんて知らへん言うたら、姫さんなぁ、泣き出してしもて。そんで、そん時に、「ギン」てつけてくれたん。
「髪の毛がきらきらして、銀の糸みたいにきれいだから」
て…。ものすご単純やし。…彼女も子供やってからなぁ。凝った名前なんてつけられへんかったんや。人間の名前いうより、犬猫の名に近いかもしれへん。けど、嬉しかった。彼女から、
「ギン」
て呼ばれる度に、寒うてたまらへんかったのが、嘘みたいにあったかくなっていって…。この髪かて、気味悪い言われたことはあっても、綺麗や言うてくれたんは、姫さんが初めて…。多分…な…。
姫さんのお屋敷に連れてってもろうて、彼女の家来やったおっさんに引き取られて、ボクは生きる場所を貰ろた。
彼女の傍におられたらほんまに幸せやった。あったかくて、明るくて、あんなに居心地のええ場所、他に知らへん。
…姫さんを護って生きてゆくんやと思とったのに…。
…何があっても、どんなことがあっても護るて決めとったのに、それなのに、ボクは彼女を護れへんかった。
死神が…、襲って来たんや。
姫さんには弟がおって…。
うん、そうや。若さん。
もう、顔も名前も思い出せへん。けど、確か、姫さんと弟は歳が少し離れとったと思う。姫さんが弟を抱っこしとった姿、ぼんやり覚えとるし、ボクも負ぶって歩いたん、微かに記憶に残っとる…。まだ、えらい小さかって、そのせいもあったんかしれへんけど、彼女は弟のこと、ものすご可愛がっとった。
死神は若さんの魂魄を手に入れようとして襲って来たんや。
霊力が強い家系らしゅうて、姫さんも強い霊力の持ち主やって、けど、若さんは多分…、よう覚えてへんけど多分、もっと強い能力を持っとって。せやから、目ェつけられたんや、思う。
霊力は強かっても、若さんはまだほんまに小さかったから戦うことなんか出来ひんかった。姫さんが抱きかかえて逃げて、ボクも二人を護る為についていって、けど、死神と人間の子供や。逃げ切れるわけあらへん。
先に逃げ、言うたんや。ボクが死神を何とかするから、若さん連れて先に逃げって…。ボクも子供やって、逃がした先に別の死神が待ち伏せしとるなんて想像しきれんかったん。ボクらを追ってきた死神は、何とか倒した。あの頃は、ちょっと霊力が強いだけの人間の子供やったのに、よう倒せたと自分で感心するわ。多分、死神としては雑魚やってんやろな…。追っ手を倒して、彼女を追いかけて、けど、追いついた時には姫さんも若さんも殺されてしもうた後やった。
大きな銀杏の木のある林やった…。周りの木は全部なぎ倒されとったから、彼女の遺体は月あかりではっきり見えた。血まみれでなぁ。腰から下、のうなっとった。若さんが姉さんの胸に縋りつくようにして死んどって、血の匂いを嗅ぎ付けた野良犬が二人の体を喰ろとって…。野良犬、蹴散らして、穴掘って、二人を埋めたんまでは覚えとる。
…そのまんま、ボクも死んでしもたんやろなぁ。気ィついたら、流魂街のやたら治安の悪い場所に流されとったんや。
現世のこと、ほとんど思い出せへんのに気ィついた時は焦ったなぁ。ボクを引き取ってくれた養い親のことも、若さんのことも、どんどん記憶がおぼろげになっていって、顔も名前もなんも思い出せへんようになってしもて…。けど、姫さんの記憶だけは失くさへんかった。彼女のことだけはちゃんと覚えとった。
それと、ボクが倒した死神の最期の言葉 。
「あいぜんさま」
言うたんや、そいつ。
