相思
蒼い空の色を集めたような眸が、不安げにギンを覗き込んでいた。
「…乱菊?」
彼が呟くと、乱菊の表情がくしゃりと歪んだ。
「ギン~」
すっかりやせ細ってしまった彼の右手を両手で包み込むように握りしめ、泣き笑いで乱菊は名を呼んだ。
「良かったぁ…」
「ここ…?」
「四番隊の救護病棟よ」
乱菊の言葉に、彼はようやく状況を理解した。
「ああ、三十日経ったんや」
呟いてから、すぐに自嘲気味に続けた。
「それとも、もう狂うてしもて、都合のええ夢を見とるんやろか?」
「夢じゃないわ」
乱菊はきっぱりと否定した。
「ちゃんと現実よ。あんた、帰ってきたのよ。だいたい、これが狂ってしまったあんたが見てる都合のいい夢なら、あたしじゃなくて絢女がいるわよ」
「そういえば、そうかもしれへんな…」
「そーよ。今頃、あんたと熱烈抱擁でも交わしてるわよ。これが夢なら、ね」
「熱烈抱擁って、何や、それ?」
ふふ、と乱菊は微笑い、それから、僅かに表情を改めて、
「絢女ね。一昨日から現世に討伐に出てるの」
とギンに教えた。
「ああ、あの娘、五番隊長になったんやったなぁ」
「うん。五番隊はがたがたで、管轄地も今、ひどいことになっているから…」
隊長が反逆した三隊のうちでも、五番隊は副隊長までが傷ついて現場に立てない状況が続いていた為、特に隊の混乱が大きかった。管轄地の管理もまともに出来ていないありさまで、新隊長に就任した絢女は隊の建て直しと並行して、荒れた管轄地に出没する虚討伐の指揮に追われていた。
「今日であんたの刑が終わるから、本当は瀞霊廷にいたかったんだけど、そうもいかなくて…。でも、あんたが無事に帰ってきたことは連絡しておいたから。すっごく喜んでたわ。戻ったら、真っ先にお見舞いに行くって言ってた」
と、乱菊は笑顔とともに告げる。喜ぶと思いきや、帰ってきたのは、
「来んでええ」
という一言だった。
思いもかけない言葉に、乱菊は戸惑った。聞き違いかとギンを見返すと、
「来んでええ、て言うたん」
と彼は繰り返した。
「ギン、あんた、何を言っているの…?」
あんなに絢女のことが好きなくせに。彼女の為なら、命も捨てられるほど大事なくせに。
「絢女を苦しめとった藍染はんは死んだんや。日番谷はんも大きゅうならはって、もう絢女が命張って護らんでもええやろ。あの娘は自由になってええはずや。自由になって、幸せにならんと…」
「その通りよ。だからっ…!」
「ボクなんかに構とったらあかん」
と、ギンはきっぱりと言い切った。
「こんなアホな男に罪悪感から義理立てすることない。ちゃんと絢女を幸せに出来る男と幸せになって欲しいんや。ボクじゃ、あかん。せやから、来んでええ。…そう伝えたって」
反論しようとして唇を震わせた乱菊だったが、言葉は出てこなかった。代わりに、
「今言った通りに伝えていいのね?」
と確認する。ギンは首肯した。
「乱菊もこないなところで油売っとったら、日番谷はんから叱られるで」
「隊長が言ったのよ。今日はあんたの側に付いていてやれって」
と、乱菊は答えた。
「ずいぶん寛大やなァ」
「当たり前でしょ、うちの隊長よ? とことん漢前なんだから」
「なに開き直って惚気とるん?」
とギンは弱い苦笑いを浮かべた。
「乱菊」
「何よ」
「ごめんな。色々」
「いいわよ、もう。あんた、帰ってきてくれたし」
「うん、ごめん」
「いいって言ってるでしょ。しおらしいギンなんて、ものっすごく気味悪いわ」
乱菊の言葉に、ギンはもう一度、薄く笑った。
乱菊からの報告に、冬獅郎は呆れたという表情とともに溜息を吐き出した。
「俺が言ったこと、あいつ、ひとっつも理解してねぇな」
と首を振る。
「それで? 姉さまは?」
「『そう』って呟いたきり、執務机で固まっちゃいました」
という返答に、
「見舞い…。行けてねぇんだろうな」
