そして、終わりの夜
雨戸を叩く風の音で、絢女は目を覚ました。
逃げよ
声が聞こえて、絢女は布団に座り直した。
逃げよ、絢女。冬獅郎を連れて、逃げよ
「主さま?」
屋敷の鬼門の護り。千年の大楠の声だった。
結界が破られる。逃げよ。
もたぬ。破られる
逃げよ。悪しきものが来る。冬獅郎が連れ去られる
逃げよ、絢女
風に乗せたきれぎれの警告を聞き取り、絢女は隣りでぐっすりと眠っている弟を抱き起こした。陰陽師の心得で枕元に置いている懐剣を夜着の懐にねじ込むや、絢女はまだ半ば眠りの中にいる弟を抱えて、廊下に飛び出した。
父の寝所に走っていると、向こうから絢女の許に急ぐ鷲一郎と行き会った。
「絢女!」
「父上、主さまが!」
互いを認め呼び合ったその時、二人はびくりと足を止めた。屋敷を護る結界が破られたのを、鷲一郎も、絢女も、そして、幼い冬獅郎までもが悟った。
「父上、冬獅郎が連れ去られると、主さまが…」
「ああ。悪しき気を感じる」
鷲一郎は娘を背後に庇い、閉じられた雨戸の向こうを睨み据えた。侵入してきた気は二つ。尋常な人間ではないが、悪霊や魔物とも異なっている。
「この、気は…?」
どん、と音を立てて、雨戸が破壊された。
月明かりの中、中庭に立つふたつの影を鷲一郎は認めた。
「死神か」
父の呟きに、背後にいた絢女は目を瞠った。
「死神? まさか、今井さま…?」
「いや」
と、鷲一郎は首を振った。
霊力の強い日番谷の一族は、霊魂の監視者である死神が見えたし、場合によっては協力して悪霊を除いて来た。現在、江戸市中を持ち場とする死神・今井喜十郎も鷲一郎や絢女の霊力を認識しており、友好な関係を築いていたし、彼の前に江戸にいた死神たちも同様だった。
だが、今、目の前にいる死神は、明らかに今井たちとは放つ気が違っていた。悪霊のように闇に飲み込まれてしまったものとも異なる、どす黒く歪んだ気を、死神たちは放っていた。
「その子供、貰い受けに来た」
死神のひとりが、言った。指さす先には絢女に抱きかかえられた冬獅郎がいた。
「息子をどうするつもりだ?」
「さて、な。我らが主のご所望ゆえ、主がどうなさるおつもりかは存ぜぬ。我らはその子供を連れて行くまでよ」
「その子を渡せ。おとなしく子供を渡せば、おぬしらに危害は加えぬ」
「そのように言われて、我が子を差し出す親がいると思うてか?」
鷲一郎が刀の鯉口を切った。
「ならば、力ずくで貰い受けるまで!」
放たれた気の塊を、鷲一郎の結界が弾いた。
庭に飛び降りた鷲一郎が太刀を抜き放ち、死神に迫る。その太刀を、死神の斬魄刀が受け止めた。
右手に弟を抱きかかえたまま、絢女の左手が九字 *1 を切る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」
手刀によって描かれた格子が、絢女に迫るもう一人の死神にぶつかる。彼女の霊力の塊を、死神の斬魄刀が斬り裂いた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」
続けざまに早九字を切り、死神に向けて放つ。死神がわずかに怯んだ隙に、弟を床に下ろし、絢女は懐剣を抜いた。
「斬!」
渾身の霊力を込めて、懐剣を上段から振り下ろす。刃風が迫る死神を弾き飛ばした。
「このっ!」
たかが人間と侮る気持ちがあったのだろう。絢女に防がれた死神の目に憎悪が宿った。
「小娘がっ!」
吐き捨てると、斬魄刀を抜いた。
「絢女!」
「ねえさまぁ!」
鷲一郎と冬獅郎の叫びが交錯した時、絢女に襲い掛かる刃を別の刃が防ぎ止めた。
抜刀した大男が、絢女と冬獅郎を庇うように立ちはだかった。