絶対に忘れへんて誓った。見つけ出して、姫さんを殺した償いさせんと気ィが済まんかった。それに、あいぜんさま、いうんが黒幕なら、姫さんの魂魄も捕まっとるかしれへん思た。どういうつもりで若さんを狙ろたのかは分からへんけど、弟と一緒に、もしかして彼女も捕まっとるかもしれへん、泣いとるかしれへん思た。
死神になろうて決めたんは、ボクらを襲ったのが死神やったからや。「あいぜんさま」の手がかりはそれだけやったから…。
…乱菊なぁ。
あの子を拾うたんは、まだ流魂街の最貧地区から抜け出せずにおったころや。盗んだ干し柿持ってねぐらに帰る途中に、倒れとったんが乱菊やった。
拾うつもりは全然なかった。自分ひとり生き抜くことに精一杯やったし、行き倒れなんて、あの辺りじゃしょっちゅう見とったし、足手まといはごめんやったから、放って通りすぎるつもりやって。けど、傍を通った時にひょっとみたら、一瞬、姫さんに見えたんや。
似てへんかってけどなぁ。…乱菊も姫さんに負けへんくらい別嬪な子ォやったけど、顔立ちも、髪や目の色も全然違とって、見間違える訳あらへんのに…。でも、何でか、姫さんに見えた。歳も、死に別れた時の彼女とおんなじくらいで…。もしかしたら、あの子もどこかでこんなふうに倒れとるかしれへんて思いついたら、いたたまれんようになって、気ィ付いたら、干し柿差し出しとった。ねぐらに連れて帰って、色々話してみたら、なんや口が悪うて、性格も違とるし、何で姫さんと見間違えたんや、って不思議やった。けどな、一緒に暮すようになって、すぐに理由が分かった。
乱菊と姫さん、よう似とったんや。外見とか、性格とかやのうて、魂がよう似とった。
情が濃くて、弱いモンに優しゅうて、自分のことより人のことばっかり考えてしまうトコとかなぁ、ほんま、そっくりやった。
乱菊はボクをあっためてくれた。姫さんを失くしてから、ずうっと凍えとったボクをあっためてくれた。
乱菊のことは、ほんまに愛しかったん。護りたい思て、幸せになって欲しいて願っとった。
何度かなぁ、復讐なんて諦めようて考えが頭をよぎったこともあったんや。乱菊を護らんならんのに、復讐なんて、乱菊を危ない目ェに遭わせてしまうんやないやろか、て…。復讐を諦めて、乱菊を護りながら転生の時を待っとれば、幸せなんは分かっとった。
けどなぁ、けど…。
やっぱり、ボクは諦められへんかった。姫さんをどうしても忘れられへんかった。暗闇と寒さしか知らへんかったボクを、お日さんの当たるトコに連れていってくれたんは姫さんや。彼女に会わんまんま殺されとったら、ボクは乱菊拾うことも出来ひんかった。だって、あったかいモンなんて、いっこも知らへんかったんやもん。ボクの中のあったかいモンは全部、姫さんに教わったもんや。どうしたって、諦められへんかった。
乱菊はほんまに大事やった…。せやから、ずっと一緒にはおられへん思た。
ボクみたいな、復讐することでしか前に進めへんアホな男の傍におったら、乱菊まで不幸せになってしまう。…巻き込んで、あの子みたいに死なせてしまうことになるかしれへんて…。
そんなん、嫌やった。
大切なもんを護れへんで失くすのはもう嫌やったから、乱菊が一人でも生きられるようなところに辿り着いたら別れようて決めたんや。訳を話せば付いて来るに決まっとったから、傷付けるの承知で置き去りにしてな。断腸の思いって、こういうのを言うんやとまで思いつめて別れたのに、霊術院で再会した時はがっくりきたなぁ。
…ああ、乱菊と別れるちょっと前やってけど、流魂街を見廻っとう藍染はんを見かけたことがあってな。たまたま目が合って…。