と、冬獅郎は再び大きな溜息を零した。
来るな、と言われて本当に会いに行けなくなってしまうところが、姉の弱さだと冬獅郎は思う。現世で共に在った頃のギンを思い出せないことを、彼女は必要以上に気に病んでいた。
「あの二人、どうなるんでしょう?」
「さぁな…。姉さまと市丸の問題だから、俺にはどうしようもねぇ」
大切すぎて、まるで不可侵の女神ででもあるかのように絢女を扱うギンは、罪人である自分では彼女を苦しめるばかりで幸せに出来ないと思い込んでいるのだろう。絢女限定でこれ以上有り得ないほどに臆病になってしまう男と、諦めることに慣れきってしまった女は、互いを想う余りに却って噛み合わない。どちらかが殻を壊して踏み出さない限り、二人は平行線のままだ。
「なるようにしかならねぇだろ…」
「隊長って、お姉さん想いの割には醒めてますね」
微かに非難めいた口調になった乱菊に、
「醒めてるわけじゃねぇよ。心配してるんだ、こう見えてもな。ただ、こればっかりは…。姉さまも、市丸も、妙なところで頑固つうか、依怙地だからな。俺や松本がどんなに言ったって、あの二人の気持ちが納得しないことにはどうにもならねぇだろう」
と冬獅郎は嘆じた。
「そう…。そうですね…」
それきり、冬獅郎と乱菊は互いに黙り込んでしまった。
交わす言葉もないまま、時間だけが過ぎてゆく。
乱菊はこちこちと音を立てて時を刻む壁の柱時計に、ちらりと視線を走らせた。時計の針はすでに深夜と呼んでいい時間帯に入ったことを示している。もう、副隊長舎に戻る刻限だ。
「あたし、そろそろ帰りますね」
乱菊は立ち上がりかけた。が、その腕を、冬獅郎が掴んで止めた。
「隊長…?」
見返す乱菊に、彼は告げた。
「帰るな。泊まっていけ」
再び、沈黙が落ちた。
初めて、隊長舎で湯を使った。
冬獅郎から借りた夜着を纏い、乱菊は風呂場の鏡を覗き込んだ。
不安に震える女がいた。
「何て顔、してるのよ」
ぴしゃぴしゃと軽く頬を叩いて自らを鼓舞し、乱菊は男の待つ寝室へと向かった。
寝室の前で、しばらく躊躇う。だが、意を決し、彼女は襖を引いた。布団の上に胡坐をかいていた冬獅郎の眸が、彼女を捉えた。
「たい…ちょう…」
「突っ立ってねぇで入って来い」
口調がいつもにも増してぶっきらぼうなのは、彼も緊張しているからだろうか。そんなことを頭の隅で考えながら、乱菊は部屋に入り、冬獅郎の前に座った。
「あの、隊長…」
乱菊は口ごもりながらも呼びかけた。どうしても、伝えておかなければならないことがあった。
「何だ?」
「あたし、その…。初めてじゃないんです」
彼女の言葉に、彼は恬淡と、
「そうか」
とだけ言った。
「…申し訳ありません。初めてじゃなくて」
「謝ることじゃねぇだろう? 第一、それを言うなら、俺だって初めてじゃねぇ」
「がっかり、なさいました?」
上目遣いに、乱菊は冬獅郎を窺う。彼は、いや、とかぶりを振った。
「別に。予想通りと言えば予想通りだし、意外と言えば意外だと思っただけだ」
派手な美貌と豪放な言動で誤解されがちだが、乱菊が外見とは裏腹に身持ちの堅い女性であることを、冬獅郎はよくわきまえている。少なくとも、好きでもない男と遊びや気まぐれで寝ることが出来るような女ではない。彼女が男に身を任せるとしたら、それは本気で愛した相手しかあり得なかった。
冬獅郎が十番隊長に就いて以降に限れば、乱菊に恋人と呼べる間柄の男がいたことはないと、自信を持って断言できた。だが、彼女は死神として冬獅郎よりずっと長い経験があったし、男が放っておかないグラマラスな姿態と特別製の美貌の持ち主である。過去に一人も恋人がいなかったとはとうてい考えられないから、彼女が処女でないだろうとは予測していた。ただ、こと自分自身の恋愛関係についてのとんでもない鈍さや、ギンが彼女に言い寄る男にことごとく脅しをかけてまわっていたことを思い合わせると、存外、初めてかもしれないとも想像出来た。だから、意外にも感じたのだ、と冬獅郎は説明をした。