男に後れて、別の人影が中庭に走りこんで来た。その影に向い、鷲一郎は命じた。
「佐和、屋敷の者を逃がせ!」
「はい!」
佐和は身を翻した。
鷲一郎は背後を振り向き、娘にも命を下した。
「ここは我らで食い止める。絢女、逃げよ!」
「父上!?」
父の言葉に、絢女は竦んだ。
「絢女、冬獅郎を護れ。命に代えてもこやつらに渡すな」
この禍々しい気を放つ死神に、決して冬獅郎は渡せない。彼らの手に落ちれば、冬獅郎の並外れた霊力は邪悪なものに変えられる。父親としてはむろん、陰陽師の頭領としても、息子を邪なものに奪われるわけにはいかなかった。
「姫さま、お逃げ下さい!」
不動丸を縦横に振るい、死神を退けながら、主計も叫んだ。
絢女は床に下ろしていた弟を両手で掬い上げるように抱きかかえた。
命に代えても、という父の命は、絢女にとって絶対の重さを持っていた。父と主計に背中を向け、屋敷を走り抜ける彼女を、主計を振り切った死神が追いかけようとする。だが、横合いから放たれた気が、死神を撃ち倒した。
養親を追って、母屋に駆けつけたギンが早九字を切ったのだ。
「義父上、お館さま、ご無事ですか!」
主計と鷲一郎の許に駆け寄ろうとするギンに、
「姫さまを追え!」
と、主計が命じた。
「姫さまと若を護れ!」
「ギン、頼む」
ギンは頷いた。絢女を追おうとする彼の背中から、
「ギン!」
呼びかけが響いた。振り向いたギンの目の前に何かが飛んできた。咄嗟に掴み止めると、それは主計の脇差の観音丸だった。
絢女たちを追おうとする死神を不動丸で防ぎながら、主計がギンを見て頷いた。ギンももう一度頷き返し、今度こそ、絢女の後を追った。
屋敷を飛び出し、ギンは夜の町をひた走った。
探すほどもなく、八町 *2 ほど離れた通りで、町屋の塀に左手を付き、ぜいぜいと息を切らしている絢女を見つけた。
「姫さん、若さん」
駆け寄ったギンに、絢女は尋ねた。
「父上…は…?」
「まだ、死神と戦ってはる。姫さん、どういうことや? なんで死神が…」
「よく分からないの。主の命で冬獅郎を連れに来たって」
「若さんを?」
「あの死神、今井さまとは違う…。あんな汚れた気の死神なんて、会ったことがないわ」
ギンも首肯した。今井とは数える程しか会っていないが、彼の気は澄んでいた。対して、屋敷を襲った死神は濁った気配を撒き散らしていた。
事態を呑み込めていないのだろう。不安そうにギンと絢女を見比べる冬獅郎の頭を、ギンはそっと撫でた。
「大丈夫や。お館さまも、義父上も強いんやで。死神なんかに負けへん。ボクも、姫さんも付いとる。若さんには指一本触れさせへんよ」
と、冬獅郎に笑みを向けた後、ギンは再び絢女を見た。
「これから、どないするん?」
「
目黒不動で名高い瀧泉寺からさらに裏手に入ったところに小さな林があり、その外れに大きな銀杏の雌木があった。樹齢は日番谷屋敷の主さまよりも古い。おそらく千五百年は下らないだろうと噂され、神代銀杏の異名を持つ霊木を、絢女は「大婆さま」と呼んで敬っていた。
平安の昔より不動明王の霊場として人々の信仰を集めた目黒不動の神気を受けてきた銀杏は、ご神木に相応しい霊格を持っていた。その霊気はギンでもはっきりと感じ取れるほどに高く、大婆さまを目の前にした時、絢女が最上級の敬意を払うのも納得がいったものである。確かに、あの霊樹ならば冬獅郎を匿える、とギンも信じることが出来た。
「若さん、ボクがおんぶするわ」
「ええ。お願い」
しゃがみこんだギンの背中に、絢女は弟を預けた。冬獅郎がぎゅっとギンにしがみついた。
「行こう」
とギンが告げた時、屋敷の方角が不意に明るくなった。