ぞっとした。
あん人に見られただけで、暗闇に引きずり込まれそうな気ィして、怖くてたまらへんかった。そいで、その時に、あん人の部下の死神が、
「藍染隊長」
いうて呼んだの聞いて。
あいつや、思た。
あいつが姫さん殺した「あいぜんさま」や、て確信した。羽織の背中の「五」の字を目に焼き付けて、絶対にあいつに辿りついて、復讐したるて誓って。だから、護廷に入る時、迷わず五番隊を希望したんや。
それからは、一刻も早く、あん人の側に辿り着きたい一心やった。側に行って、取り入って、信頼させて、あん人の狙いが何なのか突き止めて、最後の最後で裏切ったろうて。
ボクが味わった絶望を味わわせてやりたかった。大切なもんを失くす痛みを思い知らせてやりたかった。姫さんも、若さんも、あんな理不尽な殺され方するいわれなんてなかったんや。あの子が感じた苦しみを、いつかあのおっさんも味わえばええて、思とった。
それに、若さんの行方も突き止めたかったし、な。
二人は死神に殺されたんや。若さんは藍染はんに捕まっとるはずやから、ひどいめに遭うとるなら助け出してやりたかったし、藍染はんが狙ろた理由も知りたかった。その為にも、あん人には信用されんとあかんかったからなぁ、いつか見てろて思いながら忠義面して仕えとったんや。
は?
別に恨んでへんよ?
…ひどいなぁ。ボクは確かにどうしようもないアホやけど、いくら何でも、そこまでカスやないで。
霊力が強かったんも、藍染はんに狙われたんも、若さんのせいやない。姫さんが殺されたんは、確かに弟を庇ってのことや。けど、そんなん、可愛がっとった弟が襲われたんやもん。姉さんとして当たり前の行動や思うで。悪いんは藍染はんや。そこ間違えて、彼女の弟を恨むほど脳ミソ腐ってへん。
それにな。記憶は残ってへんけど、でも、ボクは若さんのことも好きで大事やった思うんや。
いっこだけ、若さんのことで、はっきり覚えてることがあって。
どういう状況で言われたんか、それは忘れてしもたけど…。若さんはボクのこと、
「守ってやる」
て言うてくれたんや。まだ、えらい小さかったはずやのに、「守ってやる」て…。
そない言われて、ボク、よっぽど嬉しかったんやろなぁ。その言葉だけ…、ほんま、どうせなら、顔とか、名前とか、もっと役に立つことを覚えておけばええのに、その言葉だけ覚えとるん。
うん。結果的には、ボクの目論見通りになったんやなぁ。
あん人が副官としてやのうて、ボクに執心するんは予想外やったけど、ボクにとっては好都合やった。あん人がボクに執着すればするほど、裏切られた時の絶望は深いはずやてほくそ笑んどった。裏切る日を待ち望みながら仕えとったはずやのに、いつの間にか、裏切れへんようになってしもて、な。
何で、て…?
ボクの方が知りたいわ。
姫さんのことは忘れてへんかった。それなのに、藍染はんが彼女を殺したことは忘れとった。何の為にあん人に近づいたのか、それさえ見失っとって…。せやから、ボクがあの土壇場で裏切るなんて、藍染はんも予測しきれんかったんやろなぁ。そうでなければ、あん人があないに簡単にボクの剣にやられるわけないねん。大体、ボク自身からして、直前まで裏切る気ィなんて、さらさらなかったんやもん。
ああ、そうかもしれへん。
やったら、すごいねんなぁ、秋篠は。
…百四十年ごしの復讐を忘れさせた鏡花水月を、一瞬で蹴散らしてしもたんやから。絢女を始末したがったんも道理や。
え、絢女?