「ちなみに、参考までに訊きたいだけだが、俺は何人目だ?」
「隊長の前には一人だけです」
「そうか」
と、冬獅郎は頷いた。
乱菊はもじもじと俯いていたが、やがて、聞き取りにくい小さな声で尋ねた。
「あたしは…、何人目なんですか?」
「二人目だ」
乱菊の表情が強張った。
冬獅郎が花街に通っていたことは、本人からも告白されたし、彼の姉である絢女からも聞いた。それは霊力の封印と解放により、いびつな成長を余儀なくされてしまった彼の性欲処理の手段として、一種、緊急避難的な意味合いがあったことは理解していた。乱菊と想いが通じ合ってからは花街に足を向けていないことも知っている。だからこそ、逆に、花街に通っていた頃は複数の娼妓を相手にしていた、と乱菊は信じ込んでいた。どの
彼女の表情を見て、想いを見抜いたのだろう。
「あのな」
と、冬獅郎は言った。
「確かに、一人の妓しか相手にしてねぇが、別にそいつに気を遣ってたわけじゃねえぞ」
宥める口調で、彼は続けた。
「初めて京楽に連れられて花街に行った時、俺にはちゃんと好きな女がいるがそいつにまだ気持ちが通じてねぇってことを、京楽が揚屋の女将に説明したんだ。俺の好きな女は純情だから、彼女と結ばれる時にちゃんと優しくしてやれるように、女の抱き方の勉強に来たんだってな。そしたら、女将が、そういう事情なら若い妓よりもむしろ経験豊富な年増の方がいいだろうって、海千山千の姐さんを俺の
「…」
「さばさばした気っ風のいい姐さんだったが、今、思い出しても、あれは閨事なんて艶っぽいもんじゃなくて、半分方、講義みてぇな感じだったな。俺としても、そういう妓の方が気が楽だったから、授業を受けるようなつもりで、毎回、その姐さんを相手にしていたんだ。好きな女と首尾よくいったら礼に来い、なんて言われるような関係だった。だから、妓を気に入って通いつめていたってわけじゃねぇんだ」
「…」
「松本、俺が欲しかった女はおまえだけだ」
乱菊は我から、冬獅郎の胸に縋り付いた。彼の夜着の胸元をぎゅっと握りしめた彼女は、
「たいちょう…」
と小さな声で呟いた。冬獅郎が小さな子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いてやると、彼女は着物を握る指に更に力を込めて、顔を彼の胸に押し付けた。
「ありがとうございます」
かろうじて耳に届いた乱菊の言葉に、
「何のことだ?」
と冬獅郎は尋ねる。
「ギンのことです」
と、乱菊は返した。
「アイツのけりがつくまで、待っていて下さったでしょう…?」
乱菊が自覚した想いを冬獅郎に告げた日、彼は「藍染との戦いにけりがついたら、乱菊の全てを自分のものにする」と告げた。だが、戦いに勝利し、ともに生きて瀞霊廷に戻れたのに、彼は乱菊を求めようとしなかった。
十番隊隊長舎で寝泊りする姉の目を気にして、思い切れなかったわけではない。絢女は弟と乱菊の仲をむしろ積極的に後押ししていたし、敏い女であったから、彼が乱菊を望んでいると悟ったら、「友人と呑みに行く」とでも言い訳して外泊したに違いなかった。それに、絢女が五番隊隊長職を拝命し、改装を終えた五番隊隊長舎 藍染と絢女の関係を慮った五番隊は新隊長を迎えるに当たって、藍染の痕跡を払拭するかのように徹底的な隊長舎の改装を行った に移ってからも、彼は乱菊を求める素振りを見せなかった。