「何?」
絢女たちが見たのは、吹き上がる火の手だった。
「父上…」
ふらり、と屋敷の方に一歩、二歩とよろめいた絢女の腕を、ギンが掴んだ。
「姫さん。大丈夫や」
泣きそうな顔でギンを見返す絢女に、
「お館さまも、義父上も強い。絶対に負けへん。無事や。ボクらが今せなならんことは若さんを隠すことや。違てる?」
ギンの言葉に、絢女はこくりと頷いた。
「冬獅郎を護れ。命に代えても渡すな」
父の命が甦り、きっと表情を引き締めた彼女に、もう一度、
「行こう」
と声をかけ、ギンは走り出した。一歩遅れて、絢女も駆ける。
「ねえさま、ギン。ちちうえが…!」
夜空を焦がす橙色の炎を振り向きながら、冬獅郎が訴えたが、
「大丈夫。父上も主計も絶対に無事よ」
と、今度は絢女が宥めた。
神谷町から麻布の大名屋敷を抜け、ギンと絢女は白金台にかかった。大婆さまの許へ、あと半里 *3 ほどというところで、二人の足は同時に止まった。彼らの行く手を阻むように、現われた人影があった。
死神だった。
屋敷を襲ったのとは別の、若い男の死神が立ちはだかっていた。
「捜したぞ」
にやり、と死神は嗤った。
「おとなしくぼうずを渡せ」
自らの優位を疑っていないのだろう。見下す視線でギンと絢女を見ている。
「姫さん。若さん連れて、先に行き」
傍らの絢女にだけ聞こえるように、小声でギンは言った。
「ボクがこいつ、引き受けるから」
「でも…」
「ひとりの方が身軽やし、戦いやすい。姫さんは先に行って、若さんを隠さな」
油断なく死神を見据えたまま、ギンは告げた。
「大丈夫。こんな奴に負けたりせえへん。すぐに追いかけるから。な。姫さん、先に行って」
「ギン…」
「
絢女は無言で冬獅郎をギンの背中から抱き取った。
「いち、にのさん、で行くで」
絢女がかすかに頷いたのを視界の端で確認して、ギンは小さな小さな声で唱えた。
「いち、にぃのさん!」
同時に二人は死神に突進した。
絢女が冬獅郎を抱き上げた行為を、自分に差し出す為だと思い込んでいた死神は意表を突かれた。生じた一瞬の隙を逃さず、ギンは観音丸を抜き、死神に斬りかかった。
「うわっ!」
後ろに飛び退った死神の目の前を、絢女が走り抜ける。
「待て!」
慌てて追いかけようとする死神にギンが迫り、舌打ちした死神が抜刀した。
「ギン!」
死神に刃を向けて立ち向かうギンの姿に、絢女の腕の中で冬獅郎が暴れた。
「ねえさま、とまって! ギンが!!」
「…」
「ねえさまぁ! ギンが、ギンが!」
守る、と約束した。ギンを守ると約束したのに彼を置いていくなんて出来ないと、冬獅郎はもがく。応えない絢女に、
「ねえさま、ギンが!」
と、必死に訴える。
だが。
「冬獅郎!」
厳しい声に、冬獅郎は体を強張らせた。
「ねえさま…」
絢女の目に溜まった涙に、冬獅郎は言葉を失った。彼女は必死に泣くのを堪えていた。洩れそうになる嗚咽を歯を食いしばって堰き止め、冬獅郎をぎゅっと抱きしめて、彼女は振り返らずに走り続けた。
ばくばくと、心臓が破裂しそうになるほど駆けて、ようやく、絢女は大婆さまの許に辿り着いた。
うとうととまどろむ大婆さまに、絢女は必死に呼びかけた。
「起きて下さい、大婆さま! お願いです、起きて下さい!」
絢女…かい?
眠りを妨げる闖入者に、霊木は応えた。
こんな夜更けに、どうしたんだね?
言葉を交わすことの出来る稀有な少女を、銀杏の霊木は気に入っていた。自分に敬意を払う絢女がまどろみを覚ますからには、それなりの理由があるはずだと優しく尋ねた霊木に、
「冬獅郎を、弟を匿って下さい」
と絢女は訴えた。
「死神が弟を連れ去ろうとしているんです」
死神?