ああ、乱菊の親友やったし、ボクが乱菊捨てた後、傷ついたあの子の側におってくれた娘ォやし、感謝しとったよ。
うん、同期で席次も近かったし、仕事でもたいがい迷惑かけとったし…。
いいや。結果として、絢女を庇った形になったかしれんけど、ボクは姫さんの仇をとりたかっただけや。
ああ、ただ…。絢女なぁ、話し方とか、雰囲気とか、どことのう姫さんに似とったんや。せやから、あの娘とおると姫さんが戻ってきてくれたみたいに思えることがあった。…そういう意味で、あの娘のことは無意識のうちに特別扱いしとったかしれへん。庇ったんも、姫さん護れへんかった償いみたいな気持ちがあったかもしれんな。
はぁ…?
ああ、違う。
何で、そないなこと言いだすん? それ、勘繰りすぎやで。
違うて。言うたはずや。絢女は確かにどことのう姫さんに似とった。せやから、ボクもあの娘のことはちょっと特別に思とったかしれん。けど、しょせん身代わりや。ボクの姫さんとは違う。無関係の赤の他人や。
ほんと、疑い深いなぁ。変に勘繰らんでほしいわ。ほんまに絢女は関係ないで。
弟…?
って、日番谷はんが絢女の?
…そう、なん?
そう…。そうなんや。
ああ、そういうことやってんな…。
言う、通りや。
ボクが護りたかった大事な姫さんは、絢女や。
これだけは刑場まで持っていくつもりやってけどなぁ。ままならへんなぁ。
日番谷絢女、な…。せや、「如月絢女」いうて名乗られた時、えらい違和感あってけど、それでか。
ん?
ああ、ボクに残っとる記憶の中では、彼女のこと、「絢女」か「姫さん」としか呼んでへんかったからなぁ、姓まではさすがに覚えてへんかった。
…うん、そうや。ボクを引き取ってくれたんは絢女の家来やった人や。絢女は主家のお嬢さんやって。
せやから、普段は「姫さん」。
けど、二人っきりでおる時は「姫さん」やのうて、「絢女」て名前で呼ぶ約束しとったんや。
あっ!
…ということは、日番谷はんが「若さん」?
うっわ、有り得へん! 有り得へんわァ。
記憶なくしとって良かったぁ。記憶あったら、いたたまれへんところやった。
けど、弟なぁ。どうりでよう似とるはずや。
…悪いことしてしもたな。まさか若さんやなんて考えてへんかったから、思いっきり嫌がらせしてしもたもんなぁ。
いいや。それはない、思とった。絢女の弟は藍染はんの計画の為の捨て駒にされたと信じきっとったし、百四十年も前に死んだ霊力の強い子供があないに小さいわけないて惑わされとったんや。そうや。ボクや絢女がこないに成長しとるんやもん、絢女と一緒に死んだ若さんも当然大きゅうなっとらな変や。せやから、日番谷はんが絢女に似とるんは、他人の空似や、て。あの娘と何の関係もあらへんのにどうして似とるんや、て。そう考えたら、えらい腹が立ってしもてな。
そうや。日番谷はんに嫌がらせしとったんは、ほんまに情けないけど、単なる八つ当たりや。あの子があんまり絢女に似とったから…。
霊術院で乱菊から紹介された時、今度こそ護ろうて誓っとったんや。
現世の記憶なんて残ってへんのが当たり前やし、絢女がボクのことを分からへんかったのはどうでもよかった。それより、初めてボクに会うた時に、
「懐かしい」
言うてくれたんが嬉しかった。記憶がのうても覚えててくれたんや、て、涙出そうになったんやで。もう二度と会えへん思とったのに会えて、それも、乱菊が引き合わせてくれるなんて、奇跡てあるんやなぁて思た。だから、今度こそ何があっても護ろうて、何と引換えにしてでも護ろうて決めとったのに、やっぱり護れへんかったから…。
せやから、日番谷はんの顔見るのつらかったん。似とるから…。
月あかりの下で見た絢女の死に顔を思い出して、一度ならず二度まで護れへんかった役立たずて責められとるような気ィして、つらかった。絢女はいつもにこにこしとって、眉間に皺よせた仏頂面なんて見たことなかったから、あの子が仏頂面をしとってくれたら、絢女のことを思い出さずに済んだ。嫌がらせして、厭味言うて、日番谷はんが不機嫌になるん見て、ああ、絢女やない、似てへんて、安心しとったんや。