乱菊が「自分で殺す」とまで決心していたギンは、土壇場で藍染を裏切り、生きて護廷に拘束された。裁判の証言から、彼が復讐の為に裏切りを前提に藍染に近付きながら、鏡花水月に惑わされてしまったことが分かった。本気で背いたのではないと知った時、乱菊は彼に生きて欲しいと切に願った。惑わされていたとはいえ、彼の罪は重く、処刑されることは避けられないと頭では理解していても、乱菊は兄であり、親友であり、大切な家族であった男の生を祈らないではいられなかった。絢女や乱菊らの助命嘆願の結果、処刑の代わりに色絶無三十日の刑が下された時には、彼が生きながら死んでしまう恐怖に苛まれた。
刑が終わったら、きっと彼は廃人になっている。
不安を懸命に押し殺し、副隊長として気丈に振舞う乱菊の痛みを、冬獅郎は理解していた。ギンがどうなってしまうのか分からない状況で彼女を望むことは、苦しませるだけだと知っていた。
だから、待った。
もし、色絶無の刑により、ギンが廃人になってしまっていたら、理性を総動員し、花街の妓に頼ってでも、乱菊が立ち直るまで待ち続けただろう。しかし、ギンは廃人を確実視された刑に耐えきり、生還したのだ。もう、待つ必要はなく、そして、待てなかった。
「待って下さって、ありがとうございます」
こんなに自分を大切にしてくれる男に、ようやく、身を委ねることが出来る。
乱菊が礼を言い終わるのと同時に、額に口接けが落とされた。それから、瞼に、頬に、口許の艶ぼくろに、触れるだけの小鳥の啄ばみに似た口接けが降り注いだ。甘やかな陶酔が乱菊を満たしてゆき、思わず、吐息を洩らした時、唇が重なった。
「…う…ん…」
ふっくりとした乱菊の唇を冬獅郎の舌先が優しくなぞる。さらに唇の隙間からやすやすと侵入を果たした舌は、乱菊のそれを搦め捕った。執拗に貪られ、彼女は頭の芯が痺れる感覚に襲われた。襟の合わせから冬獅郎の手が差し入れられ、ふわっと乱菊の胸を押さえた。体温の低い手が、やわやわと彼女の乳房を玩ぶ。
「…ん…、や…」
呼吸が苦しくなって、乱菊は無意識で冬獅郎の胸を押していた。やっと唇が解放され、彼女は大きく息をつく。
途端に、ことんと彼女は押し倒された。
すぐ目の前に翡翠の眸があった。乱菊が息を呑んでいる暇に、右手で乳房を押さえたまま、冬獅郎は左手で器用に乱菊の腰帯を解き、引き抜くようにして放り捨てた。前が
冬獅郎が子供の姿をしていた頃、彼を数え切れないほど窒息させた乱菊の乳房は、「凶器」の名に恥じぬ狂暴なまでに圧倒的な量感を誇示していた。大きさだけで言えば、冬瓜をふたつ並べたほどもある。もちろん、形は冬瓜のようにだらしない楕円形ではない。きれいな円を描く丸みはたっぷりと盛り上がり、膚はぴんと張り詰めている。真上からの眺めは正月飾りの鏡餅のようだ。
成長してすっかり大人の大きさになった冬獅郎の掌でも覆いきれない豊かな半円を軽く掴むと、彼の手の中で乳房はぐにゃりと形を変えた。
「餅みてぇ…」
と、冬獅郎は洩らした。過去に何度か、十番隊で餅つきをしたことがあった。初めて直に触れた乱菊の胸は、その時に捏ねた搗き上がったばかりの餅の感触によく似ていた。柔らかいのに、弾力があって、生温かい。そういえば、色もそっくりだ、と思いながら更に指で揉むと、
「あ…ん」
乱菊の唇から、上ずった声が洩れた。
左の乳房を右手で
「…たい…ちょ…」
乱菊の指が冬獅郎の髪を絡めとり、遠慮がちに引っ張る。
「たいちょ…、お願い…」
「ん?」
冬獅郎は乳房から顔を上げた。
「どうした、松本?」
「灯りを消して下さい…」
愛しい女の羞じらいに満ちた懇願に、冬獅郎は無言で頷くと灯りを消した。
暗闇の中でさえ、わずかな明かりを集めたかのように、乱菊の身体は仄白く浮かび上がった。
くちゅ、とわざと音を立てて、冬獅郎は乱菊の耳朶を甘噛んだ。熱い息が耳にかかる。更にねっとりと舌先で舐られ、乱菊はその身を震わせた。
ゆっくりと、冬獅郎の唇が降りてくる。うなじに軽く歯を立て、白い咽喉を嬲り、さらに反対側の耳朶に舌を這わせた。彼の左手が彼女の右手に絡まり、柔らかな拘束を加える。右手は乳房を揉みしだき続けている。刀を握る硬い表皮の