長い時を生きてきた大婆さまは死神のこともよくわきまえていた。死神は霊魂の輪廻の監視者。悪しき悪霊から生者を護ることはあっても、人の生き死にに直接関わることは禁じられているはずだ。その死神が何故、絢女の弟をと大婆さまは訝る。そっと、霊気を巡らせると、こちらに向かって来る濁った気を感じた。
「お願いです。大婆さま。どうか、弟を助けて下さい」
分かったよ、絢女。ぼうやをわたしの中に入れなさい
彼女の幹には大きなうろがあった。うろの入口はとても狭い裂け目だが、小さな冬獅郎ならば入れるはずだ。
霊木の了承に、絢女は急いで、冬獅郎をうろに押し込んだ。
「いい、冬獅郎。目をつぶって、姉さまがいいって言うまで、絶対にここから出ないで」
「ねえさま…」
不安というよりも、絢女を案ずる表情で見返す冬獅郎に、
「目をつぶっていて。絶対にここから出ないで」
と、絢女は繰り返した。
「冬獅郎、お返事は」
「はい」
姉から、こんなに厳しい、有無を言わさぬ命を下されたのは初めてだった。頷くしか出来ず、冬獅郎は命じられた通りに、ぎゅっと目を瞑った。
「冬獅郎、約束よ。絶対にここから出ないで」
「はい」
絢女は霊木から数歩離れると、深々と頭を下げた。
「大婆さま、冬獅郎をお願いします」
銀杏の霊樹の梢が震えた。その霊気で冬獅郎が覆い隠されたのを確認して、もう一度、一礼してから、絢女は霊木から離れた。
絢女が大婆さまの側にいては、冬獅郎の居場所を教えているようなものである。それに、残してきたギンのことも気がかりだった。一刻も早く戻って彼に加勢しなければ、と急いでいた絢女だったが、大婆さまのいる林を抜けて間もなく、立ち止まった。
目の前に死神がいた。それが、屋敷に現われたうちのひとりだと悟り、絢女はぞくりと身を竦めた。
「父上は…?」
冷笑とともに、死神は答えた。
「さて、な。止めは刺しておらぬから、運がよければ助かるだろうさ」
「…嘘」
「嘘なものか。親父の二の舞になりたくなかったら、ぼうずを寄越すことだな」
「…」
「ぼうずをどこに隠した?」
無言で、絢女は死神を睨み据えた。
「小娘、答えろ!」
苛立った死神が怒鳴った時、すっと絢女の右手が上がった。ふわり、と白い靄のようなものが彼女の腕から立ち昇り、みるみるうちに鳥の形に凝った。
「
主の命に、一声鳴いて、鷺姫は死神に襲い掛かった。
羽で死神の顔を叩き、旋回して、目をくらます。
「天に北極、地に
絢女は小さな声で符呪を唱えた。
「東に青龍。西に白虎。南に朱雀、北に玄武。
鷺姫が高く飛び立って、死神から逃れた。直後、死神の目の前を白い塊が走った。
「なっ!?」
咆哮とともに飛びかかり、死神を押し倒したのは巨大な白虎だった。喉笛に迫る獣の牙に、
「破道の十一、
死神が鬼道を放った。絶叫を上げて、白虎が飛び退り、直後、炎が死神を包んだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」
絢女の放った九字の霊気が、まともに死神を撃った。弾き飛ばされ、地に転がった死神は、けれども、すぐにゆらりと立ち上がった。
「よほど、親父の後を追いたいらしいな、小娘」
朱雀が炎を放ち、青龍と白虎が左右から死神を挟撃する。しかし、
「
死神の斬魄刀が、法輪 *4 状に変化した。投げ放たれた鵲は高速回転しながら、白虎を、青龍を切り裂いた。腕を伸ばし、鵲を掴んだ死神はのたうつ白虎を足蹴にすると、憎悪の籠もった目で絢女を睥睨した。
「破道の三十一、赤火砲」
炎は結界で防いだが、衝撃波までは殺しきれず、絢女は林の樹に叩きつけられた。必死に起き上がろうとした彼女の目の前に、鵲が唸りを上げて迫っていた。咄嗟に転がったまま、身をかわした。が、斬魄刀の速度が勝っていた。
絢女の唇から悲鳴が洩れた。裂かれた左腕を右手で押さえ、彼女はやっとの思いで立ち上がった。
「もう一度、聞く。ぼうずをどこにやった」
答えの代わりに、朱雀が炎を吐き、鷺姫が死神の目を狙って
「破道の十一、綴雷電」
無雑作に放たれた鬼道が、青龍らを弾いた。
「ぼうずをどこにやった」
絢女は答えない。
「ならば、死ね」
高速回転する鵲を、絢女の結界が跳ね返す。だが、防ぐので精一杯だった。召喚した四神を操ることさえままならず、絢女は追い詰められた。自らの意思で戦える鷺姫だけが、主を助けようと狙っていたが、付け入る隙を見つけられずにいた。
絢女の視界に一際高い梢が入った。
(大婆さま…?)