ほんまに、とことんアホやなぁ。…あの子は絢女の忘れ形見やったのに。
姫さんが命賭けて庇っとった子が藍染はんの手ェにかかるんを、止めもせんで見とったんや。やっぱり、役立たずや。…日番谷はん、助かってくれて良かったぁ。あの子、死んどったら、申し訳のうて絢女に顔向けできひん。卯ノ花はんにはほんまに感謝せなあかんなぁ。
絢女が大虚に襲われて行方がわからへんようになった時、藍染はんの差し金やいうんはピンときた。秋篠の力を、あのおっさんは恐れとったからな。ボクから見れば、あん人と絢女の霊力の差は歴然としとって、いくら秋篠に幻惑を無力化する力があるいうたかて、鏡花水月まで無力化出来るとは思えへんかったけど、でも、藍染はんが正解やってんな。秋篠、鏡花水月を止めたもんなぁ。
いいや、あん人は自分の目的以外関心のない人やったから、絢女が百四十年前に自分が襲わせた子供の姉さんやゆうんも、ボクがその時に側におった子供やゆうんも、全然気ィ付いてへんかったで。ただ、藍染はんはボクにえらい執心しとってんから、ボクが大切にしとる絢女は別の意味で邪魔やったかしれへん。
え? ああ…。多分、やけど、日番谷はんがあん時の子供や、いうんも気付いてなかったん違うか? ボクと一緒で、日番谷はんのちっさい外見に惑わされとった、思うねん。
あー、でも、日番谷はんが隊長にならはった時、今くらいの大きさやっても、あのおっさんは気ィ付かんかったかもしれへんなぁ。あん人にとって、日番谷はんは自分の野望の為に利用しようとしたたくさんの子供のうちの一人に過ぎひんかってからな。日番谷はんとおんなじように襲われて、無理矢理に尸魂界に連れて来られた子ォは他にも大勢おったんや。子供を攫いに行った部下が下手を打って失敗したんも、ボクらの時だけやなかったらしいで。あのおっさんはいちいち覚えてへんかったやろ。
…何か、今更、むかついてきたわ。
あー、そやな。
うん。ボクは今の大きさやったら、若さんやてすぐ気ィ付いたと思う。日番谷はん、ほんま、絢女によう似とるもん。
しかし、まぁ、見事に育ちはったなぁ。今のが本来の姿なんやろけど、戦場で初めて見た時は、開いた口が塞がらへんかったで。何が起こったんや、て。そういえば、藍染はんもびっくりしてはったみたいやな。
うん、けど、乱菊と釣り合うようになったしな。良かったんと違う?
あ、目的?
ええと、まず、藍染はんが日番谷はんを襲った目的やけど、あん人は自分の思い通りになる兵隊を作りたかったんや。まだ、自我も確立していないくらい小そうて、霊力がやたら強い子供の魂魄を虚化してな。十刃や十刃落ちの中にも、日番谷はんと同じように襲われて殺されて虚化させられた揚句に破面になった子供の成れの果てが結構おったで。そうやって、あん人は自分の手駒を増やしていったんや。けど、その後、浦原はんが崩玉を生成しはったから、藍染はんの関心はそっちに移ったらしい。そうや、崩玉があれば、わざわざ人間の子供を襲って改造するなんて、面倒臭うて危険なこと必要ないから。
…いいや。
それは藍染はんの仕業やない。ボクがやったことや。
だって、絢女が行方不明になったんは事故やないもん。藍染はんは事故ということで収めたつもりやってけど、ボクはあれが事故やないて気ィ付いとったからな。三席まで務めた娘の記録がのうなっとったら、見る人が見れば不審に思うはずやて狙ろとったん。けど、結局、叛乱起こすまでだぁれも気ィ付かへんかったから無駄骨やったなぁ。
本題に入ろうか。
藍染はんの目的と計画の詳細やな。うん、知ってることはちゃんとしゃべるで。もう隠したいことはほんまに残ってへんから。
藍染はんの目的は 。
これで終いや。これ以上のことはボクも知らへんから、もう話せることはない。
なぁ。
いっこだけ質問してもええ?