「…やっ…ん!」
自分で恥かしくなるほどに高い嬌声が洩れ、乱菊は反射的に左手で口を押さえた。
彼女の鎖骨の辺りを彷徨っていた冬獅郎の唇が離れた。顔を上げた彼の目と、乱菊の目が合った。
冬獅郎は右手を彼女の胸元から離すと、自分の口を押さえつけている乱菊の手を外した。
「押さえつけるな」
と、彼は言った。
「でも…」
「押さえないでいい。ちゃんと感じてくれ」
見つめる冬獅郎の眸が優しかったので、乱菊は素直に頷いた。
たとえ、みっともなく声を上げても、この人は許してくれる。
そう思ったら、泣きたいほどに幸せな気持ちになった。右手は彼の手と絡まったままだったので、左手を背にまわして縋り付くと、彼は優しい口接けを返してくれた。
もう一度、唇が降りてくる。首筋から、鎖骨、肩となぞっていき、存分に乱菊を味わった舌は、やがて、たっぷりと盛り上がった山に辿り着いた。雪山を連想させるほどに白いその盛り上がりに、彼は紅く足跡をつけてゆく。
「…あ…、あ…ん、…ん…、はぁ…」
乱菊の息がきれぎれに掠れ、吐息が甘さと熱っぽさを増して、冬獅郎に纏わりつく。
びくびくと背中を反り返らせた乱菊に、
「感じるのか?」
と問いかける。
潤んだ眸は熱く肯定を返しているのに、彼女は裏返しの否定をみせて、かぶりを振った。
「だったら、感じろ」
再び、冬獅郎は指と舌で彼女の胸をいたぶり始めた。
「や…、だめ…、…いやぁ」
押し寄せる快楽から、思わず身を捩って逃れようとする乱菊を、冬獅郎は力任せに腰を掴んで拘束した。
舌先でさんざんに玩び、嬲りつくして雪山を制覇した冬獅郎は、おもむろに頂上を喰んだ。
「…あぁ…ん…、たいちょ…お…」
舌っ足らずな呼び声に、冬獅郎は愛撫で応えた。
頂上の小さな果実はしゃぶる度に弾力を増してゆく。軽く歯で噛み、舌先で転がすと、
「ひ…、あぁ…」
と、悲鳴とも嬌声ともとれる細い喘ぎが洩れた。
胸の量感とは対照的にほっそりとした華奢な腰が、愛撫に応えて、しなやかに妖しく蠢く。
こんなに細くてよくこのでかい胸を支えられるな、と。
これで剣を振るえるのが凄えものだ、と。
奇妙な慨嘆を覚えながら、撓る彼女の腰を両手で押さえ込み、冬獅郎は山の頂から腰の裾野へと舌を這わせていった。
いつの間にか、彼の夜着も完全に
「たいちょ…。たい…ちょ…お…」
ほとんど、うわごとのように上擦った声で呼び続ける乱菊が、冬獅郎をますます昂ぶらせた。
腰には傷痕が残っていた。藍染との決戦の際に化け物に引きちぎられた痕だ。この傷のことを、織姫は現世に戻る寸前までずっと気に病んでいた。しかし、限界まで霊力を使い果たしてギンを救った彼女は力を一時的に失っており、卯ノ花の診断では回復まで数ヶ月が必要と見られていた。どんなに気がかりでも、織姫には治癒することは適わなかったのだ。
「最後まで治すと約束したのに、ごめんなさい」
とすまながる織姫に、乱菊は、
「この傷は治さずに残しておくつもりよ」
と告げた。破面が帰刃によって再生することも、殺傷能力が増すことも知っていながら、優位に立ったことで油断して帰刃を許し、結果、命も危ういほどの怪我を負った。卯ノ花から、織姫がいなければ生命は永らえられても女としては死んでいた、と聞かされた乱菊は自分への戒めとするつもりで敢えてこの傷痕を残すと決めたのだ。
乱菊が自ら望んで残した傷痕は、腰と臀部との境目に近いところから下腹部に向かって五寸弱ほどの長さで走っていた。うっすらと赤味を帯びた細いみみずばれのような傷を、冬獅郎の指が優しくなぞってゆく。さらに、慈しむように口接けられ、乱菊は甘い喘ぎを迸らせた。
細い腰を貪り尽くし、真っ白な内腿にも所有の証の花を咲かせる。どうしても手に入れたかった女は、極上の甘さで、少しずつ冬獅郎を狂わせていった。