いつの間にか、離れたはずの銀杏の霊木の近くに戻っていたことに気付き、彼女は愕然とした。
(悟られちゃだめ)
気を遣ってしまえば、大婆さまに冬獅郎を隠したことを悟られてしまう。絢女は霊木から目を逸らすと、何度目か知れない早九字を切った。
「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽ばたき・ヒトの名を冠する者よ。真理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!!」
符呪の詠唱、そして、
「破道の三十三、蒼火墜!」
爆発が起こった。木々がなぎ倒され、幹が折れた。
もうもうと舞う土煙の中、絢女は立ち上がる。
「まだ、歯向かうか、小娘」
「冬獅郎は渡さない」
絢女は懐剣を握り締めた。
「我が刀は天帝の禁刀。此れ百錬の刃なり。
ありったけの霊力を込めて投げ放たれた刃を弾こうとした死神の前に、鷺姫が奔った。羽で目くらましされた死神が鷺姫を掴んだと同時、脇腹に深々と懐剣が突き刺さった。
死神は両手で鷺姫の左右の羽を握り締めた。逃れようともがく鷺姫を見据え、
「この、小娘が!」
「やめてぇ!」
怒りに任せて、死神は鷺姫を裂いた。
両の羽を裂き千切られた鷺姫を地面に投げ落とし、死神は脇腹に刺さった懐剣を抜いた。
「…やってくれたな、小娘」
すっと片手をかざし、死神は詠唱を始めた。
「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽ばたき・ヒトの名を冠する者よ」
逃げなければと思うのに、体が動かない。
「真理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!! 破道の三十三、蒼火墜!」
それでも、必死に張った結界が鬼道を弾く。
「破道の三十一、赤火砲!!」
横合いから、別の声が響いた。
絢女の下肢に灼熱が走った。骨が砕かれ、内臓が潰された。
彼女の体が宙を奔った。
絢女が最後に聞いたのは、獣の吼え声にも似た、弟の絶叫。
最後に見たのは、望月に一夜足りない十四夜の月。
最期に想ったのは 。
「…とう…し…ろう…」
その体が地に叩きつけられた時、絢女の眸から光は失われていた。
*1 古代中国の道家によって行われ、陰陽道・密教・修験道などに伝わった護身術。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前」と唱えながら、両手で印を結ぶのが基本形。
ただし、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」という末尾の異なる符呪も文献に残る。
「臨める兵、闘う者、皆、陣列つくって前に在り(行く)」を意味する。
早九字は刀印法とも呼ばれる。印を結ぶ代わりに手刀によって横五本、縦四本の格子形の
図形を描くもので、日本独自に発展した呪術らしい。一説に、安部晴明のライバルである
蘆屋道満の考案とも言われる。
*2 一町=約0.11km 従って、八町は約800~900m。
*3 一里=約3.9km 半里は約2km弱。
*4 主に密教で使われる車輪型の法具。
《参考文献・サイト》
「呪術・占いのすべて」瓜生中/渋谷申博・著 日本文芸社。
「呪い方、教えます」宮島鏡・著 作品社。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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