絢女な、行方が分からへんようになってから、四十五年間もどうしとったん?
…そうなんや。夜一はんと浦原はんがなぁ。どうりで、絢女の霊圧、見つけきれんはずや。
ん? 自信あったんや。絢女が生きとってさえおってくれれば、どんなに霊圧が弱なっとっても見つけ出せるて。けど、どない捜しても絢女は見つからへんで、霊圧も全然感じられへんし…。せやから、なぁ…。
けど、浦原はんたちが隠しとったんなら、見つけられへんかったんも納得や。
絢女が生きとるか、死んどるかも分からんで、ずっとつらかったけど、結果としてみれば、よかったんやなぁ。
絢女がもし、もっと早うに目が覚めて尸魂界に戻とったら、藍染はんがほっとかへん。事故に見せかけるなんてまどろっこしい真似は諦めて、要あたりに言うて、すっぱり確実に殺しとったな。浦原はんが隠しとってくれたおかげで、藍染はんも彼女は死んだて安心しきっとったもんな。
はぁっ? 大川?
ボクが命じたて…。
違う。ボクやない。ボクはあの戦場で絢女を見るまで、あの娘が生きとったこと知らんかったんや。それなのに、抹殺命令なんて、出来るわけない。
第一、絢女を殺すには、大川じゃ、役者が不足や。
いくらあの娘が怪我しとったいうたかて、大川には殺せへん。絢女が霊圧解放したら、そんだけで、霊圧に中てられてふらふらなってまうで、大川は。
ああ、そうか。四番隊で霊圧解放なんてしたら、他の入院患者まで霊圧に中てられるから解放せんかってんな。姫さんらしいなぁ。
それになぁ、もし、絢女を殺せるだけの実力のある奴を尸魂界に残しとったとしても、ボクには「絢女を殺せ」いう命令なんて出来ひん。今度こそ、もう会えへん思とった娘ォが生きとってくれたのに、何で殺さなあかんの? それでも、もし、や…。もしも、藍染はんに逆らえんで、どうしてもあの娘を殺さんならんようになってしもたら、その時は絶対に他の人間にはやらせへん。ボクが自分で殺す。…ボクが殺して、そんで、絢女を殺したボクをボク自身で始末したる。
うん…。
覚悟は出来とるよ。
自分のしたことはよう分かっとる。
四十六室のお偉方を惨殺して、護廷を混乱させて。崩玉の器やったゆうだけで、ルキアちゃん、磔にしようとしたし、用済みになったルキアちゃん殺そうとして、朽木はんにも重傷負わせたもんなぁ。
日番谷はんと雛森ちゃんにも大怪我させてしもうたし、旅禍の子も殺しかけた。他にも、ボクらの計画に気付きそうになった警邏隊、何人も始末しとうしな。
覚悟は出来とる。
それに、ボク、もう思い残すことないねん。
最後の最後で、護れたから…。三度目の正直で、姫さんを護れたから、な。
だから、もうええ。
ボクみたいなアホな男、おらんようになった方がええん。
乱菊には日番谷はんがついとるし、大丈夫や。
絢女は…。
そやな…。姫さんの性格やったら、しばらくは気にするかしれへんなぁ。でも、もともと絢女にとって、ボクはただの同期の同僚でしかないんやから…。絢女の仇に与して、あの娘も、世界も裏切ったようなしょうもない男のことなんて、すぐに忘れられるはずや。
これからは、大きゅうなった弟が護ってくれるやろし、なぁ。
ボクはいらんのや。
いらんのや 。