「…たいちょ…おぉ…」
一際、切なげな声が洩れ、同時に、冬獅郎は叢の先に指先を侵入させた。
灯りを消す前にちらりと確認した彼女の繁りは、髪よりも僅かに色素の深い
「あぁっ! や…!」
怯える小動物のように、乱菊の体が小刻みに震える。彼女の秘所はすでにしとどに露をまとってぬかるんでいた。
抵抗もなく冬獅郎の指を飲み込んだ乱菊の中はとても熱かった。たった一本、指を差し入れただけなのに、もう彼の指を締め付け始めていた。彼がゆっくりと指を動かすと、その度にぴくん、ぴくんと体が跳ねた。
「すげぇ、熱い…」
冬獅郎の囁きに、乱菊は子供のいやいやのように首を振った。花蕊と同様に、その眸も熱を帯びて濡れている。目尻に溜まった涙がついにころんと零れ落ちて、頬を濡らした。乱菊は睫毛を震わせて、目を伏せた。
指で彼女を慣らし、中が熟れているのを充分に確かめ、
「挿れるぞ、いいか?」
と、冬獅郎は尋ねた。すでに彼の牡は昂ぶりきって、早く彼女とひとつになりたいと、主をせっついていた。
「はい…」
掠れた声で、乱菊は答えた。
「…だい…じょうぶです」
言外に、生娘ではないのだからそんなに気遣わないでいいのに、という声を聞き取り、
「つらいめに合わせたくねぇんだよ」
と、冬獅郎は乱菊の髪を撫でた。
「大丈夫です、たいちょう。…来て下さい」
初めての男はこんなにも大切にしてくれなかった。もちろん、乱暴に扱われたわけではない。処女だった乱菊をとても優しく労わってくれたのはまぎれもない事実だ。しかし、それでも、冬獅郎とは比べものにならなかった。
(初めては、隊長が良かった…)
その当時は、確かに好きだった男である。納得ずくの相手だった。だから、その男に抱かれた過去を決して後悔しているわけではない。ただ、冬獅郎が余りに優しく大切に扱ってくれるので、熱に浮かされた思考が微かな痛みを訴えただけだ。
負担にならないように、誤って傷つけてしまわぬように、ゆっくりと慎重に入ってくる冬獅郎に彼女の熱は更に高まる。自分の中が日番谷冬獅郎という男で満たされてゆく感覚に、乱菊はどろどろと溶け崩れてゆく己を知った。彼で満たされきった時、
「ううぅ…」
と乱菊は呻き声を洩らした。
「痛かったか、松本?」
動きを止め、心配そうに眉を曇らせた男に覗き込まれ、
「大丈夫です、隊長。でも、ちょっとだけ待って…」
と、彼女は冬獅郎を制した。
少し呼吸を整えて落ち着かせなければ、深く痺れる陶酔にそのまま意識を持っていかれてしまいそうだった。
乱菊は深く息を吸い、そして、吐いた。三度、四度とそれを繰り返し、ようやく、
「動いて、下さい」
と呟いた。
冬獅郎は頷く。
彼女を貪婪に責め立てたいのだ、と逸る己を残った理性をかき集めて抑え、ゆっくりと彼は動き始めた。
廓の姐さんから「大」の字を書くつもりで腰を動かせ、と教わっていたことを思い出し、冬獅郎はその通りに動いた。
閉じられていた乱菊の眸が見開かれる。
「たいちょ、だめ。待って。待って…」
「わりぃ、待てねぇ」
もう、止められなかった。律動が徐々に早くなり、同時に、乱菊の中がざわざわと蠢いて、冬獅郎を締め付けた。敵娼だった娼妓とは比較にならないほど狭隘な彼女にさらにぎゅうと圧迫され、冬獅郎はくらくらと眩暈を覚えた。
「くっ…」
奥歯を噛みしめて、彼は意識を攫われまいとする。
「あ、あ、たいちょ…、やぁ…、や! だめぇ!!」
一方の乱菊は、自分でも何を口走っているのか分からなくなっていた。ただ、焼け爛れそうなほどに熱くたぎった楔が、己の内部を激しく掻きまわすのを感じていた。
「たいちょ…。たい…ちょ…、あふ…、あ…。たい…ちょお…、あたし、も…やぁ…」
「松本…。松本…」
冬獅郎もまた熱にうかされたように、乱菊を呼んだ。
「乱菊」
無意識の呼びかけだった。
だが、狂おしい熱に酔いしれながらも、乱菊の耳はそれをしっかりと拾いあげた。初めて己が名を呼ばれた悦びに、彼に廻した腕に力が籠もった。
「たいちょ…」
「…乱菊」
「…うれし…、たいちょお…」
何度も「大」の字を繰り返し、互いの熱が高まりきった。
仕上げは『
娼妓の伝法な講義に忠実に、冬獅郎は筆先を押し付けるように力を込めて、最後の点を打った。 *1
乱菊が絶叫に近い悲鳴を上げる。
同時に、冬獅郎も果てた。
その夜、冬獅郎は三度、乱菊を抱いた。
互いの想いが通い合ってからも自主的にお預けに甘んじていた日々を思うと、もっと欲しい、もっと抱きたいと欲望は頭を擡げた。だが、三度目で乱菊は気死してしまい、人形のようにぐったりしてしまった。そんな彼女の姿を目にして、これ以上は無理を強いることになると判断し、理性で欲望を押さえ込んだのだ。
乱菊が意識を失っていた時間はそれほど長くなく、
「たいちょお…」
目を開けたら、すぐ目の前に愛しい男の顔があったのが嬉しかったのか。乱菊はにこぉと笑って、熱の余韻が残る掠れた声で冬獅郎を呼んだ。
「体、大丈夫か? つらくねぇか?」
気遣いを滲ませて尋ねる男に、彼女は笑みを深くして猫のように擦り寄った。
「何だか、ふわふわしてます。あったかくて、気持ちいい…」
「そっか…」
髪を撫でてくれる手が気持ちいいと、乱菊はまた
普段は妖艶な美貌を誇る彼女の、むしろ童女のようにさえ見えるあどけない表情に、冬獅郎の愛しさも募った。
「大事にするから、ずっと側にいろ」
彼の言葉に、やはり幼い少女のように乱菊はこっくりと頷いた。
「たいちょお、だいすき…」
その言葉だけを残して、乱菊はすうと眠りに引き込まれてしまった。
最後の一言は、冬獅郎にとっては爆弾に等しかった。暴発しそうになる欲望に、彼はひとり、困難な闘いを強いられた。
四番隊を退院したギンを待っていたのは、三番隊長への復帰命令だった。
四十六室が下した色絶無三十日という裁定に添えられていた「護廷が承認すれば隊長職への復帰を認める」という附文を根拠に、護廷はギンの復帰を決定したのだ。彼の隊長としての力量は捨て去ってしまうには余りに惜しかったし、絢女が五番隊長に就任した護廷に対し、彼が再び叛逆を企てる怖れは微塵もなかった。また、附文の存在とその内容を副隊長のイヅルから聞かされていた三番隊が、助命嘆願の時と同様に、隊士一同の連名で復帰請願を上げてきていたこともあった。
浮竹や京楽が看破していたように、附文はギンが廃人になることを確信した上での助命嘆願者たちへの厭味であった。だが、公の裁定に添えられていたものだけに、四十六室も覆すわけにはいかなかった。それに、色絶無三十日を耐えきったという驚愕に値する事実は、四十六室やギンの復帰を快く思わない者たちの反論を封じ込めるだけの力があったのだ。
彼の復帰後、初めての隊首会の席で冬獅郎が目にしたのは、ひたすらに絢女から視線を逸らし続けるギンの姿だった。そして、絢女はもの問いたげに彼を眼で追いかけながら、話しかけることさえ出来ずに立ち尽くしていた。
隊首会の並びでは、三番隊長と五番隊長は隣同士になる。絢女とギンは互いに手を伸ばせば触れられるほどの距離に立ちながら、見えない壁によって無限に遠く隔てられてしまっていた。
隊首会が終わった時、絢女は逃げるように先に部屋を出た。そんな彼女の背中を、栗色の長い髪を括った飾り気のない黒い紐を、ギンはじっと見送っていた。
*1 この部分は以下の小説の記述を参考にしたことを明記しておきます。
「鈴河岸物語」半村良・著 祥伝社。
『いつか兄弟子の京平が、そういうときは太の字を書くもんだと言っていたのを思い出
し、剣次郎は楷書で太の字を書いてみた。
その最後のゝがきいた。』